翌日。簪は気が付くと日本代表育成機関にいた。本人すらも昨日の一戦以降呆然としており、ほとんど無意識でこっちに足を運んでいたのである。
(………私は、どうしてこんなところに……)
そこは日本の育成機関であり、国家代表を目指している若い少女たちが切磋琢磨している場所である。簪もかつてここで国家代表を目指して日々トレーニングを続けていた。
「あら、更識さんじゃない」
呼ばれた簪は顔を上げてそちらを向くと、そこには簪がここにいた時の教官――
「……お久しぶりです、教官」
「久しぶり。元気にしてた?」
「……はい」
すると優香は満足そうに頷くが、後ろからもう一人の女性が優香の肩を叩いた。
「彼女は?」
「更識簪さん。ロシアの国家代表に更識楯無っているでしょ? 彼女の妹さんよ」
「…へぇ。彼女の……」
それを聞いた簪は以前なら嫌な顔をしているだろうが、不思議なことに彼女自身何とも思わなかった。
「初めまして、更識代表候補生。私は
「……確か、射撃寄りの万能タイプで…今度のモンド・グロッソでは日本の射撃型の二枠目で出場なさるんですよね?」
「そうだ。知っていてくれて光栄だよ」
満がはにかんだ瞬間、周りにいた女たちがその美貌に騒ぎ出したが、日頃から姉の影響でその声を聴き続けていた簪にとっては耳障りとしか感じなかった。だがそれに乗じてか、簪がいることを知った周りがひそひそと話を始める。
「何であの女がこんなところに?」
「確かIS学園にいるのよね?」
「それって私たちに対しての嫌がらせ?」
楯無がロシアの国家代表をしているからか、あまり簪の評価は良くない。だが幸か不幸か優香は平等に接していたので、簪は辞めることなく代表候補生―――そして専用機持ちへと昇格できた。
「そういえば更識さん、あなた、倉持技研を辞めて轡木ラボってところに移動したって聞いたけど本当?」
優香がそれを聞くと簪は「隠すことでもない」と思ったので頷くと、すぐに優香は「辞めなさい」と言った。
「おい、優香……」
「いい、更識さん。それは日本の中でも危険視されているIS企業なの。何をしているのかもわからない胡散臭いところだし、何よりも最近二人目の男を受け入れてゲテモノの専用機を作ったっていうじゃない」
「………」
熱弁する優香を見て簪の中で彼女の評価が一気に下降する。
(あれをゲテモノって言うんだったら、前の機体なんてもはや超常現象……)
簪は堕天使を模したらしいがどう見ても悪魔にしか見えないフォルムをした機体を思い出す。通常では考えられない方法で容赦なく周りを壊し、最後にはシミュレーションで模されてはいる地球ごと自分の愛機を破壊された瞬間まで記憶が再生された。
「わかった? わかったなら今すぐ変えなさい!」
「落着きなって、優香。心配する気持ちはわかるけど、こればかりは彼女が決めることだろう」
その間に暴走する優香を満が止める。
(………あの時は、本当に面白かった)
最初の舞台は地球だった。だけど切り結び、ビットで撃ち合い、そして自らでも撃ち合っていく内にお互いが宇宙へ出て、そこで二人は展開されているCPUの艦隊の間に割って入り、ただ自分の敵のみを攻撃していくと同時にやられていく周辺。ただお互いのすべてを持ってぶつけ、お互いがボロボロになるまで戦いがあの時間を、未だにISではそんな戦いを味わったことがなかった。
———だから、私は―――
「お断りします」
簪が断ると、優香と満は驚いた顔をした。
「何で―――」
「何故か理由を聞かせてもらえないかな?」
暴れようとする優香を止めて満が尋ねると、簪はすぐに答えた。
「私と二人目の男性操縦者はかつて一度、IS以外で戦ったことがあります。その時に私は僅差で負けました。でも、今度はISで戦えますが、今の私では勝てない」
「それはあなたが―――」
「君の操縦技術が彼より劣っているってことかい?」
再び優香が暴れようとするのを止めながら満は少々厳しめに尋ねると、簪は首を横に振った。
「私と同じくらいか、彼が少し劣っていると思います。ですが、彼はそれをカバーするほどの知識とテンションがあります。そして今の彼に対抗するには、打鉄の発展機では到底は無理です」
「———笑えるわね」
簪の後ろから別の声がした。彼女が振り向くと、そこには数人の女子を連れたボス格と思われる女が笑みを浮かべている。
「……石原幸那」
「久しぶりですね、更識先輩。IS学園に通っているという自慢でもしに来たんですか?」
「……そういうわけじゃない」
「噂では、私の義兄とつるんでいるとか?」
「問題、ある?」
二人の間に火花が散るのを周りが確認し、満のは二人の間に入って仲裁しようとしたが、それよりも早く幸那が口を開いた。
「先程から聞いていましたけど、随分とあの使えない義兄を高く評価をしているようですが、随分と甘いですね。千冬様の弟である織斑一夏ならばまだわからなくもないですが、たかが2か月程度でそこまで上手くなりますか? ましてや、鈍いあの男が」
すると周りの女たちが笑い始めたのを簪は自分でも冷ややかな視線を向けていることに気付き、さらには彼女は笑みを浮かべた。
「———頭、大丈夫?」
瞬間、周辺の空気が凍り付いた錯覚を幸那とその仲間はもちろん、優香と満は感じた。
「何ですって!?」
「自分の兄のこと、本当に何もわかっていないのね。そしてISがどれだけ私たちに届いていないかも」
まるで迷いを吹っ切れたかのような笑顔を簪は優香と満に向ける。
「ここに来てよかったです。おかげで迷いは吹っ切れました」
「そ、そう? それで、結論は―――」
「辞めません」
はっきりと言いきった簪に対して優香は何かを言うかと満は警戒したが、あまりの潔さに優香は驚いていた。
「今回のことでよくわかりましたから。私が何をしたいかを―――」
「そうか。それは良かった」
「はい。これで私は胸張ってIS学園に帰れます」
満面の笑みを浮かべた簪は、日頃の彼女を知る人間が彼女に気付くと同時に一斉に振り向くほどだった。
タクシー乗り場に向かってIS学園行きのモノレールに乗ろうとした簪はあることに気付き立ち止まると、
「更識さん、ちょっと待って!」
どうやら簪を追ってきたらしい満は、簪の前で止まった。
「どうしましたか?」
「どうして君は、そこまで二人目にこだわるんだい?」
予想外だったのか、簪は驚いた。だがゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「彼は、私の恩人ですから」
「恩人?」
「はい。彼は本当は強いですが、何らかの影響で自分の実力を出せずにいる。そしてこのままでは大人の都合で殺されるから、その前にわからせるべきだと思ったんです。彼が本気を出したら、男女関係なく強いんだって。そしてそれをできるのは、ISを扱えて、尚且つ専用機を持つことを許可された私だけだって。だって私以外に「四天王」として名を連ねたのは、彼を含めて男だから」
おそらく近くに楯無がいたら満の命の危機を思わせるほどの笑みを浮かべる簪に対して満は笑みを浮かべる。
「そこまでの評価だと、私も戦いたくなってきたな」
「戦えたらいいですね」
お互いは笑みを浮かべ、火花を散らせるのをタクシー運転手は恐怖しながら見ているのだった。
■■■
数日後の轡木ラボでは、職員が集められていた。このラボでは朝礼などあまりないのだが、今日、それが珍しく行われるのである。
職員たちの前に置かれた壇上に白衣を着た少女——朱音が移動し、用意された台に乗ってマイクのスイッチを入れた。
「初めまして、みなさん。もうご存知でしょうが、私は轡木朱音と言います。以後、よろしく」
ペコリっ、という擬音が似合うお辞儀をする朱音に対してアブノーマルの趣味を持つ一部の職員が小さくガッツポーズした。
「さて、今日はみなさんを集めたのは他ではありません。昨日の内に配った資料は読んでいると思われますが、今回はその打ち合わせです」
「……あの、これを作るんですか?」
一人が尋ねると朱音は自信満々に答えた。
「ええ」
「あのこれって……一般のISのスペックを凌駕しているのでは? こんなバカげた機体を扱える人なんているんですか?」
男性職員が一人挙手してそう尋ねると、朱音は「問題ない」と堂々と答えた。
「大丈夫。これを使うのは並大抵の操縦者じゃないです。操縦者の名前は更識簪。日本の代表候補生です。わかる人は、「青の暴風」という名でその実力はわかるかと」
瞬間、そこにいる男共が湧いた。
「なんだって!? 声からして女かと思ったけど、まさかあの日本代表候補生だと!?」
「勝つる! これで勝つる!!」
「四天王唯一の女操縦者ーー!!」
あまりのテンションにその場にいる騒いでいない職員はドン引きするが、彼らがそこまで騒ぐのは無理のないことである。
元々女はロボットに関心はなく、ISが現れたというところで女すべてがISに関心があるわけではない。自ら別の学校に進学する者が未だに圧倒的な現状、ロボット格闘ゲームをする人間は限りなく少ないのだ。
そんな中、簪は世界大会に駒を進めるだけではなく準優勝という好成績を残している。それほどロボットに興味を持っている女を、女に飢えている男たちのどこに「受け入れない」という選択肢があるだろうか。
「これの納期は学年別トーナメント開催日初日。完成させましょう。そして彼女の操縦性と私たち轡木ラボの技術を全国のカス共に見せつけてやりましょう!!」
「「「おおおおおおおおおおッ!!!」」」
この合唱の数時間後、十蔵が様子を見に行った時には屍になっている女職員とテンションで暴走している男性職員に分かれていたその様子がおぞましかったとかそうでなかったとか。
ちなみにその資料には、「更識簪=青の暴風ということは社外秘とする」と書かれていた。
■■■
一年一組の教室ではゾンビがいる。
そのゾンビは「桂木悠夜」の席に座り、教科書もノートも参考書も出さずに突っ伏していて、進んでいく授業に対して何のアクションも取らない。
———スパンッ!!
出席簿が振り下ろされ、ビクッとゾンビこと悠夜の体が震えるがそれだけであり、何の反応も示さない。まさしく「ただの死体のよう」である。
「おい桂木、起きているだろう? いい加減に姿勢を正して授業を受けろ」
「………」
ちなみにいつもならここで隣の席にいるラウラから殺気が飛ぶはずなのだが、生憎彼女は他国の専用機を修復不可能に近い状態にしてしまったことで地下にある独房に入れられている。ちなみにその独房はラウラの予想を大きく裏切り、完全に部屋のそれにしか見えないとかなんとか。
さらに補足すると、一夏は観客を守るためのバリアを破壊し、悠夜を戦闘不能にしたが助ける意思があったので反省文で済んでいる。それでも50枚を言い渡されるだけでなく厳重注意を言い渡されたが。
「………はぁ」
悠夜がこうなって既に3日が経過しており、毎時間千冬が授業を担当している時はこうしているのだが、一向に回復する見込みがない。
「いい加減にしろ、桂木。そんなにボーデヴィッヒに負けたのが悔しいのならば日頃から手抜きせずに過酷なトレーニングをしろ。それともこの私が直々に組んでやろうか?」
「………」
何の返事をしない悠夜に対して苛立った千冬はとうとう本音を指名した。
「布仏、廊下に出ろ。後の者は授業の続きだ。山田先生、私と布仏は席を外しますので後をお願いします」
「は、はい」
本音は千冬に続いて廊下に出て、他クラスの教室がある方向とは逆に進む。
しばらく歩くと二人は開いている教室に入り、入ってこられない様に鍵をかけた。
「布仏、お前は桂木がああなった理由を知っているか?」
「かんちゃん……更識さんに平手打ちされたってことは聞きました~」
「……それでああなるか?」
そう返された本音は頭を抱えて考えると、一つの結論にたどり着く。
「桂木君と更識さんって、同種なんですよね~」
「同種? あの二人がか? ……確かに似てなくもないが……」
「どっちもアニメを見ていて~特にロボットアニメをね~」
「相変わらずゆっくりだな」と本音のことを内心思う千冬。
「それでどうして二人が同種になる」
「あと、オルコットのティアーズ型を「未だ量産されていないことに不満を持っていること」とか~」
「………そういえば、データで見させてもらったが何故イギリスが開発しているBTシステムを桂木があれだけ動かせる? あれを動かすにはシステムもそうだが、それなりの適性が必要になる。「A」を叩き出したオルコットですらもあれほど苦戦しているんだ。桂木が動かせるなど、あり得るわけがない」
「そこまで言い切らなくても……」と思う本音だが、これはイギリスにとっては重要である。自分たちが率先して開発していた第三世代兵器がほかの国に漏れているどころか、自分たちが選出した国内で一番適性が高い代表候補生が苦戦している操作を、他国の、しかもつい二か月ほど前に見つけた男性操縦者が容易に動かしているのだ。
「でも~現に桂木君は動かしちゃってますし~」
「そこなんだ」
千冬が一人で悩んでいると、彼女が施錠したドアが開錠されて開く。そのことで千冬は驚き、本来そこにいるはずのない人間が立っていることにさらに驚く。
「……何故こんなところにいる、更識。今4組も授業中だろう」
「お姉ちゃんから連絡があったんです。桂木君のことで布仏さんが問い詰められてるって」
「………(どうやって嗅ぎつけた?)」
簪の指に本来嵌められているはずの待機状態の指輪がない。二人と千冬が戦ったところで千冬が勝つのは目に見えているが、千冬はいきなりまだ近くにいるであろう楯無を探した。
「無駄ですよ。生徒会長は既に授業に戻っているので」
「……そうか。で、何しに来た」
「織斑先生は、随分と桂木悠夜に対して偏見を持っているようですね。彼があなたに対して文句を言った理由がよくわかりました。その上で言いに来たんです。高がIS如きの基準で彼を見ているんですか?」
その言葉に千冬は簪を睨むが、簪は怯える様子を見せない。
「何が言いたい」
「そのままの意味ですよ。それとも、世界覇者のブリュンヒルデ様はゲーム如きに目を向けるつもりはないと?」
「何?」
(か、かんちゃん……?)
簪の言葉に千冬はもちろん、自分の主の変わりようにさすがの本音も驚きを隠せない。
「織斑先生は日頃の彼をどう見ているんですか? ただ布仏と遊んでいるだけとでも思っているんですか?」
「貴様こそ何を見ている。桂木はアニメの設定の本とやらを読んでいるだけだ。ロボットの絵が描かれているだけのな」
「………あなたにも、「その程度」としか思えないんですね」
どこか残念そうに言う簪に対して千冬はさらに問う。
「貴様は何が言いたいんだ?」
「私も彼も数多くのロボットアニメを見てきました。ロボット系だけじゃない。分野や見てきた種類は違えど、様々なアニメを見てきています。そして同様に、様々な漫画やライトノベル、そしてゲームをしてきました。この学園にいる大半の人が軽視しているものをね。そんな私たちにとって、まともに動かせないセシリア・オルコットさんが異常なんです。どうして彼が打鉄を満足に動かせないはずなのに黒鋼を代表候補生レベルまで扱えるか教えてあげましょうか? 黒鋼の性能もそうですが、何よりも彼が黒鋼で戦えることを喜んでいるんです」
「……喜んでいるだと?」
「はい。黒鋼をISで再現するのは轡木ラボ以外ではあなたのご友人ぐらいしか無理ですからね。IS自体を軽視している彼にしてみれば、打鉄を渡された時はさぞ悲しかったでしょう。あまりにも技術の進化が遅すぎて」
そう言って簪はその部屋から出ようとしたところで足を止める。
「そうそう。彼ならば明日には回復します」
「……何を根拠にそう言っている」
「私ならそれをすることができますから」
自信満々に言った簪はその場を去る。その後、千冬と本音も教室に戻るとチャイムが鳴り、その日すべての授業が終了したことを知らせる。
SHRが各クラス終わったところからそれぞれ自由時間になる。アリーナの予約をしている者はすぐに出ていき、そうではないものや時間に余裕があるものは大抵は教室に戻る。
そんな中、本音を除けば彼にとっては友達がいない悠夜は無気力のまま教室を出ると、既に待機していたらしい簪が現れた。視認した瞬間、悠夜は逆再生でもしているかのようにそのまま教室に戻ろうとするが、簪がそれを許さなかった。
動いたことに気付いた千冬と本音はばれない様に二人の様子をうかがう。
「……話がある」
「……でも俺は―――」
「話がある」
「……はい」
簪も既に鞄を持っていることから見て、おそらく二人は帰ると思った千冬。だが本来なら降りるはずの階段を上がっていく二人を見て屋上に行くと予想したが、結果的に二人は屋上へと続くドアの前で止まった。
そして会話が始まろうとした瞬間、校内放送で千冬と本音は学園長と生徒会長に呼び出されてしまった。
二人が去っていくのを確認した簪は悠夜の手を握りさらに腕を組ませて逃げ出さない様にする。それをされた悠夜は女に慣れていないこともあって手を繋いだだけで硬直し、腕を組まれた時に現実逃避を初めていた。
(これは夢だ。そうじゃなければ俺みたいにモテない奴がこうして更識みたいな美少女と腕を組むなんてあり得ない。そうじゃなかったら罰ゲームだ。うん)
すると簪は動きが鈍い悠夜をベンチに座らせる。そのことでますます混乱する悠夜が話したと思ったら、それは自分を否定する言葉だった。
「更識、罰ゲームとかだったら今すぐ離していいからな。そんなことで俺みたいな奴と腕を組むなんてしない方がいい。体は大事にするべきだ」
「もしそれが罰ゲームにされたら、私が参加してわざと負ける」
「いや、負けんなよ。そもそも参加するなよ!」
突っ込んでくる悠夜をクスクスと笑う簪。そして彼女はある言葉を言った。
「悠夜さん。この前は平手打ちしてごめんなさい」
「そ、それは俺が悪いんだって! 更識は、巻き込まれただけで……」
「……でも、私は悠夜さんが日頃から周りに対して不満を持っていたのを知ってたのに……」
「気にしなくていいって。むしろごめん。色々と愚痴を聞いてもらって」
今更後悔し始める悠夜に対して、簪は「平気」と答えた。
「あなたとお話しできるのは、本当に貴重だから。………夜はできないし」
「いや、それは……」
簪の一言一言で徐々に顔を赤くしていく悠夜。視線は既に彼女を捉えておらず、別の場所を見ていた。
「……悠夜さん。お願いがある」
「……何?」
「私のことは、名前で呼んで」
その言葉で一瞬で真っ赤にした悠夜はすぐに否定した。
「だ、ダメだ! そんなことをしたら…その―――」
「意識してくれるなら、なお嬉しい」
そう言って簪は姉と比べて小さな胸を悠夜に押し付ける。その感触を感じてしまった悠夜の思考は徐々に停止していく。
(こ、これってどういうこと!? 何で彼女は自分の胸を俺の腕に押し付けてるの?!)
自分がモテるわけがないと思っている悠夜にとって、この状況は迷宮入り事件である。
「……今度のトーナメント。私は本音と組むことにした」
「……そう(あれ? 組むってどういうこと?)」
ちなみに悠夜は平手打ちされたその日は気絶しており、目を覚ましてからも呆然としていたのでトーナメントがタッグ式であることを知らない。
「できればあなたとは決勝で会いたい。でも、それは抽選次第だからわからない」
「………」
「だから、私と戦うまで負けないでほしい」
そして簪は自分の口を悠夜の耳に近くに持っていき、
「私の機体も、轡木ラボで開発されるから」
すると悠夜の思考がクリアになっていく。それだけ悠夜は轡木ラボで開発されるものの異常性を理解しているからであり、簪の実力を知っているからだ。
「……つまり更し―――」
———チュッ
悠夜の眼鏡が上に移動され、いつの間にか自分の眼鏡を外していた簪は悠夜の頬にキスをした。そこからの簪の動きは素早く、ベンチから下へと続くドアへと走り去る。そして悠夜が復帰するまで数時間要することになった。
だが彼らは、その一部始終を第三者に見られていることを知らなかった。
「ど、どうしたッスか、先輩!?」
フォルテ・サファイアは自身の相棒であり学園が一つ上のダリル・ケイシーが涙を流していたことに気付いて駆け寄る。
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
「……そ、そうッスか」
それ以上は聞くな、と受け取ったフォルテの視線の先はダリルが握る鉄格子である。
(……やっぱりいたか。でもな、負けるつもりはねえよ。アイツは……アタシのもんだ!)
瞬間、鉄格子がミシミシと音を立て始め、フォルテは「いつか鉄格子が潰れるのではないか」と心配になった。
ちなみに千冬と本音は簪に頼まれた楯無に嵌められていて、その一部始終を見れなかった。
ということで第36話、如何だったでしょうか?
切れる簪、荒ぶる朱音と男性職員たち、そしてもはや原型を留めていないかもしれない簪。
一応、次話から学年別トーナメントに入っていきます。
そういえば以前、「大体35話で~」とか言っていたんですか、どう考えても40話行きそうな予感しかしないです。別に話数制限にこだわっているわけではないんですが、気が付けば36話ですよ。まだほかにも色々書く予定なので、40話前後で書けるかなとか思い始めています。……ま、流石に45話まで行くことはないでしょうけど(フラグ)