実は同日の早朝一時に86話を掲載しておりますので、もしそちらがまだの方は「前の話」から戻ることをお勧めします。
#87 ………イラッ
9月に入り、二学期が始まった。
その最初の授業で今、篠ノ之と凰……もとい鈴音が戦っている。
「見えた、そこ!」
鈴音は手首から鞭のようなものを出して篠ノ之が駆る紅椿―――その武装の《雨月》を絡めさせる。
「ふん! こんなもの―――」
そう言って篠ノ之は逆に利用してやろうとするが、それよりも先に電流が流れた。
「くっ、うわあああああ!!」
「箒!」
何故か下で織斑が心配そうに声をかける。まぁ、最初にあんなものを見せられたら心配するのは無理もない。現に回りも何人か篠ノ之のことを心配していた。
その間に《雨月》から鞭を回収した鈴音は衝撃砲《龍砲》で攻撃した。
「紅椿の性能を舐めるな!」
とはいえそろそろ戦闘開始から10分経つ。それに加えて始まってから鈴音の立ち回りのおかげか、それとも―――長期戦故に燃費が良さが目立って来たか。
「ほらほらほらほらぁあああ!!」
衝撃砲を連続で発射してその内の半分を当てると、紅椿の展開装甲の光が揺らぎ始めた。
「なら、
だが、別段何かが発動する様子はない。篠ノ之が悔しそうな顔をしている間、その隙に溜めていた鈴音はそのまま《龍砲》を撃った。
「やっぱり、前よりも鈴音が強くなっている気がするんだが、ラウラはどう思う?」
「何かを捨てたことにより、制限がなくなったのかもしれませんね。容赦のなさは兄様を見習ったのかと」
確か。さっきの鞭も少しタイミングを遅らせてから電気を入れたみたいだし、引っ張った時に「かかった」って顔をしていたから。
「ところで、絢爛舞踏ってなんだっけ?」
「紅椿の単一仕様能力です。エネルギーを回復するものとなっていますが、今回は何故か発動しなかったようですね」
「アレも一種のチートだよな?」
「それでも全スペックでルシフェリオンが圧倒していると思いますが。エネルギー吸収能力を持っているのもそうですが、紅椿の倍以上のスピードは容易に出せるのでしょう?」
「一応は、な」
そんなことを話していると、勝負が終わっていた。
「悠夜!」
自分のクラスに―――ではなく何故か俺に一直線に向かってくる鈴音。
「おめでとう、鈴音」
「もう、鈴で良いって言ってるのに」
「んー、差別化?」
だってあだ名だと友人と扱っているみたい……別にそれでもいいのか。
そんなことを考えていると、何かを期待している目で見て来るので頭を撫でると、嬉しそうな顔をする。
「さぁ桂木さん! 今度こそわたくしと勝負を―――」
するとチャイムが鳴って授業の終わりを告げる。同時に織斑先生から無慈悲な解散を告げられて全員は何事もなく解散していく。
「ドンマイ」
「く、くぅ………」
今日の朝からオルコットは何故か俺と戦おうとしてしつこいのだが、こうして何度もチャイムに阻まれてしまうのだ。そして鈴音は朝から織斑、そしてその敵を取ろうと名乗り出た篠ノ之を倒してホクホク状態。さっきもこうして俺に撫でてくれることを要求してきたな。
「とりあえず学食に行こうぜ。何か食いたいし、簪も待ってるだろうし」
「そうね。アタシたちは着替えてくるわ」
「おう。着替えたら入口で待ち合わせで」
「うん」
しかしあれだな。何故か俺の所に来てから鈴音は変わったな。よく笑顔を見せるようになったというか、甘えるようになったというか。
(でも、織斑としてはどうなんだろ…?)
曲がりなりにも女友達が、例え気にさせる作戦だったとしても俺と仲良くしている様は気にならないわけではないだろう。まぁ、作戦だろうがなんだろうがたぶん鈴音に対して怒らないかもしれないんだろうな、俺は。そもそも鈴音は最初から織斑が好きなわけだし………それを知っていながら俺は何度も仲良くしていたり突き放したりしているんだし。……ところで、
「何でラウラがこっちにいるんだ?」
平然と更衣室に入り、俺の隣で制服を着ているラウラ。
ちなみにラウラは立場上は俺の叔母となったが、これからも同じ扱いをするつもりだ。ラウラもそのつもりなのか、態度は全く変わっていない。
「何か問題でも?」
「……異性の更衣室にいることが問題だと思う」
「制服を上から着るだけですから。ま、まぁ、兄様が私に発情してくれるのなら、それはそれでありがたいと言えばありがたいのですが………」
じゅ、十分発情ものだからね。
とりあえずこれ以上何も言わず、俺たちはさっさと着替えて更衣室から出て、おそらく同じように制服を着ているであろう二人と合流、そして先に学食に向かっていた簪と合流した。
「そういえば、鈴音はどこの部活に入ったんだ?」
「ラクロスよ。一度ああいうのをやってみたかったんだよね。そう言うアンタらはどうしたのよ」
俺は鈴音に顔を近づけるように指示し、小さな声で言った。
「俺たち三人は新たに創部したから」
「え? だったらアタシも誘ってくれて良かったのに」
「わざわざ入っている部活から引き抜いてような真似をする気はねえよ」
そんなことをして人間関係を潰すのも嫌だしな。
「………そういえば、あの子は?」
何かに気付いたように鈴音は辺りを見回す。今ここにいるのは俺とラウラ、それに簪と鈴音だけだから、あの子とは本音のことだろうか。
「…本音なら、生徒会」
「え? あの子ってそういうのに所属しているの……?」
「うん。意外でしょ?」
簪でも意外と思っているのか。まぁ、俺も最初は驚いたが。
どっちかと言えば料理部とか入ってお菓子つまみ食いしてそうだもんな~。たまにお菓子かったらなくなってるし。そして堂々と俺の前で食ってるし。
「そう言えば、悠夜は中学の頃はどんな部活に入っていたのよ」
「いや、俺は部活動って一切やったことないよ」
「え? そうなの?」
美術部に何度か勧誘されたけど。
「ずっとプラモを作っていたのですね」
「……わかる」
「それに妹の世話とかあったし」
「それじゃあ、今度の休みに行かない? その、二人で……」
さりげなく抜け駆けしようとする鈴音に、簪は言った。
「全員で行った方が楽しい」
「んな一……織斑みたいな言い方」
「いや、別に俺に合わせようとしなくていいからな?」
鈴音にはたまにこういうのがあるからな。本人は俺に未だに前の男を引きずっていると思われたくないようだが、俺としては他人の過去にとやかく言う気はない。
「……その、ごめん」
「いいって。あまり気にするな」
「「後でベッドの上で、俺なしじゃ生きてられない体にしてやる」?」
「簪? あまりそう言う発言はしない方がいい。あのサイボーグシスコンがどこで見ているかわからな―――」
するとタイミングよくメール受信用に設定している着音が鳴る。アニソンだったからか周りがこっちを向いてひそひそ話するが、
「? どういうこと?」
「大方、「オタク、キモ」とかだろ?」
「……うん。ここってあまりそう言う人っていないから」
「そうじゃなかったら、黒鋼があれほどまで強くなることはなかったからどうでもいいんだけどな」
可変するわ、ビットは飛びまくるわ、連撃だわで訓練機が今では5機同時に来ても負けなかったりする。ちなみにさっき、二組で使用していた訓練機が一斉にこっちに仕掛けた時には驚いたが、それでも倒せたのは黒鋼の性能故だ。
「……おおよそ、悠夜さんに対する嫉妬だと思う。短時間であそこまで動かせていることに焦ってる」
「それもあるかもね。アタシもあまり言えない方だけどさ、悠夜って特に専用機になってから急に強くなってるじゃん? だから余計に黒鋼を使って勝てている悠夜に対して嫉妬されているのよ。自分たちにも黒鋼のような機体があれば―――って」
「例えそうだとしても、一般生徒に使えるような機体ではないがな」
ラウラは冷たく言い放ったが、もしかしてこれはラウラ自身のことかもしれない。
家から帰った俺は何度かラウラと模擬戦をできるように頑張っているが、どこかラウラは自分を追い詰めている気がしてならないのだ。
俺は右隣に座るラウラを引き寄せ、軽く肩を叩いてあげる。
「くっ、これ見よがしにラウラたんに近づきやがって!」
「殺す! 絶対殺す! あの野郎!」
不思議とこういう奴らに対しては同情とかに近い感情を持てるんだよなぁ。やっぱりラウラのことが人気だからだろうか。
「そう言えば、さっきのメールは何?」
「ああ、そう言えば―――」
簪に言われて俺はさっき届いたメールを開く。差出人は楯無からで、どうやら織斑と接触するらしい。
件の織斑はいつものメンツと一緒に昼食を食べている。やっぱりいつもと変わりなさそうだ。
「結構下らない内容だった」
「………とか言って、実はアタシに言えない内容とかでしょ」
やっぱり鈴音は鋭い。
別に隠しているというわけではないが、だからと言って鈴音に言っていいのかはわからないからな。楯無が生徒会を自分の部下で占めているのは情報漏洩を防ぐため。俺とラウラを囲う………もとい、仲間に引き入れるのは「問題児をちゃんと従わせている」みたいな感じの評価アップも含まれている。ま、別にそれでもいいんだがな。俺にとっては。
(ああいうことで、俺を狙う奴らの情報を先に知れるのはいいことだし)
でも今まで動かなかったのは、確か俺と言う存在がいたからだ。強くなったから、逆に離れてしまったかもしれない。そう考えると少し寂し…………何を考えているんだ、俺は。
「———桂木悠夜」
「あ?」
なんか聞き覚えがある声がしてそっちを向くと、そこには二組の巨乳担当……もとい、二組のクラス代表だったティナ・ハミルトンが立っていた。
「何だ無駄乳……何号だっけ?」
「む、無駄乳!? 馬鹿じゃないかしら? こんなに素晴らし―――」
すると俺の周囲から―――だけじゃない。その他からも殺気が飛び始める。
「てぃ~な~」
「……貴様、殺す」
ただでさえ胸のことで弄られた鈴音。さらにロリ体型で周囲を落としている(ことを知らない)ラウラがキレた。それほどない奴らにはハミルトンの胸部で形成されているのは羨ましいのだろう。
「で、ハミルトンは一体何の用だ? もしかして、アンタのところの重役を半殺しにしたことで愛国心を働かせて喧嘩を売ってきたってところか? まぁ、それでもいいが―――その代わり命を張れよ?」
「悠夜さん、落ち着いて」
どうやら(比較的)小さな部類に入る簪はそこまでいないようだ。周りが怒っている中でこの反応は本当に珍しいと思う。
そんなことを考えていると、密かに俺の膝の上に座った簪は言った。
「ハミルトンさん。あなたじゃどうせ勝てないから止めておいた方がいい」
「はんっ、金魚の糞の分際で偉そうに―――」
「あなたじゃこうやって直にイチャイチャできないものね、無駄に重たいから」
わー、こっちはこっちで一触即発。ちょっと、どうして仲良くならないのかねぇ。
「む、無駄!? ………じゃなくて、桂木悠夜。私と戦いなさい」
「……………」
さっきのは挑発のつもり………いや、考えてみれば俺からねじらせたのか。
そのおかげで二人の間に溝ができたけど……まぁそれは置いといてだな。
「どう思う?」
「おそらくあの女だけじゃありませんね。ほかにも仲間がいてもおかしくないでしょう」
「最初から10機ぐらいいてもおかしくはない」
「………いやいや、いくらティナでもそんなことしない……といいわね」
「鈴まで?!」
鈴音に信じてもらえなかった哀れな人は、膝をつく。その際大きな胸が目立ったが、それは敢えて見なかったことにしよう。
「で、ハミルトン。俺に喧嘩売るとして、とりあえず20機は用意してもらいたいんだが……」
「ちょっと! いくらなんでもそれはふざけすぎでしょうが! ……そりゃあ、ナターシャさんには舐めてかからない方がいいって言われたけど、一人よ、一人!」
「いや、別に10機ぐらいいてもいいんだよ?」
「アンタってホントに人を怒らせるのって上手いよね」
わなわなと震えるハミルトン。それで何かを思い出したのか、俺に言ってきた。
「そう言えば、あなたナターシャさんと何かあったの? 私が帰ると早々に色々と聞かれたけど―――」
「……………えーと」
特に何もしていない……よな?
少なくとも抱き着いたのは何かしたに入るだろうけど、それから特に連絡を取り合っているわけでもないし。
「それで、できれば戦闘中の表情とか見たいって懇願されて……」
「撮影ついでに戦闘データが欲しいと」
「だってアンタらの企業ってほとんどが内密なことばかりしているのよ? 別に戦闘データぐらいいいじゃない!」
って言われても、黒鋼の技術って基本的にほとんど既出なんだがな………メディアで。
まぁ、戦闘の許可は下りているし、戦っても問題はないよな……。
「別にいいけど、どうせだったら次の時間でやろうぜ。こっちは一人で………ってラウラは出れるんだっけ?」
「調整次第では雨鋼でも出ることは可能です。ただ、あのシステムは使えないのですが―――」
「それは仕方ないだろ。雨鋼は本来有事の際の機体なんだし」
そう、ラウラの専用機持ちとしての今のポジションは少々特殊だ。今でこそ祖母の後ろ盾もあるから日本を始め各国は容易に手を出せないが、つい最近までラウラの専用機が所持するのは色々と問題視されたこともあった。それで何故か各国に要注意人物となっている祖母に後ろ盾になって守ってもらっている状態だ。本当は俺もということになったが、それはそれで大人の事情が絡んでいるようで上手く行かないらしい。ただでさえルシフェリオンという、某ドッキング式大量殺戮兵器が可愛く見えるほどの能力を持つ機体を所持しているからだろう。そして一応、ラウラは俺の護衛として行動してもらうために専用機をラボから譲渡。ついでにデータを取ってきてだから……うん。大丈夫だな。
「あの、なんか他の人も参戦するみたいになっているけど、戦うのは私一人だから」
「………仕方ない。そういうことにしておいてやるよ」
さて、俺もそろそろ時間だし、行くか。
俺は三人プラスおまけに先に行くことを伝え、そして鈴音にラウラを預けて更衣室に向かう。
(やっぱり更衣室の問題は改善してほしいよなぁ)
個人的にはシャワーも風呂も部屋で事足りるし、外で着替えては問題なのだが、場合によってはセクハラと訴えられる可能性があるとかで中々改善されない。無駄に遠いってのもまた何とも困る。
そんなことを考えていると更衣室に着いて部屋に入る。ほとんど後に織斑が来て、うんうん唸っていた。どうせ白式のエネルギー問題でも悩んでいるだろう。ただでさえ大飯ぐらいなのが倍以上食うとかって唸ってた記憶がある。
(そういえば、ISには人格みたいなものがあるんだっけ)
脳内にここ最近見ない幻の女の子がまん丸になって、お代わりをねだっているのが想像できてしまった。
(って、早く行かないと俺まで遅れてしまう)
すぐ準備をして外に出ようとしたところでドアの前に来ると、何かを感じて後ろを向く。
視線の先には楯無がいて、織斑の後ろから顔に手を伸ばしていた。
■■■
「………遅刻の言い訳は以上か?」
IS学園のグラウンドは通常の学校の軽く5倍はある。その端で遅れて来た一夏は自分の姉である千冬に迫られていた。その表情は恐ろしく、人によってはすぐに気絶してしまうのだが、一夏は慣れていることもあって言い訳を始める。
「いや、あの……あのですね? だから、見知らぬ女生徒が―――」
「ではその女子の名前を行ってみろ」
「だ、だから! 初対面ですってば!」
「ほう、お前は初対面の女子との会話を優先して、授業に遅れたのか」
「ち、違う―――」
すると一夏の脳内にあの時の状況を思い出す。
「そ、そうだ! 悠夜! 悠夜もあの時いたよな!?」
「………」
だが話しかけた相手は返事をすることはなく、ただまっすぐ何かを見ていた。視線の先を辿ればちょうど一夏たちの所へとなるが、どうやら目の前で起こっていることすらわかっていない様子である。
「……兄様?」
様子がおかしいことに気付いたのか、ラウラは声をかけるも返事がない。
すると本音が悠夜に抱き着いて少し上り、普通にキスをした。同時に悲鳴と興奮の嵐が起こる。
「………本音?」
「ゆうやん、大丈夫? 何か考え事?」
「…………さぁ?」
本音をまるで幼稚園児を抱えるように平然と抱く悠夜。その状況に歓喜が起こったが、
「とりあえず、布仏を降ろせ。それと桂木、先程からこの遅刻者が何か訴えているが、お前はその女子のことを知らないか?」
「………どうせその馬鹿のことですから、誰か勝手に襲ってヤってたんじゃな―――」
すると悠夜は言葉を切り、また同じ状態に戻る。
「……………正直彼がどうなろうと知ったことがないので、遅れたんですから走らせればいいのでは?」
「……それもそうだな。ということでだ」
千冬は一夏の方を見て、
「この後も授業があるので一周で勘弁してやる。とっとと走ってこい」
涙目の状態で走り始める一夏。だが悠夜は元から興味がなかったのか、次の指示を待つ。
その様子を見ていて本音はふと思った。———まるで出会った頃に戻った気がする、と。