IS~自称策士は自重しない~   作:reizen

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#30 萌えの議論と裏の議論

 お昼休みになり、俺は購買でパンとかを買って整備室へと移動していた。歩きながら食べるのは行儀が悪いということもあって近くにベンチがあったはずだから、そこで昼食を取ることにしている。次の授業が整備室近くの格納庫で行われるというのもあるが、何よりもあまり移動しない場所で休憩したかったからだ。

 そして整備室の自販機の近くに設えられているベンチに座り、買ってきた納豆巻とサンドイッチ、野菜ジュースを出す。布仏? 知らんな。別に怒っているわけではない。単純に更衣室の場所が場所なので別行動をしている。

 

「………あ」

「ん?」

 

 小さかったが、俺の耳にはしっかりと届いていた。その声の方を見ると、この前俺を背負い投げした、ルームメイトの妹の更識簪。相変わらず父性本能が動いてしまう雰囲気を醸し出している。更識の家はH○Sでも持っているのだろうか?

 どうやらここは彼女のベストプレイスのようで、俺が邪魔をしているみたいだな。

 

「悪いが今日は勘弁してくれ。専用カートを押して疲れてる」

「………察した」

 

 どうやら彼女も押したことがあるようだ。あれは本当に重いからな。正直、後の授業はすっぽかしたい気分である。

 すると彼女の視線はベンチに注がれはじめ、俺は改めて自分がベンチの大半を占領していることに気付く。

 

「おっと、悪い」

「………ありがとう」

 

 場所を開けると、彼女は椅子に座ってサンドイッチを開ける。間にはベーコンとレタスが入っていた。

 

(にしても、やっぱり似てるな)

 

 俺の場合、再婚同士で義兄妹だから似ているわけがない。そもそもどうして親父が離婚してあんな女と結婚したのかは俺にもわからない。

 

「……何?」

 

 どうやら俺は彼女に見入っていたようだ。

 

「いや、ルームメイトに似てるな、と思ってな」

 

 ———ピシッ

 

 どういうことか空気が凍った。いや、凍った気がした。まさかこの少女は冷気を操る能力でも持っているのだろうか? だとしたら何としても保護をしなければ。こんなかわいい女の子が国如きの実験動物になるなら、たぶん黒鋼を遠慮なく使う。

 

「ところで、どうしてこんなところに?」

「……あなたには関係ない」

 

 そう言うと彼女は食べかけのサンドイッチを片付けようとする。まだ昼休みは残っているというのに、何を急いでいるのだか。

 

(……いや、待てよ)

 

 さっき空気が凍った。それは俺が「ルームメイトに似ている」と言ったからで、もしかしてそれで傷ついたとか?

 

「なぁ、そのサンドイッチもらっていい?」

「………嫌」

 

 場を和ませるために言ったが見事に空振り。彼女はサンドイッチを片付け終わると同時にそのベンチから離れ、近場の整備室に入っていく。俺も食べている納豆巻を口に入れてサンドイッチを中に入れてからその後を追っていくと、俺は整備室内の様子に圧倒された。

 

(……すっげぇ)

 

 何故か知らないが、周りに展開されている整備道具一つ一つに圧倒される。ラボではこの倍以上の設備があったはずなのに、何故かここではそれ以上のものを感じていた。

 だがそれもほんの数秒で、俺は目的の人物を探す。とりあえず今は勘違いを解いておかなければならない。

 確かに彼女のビジュアルはパッと見、姉に似ている。でもそれはあくまでもパッと見ればってだけで、実際それ以上に俺は彼女が知りたくなった。

 

「………何だ、これ」

 

 中に進むと目に入ったのはIS。ハンガーで固定されていて、装甲だけは一通りできているって感じだ。

 

(…って、こんなことをしている場合じゃねえ)

 

 辺りを見回すと、思いの外簡単に目当ての人物を見つけることができた。

 

「来ないで」

 

 俺が近づいていることに気付いた更識簪がそんなことを言うが、俺は構わず彼女に近づく。

 

「来ないで!」

 

 叫ぶように言われた俺はようやく足を止める。が、それもほんのちょっとだけだ。俺はさらに進んで彼女の後ろに立つと、小さな声で彼女言った。

 

「……あなたには、そんなことを言われたくなかった」

「……? どうして俺には?」

 

 わけがわからずそう返すと、彼女の口から俺の予想斜め上の言葉が出る。

 

「……『黒い凶星』……『告死天使』……」

「まさかそれをここで聞くことになるとはな」

 

 頭をかきながらそんな言葉を漏らしてしまう。だってそうだろう? いきなり俺の二つ名を平然と言われるんだから。しかも、どっちも恥ずかしくて辞退したやつだ。

 

「悪かったな。もう少し気を遣うべき……ってのも違うな。その、なんていうか……水色の髪に紅い瞳って結構稀だし、そもそも俺、確かに生徒会長とは理由あってルームシェアしてるけど、だからって俺は向こうの味方ってわけじゃないからな」

 

 繋がらない言い訳をしながら、ようやく自分が言いたいことを言う。

 

「だから、逃げてほしくない」

 

 それに正直なことを言うと、あんな美少女に逃げられるのはかなりへこむ。

 

「………」

 

 止めて! 自業自得だけど今の言葉は結構恥ずかしいからそんな疑う目で見るのは止めて! というか何が「逃げてほしくない」だ。俺はどこの少女漫画の恋愛相手ですか。

 心の中でそんなことを言っていると、彼女からまた予想外の言葉が出てきた。

 

「……じゃあ、あなたがアリーナを使うとき、私にも使わせてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナを申請する際、二つのパターンでの申請が可能だ。

 一つは「親」としての申請。大抵の人は経験していることで、申請する人が必ずなるものだ。二つ目は「子」としての申請。定員が設けられているこの「子」とは、通常アリーナは練習時2分割された一つを最大5人まで申請することが可能だが、「親」の申請に追随して申請することができ、時間内ならばいつでもメンバーを変更することが可能である。使用の10分前までは自由に入れ替えが可能だ。要点だけまとめると、

 

 1.アリーナの申請には「親」と「子」がある。

 2.メインの申請者が「親」と呼ばれ、同伴者は「子」と呼ばれる。 

 3.使用開始時間10分前までなら、「親」の任意で「子」の登録変更ができる

 

 以上のことを守れば、たいていなんとなる。

 ちなみに「4.使用開始の際は受付に知らせること」というのがあるが、それは癖になれば自然と足が向く。そしてこれは「親」の仕事だ。

 その受付に向かうと、そこにはもう顔なじみになっている受付嬢がいた。

 

「こんにちは、桂木君。今日は生徒会長の妹さんと一緒なのね」

「まぁ、ちょっとした縁で」

 

 そう答えると、受付嬢の月城さんはにっこりと笑って、

 

「もしかして、姉妹丼でも狙っているのかしら?」

「確かに二人の性格を考えればちょうどいいかもしれませんね。いや、体系の差を考えれば個人的にグッときますが……さすがにISを動かす前ならばともかく、今の状況ならばまず無理ですね」

 

 ちなみにこの月城さん、以前は女尊男卑の思考を持っていた女の下で仕事していたらしいのだが、その時に上司が男をこき使っているのを見て嫌になったらしい。喧嘩別れをし、周りも同じような奴らが多かったので退職した時に就職口を探していたらここを見つけたそうだ。なんというか、意外にも豪快な人である。

 

「それはつまり、できるならするってことかしら?」

「男である自分からしてみれば、どちらも魅力的ですからね。確かに妹の方は胸の大きさは姉ほどでもないですが、むしろそれが魅力になりますし、彼女には本人は無自覚ですが幼子的な、他人からは保護欲を出してしまうほどのオーラが出ていますし。俺も参考にしかならないとはいえ、ギャルゲーはそれなりの量はしていますから、ある程度は。……もっと重要な問題といえば、容姿ですね」

「だったら、そのメガネを取って髪を整えてみればいいんじゃないかしら?」

 

 もっともなことを言う月城さん。だけど個人的にそれはできない。

 

「まぁ、それができれば苦労はしないですけどね」

「……ごめん。何か顔にあるとか?」

「いや、火傷とかはないですよ。ただ、その、月城さんみたいな人とかならともかく、やっぱり普通の人ってのは……」

 

 そう言うと何かを察したかのように、月城さんは申し訳なさそうな顔をした。

 

「ごめんなさい。無神経だったわね」

「いえ。かまいませんよ。月城さんは俺のためと思ってくれたんですから」

 

 すると「少し待ってね」と言った月城さんは受付室から出てきて俺に飛びついてきた。

 

「あの、月城さん。ちょっと離れてくれませんかね?」

 

 月城さんは(本人は気にしているみたいだが)背が高く、俺と数5、6㎝ぐらいしか変わらない。意外なことに織斑先生の身長を超えているのだ。

 

「……何をしているの?」

 

 俺が来ないことで心配してくれたのか、更識(妹)が現れる。だが俺の様子を見て冷ややかな視線を向けてきた。

 

「あ、ごめんなさい。人の彼氏に何をしているのかしら、私ったら」

「…違います」

「桂木君もごめんなさい。彼女さんに勘違いさせてしまったわ。あなたからさっき言っていた保護欲を誘発させるオーラが出ていたから、つい」

「いえ、俺たちは付き合っているわけではないですから。……って、え?」

 

 なんだろう。今のはスルーしてはいけない言葉をスルーしてしまった。やばい。聞き出さないと。

 だけど月城さんは「もう行け」と笑顔で去るように促してくるので、仕方なく更識を連れてそこからピットの方へと移動する。ここからだと手前のBピットの方がいいらしいな。なのでそっちに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が簪と共にアリーナで練習をしようとしている頃、IS学園の理事長を務める轡木十蔵は学園を留守にして豪華に設えた一室の、そこに設置されている円卓に着席していた。そこには各国の重役の面々が着席しており、全員が十蔵に対して見下す―――いや、敵意を向けている。

 その中で中心と思われる男性重役が声を上げた。

 

「―――織斑一夏には丁重を、そして二人目には生きている程度の処遇を。以前の会議ではそう決まっていた。そうだな?」

 

 周りは賛同する声を上げる中、十蔵だけは何も反応を示さず、ただ多少の愛想笑いを浮かべている。

 

「そして理事長であるお前にもそう通達したはずだぞ、轡木十蔵」

 

 中心の男―――チェスター・バンクスは唸るように言うと、十蔵はなんともない風に答える。

 

「ええ。確かに聞きましたね。それがどうかしました?」

「ならば何故、桂木悠夜が専用機を受領している!? しかもそれは貴様のラボのものだというではないか!!」

 

 普通の人が聞けば驚き、すくみあがるほどの怒声が十蔵を襲うが、本人は再びなんともない風に答える。

 

「何か問題がありましたか?」

「大問題だ! 二人目など、所詮は我々男にもISが乗れるようになるための材料にすぎん!!」

 

 その言葉に周りにいる男たちが賛同の意を示す中、十蔵のほかに騒ぎ立てない男が一人いたが、その男に対しては何も言うこともないためか、そっちに対しての意見は飛ばない。実質、十蔵に対して敵意が飛んでいるのだろう。そんな中、十蔵は内心ため息を吐いていた。

 

(無知は罪、とはよく言ったものですね。もっとも、知ったらすぐに連行するでしょうが)

 

 彼らにはクラス対抗戦の時の襲撃事件の報告書を提出しており、事の顛末は朱音の援護を含めて知らせてある。つまり彼らは織斑一夏、セシリア・オルコット、凰鈴音の三人で倒した機体を悠夜が実質一人で、ボロボロになった機体で撃破していることを知っているはずなのだ。

 朱音の作成したバック(B)パック(P)パッケージ(P)がどれだけ強力なのか十蔵自身も理解しているが、それを扱えなければ宝の持ち腐れ。それを活かして撃破した悠夜は十分に専用機を持つに相応しい操縦センスは持っていると認め、悠夜のアイデアとはいえ大切な孫が完成させたISを託したのだ。

 

「いいか、轡木十蔵。すぐに二人目からISを回収しろ。理由なんざどうにでもなるだろう!」

 

 チェスターが怒鳴るかのように言うと、十蔵はやれやれといった感じに答える。

 

「ならば、賭けましょうか?」

「何?」

 

 唐突の賭けの提案にチェスターは怪しむように十蔵を見る。

 

「今度行われる学年別トーナメント、いや、正式には学年別タッグトーナメントですが、そこで二人目がどれだけの功績を残すかを賭けようではありませんか」

「ふん。そんなもの、専用機持ちならばそれなりの功績を残せる。賭けが成立するわけがないだろう」

「大体、あなたの人間を信用できるか! この泥棒野郎が!!」

 

 チェスター側の人間と思える一人が声を張り上げる。唐突のことで周りは騒然とする中、チェスターはその男に尋ねた。

 

「何かあったのかね?」

「実はこの男、我が倉持技研に所属する代表候補生を一人、自分のラボに引き抜いたのです」

 

 その言葉に周りは再び騒然とするが、十蔵は平然と返す。

 

「おやおや、倉持さん。織斑君にかかりきりで金の卵を放置しているから、こちらとしては余裕があるので引き取ってあげただけですよ」

「よく言う。勝手に引き抜いていったくせに」

「まぁ、彼女の所属を変えるくらい私にはわけがないですよ。文句は未だに20歳未満は親の了承がなければどうのこうのとかいう政府に言ってください。まぁ、それほどあなたは彼女の家には気に入られていない、ということを理解してください。そうでもしないと、早死にしますよ」

 

 その言葉に倉持は悔しさのあまり唇を噛みしめた。

 

「それに、私のラボの場所がどこにあるか、あなたもご存知でしょう? 一人で専用機を組み立てる以上、私のラボの方が都合がいいんですよ」

「………貴様」

「その辺りの文句も政府へとお願いします。私は違法的に施設を建設したわけではないことは、あなた方もご存知でしょう。ね、阿村総理」

 

 すると全員の視線が十蔵に呼ばれた日本総理大臣「阿村」に注がれる。

 

「……ほう。では君は彼が近くにIS研究施設を建設することを拒否しなかったのかね?」

「そ、それは……」

 

 突然話を振られるだけでなく、一気に批難の眼差しを向けられたことで阿村は冷や汗をかき始め、十蔵を睨みつけるが、当の本人は平然と話を戻そうとした。

 

「というかそもそも、これは「桂木悠夜」に関する話し合いではないのでしょうか?」

「「「お前が言うな!!!」」」

 

 今度はほぼ全員から響く怒号だが、十蔵は何の反応も見せなかった。

 

「で、どうします? 賭けるか、賭けないか―――」

「いい加減にしろ! 専用機を持っている時点でその賭けは成立しな―――」

 

 チェスターがもう一度否定しようとしたところで、唐突に別の声が遮った。

 

「———いいでしょう。その賭けに乗らせていただきましょう」

 

 その声の主はチェスターの隣に座っているフランス人であり、彼の名はクロヴィス・ジアン。フランス政府IS関連事務局の局長にして、IS委員会副委員長である。本来ならばそこにはイギリスかドイツの人間が座る予定だったが、クロヴィスの人柄と冷静な判断力で各国から多大な評価を受け、今の席を勝ち取っていた。

 

「貴様、何を考えている」

「このままでは平行線の道を辿ることは明白。ならばここはその賭けに乗ってみればいいでしょう。我々が認めるほどの十分な功績を残さなければ彼の専用機は剥奪、訓練機を携帯してもらうのはさすがに変わりませんが、それでも十分でしょう? それにここで否定するのは、自分たちの代表候補生は高が数か月前に発覚した男性操縦者如きに負けるほどの実力しかないと言っているようなものでしょう。特にイギリス、中国、ドイツは」

 

 その言葉に納得したのか、チェスター派の人間は静かになった。

 

「ではそういうことで。今度のトーナメントは面白くなりそうですね」

 

 そう言って笑いながら十蔵は立ち上がるが、チェスターはそれを制止した。

 

「待て。まだ話は終わっていない。引き抜きの件をきちんと説明してもらおうか」

「ああ、それですか。今回の賭けの敵として、彼女が最適と思ったからですよ。まぁもっとも、打鉄の発展機を使わせる気は毛頭ありませんが」

 

 その言葉に倉持は十蔵を睨みつけ、それを援護するようにチェスターは言った。

 

「だが同じ所属ならば手を抜く、なんてことをするだろう!」

「ああ、その心配はございません。あの二人ならばきっと「モンド・グロッソ」の決勝戦並みの熱い戦いを見せてくれますよ」

「それが行われる保証がどこにある!!」

 

 倉持は声を張り上げて言うと、空気が4,5度下がった。

 

「———あなたは本当に襲撃事件の二人目の行動を読んで、二人の関係性を理解しているのですか?」

 

 顔は笑顔なままだが、明らかに彼らを見下して十蔵はそう言った。その視線に何人かが寒気を覚え、その場で身震いする。

 

「バンクス委員長。先程の言葉、今一度先程私が挙げたことを理解した上で考えていただきたい。その上で言わせていただきましょう。あの二人の関係性を舐めるなよ?」

 

 そう言って十蔵は部屋を出ていき、彼はすぐにため息を吐いた。

 

(本当に、勘違いも甚だしいな。私はただ、()()君に眠る力を、ISで抑えているというのに)

 

 だが、十蔵の真意を知る者は、少なくとも先程の円卓に出席している人間は理解できていなかった。




ということで今回は前回の専用機の問題をほんのちょっと深くしてみました。
前回もかなりだとは思いますけど、この時点って原作ではまだ2話目の後半ですけど、二人が転校してきた初日なんですよね。先は長いですけど、すみませんがお付き合いください。

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