「エリ・・・エリ・・・」
「んぅ・・・?」
閉じられたまぶたの向こうで私を呼ぶ声がする。
「エリ。起きなさい、エリ。今日も仕事なんでしょう?」
「うん・・・」
ただもう少し寝かせて欲しい気分だ。昨日も遅くまで残業していてあまり寝ていないのだから。しかし朝食を食べ損ねては困るので仕方なく布団のぬくもりを手放す。
「管理局ももう少し仕事を減らして欲しいわ」
すでに用意されていた朝食を家族三人で囲みながら愚痴る。
「まぁそのおかげで我が家では一番の稼ぎだからね。お父さんも複雑だよ」
「もう、あなたまでそんなこと言って。私達が反対したのに武装隊なんかに入っちゃって。怪我したらどうするの」
「大丈夫よ。私だって強いし、お父さんの作ってくれたティアーズもいるから」
入局するときに何度も繰り返したやり取りだ。心配してくれるのは嬉しいがお母さんは少し心配性すぎる気がする。
「僕もレジアスに愚痴られたよ。エリは何で地上じゃないんだってね。ゼストも口では言わないけれど楽しみにしていたみたいだしね」
「仕方ないわよ、レジアスさんもゼストさんも楽しみにしていたじゃない。何より地上なら何週間も家を空けずにすむんだから。本当にこの子は・・・」
確かにそうだけどそれでも私は本局を選んだ。レジアスにもゼストさんにもそしてお母さんにも反対されたけど私は本局を選んだ。
「仕方ないよカリーヌ。エリにもやりたいことはあるんだ。そうだろう、エリ?」
でもお父さんだけは違った。お父さんだけは私のやりたいことを応援してくれた。
「うん。私は本局に入ってなんとしても『闇の書事件』を解・・・け・・つ・・・」
「エリ?」
「どうしたの?具合でも悪いの?」
・・・そうだ。
私は闇の書事件の捜査にかかわる為に地上を蹴って本局に入った。
なぜ闇の書事件?
決まっている、復讐のためだ。
復讐?
お父さんとお母さんの・・・
闇の書の守護騎士に殺されたお父さんとお母さんの・・・復讐。
涙が零れ落ちる。あとからあとから溢れ頬を濡らし、そしてその雫が左手にしている腕輪。待機状態のティアーズに落ちる。
「ティアーズ」
《はい》
明確な返事が返ってくる。全てを承知しているという力強い返事が。
「・・・いつから?」
《今朝の目覚めからです。よろしいのですかマスター。現実はいつも厳しい。ですからマスターには優しい夢におぼれても、いえおぼれる権利があると私は思っています》
だから今までティアーズは私に注意を促さなかったらしい。この子は本当に私のことを考えてくれている。
確かにこの夢は優しい。
お父さんもお母さんもいる。
暖かい家庭がある。
私はもうひとりぼっちじゃない。
できるならティアーズの言うとおり溺れてしまいたかった。
「・・・でもね、違うのよ」
《マスター?》
「私はひとりぼっちなの」
そう言って立ち上がる。不思議そうにこちらを見てくる両親の偽物には目もくれず。
「私のお父さんとお母さんはね・・・」
言葉を一つ紡ぐごとにスフィアを一つ作り出す。
「闇の書と、それを完成させた守護騎士たちに・・・」
かろうじて非殺傷設定だが威力は馬鹿にならないほどのスフィアを二つ完成させ、
「殺されたの!!!!!」
偽物に向けて解き放つ。
「お父さんとお母さんはもういない!!私の人生はあいつらに壊されたの!!!!それなのにこれは何?こんな偽物を前にして私が喜ぶとでも!?そんなわけないでしょ!!!!!」
次々とスフィアを作り出し周りにある家や家具を吹き飛ばしていく。あまりの剣幕にティアーズでさえも言葉を失っている。しばらくするとそこは何にもない黒一色の空間になっていた。
《勝手な判断をして申し訳ありませんでした》
「いいのよ。あなたは私のためを思ってくれたんですもの」
今回はそれが裏目に出ただけ。
「いくわよ。フェイトちゃんを探さないと。あの子もこの悪趣味な夢にとらわれているかもしれないし」
《了解しました。おそらく夢は幻術魔法の応用、この空間は結界の一種でしょう》
「・・・じゃあ現在発動中の幻術魔法に強制的に割り込むのが一番かしら。できる?」
《問題ありません。マジックサーチ開始》
反応はすぐにでた。あまり『夢』が破られることを想定していなかったのか一度『夢』を破るとたいした苦労もなくフェイトちゃんが閉じ込められているだろう結界を発見できた。
「介入開始」
《プログラム解析・・・成功。介入を開始します》
すると引きずり込まれるように私は闇と同化し、次の瞬間には雨の降る草原に立っていた。すこし辺りを見回すと脱出しようとしていたのだろう、デバイスであるバルディッシュを構えたフェイトちゃんの姿も確認できた。
「エリさん!」
「その様子だと大丈夫みたいね」
「はい。」
彼女もあの『夢』に苦しめられていたのではと心配したが、彼女の顔は今まで以上にすっきりとした顔をしていた。
「じゃあここから脱出するわよ。ティアーズ、この空間の一番薄いところを探して」
《マジックサーチ》
程なく解析の結果が出る。力技でも破れないことはないがこの後の決戦も考えれば魔力は温存しておくべきだろう。
「フェイトさん、私の攻撃する地点に一緒にたたきこんでくださいね」
「はい。バルディッシュ!」
《ザンバーフォーム》
・・・バルディッシュが変形してとんでもない大きさをもつ剣になった。正直色々と突っ込みたいところはあるが今は脱出を優先する。
「ティアドロップ・コンセントレイション」
《フォーカスオン》
「シュートっ!!」
30ほどの貫通力に特化したスフィアが割り出した結界の薄い点に殺到する。
「疾風・・・迅雷!」
《スプライトザンバー》
そしてとどめとばかりにフェイトちゃんが飛び出しその巨大なバルディッシュを軽々と振って結界に穴を開ける。
「行くわよ!」
《アクセル》
そのままの勢いで穴から飛び出すフェイトちゃんを追い私もその穴がふさがる前に飛び出す。
「エリさん!」
飛び出した先はどうやら海の上のようだった。周りを見ればナノハさんもフェイトさんも無事なのが見て取れた。その事に一安心し、闇の書を求めて辺りを見回すと大きな古代ベルカ特有の三角を基本とした魔方陣が広がっていた。
「あれはっ!」
「エリさん、あれは大丈夫です!」
とっさに構えようとする私をナノハさんが止める。その間に魔方陣の中央部では四人の守護騎士が再生されその中心に主であろう少女がバリアジャケットを纏い現れる。
「っ・・・!」
慌てて逮捕しようとティアーズを構える私を衝撃的な光景が襲ったのはそのすぐ後だった。
「・・・おかえり。」
「(主)はやて(ちゃん)!!!!」
主の少女が言葉をかけると感極まったかのように守護騎士達は我先にと少女に抱きついていく。鉄槌の騎士などは子供のように泣いてしがみついている。
・・・まるで『家族』のように。
「なに・・・これ・・・?」
そうはっきりと口にしたはずだが声はかすれていて誰にも届かない。ナノハさんもフェイトちゃんも守護騎士たちと合流し昔からの仲間のように和気藹々と喋っている。私だけがついていけていない。
「悪いがそれは後にしてくれないか。防衛プログラムの暴走まで時間がない」
そう言って登場したクロノ執務官もまた躊躇なくその輪の中に入っていく。確かに防衛プログラムの暴走は怖るべきことだがそれでも私は執務官のように一切気にすることなく仲間であることを前提にするかのように会話などできない。
だって守護騎士は犯罪者だ。
守護騎士は私のお父さんとお母さんを「エリ一等空尉。」
気がつくとクロノ執務官が目の前まで来ていた。自失しているうちに作戦会議は終わったらしい。どうやらクロノ執務官が気を使って一人にしておいてくれたらしいが、作戦が決まったので伝えにきてくれたようだ。
「・・・僕たちは暴走する防衛プログラムを止める為彼らと共闘することになる。君がもしつらいようなら「大丈夫です!!!」」
半ば反射的に返事をしていた。
「大丈夫です。私だって管理局員ですから、私的感情にはとらわれません。必要なら守護騎士とも共闘します。だから・・・大丈夫です」
そう何度も自分に言い聞かせる。不安定になりかけた『エリ・キタザワ』の心は安定を求め、管理局員の『エリ一等空尉』にそれを求めた。管理局員として誇りをもって行動する『エリ一等空尉』ならば乱れる自分の心より目の前にある危機を優先できるからだ。そうでもしないとどうなってしまうか自分でもわからないくらい先ほどの光景は私に衝撃を与えた。
「・・・わかった。なら手短にだが手順を説明する」
「・・・はい」
作戦は単純かつかなりの荒業だった。暴走する闇の書の防衛プログラムの中枢を軌道上のアースラに取り付けられたアルカンシェルで消滅させるという。ただしそれを行なうには中枢を覆うバリアを破壊しなければならない。そこで私に与えられた役割が幻術魔法を使った撹乱。大技を放つ為に隙を見せることになるナノハさんやフェイトちゃん、クロノ執務官や守護騎士に攻撃を届かせない為にアルフさんやユーノ君、守護獣と協力して攻撃を防ぐ役割。どうやら執務官なりにあまり守護騎士と関わらないように考えてくれたらしい。
「・・・」
《・・・マスター》
あわただしく準備が進んでいく中、いまだ先ほどの衝撃から抜けきれていない私を心配してティアーズが声をかけてくる。
「大丈夫よ、ティアーズ。これで闇の書事件は終わる。お父さんとお母さんもきっと喜んでくれるはず。だから・・・大丈夫」
《・・・》
ティアーズに、そして私自身に言い聞かせる言葉にティアーズは答えなかった。そうこうしている間に攻撃が始まる。目もくらむような攻撃を横目に私はシルエットと呼ばれる分身を防衛プログラムの周りに呼び出し攻撃の主力であるクロノ執務官等のほうに攻撃が行かないようにけん制する。たまに攻撃が行ってしまってもユーノ君や守護獣がそれを止める。
「・・・正直、同じ人間かどうか疑いたくなるわね」
執務官の冷凍攻撃やナノハさん、フェイトちゃんの超威力の攻撃を見て呆然と呟く。AAAランクは町ひとつ落とせるというのもこれを見てしまえば納得してしまう。
《闇の書の防衛プログラム、消滅を確認しました》
「・・・終わったの」
周りを見れば皆喜んでいるのだから終わったのだろう。長い間続いてきた闇の書の悪夢はここで終わったはずだ。
「本当に終わったの?」
《正式に言えばまだ諸々の裁判などが残っていますが、闇の書の暴走はもう起きないのですから闇の書事件は終結したと言えます》
「闇の書の暴走・・・」
暴走しないから終了?
本当にそうなの?
だってお父サンとオ母さんをコロシたのはヤミの書ノボウ走なンカジャくテ・・・
「はやてぇ!!!?!?」
突如思考をさえぎり声が響く。何事かと思い声のしたほうを見ると闇の書の主が気を失い守護騎士たちに抱えられていた。
・・・アイツラジャナイ。