あれから30分経ったぐらいだろうか。
相手が不快にならないように制汗剤を使用してから事務受付に行って凰の部屋を確認しようとしたところで夜這いをすると勘違いされ、余計な時間を食ってしまった。まったく。織斑じゃないんだからそんなことをしたら一大事だということぐらい誰だって理解できるっての。
(これだから女ってものは嫌なんだよ)
すべてがそうじゃないことは重々承知している。………だがなんというか、この学園にいる女は少しばかり異常だと思い始めていた。
とはいえこれから会おうとしているのは、踏み出しただけで周りと大差ない女なんだが、何故か凰とは平然と話せる。
考え始めそうになったので早々に止め、教えてもらった部屋番号がドアの近くにあるインターホンを押す。行動が早かったのか、それとも単に近くにいたのかわからないが、思いの外早くドアが開いた。
「どちら様―――」
部屋の構造上から考えて、どうやら後者だったみたいだな。
中からバスタオル一枚の金髪碧眼の女性が出てきて、俺の姿を確認すると驚いて目を見開き、
「———きゃぁあああああああ!!」
早速声を上げられた。
いやいや、落ち着け。ここで毒舌になったとしても余計な誤解をされるだけだ。そもそも凰の部屋がここってだけで、たまたま出てきた奴が巨乳だからといって興奮するわけでもない。
とはいえ最近知ったが元が良ければ巨乳でも前にボタンが付いているパジャマはグッと来るものがある。チッパイの奴らは言わずもがなだ。
「な、何っ!?」
「何か出た? まさか、ゴ―――」
「駄目よ! それ以上言ってはいけないわ!」
わんやわんやと騒ぐ周りは次第に叫んだ元凶と近くに俺がいることで何かを察したようだ。そしてほとんどの人間は今がどのような状況になっているのか理解したらしい。
「てぃ、ティナから離れなさい! 変態!」
「そ、そうよ! そうよ!」
「とうとう本性を現したわね!」
おかしい。どうしてこうなった。
そもそも俺の目的は凰であり、この金髪碧眼のデカパイ女ではない。
「私、織斑先生呼んでくるわ!」
そう言って遠くの方から走り去る音が聞こえる。それはこっちにしても好都合だ。
そもそもこの状況になった元凶は奴の弟だし、さっきの事務員と揉めた時に最終的に織斑先生を頼るということになったので状況は理解している。理解しているが、理解しているなら姉である奴が何か対策しろと思いたいが、こういうのは男の方が良いんだろうな。男が女のことを理解できないと同じで、女が男の理解できるというわけではない。むしろ今の時代、まともな恋愛をしようとしない(篠ノ之とオルコットは例外に見えるが行動がズレているのでまともな恋愛に含まれない)から、下手に手を出さない方が良いだろう。
(とはいえ、待ってても仕方ないし用件は伝えるか)
そう思って俺は未だに着替えていない金髪碧眼の女に言った。
「凰って名前の中国人、そこにいるなら中に入れさせてくれないか?」
考えてみれば、周りにいる奴らは今回のことを知らない。なので当然凰がアプローチをかけたが理解力が低い織斑にされた仕打ちを知らないわけで、
「まさか、ティナだけでなく凰さんも狙っているの!? どうしようもないほど変態じゃない!」
「何で学園はこんな奴を入学させたのよ!」
いい加減にイラついてきた。
そう言うんだったら何でロボット物の設定資料集を気分転換に読んでいるだけで誹謗中傷されないといけないわけ? というかお前ら最初から最後までこの状況を見ていたの? 見ていたわけじゃないよね?
(どいつもこいつも………)
高がISを使えるだからっていくら何でも調子に乗りすぎだ。というかこの金髪碧眼もさっさと着替えに行けばいい。
そんなことを考えているとある部分から一瞬で道ができ、そこからトレードマークになっている黒スーツを着た織斑先生がやってきた。
「………またお前か」
「そう言うならばどうにかしてくださいよ………」
俺だって好きで騒動を起こしているわけではないのだがな。
内心でそう毒づいていると織斑先生は周りにいる女子たちに言った。
「お前ら、桂木は凰に用事があって来ているんだ。妙な好奇心を持たず、自分の部屋に戻れ」
「で、ですが、彼を放置すれば彼によって犯される人が―――」
「アホか。被害妄想が過ぎるぞ、貴様ら」
正直なところ、これ以上待っても無駄に時間を食うだけなので俺は金髪碧眼の女に向き直る。今もなおバスタオル一枚の姿を見てため息を吐く。
(……まぁいいか)
どうせ勝手に着替えるだろうと思い、俺は金髪碧眼の女と入口の間を抜けて中に入った。………後ろからの声がものすごくうるさいし気分を害するんだが………とりあえず案の一つにISをしているど真ん中に放り込むというものを入れたくなった。
■■■
あの後、体罰を出して無理やり生徒たちを部屋に戻した千冬は自分の部屋に戻ってベッドに座る。以前、悠夜を寝かせるために部屋を片付けていたはずだが、必要な書類があったため部屋を探したときにさらに汚くなっていた。
そのことに慣れているのか彼女は気にもせず、さっきのことを考えていた。
(………まさかここまで疲れるとはな)
ため息を吐いた千冬はさっきの生徒たちの態度を思い出す。
(いくら何でも考えすぎだろう)
千冬は悠夜とはまだ会って一か月しか経ってないが、それでも無闇に襲うような人間ではないと思ってる。何よりも同居人である楯無からそのような報告は受けてないし、したとしてもわかりやすいように頬に紅葉型の腫れが残っているはずだからだ。
(ある意味それは異常とは思えるが………それはそれで仕方がないことだろうな)
なにせ悠夜はIS学園に来るまで何度も襲われている。そう考えれば悠夜自身があんな顔をするのも頷けるだろう。
(………もしかして、あの表情は……)
ふと、千冬の脳裏にあの時のことがよぎった。
クラス代表を決めるとき、女子たちが一夏の発言を笑っていたあの時、
———ちらりと見えた悠夜の瞳が、憎悪を見せていたことを
■■■
「で、話って何よ」
何とか部屋に侵入した後、俺はある目的のために凰のところにいた。
俺が今いる部屋と同じ間取りで凰のベッドは窓側らしく、顔をくしゃくしゃにしている凰に話しかけて現在に至る。
「いやぁ、まさか昨日の今日であんなことをしでかすとはなぁ…と思ってな」
「し、仕方ないじゃない……って、ニヤニヤしすぎよ!」
おっと。どうやら顔に出ていたらしい。
でもまぁ、こいつがたった一日でそうした行動に出た理由は察せなくもない。
「ああ、悪い悪い。たった一日でよくもまぁあそこまで化けれたと思ってな!」
「うるさいわね! アタシもああいうのはガラじゃないってわかってるわよ! で、でも、これは………」
「まぁ、ギャップ萌えを選択したのはアリだと思うが……」
そして俺は凰のサイドアップテールに注目する。
「変えるならば髪も変えたら?」
「そ、それは嫌よ!!」
凰にしては珍しく………もなかったな。
だが凰は髪をかばう様にして俺から離れる。同時に後ろからガチャリと聞こえ、後ろからはピンク色のパジャマを着た金髪碧眼の女がいた。ま、そんなことはどうでもいいので、
「………まさかと思うけど、織斑に褒められたからずっと続けているとか?」
「そ、そんなこと、あるわけ―――」
顔を赤らめながらそう答える凰だが、詰んでいるな。
というか好きな男に褒められたからって同じようにするってどうなんだろうか?
「だがな、凰。時には髪を変えることも一つの手だ。実際、髪形を変えることで相手が自分に注目しているかどうかを知ることはできるしな。まぁ、今日のことですべてお釈迦になったが」
「………」
今更ながら後悔したのか、どこか悲しそうな顔をする凰。俺はそれを待っていた。
彼女の手にそっと自分の手を乗せて俺は本題を言った。
「凰鈴音。俺と協力して、織斑一夏を倒さないか」
「は?」
「はぁあああああッ!!」
金髪碧眼の女が凰よりも大きなリアクションを見せる。本当にうるさい奴だな。
「ちょっ、ちょっと待って、それってクラスを裏切るってこと?!」
「……そうなるな」
オルコットに言われた通り裏切り者となるわけだ。クラスに敵はいれど味方はいないので俺が裏切っても裏切らなくても変わらないだろう。
凰は信じられないと顔をする。
「とか言って、アタシの情報を売る気でしょ」
「まぁ、確かにそれもアリだなとは思うがな。丁度いい機会だと思ったんだよ」
おそらく俺は戦闘になれば恐怖で全く動けず、織斑には勝てない。だが裏で考えることができる。………可能性としては俺の特技の一つ「強化演目」を使って立ち回ることも可能だが、あれはあまり持続しないんだよなぁ。
「それに、あのバカをぶっ飛ばしたいって言ったのは本音だろ?」
「そ、そうだけど………」
「待ってリン。交渉を持ち掛けているのは別のクラスの人間よ。警戒するべきだわ」
確かにその通りだ。普通ならば警戒するはずだが、凰の場合は心はそこにはない。今回は痛めつけるという一点の利害が一致しているので断りにくいはずだし、何よりも俺の分析能力は凰も理解しているはずだ。
「……見返りは?」
「り、リン?」
「学食デザート半年無料券の効力。期間中で食べたいデザートを奢ってくれればいい」
驚いた顔をする凰。まさかお前自身をもらうなんてことを言うとか考えてないよな?
「貞操の危機かと思ったわ」
「ねぇよ。仮にあったとしても精々ハグぐらいだ」
そう言うと金髪碧眼の女が一目散に室内に設置されている電話に飛びつこうとしたのを、凰が制止した。
「ティナ」
「で、でもリン……」
「問題ないわ。ね、
名前で呼ばれたことに驚きを隠せない。たぶん顔が引きつったな。
「じゃあ、早速アドレス交換しようか。連絡手段があった方がお互いのためだろ?」
「そうね」
俺たちはお互いに協力関係の証として連絡先を交換する。
時間も時間なのでアリーナを取れる日にお互いの実力を測ろうと約束し、お開きとなった。
廊下に出て自販機が置かれているエリアに入ってジュースを買いながら、後ろにいる女に声をかける。
「…で、何の用だ? 金髪碧眼」
「ティナ・ハミルトン、よ。ユウヤ・カツラギ」
「アンタの名前なんてどうでもいいんだが」
そう返すとハミルトンは俺を睨んでくる。どうやらこいつもそういうタイプらしい。
「あなたは一体何を企んでいるのかしら? 何のために私たちに近づいたの?」
「私
そう返すとハミルトンの目は鋭くなった。
「悪いけど、彼女には今度の大会には優勝してもらいたいの。もちろん、私たちの力だけでね」
「俺はそれに一口乗せてもらおうと思っただけだが?」
「それが問題なのよ」
………どうやらこいつも
「ともかく、私たちはあなたの力を借りる気はないわ。リンの体を狙うあなたにはね」
「……………」
まさか……こいつ……「レズなのか?」
「ち、違う! ただリンが可愛くて―――ッ!?」
なるほど、そういうことか。
確かに凰の体格は結構ロリっぽい。それゆえに彼女は母性本能をくすぐられるのだろう。理由が理由なので笑ってしまうが。
「安心しろよ。俺は凰の恋愛相談に乗っているのは俺の知識がきちんと通じるかを試しているだけで、今回のことも同じようなものだ」
結局は実験で、凰のことは駒としか見ていない。可愛らしい駒として。とはいえ凰の見た目が可愛いというのは同意するが。
とはいえ容姿が良いからと言って人は必ずしも異性に行為を抱くとは限らない。今のところ俺は女に対しては恐怖と敵意、そして警戒しかないし、今ここで性的なことをするのは相手の注意を逸らすためのものだ。凰に対してしたアレも、篠ノ之のスカートをめくったのも意識を逸らすためでしかない。
「怪しいと思うならばお前が付きっきりでガードしろよ。別に一人ぐらいならば問題ないから」
そう言ってハミルトンの横を通った俺はそのまま部屋へと戻っていった。