モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ

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悪のカリスマが無い萌え骸骨、モモンガ様の放浪旅。

所々、色んな登場人物のキャラが違うと思われるのでご注意を。

 


序:孤独な王様
ひとりぼっちのオーバーロード


 

 

 DMMO-RPGというものがある。

 体感型大規模多人数オンラインロールプレイングゲームと呼ばれるものだが、ただのオンラインゲームでさえ時間と金の大量放出、現実での生活を犠牲にする者が相次いだのだ。当然、より精度を増しリアルさを追求し、多様な機能を身に付けたDMMOは熱中する者が後を絶たなかった。

 それは、現実での生活の辛さも拍車をかけたのだろう。

 空は灰色。人工肺が無ければ満足に呼吸も出来ない苦しさ。何処までも続く、終わりの見えない環境汚染。幻想の中にしか、もはや自然と呼べるモノがない現実。

 

 ……だが、どんなモノにも終わりはある。

 「無限の楽しみを追求できる。」そんな宣伝文句さえあった、日本でDMMOと言えば『コレ』と呼ばれるほどの大人気ゲーム―――『ユグドラシル』さえ例外ではなく……―――

 

 

 

 

 

 

 異形種のメンバーのみで構成されたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。

 その拠点であるナザリック地下大墳墓の最下層、玉座の間で唯一人残ったギルドメンバーにしてギルドマスターであるモモンガ……鈴木悟もまた、サービス終了というどうしようもない終わりを、惜しみながらも受け入れていた。

 

 モモンガは玉座に座りながら、周囲を見回す。そこにはモモンガがここまで連れてきたNPC達がいた。守護者統括のアルベド。執事のセバス。そして戦闘メイド・プレアデス達。

 最後に少しだけ、アルベドの設定を書き換えてしまったが、これも最後まで残ったギルドマスターの特権だろう。ちょっとしたお茶目だ。本来の作成者もいないし、それが何か影響を及ぼす事もない。

 どうせ、この日を最後に、全ては泡沫へと消えるのだ。

 

 ――――楽しかったな。

 

 最後の最後でひとりぼっちになってしまったが、それで全ての思い出が嘘になるわけではない。モモンガはNPCに見守られながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 00:00――ユグドラシルのサービス終了時間。

 この瞬間、『ユグドラシル』という世界は終わった。

 

 

 

 

 

 

 ……微風が肌を撫でていく。おかしい。自室に窓など無いはずだ。まさか泥棒か何か入ったのだろうか。それは困る。ただでさえ課金しまくっているおかげで生活は厳しいと言うのに、泥棒に金目の物を盗まれるなどたまらない。確認しなくては。

 モモンガは鈴木悟に戻るために目蓋を開いた。

 

「……、は?」

 

 視界に広がる光景に、モモンガは絶句する。馬鹿な、有り得ない。

 

 目蓋に飛び込んだ風景は、『自室』ではなく『草原』だった。

 

「……どういうことだ?」

 

 周囲を見回す。しかし、見渡す限り緑が広がっているだけだ。強いて言うならば、すぐ近くには森が続いている。それだけだ。空を見上げれば夜空が広がっている。

 

「馬鹿な……」

 

 それが、例えようもないほどに異常だった。

 現実の世界は大気汚染、水質汚染、土壌汚染が進んでもはや『自然』という概念は失われている。過度に進んだ環境汚染は、地上から緑を奪い、空から色を奪った。

 だが、今モモンガの目の前に広がる光景は何だというのか。

 そこには、かつてブルー・プラネットが愛したいと願った光景が、そのままに広がっている。

 その異常な光景を前に、ふらりと足を後ろによろめかせる。そこでようやく、自分の頭を覆っている筈の機械が無い事に気づき、自分の肉体を見下ろした。

 

 骨だった。

 ゲーム内で見慣れた格好。死の支配者(オーバーロード)としての姿がそこにあった。

 

「……もしかして、まだログアウトしていないのか?」

 

 有り得る話だった。サービス終了処理を運営がしくじったのだろう。別の場所にユーザーを移動させてしまう。そういったバグは過去何度か体験している。運営とて神様ではないのだ。失敗を減らす事は出来ても、無くす事は出来ない。

 

「…………」

 

 だが――モモンガはそう思って再び夜空を見上げる。ここは本当に『ユグドラシル』なのか?

 ――――例え『ユグドラシル』だろうと、いや、どんなゲームだろうと、ここまで美しく世界を創れない。

 

「……とりあえず、コンソールを開くか」

 

 そして、モモンガは更なる異常事態に遭遇した。

 コンソールが浮かび上がらない。

 そのままコンソールを使わずともいい他の機能を使おうとする。強制アクセス、チャット機能、GMコール、そして強制終了。

 どれも一切、感触が無い。まるで完全にシステムから除外されたように。

 

「……どういうことだ!」

 

 憤怒の声を上げる。苛立ちが気分をささくれさせ――そして妙に冷静になる。

 まるで冷水をかけられたように鎮静させられる感情に戸惑い、手で顔を覆った。

 

「何なんだ、いった……ぃ……――」

 

 語尾は言葉にならなかった。単なるアバターでしかない骸骨。その髑髏の――自分の口が動いている事に気がついたからだ。

 

「――――」

 

 絶句する。DMMO-RPGの常識からして、絶対に在り得ない状況。

 どうする? どうすればいい? 必死になって頭を捻る。再び混乱がピークに達しようとした瞬間――今度こそ、ぷにっと萌えの言葉で、自分の意思で冷静になれた。

 焦りは禁物。まずは、自らの状況を把握するべきだ。

 最優先でしなければいけないのは運営との連絡だが、しかしGMコールを初めとした手段は通用しなかった。ならば魔法はどうだろうか。

 ついでだ。魔法が使えるかどうか確かめるために、少しばかり実験しよう。

 幸いな事に、周囲を見渡してもすぐに命の危機は無いようだった。

 

 

 

 

 ――一通りの実験を済ませ、一息つく。

 まず、魔法。何の問題も無く使用可能なようだった。特にユグドラシルとの乖離は見られない。

 ただ、〈伝言(メッセージ)〉は誰とも繋がらなかった。運営は勿論、かつての仲間達とも連絡は取れない。繋ぐべき相手がいないからなのか、それとも距離が離れ過ぎているからなのかは、モモンガにもよく分からない。

 

 次にアイテム。これは、アイテムボックスに入れている物ならば取り出せる。アイテムボックスには限りがあるが、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)――全然無限ではないが――を幾つも持っているため、早々アイテム不足に困る事は無いだろう。幾つか試しに消耗しても構わない物を使用し、効能が発揮される事も確かめた。

 

 そして最後に――リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 自分達のギルドの拠点であるナザリック地下大墳墓内を移動するのに便利であり、そして宝物庫に行くための必須アイテムである指輪。外からナザリックへ移動する際にも用いられるそれは、今は完全に沈黙していた。

 〈伝言(メッセージ)〉と同じく、距離が離れ過ぎているからなのか……それとも、そもそもそんな場所が『無い』からなのか……。

 

 現状を確認した後、現在地を知るためにモモンガは歩き出した。本来なら〈飛行(フライ)〉を使用したいところだが、目立つ行為は極力避けるべきだった。

 モモンガはレベルをカンストしているが、しかし最強ではない。ユグドラシルではレベルカンストは少なからずいる。モモンガはロールプレイ重視の職業(クラス)と魔法修得を選んでいるため、ガチ勢と比べると見劣りするのだ。たまたま、最高レベルの神器級(ゴッズ)装備で身を固めているが、それでもギルド最強は名乗れない。

 ……この肉体で死亡した場合、どうなってしまうのか。それはモモンガには分からない。

 故に、極力目立つ行為は避けるべきだった。

 

 ――――そうしてしばらく歩いている内に、幾つか更に気がついた事がある。

 この肉体には疲労や空腹といったバッドステータスが無い。アンデッドだからだろう。アンデッドには幾つか状態異常無効化のスキルが付属している。それが働いているのだ。先程から起こっていた奇妙な精神鎮静もその機能の一つに過ぎないと結論した。

 これは、嬉しい誤算である。隠密行動で気を付ける事は疲労による集中力・行動力の欠如だ。これならば、足が棒になっても歩き続けられる。

 モモンガは森の中をあてもなく、ひたすらに歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 ――モモンガは数日ほど森を彷徨った。

 

 途中、ゴブリンやオーガなどのモンスターに遭遇したが、問題なく対処出来た。それもそうだ。レベル一〇〇という数値のモモンガに、ゲーム序盤に出るようなモンスターでは相手になる筈が無い。

 更にモモンガは、自身の特殊技術(スキル)である絶望のオーラや負の接触(ネガティブ・タッチ)が発動しているのに気づき、一時停止させた。知的生命体と接触した際に不快感を抱かせるような行為は控えた方がいいと判断したためだ。

 

 そして数度目の朝を迎えて……モモンガは、森の様子がおかしい事に気づいた。

 騒がしいのである。

 森の中の小動物達が忙しなく動き回り、何処かへと走り去っていく。

 モモンガはそんな小動物達の様子を観察し、彼らが逃げるのと反対方向へと向かった。

 近づくにつれ、モモンガもその理由が分かってきた。

 幾つも鳴る騒がしい金属音。怒号と悲鳴。それが、モモンガに対してそこで起こっている事態を知らせていた。

 だが……首を捻らざるをえない。

 間違いなく、この先で起こっているのは胸糞悪い類の悲劇の筈だ。だが、モモンガは何故かそれに対して嫌悪感が湧かないのだ。恐怖心も無ければ、義憤も抱けない。

 

 人間として、何か致命的なモノが欠けてしまっている気がする。

 

「――いや、そんな」

 

 気のせいだ。そんな事がある筈が無い。

 恐ろしい。今、自分が酷く恐ろしい。

 おそらく、この森の外で起きているのは情け容赦ない虐殺だろう。森へと届く悲鳴と怒号、金属音がその想像が現実だろうと訴えてくる。

 だが、今心の中に浮かぶのは見逃した場合の利益と助けた場合の利益。どちらがより自分にとって利益が見込めるか、という打算だった。

 当たり前のように浮かぶ筈の感情――憐憫、憤怒、焦燥、義憤。何もかもが欠落している。

 まるで子供の頃、石の裏をひっくり返して見つけた昆虫同士の、閉じた世界の弱肉強食を見つめ続ける感覚。

 自分とはまるで関係の無い、遠い世界の食物連鎖。

 ヒトとしての心が欠落している。恐ろしい。とても恐ろしい。

 何より恐ろしいのが、そんな自分の心を冷静に分析している自分の心が恐ろしい。

 ――アンデッドになった弊害なのか、もはやモモンガは人間という種族を同族と見做していないのだ。

 そしてモモンガの無情な冷静さは結論を出していた。

 

 ……見捨てるべきだ。

 

 一方的な虐殺は何か理由があるかも知れない。疫病や犯罪、あるいは見せしめか。村人が単なる盗賊団に襲われているならばいいが、これが国からの極秘任務を受けた非正規部隊からの強襲なら、助ければモモンガはかなりの不利益を被る。

 右も左も分からぬ見知らぬ場所で立ち上がるには、あまりにデメリットが大き過ぎた。

 

「――――」

 

 踵を返して森の深くに戻ろうとする。その時、視界の端にチラリと二人の少女が入った。

 おそらくは姉妹なのだろう。年上の姉と思われる少女とそれより背丈の低い幼い少女が互いの手を必死に掴んでこちらへと走ってきている。

 一瞬自分の存在が露見したのか、などと思ったが何の事は無い。単純に逃げているだけだ。開けた場所で逃げ回るより、森の中に逃げた方が生存率が高い。それだけの事だろう。

 そして姉妹達の後ろから甲冑を着込んだ騎士らしき男が二人追って来ている。……やはり、助ける必要は無い。盗賊や山賊があのような格好をする筈が無いのだ。面倒な事態は避けるべきである。

 

 モモンガは姉妹を見捨てようとした。

 そう、自分には関係の無い話なのだ。もはや人間は自分の同族ではない。そして助けるメリットよりデメリットが大きい。情報の確保、という意味では助ける必要はあったが、それでも国を敵に回したいとは思わない。

 それに、あの姉妹の格好からしておそらく村娘だろう。ならば、他にもまだ村はある筈だ。無事かどうかは分からないが、国を敵に回すよりマシ。

 自分には関係無い。例え、妹が転んで騎士に追いつかれそうになったとしても。必死になって姉がその騎士の兜に拳を打ち込んで生きようとしても。姉が背中を斬られたとしても。姉妹が抱き合って、怯えていたとしても。

 それは、モモンガには関係の無い話なのだ。

 

 ――――誰かが困っていたら、助けるのは当たり前。

 

「――――たっち、さん」

 

 ふと、頭の中にギルドメンバーのたっち・みーの言葉が思い起こされた。

 

 ……昔の話だ。モモンガが『ユグドラシル』を始めた頃、異形種狩りというものが流行っていた。幾らログインしようと行われるPKに嫌気が差し、ゲームを止めようとした頃に助けてくれたのがたっち・みーだった。

 まるで正義の味方みたいに、自分の事を助けてくれたたっち・みー。彼がいなければ、きっとモモンガは『ユグドラシル』を止めていたに違いない。

 そんな彼の、自分を助けてくれた時の言葉が思い起こされる。

 

「……そうですね。誰かが困っていたなら、助けるのが当たり前、です」

 

 ここが何処なのか分からない。自分は『ユグドラシル』に入り込んでしまったのか、それともあるいは全く別の場所にいるのか。

 今の自分の状態はさっぱり分からない。けれど、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー、そのギルドマスターとして、どんな場所でも彼らに胸を張って生き続けたいと思う。

 モモンガは森の外へ向けて、足を一歩踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットは必死になって妹の盾になろうと身を屈めていた。激昂した騎士が自分の体に剣を振り下ろそうとするのを、視界の端に見つけて。

 自分が盾になれば、もしかしたら妹は助かるかもしれない。森へ逃げ込めるかもしれない。

 エンリにとっては、もうそれだけが救いなのだ。

 

 ――今日の朝は何かおかしかった。何故かやってくる帝国の騎士達。斬り殺される村の人々。騎士にしがみつき助けようとした父。逃がしてくれた母。

 そして今自分も、両親と同じように自分より小さな家族を守ろうとしている。それが誇らしく、けれど同時に悲しかった。

 

 もし夢なら覚めて欲しい。エンリは刹那の間にそう思う。

 しかし夢は覚めない。けれど、斬り殺されるという現実もまた、降って来なかった。

 それがあまりに不思議で、妹と共に顔を上げる。

 騎士は剣を振り下ろそうとした形で止まっていた。目を見開いて、自分達を見つめている。

 

「……?」

 

 いや、違う。自分達ではない。騎士の視線は自分達の背後で固定されている。エンリは振り返った。そして後悔する。

 背後に、死神のような恐ろしい姿をした“絶望”が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 森から突如姿を現した自分に動揺したのか、全身鎧を着込んだ騎士らしき人間は剣を振り下ろす事も忘れ、モモンガに視線を送るばかりだった。

 剣を持つ相手と対峙しても、心の中に恐怖心は生まれない。やはりアンデッドの精神が鈴木悟という人間の脆弱な精神を押さえつけている気がする。

 

 ――まあ、今そのような事はどうでもいいだろう。

 

 モモンガは片手を広げ――伸ばす。

 

 〈心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

 第九位階の心臓を握り潰して即死させる高位魔法。モモンガの得意な魔法の一つである。これは例え抵抗された場合でも朦朧状態になる、という追加効果がある。

 抵抗された場合は少女達を連れて逃げの一手だ。朦朧状態になっている間に〈転移門(ゲート)〉を使い、森の中に逃げ込むしかあるまい。

 だが、その準備は不要だったらしい。

 手の中で柔らかいものが潰れる感触があった。同時に、騎士が無言で崩れ落ちる。

 その死体を見ても、モモンガは何も感じなかった。

 

「――――」

 

 これで、モモンガが遂に現実を受け止めた。

 自分は完全に人間を止めている。人を殺しても何も感じない、なんてあり得ないからだ。

 モモンガは怯える姉妹の横を通り過ぎ、姉妹を自分の後ろに隠した。残ったもう一人の騎士はモモンガを怯えた瞳で見つめ、一歩後退する。

 

「……女子供は追い回せるのに、毛色が変わった相手は無理か?」

 

 その気配に嘲笑し、次いで魔法を放つ。

 

「〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 今度は第五位階の魔法だ。龍の如くのたうつ白い雷撃はモモンガの指先から放たれ、その延長線上にいる騎士を目がけて空間を奔り、騎士へと直撃する。

 雷撃を受けた騎士は糸の切れた人形のように大地に転がり、周囲に異様な肉の焦げた臭いが漂った。

 

「……よわっ」

 

 〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉はモモンガからすれば弱過ぎる魔法である。モモンガの適正な狩場で使用する魔法は大抵第八位階以上の魔法だ。警戒し、わざわざ追撃の準備に入っていたというのに、無駄になってしまった。

 

「……はあ」

 

 決死の覚悟で姿を現したというのに、たかが第五位階魔法で死ぬ騎士達の脆弱さに緊張が抜ける。ただこの二人の騎士が特別脆弱だったというのも考えられるが、抜けた緊張は戻りそうにない。

 とはいえ、警戒はしなければならない。ここは見知らぬ場所である。

 モモンガは特殊技術(スキル)を使う事にした。

 

 ――中位アンデッド創造 死の騎士(デス・ナイト)――

 

 モモンガの選んだ種族には特殊能力があり、これはその内の一つだ。特にこの死の騎士には敵モンスターの攻撃を完全に引き受ける能力と、一回だけどんな攻撃を受けてもHP1で耐えきるという能力が備わっており、壁として最適である。

 黒い靄が中空から滲み出て、心臓を握り潰された騎士の体に覆い被さるように重なった。そして靄が騎士へと溶け込んでいく。人間とは思えない関節を無視したような動きで立ち上がる。

 

 背後で「ひっ」という悲鳴が聞こえた。しかし、モモンガも驚く。見た事の無い光景だったからだ。

 ゴボリという音と共に黒い液体が騎士の兜の隙間から溢れ出す。溢れ出た粘液質な闇は全身を覆い尽くし、形が変形していった。

 数秒後には身長二メートルを超え、身体の厚みも爆発的に増大したアンデッドが立ちあがる。

 左手にタワーシールド、右手にフランベルジェを持ったオンボロな漆黒のマントをたなびかせた全身鎧のアンデッドの騎士。

 モモンガは召喚したモンスターに対して精神的な繋がりを感じた。大丈夫だ、操れる。

 

「この村を襲っている騎士――あの鎧を着込んだ似たような奴だ――それを、殺せ」

 

「オオオァァァァァアアアアア――!!」

 

 聞く者の肌が粟立つような咆哮を上げると、殺気を撒き散らしながら死の騎士は駆け出していった。それをモモンガは呆然と見送る。

 あまりに、『ユグドラシル』と自由度が違い過ぎた。

 

「えー……盾が守るべき者を置いて行ってどうするよ? いや、命令したのは俺だけどさぁ……」

 

 とりあえず、もう一体作成するべきだ。モモンガは魔法職――つまり後衛である。前衛がいなければ、満足に魔法も唱えられないかもしれない。

 今度は死体を使用せずに作成した。

 ずるりと靄が現れ、それがカタチを成していく。数秒後に出来上がったのは先程と同じ死の騎士(デス・ナイト)だ。今度は別の命令をする。

 

「俺の盾となって付き従え」

 

「――――オオォォォ」

 

 呻き声と共に、モモンガに大人しく付き従う。今度は自分の傍を離れない。上手くいったらしい。

 

「……やれやれ。もう少し実験しないとなぁ」

 

 自分の頭蓋骨を指先で少し掻くと、モモンガは姉妹達に視線を戻した。

 モモンガの無遠慮な視線に晒された姉妹は、身を縮めて震えていた。死の恐怖を味わったのだ。無理も無いだろう。

 手を伸ばす。すると、アンモニアの臭いが周囲に立ち込めた。

 

「…………」

 

 凄まじい疲労感を覚える。疲労しない筈のアンデッドがそう思うのは、気分的な問題だろう。

 

「……怪我をしているんだろう。治してやる」

 

 社会人として鍛えられたスルー能力で見なかった振りをし、モモンガはアイテムボックスを開いた。そこから無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を取り出し、ショートカットキーに登録しておいた安いポーションを取り出す。

 この赤い色の液体の瓶は下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)と言い、HPを少しだけ回復させる。ただ、モモンガはアンデッドの種族を選んでいるため、逆にダメージを受けるのだ。

 仲間がいた頃の名残で持っていたのだが、今となっては完全に無用の長物である。

 

「これは治療薬だ。飲むといい」

 

 無造作に突き出すと、姉の方が恐る恐るといった表情で受け取り、震えながら飲み干した。

 すると、瞬く間に背中の傷が治っていく。

 

「うそ……」

 

 その効能に姉の方は驚き、何度も背中を見ようと捻ったり、触ったりしていた。

 

「他に痛みは?」

 

「だ、大丈夫です」

 

 あの程度の傷ならば下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)で充分らしい。納得すると別の質問を投げかける。この答え如何で取るべき行動が変わってしまうのだ。

 

「お前達は魔法というものを知っているか?」

 

「は、はい。む、村に時々来られる薬師の……私の友人が魔法を使えます」

 

「……話が早いな。俺は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ」

 

 〈生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)

 〈矢守りの障壁(ウォール・オブ・プロテクションアローズ)

 

「この二つの魔法は生物を通さない守りの魔法と、弓矢などの射撃攻撃を弱める魔法だ。そこにいれば大抵は安全だろう」

 

 本来ならば対魔法用の障壁も用意してやるべきだが、ここが『ユグドラシル』なのか全く別の世界なのかモモンガには分からない。その状態で無意味になるかもしれない魔法は唱えたりしない。魔法詠唱者(マジック・キャスター)が来たら運が悪いと諦めてもらう。

 

「――それと、念のためにこれをやる」

 

 みすぼらしい小さな角笛を放り投げる。

 

「それは小鬼(ゴブリン)将軍の角笛と言うアイテムで、吹けば小鬼――小さなモンスターの軍勢がお前に従うべく姿を見せる筈だ。そいつらを使って身を守れ」

 

 モモンガからすれば大した事の無いアイテムだ。ゴブリンなどモモンガからすれば足止めにも盾にもならない脆弱モンスターである。ナザリックに預けていたアイテムが使えないため、少々惜しい気もするが、モモンガにとってはゴミアイテムなのだ。気にするまい。

 モモンガはそれだけ告げると、踵を返して歩き出す。向かう先は悲鳴と怒号と金属音の聞こえる祭の中心。おそらく今なお、虐殺の起きている村だ。

 しかし、数歩も行かない内に背後から声がかかった。

 

「あ、あの――助けてくださって、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

 足を止め、振り返った。そこには眦に涙を滲ませた姉妹が、感謝の言葉を告げている。

 

「……気にするな」

 

「あ、あと、図々しいとは思います! で、でも貴方様しか頼れる方がいないんです! どうか、どうかお母さん

とお父さんを助けて下さい!」

 

「……了解した。生きていれば助けよう」

 

 軽く約束をすると、姉は頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうございます! そ、それとお、お名……お名前は、なんとおっしゃるんですか?」

 

「――――」

 

 名前。モモンガはその単語の意味を深く考える。

 

 自らの象徴にして栄光。輝かしい仲間達の記憶が蘇った。

 たっち・みー。ヘロヘロ。ぶくぶく茶釜。ペロロンチーノ。餡ころもっちもち――……『アインズ・ウール・ゴウン』の四十一人のギルドメンバー達。

 今も、モモンガにはここが何処か分からない。『ユグドラシル』なのかそうでないのか。現実なのか夢なのか。

 五里霧中。一寸先さえよく分からない摩訶不思議。

 だが、今も記憶の中に残っている。何も失われてはいない。

 

「――ああ」

 

 『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスター。『ナザリック地下大墳墓』に残った最後の一人。ならば、今の自分の名は――――

 

「アインズ。俺の名前はアインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 仲間達の栄光と誇りを胸に、モモンガは――いや、アインズは二人の少女に名を告げた。

 

 

 

 

 

 

 恐ろしいアンデッドの騎士――死の騎士(デス・ナイト)を相手に戦っていた騎士達は、救いを求めるための救援用の角笛を鳴らしたが、少しして現れたのは死の騎士(デス・ナイト)をもう一体連れた化け物だった。

 

 黒いローブを身に纏った恐ろしい骸骨。頭蓋骨の空虚な眼窩には赤黒い光が灯っている。その姿はまさに死者の大魔法使い(エルダーリッチ)で――すなわち、アインズだった。

 

死の騎士(デス・ナイト)、そこまでだ」

 

 アインズの声は場違いなほど軽く響く。

 村の周囲で警戒していたであろう騎士達を実験に利用しながら皆殺しにし、聞こえてきた角笛に呼び寄せられたのだ。一応、姉妹から頼まれていた両親であろう人物の生死は確認したが(死んでいたが)、実験に夢中になり過ぎた事を反省して〈飛行(フライ)〉の魔法で飛んでいく事になった。

 もう一体の死の騎士(デス・ナイト)を伴い、アインズは地上に降りる。

 

「はじめまして、諸君。俺はアインズ・ウール・ゴウンという。投降すれば命の保証はしよう。まだ戦いたいと――」

 

 生き残っていた四人の騎士達の剣が即座に地面に投げ出された。その間、一切の発言は無い。ただ恐怖の気配だけがそこには渦巻いている。

 

「ふん。よほどお疲れの様子――ああ、いいぞ。生きて帰るがいいさ。だが――」

 

 先程まで騎士達を殺し回っていた死の騎士(デス・ナイト)が一人の騎士から兜を剥ぎ取り、そこに疲労で濁った瞳が顕わになる。

 アインズはその瞳を見つめながら、静かに凄んだ。

 

「飼い主に伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすな。騒ぐようなら、今度は貴様らの国まで死を告げに行ってやる」

 

 四人の騎士達がいっそ滑稽なほどに必死になって頭を上下に振る。アインズはその姿を確認すると、顎でしゃくって騎士達を促した。

 

「行け」

 

 騎士達はその言葉に弾かれたように、一目散に走り出す。その恐怖に駆られた後ろ姿を見送りながら、アインズは頭の中で死の騎士(デス・ナイト)に、おそらく死の騎士(デス・ナイト)が殺して作られたのだろう従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を片付けるように指示を出し中央に集められた村人達を振り返った。

 

「ひっ……」

 

 村人達から悲鳴が上がる。その顔には恐怖と混乱で彩られていた。

 騎士達を逃がした事に不満が出なかったのは何故なのか、アインズは悟る。騎士達より強い危険人物が残った。村人達――弱者の視点ではそうなのだろう。

 アインズは溜息を吐きたい気分になりながらも、村人達に優しげな口調で語りかけた。

 

「もう安全だぞ。この周囲の連中は全員追い払った」

 

 そう告げると、村人達は何とも言えない表情を浮かべた。何というか、意外な言葉を聞いたというか、聞ける筈の無い言葉を聞いた――そんな違和感を持った表情だ。

 その事に首を傾げ――村人の代表者らしい人物が死の騎士(デス・ナイト)から目を離さないようにしながら開いた言葉に、ようやくアインズは自分の間抜けを自覚した。

 

「……もしや、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)?」

 

 死の騎士(デス・ナイト)を連れて歩いていたせいだろう。アインズは、騎士達が死の騎士(デス・ナイト)を恐れていたのではなく、自分の姿を見て恐れていたのをようやく悟った。

 

「――あ」

 

 間抜けな声が漏れるが、幸い村人達には聞こえなかったらしい。村人達は代表者に視線を送り、無言で先を促している。

 

「聞いた事があります。アンデッドは生命を憎む存在であり命を奪うことに腐心する傾向がありますが、知性のあるアンデッドは憎悪を抑え、生者と関係を持つ者もいると……」

 

「――ふむ」

 

 アインズは頭の中で全員の記憶操作は出来るか考え――どう考えても破綻するだろう事に気がついた。

 となれば、するべき事は一つ。口から出まかせを吐いての言い訳である。

 

「――自分は生前から魔法詠唱者(マジック・キャスター)でして。えー……魔法の研究に没頭するあまり、アンデッド化してしまったといいますか…………」

 

 そう口篭もりながら言い訳を並べると、村人達の表情が若干ではあるが和らいだ。

 本来なら決してアインズの言葉を信じたりはしないだろう。しかし、村人達は先程まで同じ種族である人間に虐殺されようとしていたのだ。

 対して、アインズと死の騎士(デス・ナイト)は決して村人達を傷つけなかった。今も死の騎士(デス・ナイト)は大人しく立っている。先程までの凶行が嘘のように。

 そして、アインズのアンデッド化の理由も気を抜く要因だった。研究に没頭するあまり、という間抜けな理由が親しみさえ感じられたのだ。

 更にアインズは知らない事ではあるが、このカルネ村は――今までモンスターに襲われる事はほとんど無かった。カルネ村の前に広がるトブの大森林と呼ばれる森の一角は、とある魔獣の縄張りであり、しかし魔獣は人里に下りて来ないため村人達はほとんど争いとは無縁に過ごしていたのである。

 

「――ごほん。詳しい話はまた後で。ここに来る前に姉妹を見つけて助けてきた。その二人を連れてくるから待っていて欲しい」

 

「ええ、わかりました。助けていただきありがとうございます」

 

 死の騎士(デス・ナイト)やアインズへの警戒心が完全に抜けたわけではないだろうが、しかし村人達は口々にお礼を言う。アインズはそんな村人達の感謝の言葉を聞きながら思う。

 

 ――人助けもそう悪い気分じゃないですね、たっち・みーさん。

 

 

 

 

 

 

 村の代表者……村長の家へ案内されたアインズは、椅子に座り室内を観察する。

 何処を見渡しても機械製品などは見受けられず、あまり科学技術は発展していないように見えるが――魔法のある世界で科学技術が何処まで発展するのかには疑問がある。

 科学の代わりに魔法が発達しているのかも知れない。アインズは気分を引き締めた。

 

「お待たせしました。まずはお礼を言わせて下さい。村を救ってくださりありがとうございます」

 

 少しすると村長が向かいの椅子に座り、頭を下げた。それに手を上げて制止させる。

 

「いえ、お気になさらず。実はちょっとした下心があってのことですから」

 

「……はあ」

 

 それからアインズはまず金銭の要求をし、そこからかつて営業として働いていたサラリーマンとしての交渉術で何とか話を繋げていった。

 頭から煙が出て過負荷でエンストを起こしそうになりながらも、何とかアインズは知りたい情報を最低限手に入れる。

 

 まずはアインズの持つユグドラシルの金貨はこちらでは交金貨二枚分くらいの重さで、アインズの金貨の方が比重が重く価値がある。一般的な村での硬貨は銅貨を使い、その上に銀貨、金貨となる。村で精一杯で出せる金額は銅貨三〇〇〇枚。

 

 続いて魔法詠唱者(マジック・キャスター)だが、ユグドラシルと同じような意味を持つ職業であるらしい。神官(プリ―スト)司祭(クレリック)秘術師(アーケイナー)なども一纏めにすれば魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 

 これが一番重要な事だが――この世界は『ユグドラシル』ではない。

 この村はカルネ村といい、近くにエ・ランテルという都市がある。そしてこの村が属する国の名はリ・エスティーゼ王国。敵対国家であるバハルス帝国。スレイン法国。

 知らない地名である。アインズは酷くショックを受けた。骸骨であるため村長達には表情は読めなかっただろうが、アインズは精神抑制が働くほどのショックを受けた。

 ――当然、彼らはナザリックという場所も知らないという。アインズは自分がひとりぼっちで見知らぬ世界にいるのだということを悟らざるを得なかった。

 

 ……そしてアインズが国の話を幾つか聞いた中で、溜息をつきたくなった。

 

「――失態だ」

 

 呟く。村長達は先程の騎士の鎧に刻まれていた紋章が帝国のものであるから帝国の騎士だと思っているようだが、国境が隣接している以上、スレイン法国の偽装工作の可能性がある。

 騎士は一人くらいこっそり捕まえて、後で情報を引き出すべきだった。しかしもう遅い。

 王国は村を助ける事で恩を売れたが、代わりに帝国か法国に喧嘩を売ったと見るべきだろう。非常に不味い事になった。

 

 ……そもそも、アインズは疑問に思う。この世界には自分しかいないのか?

 

 実際に魔法を見ていないので何とも言えないが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の分別が『ユグドラシル』と同じなのだ。もしかしたら、何処かで『ユグドラシル』と繋がっているかもしれない。

 これからは、プレイヤーの存在にも注意して行動しなければならない。アインズは一人なのだ。拠点であるナザリック地下大墳墓もなく、そこに預けていた世界級(ワールド)アイテムを使用出来ず、仲間もいない。

 ましてアインズはロールプレイ重視の特殊技術(スキル)の取り方や魔法の覚え方を取っているため、同レベルのガチ勢とPvPになればどうなるか分からない。

 

 ――これからはもっと慎重に行動しなければ。

 

 アインズは決意を新たに、再び村長の話に聞き入った。

 

 …………そうして話を続けていると、村人がドアから入ってきた。村人は村長に声をかける。どうやら、死者の葬儀の準備が整ったらしく、これから村人達で集まるらしい。

 村長は申し訳なさそうにアインズを見たが、アインズは村長に気にしないように言った。

 そして村はずれの共同墓地で葬儀が始まり、アインズはその様子を少し離れた場所で眺めていた。――同時に、頭の中でとあるアイテムの存在を思い描く。

 

 蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)

 

 死者を復活させる魔法を宿したアイテムであり、それをアインズは幾つも所持していた。それこそ、村の死者全員を蘇生させてもお釣りがあるほどに。

 だが、アインズはそれを使おうと思わなかった。

 宗教的な意味ではなく、ただ利益が無いから。

 死を与える魔法詠唱者(マジック・キャスター)と死者を蘇生させる魔法詠唱者(マジック・キャスター)。どちらがより面倒に巻き込まれるかと言えば、当然後者である。今のところ、この村にそんな面倒を引き受けてもいいほどのメリットは無い。

 だから、アインズは死者を蘇生させない。

 理由はそれだけだ。

 きっと、それだけだ。

 

「…………」

 

 そして、自分の後ろに立つ死の騎士(デス・ナイト)を眺める。

 今存在している死の騎士(デス・ナイト)は一体だけだ。もう一体は既に消失した。その違いは一つ。死体という媒介を使用したかしていないか。

 ゲームでは召喚モンスターには時間制限があった。死体を使用していない方の死の騎士(デス・ナイト)はその時間制限通りに消失している。

 だが、死体を使用した方はまだ残っていた。

 

「……ふうん。媒介があるか無いかでも、維持費が全然違うんだな」

 

 呟く。騎士の死体で作られた死の騎士(デス・ナイト)は葬儀が終わっても残り続けた。

 

 ――そして葬儀が終わった後、再びアインズは村長の家でこの周辺の事やある程度の常識を学んだ。それらの話が終わる頃には、夕日が空を染めていた。

 アインズは話が終わる頃に、村長にちょっとしたお願いを申し出てみた。

 

「……村長、お願いがあるのですが」

 

「はい?」

 

「実は泊まるところが無いので、一泊だけ泊めていただけますか? 今までは別大陸のナザリックという場所に住んでいたのですが、少々魔法の実験に失敗して帰れなくなっていまして」

 

「そうだったのですか! いえいえ、貴方様は命の恩人です。どうぞ、何泊でもしていってください」

 

「ありがとうございます。……まあ、アンデッドゆえに睡眠は必要無いので、一夜骨休め出来る屋根のある場所を提供していただけるだけでかまいません」

 

「は、はあ……。では、元からの空き家がありますので、そちらにご案内いたしますね」

 

 村長の家を出て、広場へと差し掛かる。そこで数人の村人が二人に真剣な顔で寄ってきた。

 

「そ、村長」

 

「どうした、お前達」

 

「それが――――」

 

 その緊迫した気配にアインズは内心舌打ちをしたくなった。また厄介事か、と。

 村人達の話では、まだ村人の遺体が無いか、あるいは生き残りがいないか周囲を見て回っていたところ、この村の方角へと馬に乗った戦士風の者達が近づいているのを見たらしい。

 

 そう話し終えたところで、その場にいた全員の視線が怯えたように、懇願するようにアインズへと向けられた。

 こうなったら、毒を食らわば皿までだ。内心溜息を吐きながら、村人達に安心させるように優しく告げた。

 

「任せてください。村長殿の家に生き残りの村人を至急集め、そこへ避難を。村長殿はお、私とともに広場へ。それから――」

 

 アインズはアイテムボックスから仮面とガントレットを取り出し、それを装着する。これで邪悪なアンデッドではなく、邪悪な魔法詠唱者(マジック・キャスター)にしか見えまい。……何か違いがあるのか、と聞かれれば苦痛に満ちた顔になるが。

 

 余談ではあるが、仮面の名は嫉妬する者たちのマスク。クリスマスイブに特定の条件を満たすと問答無用で手に入ってしまうある種呪われたマスクだ。一部のギルドメンバーが被り、持っていないたっち・みーを始めとしたリア充を取り囲んで遊んだものである。……本当に遊んだだけである事を強く主張しておく。

 

「私がアンデッド、ということは秘密で。でなければいきなり斬りかかられるかもしれませんし」

 

 アインズがそう言うと、村人達は約束すると言って頷いた。そして、駆けていく。鐘で村人達を集め、村長の家に集合させたらアインズは残っていた死の騎士(デス・ナイト)を自分の背後へ配置して、村長と共に招かれざる客人達を待った。

 

 ……村人達を守る、という点では出来れば死の騎士(デス・ナイト)は村長の家に配置したかったが、そうするとアインズの盾役がいなくなる。さすがに、自分の命を天秤にかける事は出来ない。

 

 村長と共に待っていると、やがて村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見えてきた。彼らは隊列を組み、広場へと進んでくる。見える姿にアインズは首を傾げた。

 武装に統一性がなく、各自でアレンジを施しているのだ。とても正規軍には見えない。

 

 良く言えば歴戦の戦士団。悪く言えば武装の纏まりのない傭兵団だろう。

 

 彼らは死の騎士(デス・ナイト)を警戒しつつ、村長とアインズの前に見事な整列をしてみせた。そして、一人空気の変わった……言うなら、一人だけ突出しているような気配の男が進み出てくる。

 男の名はガゼフ・ストロノーフ。王国の戦士長を務めているらしい。この近隣を荒らして回っている帝国の騎士達を討伐するために王命を受けて、村々を回っているのだとか。

 村長曰く、王国の御前試合で優勝を果たした凄腕の戦士であり、王直属の精鋭兵士達を指揮する立場の人物。つまり、王国でも身分が上の立場の人間である。

 

「村長、横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

 アインズを警戒していたガゼフの視線が村長へと動き、村長が口を開くがアインズが止めた。

 

「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士達に襲われておりましたので、助けに来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

 一礼して自己紹介をすると、ガゼフは馬から降り、頭を下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 特権階級の人物が頭を下げる。それもわざわざ馬を降りて。この世界――時代の人間としては信じられない対応なのだろう。ざわりと空気が揺らいだ。

 その、一目で人柄が分かるガゼフの態度に、アインズは好感を抱く。

 

「……いえいえ。実際は私も報酬目当てですので、お気にされず」

 

「冒険者なのかな? かなり腕の立つ冒険者とお見受けするが……寡聞にしてゴウン殿の名は存じ上げませんな」

 

「冒険者、というよりは引きこもりの研究者ですね。ナザリックという地を御存知で?」

 

「いや、聞いたことがない。……もしや国外の方か?」

 

「ええ。魔法の見聞を広めるための旅、とでも思っていただければ」

 

「なるほど、旅の途中でしたか。優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)のお時間を奪うのは少々心苦しいが、村を襲った不快な輩について詳しい説明をお聞かせ願いたい」

 

「勿論かまいません」

 

 アインズが頷くと、ガゼフはちらりと横目で死の騎士(デス・ナイト)を見た。アレから血の臭いを鋭敏に感じ取ったのだろう。

 

「その前に今ここで二つ、お聞きしたい……あれは?」

 

「私の生み出したシモベですよ」

 

 ガゼフの感心した声と共に、気配が鋭くなる。流石は王国戦士長という役職についているだけの事はある。肌で危険性を感じ取っているのだろう。

 

「では、その仮面は?」

 

「魔法的な理由によって被っているものです」

 

「仮面を外してもらっても?」

 

「お断りします。アレが暴走したりすると厄介なので」

 

 村長がぎょっとした目でアインズを見る。村長はアインズが仮面をしていなくとも死の騎士(デス・ナイト)を支配していたのを見ているので、当然アインズの嘘に驚いたのだろう。しかし、すぐに仮面の下のアンデッドの姿を見せられないのだから、嘘も当然だと納得したが。

 しかしガゼフは村の空気が一瞬変わったのを察知し、何か感じ取ったのだろう。首を横に振った。

 

「どうやら、取らないでくれていた方が良いようだな」

 

「ありがとうございます」

 

 そして少し話をしたが――すぐに話は中断する事になった。ガゼフの連れてきていた騎兵が広場に駆け込み、緊急事態を告げたのだ。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

 

 

 

 

「なるほど……確かにいるな」

 

 ガゼフは家の陰から不審人物達を窺う。

 等間隔でゆっくりと村に向かって歩む複数の人影。おそらくは魔法詠唱者(マジック・キャスター)。連れているのは天使だ。異界より召喚されたモンスター。スレイン法国では神に仕えていると思われている特殊モンスターである。

 

「あれは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)か……」

 

 横のアインズの漏らした言葉に、ガゼフは即座に反応する。

 天使や悪魔といったモンスターは同じ魔法で召喚されるモンスターよりも若干強いのだ。様々な特殊能力に加え、魔法を使う事もある。宗教論争に興味は無いが、どれほどの難度か、という事には興味がある。

 ガゼフ達王国の戦士にそういった知識は無いが、ここに高位であろう魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいたのは幸いだった。

 

「ゴウン殿、あの天使を知っておられるなら、どういうモンスターか教えて欲しい」

 

 ガゼフの問いに、アインズは数瞬沈黙し――答えた。

 

「第三位階魔法で召喚されるモンスターだと思われます。おそらく、ですが」

 

 アインズも判断を決めかねているようで、歯切れが悪い。しかしガゼフにはそれだけで充分だった。

 つまり、彼らは最低でも第三位階魔法を使う魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ、という事が分かれば。

 魔法というものにも神官(プリ―スト)の使う魔法、森司祭(ドルイド)の使う魔法と色々あるが、位階は決まっている。十の位階まで存在する、とされ、帝国のフールーダという魔法詠唱者(マジック・キャスター)は確認されている中でも最高の第六位階まで使えるという。

 第七位階からは前人未到で検証不可、英雄譚や神話にしか存在しないとされているが……在るか無いか分からないものを想定するつもりはない。

 そして、第三位階の魔法を使う魔法詠唱者(マジック・キャスター)は大成した領域に立つ者、とされるのをガゼフは小耳に挟んだ事がある。

 そんな魔法詠唱者をあれほどの数揃えられるとすれば――ガゼフには彼らの正体がおおよそ見当がついた。

 

「一体、彼らは何者で、狙いはどこにあるのでしょうか? この村にそんな価値はないでしょう」

 

「ゴウン殿に心当たりが無いならば、答えは一つだな」

 

「……なるほど。憎まれているのですね、戦士長殿は」

 

「この地位についているかぎり、仕方のないことだ。高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)をこれだけ揃えられるところから見ると、相手はおそらくスレイン法国の――特殊工作部隊、噂に聞く六色聖典の一つだろうな」

 

 相手は厄介に過ぎる。激しい焦りと――同時に怒りも湧いた。

 本来、ガゼフは王より賜った五宝物を装備している筈だった。

 だが、今その装備は全て引き剥がされている。王国で私腹を肥やす貴族共に動かす事を禁じられたのだ。

 そしてこの状況だ。厳しい。厳し過ぎる。

 手が足りない。準備が無い。対策の打ちようが無い。全てが無い無い尽くしだった。

 それでも一つだけ、手がある。ガゼフはアインズを見た。

 

「ゴウン殿」

 

 天使を熱心に見ていたアインズが、ガゼフの言葉に視線を向ける。

 

「良ければ雇われないか?」

 

 仮面の奥で、赤い光が灯ったような気がした。

 

「報酬は望まれる額を約束しよう」

 

「……お断りさせていただきましょう」

 

 拒絶の後に、少し難易度を下げてあの召喚された騎士の借り受けを求めたがそれも断られた。強制徴収しようとも思ったが……アインズの脅しに、ガゼフは諦めた。

 この魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、とても恐ろしい生き物だと――ガゼフの勘が告げたのだ。

 

「――そうですか。では、仕方ありません。ゴウン殿、お元気で。この村を救ってくれたこと、感謝する」

 

 ガゼフはガントレットを外してアインズの手を握った。アインズの両手をしっかりと握りしめ、心の底から感謝の言葉を口にする。

 

「本当に、本当に感謝する。よくぞ無辜の民を暴虐の嵐から守ってくれた! 最後に、どうか我が儘を聞いて欲しい。何も差し出せる物は無いが、もう一度だけ村の者達を守って欲しいのだ。どうか……!」

 

 土下座だってするつもりだった。しかし、それをアインズはガゼフの肩に手を置いて優しく止める。

 

「そこまでする必要はありませんよ。村人は必ず守りましょう。この、アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」

 

「感謝する、ゴウン殿」

 

 ガゼフの心はその言葉で軽くなった。つい、微笑みが出る。もはや後顧の憂いは無くなった。

 

 ――――そんな、つい先程の出来事をガゼフは地に伏した体で思い出していた。

 

 村人達の逃げる隙を作ろうと、派手に暴れ、戦い続けたが無理だった。

 きっと、周囲には自分に付き合った部下達も倒れ伏している。

 勝てる可能性は皆無と言ってよかった。ガゼフはその可能性を引き寄せられなかった。いかに英雄と謳われようと、それでも数の暴力の前に敗北する。

 

「――――」

 

 必死に立ち上がろうとしても、立ち上がれない。にじり寄ってくる天使達に抵抗しようとも、ガゼフの体はどうやっても起き上がらない。

 

「止めだ。ただし一体でやらせるな。数体で確実に止めをさせ」

 

 敵の指揮官はこの状況であっても冷静だ。決して油断してくれない。それが憎い。

 王国戦士長という肩書きだ。アインズの言う通り、自分は憎まれている。いつかこの腹に憎悪で出来た刃が突き込まれる。

 そんな事は分かっていた。

 だが、この結末は受け入れられない。

 目の前にいる連中はガゼフを殺すためだけに幾つも村を滅ぼした。

 

 反吐が出る。

 

 人の命を、軽く見過ぎている。

 そんな奴らにこの命を奪われるのは許せない。

 そんな奴らから、この愛する国を守れない自分に我慢がならない。

 

「ぐ、があああああああ! なめるなあああああああッ!!」

 

 だから、雄叫びをあげて精一杯力を込めた。口から血と涎が垂れ流される。知った事か。

 

「はッ! はぁぁぁあああああ!」

 

 立ち上がる。たったそれだけで意識が朦朧とする。知らない。どうでもいい。

 だって、そんな事が許される筈は無いのだ。

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! この国を汚す貴様らに負けるわけにいくかあああ!!」

 

 あの村はアインズが守ってくれる。だから、自分がすべき事は今ここで一人でも多くの敵を倒し、国民達にこのような不幸が降りかかる可能性を減らす事。

 未来の王国の民衆を守る。ただそれだけ。たったそれだけの理由で、ガゼフは立ち上がった。

 

 ――だが、敵の指揮官……ニグンは冷ややかに返す。現実というモノをガゼフに押し付け、ガゼフの心を折ろうとする。

 

「……そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ。ガゼフ・ストロノーフ。そんな理想、いつまでも抱えられるものかよ」

 

 その通りだ。ガゼフだって、こんなものが夢物語だと知っている。

 それでも、ガゼフは立ち上がるのだ。

 立ち上がりさえすれば、可能性はゼロではない。そうして小賢しい頭で悟った態度を取り、諦めて寝そべる。そんな事をするから、いつまでも願いは叶わない。

 だから、ガゼフは頭が悪いままでいい。夢物語を現実にしようとする、愚かな男のままでかまわない。

 

 それこそが――きっと、英雄というモノなのだ。

 

「――――そうだな、俺も同感だ。そんな夢物語が叶う筈が無い」

 

 ふと、声が響いた。それもすぐ近くから。

 ニグンがぎょっとした顔でこちらを見ている。ガゼフは振り返った。そこに――――奇妙な仮面をつけた、暗いローブを纏った闇色の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が立っていた。

 

「馬鹿な、いつの間に……!」

 

「ゴウン殿…………」

 

 ガゼフは呆然とアインズを見つめる。アインズはガゼフの前に出た。ガゼフはアインズの背中を見つめる。

 

「交代だ、ガゼフ・ストロノーフ。ここからは、俺がやる」

 

 ガゼフを振り返らずアインズは、ガゼフとその部下達が倒れている方へ向けて指先を向け魔法を唱える。ガゼフを包むように、障壁が現れた。

 

「…………!!」

 

 ニグンが息を呑む音がガゼフには聞こえた。ガゼフもまた、ごくりと唾を飲み込む。

 敵の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が魔法で障壁を作り、矢を防いだのは知っている。しかしそれは精々盾のように目の前にかざすだけだ。

 こんな、アインズのように人一人軽々と覆ってしまうような大規模の障壁など知らない。

 

「……」

 

 ふと気づけば、いつの間にか部下達がいなかった。ガゼフはアインズを見る。

 何を言われるまでもない。きっと、アインズがどうにかしてくれたのだ。

 故に、ガゼフは微笑みながら――安心して、重力に従い膝を折った。

 

 ――――そこから起きた出来事を、ガゼフは知らない。ただ、気絶してから一瞬だけ、意識が浮かび上がった気がする。

 そして、おぼろげな意識で目の前の人物を見上げた。

 

「――そうとも、ガゼフ・ストロノーフ。あんなもの、夢物語だ。大の大人が信じるようなものじゃないだろう」

 

 誰かが、独り言のように呟いている。ガゼフは眠るようにそれを聞く。

 

「ああ、でも――死を覚悟して進む人の意志。その強い瞳。憧れるよ」

 

 俺には、それが無いから。

 

 そんな憧憬の籠もった言葉を聞きながら、再びガゼフの意識は微睡みに溶ける。

 その刹那――――仮面を剥いだ、骸の王の顔を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

「戦士長!」

 

 ガゼフが目を覚ました時、最初に視界に入ったのは自分の部下達の姿だった。

 

「目を覚まされたのですね、戦士長!」

 

「ここは……」

 

 痛みに耐えながら身を起こす。どうやら、寝具の上に寝かされていたらしい。部屋の隙間から外を見ると、今が真夜中である事を告げていた。

 ガゼフの疑問に部下達が矢継ぎ早に答える。

 

 どうやら、ガゼフは気絶している間にアインズに運んでもらったらしい。部下達も気絶していつの間にか村のアインズが防御魔法をかけた家屋の中に運び込まれていたようで、全員無事だった。傷もある程度回復している。アインズが、回復アイテムをくれたらしい。それで少しの体力だけ回復出来たようだった。

 

 そして、あのスレイン法国の連中は――全員、アインズが追い返した、と教えられた。

 

「そうか……ゴウン殿に助けられたな」

 

 追い返した、という言葉に嘘だ、と感じたが、しかし何も言わない事にする。助けてもらったのだ。その恩を忘れて自分達の都合を押し付けたくはなかった。

 

「それで、ゴウン殿は?」

 

 部下にアインズの居場所を教えてもらい、ガゼフはアインズがいるという村から少し外れた木陰に向かう。部下達はついていきたがったが、断った。

 しばらく歩くと、アインズは木陰に座り、熱心に美しいクリスタルを眺めていたようだった。

 何か魔法を発動させ、クリスタルを見ている。そして……何とも言えない気配を漂わせていた。

 

「どうされた、ゴウン殿」

 

「……ストロノーフ殿ですか。もう体は大丈夫なのですか?」

 

「ああ」

 

 声をかけると、ガゼフへと振り返った。その手には相変わらずクリスタルが握られている。

 

「――と、その前に礼を言わせていただきたい。ありがとう、ゴウン殿。この気持ちをどう表せばよいか……。もし、王都に来られた時は、必ずや私の館に寄って欲しい。歓迎させていただきたい」

 

「そうですか……では、その時はよろしくお願いします」

 

「……ご一緒される気はないか。では、ゴウン殿はこれからどうするつもりで?」

 

「とりあえず、しばらくはこの村に滞在させてもらえるよう、村長に頼んでいます。数泊したら、また旅を続けますよ。ストロノーフ殿は?」

 

「我々は傷を癒すため、しばらくこの村で休ませてもらうことになっている。それが終わったら王都へ帰って報告ですな」

 

「そうですか」

 

 互いの予定を告げて、改めてガゼフはアインズの持っているクリスタルに目を向けた。

 

「ところで、そのクリスタルは?」

 

「――ああ。これは魔封じの水晶と言いまして、魔法を封じ込め、それを自在に任意のタイミングで使用出来る水晶です。敵の指揮官が使おうとしてきましたが、仲間も前衛もいない状態で切らせるわけにはいかない手札だったので、先手必勝を取らせていただきました」

 

 結果、使用されなかったクリスタルが残ったというわけらしい。

 

「これは水晶の輝きの度合いによって封じられる魔法の位階が上がります。この輝きならば、かなり高位の魔法を封じられるでしょう」

 

「…………」

 

 と、いう事は伝説級のアイテムという事だ。今さらながら、あの男が何者なのかガゼフは気になった。

 しかし、それを知る事はもう出来ないだろう。そしてアインズも、そのクリスタルの中にどのレベルの高位魔法が封じられていたのか喋る気は無いようだった。

 証拠品としてそれを徴収しようとし――ガゼフはすぐにやめた。アインズから無理矢理取れるとも思えないし、何より……知らない方がいいものだと、ガゼフの勘が告げたのだ。

 第六感は信じられる。ガゼフはずっとそうやって死を回避してきた。

 

「そうですか。では、ゴウン殿。また後で」

 

「ええ、ストロノーフ殿。また後で」

 

 ガゼフは立ち去る。アインズは、夜が明けるまで村に帰ってこなかった。

 

 ――――ガゼフが立ち去ったのを確認し、アインズは魔封じの水晶を使用法に従い破壊した。

 

 ニグンとの戦闘では、前衛のいない状態で切らせるわけにいかない手札だったので沈黙させたが、アインズは内心使用させればよかったな、と思っている。

 アインズが魔法で調べた際、中に封じ込められていたのは第七位階魔法だと判明したのだ。この輝きならば第十位階魔法まで封じられるというのに、中に込められていたのは第七位階。ニグンがこれをもってかなり傲慢に振る舞っていたから、てっきり中に込められた魔法は第十位階だと思ったのだ。

 最高位天使が封印されている。アインズと天使は相性が悪い。全力でも下手をすれば勝てない。そう思って先手を打ったというのに、第七位階程度ではアインズなら余裕だったではないか。

 水晶が破壊された事で中で封じられた魔法が発動し、周囲を光が染め上げる。

 そこに、光り輝く翼の集合体が降臨した。

 

 その天使の名を――威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

「〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 

 そして、アインズはそれをただ一言の魔法で消滅させた。清浄なる輝きが消滅し、再び周囲に夜の静寂が訪れる。

 

「……ふぅ」

 

 アインズはどさりと寝転がる。夜空を見上げながら、これからの予定を考える。

 

 ――とりあえず、しばらくはこの村に滞在して捕まえて森の奥に隠したあのスレイン法国の連中を拷問し、情報を吐かせる。最低限の情報さえ手に入れられれば、後はお払い箱だ。始末しよう。

 その後はどうするか――考えて、すぐに結論が出た。

 

 今、自分は身一つでこの世界にいる。この見知らぬ世界に。

 

 脳裏に、『ユグドラシル』時代の事を思い描く。まだ、自分が駆け出しのプレイヤーの頃、ゲームの宣伝文句に誘われて、未知を求めて冒険したあの心躍らせた気持ちを。

 

「うん、そうだ」

 

 自分を縛るものは何も無い。アンデッドの肉体ならば飲食は不要で、呼吸さえいらない。

 

 未知を探しに行こう。あの頃の、昔の自分の心を思い描いて。見知らぬ世界を自由気ままに冒険するのだ。きっと、それはとても素敵な事に違いない。

 ガゼフという眩しい人間に出会って、人間の――鈴木悟としての自分の気持ちを思い出した。

 

「未知を探しに行こう。あのスレイン法国の連中を見るかぎり、きっと他にもプレイヤーはいる。もしかしたら、また皆に会えるかも」

 

 かつてのギルドメンバーに会えなくても、アインズ・ウール・ゴウンという名前を名乗れば、知っている人間が声をかけてくれるかも知れない。彼らと情報交換するのもいい。

 この、未知の世界を冒険しよう。きっと、それはとても素敵な事だから。

 

 アインズは夜空を見上げ続ける。この美しい星空の続く先を。自分の知らない世界を思い描いて。

 朝陽が昇るまで、アインズはずっと夜空を見上げ続けた。

 

 

 

 

 




 
このモモンガはどちらかと言うと、死の支配者じゃなくてユグドラシルプレイヤー寄り。

やったね人類! モモンガ様が人間にとっても寛容だよ!
※同時に、縛りプレイをやめているもよう。

 

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