『闇の書事件は終結した。
闇の書の呪いはリンディ艦長やクロノ執務官、嘱託魔導師フェイト・テスタロッサ、ナノハ・タカマチ等によって消滅。幸いなことに死者は無かった。この際に闇の書の被害者でもある少女『ハヤテ・ヤガミ』とその家族が保護された。
なお管理局歴戦の勇士であるギル・グレアム提督は事件解決を機に職を辞し、故郷である第97管理外世界『地球』へと移住することとなった』
「……これはどういうことですか?」
提示された闇の書事件の公式発表の草案に目を通しながら尋ねる。事件終結後、私達武装隊はアースラの帰還を待たずに本局へ帰還し上司へ報告を行なった。そして数日後、私は上司に呼び出されこの草案を提示された。
「これが今回の闇の書事件の公式発表だよ。なお君たちには緘口令がしかれることになる」
「でも仮面の男については……」
「仮面の男については問題ない。あれは守護騎士も知らぬ闇の書の呪いだったそうだ」
「そうですか……」
本当にそうなのかという疑問が浮かぶが一応納得しておく。今重要なのはそちらではない。
「ですがこれはなんですか!?これではまるで守護騎士たちも被害者のように……!」
「そうとも。彼女達は被害者なのだよ」
「!?」
絶句する私を尻目に上司はまるで歌うように話す。
「歴代の主達に改悪され本意ではない蒐集を強いられた。そして今回は何も知らぬ主を救う為切羽詰っているのにも関わらず手加減をして蒐集を続けた。なんとも美しい美談だ。実際今回事件が解決したのも闇の書が完成し、その主が暴走する呪いを切り離したからだろう?」
「それは……ですが彼らは過去に何人もの死者を出しています!」
「それは違うよ、キタザワ一等空尉」
違う?何が違うと言うの!?
「過去の闇の書事件で死者を出し、君のご両親を奪った諸悪の根源である闇の書の防衛プログラムはリンディ・ハラオウン艦長によって消滅した。今の彼らは我ら管理局が守るべき一般人だ。だから周りに妙な誤解を与えない為にも君達には緘口令がしかれるのだよ」
……一般人?確かにハヤテ・ヤガミについてはそうかもしれないが、
「そんなっ……!?だって現に守護騎士はっ……「キタザワ一等空尉!」」
私の抗議の声は上司にさえぎられる。
「何を勘違いしているかはわからないがすでに闇の書の守護騎士は存在しない。当然だ。彼らはリンディ艦長によって暴走プログラムとともに消滅したのだから。我らが保護するのは夜天の書の主ハヤテ・ヤガミと彼女を守る守護騎士たちだよ」
「でもっ!!「彼女たちは!!!」っ!」
「……彼女達は不幸な行き違いから管理局と交戦してしまったが、その後和解し闇の書消滅において多大な貢献をしてくれた。もちろん公務執行妨害や管理外世界でも魔法行使については罪に問われることにはなる」
そんな・・・だって・・・それじゃあ・・・
「君も承知の通り我ら管理局はいくつもの管理世界の安全を守っており常に人手不足だ」
そんなことは知っている。それとこの件となんの関係が・・・!?
「……司法取引ということですか?」
「そういうことになるね。不幸な行き違いとはいえ我ら管理局は法の番人だ。彼女達の罪は裁かれなければならない。ただ彼女達の事情は十分に情状酌量の余地がある。それらのことから考えても保護観察、および管理局への無償奉仕などが妥当だろう」
その言葉の裏の意味に私は気づいていた。いや気づいて当然だろう。常に人手不足の管理局としては古代ベルカ式のAAAランク以上の使い手が複数手に入ることになる機会をみすみす逃しはしないだろう。そして確かに闇の書の呪いが消滅した今、そこに罪を被せうやむやにしてしまえば非難の声も小さいかもしれない。さらに彼女たちに恩を売ることにより管理局に縛り付けることもできる。
また彼らの存在は聖王教会との関係においても重要なものとなるだろう。古代ベルカの騎士の存在は丁重に扱えば確実に教会との関係は良くなる。それは間違いない。
「でも……っだからといって納得できるわけがありません!」
当たり前のことだ。いくら都合が良いからといって犯人が罰らしい罰を受けずにのうのうと暮らしているなんてこと許せるはずがない。
「キタザワ空尉、君も大人の事情と言うものを理解したまえ。なによりこれは君と同じ闇の書の被害者であるハラオウン一家からの申し出でもある。君も彼らを見習ったらどうかね」
「クロノ執務官が・・・!?」
同じ被害者であるはずのクロノ執務官がこの案を提案したということに衝撃を受ける。何故という言葉が頭の中を駆け巡る。
「なんにせよこれが管理局の決定だ。君のわがままで覆ることはない。君も管理局員なら納得したまえ。以上だ」
礼をすることも忘れ部屋を退室する。目指すべきはクロノ執務官のところ。この案を提示したのが本当なのかを聞き出す為、私は走った。
どうやらアースラはすでに本局に帰還しているらしい。私はすぐにクロノ執務官の執務室に向かおうとしたがその途中の休憩スペースにクロノ執務官がいるのを見つけた。どうやら休憩中らしい。すぐさま駆け寄りことの真偽を問いただそうとする。
「クロ「ありがとうな、クロノ君。」っ!?」
唐突に聞こえた声にすぐさま身を隠す。幸い休憩スペースはわりと広く作っておりまたテーブルごとに仕切りのようなものがあるため執務官には気づかれていないだろう。息を殺して伺うと執務官の向かいには誰であろう闇の書の主である少女が守護騎士たちと座っていた。
「いや僕は何もしてないよ。決定を下したのは上層部だからね」
「でも色々と手を回してくれたんやろ?」
「まぁ、ね。それよりも本当に良いのかい?」
「なにがや?」
「君のことだよ。君は完全な被害者だ。わざわざ管理局に無償奉仕する必要はないんだが……」
「ええんや。家族の罪は家族全員で償わなあかん」
家族……かぞく……かぞ……く……?
「私達のために……申し訳ありません、主はやて」
「ええんよ。家族なんやから」
少しの距離を開けて繰り広げられている光景に私の頭は混乱していく。ただここにはいたくない、これ以上聞きたくないとだけ強く思った。もしこれ以上ここにいたら、これ以上聞いていたらどうなるかわからなかった。
……ぱきん
そんな音が聞こえた気がした。
危うい足取りでそこから立ち去る。途中誰かとぶつかった気もするがよく覚えていない。頭の中ではあの子の言った『家族』という言葉がぐるぐる回っていた。
・ ・ ・
「どうかしたのかな……?」
先ほどお手洗いに行っていたフェイトが首をかしげながらクロノたちの下へ戻ってくる。
「どうしたんやフェイトちゃん?」
「うん、今ちょうどエリさんとすれ違ったんだけど、なんだか心ここにあらずだったみたいで……」
フェイトの言った聞き覚えのない名前にはやては首をかしげる。
「エリさんってどちらさんや?」
「おそらくですが先ほどまで近くで話を聞いていた人物のことでしょう」
シグナムの言葉にクロノはしまったという顔を浮かべる。
「クロノ君、何か知ってるん?」
「あぁ。彼女は今回の闇の書事件で武装局員の指揮をしていた人物だ」
「厳しい人だったけど、すごく頼れる人だったよ」
クロノの説明にフェイトが補足を加える。
「そっか。ならお礼言っとかんとなぁ」
「いや、それはちょっと待ってくれ」
「?」
不思議そうな顔をするはやてに苦い顔でクロノは先ほどの説明では言わなかったことを伝える。
「彼女も僕と同じように11年前の事件で両親を失っているんだ。だから君達の処分を聞いてどう思っているかわからない」
その言葉に守護騎士やはやてだけでなくフェイトも表情を強張らせる。
「そんな……でもエリさんはそんなこと一言も……」
「あぁ。彼女は管理局員として一切の私的な感情抜きに今回の事件の捜査に参加していた。・・・見習うべき立派な人物だよ」
実際彼女の事情を知っているクロノやリンディ、グレアムやほかの局員の間では復讐心にとらわれることなく管理局員として事件解決に貢献した彼女の評価は高い。
「……ちゃんと謝らんと。どうであろうと罪は罪や。悪いことをしたら謝らんといかん。相手が怒るかもいう理由で謝らんいうのはなしや。ええな、みんな?」
「「「「はい」」」」
力強く言い切る言い切るはやてに守護騎士たちは頷く。
「わかった。ただ僕から彼女に聞いてみるから少し待っててくれ」
「うん。頼むで、クロノ君」
道は少しずつ少しずつずれていく。
心もまた同じように壊れていく。
そして物語は終わりへ向かっていく。