放課後、俺は自分の部屋に戻ってきた。………と言っても何故か共用と化している気がするし、何よりも楯無と同居なんだが……。
(…………)
思い出しただけで恥ずかしくなってくる。
同い年―――しかもスタイルがいい女と同じベッドで寝ることになるっておかしくないか? いや、確かにご褒美ではあるが、だからって……なぁ?
……まぁ、男として嬉しいと言えば嬉しいけどね。むしろ嫌がる男はいないが……この世界は一夫一妻制だ。間違いなく何等かの問題が発生するのは目に見えている。
などと思っていると、先に帰っていたのか楯無に声をかけられた。
「おかえりなさい、悠夜君。突然だけどあなたに話があるの」
「………話?」
「ええ。アメリカの基地が襲撃されたわ」
……まぁ、なくはない話だろう。
なにせ十蔵さんはフェイクスードを提供する気はないみたいだし、俺だってルシフェリオンを誰かに渡す気はない。……本音を言えば、朱音ちゃんには情報を提供して黒鋼を強化してもらいたいが、流石にそれは規約違反だから自重しないといけない。
「さしずめ、福音でも取られたのか?」
「一応無事よ。ただ、あまり口外しないでほしいんだけど―――」
「おっぱい揉ませてくれたら考える」
冗談のつもりだったのだが、苦無が俺の横を飛んだのでキャッチした。
「―――ちっ」
ワザとなのか、大きな声で舌打ちをする楯無。何故こいつはそんなに機嫌が悪いのだろうか。
そこは敢えてスルーをして、ズラしてしまった話を戻す。
「で、福音に何かあったのか?」
「……一応、何もないようよ。コアも回収されなかったみたい」
「………何もない、か。いや、必要がなかったのかもしれないな」
俺がそう言うと楯無の眉が少し動いた。
「何か心当たりがあるのかしら?」
「楯無だって気付いているだろ。女権団の不法所持、そしてこの前のことだ。あの時に多数の不明機が現れているはずだが、何か知らないか?」
「……やっぱりそこなのね。だけど残念ながら何もわかってないわ。共通点があるとすれば、すべて爆発を起こしたってことだけ」
そこが唯一の共通点だが、むしろ黒だ。
どこの組織かはわからない。出来具合はわからないが………
「本当は気付いているだろ。お前も」
「そうね。やっぱりそう考えるべきかしら」
俺たちは揃えて自分の考えを口にした。
「「ISコアの量産に成功している」」
どうやら同じ考えのようだ。
とはいえ流石に被るだろう。あそこまで暴れてくれたら誰だって警戒する。
「となると、厄介ね。報告書によれば、IS学園に襲撃してきた数は50を超えていたようよ」
「しかも大半の処理に時間がかかってしまうからな。俺が単独で戦うにしても、あまり多くの敵は望めないぞ」
「そうね。それに、あの炎の機体も厄介………言うなれば、今私たちを狙っている大きな組織は二つ。この前、あなたが逃がした蜘蛛のIS「アラクネ」の操縦者がいるのは
「……わからない?」
「今のところ、わかっていることは今回の襲撃に参加した四人が同じ組織の構成員ってこと。そして一人があなたと私に執着しているってことよ。何故か私を調教する前提らしいけど」
そう言いながら顔を赤くする楯無。……暗部なのにそっち方面の知識がなさすぎだろ。
「………でも実際、為す術がなかったわ」
「そりゃあ、流石にルシフェリオンと同等じゃISはゴミクズ同然だしな」
そもそも、スペックからして違いすぎる。どちらがオカルトかと言えばルシフェリオンだしな。
「そう言われると流石にへこむわ」
「仕方ないだろう。まぁ、当分はそう言うのが出て来たら俺が担当するさ。まぁ、学園の部隊をぶつけてもいいんだが、流石に人的被害を抑えた方が良いだろう? 楯無は遺族に対する金を払わずに済む。俺はあのバカ共を嘲笑いつつ、日頃のストレスを発散できる。お互いメリットはあるだろ」
そう言うと苦笑いをする楯無。どうやら不服のようだが、実際のところ、同類には同類をぶつけるしかない。
「でもいいの? 本当に今更だけど、戦わないって選択肢は―――」
「本当に今更だな。……でもいいさ。「女が強いからあとは勝手にやれ」って言って任せたら、それこそこのIS学園が壊滅する。その危険を回避できるって言うなら、喜んで戦うさ」
別に楯無のためってわけでもないし、朱音ちゃんのためでもない。
俺が残り、活躍する機会があればあるほど俺と周りとの差ができることは必須だろうし、それを利用してさらなるプレッシャーを与えることができる。問題があるとすれば楯無にそのプレッシャーが襲い掛かり、周りから生徒会を交代しろという話が出る可能性があるが、俺が決闘を申し込まなければいいだけだ。というか、色々と規格外な俺と普通の範囲の強さな楯無を比べるのはまず間違っている。
そんなことを考えると、ドアが開かれた。簪が入ってきて俺たちを見ると、そのまま出ようとしたので慌てて止める。
「おい待て。何故わざわざ部屋を出て行く」
「……私の部屋はここじゃないから」
「珍しく正論を言いやがった!?」
何かと理由を付けて俺の部屋に入ってくる簪にそう言われたので、俺は思わずそう叫んでしまった。
「あの、簪ちゃん? 悠夜君に用なら私は帰るけど……」
「明日の朝、8時半にIS学園の門の前で集合」
「……え? 何で―――」
「強制」
そう言ってドアを閉めて消える簪。………あ、これは絶対に行かないと後から何か言われるパターンだ。それに……妙なプレッシャーを感じた。
(………デート?)
そして俺は何故かそう思考を持って行ってしまう。ヤバい。ちょっと楽しみになってきた。
「……悠夜君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「? 何だよ―――」
「簪ちゃんって、異能力者なの?」
一瞬、頷こうかと思ったが止めた。
楯無はたぶん、自分の家に隠された秘密を知らない。おそらくだけど最近のことだし、何よりも倒れていたとはいえあの場に楯無を呼ばなかったのは色々不都合があったはずだ。
「いや、それは知らないけど………」
「篠ノ之さんが言うには、簪ちゃんが水を操っていたって聞いたけど?」
「………流石にそれは知らねえよ」
まぁ、俺が異能力者なのは認めるけど。
知らないなら教えない方がいいと思った俺は、黙っておくことにした。
翌日。準備を済ませた俺は部屋を出てしばらく歩くと、見覚えがない女性がスーツ姿で歩いているのが見えた。
(こんなところに織斑先生以外のスーツ女が歩くのって珍しいな)
教員の服装でスーツ姿な奴はちらほらいるが、生徒用と教員用の寮の場所は違うので一年生用の寮にいるのは織斑先生ぐらいだ。
織斑先生なら挨拶ついでに弄ろうと思ったが、見たことがないので左に寄りつつ道を開けて通りやすくしようとすると、その女性は何故か俺を睨んで来た。
「―――ちょっ、何してんのよ!?」
その女性の後ろから聞き覚えがある声がしたのでそっちを見ると鈴音がいた。
「………誰?」
「アタシの国の……その、候補生管理官。ちょっと女尊男卑気味でさ」
「凰候補生、早く行きましょう。そのような男と話をする時間はありません」
ぴしゃりと厳しめに言う管理官。どこか苛立っている様子だが、
「生理か彼氏に振られたか……」
「いや、だから女尊男卑気味だから」
「凰候補生!」
呼ばれて「ビクッ」と震える鈴音。俺はそれを見て同情してはいたが、口出しはしなかった。
「早く来なさい」
「わかったわよ! ごめんね、悠夜」
「気にするなよ。というか早く行ってやれ」
「うん。本当にごめんね!」
そう言って鈴音はスーツな管理官の所に行く。
俺もそろそろ時間なので少し速足気味に寮を出て門の所にいると、フリルが付いた胸の部分が白でスカート辺りが黒いワンピースを着た簪が待機していた。
「悪い。待たせた」
「………お姉ちゃんとしてた?」
「違うから」
とはいえ鈴音のことを説明してもそれはそれでどうかと思うので黙っておく。
簪の所に移動すると、慣れた手つきで腕を絡める。
「……顔、出しているんだ」
「まぁ、その方がいいかなって」
………本当は女装にしようと思ったけど、楯無に「絶対に素顔を晒して行きなさい」と言われたからな。いや、だからって楯無の言いなりってわけではないが、どうやら俺の顔は少ないようだが需要があるらしい。
まぁ、仮に簪の過激なファンが俺と付き合っていることを察知し、報復とかで誘拐しようと企んでいる奴がいるなら、俺の方に感情を向けられるだろう。むしろ俺が餌となって襲う相手に指定してくれるならちょうどいい。憂さ晴らし程度に暴れてやる。
そんなことが思いがあったが、簪は気にしていないのか俺に寄り添ってくる。その姿を見ていると父性本能が働いてしまう。
もしこの状況を二人の父親が見たらどう思うだろう。俺を狩りに来てくれるならこれ以上の喜びはな―――
―――例えおじさんが強かろうと、僕が強いから余裕で超えて行ってやるよ!
一瞬、そんな言葉が頭に過ぎった。
(………何だ?)
軽く頭を振ると、心配そうに簪が俺を見ていたので「なんでもない」と答えた。
「ならいい」
モノレールに乗った俺たちは、レゾナンスの方へと行く。特に買い物はないのだが、簪がたくさん買うのならペガスを使うとしよう。空飛ぶバイクは不思議だが、そもそも俺たちの存在が不思議過ぎて今更だと思う。
■■■
五反田弾は女の子を連れていた。その女の子はさっきから「アレが欲しい」や「これが欲しい」と言っているが、兄弟子が言うには基本無視を決め込めば問題らしいので、さっきからそれを実行している。
弾が親に無断でとある家に住み始めて二日が経ったが、弾の体には所々生傷があった。幸いなことにまだ顔は怪我をしておらず、腕だけである。
というのもこの二日、弾は手を引いている女の子と一緒に山に籠り、サバイバルに励んでいるのだ。今のところ、彼のスケジュールは朝食を作り、自習をして、山で女の子が育てている熊と戦い、昼食は熊が取ってきた魚を調理し、勉強してまた戦い、夜は兄弟子に勉強を教わっていた。
そんなある意味ハードな生活を送っていたが、所々体が動かなり始めた。自覚したがなんとか隠せると思った弾だが、一瞬で看破されたのでこうして休息がてら買い物に来ている。同居している中学生にいくつか買い物を頼まれているので、今はそれを探しているが―――
(………動物用の首輪って、一体何に使うんだ?)
本当は気付いていたが、敢えて気付かない振りをする弾。
その用途はなんとなく察していたし、使う相手もわかっている。
(……っていうか、ばれたらどうしよう)
弾が今住んでいる家の表札は「桂木」と書かれている。それに気付いた時、弾は内心恐れていたのだ。
―――ばれたら殺される
実際、そんなことはなく、周りも悠夜の部屋は触らせていないのだが、勝手にテリトリーに入っていることで脳裏に焼き付かれたあの光景を自分に食らわせられるシーンがよぎる。
もっとも、それはあくまで弾のイメージでしかないが、ある意味トラウマが植えつけられていた。
一度忘れ、目的用の首輪を買う。女の子……に見えて実は老体の陽子に付けると思われたのか、ペットショップの店員は訝しげに弾を見ていたが、弾はその視線に気づいて頬を引きつらせつつ、店を出た。
「これで幸那の用は終わりじゃな」
「一体これで何をするつもりなんですかね。ペットがいるわけではなさそうですし」
「それ、自分でつけるんじゃよ」
その言葉を右から左へ聞き流し、弾はさっきの発言を忘れることにした。
「後は、これは一体なんですかね」
「これは機械部品じゃな。馴染みの店でないと取り扱ってないものじゃ」
今度は手を繋いだまま陽子が先導する。その光景だけ見れば、兄妹か従兄妹にしか見えない。
路地裏に入り、怪しげなビルの中に躊躇いなく入る陽子。弾は黙ってその後に追いて行くのは、彼女の力を十二分に知っているからだ。
敵となれば一瞬で消滅させられるが、仲間だとこれほど心強い存在はいないだろうと弾は思っている。
そんな思いに気付いていない陽子は普通にドアを開けると、弾めがけて何かが飛んでくる。
それを陽子が掴んですぐさま返す。返されたそれをいとも容易くつかんだそいつは、言った。
「相変わらずの腕前ですね、陽子さん」
「おふざけが過ぎるぞ、晴文。お主、こやつを狙ったじゃろう?」
「ええ。お弟子さんならと思ったので」
「生憎じゃが、こやつはなったばかりでの」
そう答えた陽子は、カウンターの中にいる晴文という男性に言った。
「して、頼んでおいたものは?」
「既に準備済みです」
中に戻り、大きなカバンを持って晴文は再び現れた。
「品はすべてこの中に」
そう言って鞄を渡す。そしてもう一度戻った晴文は長い棒を持ってきた。
「そういえば、これも必要でしたね」
「おお、気が利くのう」
陽子はそれを受け取ると邪悪な笑みを浮かべる。
弾の角度からはそれを見ることができず、自分にどんな災難が待ち受けているかなんて彼は予想できなかった。
■■■
あと数秒遅れていれば、間違いなく俺たちは篠ノ之と鉢合わせしていたところだろう。
別にあの女に苦手意識があるわけではないが、せっかく簪とデートをしているのだから同類を呼ばれて「一緒に行こうぜ」とかほざきだしたら、俺は間違いなくこの街周辺を破壊している。
(それに最近、うるさいんだよなぁ……)
あの機体のこととか、ぺガスが話すとか、超常現象とか、何よりもあの女がそれと縁がないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
そんなことを考えていると、篠ノ之が3人の男たちに包囲され始めた。
確かに篠ノ之の容姿は結構レベルが高い方だから狙おうとする気持ちはわからなくもないが、すぐに手を出すような奴ってそんなにいいか? たまに幼女が犯されたというニュースがあるように、最近の主流は小学生以下だと思っていた。……俺は趣味じゃないがな。
遠くから観察していると、俺たちとは別の方向から来たらしい織斑が颯爽と現れて篠ノ之に絡んでいた男の一人を殴り飛ばした。
「わぉ」
「……大胆」
俺たちはそう言って近くに警察がいるか探す。運があるのか、近くを白い自転車に乗った警察官が通った。その人を呼び止めてデートスポットで喧嘩が起こっているのを知らせて俺たちはそこから逃げた。まぁ、どうせ解放されるだろうけど、デートが台無しになればいいと思ったのだ。
一体どうなるか気になったが、それよりも今はここから退散することが大切だ。場合によっては俺たちも話を聞かれることになるかもしれないしな。
(さて、どこを行こうか)
いっそのこと、デートらしく簪の服をコーディネートしようか。……って、俺は彼氏か。
(…………一応、彼氏だった)
ふと、脳内に学年別トーナメントのことを思い出した。簪にキスをされた記憶が今でも鮮明に残っている。
顔が火照るのを感じつつ歩いていると、前から誰かとぶつかった。
―――え!?
一般人だったのか? いや、でも夏休みぐらいから俺は何故か空間把握能力が格段に上がっているし、一般人の気配なんて感じ取れていたはずだ。
とりあえず謝ろうと思い、俺はすぐに体勢を立て直してぶつかった相手に謝罪しようとしたところで止まった。
(あれ? どこかで会ったことが………)
そして何故か相手は俺を見て顔を青くする。しかし彼女の髪は対照的に赤い。今の姿だけを見れば、「葉」という字が姓名合わせて二文字入っているボクシング馬鹿を彷彿させる。
「……あなたは、学園祭の……」
簪がそう言うと、その女の子が俺の腕を引っ張って近くの路地裏の方へと入ってあり得ない身体能力を発揮して壁を上った。