モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ

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ストック切れなので次回から不定期更新になります。

 


一:仮面の魔法詠唱者
おいでよ、カルネ村


 

 

「よいしょ……と」

 

 エンリは腰をあげる。小さな甕の中には水がたくさん入っていた。これで三往復目。家の大きな甕もこれでいっぱいになるだろう。

 

「ふぅ」

 

 小さな甕を持って家までの距離を歩く。とてもいい天気だ。雲一つ無い快晴。

 新しい自分達の出発に、ぴったりの天気。

 

「姐さん」

 

「あ」

 

 ふらりと一匹のゴブリンがエンリの前に姿を現した。

 

「駄目ですよ、一人で出歩いたら」

 

 ゴブリンは邪悪な顔を精一杯心配そうに歪めながら、エンリを心配する。エンリはそれに慌てて答えた。

 

「大丈夫ですよ。すぐそこなのに」

 

「駄目です!」

 

 ゴブリンの言葉に苦笑する。とりあえず、エンリは苦笑いしながら大人しく頷いて、このゴブリン――カイジャリと一緒に自宅まで甕を持って帰る事にした。

 

 ……このゴブリンは先日の事件の後、村人達で今後を相談していた時にエンリがふと思いついて使ったアイテムから召喚されたものだ。アインズから貰った角笛。それを吹くと突然現れたのである。

 最初は村人全員慌てたが、エンリがアインズから貰った角笛から召喚されたのだと言うと、少し安心したようだった。

 そして、まだ村で復興作業を手伝ってくれていたアインズにも訊ねると、そういうアイテムだと教えてもらったのですぐに心配は消えた。ゴブリン達も、一生懸命エンリの言う事を守って働いてくれるので、村人達の疑いの心はすぐに解かれていった。

 しかし、エンリは思う。幾ら召喚主だからと言って、ゴブリン達はエンリに甲斐甲斐し過ぎる。エンリの方が恐縮して、辟易してしまうくらいだ。

 そんなゴブリンの甲斐甲斐しさに内心辟易しながら、けれど同じくらい感謝しながらエンリは村に戻る。そこでは、今も一生懸命他の村人達やゴブリンが空き家になった家を解体していた。

 そして――――

 

「いやぁ、それにしてもいつ見ても怖いっすね」

 

「あはは…………」

 

 幾体かの立派な体躯の骨のアンデッドが、解体された材木を持ち運び、その材木を柵にするため村人達が補修。アンデッド達は土に穴を掘っていた。

 

 これはアインズが魔法で生み出したアンデッドで、村の復興作業を厚意で手伝ってもらっているのだ。

 アンデッドは生きているものと違って、空腹も睡眠も必要無く、疲労さえ感じない。故に延々と作業を続けていられた。おかげで、村は急ピッチで復興作業を行える。ここ数日で行った作業は村人達だけならば数年は掛かったかもしれない。

 

 全部、アインズのおかげだ。

 

 王国の兵士達は少し傷を癒した後、すぐに村を出た。村に護衛を残してくれてもいいのに、とエンリ含め村人達は思ったが、しかし彼らには彼らの事情があるのだろう。彼らは皆引き上げてしまった。

 しかし、アインズはまだ旅に出ずに残ってくれた。こうして魔法で復興作業を手伝ってくれている。勿論、無料というわけではなかった。空き家を一つ貸して欲しい、という願いに、村人達は首をすぐに縦に振った。

 

 このカルネ村にとって、アインズへの恩は計り知れない。

 

 アインズはナザリックと呼ばれる遠い国にいたらしく、この付近の事に詳しくはないが、そんなチグハグな印象など――それこそアンデッドだという事が気にならないくらい、多くの事をしてくれた。

 このままここに居てくれればいいのに、と村人達は密かに思っているがそれは無理だろう。

 アインズはそろそろ村を出る気でいるらしい、という事をエンリは知っている。

 ちょうどエンリの近くにある家が先日の事件で空き家になったので、アインズがそれを片付けて借宿にしているのだ。妹のネムは助けてもらった恩からかアインズに懐き、エンリがいない間はそちらの家にいって、アインズに相手をしてもらっている。ネムがアインズが独り言で「そろそろ旅に出るか」と呟いていたのを聞いたらしい。

 エンリはネムがアインズのもとへ邪魔していると知った時、酷く恐縮して必死に謝ったが、アインズはあまり気にしていないようだった。むしろネムが行っている薬草の磨り潰し作業に興味があるのだとか。

 エンリはよく分からないが、アインズは魔力系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なので、薬草を煎じたりといった事に詳しくないらしく、ネムの作業を手伝ってくれる代わりに、薬草の種類や効果をネムに訊ねてくるそうだ。

 

 本当に――アインズはチグハグな魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。相当、遠い所にナザリックはあるのだろう。もしかしたら、この大陸のモンスターでは無いのかも知れない。

 理由は幾つかあるが――アンデッドを知る村人達曰く、アインズは穏やか過ぎて、理知的過ぎるのだとか。

 少なくとも、アインズのような物静かなアンデッドは見た事も聞いた事も無いという。

 アインズが研究に没頭するあまり、アンデッドに成った事に気づいていなかった――という間抜けな話は、本当なのかもしれなかった。

 

 だから村人達は、アインズを嫌いになれない。

 だから村人達は、アインズやゴブリン達を受け入れられるのかも知れなかった。

 

「ただいまぁ」

 

 自宅に帰り、一応声をかける。するとすぐに他のゴブリンが顔を見せた。

 

「お帰りなせぇ、姐さん」

 

「はい、帰りましたパイポさん。ネムはどうしてますか?」

 

「ネムさんはまだ眠ってます」

 

「じゃあ、私はこれから朝ごはんを作るので、まだしばらくかかりますから他の皆を手伝ってあげて下さい。カイジャリさん」

 

「はいよ、姐さん」

 

 ついてきてくれていたゴブリンが去っていく。外の村の男達と同じように空き家の解体作業に戻るのだろう。

 

「それじゃあ、手伝って下さいねパイポさん。いつもありがとうございます」

 

「気にしないでくだせぇ」

 

 一緒に手を洗い、材料を切ったり、薪に火を点けてもらう。

 そこでふと気になった。

 

「ゴウン様はどうしてるんですか?」

 

「あー……俺らはあんまり近寄らないんで、なんとも……」

 

「そうですか……」

 

 ゴブリン達はアインズには近づかない。仲が悪いのかと思ったが、そうではないらしい。

 曰く、ゴブリン達が一〇〇体いても勝てないような気配がする相手なので、ゴブリン達はあまり近づきたくないのだとか。確かに、帝国の騎士達が寄って集っても勝てないアンデッドの兵士を何体も召喚するような魔法詠唱者(マジック・キャスター)が相手では、ゴブリン達では勝てないだろうとエンリにも分かる。

 最初、ゴブリン達がアンデッドを侍らせた仮面姿のアインズを見て震えあがっていたのをエンリは思い出した。

 

 ――やっぱり、ゴウン様は凄い魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんだ。

 

 エンリはそれを改めて確認し、村を救ってくれたアインズに感謝をしながら、再び意識を料理に集中した。

 

 

 

 

 

 

 ――やはり、読めない。

 

 アインズは村長から借りた適当な本を見ながら、改めて認識する。

 

「うーん。口元を見てて思ったけど、やっぱり言語体系が違うんだろうなぁ」

 

 翻訳コンニャクみたいなものだろう。日本語を喋っているわけではないが、アインズには勝手に翻訳されて聞こえるのだ。確認のため本を貸してもらったが、やはりアインズには読めなかった。

 

「この世界じゃ、これが手放せないな」

 

 アインズは片手で眼鏡を持ち、溜息――アンデッドなので本当に息を吐いているわけではないが――をつく。

 この眼鏡はマジックアイテムで、魔法の力で文字が読めるようになるのだ。もはや、このマジックアイテムはこの世界で生きる必需品と言えるだろう。

 

「さて……これからどうするかな」

 

 当然、このまま村に厄介になるわけにはいかない。アインズは一応アンデッドなわけで、あまり一つの場所に長居するわけにはいかないのだ。

 村人達はこちらを信用しているようだが、アインズは信頼出来るとは思っていない。ユグドラシル時代を思い出す。あの時でさえ、中身は同じ人間だと分かっているのに、異形種狩りなどというPKが流行ったのだ。

 今のアインズは身も心もアンデッドなのだ。このまま人の社会で生活するわけにはいかない。

 それに。

 

「……冒険者かぁ」

 

 アインズは村長との会話を思い出す。

 このカルネ村から少し離れた場所にエ・ランテルと呼ばれる城塞都市があり、そこには冒険者組合があるのだとか。

 冒険者。なんて素敵な響きだろう。

 アインズだって元はゲーマーだ。未知を求め、世界を冒険する。ユグドラシルプレイヤーならば、誰だって憧れるだろう。なにせ、『ユグドラシル』というゲームは、そのために存在したゲームと言っていい。

 

「やっぱり、やってみたいよなぁ」

 

 アインズにとって、この世界は未知しかない。はっきり言って、重度のユグドラシルプレイヤーであるアインズは、この世界にとても魅力を感じていた。

 見渡す限りの大自然。この身はアンデッドであり、足で山の天辺まで登る事が可能だし、何の装備も無しに海に潜る事も可能だろう。

 やはり、アインズは未知の世界への好奇心を捨てられそうになかった。

 

「よし、決めた。三日以内にこの村を出よう」

 

 まずはエ・ランテルへ向かい、冒険者としての仕事をする。

 あのスレイン法国の特殊部隊――ニグンという男を初めとした連中から、魔法である程度の常識は訊き出したが、それでも実際に生活してみるのとは違うだろう。

 それに――アインズは懐から財布代わりの皮袋を取り出す。

 

 金が無い。

 

「…………あぁぁぁ」

 

 悶える。先日の事件で手に入れた騎士の装備を売り払い、ほとんどはこのカルネ村の復興資金へ消えた。「情報が欲しい」と言った手前、「お金が欲しい」とは言えない。その時は情報が最優先だったからだ。

 しかし、ニグンから魔法で聞き出した情報から、この世界の生物のレベルは総じて低い。アインズ一人で国を幾つか落とせるだろう。

 

 だが、そんな事をするわけにはいかない。

 

 スレイン法国。それが信仰しているという六〇〇年前に人類を救済したという六大神。そして五〇〇年前に現れ、瞬く間に世界を支配し、この世界の竜の王達と戦争をしたという八欲王。この六大神と八欲王は、間違いなくプレイヤーだろう。

 今は死んだとも滅ぼされたとも封印されたとも言っていたが、今の自分一人の状況で、あまり大事にはしたくなかった。

 まあ、そもそも世界征服に興味が無いのだが。

 

「ユグドラシルの金貨を使うわけにはいかないしなぁ」

 

 再び、皮袋に視線を向ける。村の人間達からの好意で、アインズも多少の金を受け取った。しかし、この僅かな路銀で一生を過ごすわけにもいかない。

 未知の世界を楽しみたい。金が欲しい。何より仲間達がいるなら逢いたい。

 

「うん。それしかないよな」

 

 とりあえず、変装して旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてエ・ランテルに向かう。そこで冒険者として少し活動し、路銀を溜めたら本格的な旅に出ようと決める。

 それに、王都にも行ってみなければなるまい。ガゼフが是非会いに来て欲しいとも言っていたし、複雑な事情がありそうにせよ、せっかくの権力者との出会いだ。無駄にしたくはなかった。

 

「さすがに、この装備のままはまずいよなぁ」

 

 アインズは自分の姿を見下ろす。

 豪奢な漆黒のマントとローブ。さすがにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはアイテムボックスに厳重にしまったが、他の装備はそのままだ。

 アインズがこの装備ではまずい、と思った理由は簡単だ。

 

 率直に言って、世界観のレベルに差があり過ぎるのである。

 

 帝国騎士の鎧やスレイン法国の僧衣、そしてリ・エスティーゼ王国の戦士の鎧を見たアインズの感想だ。この見解は間違っていまい。

 アインズにとってはゴミのような武装でも、彼らにとってはそうではないのだ。そしてそのレベルに合うような装備を、アインズは持ち合わせていなかった。

 それに、仮に持ち合わせていたとしてもアインズはとてもその装備に変える気にはならない。

 これは他にプレイヤーがいるらしい、という情報があるためだ。アインズ――モモンガがギルドマスターを務めていたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』はDQNギルドとして匿名大型掲示板に晒されており、更にモモンガ自身もまた晒され、ある程度の攻略情報があるので、あまり舐めた装備でいくと「恨みはらさでおくべきか」などといった状況に陥った時に非常に不利だ。

 

「……」

 

 恐ろしい。この世界で死亡すれば、プレイヤーである自分はどうなってしまうのか。アインズはそれを考えると、とても試しに死んでみよう、とも殺される気にもならない。

 

神器級(ゴッズ)アイテムじゃなくて、聖遺物級(レリック)アイテムで統一しよう」

 

 見た目は〈上位道具作成(クリエイト・グレーター・アイテム)〉でどうにかすれば、傍目にはチグハグな格好をした人間に見えないだろう。

 とりあえず、装備はそれでよしとしよう。

 

「あとは死の騎士(デス・ナイト)達か……村に預けていこうかな」

 

 特殊技術(スキル)で作成した死の騎士(デス・ナイト)達だが――実験から、死体を使った場合は消えない事が確定した。かと言って連れて歩くわけにはいかないので、村に置いていく事にする。

 実際、今の村の状況で死の騎士(デス・ナイト)達がいなくなれば、彼らは困るだろう。働き手がいないのだ。護衛も欲しくなるだろうし、村にはこのままアインズの仮拠点としての役目を果たしてもらうため、置いてもらう事にしよう。ちなみに――これらはニグン達の死体で作成されたものだ。

 

「さて、それじゃあ村長達に話してくるかな」

 

 アインズはこれからの予定を村長へ伝えるため、借宿を出た。

 

 

 

 

 

 

 城塞都市、エ・ランテル。

 リ・エスティーゼ王国にある都市の一つで、王の直轄土地だ。そして、冒険者組合の存在する大都市の一つでもある。

 その町並みを――(シルバー)のプレートを持つ冒険者達『漆黒の剣』の四人が歩いていた。

 

「また今日もモンスター狩りかよ、ペテル」

 

 そう野伏(レンジャー)のルクルットが、『漆黒の剣』リーダーのペテルに訊ねる。

 

「ああ。割といい金になるし」

 

「ちょっと心許無くなってきましたもんね」

 

「うむ」

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)のニニャが答え、森司祭(ドルイド)のダインが頷く。

 

 彼ら『漆黒の剣』は下から三番目の、(シルバー)のプレートの冒険者チームだ。

 だが、別に彼らが弱いというわけではない。そもそも、それより上のプレートが五つほどあるが、そんなプレートの冒険者は何処の国でも一握りと言っていい。最上級のアダマンタイトに至っては、王国でも二つしか存在しない。

 『漆黒の剣』の四人は、これからの予定を話し合っていた。

 彼らの言うモンスター狩りは、エ・ランテルの道中に現れるモンスターを幾体か狩り、その狩ったモンスターから剥ぎ取った部位で報酬を貰う、というものである。

 王国の王女が作った冒険者用の案であり、誰も損をしない仕事と言っていい。ペテル達はよくこの仕事をこなし、報酬を貰っていた。

 

「昨日見たかぎりだと、私達に合う仕事はあまり無さそうでしたし、今日はそれでいきますか」

 

 ニニャは冒険者組合で見た、依頼の張り出されていた掲示板を思い出す。反対意見は出ず、このまま四人とも装備を整え、街を出ようと思ったが――。

 

「――――あれ? もしかして、バレアレの」

 

 道の先を歩いている、一人の少年にルクルットが気づいた。このエ・ランテルの有名人だ。気づかない筈が無い。

 少年は自分の苗字を呟かれたのを聞いたのか、声の方角――自分の後方を確認し、そこに冒険者達四人を見つけ、ぺこりとお辞儀をした。

 この先にあるのは冒険者組合である。なんとなく気になって、ペテルは声をかけた。

 

「すいません、バレアレさん。もしかして仕事の依頼に?」

 

 ペテルの言葉に、少年――ンフィーレアは頷いた。

 

「はい。実は――」

 

 ンフィーレアが快く教えてくれた内容は、トブの大森林に生えている薬草を取りに行きたい、という事だった。その道中の護衛と、薬草の採取を手伝って欲しいという依頼をこれから冒険者組合に届けに行こうとしていたところだったと言う。

 その言葉を聞いて、ペテルは自分達を売り込んでみる事にした。

 

「どうですか? 俺達に依頼してみませんか? これも何かの縁だと思って」

 

 ペテルの言葉を聞き、ンフィーレアは彼らの胸元で光るプレートを確認する。そのプレートの輝きを確認し、充分だと判断したのだろう。快く頷いた。

 

「それじゃあ、よろしくお願い出来ますか?」

 

「もちろんです」

 

「じゃあ、早速指名で依頼を出してくるので、お名前をお聞きしても?」

 

 ンフィーレアの言葉に『漆黒の剣』は各々紹介し、ニニャの紹介を聞いてンフィーレアは驚いたようだった。

 

「ニニャ? もしかして、あの生まれながらの異能(タレント)持ちの?」

 

 生まれながらの異能(タレント)というのは、文字通り生まれながらに異能を持って生まれた者達の総称だ。例えば天気を当てたり、魔力を視覚的に捉えて、相手の位階を調べる事が出来る者がいたりする。

 しかし、仮に生まれながらの異能(タレント)を持って生まれても、それが自分の才能と合っているとは限らない。例えばニニャは本来の魔法の習熟期間を半分に出来る能力を持つが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての才能が無ければ、そんな異能も宝の持ち腐れである。

 幸運な事に、ニニャは自分に合った異能を持てた例と言えよう。

 そしてンフィーレアも同じく生まれながらの異能(タレント)持ちだ。彼の異能は、マジックアイテムの制限を無視出来るというもの。仮に人間には扱えないマジックアイテムがあったとしても、彼はそれを無視して使用する事が出来るのである。

 そんな凄い異能を持っているからか、ンフィーレアは街でも有名で、そしてニニャもまた有名だった。

 

「あのバレアレさんに知っていていただけるなんて、光栄です」

 

 ニニャが朗らかに微笑むと、ンフィーレアも笑って答えた。

 

「ンフィーレアでいいですよ。僕の方が年下ですし。それに、これから依頼を出すんですから」

 

 そうして、冒険者組合まで行き、そこでンフィーレアが依頼を出し、ペテルがそれを受ける。その間に、他の三人は買い出しを済ませていた。

 

「じゃあ、これからよろしくお願いしますね」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 合流した彼らは馬車を引きながら――目的地、カルネ村へと向かっていく。

 

 ……彼らは思いもよらなかった。カルネ村の近くまで順調に向かい――その塀で囲まれた村の入り口でゴブリン達に不審人物として囲まれるなど。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。さすがに二体以上は無理だったか」

 

 この村に死の騎士(デス・ナイト)を預けるため、昨日村長に話をしにいったアインズだったが、さすがに村に一体くらいしかおけそうになかった。

 まあ、それも当然である。死の騎士(デス・ナイト)は体躯が大きいし、役人が来た時にゴブリンを隠すのは簡単でも、これを隠すのは一体が限界だろう。

 

「でも、アンデッドってバッドステータスが無いから、労働力としては便利なんだけどなぁ」

 

 アインズはそう愚痴りながら、死の騎士(デス・ナイト)達を見る。

 感慨深く見ていたが、ずっと見ているわけにもいかない。幸い、もうほとんど必要無いので、一体を残して無理矢理片付ける事にした。

 

「よっと」

 

 支配を切り、魔法で片す。全て片したアインズは、荷物を纏めるために仮宿へ帰る事にした。そこに――ゴブリンが慌ててやって来ていた。

 

「姐さん!」

 

 どうやら、エモットの姉妹に用があるらしい。ちょうど家にいたエンリがゴブリンの声に家から出てきた。

 

「どうしたんですか?」

 

「馬車を引いた、武装した五人組がこっちに来やす。どうしやすか?」

 

 そのゴブリンの言葉に、エンリが思わず顔を顰めたのを見て、アインズは溜息を吐きたい気分になった。この村はどうやら、騒動に巻き込まれるように出来ているらしい。

 

「また非常事態か?」

 

 アインズは一人と一匹に近寄り、訊ねる。ゴブリンはアインズに反射的に怯え、エンリは安心したような表情を見せる。

 アインズの口調が砕けているのは、ついゴブリン相手だと敬語が出て来ないのだ。モンスターとしてアインズより脆弱だからだろう。あまり、親しみは感じない。ゴブリンよりもエンリの方がよほど親しみを感じるくらいだ。

 ただ、アインズの中ではこの親しみは所詮、野良の子犬や子猫を可愛がるような気持ちでしかない。

 そんな冷酷なアインズの内心には気づかずに、エンリが口を開く。

 

「ゴウン様。えっと、話を?」

 

「ああ。武装した五人組が来たそうだな」

 

 アインズの言葉に、ゴブリンが頷く。

 

「ええ。一人は馬車を引いていて、他の四人が警戒してます」

 

「エンリ・エモット。心当たりは?」

 

 アインズの言葉に、エンリは考え込み――おずおずと答えた。

 

「あ、はい。もしかしたら――私の薬師の友人かもしれません。時折、森に生えている薬草を取りにやって来るんです」

 

「ふむ」

 

 その線が濃厚か――しかし違った場合、面倒な事になる。

 

「俺らが護衛するんで、姐さんが顔を見て確かめるしかなさそうですね。ゴウンさん。申し訳ねぇが、そこの騎士さんに村の後ろを見てもらってもいいっすか?」

 

 ゴブリン達は前を。アインズには挟撃の可能性を考えて背後を守ってもらって欲しいらしい。

 しかし、そんな事をせずとも顔を確認するだけなら簡単である。

 

「待て。もっと簡単な方法がある」

 

 アインズはそう言って、〈千里眼(クレアボヤンス)〉を使い武装した五人組を見る。そして一人と一匹に見えるように〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を発動させた。

 エンリとゴブリンはアインズの魔法に感嘆の声を漏らすが、しっかりと画面を確認する。そこに映る一人に見覚えがあったのだろう。エンリが声を上げた。

 

「ンフィーレア!」

 

「知り合いか?」

 

「はい! 先程言った、薬師の友人です」

 

 つまり、ほぼ問題無い、という事だ。

 

「なら、念のためゴブリンと一緒に会いに行ってやるといい。俺は帰る」

 

 そう言って通り過ぎる。背中越しにエンリの「ありがとうございます! ゴウン様!」という感謝の言葉を聞いたが、手を軽くひらひらとさせるだけで返事をした。

 残った一体の死の騎士(デス・ナイト)に村人の警護をするように命令し、そしてドアを開けると、今日もいつものようにエンリの妹のネムがいた。

 

「やれやれ。また来たのか」

 

「うん!」

 

 ネムは何が楽しいのか笑顔でアインズの言葉に返事をし、楽しそうにアインズが机の上に並べていたアイテムを見ている。

 アインズが机の上に並べているアイテムは、アインズがアイテムボックスを整理するために出して並べたものだ。アインズには無意味なポーションや、時間を確認するための時計など、様々なアイテムが並んでいる。

 

 一見すると綺麗なインテリアにも思えるので、ネムはそれを眺めるのがお気に入りらしい。ネムは子供らしく物珍しいものは何でも見たがり、「すごいすごい!」と興奮して褒めるので、ついアインズも鼻高々にネムに自慢気に説明してしまう。

 

 ネムはきらきらと輝く瞳で、熱心に机の上のアイテムを見ている。その幼い少女の姿に片付けるのも気が引けて、アインズはどうしたものかと考えた。

 そこで、ふと思い出す。そういえば、村長が森の賢王と呼ぶ魔物がいると言っていたな、と。

 

(森の賢王かぁ……賢そうな響きだよなぁ。確か、何百年も生きていて、白銀の体毛に蛇の尾を持つ四足の獣って言ってたっけ)

 

 確かユグドラシル時代にも似た生物がいた筈だ。尾が蛇の四足の魔物――。

 

(あ、思い出した。鵺だ! ユグドラシルのモンスターもいるのかな? ちょっと会ってみたい気もする……魔物が相手なら、こっちが気を使って話をする必要もないし)

 

 鵺のデータを思い起こし……頷く。

 

(うん。鵺なら前衛がいなくても充分相手に出来る。さすがに上位種になると、ちょっと厳しいものがあるけど……大丈夫かな)

 

 アインズはそう結論を下すと、一応ネムに声をかける。

 

「少し森に行ってくる。何かあった時は村にいる死の騎士(デス・ナイト)に守ってもらうといい」

 

「うん!」

 

 ネムはアインズの言葉に元気よく返事をし、相変わらず熱心にアイテムを見続けていた。

 アインズはそんなネムを尻目に、家を出て森へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったんだ……」

 

 カルネ村に辿り着いた時、村の様変わりに絶句しそしてゴブリンに足を止められ、それを従えたエンリに出迎えられたンフィーレアは、その後エンリにこの村で何があったか聞かされ、喘ぐように呟いた。

 ンフィーレアにとって、エンリとは将来を誓い合った仲――になりたい少女である。恋する相手なのだ。そんなエンリに訪れた不幸には悲しみを覚えた。

 エンリの両親とて、両親が死んで祖母と二人で暮らしているンフィーレアにとっては実の両親のように可愛がってもらえた、暖かな存在だ。帝国の騎士達が死んだとして、ざまあみろという気分にしかならなかった。

 

 それから二人色々と話をして――この村を救った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の話になる。

 

「えっと、そのアインズ・ウール・ゴウンさんってどんな人なの?」

 

 ンフィーレアがそう訊ねると、エンリは少し口篭もった。なんと説明していいか分からない、という様子にンフィーレアも首を傾げる。

 

「んー……変わった人、なのかな」

 

「変わった?」

 

「うん。えっと、まだ村にいるから、会ってみる?」

 

「そうだね。僕もこの村を守ってくれてありがとうって、お礼を言いたいし」

 

 本心だ。その魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいなくては、きっとこのカルネ村も滅んでいただろう。

 二人はアインズがいるという借宿へと足を運び、その間にエンリがンフィーレアにどれだけ凄い魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのか熱心に語った。

 

 そして、エンリの話すアインズ像に、ンフィーレアは酷く驚愕する事になる。

 まず、エンリを救った際に第三位階の魔法を使った事だ。

 第三位階の魔法は常人が辿り着ける限界値。つまり、魔法を完全に習熟した事を差す。それより上は本当に才能がある極一部の魔法詠唱者(マジック・キャスター)しか辿り着けない。

 そしてンフィーレアは、おそらくアインズは第三位階以上の魔法も使えるのだろう、と推測した。

 

 理由は、エンリが貰ったというゴブリンを呼び出す角笛だ。

 本来、召喚されたモンスターは一定時間が経過すると消えてしまう。しかし、エンリの使った角笛で呼び出されたゴブリン達は全く消える気配が無い。これは、今までの魔法の常識を覆す行為だ。

 おそらく売れば一生遊んで暮らしていける。そんなマジックアイテムを平然と渡すような相手が、第三位階までしか使えないとは考えにくかった。

 

「それでね、私に真っ赤なポーションをくれたの」

 

「赤いポーション?」

 

「うん。どうしたの、ンフィー?」

 

 エンリが不思議そうな顔をするが、ンフィーレアはそれどころでは無かった。

 ンフィーレアは薬師であり、ポーション生成などを生業としている。

 だがそんなンフィーレアでも、赤い液体のポーションというものは見た事が無かった。生成する過程で、どうしてもポーションは青色になってしまうのだ。

 

 赤い色のポーション。それはンフィーレアの知識では確か……伝説の、神の血と呼ばれる類のもの。劣化する通常のポーションと違い、魔法で保存せずとも劣化しない、完成された神の血液。

 

「…………」

 

 そんなまさか。ありえない。ンフィーレアはエンリの話もほとんど耳に入らず、何度もぐるぐるとポーションについての考察が脳裏を過ぎった。

 

「ここだよ」

 

「…………」

 

 エンリに案内されたのは、エモット家の隣と言ってもいい家だった。

 

「あの事件の後、この家が空き家になっちゃったから、この家に宿泊してもらってるの」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 少し嫉妬の感情が滲む。エンリの様子を見るに、別にアインズに恋心を抱いている、という雰囲気は無いが、それでもンフィーレアは男として好きな少女の隣に知らない男がいるのは気に入らない。

 

「ちょっと待っててね。ゴウン様、今いいですか」

 

 エンリがドアをノックし、声をかける。しかし、返事をしたのはアインズと思われる男の声では無かった。ンフィーレアもよく聞いた事のある小さな女の子、エンリの妹のネムの声だ。

 

「はぁーい」

 

「ネム? またゴウン様に迷惑かけてるの?」

 

 聞こえた妹の声に、エンリは慌ててドアを開けて中に入った。ンフィーレアも一緒に入り、見渡す。アインズらしき人影は、室内に見えなかった。

 

「もう。ネム! ゴウン様に迷惑かけたらダメって言ってるでしょ!」

 

「ゴウン様何も言ってなかった!」

 

「そういう問題じゃないの」

 

 姉妹の微笑ましい口喧嘩を聞きながら、ンフィーレアはネムの向こうに見える、机の上に乗ったアイテムの一つに視線を釘付けにされる。正確に言えばそのアイテム――ポーションは三本ほど置いてあり、どれも同じもののようだったが、そんな事は問題ではなかった。

 

 机の上に、まるで血液のように赤い薬瓶が、無造作に置かれていた。

 

 ンフィーレアはふらふらと吸い寄せられるようにそれに近づき、手に取って見てみる。輝く血の赤。それを呆然と見つめながら、ンフィーレアはエンリに訊ねた。

 

「ねぇ、エンリ。エンリの言っていたポーションって、これ?」

 

 ンフィーレアの言葉に、エンリはネムへの注意をやめ、ポーションを見て頷いた。

 

「うん。それだと思うよ」

 

「――――」

 

 そう言ってエンリは、再びネムと微笑ましい口論を再開する。ンフィーレアはそれをBGMに聞きながら、呆然とポーションを見つめ続けた。悪魔の囁く声が聞こえる。

 

 ……今、この場にアインズはいない。エンリとネムはンフィーレアに注意を向けていない。薬師の誰もが求める、最も美しく完成されたポーションが、目の前に無防備に置いてある。

 

 ンフィーレアでは詳しい事はまだ分からないが、祖母のリイジーに見せれば、魔法でより詳しい事が分かるだろう。このまま持って帰れば、研究で同じポーションを生成する事も可能になるかもしれない。

 悪魔が、ンフィーレアに優しく囁いている。持って帰ればいいじゃないか、薬草を取った後一直線にエ・ランテルに帰れば、きっと気づかれない、と。

 

「…………」

 

 浅はかな考えだ。しかし、ンフィーレアはそれを捨てる事が出来ない。ごくりと生唾を飲み込み、ンフィーレアはそのポーションの薬瓶を――――

 

「え? ゴウン様、今森にいるの?」

 

「……!」

 

 ゴウン、といういきなり聞こえたアインズの情報に、びくんっ、と体が反応する。慌てて二人を見るが、話に夢中でンフィーレアの行為には気づいていないようだった。ンフィーレアは慌てて、ポーションを机の上に戻す。

 

「どうしたの? エンリ」

 

「あ、ンフィー。えっとね、今ゴウン様森に行ってるんだって」

 

「森か……じゃあ、薬草を探している僕らと会うかもね。その時にお礼は言おうかな」

 

「そう? じゃあ、いつまでも家にいちゃいけないから、出よっか。ネムも帰るよ」

 

「はぁーい」

 

 エンリに手を引かれ、ネムは隣のエモット家へ帰る。ンフィーレアも一緒に家を出て、ペテル達と合流した。

 

「お? ンフィーレア、ちゃんとあの女の子にビシッと決められたか?」

 

 ルクルットがニヤニヤと声をかけてきた。入口でゴブリンに囲まれた時に、ンフィーレアは勘違いしてゴブリンに村が占拠されたかと思ったのだ。つい、声を荒げて興奮したのを見て、ンフィーレアがエンリに恋しているのが『漆黒の剣』にはバレてしまった。

 

「おい、ルクルット。……すみません、ンフィーレアさん」

 

「あはは」

 

 によによと笑っていたルクルットは、すぐにペテルに拳骨をくらって黙らされる。そんな二人にンフィーレアは笑い、そんな彼らの雰囲気に先程までの嫌な自分への嫌悪が薄れていった。

 

「皆さん、あと一時間ほど休憩したら、森に入って薬草を取りましょうか」

 

「はい。分かりました」

 

 代表として、ペテルが頷く。そしてンフィーレアもその場に座って、四人の会話に加わった。

 

「それで、村は大丈夫だったんですか?」

 

 ニニャの心配そうな声に、ンフィーレアは頷いた。

 

「はい。なんでも、帝国の騎士が周辺の村を灼いて回っていたそうですか、この村は通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)に助けていただいたそうです」

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)?」

 

「ええ。第三位階の魔法を使えるらしくて、あのゴブリン達もその方のおかげみたいです」

 

 さすがに角笛の事は話さなかった。わずか数日の関係だが、『漆黒の剣』は好印象を抱くがそれでもあの角笛を教えるわけにはいかない。

 エンリの身を守るための角笛なのだ。それが危険を呼び寄せては本末転倒だろう。

 あの角笛は、このままひっそりとこの村で姿を消すべきだった。

 

 第三位階魔法を使う魔法詠唱者(マジック・キャスター)と聞いて、同じく魔法詠唱者(マジック・キャスター)のニニャが驚く。

 

「第三位階ですか! 凄いですね……ぜひ、会ってみたいです」

 

「僕も村を守ってくれたお礼を、って思ったんですけど、今は村じゃなくて森にいるみたいです。森で出会えたならそこで、会えなかったら村に帰った時にお礼を言おうと思ってます。ニニャさんも一緒に会いにいってみますか?」

 

「ぜ、ぜひ!」

 

 その後は一時間、カルネ村を救った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の話で持ち切りだった。

 

 

 

 

 

 

 森に入ったアインズは、少し開けた場所に到着すると、さっそくアンデッドを作成する。

 

 現れたのは、膿のような腐った色と、輝くような緑。揺らめく靄が肉の代わりに取り巻いて点滅する、馬ほどの大きさもある骨の獣だった。

 

「蛇のような尾を持つ、白銀の体毛の四足の魔獣だ。行け」

 

「――ォオロロロロロン!」

 

 嘶きであろう怖気の奔る鳴き声を上げた骨の獣――魂喰らい(ソウルイーター)は、アインズに了解の意を示して走り去る。

 その姿を見届けたアインズは、もう一体アンデッドを作成する。今度は骨で出来たハゲワシだ。それを空に飛ばし警戒させる。

 ある程度の警戒を済ますと魔法で椅子を作って座り、魂喰らい(ソウルイーター)が森の賢王を発見し、それをこちらに誘い込むのを待つ事にした。

 

(さてと、いきなり敵対しないように罠とかはやめといた方がいいかな。人語くらいは喋れるみたいだし。俺の手に負える奴ならいいんだけどなぁ。いざとなれば、〈転移門(ゲート)〉で村まで逃げるか)

 

 アインズは静かな場所で考え込む。森の中にいるため、村の人間の気配は全くこちらまで届かない。

 周囲を見渡し、感嘆する。

 

(ブルー・プラネットさんが自然を愛していたのも分かるな。本当、どこを見ても宝石箱みたいにキラキラしてる)

 

 動くものの気配は無く、遠くから小動物の鳴き声が聞こえる。

 小さな風で森の木々が揺らされ、葉がざわざわと騒ぐが、村の喧噪のような不快感は感じない。

 

 これが大自然。その広大さに、アインズはどこまでも圧倒された。

 

(素敵だ。皆と一緒に、この世界に来たかったな)

 

 そうすれば、ユグドラシルにいた頃よりも、もっと素敵な大冒険が出来ただろうに。

 アインズはそう惜しみながら、じっと魂喰らい(ソウルイーター)が帰ってくるのを待ち続けた。

 

 しばらくして。

 

「…………」

 

 上空で警戒をしていた骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)が何か見つけたようだった。見通し辛い森の上空からのため、詳しい情報は分からない。

 アインズは引き続き警戒をさせ、自分はすぐさま魔法の詠唱に移行出来るように身構えた。

 

 少しすると、五人組がやって来るのが見えた。向こうも警戒しているらしい事が肌で分かる。

 

「ふむ……」

 

 仮面の顎部分を撫で、五人を観察する。五人も、こちら相手に緊張しているようだった。

 そこで、前髪で目元まで隠した少年が口を開いた。

 

「あの、もしかしてアインズ・ウール・ゴウンさんですか?」

 

「そうですが?」

 

 そう告げると、五人は安心したようで、緊張を解いた。少年が前に出て、自己紹介を始める。

 

「はじめまして、僕はンフィーレア・バレアレといいます。あの、エンリの友人で……村を救ってくださって、ありがとうございました」

 

「あぁ……もしかして、エンリ・エモットの言っていた薬師の友人ですか?」

 

「そ、そうです!」

 

 こくこくと首を縦に振って頷く少年――ンフィーレアに、アインズは軽く手を振る。

 

「気にしなくていいですよ。単なる通りすがりで、たまたま救っただけですし」

 

「それでも、ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる少年に、アインズは辟易して頭を上げるように促した。

 

「いいから顔を上げて下さい。――それで、なぜここに?」

 

 訊ねると、彼らは口々に自己紹介を始め――その際にお互い名前でいい、という事になったが――この森に来た理由を語った。

 

 ンフィーレアは薬師であり、祖母と二人でポーションなどの生成を生業としている。いつものように冒険者組合で依頼を出し、道中の護衛と薬草採取の手伝いをしてもらいに来たとの事だった。

 

 冒険者、という言葉にアインズの琴線に触れる。好奇心の赴くままに、アインズは訊ねてみる事にした。

 

「その冒険者、というのはどういう事をするのか聞いても?」

 

 『漆黒の剣』の面々に訊ねると、彼らは顔を見合わせ、ペテルが訊ねる。

 

「アインズさんは冒険者を知らないんですか?」

 

「いえ、言葉としては知っているが具体的に何をするかはさっぱりで……基本、研究で引き篭もっていたものですから」

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が研究のために引き篭もっている、というのは現実味があったらしく、納得してペテルが説明してくれた。

 

「えっと、冒険者というのはですね。基本的には人間に害をなすモンスターが現れたら、それを退治するのが主流ですね。あと、稀に遺跡の調査とか、秘境を探索したりもします」

 

「組合というのがあって、それに登録すると冒険者になれるんですけど、まずは(カッパー)のプレートから始まるんです。プレートは冒険者としてのレベルですね。そこから依頼を幾つもこなし、昇進試験を受けて合格すれば、次第にプレートのランクが上がっていって、最後にアダマンタイトになります。プレートのランクが上がれば上がるほど、依頼の危険度も高くなりますけど、その分報酬がたくさんもらえるんです」

 

「なるほど……ほとんどモンスター退治専門の傭兵みたいなものなんですね」

 

 アインズがそう言うと、ペテル達の顔には苦笑が広がった。

 

「はは。そう言われるとそうですね。よく勘違いする人がいるみたいですけど、一攫千金、なんてことは全然無いです」

 

 想像以上に夢の無い仕事だった。これでは単なる派遣社員である。いつの時代、どんな世界でも世知辛いものだ。

 アインズの心の中で、冒険者への憧れが急速にしぼんでいく。冒険者になろう、という気持ちはすっかり萎えてしまった。

 

「あの、アインズさん!」

 

「うん?」

 

 そうして冒険者の話に花を咲かせていると、ンフィーレアが真剣な顔でアインズを見ていた。その様子に首を傾げる。

 

「なんでしょう?」

 

「えっと、その、エンリから聞いたんですけど、アインズさんの持ってるポーションをいただいてもいいですか?」

 

 ンフィーレアの言葉に首を傾げると、矢継ぎ早に口を開いていく。

 

「その、アインズさんのポーションは僕の知らない製法で出来たポーションみたいだったので、ちょっと興味があって……」

 

 その言葉に、アインズは少し困った。ポーション如きと、全く気にせずにいたがそういうわけにもいかなかったらしい。

 

 ンフィーレア曰く、通常のポーションは青い色をしているらしく、アインズの持つ――ユグドラシルのポーションのような、赤い色はしていないらしかった。

 

 これはもしや……非常に困った事態に発展しそうであるとアインズの勘が告げている。

 

「私も製法は知りませんよ? 自分で作ったわけではないので」

 

 一応、深く突っ込まれた時のためにそう告げておく。しかしンフィーレアはそれでも構わなかったのか、ずずいっとアインズに近づき、「構いません!」と興奮気味に叫んだ。

 

(うーん。これは引きそうにないなぁ……まあ、いいか)

 

 アインズは仕方なく、頷いた。

 

「分かりました。借宿の机の上に置いてある物を、一つなら売ってもいいですよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 大げさだなぁ、とアインズは思いながらも天にも昇りそうな昂揚した様子のンフィーレアに、何か言うのは憚られた。見れば他の四人もンフィーレアに若干引いている。

 

「えっと、アインズさんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんですよね?」

 

 ンフィーレアを落ち着かせるためか、あるいは単純に本人に興味があったのか、ニニャがアインズに訊ねる。アインズはニニャの言葉に頷いた。

 

「ええ。魔力系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですね。そういえば、ニニャさんも魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと先程……」

 

「はい、そうです」

 

「こいつ生まれながらの異能(タレント)持ちなんだ。これでもエ・ランテルじゃ天才の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて言われてるし」

 

 ルクルットの言葉に、アインズはとても興味をそそられた。それはさながら、コレクターの欲望の如くで。ゲーマーとして、そして魔法職に就く者としてそういう未知にはとても興味が引かれる。

 ニニャは恥ずかしそうにルクルットの言葉を肯定する。

 

「そうですけど……でも、たまたま運が良かっただけですよ。魔法適性が無ければ宝の持ち腐れでしたし」

 

「ということは、ニニャさんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)系の生まれながらの異能(タレント)を持っているんですか?」

 

「はい。私の生まれながらの異能(タレント)は、魔法の習熟に八年かかるものを四年にする、といった時間短縮です」

 

「それは凄いですね」

 

 素直に感心した。つまり、習熟時間が半分になるという事は、その分他の事に時間を使えるという事であり、他の人間よりゴール地点が早いという事だ。アインズはどうでもいいが、この世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば喉から手が出るほど欲しい異能かもしれない。

 

「うむ。ニニャは充分誇っていいのである! だから『術師(スペルキャスター)』という二つ名も、恥じる事は無いのである!」

 

 ダインの言葉に、ニニャは顔を真っ赤にして唸る。

 

「だから、その、恥ずかしい二つ名はやめましょうよ!」

 

「いいじゃないか、かっこいいのに」

 

 ペテルが真面目な顔で、それこそなんでニニャが恥ずかしがってるのか分からない――という心底不思議そうな顔で呟いた。その言葉に、アインズは生暖かい目になる。

 

(あー……そういえば、ウルベルトさんとかも厨二病だったなぁ。それでよくたっち・みーさんと喧嘩してたっけ)

 

 少しばかり昔が懐かしくなる。彼ら『漆黒の剣』を見ていると、本当に仲がいいんだろうな、という事が窺えた。

 彼らを見ているとかつての仲間達の姿が思い起こされる。素晴らしい仲間だったと、『アインズ・ウール・ゴウン』の名が誇らしくなるのだ。

 

 この名前を自分が名乗るのが、少しばかり罪悪感を覚える。でも、文句があるなら目の前に現れて、今すぐに言って欲しい。それはお前の名前じゃない。俺達の名前だ、と。そうすれば、アインズはすぐにモモンガに戻るのに。

 

 ――なんだかしめっぽくなった感傷を振り払い、続いて気になる事を訊ねた。

 

「そういえば、皆さんは何故『漆黒の剣』と名乗っているんですか?」

 

 彼らとの談話は、ンフィーレアが薬草の採取という目的を思い出すまで、ずっと続けられた。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 地面に生えている薬草を毟っている五人をぼぅっと見ていたアインズは(手伝おうか、とも思ったがこの世界の薬草に詳しくないので止めた)、再び骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)からの反応に意識を向ける。

 

 魂喰らい(ソウルイーター)からの、切羽詰まった反応は無い。つまり、順調にこちらに誘い込んでいるようだ。

 

 少しして野伏(レンジャー)であるルクルットが、空気の変化を敏感に感じ取り、全員に警告をした。

 

「何か来るぞ」

 

 その声に弾かれたように『漆黒の剣』が武器を抜き、構える。ンフィーレアは不安を滲ませた顔と声で訊ねた。

 

「森の賢王でしょうか?」

 

 アインズもまた立ち上がり、魔法で構成していた椅子を解体する。続いて、上空に飛ばしていた骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)も消した。

 そしてそのまま彼らの前に出るように立ち塞がると、彼らに話しかける。

 

「撤収を勧めます。私の目的の物が近づいてきたらしいので」

 

「え?」

 

 アインズの言葉に彼らは首を傾げ、ルクルットは近づいてくる気配に少し慄いた。

 

「おいおい、アインズさん……このデカブツ、アンタが誘い込んだのかい?」

 

「森の賢王という生き物に興味があったもので。巻き込まれたくなかったら森から出た方がいいです」

 

 アインズが忠告すると、五人は顔を見合わせて、急いで荷物を纏めだした。

 

「しかしアインズさん、前衛無しに大丈夫なんですか?」

 

 ペテルが不安げな顔で訊ねる。アインズは見た目からして後衛の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。後衛というものは身体能力が脆弱であり、前衛の壁役がいなければ無力なのが普通である。

 実際、アインズも前衛がいた方が都合がいい事は確かだ。

 しかし、『漆黒の剣』ではアインズとのレベル差がありすぎて、前衛どころか単なる足手纏いにしかならない。故に、アインズはペテルへとしっかり頷いた。

 

「大丈夫です。ちゃんと、対策は取っていますから。皆さんの任務はンフィーレアさんを無事にエ・ランテルまで帰すことでしょう。こちらは気にせずとも構いません」

 

「アインズさん……」

 

「また、村で会いましょう皆さん」

 

「は、はい!」

 

 五人は心配そうにしながらも、足早に森の外へと去っていった。アインズは近づいてくる気配に、次第に緊張を高める。

 

「さて……森の賢王か。魂喰らい(ソウルイーター)でも大丈夫ってことは、俺一人でも大丈夫だと思うけど」

 

 アインズはいつでも魔法を詠唱出来るように、注意深く森の奥を見据える。

 

 ざわざわ。ざわざわ。森が一際騒がしくなり、段々と争っている音がすぐ近くへと寄ってきた。そして――美しい白銀の体毛を持った、巨大な魔獣が姿を現した。

 

「むむむ、挟撃でござるか!」

 

 森の奥から魂喰らい(ソウルイーター)に押されて姿を現した魔獣は、アインズの姿を見咎めると唸りを上げる。アインズは――

 

(え、えぇ~……)

 

 姿を現した魔獣の姿に、絶句した。

 白銀の体毛。蛇のように長い尾。人の言葉を喋る知能。そして円らな瞳。

 

 魔獣は魂喰らい(ソウルイーター)がアインズのいる場所まで来ると立ち止まったのを見て、仲間と判断する知性があるようだが――アインズの思考はどうしてもその魔獣の形態(フォルム)と、真っ黒な円らな瞳に吸い寄せられる。

 

「も、森の賢王……?」

 

「その通り。それがしこそ、森の賢王でござるよ!」

 

「そ、そうか……なあ、もしかしてお前の種族名って……」

 

 アインズは震える声で訊ねた。何故なら魔獣の姿は――

 

 

 

「ジャンガリアンハムスターとか言わないか?」

 

 

 

 どこからどう見ても、遠近の狂った愛玩動物(おおきなハムちゃん)にしか見えなかった。

 

(うわぁー……ないわー。これはないわー。絶対詐欺だわー)

 

 気分はさながら、深夜の通販番組に触発されお届けされた現物を見た主婦の如し。アインズは世の無常を噛み締める事になった。

 

「なんと! お主、それがしの種族を知っているでござるか!?」

 

「あ、いや……昔、仲間の一人がお前によく似たペットを飼っていてだな……」

 

 ちなみにその仲間は、その愛しのハムちゃんが寿命で死んだ時一週間は『ユグドラシル』にログインしなかった記憶がある。ペットロス症候群(軽度)というやつだ。

 

「もしそれがしの同族を知っているなら教えて欲しいでござるよ。子孫を作らねば生物として失格でござるがゆえに」

 

「はうッ!」

 

 アインズの心に痛恨の一撃。効果は抜群だ!

 

(いやいやいやいや……生物失格じゃないし! そもそも、俺ってもうアンデッドだから! 生物じゃないから! 現実でも魔法使い予備軍だったとかもう関係無いし!)

 

 震えながら心の中で言い訳を並べ、なんとか心を平静に保つ。精神抑制が働かなかった事が苦痛ではあったが、生物失格(DT)呼ばわりされて精神抑制が働くほどショックを受けない事を喜べばいいのか悲しめばいいのか……。

 

「お、大人でも手乗りサイズだったから、おそらく無理だと思うぞ」

 

「それはちょっと無理でござるなぁ……結局、それがしは一人なのでござるか」

 

 アインズとしては同族がいたらねずみ算式に数が増えて、世界征服。そのまま世界が終わるのではないかという不安にかられるので嬉しいかぎりである。

 

「ではそろそろ無駄な話はよして、命の奪い合いをするでござるよ!」

 

 きゅぴーんっと狩猟本能に輝く瞳を前にして、アインズはやる気の失せた気分のままに、面倒くさそうに答えた。

 

「いや、俺は別に戦いに来たじゃないんだが……ただ、少し賢王なんて呼ばれる魔獣と話をしてみたいと思っただけで」

 

 アインズの言葉に森の賢王は頬袋をぷくりと膨らませ、怒りを爆発させたようだった。

 

「お主! そんなことのためにそれがしを寝床から叩き起こし、あの気色の悪い馬に追わせたでござるか! 許さんでござる! その傲慢、死をもって償ってもらうでござる!!」

 

「ア、ハイ」

 

 ですよねー……っとアインズもさすがに会話の入り方が物騒過ぎると自覚する。確かに向こうからしてみれば、急にアンデッドに追いかけ回され、挙句その主からはちょっと会話したいだけなどと言われては怒り心頭にもなるだろう。

 怒り狂った森の賢王は、魂喰らい(ソウルイーター)を警戒しながらもアインズに向かって突進した。

 

「……はぁ」

 

 アインズは突進してきたもふもふに向かって指を向ける。無骨なガントレットに覆われた骨の指は真っ直ぐに殺人毛玉を差して――

 

「絶望のオーラ……れべるいち」

 

「ひぇえああああああああ」

 

 ぽて、と愛くるしい効果音という幻聴が聞こえるほどの様子で、森の賢王の動きを止めて仰向けにさせた。思わずもふりたくなるような腹部が無防備に晒される。

 

「降伏でござるーそれがしの負けでござるよー」

 

「…………」

 

 所詮は獣か。アインズは生きていれば盛大に溜息を吐いた事だろう。

 

「まったく……とんだ無駄足だった」

 

 涙目の愛くるしい巨大毛玉は、ぷるぷると震えてアインズから告げられる運命を待ち続けた。

 

 

 

 

 

「アインズさん!」

 

 ――少しして去った筈の『漆黒の剣』の面々が現れる。アインズは驚き、そちらを振り返った。

 

「無事かアインズ氏!」

 

「逃げるのは性に合わないってね」

 

「大丈夫ですか!」

 

 現れた四人に、アインズは思わず間抜けに口を開いた。

 

「どうしたんですか、皆さん」

 

「どうしたも何も、さすがに森の賢王と戦うっていうのを見捨てていくのは……」

 

 ペテルは言葉を続けようとしたようだが、ぽかんと口を開き途切れた。他の三人もまた、アインズの向こうに見える巨大な毛玉に驚き言葉も無い様子だった。

 

「あの、それ……何ですか?」

 

「森の賢王だそうですよ。もう、私の支配下に入りましたけど」

 

 結局、アインズは森の賢王を殺さなかった。なんだか、殺そうと思っても涙目の毛玉を見つめているとその円らな瞳に罪悪感を抱いてしまうのだ。

 

 森の賢王はドヤ顔でアインズに体を撫で繰り回されながら宣言する。

 

「まさに殿のおっしゃるとおりでござる。この森の賢王、殿に仕え、共に道を歩む所存でござるよ!」

 

 忠誠を誓う森の賢王に、ペテル達は呆然としていた。

 

(だよなぁ。巨大ジャンガリアンハムスターとか……どこが森の賢王なんだか……。こんなのおっさんが連れ回すとかとんだ羞恥プレイだよホント)

 

 アインズがすっかり萎えていると、ニニャが叫んだ。

 

「凄い! なんて立派な魔獣なんだ!」

 

「ファッ!?」

 

「強大な力を感じるのである!」

 

「深みある英知を感じさせる瞳ですね」

 

「いやいや、アンタすっげぇわアインズさん」

 

 口々に讃えられる言葉に、アインズは思わず『漆黒の剣』を凝視し、続いて森の賢王を凝視する。そしてそれを二、三度繰り返し――「ありえん」と呟く。

 

 そんなアインズの様子を、元凶の森の賢王と『漆黒の剣』は不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 アインズ達が村に帰ると、森の賢王の姿を見た村人達が大慌てで駆け寄ってきた。

 

「アインズ様! その魔獣は一体……!?」

 

 やって来た村長が驚愕の瞳で森の賢王の姿を見つめる。他の村人達も似たり寄ったりであり、遅れてやって来たエモット姉妹とンフィーレアも同じ表情だ。

 

「これは森の賢王です。懐かれてしまいまして……」

 

 アインズがそう言うと、『漆黒の剣』にしたように、森の賢王がドヤ顔を披露する。それを見た村人達は、口々にアインズを讃え始めた。

 そして、その中でンフィーレアが慌てたようにアインズに訊ねる。

 

「アインズさん! あの……その魔獣がいなくなった場合、縄張りが無くなってこの村がモンスターに襲われたりっということはないんですか?」

 

 ンフィーレアの言葉に、村人達が不安そうな顔で顔を見合わせている。確かにンフィーレアの言う通りだ。アインズは森の賢王へ告げた。

 

「確かにお前がいなくなるとこの村が大変だな。……どうだろう、この村を襲わないなら俺はお前がいなくなっても構わないが」

 

 そう突き放すと、森の賢王は慌てたように答えた。

 

「ま、待つでござるよ殿! ……そもそも、森は今勢力バランスが崩れているのでござる」

 

「なに……?」

 

 その不吉な言葉に思わず声が低くなる。森の賢王の言葉にペテル達も何か思い出したのか、口を開いた。

 

「そういえば、この村に来る途中普通なら見ないような場所にオーガとゴブリンを見つけたぜ」

 

「森の賢王の縄張りが広がっているから、普通なら遭遇する筈が無いので、不思議だったんですけど……」

 

 ルクルットとペテルの言葉に、森の賢王の言葉の信憑性が増してきた。

 

「そうでござる。最近、森が荒れてそれがしの縄張りだろうと入って、森を出て行く者達が増えているのでござる。もはや、それがしがあの地にいようと安全とは言えないでござろうな」

 

「そんな……」

 

 村の中でざわざわと不安が広がっていく。『漆黒の剣』の面々が村を救う案を考え始め、村人達は不安げに、そして助けを求めるように段々とアインズに視線が集中していく。

 

(うーん……これも乗り掛かった舟、かなぁ。やれやれ……)

 

「森の賢王、何か心当たりは無いのか?」

 

 アインズが訊ねると、森の賢王は鼻をぴくぴくと動かしながら頷いた。

 

「実はあの森は南をそれがしが、東には不死身の巨人が、西には魔法を使う蛇がそれぞれ縄張りを張っているのでござる」

 

「ふむ……北にはいないのか?」

 

「北はどういうわけかいないでござる――と、言いたかったんでござるが、どうもそうではなかったようでござる」

 

 森の賢王は声を潜めるようにして語った。

 

「どうも、北からは恐ろしい空気が最近漂っているのでござる。東の不死身の巨人が北に向かったようでござるが、最近のオーガやゴブリンの様子から見ると、帰って来なかったようでござるな」

 

「…………」

 

 それはアインズ以外にとってはゾッとする話だった。彼らにとっては森の賢王一体だけでも恐ろしく、抵抗も出来ないというのに更にそれと同じような魔物が二体。

 

 そしてその魔物でも帰って来れなかったという北に棲む恐ろしい魔物。

 

「その東の不死身の巨人というのはどんな見た目なんだ?」

 

 アインズは何か引っかかるようなものを覚えて、森の賢王に訊ねる。森の賢王はそんなアインズの様子に気づく事無く答えた。

 

「見た目はオーガそっくりらしいでござるな。ただ、不死身とも言える恐ろしい再生能力を持っていて、魔法の剣を持っているそうでござる」

 

「…………ぇ」

 

 その小さな声は誰の耳にも届かなかったが、アインズははっきりと自覚した。

 

「……オーガに似た姿に再生能力……となれば、トロールだろうな」

 

「トロール! 金級冒険者レベルの難度のモンスターじゃないか!」

 

 ペテルやルクルットが呻き声にも似た声を上げる。『漆黒の剣』のプレートは銀だ。トロールとはとても戦えない。

 ――当然、そのトロールを生かして還さなかった北の魔物とも戦える筈が無い。

 

 そして――――

 

(ギャーッ! すいません! 犯人は俺でしたーッ!!)

 

 アインズは、無い筈の冷や汗を山ほどかきそうになり、精神抑制で乱れた精神を鎮静化させていた。

 

 ……この世界に来たばかりの頃の事である。

 アインズは魔法や特殊技術(スキル)の実験のために、見つけた魔物に手当たり次第喧嘩をふっかけていた。そうしてオーガやゴブリン、悪霊犬(バーゲスト)などの魔物を殺し回りながら南と思われる方角へ歩き――魔法の剣を持ったトロールに遭遇したのである。

 

 結果は、言うまでもなく。

 アインズは何の気も無しに、魔法でそのトロールを爆発四散させ即死魔法を叩き込んでやったのだった(ちなみに魔法の剣はちゃっかり回収してアイテムボックスに突っ込んだ)。

 

(うわーうわー……どうしよー……。それで東のボスがいなくなって、森が不安定になっちゃったのか……)

 

 無い頭を捻る。捻って捻って、熱が出るまで捻る。

 そして悟った。答えはもうこれしかない。

 

「……『漆黒の剣』の皆さん、少しの間私に雇われてみませんか?」

 

 アインズはペテル達に声をかける。そんなアインズに、彼らは不思議そうな顔をした。

 

「えっと……どういう意味です?」

 

「私はこれから、この森の賢王と共に森に入ります。私が残った西の蛇と北の魔物をどうにかしてくる間、三日ほどでいいのでゴブリン達と共に村の警護を務めてもらえないでしょうか?」

 

「え?」

 

 そう――色んなものを無かった事にするにはこれしかない。

 

(西の蛇とかいう奴を屈服させ――そいつに森を統治させて、村の安全を確保するしかない!)

 

 せっかく築いた村人達との友好関係を崩さないために――――、具体的に言うと真相を闇の中に葬るために。

 アインズは心の中で決意した。

 

 

 

 

 




 
モモンガ「全員ボコボコにして森の平穏取り戻すわ」(脳筋特有の解決方法)

次回!
「こないで、どうぶつの森」!
いつか更新します。

 

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