もうひとつの可能性(シャーロットss)   作:ゲキガンガー

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もうひとつの可能性②

「~端から老弱ね~♪」

「ゆさりん! ゆさりん!」

 僕たちはカラオケボックスに来た。高城の希望により、もはや柚咲のワンマンライブのようになっている。

「さて、次の曲はーー」

「すーすーすーす」

 曲が終わり、カラオケボックスは静寂になる。そこに、健やかな寝息が聞こえてくる。よほど疲れていて眠かったのだろう。友利は壁にもたれかかるようにして眠っていた。

「ゆ、ゆさりんのミニライブ中になんと失礼な!」

 と、高城。

 そもそも、ミニライブにしたのはお前のせいだろうがー。

 声にしないまでも胸中でつっこんでしまう。

「まーまー。きっと友利さんは疲れてたんですよ。乙坂さんに付きっきりでしたから」

 柚咲はそう宥める。

「そうですね。ここ最近、相当疲れたのでしょう」

 と、また高城も同情をする。

 そうだ。僕がやさぐれていた時も友利は付きっきりだったんだ。それに、ライブの時もそうだ。友利の事だから、顔にこそ出さないものの、それは相当に心身の負担がかかったに違いない。元をたどれば僕のせいだ。

「・・・・・・・そうか、僕のせいで」

 僕は友利の寝顔をみる。オムライスを作ってもらった時の事を思い出す。あの時、僕が立ち直るきっかけを作ってくれたのは間違いなく友利だった。友利がいなければ、恐らく僕は今頃どうなっていたかわからない。いや、確実に人間として破滅をしていたに違いない。だから間違いなく、こいつは僕にとって命の恩人なんだ。

「ーーしかし、なんでそうまでして、こいつは僕の面倒をみたんだ?」

 それは義務感からか。あるいは義務感だけなのか。ーーまさか。

「それはーーですね。柚咲が思うにすーーぐっ」

 高城は柚咲の口を覆い、言葉を遮る。

「柚咲さん、それ以上は言ってはいけません。本人の口から言って、初めて意味があるのです」

「そ、そうですね。そういわれればそうかもしれません」

「・・・・・・なんだ? さっきから二人とも」

「な、なんでもありません。そ、そうだ。柚咲、ちょっとおトイレにいきたくなりました」

「ぐ、偶然ですね。私もです」

 そして、高城と柚咲は姿を消した。

「・・・・・・・どうしたんだ。急にあいつら」

「・・・・・・ん? 二人はどうしたんですか?」

 元々浅い眠りだったのだろう。友利が目を覚ます。

 カラオケボックスというある種の密室状態に友利と二人きり。これはけっこうやばい状況なんじゃないかと、思わず意識してしまう。

 いや、せっかく二人きりなんだ。この状況はチャンスかもしれない。普段友利といる場合、大抵は四人組の事が多い。この前のライブの時のように、二人きりになれる機会というものは実はそんなにはなかった。

「ああ、二人ならトイレにいったみたいだ」

「そうだったんですか。すみません、どうやら最近疲れていたみたいで、思わず眠ってしまいました」

 ともかく、二人きりというこの状況を活かして、普段は言えないような事を言うべきだ。

「なぁ・・・・・・・・友利」

「なんすか? 改まったような感じで」

「あの時はありがとうな。感謝している」

「あの時って?」

「歩未が亡くなって、僕が自暴自棄になってきた時、助けてくれたのはお前じゃないか。あの時の事、本当感謝してる」

「ああ・・・・・・あの時ですか。知り合いが人の道を踏み外そうとしている時、助けるのは人として当然の事かと」

「お前にとっては当然の事でも、僕にとっては当然の事じゃなかったんだ」

「妹さんを亡くして、胸中はお察ししますが、大事な人を亡くした事がある人はあなただけではありません。世の中の多くの人が愛しい人を亡くし、それでも生きていくのです。仏教ではそれを愛別離苦といいます。そういう時、誰もが後悔を覚えるでしょう。昔に返りたいと願うかもしれない。けど、それはどうしようもない摂理なんですよ」

 友利もまた、僕と同じような悲しみを味わっているのだろう。肉親を失う悲しみを抱えていたのは、何も僕だけではない。

「そうだな・・・・・・・なのに僕はそれが自分だけだと思って」

 そして周りの人に迷惑をかけ、傷つけた。

「まあ、仕方のない事なんじゃないですか。そういう時、他人を思いやる気持ちがないのは」

「そうかもしれないけど、今から思うとだからと言って人を傷つけていい理由はなかった」

「反省してるならそれでいいのではないかと」

「そういってもらえると助かる。ともかく、お前には感謝している」

「礼をいわれるような事をした覚えはありませんが。そうですね、私も兄の件に関して、感謝しています。もしかしたら兄の状態が改善していくかもしれない。それは私にとっても、兄にとっても喜ばしい事です」

 気のせいかもしれないが、いつもポーカーフェイスの友利の表情が緩んだ気がした。

「な、なぁ、友利」

「なんすか?」

「前から聞きたかったんだが、どうしてライブ、僕と一緒にいったんだ?」

「ああ、この前のライブですか」

「どうして僕だったんだ? それには何か理由があったのか?」

「理由・・・・・ですか。ふーん。恐らく、その質問をした理由は何となく読みとれます。全く、男っていう奴はバカですね。一日どこか二人で出かけたというだけで、その気があるという風に勘違いしてしまう。あなたを特別に意識しているから、一緒に行ったとでも思っていたんですか?」

「そ、そういうわけじゃないけど」

「残念ですね。今のところ、私はあなたの事を特別な対象だと意識はしていません」

「・・・・・・・そうか」

「けど、それは『現在』の話です。これから先、『未来』の事は誰にもわかりません」

「え?」

「か、勘違いしないでください。別にそれは可能性の話です」

 ーー突如。

 カラオケボックスの電話が鳴り響く。利用時間の終了の知らせだった。

 


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