とある日。喫茶店に初老の男性がコーヒーを飲みに来ていた。その男性曰く「ここのコーヒーはかなり美味しい」とのこと。
だが彼は今回ここに来たのはそれだけではない。
「いらっしゃいませ。お客様、何名様ですか?」
「一名です。すみませんが、店長に至急「無になるには遠すぎる」と伝えてもらえませんか?」
「……はい? ……わかりました」
急にそんなことを言われた女性店員は首をかしげるが、渋々といった感じに返事をして奥へと引っ込む。すると数秒で奥からダンディな髭を生やした40代ぐらいの男性が深々を頭を下げる。
「お久しぶりです。ではこちらへお願いします」
「はい。それと、この後に一人、連れが来る予定です。彼は「ワシノシリアワセ」と言うように伝えている」
「わかりました」
どこにでもいる普通の客に対してどうしてそこまで頭を下げるのか、最初に応対した女性店員が首を傾げるのを見て内心笑う初老の男性―――轡木十蔵は案内された地下の部屋の椅子に腰を掛けた。
しばらくするとドアがノックされる。十蔵は「どうぞ」と答えると店長をが顔をドアを開け、そこから十蔵よりも少し下の金髪の男が姿を現した。
「では、私はこれで」
店長はさっさと姿を消す。後から現れた男性は警戒していると、十蔵はクスリと笑った。
「そう心配しなさるな。ここは私のテリトリー。完全防音で、盗聴、盗撮の危険性はありません」
「……だが、先程の男が妙によそよそしかったが……」
「ああ。彼は昔この辺りでヤンチャしていたので私直々に注意しただけですよ。さぁ、座ってください。ミスタージアン」
「そうさせてもらおう」
ミスタージアン―――クロヴィス・ジアンはビジネスバッグをかけているスーツケースを傍らに置いて椅子に座る。
「しかし急に連絡をもらった時は驚きましたよ。切羽詰まった声で大会前日に会いたいなど。私には賄賂は通じないと思いませんでしたか?」
「と言いつつわざとらしく私の荷物を見るのは止めてもらえないか?」
「すみません。あなたは賄賂を渡すような方ではないことは承知していますので。……それで、あなたがここに来たのは
図星だからか、クロヴィスの瞼が少し動く。
「……やはり、ということは既に気付いていたか」
「ええ。それに面白いものがありましてね」
十蔵は懐から投影型PCを出してとあるファイルを選択し、再生する。するとあの日の二人の会話が再生された。
「……なるほど。つまり織斑一夏は既に知っている、ということか」
「彼は彼女の味方をするようですがね。ちなみにこれ、桂木君が撮ったようです」
「……何だと?」
「彼は転校初日からデュノア君を怪しいと思っていたらしいですよ。いやぁ、織斑君ももう少し警戒心を持ってくれれば楽なんですけどね~……で、大方予想は付いていますが、もしかして彼……いえ、彼女に対する策は待ってほしいとか?」
「……お察しの通りだ」
そう言ってクロヴィスはあるものを出して十蔵に渡した。
■■■
更識……もとい、簪から頬にキスされて早いことに一週間以上経った。
轡木ラボに何度も訪れたが朱音ちゃんは簪の機体で忙しいのか会えることはなく、代わりに俺は女性職員の愚痴を聞いていたことが多い。どうして男共はああなのか、男のテンションには付いていけないとか、その中に混じっている技術顧問が異常にしか見えないとか、俺に気付いた朱音ちゃんが抱き着いてきて、その光景がやっぱり微笑ましいとか。ラボ内ではかなりの人気があるようだ。中ではファンクラブのようなものがあるらしく、命を取られないように気を付けろとか忠告された。
そしていよいよ、学年別トーナメント当日を迎える。
(『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者はトーナメント当日に行われる抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』……か)
俺こと桂木悠夜がそんな紙を持っているのは、締め切りの今から三日前にこの紙を出さなかったからだ。まぁ、どちらかが出していればもう一人は必然的に捨てることになるが。
(そうだ。武装とかのチェックをしておかないと)
損傷していた黒鋼は既に回復しており、あまり外に顔を知られるのがよろしくない朱音ちゃんに代わって更識(姉)から渡されていたようだが、数日間無気力だった俺を見て更識は強固な金庫の中に入れていたらしい。おそらく、あの時タイミングよく織斑先生と布仏が呼ばれたのもその辺りが原因だろう。というか布仏はともかく、織斑先生が生徒の逢引……いや、男女の相談みたいなものに首を突っ込むのはどうなんだろうか? たまにわからなくなるが、考えてみれば織斑はアホなのでその姉の織斑先生がアホでも納得できることである。
「———しかし、すごいなこりゃ……」
武装のチェックをしていると、織斑の声が耳に届く。どうやらここ、更衣室のモニターから観客席の様子を見ているようだ。
「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」
「ふーん、ご苦労なことだ」
デュノアの説明に織斑はどうでもいい風に返す。嬉しくないが、初めて意見が合った。もっとも、俺は単に「ああいう大人」が嫌いなだけだ。
(………やっぱりいたか)
モニターに映る厳めしい顔で自分の前に映し出されているモニターを見るアラフォーの女性―――女権団団長の
「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」
「まあ、な」
ということらしい。俺はそれよりも簪と戦いたい。初戦ってのは嫌だけどな。最終日になるが、やっぱり俺たち二人が戦うに相応しいのは決勝という大舞台だろう。
「感情的にならないでね。彼女は、おそらく一年の中では現時点での最強だと思う」
「ああ、わかってる」
しかし、随分と親密度が上がったな、あの二人は。男女だからお互いが意識しあってすぐにボロを出すと思ったがそうでもないらしい。
(まぁ、この大会で「現時点での学年最強の座」はもらうつもりだが)
黒鋼を扱う以上、相手が同等の機体を扱うならばともかく、そうじゃない奴ら相手に後れを取れることなんて許されない。そう思わずにはいられないほど、黒鋼という機体は素晴らしいのだ。ま、黒鋼じゃなければいくら十蔵さんのところで開発されたものだろうが、朱音ちゃんが作ったものだろうが絶対に動かしていないだろうけど。
「そろそろ対戦が決まるはずだよね」
「そうだな」
二人で会話を始めたので、俺はそれを無視して念入りにちゃんと準備されているのか武装をもう一度チェックしていると、その中にある一つの装備に目が行った。
———近接ブレード《
どうやら特殊アビリティーが付いているこいつは、朱音ちゃんがこの機体の元となっている名前を持つキャラクターが出ている漫画を読んだ影響で作ったらしい。そしてこれは、少しでも俺の中二病を活かすためのブレードなんだそうだ。是非とも簪との試合に使わせてもらおう。それまでは当たっても使うことはないだろうから。
「お、おい、悠夜!」
急に呼ばれたのでしかめっ面をして顔を出すと、二人が信じられないという目で俺を見てくる。
見るとトーナメント表が出ていた。おそらくこれが原因だと思った俺はよく見ると、そこには―――
「なるほど、それでお前らは慌てたわけか」
———Aブロック 第一回戦 織斑一夏 シャルル・デュノア VS 桂木悠夜 ラウラ・ボーデヴィッヒ―――
———そんな表示がされている。ちなみに簪と布仏はDブロックの最後でシードになっていた。
「……悠夜、何でボーデヴィッヒと……」
「おそらく抽選だろうな。タッグ形式になったことを知ったのは締め切りの二日前だし。まぁ、精々頑張ってくれ」
そう言って俺は荷物を持って先に更衣室を出て、Cピットに向かう。道中、組み合わせを知ってか興味本位かは知らないが何人かが俺の方を見てひそひそと会話をしていたが気にならなかった。
Cピットに着くと、そこには既にボーデヴィッヒの姿があった。
「早いな。てっきりもう少し遅く来ると思ったんだが」
「それはこちらのセリフだ」
向こうは勝手に睨んでくるが、こっちにしてみればどうでもいいことである。ベンチに荷物を置いて待機していると、ボーデヴィッヒが話しかけてきた。
「先に言っておく。織斑一夏は私の獲物だ。手を出すな」
「あー、善処するよ」
「手を出すなと言っている」
「だから善処するって言ってるだろ。大体、織斑たちが調子に乗って俺に攻撃して来るかもしれないんだ。その辺はきちんと考慮して言ってくれ」
「………良いだろう。やむを得ない場合のみ攻撃を許可する」
そう言ってボーデヴィッヒは俺から離れていく。………まぁ、こいつもどうせここまでだし、さっき言った通り自衛以外では攻撃するのはできるだけ控えてやるか。
———どうせこの試合は大事の前の小事でしかないのだから
『これよりAブロック一回戦の試合を始めます。選手はアリーナへ入場してください』
ピット内にそんなアナウンスが響く。この声は虚さんだ。
そんなことを思っているとボーデヴィッヒはシュヴァルツェア・レーゲンを展開した。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン……出るぞ!」
出撃時のこれってやっぱりするんだぁ。
そのことに嬉しく感じながら、俺も黒鋼を展開する。
視界がクリアになり、脚部装甲をカタパルト発射台に接続すると、進路状況などがハイパーセンサーに表示された。周囲に障害がないことが確認される同時に発射口に光が入り、ようやくハイパーセンサーに「OK」と出る。
「桂木悠夜、黒鋼…出る!」
カタパルトが発進し、自動的に射出される。本当なら45~50度ぐらい上昇して索敵し、敵を倒し始めるだろうが、これは競技だし、そのまま流れる形でピット近くに向かってUターンして着地した。織斑とデュノアもその後に出て来て指定の位置に停止した。
「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」
「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」
と言いつつ織斑は好戦的な笑みを見せる。それでどこからか歓声が聞こえた気がした。
カウントが「5」から表示され、4、3…と減っていき、0になると、
「「叩きのめす!」」
二人揃って同じことを言っているなぁと思いながら、俺はその場から下がることにした。
織斑は飛び出すと同時に瞬時加速を発動させていたが、いとも容易くボーデヴィッヒのアクティブ・イナーシャル・キャンセラーで止められた。
「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」
「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」
「ならば、私が次にどうするかもわかるだろう?」
そう言ってボーデヴィッヒは巨大なリボルバーの回転音を鳴らしつつ、レールカノンを織斑に向けた。目の前に向けられたらさすがにビビるだろうな。
「させないよ」
デュノアは織斑の上からアサルトカノンでレールカノンをずらした。すぐにボーデヴィッヒはそこから離脱した。
「逃がさない!」
デュノアは瞬時に銃を入れ替え、ボーデヴィッヒに対して追撃する。
「加勢しようか?」
「いらん!」
よし、これで俺は参加しなくていいことになった。デュノアに対しては何も聞いていなかったし、ボーデヴィッヒが一人で担っていてくれるのはありがたい。
俺は壁に背中を預けて試合を観察する。観客席から何やらブーイングが聞こえてくるが無視。気にしない方向で行かせてもらう。
と、余裕ぶっているとデュノアが織斑とボーデヴィッヒから離れてこっちに来た。
【警告! 敵ISからロックされています!】
「……マジかよ」
既にデュノアは射撃体勢に入っている。俺はすぐにそこから離れて射線上から逃げ出した。
「逃がさないよ!」
やれやれ。面倒なことになった。
(どうやら俺を先に倒すみたいだな)
二人はおそらく俺の方が倒しやすいと思ったのだろう。特にデュノアは性能面をカバーできると言っては過言ではない
「冷静になれよ、デュノア。俺より先にボーデヴィッヒを倒すべきだろ」
「悪いね。君は弱いからな先に倒すのさ!」
なるほど。挑発か。……だが、
「いいだろう。その挑発に乗ってやらんこともない!」
「どっちなのさ!?」
同時に俺はそこから110反転して逃げ出した。敢えて《プラズマ手刀》と《雪片弐型》とで打ち合っているボーデヴィッヒと織斑の横を通り過ぎる。
「逃がさないよ!」
「黒鋼よ、今が駆け抜ける時」
すると両脚部に付けられているホバースラスターを稼働させ、さらに移動速度を高める。本当はここ、車輪にしたかったけどあまりの回転数について行けず壊れるからってホバーにしたらしい。
「は、早い!?」
「残念ながら馬にはならないけどな!」
「何の話!?」
理解を求めたわけでないが、やっぱりデュノアにはわからなかった。女の子だから仕方ないな。
「この、逃げんなよ悠夜!!」
「貴様こそよそ見をするな!」
スモークを焚いて目暗ましに使う。するとデュノアはすぐに上へと逃げて俺に向かって連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》の引き金を引いた。
「逃がさないって言ったよね!」
「だが逃げるさ、俺はな!」
閉鎖されているカタパルトの方へと飛んでいく。言うまでも時間稼ぎだ。
「ところでいいのか、デュノア。もうそろそろ織斑がヤバいと思うが」
「―――!? 一夏!」
慌てたデュノアは織斑のフォローに入りに行く。その間に俺はカタパルトの屋根の上にどこぞの白鳥王子みたいに降り立って三人の様子を確認した。
(さて、どうなるか楽しみだ……結果は変わらないだろうがな)
後ろから俺に対しての侮蔑と嘲笑を背にしつつ、俺は
■■■
第三アリーナの管制室。そこには現場監督を任された千冬と真耶の他に三年生の整備科に所属するメンバーがいた。その中に生徒会に所属する虚の姿もある。
整備科は名前の通りISの整備を主に勉強するが、それ以外にも管制やクラッキングなどのサポートも習う。そのため、昨今では軍のオペレーターとして就職する卒業生も珍しくはない。
「どうやら、織斑君たちは作戦を変更してボーデヴィッヒさんを叩くようですね」
「織斑一人ではボーデヴィッヒに勝とうとしても難しいからな。あの馬鹿の技術と経験ではあのAICをどうにかする方法は持ち合わせていないだろうしな」
まるで自分はできると言わんばかりの物言いをする千冬。それを後ろで聞いていた虚は悠夜の姿を見ていた。
(……嫌な予感しかしない)
彼女はため息を吐いて一夏とシャルルの組がラウラを攻撃しているものを映像に出している投影されたディスプレイを見る。。するとシャルルを捕まえていたラウラが後方から攻撃する一夏の攻撃をかわしたことで一夏が何かに気付いたようだと判断した。
「布仏、この試合どちらが勝つと思う?」
急に千冬に話を振られた虚は後ろから突き刺さる嫉妬の視線に頭を抱えそうになった。
「……そうですね。織斑君がAICの弱点に気付いたようなので順当にいけば織斑・デュノアペアの勝利でしょう。見たところ会って一か月もしないペアの割に連携の完成度は高いですし」
「…順当、か。ということは―――」
「はい。知識の差で二人の勝利は難しいと思います」
「「「え?」」」
真耶も、そして他の三年生たちもその言葉に疑問を示す。
「ちょ、ちょっと待って? 知識の差って……ボーデヴィッヒさん以外二か月前にISについて知ったんでしょ? じゃあ、知識の差はあまり変わらないんじゃ……」
虚の隣にいる生徒はそう言うと、他の生徒たちも口々に虚の言葉を否定し始めた。
「ISは知識だけで勝てるわけではない」
「確かに技術はいりますが、彼にはすでにそれ相応の技術があると思います。5月のあの襲撃事件でそれはよくご存じでしょう?」
「で、でも、あれって後から援護があったんでしょ?」
「……そうだけど、あなたたちは戦闘機が飛んできてもライン上に入らないでしょう? とあるアニメの主人公は何度もそうしたそうよ」
その声で今度は「嘘だ!」とか言い始めたので、虚はとうとう頭を抱えた。楯無に続き、周りも口々に言い始めるので疲れているようだ。隣の女子がそっと胃薬を差し出した。
―――ワァアアアッ!!
観客席をモニターしていた生徒のスピーカーから割れんばかりに大歓声が響く。
「瞬時加速ですね。デュノア君、いつの間にこんなものを―――」
「おそらく織斑の技術を模倣したのだろう。器用な奴だ」
そしてシールドをパージしたシャルルはパイルバンカー《
―――ガンッ!!
一夏が以前シャルルから借りたアサルトライフル《ヴェント》を使用してそれを阻止し、その援護でシャルルは攻撃を決めた―――かのように思われた。
「へぇ、瞬時加速か。面白い」
アリーナ内にいる悠夜はそれを見てさらに深い笑みを浮かべる。その姿はさながら魔王が勇者の抗う姿を見て笑っているようである。
「だが、茶番はこれまでだ」
悠夜の右手にはよく見る棒型のスイッチが現れ、瞬く間にボタンを押す。するとラウラ、シャルルのみならずアリーナすべてを襲う爆発が起こり、文字通りアリーナが揺れた。
突然の爆発にアリーナ全体が騒ぎになる中、生き残った二人は対峙する。一人は笑い、一人は怒りながら。
偶然か、必然か。ありそうでなかった二人の男性IS操縦者の戦いの始まるが、アリーナの中心に一機のISが暴走を始める。
自称策士は自重しない、第38話
「開眼の
題名にルビを振れる日が来るのか、運営!
さて、茶番はここまでです。いや、振れたほうが嬉しいんですけどね? 題名の幅が広がりますし。ここでは無駄かもしれませんが、運営様、よろしくお願いします。
そしていよいよ物語は37話。40話までに第二章完結なんざ諦めましたわ。書くこと多すぎる。伏線張り巡らせるだけ張り巡らせてまったく終わらない(笑)
はいそこ、展開一緒とか言わないで!