「つまりは、メイドは一般的に上流階級の家にいる従者だ」
「………はぁ」
千冬は内心ため息を吐きながら4つしか変わらない元教え子にメイドについて教育していた。
(………どうしてこんなことになった……)
元はと言えば女としてのプライドを半壊させられたことが原因だが、色々忙しいこともあって千冬の思考はそこまで回らなかった。
「ですが教官、どうして教官がメイド服を?」
「……それはだな」
思い出しながら自分に起こったことをクラリッサに話す千冬。クラリッサは「なるほど」と頷いて言った。
「つまり桂木悠夜を叩き潰せばいいのですね」
「………できるならな」
「大丈夫です」
ドヤ顔をするクラリッサに千冬は不安を覚えた。
「あのクソオヤジ……もとい、ベルナー少将に聞きましたので。あの男の弱点を」
「………何?」
「ズバリ、これです!」
そう言ってクラリッサは身体的に幼い体形の子供を取ったと思われる写真集(合法)を出す。
「いや待て。それで釣れるわけが―――」
「そうでなければあの面汚しを要求するわけがないでしょう」
先程からクラリッサはラウラを侮辱しているが、それはあくまでも油断と体裁のためだ。
ドイツ軍に所属している兵士である以上、クラリッサ視点で見ればラウラはドイツ軍に不利益を被らせた汚点であるが、それはあくまで「兵士」としてのことである。本音を言えばクラリッサは今すぐに桂木悠夜諸共ラウラをドイツに連れ帰ろうとしてた。
クラリッサはラウラが軍属で自分の上司の時……いや、それよりも以前からあがこうとしているラウラを見て……さらにそれ以前から―――言わば初対面の時から胸を打たれたのである。
つまり彼女は、集めてきたロリ系の写真集で油断を誘い、悠夜を自分がここ数か月で身に着けたテクで落としてラウラと一緒にドイツに連れて来ようとしていたのである。そして部屋に監禁し、必要の時だけ遺伝子情報となる部分を採取するか引き渡してラウラを自分のものにしようとした。
ちなみにだがラウラが悠夜のものになった時は昇進したのにも関わらず荒んだことで部隊員から千冬とラウラの三角関係を想像したり、妄想が加速したことでエロ同人誌を3冊書き上げていた。それもストーリーものであり、それを信じ切った部隊員は悠夜かラウラに嫉妬し始めている始末である。前者はそんな酷いことをすることに怒り、後者は「うらやましい」と言い始めたドMである。
クラリッサは「失礼します」と言って部屋を出ようとすると、千冬は止めた。
「待て。おそらくだがそれは通用しない」
「どういうことでしょうか?」
「あの男は自分に敵対する相手には容赦なく攻撃するからな。おそらくラウラが桂木と仲良くしなければ今頃すべてを私に押し付けていただろう」
そう説明すると、クラリッサが驚きを露わにする。
「………教官から見て、あの男が酷いことをしている様子はありますか?」
「……あくまで勘だがな。それはない」
「わかりました」
クラリッサは外に出てラウラがいた場所に向かった。
■■■
「身内贔屓なしで女にしか見えないってどうなんじゃ?」
「そうは言われても困るんだけど……」
俺はそう言ってため息を吐く。そういえばこいつらが来ることを忘れていた。
「………もしかして、悠夜様ですか?」
「今は悠子ですよ、ギルベルトさん」
「………では、そういうことで」
止めて。そんな哀れな目で俺を見ないで! 結構恥ずかしいんだから!
だが考えてみれば、それ以上の問題があった。そう、幸那である。
「あれ? そういえば幸那は―――」
いち早く反応するであろう幸那から全く何もないことに気づいた俺は幸那を探すと、後ろから何かがぶつかった。
それを俺はラウラと思った俺はそっちを見ながら注意する。
「ラウラ、いきなり突撃は危な……」
だがラウラは俺の後ろにいたが少し離れている。未だに重みがあるので違うだろう。
恐る恐る下を見ると、外出用と思われる服を着た幸那が俺に抱き着いていた。
「………お
そう言えば、そもそも俺が女装を始めたきっかけは幸那だった。うん? お姉ちゃん?
急に背中が冷たく感じる。幸那は関係者エリアに堂々と入っているので追い出そうと考えると、首を振ってそれを拒絶する。
「あのね、幸那。ここは関係者以外は入れないことになってるの。だから、ね?」
「………後で、一緒に回ってくれる?」
「少しだけならね」
にしても幸那は可愛いなぁ。……あくまで妹としてだ。決して一人の女として見ているというわけではない。
「じゃあ、ワシらは中に入って適当に回っているのでの」
そう言ってババアは涙を流す幸那を引きずりながらギルベルトさんと共にどこかに行った。
「相変わらず、嵐のような人ですね」
「………まぁ、彼女は裏では名の知れた人物ですからね。噂では、量産IS10機はぶつける必要があるらしいですよ」
ラウラの言葉に虚さんがそう言った。口をあんぐりと開けてしまうラウラだが、俺はそうでもなかった。
「………まぁ、家の近くに倒してきた熊を集めては集団行動させ、さらに集団で自分を襲わせてトレーニングしている人間ですからね。………いや、でも流石にISは………」
必要ないんじゃないかな……?
そう思っていると校舎の方からメイド服を着た本音が走ってきた。すれ違うたびに男がそっちを目で追っているので、俺は受付から出て本音のところに行って回収し、ドロシーから「護身用」という名目で送られてきた対施設用大型ビームライフル「デス・バレット」を出して振り向いた男を同時に狙うと虚さんに叩かれた。
「何をしているんですか、何を」
「いえ、本音を見た野郎共を掃討しようかと思いまして」
大丈夫。数人死んでも「事故」だから。
「それよりも虚さん、どうしてハリセンなんか常備しているんですか?」
「会長はたまにバカなことをしますから。その制裁用です」
仕方なく「デス・バレット」を片付けた俺は本音の方を向く。
「ねぇねぇゆう
「あれ? あだ名が変わった?」
「女の子だから~」
なるほど。「子」では何もできなかったというわけか。
「それでね、ちょっと教室の方に戻ってもらいたいんだけど~」
「? 何か厄介な客でも来たの?」
「う~ん。厄介……と言えば厄介なんだよね~」
さっきまでババア共はこっちにいたから違うだろう………いや、ありそうだから怖い。あのババアのスペックなら、ありそうなのが怖い。
「わかった。とりあえず行くわ。ラウラはお留守番……ってのも酷いから、ほかの出し物を見て来たら?」
「私も行きます」
「らうらうは私と一緒に待機~」
「なに!?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、かなりショックらしいラウラ。どうやらそれほど厄介な相手のようだ。
俺はラウラの頭を撫でてなんとか言い聞かせてから教室に向かおうとしたところで、虚さんが二人を見ているのに気づいた。……そうか。
「虚さん用のメイド服ならありますけど、着ます?」
「着ません!」
実に残念だが、男が多く来るこの学園祭の最中に俺も着せたくないというのが本音だった。
■■■
悠夜が去ってしばらくすると、またクラリッサが現れた。
ある意味ちょうどいいタイミングだった。さっきのメイドがいないことを確認したクラリッサはそのまま受付に走った。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、話がある」
受付に着くや否や、クラリッサはさっきのように威厳を保ち名がそう言った。
本音はすぐにラウラとクラリッサの間に入る。虚もどうにかしてクラリッサをなだめようとしたが、それよりも早くラウラが返事をした。
「良いだろう」
「らうらう!?」
「大丈夫だ。彼女は私がいた部隊の人間だからな」
(それが一番の不安要素なんだよ~)
本音は心配そうにラウラを見るが、虚が言い聞かせる。
「大丈夫。決着を付けてきなさい」
「ああ」
そう返事をしたラウラはスカートをなびかせながら受付に置かれている机を超える。
それを見たクラリッサは思わず鼻血を出しそうなったがこらえた。
「ではあそこでどうだ」
「良いだろう」
クラリッサが校舎裏の方の道を指定し、ラウラがすぐに答える。
本音は心配になり悠夜にメールしようとしたが、虚がそれを止めた。
「止めなさい、本音」
「え~。でも~」
「これはラウラさんの問題。悠夜君を呼ぶ必要がないわ。なによりもラウラさん自身がそれを求めていないはずよ」
「………わかった」
本音はスマホを片付け、ただただ校舎裏にクラリッサに向かっていくラウラを心配そうに見つめていた。
しばらく歩いた二人。そこは学園祭での行動範囲外に近い場所であるため、自然と人が少なくなる。さらに言えばこの辺りにはISの機材など置かれておらず、木々がたくさんある場所だった。
クラリッサが足を止めたことで、ラウラも最初に移動した感覚を保って停止した。
「……久しぶり……だな」
「そうです―――ね!」
瞬間、クラリッサはラウラに向かって跳んだ。
ラウラは思わずそれを回避して戦闘態勢を取る。その時、ラウラはクラリッサの様子がおかしいことに気づいた。
(………何かが、おかしい)
さっきからラウラは自分の背中が冷えるのを感じた。どうしてそんなことが起こるか彼女にもわからない。だがこれだけはわかる。これ以上、目の前の存在と共にいれば、自分の貞操が危ないと。
「ら~う~ら~ちゃ~ん」
まるで今にも倒れそうに立ち上がるクラリッサ。彼女はISを展開しておらず、代わりに鼻血を流していた。
もっとも受け身を取って防いでいるので、怪我をしていない。この鼻血は彼女の妄想によって引き起こされたものだ。
「………く、クラリッサ………?」
「………フフフ……」
次の瞬間、ある意味恐怖と化したクラリッサは声高に叫ぶ。「お持ち帰り」と。
■■■
俺は最初、執事服を着て接客をしようとした。
だけどその場合、日頃俺を恨んでいる奴らがこれ見よがしに俺を奴隷に扱うと思われたのでメイド服も持ってきたのだ。幸いなこと………なのかは小一時間は考えるべきなのだが、女装しても「悠夜」だとばれなかったからな。ボイスチェンジャーマジパネエ。
遠い目をしながらそんなことを思っていると、その騒ぎの元凶を確認しながら俺はため息を吐いた。
「良いから、桂木悠夜を呼びなさい! 織斑一夏なんていりませんわ!」
酷いことを言う奴だ。織斑だって雑魚なりに頑張って生きているというのに。
つい最近プライドを叩き潰した本人が言うべきセリフではないだろうが、今のリゼットは女権団のような存在そのものだから織斑の味方をしておく。
(これは、カツラを持ってきておいて正解だったな)
ちなみに今の俺は前髪をバッサリ切っていて、いつでも取り外しが可能となっている。
そして俺はすぐさま執事服に着替えて教室のバックルームに入る。
「本音に呼ばれて来たが、どんなクレームだ?」
「あ、かつ―――」
すぐさま叫ぼうとした女生徒の一人を腹パンによる気絶を実行する。それに対して何かを言おうとする女の口を塞いだ。
偶然にもその女は谷本だったので、俺が教室にいることをリークするように頼み、気絶させた女を起こす。
「あの、桂木君。あのお客様があなたを待ってたの」
「……………凄く行きたくないんだが」
「……ファイト」
やれやれと言いながら俺は接客場へと現れる。
「お待たせしました。ご用件は何でしょうか、お嬢様」
「お久しぶりです、悠夜様」
体裁を守っているつもりなのか、リゼットは丁寧に話をする。その後ろでおそらく執事と思われる男性が俺を観察してきた。
その視線を感じたのか、リゼットは手を挙げた。
「止めなさい、ジュール。ここで暴れることを禁じます」
「……わかりました」
……へぇ、彼がジュールさんか。
リゼットから色々と聞いている。もしあの場で彼がいたなら、リゼットを救っていたのはこの男性だろう。……というか、暴れるつもりだったのか。
「初めまして、桂木悠夜様。私はリゼットお嬢様の執事「ジュール・クレマン」です。三年前はお嬢様を助けていただき、ありがとうございます」
「成り行きでそうなっただけですよ。あまり気にしないでください」
そう答えるとリゼットが机を叩いて勢い良く立ち上がった。
「おい、どうした―――」
「………ということは、思い出しましたの?」
「……えっと、まぁ」
あまり詳しく言うとここにいる全員に鼻で笑われる可能性があるから大きな声で言いたくはないが、とりあえずは思い出した。
するとリゼットは俺の腕をつかんでそのままどこかへと引っ張る。やがて人がほとんどいなくなり、リゼットは俺をどこかの森に引っ張った。
「………ここなら、誰もいませんわね」
「盗聴されている可能性はあるだろ」
「……それは困りますわ」
その割には顔をワクワクさせているのは如何なものか。こいつまさか、俺たちの関係が露呈しても問題どころか「バッチ来い!」とすら思ってないか?
「ところで、
「少々どころかかなりの間違いだと思うがな。どっちにしろ知らねえよ」
「ご主人様」発言にやや戸惑いつつも、俺は冷静に答える。
「……さて、そろそろ本題に入ろうか。一体何を企んでいる?」
「心外ですわ、ご主人様。ただ私はご主人様とイケないことをしようと……いえ、イケることを―――」
思わずリゼットの口を塞ぐ。するとリゼットを俺の腕に絡んできて、頬を擦ってきた。
「それに感謝してますのよ。母を―――アネット・デュノアを倒してくださったことを」
「本人は恨んでいるだろうがな。まさか男に倒されるなんて思っていなかっただろうに」
「いずれにしても、あのクソババア―――もとい、お母様には表舞台から退場していただくつもりでしたから、結果オーライと言えます」
クソババアって……。まぁ、俺も祖母ちゃんのことをよく「ババア」って呼んでいるから人のことを言えないが。
ところでこいつはいつまで俺の腕に頬を当てているつもりなんだろうか。傍から見れば羨ましい行為なのだが、ここはIS学園。噂好きの女たちが集まっているため、こうした不利な噂はできるだけ露見してほしくない。
するとそれを遮るように、さっきの執事が現れた。
「―――お嬢様、あなたはもう少し世間体を気にするべきです」
―――!?
俺は思わずその男の方を見る。おそらくだが、この男から尋常ならざる殺気が放たれている。
「ジュール。殺気は静めなさい」
「………わかりました」
まるで空間自体を入れ替えたのか、さっきまでの殺意が一瞬で消える。
「ごめんなさい。彼は兄のようなもので―――ご主人様?」
俺は思わずダークカリバーを展開していた。どうやら無意識に展開していたようだ。
「お嬢様。私はこの方と話があります。少しこの場に離れてください」
「…………わかりました。が、あまり余計なことをしないでくださいね。彼は私の婚約者なのですから」
「初耳なんですけど!?」
さっきの緊張感を一瞬で消し飛ばすほどのことを言った。
「あ、間違えましたわ。私がご主人様の奴隷候補でした」
「そういえばそれ、三年前からずっと言っているけど………もう止めない?」
「嫌ですわ! こんな高尚な行為を止めるなんて、死ねと言われているようなものです!」
なにこの悪質なストーカー魂!?
相変わらずのこの意味不明な根性に、俺は敬意すら表したくなる。
(………昔はこんなんじゃなかったはずなんだけどなぁ……)
そう思いながらリゼットの行動を思い起こすと………大して変わらないことに気づいて俺は思わず頭を抱えた。
ということで、クラリッサさんには盛大に暴走してもらいました。原因はラウラが隊を抜けて自分のお気に入りが消えた結果です。
そしてとうとう邂逅二人。ジュールは悠夜とどんな話をしたいのかは次回、判明?