ウチの【西連寺春菜】が一番カワイイ!!   作:充電中/放電中

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difficulty 9. 『演じ者達のプロローグ』

43

 

 

少女、結城美柑はご機嫌だった。

 

「結城さん!僕とつきあってくださいッッ!!」

 

それは目の前の男子、C組の大好(おおよし)くん-スポーツ万能のイケメンで女子に優しく人気-へ永年の恋心が実を結んだから、というわけではなく・・・・

「ごめんなさい。わたし他に好きな人がいるから」

ほんのり朱い華の微笑。その先に想い人を浮かべる少女は鮮やかな弾ける魅力を放っている、その魅力がますます目の前の男子、ひいてはその背後に潜む影達を虜にすることを少女は知らない。

「「「そんなーーーっっ!!!」」」

いつから覗いていたのか、応援なのか、偵察なのか、数ある疑問を浮かばせる男子生徒達が花壇の影から姿を現す。もちろんその中に頬を恋慕に染める少女、結城美柑の想い人が含まれているわけではなく・・・・

「ごめんね、それじゃ」

混乱のままにこの場を立ち去ることだけを謝罪し、少女は幸せな空気を惜しみなく振りまきながら場を後にする。そこには普段のオトナっぽく、どこか背伸びをした少女ではなく幸せに胸躍らせる等身大の結城美柑が居た。きっとそうさせているのは後を追ってきた木暮幸恵、乃際真美の「今日は美柑どうしたの?なんかすんごい美少女オーラだしてるよ?」「そうそう、A組のあのカノジョいる男子とか美柑ちゃん見てそのカノジョに別れ話してたよ?たった今好きになった人ができたー、とか言って」といったようなどうでもいい(・・・・・・)情報に含まれているわけでもなく・・・・

 

「あ、もしかしてステキなお兄ちゃんと何かあった?」

――――正解。

試験官・結城美柑はビシッとショートカットで活発な少女・木暮幸恵に人差し指と、ソレよ!と満足気な顔を向ける。今の今までそそくさとあらゆる物を無視して家路へ急ぐ少女には必要十分条件を満たした言葉しか認識されないようだった。少女は移動速度を少し緩やかにする。

「えっとカラアゲが好きなリトお兄ちゃんだったよね?」

――――不正解。

試験官・結城美柑はフッと薄く唇だけで微笑み、ややバカにしたような目を、よりにもよって自身に憧れを抱く夢見る少女・乃際真美に向ける。緩やかだった速度が元へと戻る。

 

朝からこの少女はずっとこのような状態なのだ。皆の嫌いな算数の授業のときだけでなく、国語のときも音楽も体育もときもずっと上機嫌でそわそわとしていて"はやくはやく"と目を爛々と輝かせていた。担任である新田晴子はいつもと違う美柑の様子に困惑、恐怖しつつ要求に見事に応えいつもより5時間早く全ての授業を終えた。後で教頭に「今日は平日です。普段通りにお願いします新田先生」と、こってり絞られたのは余談である。

 

――――誰もが解へと至れぬまま、回答者の全員がペンを投げ出す。難解、無理だ、回答不能、傾向と対策を求む・・・

36個の机と椅子が並べられた教室内をゆらゆら回るペンとひらひら舞う解答用紙、その中心で恋する少女・結城美柑は微笑みながらクルクルと回る、頭の天辺で結ばれた髪が揺れる。白いワンピースドレスの裾が遠心力でふわりと舞い上がる。

 

――――うふふふふふ

 

クル、クル、クル、クル

 

教室内を踊るように回る少女、宙を舞うペンと解答用紙はそのままに、背景が流れるように変化して間接照明が照らす薄暗いホテルの一室へ

 

――――あはははは

 

クル、クル、クル、クル

 

回る少女の背景はキングサイズのダブルベッドが置かれた一室から大きな庭付き一戸建てへ、解答用紙とペンが漸く重力に従い庭の芝に落ちる、それらは美柑や想い人の顔に似たたくさんの子どもたちへと変化する。様々な年齢、男女の幼い子どもたちは微笑みながら回る少女を取り囲み一緒に回り踊り始める

 

クル、クル、クル、クル

 

――――うふふふ、あはははは

 

「あ、たまに美柑ちゃんがボソッと言う未来の旦那様ってヒトと何かあった?」

ピタリ、恋する少女が理想郷で華麗にトリプル・アクセルでフィニッシュを決めたとほぼ同時。現実の美柑も足を止める。

――――大・正・解!!

乃際真美の双肩をグワシッ!と掴み興奮に染まった瞳を近づける。思わぬ美柑の急接近に真美はやや顔を引き攣らせた。美柑の荒い鼻息が真美の顔に吹きつけられる。

「え?美柑って婚約してたの?あ、だから今までだれとも付き合わなかったのかー・・・なるほどねー」

木暮幸恵はまるで乃際真美と口付けするように重なってる美柑の後頭部へ納得、と零す。ピクリと耳を器用に動かす美柑。

 

 "婚約" その単語を美柑の耳は大げさに拾う。

――――もしもランドセルにある"手紙"がそれを記してあったなら・・・

――――こうしてはいられない!!

 

少女は遂に駆け出した、結局何が少女に起こり、何が正しい解だったのか。唯一の正解を得たはずである乃際真美ですらソレが何だったのか分からない。通学路である広い駐車場脇の道には困惑しきった顔が2つ残されていた。

 

 

少女、結城美柑の"楽園(ハーレム)"を裏切る招待状(てがみ)が封を切られるおよそ1時間前の出来事である。

 

 

44

 

 

殺し屋、金色の闇は冷静でなかった。

 

小さな掌の上にある一通の手紙、その手紙がヤミの静寂な精神をかき乱す。

正確に言えばその手紙の内容が問題ではなく、裏に刻まれたひどく乱雑に書き殴った文字「サイレン寺アキトより」であった。

 

ルナティーク号内に置かれていた手紙。依頼かと思ったら思わぬ人物からのものであった。差出人の文字を見たヤミは思わず両目を三回擦った。顔を二回洗った。ルナティーク号に差出人を191回音読させた。ルナティーク号はうんざりした。

 

冷静さを見事に取り戻した殺し屋、金色の闇は、いつも(・・・)のように83個(ヤミ)のたい焼きを購入する。秋人の"絵本読み聞かせ劇場"へと観劇に向かう際いつもこの数だけ買う。二人で割り切れない数字が良い、と何度目かの購入でヤミはそう思うようになっていた。

 

スタスタと道を行く感情の読めないクールな殺し屋。いつも(・・・)のようにしっかりと躰を銭湯で磨いたヤミの金髪がキラキラと宝石のような輝きを散りばめる。歩みに従い生まれる風に靡かせた毛先が漂う。その姿はお伽話の登場人物のような幻想的な印象を周りの観客達に与えていた。そんな幻想的な殺し屋、金色の闇は、あまりに冷静だった為にスカートの裾がパンツに挟まって可愛い小ネコが丸見えになっていた。浮かれて声を掛けてきたモテなんとかという男は従えた後輩達もろともタダの屍となった。おや?反応がない、もう二度と目を覚ますことは無いようだ。

 

そしていつも(・・・)のように自分一人の為に(・・・・・)開かれる劇場の入り口前に立つ金色の闇。目を細め一人ほくそ笑む。

――――今は授業中だ。そんなことは冷静な殺し屋たる自分は心得ている。そう、居るはずがないのだ、図書室になど。だが目当ての人物が本日古典(・・)の授業の一環で図書室に居るのは冷静かつ慎重な殺し屋である自分、"金色の闇は知っている"。ヤミは一人冷静に状況を分析した。

・・・なぜそんなことを知っているのかは聞いてはいけない。きっと表情豊かなAIが涙を流すような苦労があったであろうから

 

ヤミは笑みを消し無表情の仮面を身につける。これでよし準備完了、情報収集開始。とドアの前で足踏みをする。

 

ガラリとドアを開け放つ。…誰もいない。

 

人影の無い茜色の図書室で呆然とする冷静かつ慎重な殺し屋、金色の闇はこの時初めて(・・・)冷静になった。時刻は現在、午後6時15分。とっくに授業など終わっていた。

 

無言の図書室には多量の絵本と大量のたい焼きを抱えた一人の殺し屋少女が残されていた。キラキラと茜色を反射する金髪が虚しく輝く

 

いつも以上に(・・・・・)観劇準備に時間をかけた殺し屋、金色の闇が招待状(てがみ)を読んでいないことに気づき封を切る30分前の出来事であった。

 

 

45

 

 

〘ゆい〙「はあッ!」

ゆいの攻撃!バキッ!と豪快な音を立ててモンスター〘ベロモンA Level 18〙は吹き飛んだ。〘ベロモンA〙は息絶えた。〘EXP23〙入手した。〘総EXP:55250〙

 

〘ゆい〙「ふぅ、結城くん怪我はない?」〘ゆい:武闘家Level 46〙

額の汗を腕で拭い背後の仲間を気遣う武闘家

〘リト〙「ああ…ありがとう!コケガワさん!」〘リト:花屋Level 3〙

無傷の花屋、結城リトはもう既に何度目か分からない礼の言葉に頼もしい仲間である武闘家の本名を添える

〘ゆい〙「…。」

ジトリともう既に何度目か分からない厳しい目を向ける武闘家、古手川唯。右拳が顔の側面で握られている。〘攻撃力〙が上がった。

〘リト〙「こっ、コテガワさんでした!すみませんッ!」

慌てて頭を下げる〘花屋〙は地に落ちている〘お金〙を急いで拾う〘15R(ラブル)〙手に入れた。〘所持金:10862R〙

 

「いやー、結構遠くまで来たよなー」

一連のくだりを終えた二人は今歩いてきた荒野を見渡しながらこれまで道程を回想した。リトはその間役に立ちそうにもない〘じょうろ〙を左手に出現させたり消滅させたりを繰り返していた。

「そうね、大魔王の城まであと2つ街を周ればいいわけよね?」

既に着慣れてしまった深すぎるスリットの入った〘武闘衣〙の埃を払いながらリトへ向き直る古手川唯。

 

自身の問いかけを無視し同じ言葉を繰り返すNPCにブチ切れていた古手川唯でさえRPGを理解できるほどに、二人は長い時間をこのゲームの世界で過ごしていた。

「さっきのクエストで手に入れた情報だとそうだよな」

リトはペラペラと茶色い紙をめくる。そこには〘これまでのあらすじ〙と御丁寧に主要な冒険の要点が記されていた。

 

冒険者ふたりはここまで協力して二人三脚でやってきた。様々な"苦難(とラブる)"があった。例えば花屋が躓き武闘家のパンツをずり下げたり、転んで武闘家の胸に突っ込んだり、人に押されて武闘家を押し倒したり、うっかり武闘家の入浴シーンに遭遇したりと、"苦難(とラブる)"があった。大変な"苦難(とラブる)"があったのだ。

 

〘リト〙「そろそろお金も溜まってきたし街で一休みしないか?」

リトは全く使わなかった〘棍棒〙を放り捨てる。〘棍棒〙を失った。〘リト:HP 30/30〙

〘ゆい〙「そうね、でもまたハレンチなことしたら・・・」

ゆいは拳を握り力を溜めている。〘攻撃力〙が上がった。

〘リト〙「しっしないしない!」

リトは慌てて〘じょうろ〙を振った。しかし何も起こらなかった。

〘ゆい〙「クスッ、いいわよ別に。ワザとじゃ無いんだ!で、しょッ!!」

ゆいの力が開放された!ドゴッ!!激しい音をたて〘荒野の大岩〙は砕け散った。鉱石アイテム〘ツンツンクリスタル〙を入手した。〘ゆい:HP756/960〙

 

破壊した大岩から〘リト〙へと視線を移す〘ゆい〙

睨みつけた視線のままで器用に笑う古手川唯とバツの悪い顔をする結城リトの間には確かな信頼関係が生まれつつあった。

それは武闘家が開けた宝箱がトラップで転移アイテムで多数のモンスターに囲まれ閉じ込められるものであり、全滅必至であった事や、武闘家がうっかり引っ掛かった紐がトラップで所持金を0にするもので途方に暮れた事や、武闘家が花屋に使ったアイテムがトラップで毒状態になり瀕死となって街へ戻り解毒剤を買い求めに走り周った事などが影響していた。苦難と言えないその出来事たちは確実に二人のキョリを縮めていた。

 

〘ゆい〙「もう、ワザとじゃないのは分かってるわ、行くわよ」

〘リト〙「ああ!」

凸凹冒険者パーティーは〘北の大地〙を進む。次の街に強力な〘ボス〙が2体も待ち構えている事を知らずに…。

 

To Be Continued....

 

 

46

 

 

「ふぃー、食った食ったー!」

「げぷっ、マンプクだぜー!」

真っ暗な夜道を荷物を抱えて歩く満足顔の二人。

「しかしナナ、お前食い過ぎじゃねえか?太るぞ?」

「ン?なに言ってんだ、甘いモノはベツバラって言うだろ、あたしより兄上(仮)の方が食ってたぞ」

両手に紙袋をぶら下げるナナは同じく荷物を両腕で巨大な紙袋を抱きかかえる秋人を見上げる

「いや、お前の方がステーキ300グラムは上をいっていたぞ」

「・・・兄上(仮)の方がティラミス8個分くらいは私より食ってたダロ」

自身の食べっぷりを振り返りつつ、乙女の自分になんて無粋な事を言うんだと不満な目を向けながら大雑把なカロリー計算をするナナ。意外にもそれは正しかったりした。

「いやいや、甘いものは太るし。ちょっとで良いんだよ」

「イヤイヤ、ステーキ肉は脂身がジャマだし、あたしは赤身でイイな」

二人は同時に料理たちを思い浮かべる。あの料理、この料理、素敵な花園がもう一度二人の意識に召喚される。

「・・・あの肉巻いた草のやつ美味かったなー」

「サンチェ巻きってヤツだろ?兄上(仮)ってバカだな、後ろの女が説明してただろ覚えてないのかよ」

「ムッ、失礼なヤツ・・覚えとったわ」

先に現実へ舞い戻ったナナはすかさず秋人の揚げ足を取る

「チョコも良かったけど・・・やっぱあの上に乗った赤い果実もウマかったナー!」

「ラズベリーだな、ナナのアホめ。それでプリンセスなぞ片腹痛いわ」

ふん、とすかさず秋人もナナの揚げ足取りをする。

「ムッ!しっ知ってたし!"れでぃ"にアホとかヒドイこと言うなよな!兄上(仮)!」

ぷんすかと顎を突き上げ八重歯を見せてムキになるナナはその仕草が自身の幼さを強調している事をしらない

「ハハッ!、ナナがレディだと?ハハハ!!こりゃケッサク」

乾いた笑い声を響かせナナを()でる秋人、自然と表情が柔らかいものになる。

「バカにすんな!コレでも胸だって少しくらいは…そりゃモモや姉上よりはナイけど…」

その視線を哀れみと勘違いしたナナは自身の胸元に視線の影を落とす。

「おっぱいに夢やロマンを詰めるのは男だ!おっぱいとは器!大きさは関係ない!ナイ胸だって"ちっぱい"だって真の漢は愛してロマンを詰めるのだ!」

ナナのコンプレックスを心得ている秋人は声高に力強く叫んだ。広大で優美な木々が広がる敷地内にその声は遠くまで伝わった。

「ホントか!?大きくなくてもイイのか!?兄上(仮)!」

興奮したナナがガサガサと紙袋で音を奏でる。

「ほ ん と う で す 。」

秋人は自身に向けられる縋るような瞳を真っ直ぐに見つめ視線を抱きとめる。わざとゆっくり返した声音(こわね)はナナの心の奥にじんわりと浸透した。

「!!そうだったのか!コレでモモにバカにされずにすむぞ!!!」

目を線にして満面の笑みのナナ、八重歯と尻尾が無邪気な悪魔を秋人に思わせた。

「……まぁ大抵の男は大きいおっぱいが好きですけどね」

邪気をたっぷり湛えた笑みを浮かべる秋人

「オイ!!」

無邪気な悪魔の激しい揺れに紙袋の底に大きな負担がかけられる。

「そういえば知り合いにおっぱい大きくする伝道師が居るな」

視線をナナから外し、夜空を見上げる。そこには一人のセクハラ仲間がニヤニヤと浮かんでいた。

「ホントか!?ショーカイしてくれ!」

瞳を素直に輝かせるナナはひどく興奮した様子、やはり大きな胸への憧れは捨てきれないらしい

「ほんとうです。ま、今度会わせてやるよ」

やや呆れながら答える秋人は後は頼りになる仲間にあとを託す事にした。秋人にとっては"ちっぱい"ナナも可愛いと思っていたのでどっちでも良かったのだ。端的に言えば里紗に丸投げした。

「やったゼ!約束だぞ!?ゼッタイだからナ!」

ナナの両手に持つお土産(・・・)がガサガサビリビリと予兆の音を立てる。ナナの両手では持てない残りの()を秋人が持っていた。ちなみに秋人に土産はない。それはなぜか――

 

「良いですこと?下僕秋人。御主人様であるところのこの(わたくし)の言うことを耳かっぽじってよくお聞きなさい」

三人の背後に腕を組んで立ち、尊大な態度の天条院沙姫。綾はしっかりとスポットライトを当てて後光を演出している。

「ハイハイ、おっ!こっちは何か赤いのがあるぞ!辛そうだ!辛いの大好き!ヒャッホイ!」

秋人の視線の向かう先にはある料理。えっとこれは肉と野菜のやつ…「キャベツと豚肉の豆板醤(トウバンジャン)炒め、家庭的な料理だ」すかさず思考を先読みした背後の凛が解説する。

「兄上(仮)って辛いのスキなのか?私は甘いほうがイイけどナー」

小休止中のナナは秋人の腕の下をくぐり料理を覗き込む

「辛いのが好みだったのか、ではこれをほんの少しだけ足してみると良い」

凛はテーブル脇に置かれた小壺を手に取り秋人へ差し出す

「…そもそも今回誘ったのは気遣い女王(クイーン)であるこの(わたくし)の…」

天条院沙姫は認知できる状況をひとまず無視することにし、語る言葉で注目を集めようとした。綾は演出を強くしドライアイスの白い煙をパタパタと扇ぐ

「ほふっ!カラーッ!!辛い!辛いぞ!コレ!はひーっ!」

はふはふと口を動かし苦悶の表情の秋人は気づいた様子もない。

「キャハハ!バカだなー!」

指をさしてケラケラと笑うナナも気づいた様子もない。

「…ほら、水だ秋人、それは豆板醤のつけすぎだぞ、ほんの少しでいいんだ、それは四川で作られたものだから特別辛くできているんだ」

すばやくグラスを差し出す凛は解説に夢中で敬愛する沙姫にすら気づいた様子ではない。

「サンキュな凛、ナナのアホめ笑いすぎだ。コレでも食らえ!」

「むがっ!・・・辛ーッ!!!!ってイタッ!辛すぎてイタイ!何するんだよ兄上カッコかりぃぃい!!!」

肉と野菜のやつ…「キャベツと豚肉の豆板醤炒め、だ」…をナナの口に箸の先ごと突っ込む秋人

「そんな辛くねーだろ、甘党め、おこちゃまだな」

水で喉を潤し今度は秋人が小休止をとる

「ナンダト!お菓子スキで悪いかよ!肉好き!肉魔!」

後ろのケーキで辛さを中和させたナナの口元にクリームが付着する

「やかましい!肉は命の源だろーが!」

「お菓子は心の栄養だろ!」

クリームを添えた口元のナナは牙を剥き出し秋人に顔を近づけ咆える、秋人も痺れが残る舌と唇でナナに咆えた

「二人とも喧嘩は良くない、それに心配しなくても並べられている料理は全て食品添加物などを一切使われておらず…」

どうどう、と獣達の間に入り仲裁を図る凛。そんな時でも解説を忘れない。背後で独り、語り続ける敬愛する主の事は忘れていたようだが。

「…そしてすぐ傍にはその名の通り凛とした花のような素敵で麗しの令嬢が…」

瞳を閉じて現状を必死に理解しようとする理性をブン投げていた沙姫は一番語りたかった本題へと入る。導入部は既に語られていたようだが、間の悪い事に凛の解説に全て被され潰されていた。

「…沙姫様、誰も聞いてないようです」

四色サイリウムを振っている綾はついに今まで思っていたことをポロリと呟いた。

 

ええ、わかっていましたわ、わかってましたわよ。と……沙姫の理性はボロボロになりながらも現状を伝えるべく叫んでいた。応援団長としてそれを力尽くでねじ伏せ倒して放り投げて、それでも向かってくる理性を殴りつけ、全力で抑えこんで上四方固めをキめていたのだ。ケンカ女王(クイーン)の本領発揮である。ピシッと沙姫は(こめ)かみに青筋をたてる。場が一瞬で凍りつく。ただし認知できたのは傍でサイリウムを懸命に振る綾だけであったが。綾は感じる冷たさにぶるりと身を震わせる。「あの時、眼鏡が室温の変化で曇った気がしました。炊いていたドライアイスのせいではないと思います。」と後に綾は語った。

「つまみ出せ」

気遣い女王(クイーン)・天条院沙姫のものとは思えぬ低い声が大広間に響く。黒服に身を固めた男達が雪崩れ込み二匹の蝶と虫捕り少女を花園から駆除した。神輿のように担がれどやどやと運ばれる中、「うおー、まだに・・」「アーッ!あっちのケーキま・・」「さきサマー!」と耳障りな断末魔の叫びが断罪女王(クイーン)・天条院沙姫の鼓膜へ響く、その中に自身の友であり応援すべき武士娘のものを発見した沙姫が慌てて凛を回収させたのは余談である。

 

その混乱の間際にちゃっかりプリンセス・ナナはお土産用(モモの目の前で食べて自慢する為の物)に用意させていたケーキを秋人に持たせ自身も両手で掴めるだけ掴んで追い出されていた。

お肉ハンター・秋人の方はあとで天上院に頼んで冷凍して宅急便で送らせようなどと隙のない計画立てていた。明日の夕飯は豪華に春菜と食えるぞ!ララや結城兄妹、ヤミを誘うのもいいかもな、と思っていたのだ。天上院だし、凛も綾も後押ししてくれるだろうとか考えていたのだ。本来そうなるはずだったが凛までも沙姫の話を聞かなかったのが読めない誤算だった。秋人にとっては沙姫の厚意も買い付けに来た物産展気分であったのである。ある意味天条院沙姫は正しい行動をとっていた。

 

「あ、忘れてた」

「ン?なんだよ?」

視線を暗闇が広がる道路の先へ向けたまま秋人は呟いた。ナナはそんな秋人を見上げながら小首を傾げる

「あの手紙ってやっぱ招待状?えっとなんだっけ、とらぶるくえすと?」

「あー、名前は確かそんなカンジだったナー、なんで兄上(仮)が知ってるんだ?」

「…ララに聞いた、そんなゲーム作ってるって」

「なーんだ、そっか、あ。そういえば兄上(仮)にはちゃんと手で渡せってモモにウルサく言われてたんだった」

納得した様子だが双子の妹、モモの本性を思い出し冷や汗を浮かべるナナは視線を秋人から外し同じく暗闇の先へ向けた。足元の固い地を知らずに力強く踏みこんでしまう

「…春菜にも渡したのか?」

「ハルナ?」

「西連寺春菜だ」

秋人はの視線は変わらず暗闇を見据えたままでナナへ尋ねる

「サイレン寺…それって兄上(仮)のホントの…ムッ、」

「なんだよ?」

ここで初めてナナへ顔を向ける秋人、その顔をハルナという女の話が出てからじっと見ていたナナは見上げるその双眼が自分ではなくハルナと言う妹を捉えていると目ざとく気づく。

「…しらない」

「あん?」

視線を男の黒髪から外し呟くナナ、それを見て首を傾げる秋人

「だってあたし担当じゃないし。モモがなんとかしたんじゃないの?あたしキョーミないし」

「モモが?」

並んで歩く二人の紙袋からケーキたちに飾られた果実が紙袋の中で擦れ音を立てる。

「なーんか張り切って自分で渡すって…それよりさ、兄上(仮)あたし達のホントの兄上になりたくないか?…別に兄上じゃなくてもイイケドヨ…」

"モモ"という単語に足をもう一度強く踏み出し、秋人の前へ躍り出るナナ。不貞腐れていた態度を一変させ俯き呟く、今度はナナの紙袋だけが音を立てた。

「はぁ?もう立派なおにいたんだぞ?ヒドイなぁナナ、おにいたん悲しいよよよ」

それを見て大げさに悲哀を表現する顔をしてナナをやり過ごす秋人にナナはコンプレックスの話よりも敏感に歯を噛みしめる。ギリッと小さく音がした

「キモチワルイ!ヘンな声出すな!それにまだ兄上として認めたワケじゃないぞ!」

白々しく演技をする秋人にナナは本題をずらされた、と牙を剥く

「それより春菜とララは無事なのか?ちゃんとプログラミング終わってるんだろうな?」

同じく本題をずらされた秋人は話題を元へと戻す

「ムッ!それよりってなんだよ!あたしのホントの兄上になる事が不満なのか!」

ますます牙を鋭くするナナが咆える

「だからもう立派な兄だと言ってるだろーが…それよりプログラミング終わって・・・」

なるべく穏便に望む情報を得ようとする秋人の視界にピンッと怒ったように伸びる黒い尻尾

「だ・か・ら!ホントの兄上になりたくないかって聞いてんだろっ!!」

お互いに望む本題に入るべく修正を図るが言い合いになってしまう二人。

「ええい!うるさい!はぐっ!」

「ひゃあっ!んっ…あっ!しっ、尻尾を…」

秋人は先ほどから自身の視界の中で揺れていたデビルークの証である黒い尻尾を口に含み舌であやす

「…ほがほろ」

「し、しら…ふぁっ!…っ、んんっ!はっ…ぁん…」

問いかけにぎゅっとナナは両手の紙袋を強く握りしめる。

「…ふぁにをたくらんでる」

目を細めて唇で甘噛しつつ舌を這わせる秋人

「あっ…ぃ‥はぁっ、んっ…もものヤツがなんか…あにうえを、ひあぁっっ!!あうぅっっ!!んッ!」

ぶるりと震え、耐えるように握りしめた両手はナナの好物を手放す。かしゃと落ちる紙袋、力を失ったはずの両手は秋人の胸辺りを強く掴んだ。ナナの爪がシャツの上から突き立てられる。秋人がそうして掴みやすいよう持たされていた荷物を地面に置いていた事にすらナナは気づいていなかった。

俺を…どうするって?と尋問を続けるが、荒い息を吐き喘ぐナナは最早何も答えられない様だった。答えられないのか答えて終わりにしたくないのか、どちらにせよこれ以上の時間は無駄か、と秋人は一人完結しあやしていた舌を止める。ナナは喘ぎ悶えるのを止めてはぁ、と熱い息をついた。――――二人に沈黙の時間が訪れる。

 

「全く、あれだけ大口を叩いておきながら手玉にとられてるのはアナタの方じゃないの、ナナ」沈黙を破る第三者。

頭を押し付け縋りつくナナは人差し指で秋人の胸を一度だけ小さく掻いて不満を訴え、続きを催促しているところだった。ナナの背後に降り立つモモ・ベリア・デビルーク。雨に降られたのか桃色のくせっ毛と服はしっとりと濡れていた。

「ふぁっ!も、もも‥」

よく知る声と気配に正気を取り戻そうと必死なナナは取り敢えず顔だけをモモへと向ける

「ぺっ、なんだ、そっちから来たのか」

秋人はいまだ含んでいた尻尾を吐き出し、もう一人の妹へ視線を合わせた。

「こんばんは、お兄様。ご機嫌よう、ナナがお世話になりました」

「どうも、こんばんはプリンセス・モモ、相変わらず外面は良いんだな」

ふんわり人当たりよく微笑むモモへ同じように微笑む秋人はナナの両肩にそっと手をそえる。ナナはモモから顔を隠すように秋人へ素直に身を預けた。

「あら?初めまして、ではありません?」

「そうだったな」

笑顔はお互いそのままで言葉を交わす二人。

「フフッ…調査通りのお方のようですね、お求めはこちらですか?」

スッと招待状を差し出じモモ。瞳の奥が妖艶に光る

「俺の役はなんだ?」

無視し間髪入れずに問う秋人

「もちろんアレ(・・)に決まってますわ。お兄様♡」

弾むモモの声。その声と表情は存分に歓喜を香らせていた

「へー、アレ(・・)か」

薄く目を閉じ唇を歪ませて嘲笑う秋人

「ええ、それではおふたり(・・・・)で頑張ってくださいね、応援してますから」

ナナの真横に立ち招待状を差し出す。秋人は目だけでそれを見やり一度だけモモのピンク髪を見る。それは此処には居ない目の前の双子たちの天真爛漫な姉を容易に思い起こさせた。

「それはいいけどプロ「プログラミングに問題はありませんよ?」…ならいいけどよ」

話題に入りもせずに抱きつき続けるナナは思い返しているのか耳を赤くして秋人の胸に額をグリグリ擦り付けている。その仕草はよく知る恥ずかしがり屋の黒髪を連想させる。秋人はナナにそえた両手に力を込め躰を離す。あっ、とナナは不満気に声を洩らした。無事だった紙袋を拾い上げナナの薄い胸に押し付けた後、ビッ、と乱暴に招待状の封を切る。光に包まれ秋人は転移させられた。その刹那、秋人は笑顔のモモの唇が小さく歪んでいく光景を確かに見た。その歪んだ意図はある意味秋人の予想通りであり、また避けられたことでもあった。

 

それは二人の大魔王(・・・)が冒険者達の前に立ちはだかる4時間前の出来事であった。

 

 

47

 

 

「これで全て、計画通り…」

目を細めて花の笑みを浮かべるモモは紛うことなき可憐なプリンセスだった。視界の暗闇には捕らわれのお姫様と並び立つ(・・・・)勇者の姿が浮かび上がる。

「…あにうえ…ハッ!モモ!?」

隣から呆けた声が聞こえてモモは顔を向ける。ナナの口元に残る甘い快楽をたたえる涎の跡。見た目が幼く見えるだけにその跡は違う別なものにモモには見えた。

「さっきも言ったでしょうソレ…それよりナナ、涎を拭いたら?はしたない…その紙袋はなに?」

双子の姉に肩を落として呆れた表情のモモ

「え!?よだれ!?」

目を丸くして驚きぐしぐしと乱暴に口元を拭うナナ

「「あ、」」

咄嗟に手放した紙袋の底が抜け色とりどりのケーキの群れがグシャグシャッと音をたてながら湿ったアスファルトに食べられる。

二人の視線がケーキの残骸に向けられる。ナナの足元に突如として誕生した甘い小丘には赤い果実一つだけが他のケーキたちを犠牲に払い大食らいの地の餌食にならず無事だった。

「…モモ、オミヤゲだ、残り食っていいぞ」

言うより早く無事だったラズベリーだけを素早く手で摘み、口に放り込んだナナはニッと八重歯を見せて自慢気に笑う。右頬が小さく膨らみ愛らしい、けど同じくらい憎たらしい、とモモは思った。

「もう食べられるものがないでしょう!!」

そんな小憎たらしい双子の姉に先ほどの空気を一変させ、ケーキの残骸を指差し無邪気に憤慨するモモ。夢魔の小さな二つ結びが雨の残響を放つ。小さな雫達は本来ならばナナの腹に収まるはずだったお土産達に落ちて弾けた。それは前触れだったのか、弾けたと同時に空からみぞれが降ってくる。それは双子の姉妹を同じように濡らしていく。これで濡れていない、この寒さを知らないのは最早此方側にいない者達のみとなった。それでも雫はやがて彼らを濡らすことになるだろう。時が経てば雪に変わるその雫たちは誰にでも平等に舞い落ちる、少女に、少年に、姫に、殺し屋に、街に、此方側に(・・・・)居ないものだけを残して――――




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【 Subtitle 】

43 夢見し乙女を醒ますもの

44 "苦難"を経て深まる絆

45 麗しき兄(仮)妹愛

46 アスファルト「我々の業界ではご褒美です!」

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