モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ

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このタイトルの出落ち感よ……。
ちなみに捏造設定てんこ盛りに注意。

15/10/13:少し戦闘シーンを修正してます。

 


二:通りすがりの神様
さまようよろい


 

 

 最初に言っておこう。これはただの偶然である。

 どちらにとっても、不幸な遭遇戦であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルを出た後アインズはハムスケの背に乗り、森の中を走っていた。

 

「殿ー。本当にカッツェ平野に行くのでござるか?」

 

 ハムスケからかけられた声に、アインズは頷く。

 

「ああ。この地原産の野生のアンデッド、という奴を是非見てみたい」

 

 今までほぼトブの大森林しか見ていなかったので、あまりこの地のモンスターを見た事がない。特にアンデッド、というのは是非見ておきたかった。一般的にどこまで自然発生するのか、というのがとても気になるのである。

 少ない経験からこの世界のレベル帯は低い、というのは分かった。おそらくレベル三〇程度のハムスケが伝説の魔獣、と言われる事。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の行使出来る位階魔法が第三位階が基本限界、という事。クレマンティーヌという女の言葉から、中位アンデッド程度の死の騎士(デス・ナイト)一体倒せないような人間が、準英雄級だと言われる事など。これらが、その仮定の正しさを証明している。

 ただ、それでもレベル三〇~四〇がこの異世界の限界レベル、だとは思わない。森に封印されていた魔樹――ザイトルクワエはおそらくレベル八〇にもなるだろう。時間停止魔法に耐性もあった。強者は、いるところにはいるのである。

 

「嫌なトラブルを避けるためにも、気軽に作成していいアンデッドを確かめないとな。たかが中位アンデッドの死の騎士(デス・ナイト)を召喚しただけで、伝説の英雄クラスに認定されるとは思わなかった」

 

 ぽつりと呟き、ガゼフを思い出す。クレマンティーヌはガゼフを自分と同程度、と言っていた。となれば、当然ガゼフはこの世界の人間として死の騎士(デス・ナイト)の異常さに気づいただろう。何も言ってこなかったのが好意からなのか何か別の理由があるのかは知らないが、これからは気をつけて盾役を作成しなくてはならない。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手には下位アンデッド作成で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)でも作ればいいか。これは一日で二十体召喚出来るし。……するとやはり問題は前衛職が相手の場合か。死の騎士(デス・ナイト)で問題無い気もするが、そうなると伝説級のアンデッドを作った魔法詠唱者(マジック・キャスター)、になるんだよな」

 

 ガゼフ級が相手ならば異常に気づかれ、かといって弱過ぎるとそもそも盾にならない。アインズは悩み、視線を下に向けてチラリとハムスケを見る。

 

(ハムスケに任せるか? 連れて歩くのは確定してるんだし、わざわざ特殊技術(スキル)を使用して呼び出さなくてもいい辺りメリットがあるよなぁ)

 

 そう考えたアインズだが、しかしそうなると万が一の問題に直面した時が不味い。

 例えばザイトルクワエのような高レベルの相手と対面した場合、死の騎士(デス・ナイト)ならば一撃は絶対に耐えられるがハムスケは耐えられない。そのような特殊技術(スキル)は持っていないので、一撃で死亡し、そのままアインズに貫通する危険性もある。

 それを考えると、やはり盾役は死の騎士(デス・ナイト)を召喚した方がいいだろう。

 

(ハムスケにもなんとなく愛着が湧いてきたしなぁ……。この大きな毛玉が動かなくなった光景を想像すると、昔を笑えなくなっちゃうような……)

 

 ペットのハムスターが寿命で死んで、一週間ほど『ユグドラシル』にログインしなかったギルドメンバーを思い出す。ペットロス症候群とは、かくも恐ろしいものなのだ。

 

「……まあ、盾役は臨機応変でいいか。――ところでハムスケ、カッツェ平野とはどういうところなんだ?」

 

「カッツェ平野でござるか? 殿、それがしは森から出た事が無いので、正直詳しくないのでござるが……確か、昼夜問わずずっと薄霧がある場所だと聞いた事があるでござるよ」

 

「ほう? という事は視界が悪そうだな。あんまり悪いようだと魔法でどうにかするか」

 

 第六位階に〈天候操作(コントロール・ウェザー)〉という、天候や気象現象を変化させる魔法がある。それを使えば霧くらい晴らす事が出来るだろう。

 

 アインズはウキウキと未知の場所に心躍らされながら、ハムスケに騎乗して夜の森を駆けていた。

 

 ――しばらくそうして駆けていると、ハムスケの様子がおかしい事にアインズは気づいた。

 ハムスケは耳をぱたぱたと動かす奇妙な動きをしている。それはまるで、何か音を捉えようとしているかのようだった。

 

「どうした、ハムスケ」

 

 アインズが訊ねると、ハムスケは相変わらず耳をぱたぱたと動かし、周辺を探りながら答えた。

 

「殿……金属の音がするでござる」

 

「なに?」

 

 アインズも耳を澄ませる。しかし、木々が騒めく音が聞こえるだけだ。ハムスケの言う金属音はアインズには聞こえなかった。

 つまり……アインズの耳では聞き取れない遠く、という事だ。ハムスケは獣らしく、野伏(レンジャー)でもないのに野伏(レンジャー)の真似事が多少は出来る。

 

「どこだ?」

 

「少し遠いでござるな。……殿、凄いスピードでこっちに向かってきているでござる。それがしよりも速いと思うでござるよ。このままでは遭遇すると思うでござる」

 

「ふむ」

 

 少し考え――ハムスケに指示を出した。

 

「止まれ、ハムスケ。向こうが通り過ぎるのを待とう」

 

「了解したでござる」

 

 ハムスケは徐々にスピードを落とし、止まる。そして相手を探るように耳をぱたぱたと動かし――次第に不安そうな顔をしてアインズを見た。

 

「どうした?」

 

「殿…………たぶん、この音は金属の鎧の音鳴りだと思うのでござるが」

 

「?」

 

 首を傾げる。そしてハムスケは――アインズが驚愕するような言葉を呟いたのだ。

 

「金属音が、方向転換してこっちに向かって来ているでござる」

 

「…………!」

 

 ぎょっとする。アインズはハムスケの見ている方角を見つめた。

 

 ――さて、どうするか。アインズは考える。止まって遭遇を避けたというのに、わざわざこちらに向かって来ているという事は、ひょっとすると相手はハムスケが相手に気づくよりも先にこちらに気づいた可能性がある。

 そうなると、当然相手の野伏(レンジャー)レベルが気になるところだ。ハムスケが「凄いスピード」と言うのならば、かなりのスピードだろう。

 以上の事柄から、相手は相当なレベルの持ち主だと思われる。

 

(まさか、ユグドラシルプレイヤーか?)

 

 可能性としてはゼロではないだろう。アインズと同じようにこの異世界に転移したプレイヤーはいるはずだ。六大神に八欲王、十三英雄などがその可能性を告げている。

 それに、この世界の人間であるならばハムスケが走行するより速い人間がいるはずがない。ハムスケは伝説の魔獣と言われるほどであり、あの周辺国家最強と言うガゼフよりも強いかもしれないのだ。しかしレベルは三〇程度。ユグドラシルプレイヤーならばハムスケ程度は雑魚であり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のような後衛職でもないかぎりはハムスケ以上の速度を出すのは困難ではない。

 

(――――仕方ない。一番分かり易い魔法で判別するか)

 

 使うのは当然、第十位階魔法である〈時間停止(タイム・ストップ)〉。これは『ユグドラシル』ならば七〇レベル程度からこの魔法に対する対策が必要になってくるが、逆に言うとレベルが七〇以下ならば対策出来ないという事でもある。

 この魔法に対抗出来るようならば、つまりはほぼユグドラシルプレイヤー。対抗出来ないのならば、アインズにとっては敵にならない雑魚というわけだ。

 

「確かめさせてもらおう。――〈敵感知(センス・エネミー)〉」

 

 まずは相手が現在どの地点にいるのか、敵意はあるのかを探知。そして、夜なのは問題無いが森の木々で前が見えないが、もはや一五〇メートル以内に相手が近づいて来ている事に気づく。この魔法に反応したという事は、当然相手はこちらに多少の敵意を持っているとも。

 

「〈時間停止(タイム・ストップ)〉」

 

 よって、即座に魔法を放つ。アインズの周辺の時間が停止する。全ての時間が停止し、森の木々の騒めき、微かに聞こえていた虫の歌声さえ聞こえなくなる。ぴぃん……とした完全な静寂。

 

 そこに、アインズにも聞こえた。聞こえてしまった。アインズの魔法を物ともせずに突っ込んでくる金属鎧から聞こえる甲高い擦り音が。

 

「――――ッ!」

 

 結論。アインズはこの正体不明(アンノウン)を、この異世界に転移してから最大の『敵』と認識する。

 

「糞が!」

 

 ハムスケの背から降りる。時間は無い。おそらく、〈転移門(ゲート)〉を使ってもこの距離・速度では閉じる前に相手も突っ込んでくる。よって出来る事は――――

 

 〈千里眼(クレアボヤンス)〉で適当な位置に〈転移門(ゲート)〉を開いたところで魔法の効果が切れる。そこにハムスケを蹴り入れ叩き込んだ。

 

「そっちで待っていろ! 後で迎えに行く!!」

 

「と、殿!?」

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)爆撃地雷(エクスプロードマイン)〉!」

 

 ハムスケの言葉を聞かずに、即座に〈転移門(ゲート)〉を閉じて自分を強化――は間に合わないと判断し自分と相手の射線上らしき場所に魔法の地雷を作る。その瞬間――金属の音の主が姿を見せた。

 

「――――」

 

 それは、白金色の鎧を纏った、豪奢な騎士だった。この夜の森という闇色一色の世界で、唯一の輝ける光明。アインズの纏う夜のような漆黒のローブとは正反対の、太陽のような白金の全身甲冑。

 

 ここに今、出会うべきではない者達が、早過ぎる邂逅を果たしたのだった――――

 

 

 

 

 

 

 言っておこう。これはただの偶然である。

 どちらにとっても、不幸な遭遇戦であったのだ。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 互いが互いを油断なく見据え、辺りを静寂が包み込む。背後で、〈転移門(ゲート)〉が閉じた気配をアインズは察した。しかし、相手から目線を逸らしはしない。〈時間停止(タイム・ストップ)〉に耐性があった時点で、そのような事をしていい相手ではない。

 

「――――」

 

 白金の騎士は剣を構えている。剣の見た目に覚えは無く、そして間抜けに魔法を唱えて効果を知るわけにもいかない。

 白金の騎士は何も言わない。ただ黙してこちらを見据えているだけだ。仕方なく、アインズはそこにユグドラシルプレイヤーならば爆弾に等しいものを投下する事にした。

 

「俺は『アインズ・ウール・ゴウン』のモモンガと言うのだが――何者だ? 喧嘩を売られる覚えは無いんだが」

 

 『アインズ・ウール・ゴウン』。異形種のみで構成されたわずか四十一人の少人数ギルド。しかし、その悪名は留まるところを知らない。『ユグドラシル』では異形種はPKしてもペナルティが無い、という運営システムを利用され、PKされ続けた果てにPKKを繰り返し、PKをしていた事実のみが一人歩きした結果生まれた『ユグドラシル』でもアンチが多い“悪”のギルドである。

 それが、喧嘩を売られる覚えが無い。当然、嘘だ。ユグドラシルプレイヤーならば、『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーである、というだけで喧嘩を売る万の理由に勝る。

 ましてやモモンガはギルドマスターであり、wikiに攻略法が掲載されるメンバーの一人でもある。ユグドラシルプレイヤーならば名前を知らない、などと言うのは絶対にあり得ない。

 だからこそ……

 

「…………ツアー」

 

 ぼそりと騎士が呟いた言葉の時点で、アインズはこの白金の騎士がユグドラシルプレイヤーではない事を看破した。

 だが、それは油断していい理由にはならない。むしろ逆。決して油断は出来ない相手だった。

 ユグドラシルプレイヤーならばアインズとて何度も戦った事がある。当然、不慮の遭遇戦に対する心得もある。

 しかし相手がユグドラシルプレイヤーではない時点で、その最低限の備えも心得も、無に帰す可能性が高い。この異世界にはアインズの知らない武技と呼ばれるものがあり、そして魔法もある。相手がそれを使ってこない可能性はゼロではなく、アインズはそれに対して何が最適解なのか分からないのだ。剣で武装しているから物理防御を上げれば、実は魔法攻撃でしたなどという事態もあり得る。

 ましてや時間停止対策を持つ高レベルの存在――後手に回ると不味すぎる相手だ。

 

 故に――――先手必勝。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

「――――」

 

 魔法詠唱と同時に白金の騎士がアインズに向かって突っ込んできた。そのスピードに、相手が前衛職である可能性が高確率である事を認識する。だが、構わない。

 〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉は即死魔法であるが、例え即死判定に失敗しても敵を朦朧状態にする追加効果がある。更にアインズの目の前には魔法で地面に地雷を仕込んでいるので、これで時間が稼げる。その間に壁役の上位アンデッドを作成して――

 

「――――は?」

 

 白金の騎士は、何事もなく突っ込んできた。即死判定に失敗した。それは分かる。追加の朦朧状態は……発動していない。白金の騎士の足取りは一切ブレておらず、距離を詰めてきている。

 

 結論。白金の騎士は状態異常に耐性があると判断し、あらゆる状態異常魔法、即死魔法は意味をなさないものと想定する。

 

「……ッ! 上位アンデッド創造――青褪めた乗り手(ペイルライダー)

 

 蒼い馬に乗った禍々しい騎士が出現する。同時に、白金の騎士がアインズが目前に準備していた魔法の地雷で大きく後方に吹き飛びたたらを踏む。

 だが、白金の騎士は痛がる様子もなく再びアインズに突っ込んできた。しかし作成された青褪めた乗り手(ペイルライダー)がその進行の邪魔をする。その間に、アインズは魔法を唱える。

 

「〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉、〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉、〈飛行(フライ)〉、〈魔法詠唱者の祝福(ブレス・オブ・マジック・キャスター)〉、〈無限障壁(インフィニティウォール)〉、〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉……」

 

 白金の騎士が青褪めた乗り手(ペイルライダー)に手間取っている内に唱え、準備を整えていく。

 しかし、それも最後までは続かない。白金の騎士はほどなくして、青褪めた乗り手(ペイルライダー)を始末して再びアインズへと襲いかかる。

 

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 転移魔法を発動させ、白金の騎士の視界から一瞬で消える。出現した場所は白金の騎士の上空だ。〈飛行(フライ)〉を使用しているので落下する事は無い。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉」

 

 非実体に対して効果的な一撃を与える魔法を白金の騎士に向かって撃ち出す。白金の騎士がアインズのいる上空を振り向くが、一撃を受ける。その一撃を上空から受けた白金の騎士は即座に全身を屈め、地を蹴り空中にいるアインズに襲いかかった。

 

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 それに即座に反応して転移する。空中に躍り出て身動きの出来ない白金の騎士に向かって魔法を撃つ。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉」

 

「――――」

 

 巨大な豪雷が白金の騎士に向かって奔る。しかし白金の騎士は〈飛行(フライ)〉の魔法を使用する事もなく、動く事の出来ないはずの空中で身を捻って雷を躱した。

 

「な……!」

 

 地面に着地する白金の騎士。そして、油断無く相手はアインズを見据えている。アインズもまた、白金の騎士を油断無く見据えた。しばしの空白。

 

(俺の魔法を避けるとはどういう身のこなしだ……! 戦士職としても上位だなアレは……。いや、しかしそれよりもどういうことだ? 〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉もほとんど通用しないという事は物質として存在している、ということだが……それならば、何故〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉の追加効果が発動しない!? 俺の特殊技術(スキル)である不死の祝福に反応が無い、ということはアンデッドではあり得ないはずだが……)

 

 そこでふと、アインズは考えた。

 

 

 

 ――――あるいは、アインズの魔法レベルと拮抗しているために、ことごとく判定に成功しているのか。

 

 

 

「…………」

 

 ここにきて、アインズは本当の意味で慢心を捨てた。これは今ここで殺さなければならない。そうしなければ、おそらく二度とこの相手を殺す機会はやってこない。

 それを――――お互いが(・・・・)認識した。

 

「〈魔法三重化(トリプレットマジック)黒曜石の剣(オブシダント・ソード)〉!」

 

 空中に三振りの黒く輝く剣が浮かび、意思を持っているかのごとく白金の騎士に向かって飛来する。

 

「――――」

 

 それを白金の騎士は一振りで崩壊させた。魔力由来の剣は物理攻撃で破壊するのは困難を極めるというのに。

 

(これはガゼフが使っていた〈六光連斬〉!? いや、そうとはかぎらないか……だが、物理攻撃で俺の〈黒曜石の剣(オブシダント・ソード)〉を破壊するとは……!)

 

 白金の騎士が接近する。間合いに入られればどうなるか分かっているアインズは、更に魔法を唱え白金の騎士を寄せ付けないように白金の騎士との間に壁を作る。

 

「えぇい! 俺に近寄るな!! 〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉」

 

 武器を持った無数のスケルトンが埋め込まれた骨の壁が目前に現れ、視界を遮る。おそらく向こう側では壁を構成するスケルトン達が手に持つ武器で白金の騎士を攻撃している事だろう。

 その間に、アインズはここしばらくアイテムボックスの奥深くにしまって外に出さなかった、とある武器を引っ張り出す。

 

 それは、神聖さと禍々しさを極限のバランスで保ったスタッフだった。

 宝石を咥えた七匹の蛇が絡まる、黄金のスタッフ。夜の森さえ照らすような黄金の輝きを放ちながら、けれど黒く赤い――人の苦悶の表情を象ったようなオーラがそれから発せられ、崩れ、消える事を繰り返す。まるで苦悶の声が聞こえてくるようなおぞましさがそれからは発せられている。

 

 これこそ、『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド武器。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンである。

 

「…………」

 

 アインズの能力がこのスタッフを持つ事によって上昇する。正真正銘の完全武装を遂げたアインズは、このスタッフの力で自らの壁役を召喚する。

 火の宝玉に意思を込め、発動を促した。

 アインズの意識に従うように一匹の黄金の蛇が咥えた宝石の一つに、力の揺らめきが起こる。そして桁外れな炎の渦が巻き起こった。

 巻き起こった渦は加速度的に大きくなっていき、紅蓮の煉獄が熱風を巻き起こしていく。その熱風によって目前のスケルトンの壁と周囲の森が灼き尽くされていき、アインズのローブをはためかせる。

 周囲の空気を食らい尽くし巨大になった炎の竜巻は、融解した鉄のような輝きを放ちながら揺らめいて、人の形を象った。

 

 召喚されたのは元素精霊(エレメンタル)の最上位に近い存在。八〇後半というレベルの高さを持つ根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)である。

 

「――――」

 

 熱風により吹き飛ばされ、距離を離していた白金の騎士がアインズの持つスタッフと召喚された精霊を見て空気を変える。

 そして、アインズは今まで切っていたあらゆる常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を最大威力で解放する。アインズの周囲を禍々しい暗黒のオーラが囲み、そのオーラに触れた周辺の森の生き物達が動きを停止し、ぼとぼとと地面に落ちていく。同時に、根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)の熱風という名の炎が周囲を灼いていった。

 

 しかし、アインズのスタッフを装備した最大出力の絶望のオーラと、根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)の炎ダメージを受けた白金の騎士は、未だ立っている。

 

(やはり強いな……ザイトルクワエ以上の苦戦になりそうだ)

 

「――――」

 

「ゆけ」

 

 白金の騎士が先程より更にスピードを上げて突っ込んでくるが、アインズは召喚した根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)に命令を下し、白金の騎士を抑える。ダメージがゼロのはずが無いのだが、やはり白金の騎士は痛みなど感じていないようにその機敏さを劣化させずに根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)と交戦する。

 

「さて……では、始めるか。〈魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

 白金の騎士が根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)にかかりきりになっている隙を縫うように、アインズは第十位階でも高破壊力の魔法を使い白金の騎士の体力を削っていく。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

「――――」

 

 血飛沫は出ない。しかし白金の騎士の全身甲冑に傷が刻み込まれていく。〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉で見るかぎり、体力は削られていっているのは間違いない。だが、思いのほか減少値が低い。そこまで防御値があるのかと思ったが――違う。根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)を盾にするように誘導して動いており、HPの消費を最低限に減らしているのだ。

 やはり、知性が高い分ザイトルクワエより優秀だ。こちらが前衛の根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)を避けて魔法を放っているだけあって、〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉は実際はまともにダメージを与えていない。

 

「…………」

 

 少し考える。誘導型の魔法に切り替えるべきか。――しかし、今までの状態異常無効や非実体に効果的な〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉がほとんど効果が無い事実を考えると、下手をすれば『ターゲティング出来ない』などという事がありかねない。

 それを考えれば、MP消費が大きいが確実にダメージを与えられる〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉で攻めるべきだ。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

 放つ。容赦など無く。ひたすらに。白金の騎士の体力を削っていく。白金の騎士の動きが流石に鈍くなってくる。鎧に傷が入り、凹み、ダメージが蓄積されていく。

 だが、それでもなお白金の騎士は痛みなど感じないかのように動く。蓄積されたダメージはアインズの〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉では既に、半分以上も削られているというのに。

 

「――――」

 

 白金の騎士の強さに、アインズは無いはずの舌を巻く。強い。根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)のHPの減りが予想以上に早く、白金の騎士を殺し切る前に前衛が死亡する。

 

「…………」

 

 アインズは白金の騎士の残りHPを調べ、考える。超位魔法の大ダメージによる必殺。狙うべきか、狙わないべきか…………。

 

「――――」

 

 白金の騎士の剣が、根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)の核を捉え、ついにHPがゼロになる。本当に強い。だが、白金の騎士のHPはかなり削れている。

 超位魔法の案は却下する。どの道、白金の騎士ほどの相手ならば詠唱時間中にアインズに多大なダメージを与えて詠唱キャンセルをする事が可能だろう。いくら課金アイテムで詠唱時間を短縮出来るとはいえ、前衛がいない中で使うべきではない。

 何より、伏兵がいないともかぎらない。そして相手に超位魔法のような反則が無いともかぎらない。余計な隙は作らないべきだ。

 

「〈負の爆裂(ネガティブバースト)〉」

 

「――――」

 

 負の衝撃波がアインズを中心に巻き起こり、空気を爆発させるように衝撃波が振動する。白金の騎士はその衝撃でたたらを踏み、その隙にアインズは更なる魔法を唱える。

 

「〈内部爆散(インプロージョン)〉」

 

 白金の騎士を内部から爆発させようと、鎧が歪み、そしてついに衝撃に耐えられなくなったのか鎧の胸部と腹部が破裂する。その中身を見て、アインズはようやく悟った。

 

「ふん……なるほど。道理で状態異常系の効果がことごとく無効化されるわけだ」

 

「――――」

 

 バランスを崩した白金の騎士が膝をついている。だが、溢れる血は無い。あるはずが無い。

 

 白金の鎧の中は、“空”だった。

 

 中身が無い。白金の騎士は中身が空のまま動いていたのである。それから導き出される答えは一つ。

 この白金の騎士には、初めから中身など無かった。これは単なる人形。操っている存在が何処かにいるのである。

 

「中身はどこだ? 俺の魔法による探知に引っかからないとなると、かなり遠いところから操作しているようだな。とんでもないセンサー持ちだ」

 

 超位魔法を使用しないでよかった。危うく、何の手札も切っていない本体に自分の手札を切るところだった。慎重さが功を奏したらしい。

 

「見えているのはHPではなく、正確には鎧の耐久力か。――もう限界のようだな」

 

 白金の鎧はギシギシと軋み、必死に立とうとしているようだがもはやそれも叶わない。表面には幾多もの傷が刻まれ。胸部も腹部もバラバラに砕け散っている。

 

「おっと、そういえば今更転移で逃げを打たれても困る。封じさせてもらおう」

 

 アインズは魔法で転移阻害を使用し、この周囲一帯の空間転移を封じる。これで、おそらく即座に空間転移で離脱は出来ないだろう。

 

「では、とどめを刺させてもらう。――――ただ、一つだけ聞いて欲しい」

 

「俺はな、ただ未知の世界を見たいだけなんだ。この美しい世界を、宝石箱のように綺羅綺羅している世の中を、ただ見て回りたいだけなんだ。人間にも、魔物にも別に何をしようと思っているわけじゃない。これに懲りたら、もう放っておいてくれると嬉しいよ」

 

 アインズはそう言って、白金の騎士の鎧に杖先を向けた。

 

「――――」

 

 白金の騎士が跳ね上がるように動き、アインズに向かって駆け出した。それを無視し、アインズは魔法を唱える。唱えるのは魔法で超強化し尽くした〈暗黒孔(ブラックホール)〉だ。これで、完全にこの世から白金の鎧を消滅させる。

 

 白金の騎士の剣がアインズに向かって振り下ろされる。しかし、その剣は寸前で届かない。アインズがこっそり仕掛けておいた足止めの魔法が白金の騎士の足に絡みつき、そこから前には進ませてもらえない。剣はアインズの仮面を掠め、キィィィン――という音を立てて、何の効果も無いが故に耐久性も皆無な仮面が真っ二つに割れた。

 

「さらばだ、ツアーよ」

 

 最初に名乗っていた名前を呼び、アインズは目前に呆然と立つ鎧を虚空の彼方へと消し飛ばす。最後に白金の騎士は、何事か呟いたようだが、アインズの耳には残念ながら届かなかった。

 

 ――――スルシャーナ、という困惑気味に呟かれた誰かの名前など。

 

 

 

 

 

 

 …………そして、ツアーは目蓋を開いた。

 

 ドラゴンの鋭敏な知覚能力は人間をはるかに凌ぎ、例え相手が不可視化や幻術を使っていようと、遠距離の気配も即座に感知出来る。例え、眠っていようともだ。

 

 ツアーが危険視しているスレイン法国の最強部隊、漆黒聖典が動いたのを察知して、彼らに気づかれないように後を尾行していたのはいいが、とんでもない存在に遭遇してしまった。

 

「スルシャーナ……」

 

 ぽつりと呟く。夜の森で出遭った仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。しかし、その仮面を剥いだ下にあった顔は、かつて見た顔をツアーに思い出させた。

 だが、ツアーは知っている。似ているといっても、あれは本人ではない。おそらく、『ユグドラシル』から来たプレイヤーであり、スルシャーナと似たような種族の存在なのだろう。

 そもそも、スルシャーナはもうこの世にはいないのだ。

 

「…………」

 

 おそらく、あれはどちらにとっても不幸な遭遇戦だったのだろう。ツアーは漆黒聖典を尾行している最中で、向こうはそんな緊張感を孕んでいたツアーの近くを偶然通りがかったにすぎない。そのせいで、ツアーの敵意に向こうが反応し、お互い殺し合いに発展してしまったのだと思う。

 

 ユグドラシルプレイヤー。一〇〇年の揺り返し。そろそろ頃合いだろうとは思っていたが、まさかいきなり遭遇するとは思わなかった。

 

「…………彼は、どっちなんだろう」

 

 六大神やリーダーの側なのだろうか。それとも八欲王側なのだろうか。分からない。ユグドラシルプレイヤーの中身は外見と一致しない。例えどれほど悪質な側に見えようとも、実際は弱き者を守る心優しい持ち主である事もあるのがユグドラシルプレイヤーだ。

 

 スルシャーナが、そうだったように。

 

「…………」

 

 目を閉じ、先程までの光景を思い出す。完敗だった。確かに本体である自分自身が出たわけではないにせよ、結局向こうは無傷でツアーの鎧を破壊してしまった。おそらく、あれは八欲王クラスだろう。どう見ても第六位階以上の魔力が籠もった魔法を連発していた。

 手にしていたあの黄金のスタッフ。ツアーは知っている。それと似たような気配を持つ武器を、ツアーは知っていたのだ。

 

 それは、ツアーがこの場所から離れられない理由。今も守っているそれと同じ気配をしたモノ。かつて八欲王の残したギルド武器と呼ばれる強力なマジックアイテム。

 

 おそらく、あの『アインズ・ウール・ゴウン』のモモンガという者が持っていた黄金のスタッフはそれだろう。

 八欲王クラスの強さの魔法詠唱者(マジック・キャスター)と考えると、ツアーは頭を抱えたくなる。何故なら、八欲王はとても恐ろしい者達だったから。

 

「本当に……彼はどっちなんだろう」

 

 分からない。けれど、出来れば八欲王のような存在で無ければいい。その可能性は高いだろう。だって、最後にツアーに語った言葉には真実味があった。そのまま信じるわけにはいかずとも、けれど信じたいと思えるほど穏やかな声だったのだ。自分との戦闘に際して、盾に使わずに空間転移で連れていた騎獣を守ったのも好感が持てる。

 

「…………」

 

 どうか、彼が八欲王のような恐ろしい生き物ではありませんように。ツアーは祈るように瞳を閉じ、意識を微睡みの中へと蕩けさせていった。

 

 

 

 

 

 

 恐ろしい白金の騎士との戦闘を終え、アインズは再びギルド武器のスタッフをアイテムボックスの奥に厳重にしまう。そして同時に、周囲を再び魔法で探索し、本当に伏兵も誰もいない事を確認してから深い息を吐いた。

 

「あー……驚いた。やっぱり、いるところにはいるんだな、強いの」

 

 英雄級がガゼフやらあのクレマンティーヌやらで、しかも死の騎士(デス・ナイト)に勝てないような体たらくだと思ったが、やはりザイトルクワエのような高レベルの者はいたらしい。先にザイトルクワエに遭遇していなければ、アインズでも油断して手痛い反撃を貰っていたかもしれなかった。

 

「でも、中の奴を殺せなかったのが痛いなぁ……」

 

 ただの人形だとは思いもしなかった。『ユグドラシル』にはあそこまで自由自在に動かせる人形など作れない。この世界特有の魔法なのかもしれない。

 一応、多少の言い訳程度はしてみたが、向こうはどう思っているのだろうか。あの拙い言い訳に納得して貰えるといいが……やはり、それは都合が良すぎるだろう。

 

「っていうか、仮面割られちゃったし……後で直しておくか。今はあんまりそういうのにMPを使いたくないし」

 

 真っ二つにされた嫉妬マスクを見て、溜息。とりあえずそれを懐にしまい、アインズは空間転移を阻害していた魔法を解く。そして少し考え……アイテムボックスの中から、とある課金アイテムを取り出した。

 

(もし仮に、さっきみたいなのがまだたくさんいるとしたら……経験値が色々必要になるかもしれない。強力な超位魔法には経験値を消費して使うものもあるし、俺の持っている世界級(ワールド)アイテムも経験値を使うしな。もうカンスト分まで俺自身は溜めているけど、世界級(ワールド)アイテムならもっと溜められる)

 

 アインズは、それを使って宝物殿に置いていたとある世界級(ワールド)アイテムを取り出した。

 それは天使のように無垢な純白と、悪魔のように禍々しい暗黒の色をしたガントレット。カンストしている経験値を更に溜め込む事が可能な世界級(ワールド)アイテムであり、名を『強欲と無欲』という。

 

「これつけとくかぁ……。ちょうど手の骨も隠せるしなぁ。…………勝手に使っちゃうけど、こんな状況だし、皆も許してくれるよな」

 

 アインズはそう呟いて、今までつけていたガントレットを外して『強欲と無欲』を装着した。魔法のアイテムなので、アインズのサイズに勝手に調整される。

 

「……それにしても、ナザリックにあるはずのアイテムまで課金アイテムを使えば呼び出せるって、どうなってるんだろ? 前も使ってみたら取り寄せられたし……でも、指輪は全く機能しないんだよな。この世界、やっぱりわけ分かんない」

 

 深く考えても出ない答えに、アインズは溜息を吐いて魔法を使用する。転移する場所は、先程ハムスケを放り出した場所だ。ハムスケが首を長くして待っている事だろう。アインズは〈転移門(ゲート)〉を開き、門をくぐって空間転移する。

 

 そうして辿り着いた先で、ハムスケは見知らぬ男とじゃれていた。

 

(何やってんだ、あいつ)

 

 その光景にぽかんと口を開ける。というか、何を本気であの無精髭の男はいい年してハムスターなんかとじゃれているのだろう。

 アインズが来た時、ちょうど男はハムスケから後ろに飛び退いていた頃だった。ハムスケは何故か片手で鼻を抑えている。

 そして、アインズが見ている前で男は鞘に刀をしまい、再び鞘から刀を引き抜きつつハムスケに突進する。その姿を見たアインズはそれが居合切りの一種だと悟り、そしてハムスケが負けそうになっている事に気づいた。

 

「やれやれ……〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 全然力を込めていない、全く本気ではない無属性の光球をハムスケに向かって撃ち出す。男とハムスケはお互いがお互いに集中していたためだろう。アインズの出現には気づいておらず、ハムスケはまともにアインズの〈魔法の矢(マジック・アロー)〉(手抜き)が腹部に直撃し、ぶわっと浮いて吹っ飛んだ。男はその様子に驚愕して動きを止め、アインズの方へ振り向く。

 

「い、痛いでござるよ! 殿!」

 

「助けてやったんだ、感謝しろ」

 

 吹っ飛ばされながらも、見事に地面に着地したハムスケはアインズに向かって涙目で訴える。それにアインズは心外だという気持ちをこめて、少し刺々しく返した。こちらが先程まで命懸けの死闘を繰り広げていたというのに、ハムスケは知らぬおっさんと戦って、あげく負けかけていたのだ。少し不機嫌になるのも仕方あるまい。

 

「さっさと帰るぞ、ハムスケ」

 

 そうハムスケに呼びかける。アインズが先程まで戦っていた場所は戦闘の余波で森の木々が焼け、山火事が起きたように一部禿げてしまっているのだ。ここから数百メートル離れた距離にあるとはいえ、あまりこの森に長居したくはなかった。

 

「…………」

 

 男が、じっとアインズを見つめている。見れば、刀を鞘に納めていた。アインズはそれを見て、あちらも戦う気はないのだろうと認識する。

 

「ハムスケが迷惑をかけたな」

 

 アインズはそう言って、無造作に男に近づく。見れば男は所々ハムスケの爪が掠ったのか皮膚に傷を負っており、近くに転がっている死体達からこの男は単なる野盗などの一人なのだと気づいた。

 先程ハムスケに与えた一撃を見ていたアインズは、まったく自分の敵にならない相手だと悟り、その足取りは軽い。率直に言ってしまえば、今は疲れているのでさっさとこの場から去りたかった。単なる野盗ならば、あのエ・ランテルの犯罪者と違って顔を見られても何も困らないだろう。

 

 スタスタと無防備に近づくアインズに、男は鞘から刀を引き抜き、居合切りによってアインズの首を断とうとする。

 

 しかし、それを見てもアインズは何の警戒心も抱けなかった。先程まで相手にしていた白金の騎士ツアーに比べれば、目の前の男の攻撃は欠伸が出る。蠅が止まるほどの速度しか感じられない。

 だから、アインズはその刀を鷲掴んだ。そして、しげしげと〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉で掴んだ刀を眺める。

 

「神刀、属性神聖、低位魔法効果、物理障害に対する斬撃効果二〇パーセント向上、物理ダメージ五パーセント向上および一時的効果に一〇パーセント追加、非実体に対し三〇パーセントのダメージ効果、クリティカル率五パーセント向上――といったところか」

 

 とりわけ、アインズの目を引くような武器ではない。アインズは掴んでいた武器を離してやる。男はそれで解放され、たたらを踏み呆然とアインズを見つめていた。

 

「武人建御雷さんがこういう武器を好んでたな……懐かしい」

 

 アインズは懐かしさに呟く。武人建御雷が引退した後は、確か彼のNPCであるコキュートスが持っていたはずだ。コキュートスに持たせると見た目も相まって格好いいのだ、これが。

 

「さて、帰るぞハムスケ。そこらの一般人と遊んでいるんじゃない」

 

「わ、分かったでござるよ、殿……」

 

 鼻を押さえたハムスケがアインズの近くに寄ってくる。アインズは男をほとんど警戒せずに、彼に目を向ける事をしなかった。

 

 何故なら、アインズにとって男は本当にどうでもいい存在だったから。

 武器の強度も、レベルも、敏捷性も、その何もかもが――先程まで戦っていた白金の騎士ツアーに劣る。本当に、何も感じないほどにアインズにとって男は単なる一般人だったのだ。

 

 アインズはハムスケがこちらに近寄ってくるのを見て、踵を返す。さっさとあの現場から離れて、落ち着きたい。

 

「と、殿!」

 

「うん?」

 

 ハムスケの叫び声と同時に、背中に少し衝撃を受けたような気がする。ぽん、と背中を撫でられたような感覚だ。アインズは背中を振り返る。男が呆然と立っている。ハムスケを見て、男の持つ刀を見て、アインズは背中をぽんぽんと軽く叩いた。

 

「おいおい。服に皺を作るのはやめろ」

 

「――――」

 

 そのアインズの無慈悲な言葉に、男は絶望的な――世界が終わりを迎えたかのような顔を作ったが、しかしアインズは気づかない。気づけない。何故なら、アインズにとってはあまりに些細なものだったから。

 あの白金の騎士と戦闘さえしていなければ、もう少し気をつけようと思えたかもしれない。だが、今のアインズはアンデッドだというのに少しばかり精神的に疲れていて、あまりのレベル差に細かなところに気づけなくて。

 だから、男の心情に全くもって気づけない。アインズの心の中にあるのは、さっさとハムスケを回収してこの森から去りたい。ただそれだけなのだ。

 

 アインズは歩き去る。ハムスケはそんなアインズを追いかけ、そして時折気の毒そうに男を振り返った。男はふらりとその場にへたり込む。

 

「――――、――――」

 

 少し武術を齧った程度の、単なる一般人の男から発せられる嗚咽の声は、アインズにはまったくもって届かなかった。

 

 

 

 

 

 

「――それで、どうしたんだその鼻は」

 

 しばらく歩いてから、アインズはハムスケの傷に気がついた。ハムスケの鼻先は鋭利な刃物で切り裂かれたような傷があり、少し血が滲んでいる。

 

「さっきの男にやられたんでござる。うぅ、痛いでござるよ」

 

「そうか。少し待っていろ」

 

 アイテムボックスからポーションを取り出し、ハムスケの鼻先にかける。すると、みるみるうちにハムスケの傷は治療されていく。ちなみにハムスケが一番痛かったのはアインズの魔法が直撃した腹部であるが、アインズが手を抜いていた事もあってポーションで一緒に治療された。

 

「おぉ! 全然で痛くないでござる! 感謝するでござるよ殿!」

 

「わかったわかった」

 

 懐くハムスケをアインズは適当な返事で流し、再びハムスケの上に騎乗した。

 

「そら、さっさとこの森を抜けるぞ。まったく、とんでもない目にあった」

 

 白金の騎士を思い起こし、アインズの気分はじくじくとブルーになる。もう少し強ければ精神抑制が働くというのに、そこまでは気が沈んでいないと思うと、なんだが中途半端で苛々した。

 

「そういえばいつもの仮面はどうしたんでござるか、殿。腕のも変わっているでござるし」

 

「あれか? お前を逃がした後に遭遇した変な奴に割られたよ。まったくとんでもない奴だった。魔樹のザイトルクワエより強かったからな」

 

「な、なんと!」

 

 その言葉を聞いたハムスケは驚愕し、その身を震わせている。そして、しっかりとした口調で告げた。

 

「殿」

 

「なんだ?」

 

 アインズはハムスケを見下ろす。ハムスケは一生懸命アインズを見ようと顔を動かしており、ようやく視界に入ったのか口を開いた。

 

「このハムスケ、殿に更なる忠義を尽くすでござるよ!!」

 

「それ、前にも言ってただろう? よく分からん奴だな」

 

 ハムスケが急にそんな事を言う理由が思い当たらず首を傾げる。アインズからしてみれば、ハムスケの忠義は意味不明であった。

 何か凄い事が判明する度にアインズに向けて告げられるハムスケの言葉は、哀れアインズにだけは正確に意味が通じる事が無かったのだった。

 

「さっさと森を抜けろ。長居していると、またさっきの奴が来るかも知れないからな」

 

「わかったでござるよ殿! しっかり掴まってて欲しいでござる!!」

 

 ハムスケは駆ける。夜の森を。アインズは懐から二つに割れた仮面を取り出し、時間が経って回復してきたMPで修復を試みた。

 

「――――」

 

 ふと、空を見上げる。いつの間にか、星空は見えなくなっていた。白い雲が幾つもあり、空は眼も覚めるような青に変わっている。東と思われる方角からは、眩しげに太陽が昇り始めていた。

 

 その光景にアインズは目を細め、修復した仮面を再び装着し、ハムスケの背に揺られながら美しい自然の風景を通り過ぎていく。

 

「まったく、しばらくはカルネ村のように落ち着いて過ごしたいものだ」

 

 『漆黒の剣』と出会ってからの怒涛の日々を思い出し、溜息をついた。カルネ村で村人達とのんびり過ごしていた頃が無性に懐かしい。まだ一週間も経っていないというのに。

 あの姉妹達は元気でやっていけているだろうか。そして、ンフィーレアは祖母と仲良く商売を再び出来るだろうか。『漆黒の剣』は冒険者として活躍出来るだろうかとアインズはふと考え、姉妹の太陽のような輝ける笑みを。ンフィーレアの若さ故の好感の持てる真っ直ぐさを。『漆黒の剣』のかつての仲間を思い起こせるようなチームワークを思い出し、それが無用な心配である事を悟って仮面の中で苦笑した。

 

 それを思えば、自分の先程の白金の騎士ツアーとの遭遇も、彼らに今度会う機会があった時の、面白い冒険譚として話せるかもしれない。

 アインズはそう考えて、ハムスケの背に揺られながら未知の世界を見つめ続ける。

 

「ああ――――」

 

 未知の世界は、こんなにも素晴らしくて、こんなにも楽しい。

 

「殿、楽しそうでござるな」

 

 気分の昂揚したアインズの気配を察したのか、ハムスケが話しかけてくる。アインズはそれに楽しげに答えた。

 

「そうとも。未知の世界は、こんなにも楽しい。お前はそうじゃないのか、ハムスケ」

 

 アインズが訊ねると、ハムスケは少し黙って――けれど、アインズと同じ声の調子で……楽しそうに答えたのだった。

 

「それがし、縄張りから出たことはなかったでござるが……でもそれがしも、知らない世界は楽しいでござるよ、殿!」

 

「そうか、そうか――」

 

 同じ気持ちを共有して、一人と一匹は青空の下を駆けていった。

 どこまでも。どこまでも――。

 

 

 

 

 




 
モモンガ「一般人に構ってる暇ないから」
ブレイン「」
ツアー「今度は“始原の魔法”をぶち込むね^^」

リモコン鎧の詳細な設定が書籍で出たら書き直すかも。
 

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