ラウラが訓練を開始して早数日。俺はレヴェル島に移動させられた更識邸に訪れていた。
久々の訪問。今日はいつも会うために来ていた奈々はいないが、一度挨拶するべきかなと思ってきたわけだ。……ミアと朱音の説得をするのには骨が折れた。
「久しぶりだな、悠真君……いや、今は悠夜君だったかな」
「どちらでも構いませんよ」
「いやいや、名前というものは大事なものだ。私も「楯無」と名乗り始めた頃もその名を刀奈に譲ってからしばらくは慣れなかったから。……とはいえ、今それはどうでもいいか」
―――殺気 それも、八方から
思わず〈ダークカリバー〉を抜きそうになったが、次の言葉でその動きを止めた。
「さて、刀奈たちとはどこまで進んだのかな?」
「できれば、虚らとどこまでしたのかも説明してもらいたいのだが」
ある物は武器を手にし、ある物は指を鳴らし、ある物は覆面を被って大鎌を用意ってどこの査問委員会だ!
(……これ、本当のことを言っても許してもらえないだろうな)
そんなことを思っていると、茂樹さんが口を開く。
「3年前のことを含め、これまでのことは感謝はしている。不完全とはいえ君が目覚めてくれたおかげであの子たちは無事に今も生きてくれているのだから。だが、それとこれとは話は別だ、ということは理解しているかな?」
「理解云々よりも、明日を生きれるか心配になっています」
「大丈夫だ。君の身体能力なら半殺しでも復活できる。幸い、ここの医療技術はどこの世界よりも優れているからな。だからこそ、手を抜く気はない」
それはつまり、俺を殺すってことかなぁ。
流石にそれは彼らの将来にも関わると思うので、なんとか止めようと試みる。
「落ち着いてください、みなさん。まだ俺は彼女らとそういったことはしていません」
「では、どこまでしたのかね?」
「……キ―――」
咄嗟に俺はバリアを張ると、ツボや釘バット、のこぎりなどが飛んできていた。
「あの、ちょ、これは一体………」
いや、言わなくてもわかる。俺も似たような心境は何度も抱いたことがあるからな。
「よくも……よくも我らが癒神たる虚ちゃんと本音様を汚しやがって」
「簪様の純潔は俺がいただくはずだったのに」
「イケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ね………」
まだキスだけだ! って言っても今のこの人たちには届かないだろう。
しかし、なんて高い人気度だろうか。………たぶん、簪がこれを聞いたら冷たい眼差しを彼らに向けるのではないか。
すると、襖が勢いよく開け放たれる。
「どこにも姿がないと思ったら、みなさんこんなところにいたんですか………」
呆れ顔を見せながら、いきなり現れた女性はそう言った。
「ユウ君が来た時から不穏な空気を出しているし、一部では処刑道具を持ち出しているし」
その一部の人たちは慌てた様子でその処刑道具を片付け始める。
「雪音、これは大事な話なんだ」
「大事な話、ですか。清太郎さんも交えて、高校生一人をリンチにしようとしか見えないけど?」
「大丈夫だ。まだしていない」
「………する気だったのね」
茂樹って雪音さんには弱い。まぁ、未だにこんな美人な嫁さんを持ったら萎縮してしまうのはあるんだろう。……しかし、相変わらず大きな胸である。俺はこれを見て奈々と仲良くしようと思ったものだ。……もしかしたら、こんなに大きなおっぱいになると思ったからである。幼心とは時に怖いことを思いつくものだ。
「ごめんなさいね、後で主人にはきつく言っておくから」
「いえ、冷静に考えれば他人事ではないと思いますので」
ほんと、他人事じゃない。もしかしたら20年後ぐらいには似たようなことをしているかもしれないのだ。
「それにしても、相変わらずお美しいですね。10年前と全く変わらないのですぐわかりましたよ」
「あら、お世辞が上手くなったわね。昔はあの二人に構うか虚ちゃんにじゃれつくかだったのに」
「そうでもしないと生きていけなかったので。あ、雪音さんが美しいのは本当ですよ?」
じゃなければ、さっきから話をしているだけで殺気を飛ばされるわけがない。
ちなみに茂樹さんは意外なことに俺が雪音さんと話していてもノーリアクションだった。
「もう、お義母さんでいいわよ。だって虚ちゃんとの結婚まで棒読みでしょ?」
「何?」
あ、今度は清太郎さんから殺気が……。
「ここじゃ落ち着いて話せないわね。二人で向こう行こうか」
「……ええ」
誘われた俺は二つ返事でOKする。
後ろから殺気が飛んできたが、とりあえず無視をした。別に家庭の事情でどうこうってわけじゃないが、やっぱり嫌われたくないって思うから手を出しにくいんだよなぁ。
雪音さんに連れられて、俺は更識邸の中にあるパラソル付きのテーブルに座っている。
愛を語らっている……ということはなく、俺は雪音さんに驚かれていた。
「じゃあ、まだキスまでしかしたことがないの?」
「…ええ。そうですが……」
「そっか。てっきり簪とはしたのかと思ったわ」
……何度かそれに近い状況にはなっているが、言わない方が良いだろう。
「でもどうして簪なんです?」
「簪は記憶を消してもらってないからね。3年前、更識の部隊の一部がマフィアと手を組んで襲撃した時の所業で、あの子はすぐに気付いていたみたい」
「……じゃあ、何で奈々……刀奈の記憶を消させたんですか?」
「………刀奈は、あなたにべったりだったからよ。親として申し訳ないけど、更識を存続させるにはどちらかの生贄が必要で、ISが兵器になった以上はすぐにでもその力を手に入れなければならない。………でも、あの時の刀奈の性格はとても当主に向いていなかった」
………言われてみれば、確かにそうだ。
奈々は、俺に助けられてからはよく俺と行動を共にしていた。俺もべったりしていたが、奈々の方もよく俺の所に来ていたな。
「まぁ、他には……あなたが引っ越すことを伝えたら1日中泣き叫んでいたわね」
「……………はい?」
「もう凄かったんだから。しまいには「一緒に行く!」って言い出して、家出して」
………マジですか?
今の奈々からはとてもそんなことは想像できない。……一度見てみたい気がするけど。
「で、結局どうなったんですか?」
「……しばらく軟禁状態の後、陽子さんにお願いして記憶を消してもらったの。…そうでもしないと止まらなかったからね」
あまり勧めない展開だろうが、状況が状況だからある意味軟禁は仕方ないかもしれない。
「それはともかく、ユウ君にはお願いがあるの」
「……お願い?」
「うん。前にIS学園の生徒会長になるって言ってたわよね?」
「……ええ」
「今もその気持ちは変わってない?」
「……もちろん」
食い気味に聞いてこられるので、俺は少し引いてしまう。
「…そう。だったらお願い。できるだけ早く、刀奈と交代してほしいの」
「…………生徒会長の仕事ってそんなに激務なんですか?」
「そうらしいわ。だから、せっかくまともな人生を送れるならできれば早い方がいいなって思って」
しばらくは巻き込むつもりだって知ったら、どういう反応をするだろうか?
「今更都合良いってことはわかっているけど、あの子たちにはもう少し普通の人生を送ってほしいと思っているの」
「ハーレムの一部になるってこと自体、十分普通じゃないと思いますけど?」
「それは言わないで」
だって、ねぇ?
とはいえそれには賛成だ……賛成だが、
「そう言えば、雪音さんは娘二人が同じ男の女になることに関して疑問はないんですか?」
「……うーん。あまり考えてなかったわね。ユウ君のお嫁さんならいいかって感じ」
良いのかそれで。
俺は顔を引き攣らせていると、雪音さんは平然と答えていた。
「だって、刀奈が死んだと思って時間を戻したりISを生身で倒したりするのに、普段は奥手で相手を大事にする人をダメって言えないでしょう?」
そう返されると弱い。
俺は笑って応対すると、自分のためにある筈のテリトリーから何かを感じた。
「……雪音さん。すみませんがパーティーはお開きということで」
「…………誰かあなたを狙っているのかしら?」
「もしくは雪音さんを、か」
どちらにしろ、彼女を守るためには俺の移動は必須か。幸い、ここは暗部の領域でもある。雪音さんが走って逃げれば彼女の安全は保障されるだろう。
「すみません、行ってきます」
そう言ってから、俺は少し進んで戦いやすい場所を探しつつ相手の位置を探る。
「………誰だ」
「誰ってのは酷いわね。ずっと一緒に戦っていたって言うのに」
現れたのは少女だった。黒髪で金色の瞳をこちらに向けている。涼しげな格好をしているが、11月に入ろうとしている今の時期だと寒いだろう。
「ずっと一緒に?」
「正確にはあなたが打鉄を貸し出された時からかしら」
「………相棒はいた覚えはないけどな」
というか、どっちかというとほとんどソロなんだが……。
そう考えると、途端に俺の方に殺気を飛ばしてくる。
「じゃあ、こうすればあなたは戦う気になる?」
彼女から光が放たれ、見覚えのある装甲が顕現した。
「……黒鋼?」
「そう。こうして会うのは初めてだったかしら? 私はあなたのIS「黒鋼」に使用されているコア。No.は確か96だったかしら? ISコアに意識が存在しているって話は聞いたことがある?」
「授業でな。………まさか、名前が「クロ」って黒猫にありがちな名前じゃないよな?」
「………まさか」
そう言いながら顔を逸らす少女の名前は「クロ」だと確信した。
「で、一体何の―――」
―――ゾクッ
急に寒気がしたのでバリアを張ると、クロは拳を突き出して攻撃してきた。
「流石ね。完全に隙を突いたつもりだったのに」
「お前の殺気は濃いからな。その分恐怖は感じたが、そっちがその気なら相手をしてやるよ」
俺も負けじと殺気を飛ばすと、クロは両手を挙げた。
「待った待った。流石に本気のあなたとするつもりはないわ。というか、死んじゃうじゃない」
「……コアでも死ぬのか?」
「当然よ。あなたを相手にしたら体がいくらあっても足らないわ。ただ、ちょっと忠告しに来たってわけ」
「……忠告?」
何がしたいのかわからない俺は首を傾げていると、クロは怒った風に言った。
「アンタ、今後ルシフェリオンを使うの禁止!」
「………はぁ?!」
ちょっと待ってくれ。この女はそんなことを言いに来たのか? 大体、そんなのはわかっているし、何よりも今俺はルシフェリオンが使えない状況だ。
「大体、あなたなら私でも十分に戦えるじゃない。だというのにあなたと来たら、事あるごとにルシフェリオンを使って」
「……要するに、嫉妬?」
「そうよ!」
あ、認めた。
「でも仕方ないだろ。ISで全力出しても無双はできないんだから。仮に出来ても、簡単に制限を外したらラボに迷惑がかかるだろうしな」
最初は顔を明るくしたクロだが、言葉を続けると次第に暗くしていく。
「……まぁ、朱音には迷惑がかかるわね」
「そういうことだ。………ところで、お前ってまさか朱音の部下だった技術者じゃないだろうな?」
「何を言っているのよ。そんなわけないだしょ」
「……だったら良いがな」
ともかく、俺はクロを猫をつかむようにして持ち、自分の部屋に向かった。
そんなこんなでもう数日が経ち、俺たちはプライベートジェットに乗ってIS学園に戻る。
俺の隣にはラウラが座っており、これまでたくさん訓練していたからくたびれて眠っているようだ。
「ユウ様、IS学園に着きました」
「そうか」
俺は朱音とミアがシートベルトをしているのを確認すると、ドアを開けて顔を出す。どうやら運動会の閉会式が行われているようだ。
奈々が顔を上げたのを確認すると、俺は宙に躍り出る。ミアが空気を読んでドアを閉めたようだ。
『な、何してるのよ?!』
『スカイダイビング』
『そういうことを聞いてるんじゃない!!』
朝礼台の上に衝撃を殺して着地すると、周囲が唖然するのを眺めつつ奈々からマイクを借りた。
「さて、何をしたのかは大方察したが、ここで重大発表がある。今日、運動会とやらの終了をもって俺が新しい生徒会長に就任する」
奈々はもちろん、教師陣の誰にも……それこそ十蔵さんにも伝えていない大きなことを、俺はここで平然と言った。ちなみに虚さんと簪はため息を吐いている。
「ちょ、ちょっと待って。確かあなたは生徒会長になる気はないって言ってたわよね?」
突然のことと言うこともあって慌てふためく奈々。
「気が変わってな。大丈夫、しばらくは奈々のサポートは必要だから副会長になってもらう」
「し、しばらくなの……?」
「本当なら今すぐ色々したいけどな。それはともかくだ」
さっきからうるさい外野の方を見ると、俺の方に何かが飛んできたので彼方へと弾いた。
「ちょっとどういうことよ! 何でアンタなんかが生徒会長になるのよ!」
「誰がアンタみたいな奴を生徒会長にするもんですか!!」
今にも暴動が起こりそうな雰囲気だ。………まぁ、数名ほどどういうことか理解ができていないようだが。
「……奈々、確かIS学園の生徒会長は最強じゃなくてはいけないんだよな?」
「それは間違いないわ」
「そうか。じゃあ、黙らせる」
息を吸って俺は思いっきり言った。
「じゃあ問おう。貴様らのような雑魚風情の意見など聞かねばらない。ましてや貴様らはそこらにある砂粒同然の存在だろう? 最恐で最強な俺に意見するなど図が高いわ」
「じゃあ、更識生徒会長と戦いなさいよ!」
どこからそんな声が届く。一瞬だけ横目で確認すると、奈々は今にも泣きそうな顔をしていた。
「……何故だ?」
「何故って、生徒会長は学園最強がなるものよ!」
「ああ、そういうことじゃない」
馬鹿かこいつは。まったく、どうして俺が―――
「どうして俺がいずれ妻にする女を攻撃しなければならない。貴様のような蛆虫なら話は別だがな」
その時は喜んで腕か足の一本は消し飛ばすがな………と、どうやら静まったみたいだな。
「………馬鹿ぁ」
凄く可愛い声が聞こえたので振り向くと、涙目になっている奈々。二人きりなら間違いなく襲っているだろう。
「「「ええええええええッ???!!!」」」
途端に爆音破が飛んできた。俺は耳をふさぐと、生徒たちは次々と言ってくる。
「ちょっ、は、え、えええええ?!」
「ど、どういうことよ!?」
「何でアンタみたいな奴が会長と!? というか会長の妹と付き合ってんじゃないの?!」
その辺りの質問には今は答える気はない。が、女ってのは噂好きだからすぐにこのことは広まるだろう。
「まさか、胸とか……?」
誰かがぼそりと呟いたので、俺はすかさず言った。
「おい今原因が胸だと言った奴、胸が原因なら織斑先生と山田先生が未だに彼氏がいないことはおかしいだろ。織斑先生は弟というこぶつきで性格が男勝りだからできないとしても、山田先生は学園1の巨乳なんだからできてもおかしくはないと男からの意見として断言しておいてやる!」
大体、胸で好きになるならそいつはいずれ破滅の道に行くだろう。
そんなことを思いつつ、なんとか場を収める。……しかし何故か、姉の悪口を言ったはずなのに織斑は何も言わなかった。
おそらく、これが今年最後の投稿になるでしょう。あ、話はもう少し続きます。
だってまだ、ある一族のことが解決していませんからね。
さて、もう察した人はいるかもしれませんが、次は10巻の内容に入るか9巻のおまけとして生徒会長の日常を書くかもしれません。その辺りは未定です。