最近、7000文字というものが短く感じてきた。
学年別トーナメントが終了し、男たちはIS学園内にある会議室の一室に集まった。いくつか投影カメラとマイクが埋め込まれたスピーカーが設置されているが、それは別件でIS学園にこれなかった者たちが遠くでも通信することができるためである。そしてそれは、十蔵が座る隣にも同じようなものが置かれているが、投影カメラは稼働してない。これらはすべて十蔵の孫の朱音が開発したものである。
「さて、本日ですべての試合が終了したのだが……」
チェスター・バングスが笑いながら十蔵に視線を送る。周りの人間も、十蔵の悔しがっている顔を拝もうと視線を向けた。十蔵を無表情を貫いており、周りは内心それを「悔しがっている」と解釈した。
だがそれは彼らが少し離れて座っているからであり、十蔵の頬はわずかのずれを見せている。
「君も知っているだろう。二人目の初戦敗退を」
「ええ。存じておりますよ」
「ならば、これからどうするかわかっているだろうな」
チェスターがそう言うと、その周囲は笑った。
「君の負けだよ、ミスター轡木。大人しく彼を私が用意した車に乗せたまえ」
「………おやおや、確か私が賭けに負けた場合、桂木君の専用機を回収して訓練機を渡すことになっていたはずでは?」
十蔵がそう返すとチェスターが鼻で笑った。
「所詮、すぐに実験台となり散る命だ。それが早くなったか遅くなったかの違いだろ」
「………なるほど。そういうことですか」
チェスターは最初から専用機の回収などどうでもよかった。少しでも平和という温い環境に置いて警戒を弱めていたが、とある事で悠夜はチェスターの思惑に乗らなかった。
「さぁ、早く二人目を呼べ」
『なるほど。話は聞かせてもらったぞ』
十蔵の近くにあるスピーカーから幼子の声が出、周りにいる人間がざわめき始める。当然、そのスピーカーの近くにいた十蔵も驚きを隠せず―――いや、呆れていた。
———ドンッ! ガンッガンッ
ドアが吹き飛び、何度か跳ねて停止する。その様子を見て十蔵はため息を吐いた。
「彼らに対しても呆れますが、相変わらずあなたの行動にも呆れますよ」
「それは褒め言葉かの?」
瞳を輝かせて十蔵に聞く少女をチェスターや周りは何とも言えない表情で見ていた。
やがてチェスターはその少女に話しかける。
「君、悪いがここでは大事な話をしていてね。悪いが出て行ってもらえないかな?」
「その声、つまりお主がさっきから悠夜の身柄を拘束しようとしておる若造じゃな」
(((わ、若造……?)))
少女の言葉に十蔵以外の全員が疑問を抱くが、知り合いの十蔵は用件を尋ねた。
「そもそもどうしてあなたがここにいるのですか? いくらあなたがマイペースで破天荒だからとはいえ、学園は立ち入り禁止の場です。わきまえてください」
「いやぁ。雑魚共が家に押しかけてワシを人質にしようとしているのでの。雑魚の相手をすると体が鈍るから
そう言って少女は来賓者用パスをかざす。
「ミスター轡木。彼女は一体何者かね?」
「で、案の定迷ったと」
「うむ。そしたら面白いことを話しているので勝手に盗聴したら何やら悠夜のことを話しておるではないか。ついドアを蹴破って入ってきてしもうた」
チェスターの言葉を平然と無視して会話を続ける二人。周りは戸惑うが痺れを切らしたのかチェスターは机をたたく。
「ミスター轡木、今すぐその少女を外へ出せ」
「さっきから思っていたのじゃが、そこの贅肉の塊は高血圧かの? さっきから程度の低い殺気をこっちに放ってきているが、あれで威嚇しているつもりじゃろうか?」
「おそらくそうでしょう。ところで、先程からビールのラベルが見えるのですが、まさかそれを差し出すなんてことはしないでしょうね?」
「ふむ。大丈夫じゃぞ。これは子供でも飲めるビールでの、後で簪と本音に飲ませて発情させて好きな相手を炙り出すという、一風変わった媚薬じゃよ」
「……………」
テレビ放送は決勝戦だけで閉会式は放送されないことになっている。そのため、この少女(?)は簪が悠夜に対して盛大な告白をしたことを知らない。
それをどう報告しようかと考えている十蔵。だがチェスターが無理やり会話に入る。
「確かにそうだな。何も彼だけじゃない。更識簪という少女の許可しよう。それならば文句あるまいな?」
簪の告白を聞いていたチェスターはそのことを思い出して言ったが、少女も十蔵も無視する。
「そういえば十蔵、何故悠夜が一回戦敗退になっておるんじゃ? 番組が途中で切り替わった後に結果発表されていたのじゃが、あの場面で逆転できるとはとても思わなかったのじゃがな……」
「実はそれには少し事情が……ちょっと待ってください。何故あの一回戦のことを知っているんですか?」
「男性操縦者が集まったということで放送されていたぞ」
完全に二人の世界に入っている様子を見ている周りは業を煮やし、その代表としてチェスターが叫ぶ。
「いい加減にしろ貴様ら! さっきから我々を無視しやがって―――」
———ドンッ!!
するとチェスターの後ろの壁が凹んだ。
「………さっきからうるさいぞ、若いの。貴様らが話しているのは所詮夢物語……しかし先程の発言はいただけないのぉ。まさか簪を巻き込む気とは―――消すぞ?」
思わず黙るしかなかった。
「……貴様」
「まぁ、悠夜がどうこうされることに関しては見逃してやろう。じゃあの、若造」
そう言って少女はその場を去っていった。
「ミスター轡木。彼女は一体………」
「さて、本題に戻りましょうか。ミスターバンクス。それで賭けの件ですが、どうやらあなたたちは勘違いをしているようですね」
「……ほう。よくこの状況でそんなことを言えたな。賭けはあなたの勝ち? 冗談はほどほどにしたまえよ」
十蔵を馬鹿にするようにチェスターは言ったが、十蔵自身は特に動揺することもなく自分の懐からボイスレコーダーを出して再生した。
『今度行われる学年別トーナメント、いや、正式には学年別タッグトーナメントですが、そこで二人目がどれだけの功績を残すかを賭けようではありませんか』
「実はあの時のことを録音していましてね。どうせあなたたちのことなので、証拠は持っていないとと思いまして」
「だがそれが何だと言うんだ! 現にあの男は結果を残せなかっただろ!!」
そうだそうだ! さっさと解剖しろ! と会議室内は騒がしくなる。中は防音措置が施されているので大抵の音は外に出ないが、それは少女がドアを破壊するまでの話だが、彼らはそれに気付いていなかった。
「まぁ、確かに
十蔵は上着の中に自身の右手を突っ込み、出すと同時に今ここにいる人間たちに向けて何かを投げる。それは一つのミスなくこの席にいる男たちの前にある机に刺さった。
「……何のつもりだ、貴様」
「彼はあなた方の命を助けた。そのことをお忘れではありませんか?」
トーナメント初日の深夜。全校生徒が事情聴取を受け終わった後に十蔵はIS委員会の人間たちを交えて悠夜とラウラの処遇を決める会議が行われた。シールドエネルギーの残量合計からして悠夜とラウラのペアが上がることになるだろうが、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが暴走したシステムはVTシステムといい、ISでも使用厳禁とされているもので、学園長を除く全員が悠夜とラウラを失格とすることになった。千冬や十蔵は何も言わなかったが、千冬はおそらく「無駄」だと思っていたと十蔵は推測している。だが、十蔵はあの時既に勝機があると踏んで何も言わなかったのである。
「……まさかあの時に反論しなかったのは、それを反論材料にするからか!」
「ええ。まぁ、それでも納得しないというならば、全訓練機を使用して桂木君と更識簪さんを襲うように指示し、実力を確かめさせるか、二人にとあるルールを用いて戦わせる予定でしたが。ああ、とあるルールとは「相手を斬滅することを最優先にし、なんでも破壊しても構わない。破壊対象にはアリーナすべてを含む」というものですが」
それを聞いた役員の何人かが顔を青くした。
そのルールはつまり、将来可能性がある者、スカウト対象の生徒、そしてなにより自分自身すらも危険だと理解したからである。普通の操縦者ならば節度は守るだろうが、一人はアリーナ内に爆弾を仕掛けて味方諸共敵を撃破し、一人は例えアナウンスされようが容赦なくフィニッシュまで攻撃する者たちの片割れである。もっとも、簪と本音は最後がシャルルならばそこまでしなかっただろうが。
「そもそも私が提案したのは、トーナメント期間中に何らかの実績を残す。そして彼は教員部隊すらも太刀打ちできなかったVTシステムをたった一人で破壊、さらにあなたたちの命すらも助けている。それを功績と言わず何と言うのでしょう? それとも、あなたたちは一人の特殊能力者を解剖するため、救ったその命を絶ち、家族に桂木君を恨ませ、無駄に家族たちの命を散らせると言うのですか? いえ、そもそもあなたたちに―――自らその命を絶つ覚悟はおありでしょうか?」
———あるわけがない
その場にいるバンクス派の一人の除いて、男たちは俯くしかなかった。
「さて、これで私が賭けに勝ったと思われますが、何か反論はおありでしょうか?」
「…………」
「ないようですね。では、以後桂木君は現状維持。このまま平和な世界を堪能してもらうことにしましょうか」
そう言って十蔵は会議室を出て行き、一人、また一人と会議室を出て行く。
最後に残ったチェスターはただ負け犬の如く吠えることしかできなかった。
■■■
気が付いたら俺は、部屋着のジャージに着替えてベッドで寝ていた。髪が濡れているので風呂には入ったようだ。
(………記憶がない)
俺の最後の記憶はアリーナ内での閉会式で簪にき……キスを……キスを~。
(キスしてしまったんだよな、俺……)
一体何がどういうことなんだろうか? 簪が俺に惚れる? むしろ傷つけた覚えしかないんですけど!?
(たぶんこれは夢だな。俺が女の子にモテるはずがない)
そう結論付けるとドアチャイムが鳴る。誰かが訪ねて来たようだが、一応黒鋼を展開できるように準備して外を見ると、外にいるのはいてはいけない人物こと朱音ちゃんだった。
(どうしたんだ……?)
ドアを開けると、朱音ちゃんは何も言わずに中に入り、ドアを勢いよく閉める。
「……朱音ちゃん?」
「私は本当は外に出てはいけないけど、どうしても祝いたかったから来た」
言う通り、彼女の手には袋が握られている。どうやらそれが祝いの品のようだが、その品をキッチンの調理台の上に置いた朱音ちゃんは俺に抱き着いてきた。
「ちょっ!? 朱音ちゃん?!」
着やせするタイプなのか、中学生にしては大きな胸を押し付けられて俺はドギマギする。
「……もう決めたから」
「何を!?」
というかこのタイミングで十蔵さんが来たらどうしよう!? 間違いなく殺される!
「かんちゃんがああするから、私も躊躇わない」
そう言って朱音ちゃんは自身の顔を俺に向けて―――っておい!?
咄嗟に躱すが、それでも朱音ちゃんは負けじと俺の顔に自分の顔を近づけて来た。
「ちょっ、何をしようと―――」
「お願い。しばらくそのまま顔を動かさないで」
いや、流石にそれは聞けないから。
ということで顔を逸らそうとすると、俺の―――というよりすべての男に共通する大事なところが触られた。
「……ここか」
「いや、「ここか」じゃないから。朱音ちゃん、ちょっと今すぐその手を放して!」
「大丈夫。本で読んだから、後は実践あるのみ」
「しなくていい。そういうのは大事な人にしてください」
「………」
無言で抱き着いて来るだけでは飽き足らず、シャツを脱がせて俺の肌を吸ってくる。
俺は急いで朱音ちゃんを引き離した。
「……ダメ?」
「駄目だ。どうしても、俺がISを動かしてしまえる限りな」
「……じゃあ、キスだけさせて」
「………それは、その……」
いやいや、ダメだろ。確かに俺は中学生とか、そういうのは好きだがそれはあくまで「萌え」の範囲だ。そんな、垣根を超えた関係とか完全にアウトだろ。いや、確かに可愛いけどね―――
———チュッ
あの、もう、その、ね……どうすればいいんだろうか?
流石にここまでされて、自分が今どんな状況にあるかくらいは理解できる。俺はあんな唐変木・オブ・唐変木と呼ばれている織斑とは違い、ちゃんとそれくらいはわかる。ただ、どうして俺がモテるか理解できないだけで。だっていくらヒーローみたいなことをしてもイケメンじゃなければモテないし。
「大丈夫。今日はこれだけだもん」
そう言ってそのまま出て行ってしまった。
(………どうすればいいんだよ、俺は)
急に付き合うことを強要されて、挙句恩人の孫にキスされた。これは良くない傾向にある。
どうしてこういうことになったんだ。
(ともかく、今は寝よう。その方がいい)
そう思って施錠し、ベッドに横になってしばらくするとチャイムが鳴った。
そこには何故か本音をはじめとするいつものメンツが揃っていた。
「……何の用だ?」
パーティ道具を持ってきているようだが、それは本来食堂で行われると思うが……。鷹なんとか……ではなく、鷹月が俺が出て行くと同時に頼んできた。
「あの、部屋を貸してほしいんだけど」
「………えっと、それはアレ? 自分の部屋が手狭になったから俺の部屋を明け渡せってことか? もしそうならばこちらとしても考えがあるんだが?」
すると集まった全員が首を振った。
「あのね~、みんなが私たちのためにパーティしてくれるんだけど~、食堂は先に別の人たちが借りられてて~」
「………ああ、もしかしてアレか? 織斑たちが優勝するとか思っていた奴らが先に占拠していて、結局負けたから二人の準優勝祝いみたいなのが開かれていて、追い出されたとか?」
「………えっと、前々から気になっていたけど、桂木君ってエスパーか何か?」
どうやら俺の推測通りのようだ。嫌だなぁ、それ。
「……まぁ、それなら仕方ないか。ただ、俺だけじゃなくて生徒会長の部屋でもあるから、物色するならそっちにしてくれ」
「かいちょ~も同じようなことを言ってたよ~。ゆうやんの物を物色していいって~」
よし、帰って来たらぶん殴ろう。
ともかく悪いことはしないという条件で入室を許可した。
「あ、先に言っておくけど監視カメラとかは止めておけよ。翌日には分解されて俺の部品の一部となっているだろうから」
「そんなことはしませんよ」
四十院がそう答え、周りは頷いた。
そして彼女らは本音を俺の隣に座らせ、各々支度する。
「しかし、嫌われたもんだな。そんなに織斑が優勝してほしかったのかね」
「ああ、それは二人がアナウンスを無視して織斑君を攻撃したからだよ」
……谷本がそう説明してくれたが、
「ムゲ○ロは相手のHPが0でもゲージが溜まっていれば必殺技が出せるんだが」
「だよね~。それと同じことをしただけなのにな~。相手はおりむーだから問題ないし」
そう答えると一同は動きを止めたが、何事もない風に準備を再開する。
するとまたチャイムが鳴ったので出ると、今度は簪が現れた。
「お邪魔します」
そう言って簪は平然と俺のベッドに座った。
しばらくすると準備ができたみたいで、祝勝会が始まると同時に俺の私物が物色され始めた。
「あれ? エロ本がない」
鏡が勝手に俺のベッドの下をまさぐっている。
「そこには段ボールしか―――」
「じゃあ、クローゼットの下かなぁ? うんしょっと」
平然と段ボールを出して中身を物色し始める。
「エロ本がないわね」
「非合理的だな。近くにデカいのがいるのにそんな無駄なものを買うわけがない」
したことないけどな。もう3か月になるか。
「まさか、会長とそういうことをしているんじゃ……」
「一度もねえよ」
全員は怪しんでいるが、本当に俺はそんなことは一度もしていない。
「……私は、信じてるから。慣れているなら、あんな反応はできないはず」
「え? じゃあまだ童貞なの? ヘタレ?」
「大事にする男と言え」
全く。最近の奴らは容赦がない。完全にそういうわけではないと思うが、どうやら彼女らも少しは女尊男卑の影響を受けているようだ。
とはいえまだこれでもマシな方だろう。
———プルルルル
寮の部屋に置かれている電話が珍しく鳴った。嫌な予感がして電話に出てみる。
「もしもし。こちらは―――」
『桂木君ですね。至急、学園長室に来てください。大切な話があります』
………大切な話?
声の主である菊代さんの言葉が震えていたこともあり、嫌な予感がさらにした。
「わかりました。すぐに行きます。……では」
電話を切り、ISスーツを中に着るために洗面所に移動し、中に着てその上に私服を着た。
「ちょっと外に出るから」
まだパーティをしている奴らにそう言ってとあるデータを閲覧しながら俺は学園長室へと進んでいく。そしてとあるものの確認をした後にスピードを速めた。
数分すると学園長室に着いた俺はドアをノックする。
『入ってください』
「失礼します」
ドアを開けると、そこには菊代さん、織斑先生、そして見たことがない男性がいる。その男性が特に異色な雰囲気を放っている。
「お休みの所、申し訳ございません。あなたにはどうしてもお伝えしなければと思いまして」
「……何をですか?」
―――聞いてはいけない
何故かそんな言葉が脳内に響いた。
「あなたのお父様―――桂木修吾様がお亡くなりになられました」
どうやらそれは正解だったようで、俺は菊代さんの口からそんなことを知らされた。
次回予定
父、修吾の死を知らされた悠夜は部屋に戻っていると、見てはいけないものを見てしまう。
一方、その頃デュノア社では大騒動が起こっていた。
「親父は弱かった。だから死んだってだけでしょ?」
自称策士は自重しない 第45話
真夜中の襲撃
そして世界はまた、新たな一ページを迎える。
ということで悠夜の安否と父死亡の話です。地味に修羅場も入れていますが。