悠夜が悠子として五反田弾の相談を終えて教室に戻ると、朝の活気からは落ち着きを取り戻した。
そこで静寐は一夏に休憩を出し、今一夏はそれぞれサービスをしているところだ。
そんな状況の中、約一名の女生徒は落胆していた。
「どうしたッスか、先輩」
一年一組の出し物であるご奉仕喫茶を見に来たフォルテ・サファイアは付いてきた自分の先輩にそう声をかけると、その先輩ことダリル・ケイシーは気怠そうに返事した。
「別になんでもねぇよ」
「またまたぁ。せっかくの機会だから桂木に接客してもらおうと思ったのに、その本人がいなくてショックを受けてるんでしょうに」
とげを含みながらフォルテはそう言うと、ダリルはコーラが入ったコップに伸ばそうとする手を止める。
「別にそんなんじゃねえよ」
「とか言って本当は内心楽しみだったくせに」
フォルテの言葉にダリルはさっきよりも強く「そんなんじゃねえ」と否定する。
すると女生徒の一人が二人のところに来た。その女生徒は以前、一夏に執事服とメイド服の枚数を訂正するように言った奴だ。
その女生徒は二人に質問した。
「あの、先輩方。桂木を待ってるんですか? すみません、何故か知らないですが一度出てきたっきり姿を現していないんですよ」
「そ、そうなのか!?」
「私も部活の方に出ていたので詳細はわからないですけど、どうやらその一度以来出てきていないみたいです。でも、あの男はどうやって執事服なんて手に入れたんだろ。結構値が張る服だし、あの男が単体で頼むにもそれなりの値段だから、たった一日のために金をかけるとは思えないし」
女生徒は二人を自分と同じ女尊男卑だと思っているのか、裏事情を話す。フォルテは恐る恐るダリルを見ると、今にも目の前にいる女生徒を睨んでいた。
「どういうことだ?」
できるだけ平静を保ちながらダリルは尋ねると、その女生徒は周りを確認してから言った。
「実はあの男に執事服を行き渡らせなかったんですよ。女装して、醜い姿を晒させるためにね。良いアイディアでしょう?」
「……ああ、良いアイディアだな」
今すぐ殴り飛ばしたいという衝動を抑えながらダリルは聞いていると、後ろから「ふーん」と誰かが声を出す。
そこには悠子がジト目でその女生徒を見ていた。
「な、なによ」
「楽しそうに談笑するのもいいけど、また混んで来たからさっさと職務に戻りなさい。それが嫌なら休憩でも取ってどこかに行ったら?」
「……なによあなた」
「馬鹿が仕事をサボっているから注意しに来たのよ。ほら、さっさとする!」
そう言いながら悠子はその女生徒を下がらせる。
その様子を眺めていたフォルテは「中々可愛いッスね」と言うが、さらにその隣でダリルは青い顔をしていた。理由はもちろん、悠子のことである。ボイスチェンジャーで声を変えてはいるが、ダリルにはすぐにわかったのである。悠子が悠夜が女装している姿だと。
そもそも彼女は亡国機業の人間で、外部からの情報である程度の情報は仕入れているのである。その毛があるという報告はあったが、だからこそ「所詮妄想だろ」と内心笑っていた。
(いやいや、落ち着くんだ。桂木のことだから、何か理由があってのことだろ)
その予想は正解であり、実際は男の姿でいた場合、十中八九奴隷としてこき使われることが目に見えているからである。
理由を考えながらダリルはコーラを飲もうとしたが、すでに空っぽだった。
「……ちょっといいか?」
「はい、何でしょう?」
たまたま近くにいたメイド服に戻ったシャルロットがダリルの応対をする。
「コーラフロートを、あのメイドさんで……その……か……」
「……か?」
顔を赤くしながらあるメニューを頼む。それは本来執事の……というか織斑一夏執事専用のメニューであり、執事と内密カップルドリンク(アーンも可能)というものだった。
それに気づいていないダリルは慌てつつ、ごにょごにょと口をもごらせるが、シャルロットはよく聞き取れなかった。
「あの、もう一度―――」
「コーラフロートですね。お待たせしました」
どうやって聞いたのか、悠子はコーラフロートを持ってきたのである。
教室をホールにして、隣にある空き教室に調理道具を持ってきて注文が入ったケーキなどは保存。簡単に出来上がるものはその場で調理している。ドリンク系もその一つであり、フロート系も作ろうと思えば何度か練習すれば普通にできるようになっている。
だが隣の空き教室までは衛生上の理由から一部廊下を封鎖して特殊な通路を設立しているとはいえコスト問題を考えて非防音そざいであるため、そう簡単に聞こえない。悠夜がドロシーに頼んで作ってもらった独自のPOSシステムを使用して、その注文が何なのかを受け取り、調理もしくは手配している。
「あれ? 違いました?」
「………合ってる」
「お嬢様。申し訳ございませんがただいま執事は席を外しています。今すぐ呼びましょうか?」
「え!?」
ダリルは驚いて自分の手元を確認すると、自分が今まで執事用のメニューを開いていることに気付いた。
「……これ、メイドではできないですか?」
「申し訳ございません。規則は規―――」
「こちらのメイドがしてくれるとのことです」
そう言って悠子は何の躊躇いもなくシャルロットを犠牲にした。
「ええ!?」
「ちょっ―――」
シャルロットは聞いていないこともあって驚きの声を挙げ、同席しているフォルテは唖然とした。
「……できればあなたに―――」
「私、ですか?」
まさか指定されるとは思わなかったようで、悠子は少し驚く。
「やってあげなよ」
「………わかりました。それで、一体何を―――」
ダリルが指していたのは、「執事にご褒美セット」であった。
余談だが、たまたま撮影に来ていた新聞部がその様子を撮影しており、普段とは違った顔を見せたダリルに萌え、新たなファンが付くというのは別の話。
さらにフォルテが荒れたことで「ダークキャット」と本人未了承のあだ名がつくのも、別の話。
■■■
まるで拷問を受けた気分だった。
俺は何故かメイドの状態で「執事にご褒美セット」をさせられたのである。ちなみに拷問の意味はギャップ萌えで興奮しないようにばれないように頑張ったからである。もうちょっとで襲いかけたことは墓場まで持って行こうと決めた。
「じゃじゃん、楯無おねーさんの登場です!」
「…………………」
いつの間にかやってきたらしい楯無。平常心で何故かメイド服を着た楯無を素通りするが、何故かそこを通る時に視線を感じた。
「だが、逃げられない!」
「だあっ! 進路妨害するの止めてくださいよ!」
「……………」
何故か以心伝心している。というかまだほかにも接客しないと行けないのに何を遊んでいるのだろうか。
「姉様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、ラウラ」
そう言って俺は抱き着こうとするが、考えてみれば不衛生なので俺は彼女の手を引いて一度調理室の隣にある控室に向かう。
そこでメイド服の替えを出して渡して隣に設営されている女子控室に入って着替えさせた。ちなみに簡易設営となっているため、声などは聞こえる。
(そういえば、これを設置する時にも揉めたな)
場所の問題とはいえ、空き教室の半分を着替え用の控室にした。その際、多くスペースを取るために1/5を男女それぞれの控室の入り口として、残り4/5を4等分して3等分は女子が、余った場所を俺と織斑用の男子控室にしたのだ。そこで起こったのは本気の抗議である。彼女ら曰く、俺に覗かれる可能性があることを示唆してきたのである。
その言葉に本音とラウラは俺の味方になってくれた。もっとも残り1/3ぐらいは中立のつもりだったが、俺は面倒だったのでそれらも含めて敵に回したのである。「ノーマルごときが何をほざいているの?」と。
当たり前だ。確かに他にも挙げればそれなりにポイントはあっただろう。だが篠ノ之が性格に似合わずにオチに下ネタを持って来たり、実は悪魔で魔王の妹とか異世界の勇者で魔王と何だかんだで子育てをすることになって高校生に嫉妬されたりしているとか、オルコットは実は軍曹に惚れている潜水艦の艦長とか牛乳とか言われるほどの巨乳でサイズが似合わない巫女服を着てデカい斬馬刀(というか斬艦刀?)を振り回している奴だったならともかく、結局は兵器を動かすという点を除けば特に可愛い部分も見られない一般的な女生徒レベルだ。本音みたいに特殊なオーラを放出しているとか、ラウラのように後ろでヨチヨチ(は流石に言い過ぎか)ついてくる可愛さを持つレベルの特殊性があるならともかくだ。簡単に言えば俺は全員に「お前らこの二人に劣ってるけど何か文句ある?」と言ったのである。
さすがにそこまで言われて反論されると思ったが、どうやらそんなことはなかったようだ。
結局、俺は「むしろ織斑を覗かれる可能性を考慮するべきでしょ」と山田先生を説き伏せてこうしたのだ。ちなみに着替えの際に覗かれることは今のところはない。
「さて、戻ろっか」
「はい」
俺たちは教室に戻ると、何やら楯無と鷹月が揉めている。
「だから困ります! 織斑君だけじゃなくて他の専用機持ちまで連れていかれるなんて」
「そう? でももう十分じゃないかしら?」
何が十分なのか小一時間ぐらい問い詰めたいが、先に俺は集計帳を確認する。一応、ノルマは高めに設定したが、そのノルマも織斑姉弟のおかげでクリアしていた。
「大丈夫よ、鷹月さん。あと数時間ぐらいは織斑君抜きでやりましょう。なんなら、もうクリアしているから閉める?」
俺が後ろから声をかけると、鷹月がその提案に対して驚きを見せていた。
「でも………」
「それに今もちゃんと休憩していない人もいるでしょ? だったらこの際遊びに行けばいいわ。それにいざ負けたとしても、その時は生徒会長さんが一日食堂のデザート食べ放題を解放してくれるわ。ねぇ、生徒会長。稼ぎ頭たちを取るのだから、私たちが優勝を逃した時はそれくらいしてくれるわよね?」
「………ええ。あくまでも優勝を逃したらね」
どうやら思ったよりも俺たちのクラスは繁盛していたらしい。楯無の目が「それに関しては問題ないわよ」と語っていた。
「ということで、君たち二人もすぐに第四アリーナに来てね」
「わかったわ」
隣でラウラが首を縦に振る。
俺は接客に戻ってやり過ごそうと考えていると、楯無が俺の隣に移動してそっと耳打ちした。
「絶対来てね、
「―――!?」
後ろを向くと、すでに楯無は教室から出ようとしていたところだ。相変わらずの不気味さである……というか―――
(……何でわかったんだ?)
―――これまで家族ぐらいにしかばれなかったのに
ばれないように執事服に着替えた俺は第四アリーナに移動した。そこには既にどこかの貴族の服と思われるもの着替えた織斑がいた。
「あれ? 悠夜、体調は大丈夫なのか?」
「………ダッサ」
思わずそう言ってしまうほど、その服はどこか間抜けな雰囲気があった。
「出会ってすぐそれは酷くないか!?」
「安心しろ。俺にとっては正しい使い方だ」
「なんか違うだろ……」
織斑の話をスルーして執事服を脱いで粒子に変えて保存し、織斑のとは色違いなのか、上が黒で下が白い王子の服を着る。
「二人とも、ちゃんと着たー?」
どうやら様子を見に来たらしい。楯無は無視する俺たちの返事を無視してドアを開けた。
「開けるわよ」
「開けてから言わないで下さいよ!」
「なんだ。ちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」
「……何でですか」
俺は二人の様子を見て思った。
(……別に俺、いらなくね?)
そもそも、こういうわけがわからないことは織斑を囮にするのが一番だろう。戦闘要員にしても弱いし、いざとなればルシフェリオン一機でどうにかできる。
「はい、王冠」
「はぁ……」
「嬉しそうじゃないわね。もしかしてシンデレラ役の方が良かった?」
「嫌ですよ!」
俺は二人から離れて今すぐ逃げ出そうと考えていると、誰かが俺の肩に触れた。
「……何?」
「はい、王冠」
楯無は俺に王冠を渡す。俺はそれを受け取った。
「もしかして、シンデレラの方が良かった?」
「別に。ただ、こういうのには気乗りしないだけだ」
そう言いながら俺は頭の上に王冠を乗せる。
「ところでさ、この出し物って一体何をするんだよ」
「演劇よ」
「……ろくな演劇になる気がしないんだがな」
ため息を吐きながらそう言うと、織斑が俺たちを不思議そうに見ていた。
「何だ、織斑。俺はお前と違ってホモじゃないからそうじっくり見られると吐き気しかしないんだけど」
「俺もホモじゃねえよ! ………いや、なんて言うか……何で悠夜は更識さんに敬語を使ってないのかなって思って」
「別に俺はどこかの馬鹿のようにちゃんと勉強できずに夏休みに補習を受けさせられるほどの成績不振ってわけでもないからな。タメに敬語を使わなくても別にいいだろ。面倒だし、はっきり言って俺の方が強いし」
「え? でも生徒会長は学園最強だって―――」
「馬鹿か織斑」
盛大にため息を吐いて、俺ははっきりと言った。
「本気で戦って俺がお前の姉やこれに負けるわけがないだろ」
ルシフェリオンを使わなければ十蔵さんに勝てる気はしないけどな。
「あら、言ってくれるじゃない」
「別に勝つ方法なんていくらでもあるだろ」
例えばおっぱい揉んだり………は織斑がいないところでやろう。
「そうね。女が男に勝つ方法なんて色々あるわよ」
「まぁ、それが通じるのは精々俺以下の奴らだろうがな」
などと言っていると、また織斑は俺たちを……というか俺に尊敬の眼差しを向けてきた。それがとても気持ち悪く、少し距離を取る。
「何だ、お前。何でそんな目で俺を見てくるんだ」
「更識さん相手に一歩も引けを取らないなんて凄いなぁって思ったんだよ。俺なんていつも振り回されっぱなしでさ」
「例えば?」
「……裸エプロンで現れたり、とか」
顔を赤くしながらそう答える織斑。おそらくその時のことを思い出しているのだろう。
「……馬鹿なやつ」
「へ?」
よく聞こえなかったのか、首を傾げながら変な声を出す織斑。
俺はそれを無視してアリーナのピット……その下にある非常口のドアを開ける。機会があったので何度か通ったことがあるが、いつもは重いそのドアは今日は何故か軽かった。
俺たちが袖の方へと移動したのを確認したのか、ブザーが鳴った後、虚さんのアナウンスが聞こえてきた。
『昔々あるところに、シンデレラという少女がいました』
すると俺らは何かが押される形で舞台中央へと飛ばされる。織斑はこけ、俺は着地する。
(あの女、後で絶対ぶん殴る)
心でそう決めながら次のを待っていると、何やら放送室が騒がしい。
『否、それhsもはや名前ではない。幾多の武闘会を駆け、群がる敵兵をなぎ倒し、
やっぱり普通じゃないよな。
そもそもあの女が普通の劇をするわけがないんだ。だって根本的にはお馬鹿だもの。
『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子たちの冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女たちが舞い踊る!』
するとセットが落ちてきた。うまくバランスを保てるとかどうなっているんだろうな
「もらったぁあああ!!」
すると織斑の方に鈴音が突っ込む。手には短刀があり、どうやらそれで攻撃しているらしい。そして俺の方にも刺客はいるようだ。
「その王冠、頂くぞ!」
篠ノ之だった。
以前とは違う、それなりに質が高い気配を纏っている。どうやら以前のような荒々しい雰囲気に冷静さが加わったようだ。
(強くなったな…)
口には出さないが、内心そう思っている。
篠ノ之は容易に俺の間合いに入らず、自分の間合いに俺を誘い込もうとしている。
「はぁああああ!!」
踏み込みに迷いがない。上段から持っている刀が振り下ろされる―――と思ったが軌道を変え、側面から―――俺から見て右から薙ぎ払われる。
(………だがまぁ、それはあくまで俺以外を相手にした時の話だ)
長時間の女装によって視界が普段よりも悪くなっているが、相手の衣装がどういうものか、中に何を着ているのかを察した俺は一瞬で距離を詰めて篠ノ之を払い飛ばした。
■■■
先程男二人が通った第四アリーナの非常口に女生徒が集まり始める。
彼女らは今かと今かと自分の出番を待っていると、抽選で先頭の真ん中にいた女生徒はあることに気付いた。
(………あれ?)
非常口はその名の通り非常時に開けるものであり、それ故にドアノブが付いた手動式となっている。そのドアノブが握り潰されていた。
生徒会主導の観客参加型劇「灰被り姫」
それはある作戦の始動合図でもあったが、その作戦を聞かされていない悠夜はある窮地に立たされる。もっともそれは普通の人間の基準のものだったが。
自称策士は自嘲しない 第99話
「戦い舞えや灰被り姫」
「………欲しい。すべて、我が欲望が望むままに……!!」
ということで久々に現れた恋模様をお送りしました。その結果、ドアノブが犠牲となりましたが、それはそれ、これはこれ。
そして次回、悠夜が窮地に立たされてしまうようですよ!