「では、これから格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「はい!」
気を取り直すかのように言う織斑先生。生徒たちは狙ったのか揃えて返事をした。
ちなみに気を取り直す必要は、主に織斑の周りであったりする。
「くうっ……。何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」
「………一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」
ちなみにオルコットと凰はよほど殴られたことが気に入らないらしい。凰にいたっては織斑のせいにしている。というのもこの二人は織斑も巻き込んでボーデヴィッヒに叩かれた朝のことを聞いていたのだ。というか織斑先生が絡んでいることで気付いてほしかったのだが、アレはどう見ても「下に男がいることが気に入らない」んじゃないか?
そして本音を言わせてもらうが、お前らうるさい。
「なんとなく何考えているかわかるわよ……」
俺が言ったことを忘れているのか、織斑を蹴る凰。まぁ、たまに織斑は考えていることが顔に出ているし、仕方がないと言えば仕方がないだろうが……後ろからどうやってわかったのだろうか。
「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力があふれんばかりの十代女子もいることだしな。———凰! オルコット!」
「な、何故わたくしまで!?」
どう考えてもさっきのことで巻き込んだと思います、ハイ。
「専用機持ちはすぐに始められるからだ。いいから前に出ろ」
「だからってどうしてわたくしが……」
「一夏のせいなのに何でアタシが……」
まぁ、普通に考えて俺やデュノア、そして織斑だと見本にならないからだろ。経験浅いし。
すると織斑先生は二人に耳打ちし、どういうことか二人は急にやる気を出した。
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まぁ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」
何を言ったのかはわからないが、大体の想像は付く。織斑を餌に使ったんだな。
「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「ふふん。こっちのセリフ。返り討ちよ」
「慌てるなバカ共。対戦相手は―――」
すると黒鋼のハイパーセンサーが緊急展開され、こっちに急接近する機体を感知したと知らせてきた。
「上から来るぞ! 気を付けろ!」
そう言って俺は布仏を抱き上げ、そこから逃げてある程度距離を取る。すでに周りには誰もいなかったが、無事だったのか落ちてきたと思われる機体と白い何かが一緒にくるくると回りながら出てきた。
「ふぅ………白式の展開がギリギリ間に合ったな。しかし一体何事―――」
とか言いつつ織斑は起き上がろうとするが何故か動きを止める。そして、
「あ、あのう、織斑君……ひゃんっ!」
地面から山田先生らしく人の声が聞こえた。よく見ると少し凹んでいる地面では一見すれば織斑が山田先生を押し倒しているように見える。
「そ、その、ですね。困ります……こんな場所で……。いえ! 場所だけじゃなくてですね! 私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね! ……ああでも、このままいけば織斑先生がお義姉さんってことで、それはとても魅力的な―――」
などと土地狂ったことを言っている山田先生。頭大丈夫か? いや、彼女の場合頭だけではないようだが。
別のことを考えていると織斑の前をレーザーが通過する。辛うじて避けた織斑だが、そのままやられちまえばいいのに。
「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」
オルコットが平然とレーザーを撃っていることに誰一人として注意しないこともそうだが、何故織斑が何度も山田先生の胸を揉んでいるのにあんな騒ぎにならないのか不思議でならない。
———ガシーン!!
近くで聞き覚えのある音がしたのでそっちを向くと、既に甲龍を展開した凰が二つある双天牙月を連結させて織斑たちの方へと投げた。だがそこで金属音がしたかと思ったら双天牙月が撃ち落とされていた。そしてその芸当を行ったのは他でもない山田先生だ。
「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」
「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし……」
さっきまでの真剣な雰囲気はどこに行ったのか、いつもの山田先生に戻っていた。
「さて小娘共。いつまで惚けているつもりだ。さっさと始めるぞ」
「え? あの、二対一で……?」
「いや、さすがにそれは………」
さっきの射撃を見てまだ二人は山田先生を格下だと思っているようだ。おそらくそれが狙いだろう。
近くにいたなら凰とオルコットだけではなく、織斑や俺だっていた。今はともかく凰と俺はしばらく一緒にいたし、戦闘スタイルで言うなら近接一遍の織斑とオルコットを組ませたりしてもいいはず。
「安心しろ。今のお前たちならすぐに負ける」
そう言われて黙っていられないのか、すぐに挑発に乗る二人。つまり彼女らは山田先生を引き立てるための役をさせられるわけだ。
「では、はじめ!」
織斑先生の号令と同時にオルコットと凰が飛翔する。それに続いて山田先生も飛翔していった。
「手加減はしませんわ!」
「さっきのは本気じゃなかったしね!」
「い、行きます!」
戦闘モードになったのか、墜落した時とは違う雰囲気を醸し出す山田先生は、二人からの攻撃を回避したりかわしたりした。
「さて、今の間に……そうだな。桂木、山田先生が使っているISの解説をしろ」
「え? 俺?」
「そうだ、早くしろ。試合が終わる」
どうして俺が。製作会社と同じ名前のデュノアやらせればいいのに。
ため息を吐いてから、俺は昔教えてもらったラファール・リヴァイヴの特徴を言っていく。
「山田先生が使っているISはデュノア社製の「ラファール・リヴァイヴ」。第二世代の史上では最後期に開発された機体だが、スペックは初期タイプの第三世代型にも劣らないもので、安定している性能と高い汎用性、そして豊富な後点け武装が特徴です。現在配備されているスペック落として開発しやすくした部類のISの中では世界第三位のシェアを持ち、七か国でライセンス生産、十二か国で正式採用されていて、操縦が簡単になったことで操縦者を選ばないことと
「……いくつか聞きたいことがあるが、まぁいいだろう。それと量産型と言え。何だ、「スペックを落として開発しやすくした部類」ってのは」
「でも的を射ているでしょ?」
そう言うと頭を抱える織斑先生。確かに配備数は少ないかもしれないが、それでも無限に製造できるロボットとかと違い、ISは動力源が一切不明なため、最高でも467個しか作れないはずだな。
試合は終わったようで、二人が落下してグラウンドに穴を開けた。
「あ、アンタねぇ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」
「り、鈴さんこそ! 無駄に化かすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」
「こっちのセリフよ! なんですぐにビットを出すのよ! しかもエネルギー切れるの早いし!」
お互いが罪を擦り付けるが、一組と二組の女子たちがくすくすと笑い始めたところで二人はいがみ合いを止めた。
「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」
ホント、山田先生がそこまで強いとは意外だった。これは警戒する必要があるな。
「専用機持ちは織斑、オルコット、桂木、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の六人だな。では9~10人のグループになって実習を行う。各グループリーダーは専用気持ちがやること。いいな? では分かれろ」
するとある意味予想通りに、二つのクラスが一斉に二人に襲い掛かかるように。いや、ある意味間違いではないな。実際傍から見たら襲っているようにしか見えない。
見かねた織斑先生がため息を吐いて低い声で最後通告(みたいなもの)をした。
「この馬鹿者共が……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100週させるからな!」
さすがにISを背負って100週も嫌なのだろう。嫌な顔をして俺の前に女たちが集まる。そうじゃないのは布仏と鷹なんとか、そして……うん、クラスメイトのツインテだ。
「最初からそうしろ。馬鹿共が」
呆れてそう言う織斑先生にばれないように、各々のチームにいる女子たちは話している。俺のところも含めて話してはいるが、唯一ボーデヴィッヒのところだけが沈黙を貫いている。というか話せないムードじゃないだろうよ。
「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一班で一機取りに来てください。数は「打鉄」、「リヴァイヴ」それぞれ三機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」
と言っているので、とりあえず俺はどっちにするか聞いてみる。
「で、どっちにする?」
「どっちでもいいわよ、期待してないし」
どうやらハミルトンも同じ班らしい。どうして凰のところに行かないのか気になるが、俺の前に決められていたのだろう。内心イラッとしたが、平静を装って何事もなかったかのように余っていた打鉄を取りに行った。
そして戻ると何やら空気が震えている気がする。
「さてと、早速始めていくぞ。順番は面倒だから一組と二組混合の出席番号順にに乗って行ってもらう。かぶっているなら一組が優先だ。最初は誰だ?」
「はーい!」
するとツインテが手を上げる。最初は「た」だったのか。俺の所って真ん中あたりが多いのな。
「じゃあやってくれ。授業で一通り習ってるだろ」
「う、うん」
ツインテが打鉄に乗って起動を行っていると、別の場所から「「「お願いします」」」と聞こえた。どうやらデュノアの方にいる女子たちがふざけているのか本気なのか、右腕を出していた。昔の西洋映画で男性が女性に「Shall we dance?」と言っているのを思い出した。
まぁ、当たり前だが織斑先生による制裁が出るが、それを見てツインテがやる気を出してくれたので感謝しておこう。
装着と起動、そして歩行までさせて終わったので交代させると、次の奴が文句らしいことを言った。
「これじゃあ乗れないじゃない!」
どうやら立ったまま終わったことでコクピットの位置が高くなったことで文句を言ったようだが、俺にしてみれば何の違和感もないんだがな。そりゃあ確かに高いが、だからと言って文句を言うほどではないだろ。
「ご、ごめん………」
申し訳なさそうに…というよりも俺が怖くて怯えているっていうのが正しいかもしれない。
近くでは同じようなことになっている織斑の班。次の奴を織斑がISを展開してカチューシャを付けた女を俗に言う「お姫様抱っこ」をしていた。
だがそんなことをしたところで、訴えられるのがオチだ。それに俺もできる限り知らない女の肌になんか触りたくない。
(これしかないな)
一つの結論に達した俺は、早速言った。
「踏み台になり―――」
「よし、乗れ」
一人が変なことを言った気がしたが、俺は気にせず言った。
「あなた、今なんて言った?」
たぶん俺の少し前に言った奴だろう。そいつが何か言いたいのか睨みながら聞いてくる。
「次の奴。すぐに乗れ」
「はぁ?!」
よほど信じられなかったのだろうか、仰々しく反応する。そんなにおかしなことを言ったのだろうか?
「何言ってんのよ、アンタ。それを本気で言ってんの?」
「当たり前だろ。たかが3m程度———いや、1.5m程度のコクピットに乗るぐらい、なんてことないだろ」
そう言うと「こいつは馬鹿か」と言いたげな顔をする女たち。グループメンバーは俺を含めるとちょうど二クラス半分ずつの割合だ。そのため、4人は二組の人間だが、その内3人は俺の言葉に驚きと呆れを見せている。
「信じられないわ。こんな無神経な男、初めてよ」
「OK、そう言うならばこっちに考えがある」
目当ての人物を探そうとすると、どうやらすぐ近くにいたようだ。かなり付いているな。
「何をしている、貴様ら。周りは既に4人目に入っているというのに何故何もしていない」
「実は次は二組の方なんですが、ISを立った状態で停止させてしまいまして」
「……ならさっき織斑がやったように運んでやればいいだろう」
さも当然、と言わんばかりに織斑先生は言った。
「それもそう簡単に事は運ばないんですよ。イメージしてください。ごく普通の織斑先生が同窓会に出席するために同僚や山田先生に手伝ってもらってちょっとおめかしして行くとします。そしてそれをたまたま痴漢常連のやり手がすれ違い様に狙いました。それで電車やらバスやら、混んでいる場所でいきなり胸や尻を触れてきて、執拗に攻めてきます。どう思います?」
「それは……嫌だな」
もしここで「悪くない」なんて言われたらどうしようって内心ビクビクしていた。
「でしょう? 彼女たちにとって、俺にそうされるということは、痴漢されるということなんです。なので、よじ登って乗ってもらえばお互い納得するんですが、何故か向こうは俺に踏み台になれと言ってくるんですよ。なのでこの際、折衷案として、二組の人たちは別の班に移籍してもらうか、大人しく乗ってもらうか、織斑先生が考えた特別メニューをしてもらうかで迷っているんですが。あ、もし俺と一緒にするのが嫌だって言う人がほかにもいるのだったら、随時その三択を選んでもらおうかと」
「………仕方ない。ではお前たち4人は私が請け負うことにしよう」
するとまるで手の平を返すように4人は言った。
「だ、大丈夫です、織斑先生! 私は桂木の指示に従えます!」
「そ、そうですよ! わざわざ織斑先生の手を煩わせるわけには行きませんし」
「ねぇ? 私たち、仲良くやれるわよね?」
「そろそろ、私も含まれていることに意見してもいいかしら?」
最後のハミルトンが不服そうに俺を睨んでくるが、気にしないことにしよう。
「じゃあ、時間もないことだから、乗ってくれ」
「わかったわ」
次の奴が乗ろうとするが、どう乗ればいいのかわからないのか動きを止めてしまう。
リーダーだし仕方なくサポートすることにした。
「まず利き足をつま先に置いて、そして逆の方を足の中央にひっかけ、膝部分に一つずつ手を置いて、上がれ!」
指示に従ってくれたおかげで、なんとか二人目は乗ることに成功。この時思ったが、素直に布仏にしておけば良かったと思う。だがモ○ル○ーツの乗降よりかはマシだろう。アレって足場少ししかなくてゆっくり降りるから高所恐怖症の人には苦だろう。
「ちなみにそれは今みたいに平和だからゆっくりできるけど、逃走中はほとんど勢いを付けて上がらないと死ぬからな」
「「「………え?」」」
俺の言葉がわからなかったか、それとも理解できなかったかは知らないが、全員が動きを止める。
しばらくすると二人を止めさせ、三人目の鷹なんとかに交代させる。俺が織斑先生を探そうとすると、素直にしゃがんで降りてくれた。
鷹なんとかが歩いていると、急に不安定になり始めたので嫌な予感がした。すると案の定というか鷹なんとかはバランスを崩した。
黒鋼を展開し、倒れそうなポイントを予測してその対称点に移動。腕を回して体を支えてやる。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして。悪いけど時間が押しているから交代な」
「う、うん」
ちなみに後ろから腕を回して止めたのは、単純に間に合う気がしなかっただけで、別に「女の子と接触した。ラッキー!」なんて思っていない。更識の妹ならばそう思うだろうけど。
次の奴に交代してその様子を見ていると、ハミルトンが俺の肩を叩く。
「驚いたわ、さっきの動き。流石は専用機持ちね」
「それを本気で言っているのか? あんなもの、自慢するどころか性能を生かせていないだけだ」
そう返すと意外そうにハミルトンは俺を見る。
「さらに驚かせてくれるわね。てっきり喜んでいるかと思ったわ」
「むしろ泣きたいよ」
「胸を揉めなくて?」
からかっているつもりなのか、ハミルトンは笑いながらそう言ってくるがそれをすぐに否定した。
「まさか。端からそんな気なんてねぇよ」
「どうだか。男って女のことを下心で見ているじゃない」
「……そういうものだけどな。そもそも人間にもそこらの動物に遺伝子を残そうという動きはあるんだし、無理はない話だ。ま、俺には関係ない話だ」
どうでもいい風にそう答えるとハミルトン「どうだか」と言いたげに俺を睨んでくる。実際、俺には関係ないことだ。
「信じるも信じないもお前の勝手だ。そんな思考に付いていく気は俺にはないからな。何故かお前からは敵意を感じるが、そもそも以前の騒動はお前が発端とは言え俺にとってどうでもいいし、裏を取らなかったここのアホ共の責任だろ」
そう言って俺は倒れそうになっている布仏のカバーに入りに行った。
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———気に入らない
今、ティナ・ハミルトンの大半の感情はそれで縛られている。
彼女はあのこともそうだが、自分で憧れである同じ国の代表候補生で先輩でもあるダリル・ケイシーが悠夜に対して迫っているため、悠夜に対していい感情を持っていない。何より、あの騒動の後処理の時にティナは先輩の命令でもあったが、同時に自分が上に行くチャンスだとも思っていた。
今、各国家で男性IS操縦者の遺伝子情報の所得が最重要課題ともなっている。特に二人目の遺伝子を手に入れれば、コネがあるとはいえ専用機を手に入れることができるかもしれないからだ。———少なくとも、ティナ自身はそう思っている。
だがあの日、悠夜はティナのことを興味なさげに見ていた。いや、実際悠夜は「ティナ・ハミルトン」という少女は「織斑派」の関係者としか見ていない。
黒鋼を手に入れた日、悠夜は変わってしまった。
わかりやすくは変わっていないが、それでも少しは―――いや、かなり変わっている。冷静になり、どうやって敵と認識している者を倒そうか、今度の学年別トーナメントに向けてそう考えている。
そしてそれを―――布仏本音は悲しく思っていた。
もうすぐ10月が終わるなぁ