麻雀を打ちたい   作:158

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失ったもの

 ――どうやら早く着きすぎたらしい。

 

 

 

 ルーフトップという雀荘に無事到着したが、その扉の前には「closed」という板が掛けられていた。

 始発の電車で向かうという、アグレッシブさを発揮した智紀、そして俺。

 ちなみに他のメンバーは留守番である。

 衣は人混みが嫌いだからと言い、透華はそのお守り。透華専属のメイドである一も自動的にセットだ。

 残る純は、眠いという軟弱な意見をのたまい、部屋から出てくる事はなかった。

 そんな少数派な俺達を待ち構えていたのは、開店時間という強敵だった。

 雀荘というのは客が居るか居ないかは別として、(風営法違反だが)二十四時間開いているものという認識だった。しかし、どうやらノーレートの場合そうではないらしい。

 わざわざノーレートの雀荘に通ったりしなかった俺には全くわからない事だった。

 

「どうする?」

「……待つ」

 

 というやりとりが行われた後、寒空の下、十数分の時間が流れた。

 時節は十二月。長野県の冬は凍てつく寒さであり、意識が朦朧としてくる。数分前に買ったホットコーヒーがアイスコーヒーへと姿を変えつつある。

 隣に居る智紀へと視線を向けるが、彼女は平然としていた(後に北海道出身だという話を聞いた)。

 特別寒くも暖かくもない地区出身の俺と、雪国出身の智紀では、寒さへの耐性が全然違うらしい。

 

「おいっ! あんたら死ぬ気か!?」

 

 ウェーブがかった緑色の髪をした天使が俺に声を掛けてきた。

 何故かメイド服を纏っている。今、その姿が天界で流行しているのだろうか?

 しかし二度も死ぬ事になるとは思ってもいなかった。

 天使が来たという事は、俺は天国へと向かうのだろうか。

 天国にも麻雀があるという事を祈るばかりである。

 

「何を訳わからん事言いよる! とりあえず中に入ってどうぞ」

 

 強引に首根っこを掴まれて、俺は扉の中へと引きずり込まれた。

 暖房の効いた暖かい空気が、俺の意識を現実へと押し戻す。

 そこは見慣れた、だが初めて見る雀荘の光景が広がっていた。

 所狭しと並ぶ十数台の自動卓。

 開店前だというのにほんのり匂うタバコ臭。

 懐かしく、俺のあるべき場所はここだと感じさせる空気が流れていた。

 

「ほれ、ホットコーヒーじゃ。勝手にミルクと砂糖は入れておいたが返品は受け付けんぞ」

 

 そして空いている椅子へと座らされると同時に、湯気の立つマグカップを渡された。

 熱すぎず、それでいて決して温くはない丁度良さのコーヒーだった。

 

(うまい……)

 

 極寒地獄から天国へと移動した為、補正が掛かっていた気もしなくなかったが、とてもうまかった。

 雀荘で出されるコーヒーと言えば、色の付いた苦いお湯というのが相場だったので、非常に驚きを覚えた。

 

「砂糖マシマシで……」

 

 隣では智紀が注文を付けていた。この態度の大きさはいったい何なのだろう。

 物静かで、清楚なイメージを持たせる外見からは想像出来ない。どれだけの人々がその毒牙にかかったのやらと邪推してしまう。

 どうでも良いが、押しが弱そうに見える割に、人一倍我が強い智紀は間違いなくSであろう。

 ちなみに純と透華はSの殻を被ったMで、一と衣はMの殻を被ったSだと思う。本当にどうでも良い。

 

「……ずうずうしいのう」

 

 そしてメイドさん(仮)は口では嫌そうに言いつつも、素早く角砂糖をマグカップへと放り込んだ。

 脊髄反射レベルで奉仕が身に付いているらしい。

 本職のメイドというものをここ一週間見てきたが、負けず劣らずと言ったレベルである。

 なお、なんちゃってメイドである純と智紀は、そのレベルにはほど遠いとだけ言っておこう。

 前者は「奉仕とかありえねー」とメイドにあるまじき暴言を吐き、後者は「メイドの気持ちになるという心構えが重要」と力説していた。

 

「まこ、お客さん?」

 

 若い女の声が聞こえた。

 その声の方向へと視線を移すと、そこにはセーラー服の少女が座っていた。

 

「ああ、客には違いなさそうじゃが、ずいぶんとはた迷惑な客じゃ。うちの雀荘の前で凍死しようとする」

 

 失敬な。

 俺は自分以上に善良な客は居ないと自負しているのだが。

 入店してから疲労でぶっ倒れるまで打ち続けるのだから、場代で相当貢献して来たはずだ。

 その結果客が散った雀荘も少なくない気がするが、それは営業努力で補って欲しい。程度を覚えてからは客から過度に搾り取ったりはしていないのだから。

 

「あらあら、大変ね」

 

 くすりとセーラー服の少女は微笑んだ。

 その人なつっこい表情は、何ものにも代え難い財産だと感じた。

 人に好かれやすいというのは、誇って良い才能だろう。少なくとも俺は持ち合わせていない。

 

「笑えんわい。店で死人なぞ出したらたちまち寂れてしまうわい」

 

 それをメイド(仮)は一蹴する。

 まあ確かにそうだろう。いかに店に落ち度がなかったとしても、死人が出た場所に好きこのんで行くやつは少ない。俺は風速次第で行くが。

 

「ところでお二人はやっぱり靖子じゃない藤田プロがお目当てで来たのかしら? ってあなたもしかして沢村さん?」

 

 セーラー服の少女は俺達へと話題を振ると、智紀を見て眼を大きく開いた。

 

「なんじゃ知り合いか?」

「違うわよ。私が一方的に知ってるだけ。ほら龍門渕高校の」

「ああ! 次鋒の沢村さんか! おー、どっかで見た顔じゃと思ったわい」

 

 どうやら智紀は有名人らしい。

 大会で良いところまで進んだという話だけは純から聞いていたが、本当にかなりの位置まで上り詰めたのだろう。

 今さらだが、この世界は俺の生きていた世界とは又違う場所である。

 麻雀の競技人口が全世界で一億人を超えている上、棋士の様に対局がTV放送される程、浸透しているのだ。

 その流行ぶりは、前の世界で表すなら、野球に近いだろうか。ただ、男子・女子は別々の扱いなので、実質野球の二倍の人気があると言っても過言ではない。

 夏休みには甲子園と同じ感覚で麻雀のインターハイが放映され、またプロ野球中継と同程度の頻度で麻雀のプロリーグの対局が地上波で放送される。

 俺からすると信じられない光景だ。

 麻雀は、どちらかと比べるまでもなく、賭博・ヤクザといった暗い、アングラ色の強いイメージが先行する遊びだった。

 それがこの世界では、親子がキャッチボールをするのと同じくらいのニュアンスで、家族麻雀が行われている様に感じられた。

 NHKで子供向けの麻雀番組が放送されているのを見て、心底驚いた。なんだこれはと。

 そんな広い世界で有名になるという事が、いかに困難であるかは考えるまでもない。

 

「ねえ私と打たない? 私もちょっと麻雀には自信があるのよ。今なら場代もおまけするわよ?」

「ちょっ、あんたは何勝手に……」

「乗った」

 

 メイド(仮)が何やら言っているが、場代なしなら打たない手はないだろう。

 今日打つ分の金は萩原から預かって来たが、なるべく温存するに越した事はない。

 将来的には旅打ちもしたい。金はいくらあっても困らないのだ。

 

 

 

 ――やれるな?

 

 

 

 智紀へと目を向けると、こくりと頷いて、肯定の意を返してきた。

 

「こっちはオッケーだ」

「ふふっありがとう。腕が鳴るわね」

「はぁ……また部長は勝手に物事を決めて……」

「まあたまには良いじゃない。それは置いといて、私が制服を着ているのはなんでだと思う? 部活中だからなの。もち麻雀部よ」

 

 それもコスプレの一種だと思っていたとは口が裂けても言えない。言ってはいけない。

 

「……っ」

 

 智紀の無表情が一瞬崩れた。彼女も同じ事を思っていたのだろう。

 

「何その視線……」

 

 ジト目で睨まれて、何でもないと俺と智紀は同時に首を横に振った。

 

「なら良いけど」

 

 だが、彼女が麻雀部というのは朗報である。

 これだけ麻雀が浸透している世界なのだ、競技人口が多い以上、俺の世界より平均レベルも圧倒的に高いだろう。

 事実、市井の女子高生の中に天江衣という魔物が存在していた。衣の周りの人間もまた、俺の世界ならメンタル面ではどうかわからないが、腕前だけなら裏で生活する事も不可能ではないレベルと言えた。

 だから、女子高生と言えど、侮る理由にはならないし、つまらないとも思わなかった。

 

「という訳で改めて自己紹介を。私は清澄高校麻雀部部長・竹井久(たけいひさ)! よろしくっ!」

「同じく副部長・染谷(そめや)まこじゃ。この雀荘の娘でもある。よろしゅう……場代サービスなんぞした事がばれたらこってり絞られそうじゃわい」

 

 片方は元気に、もう一方は陰気に。

 対照的なあいさつだった。

 しかし、対局前に名を交わすというのも珍しい経験だ。

 ちょっと間違うと鉛玉が飛んで来かねない場所で、対局以外で相手に喧嘩を売る事もないので、よろしくお願いします程度のあいさつはするが、賭場で名前を名乗るバカはそうそう居ない。

 

(極少数の存在を除いて……そう、あの男の様に)

 

 

 

 ――傀と呼ばれています。

 

 

 

(いや、あれは名乗っている内には入らないか)

 

 そもそも、「呼ばれています」という言い方は自己紹介に当たるのだろうか?

 そんな風に、俺が全然関係ない事を考えていると、智紀が爆弾発言を落とす。

 

「知っているみたいだけど、沢村智紀。こっちの小さいのが歩、私の妹」

 

 小さいって……いや小さいのは確かだが、一つ上の一よりも身長は微妙に高いぞ。

 微妙にという部分で自分にダメージが返って来るのだが。

 そもそも俺は妹じゃない。

 

「俺は妹じゃな」

「歩は妹」

「ちがっ」

「妹」

「ちが」

「妹」

「ち」

「妹」

 

 もう妹でも良くなってきた。

 何がしたいのだろう。智紀の思考が全く読めない。麻雀を打っている時なら大体わかるんだが……。

 

「あらあら、沢村さんは妹さんに嫌われているのかしら」

 

 久がくすくすと笑う。

 だから妹じゃないと……言っても否定されるからもう口に出さないが。

 というか見た目でわかるだろう。俺と智紀に外見上で似通っている部分はない。

 

「じゃあ始めましょうか」

 

 久はそう言って卓上に牌を四枚並べた。

 

(何か嫌な予感がするな……)

 

 勝負師としての勘が俺にささやく。油断するなよと。

 こうやって会話の主導権を握れるタイプの人間は得てして麻雀も強い。

 一度流れを掴むと離さないからだ。

 

(でもこの感覚は……嫌いじゃない)

 

 一瞬、コンマ一秒にも満たない時間だが、背筋がぞわりとした。

 こいつ、魔物じゃないにしても、何か持っている。そう確信し、思わず口元が緩んだ。

 

 

 

ルーフトップルール

・喰いタンあり、後付けあり、喰い替えなし

・東南戦25000点持ち30000点返し

・順位ウマなし

・赤ドラあり(萬子×一枚・筒子×二枚・索子×一枚の合計四枚)

・カンドラは明カン・暗カンともに即めくり

・ダブロンあり

・30符4翻は子8000点・親12000点

 

 

 

東一局0本場 ドラ:{四} 親:染谷まこ

東家:染谷まこ

南家:杉乃歩

西家:沢村智紀

北家:竹井久

 

一巡目手牌 ドラ:{四} 

{三五五七③④134458中} ツモ{北}

 

 悪くない配牌だった。

 すっかり逃げてしまっていた俺の運も、一週間欠かさず牌を握り続けた事でずいぶん戻ってきた。

 当初に比べれば、かなり思い通りの打牌が出来る様になって来たものだと思う。

 ただ一点を除いてだが。

 さてこの牌姿の場合、何から切るだろう?

 大多数が打{北}とすると思う。

 だが俺は打{8}とする事が大半になった。

 

十三巡目手牌 ドラ:{四} 裏:{東}

{三四五五六七八②③④345} ツモ{赤五}

 

捨て牌

{81北南白中}

{發白南横4九⑥}

 

 そして最終形がこうだ。

 メンタンピンツモドラドラという幸先の良いスタートだが、問題はそこではない。

 

 

 

 ――どうやら索子に愛想を尽かされたらしい。

 

 

 

 その事実に気が付いたのは、龍門渕家に転がり込んで二日目の話だった。

 初日、俺が索子をツモれなかったのは、衣の支配の為だと思っていた。

 だが翌日、衣の対面となっても、上家になっても、当然下家でも索子はツモれなかった。

 そしてようやく気が付いたのだ。いや、思い出さされたと言った方が正しいだろう。俺はあの九蓮宝燈を和了って以来、一度も索子をツモっていないと。

 この事実に気が付いた時、かなりショックを受けた。いつになったらまた引ける様になるのだろうか、もしかすると一生引けないのかも知れないと。

 だが、決して悪い事だけではなかったのかも知れない。

 三色や平和が作りづらくなる反面、一色手や字牌絡みの手はかなり和了りやすくなった。平均打点、聴牌スピードも上昇した様に感じられる。それもそのはず、牌理が他人よりも簡単になったのだから。

 今なお当然、喪失感はある。だが、俺はこれはこれと考えて、今出来る最良の一手を打ち続ける事にした。

 そして同時に考えた。この性質を生かして、魔物の隙を突く事が出来るのではないかと。

 

 

 

 ――失ったものが大きければ大きいほど雀運はついて回る。

 

 

 

 あるプロがこう言った。

 バカげていると思うだろう。

 だが仮に、それが事実だとすれば、己の命を失い、麻雀においても三十四分の九を失った俺という存在はどうなるのだろう。

 魔物と渡り合えるだけのポテンシャルを備えていてもおかしくないのではないか。

 だから挑戦し続けると決めた。

 

 

 

 ――再び死ぬその時まで、俺は牌と共に在ろう。

 

 

 

東家:染谷まこ 19000(-6000)

南家:杉乃歩 37000(+12000)

西家:沢村智紀 22000(-3000)

北家:竹井久 22000(-3000)


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