ウチの【西連寺春菜】が一番カワイイ!!   作:充電中/放電中

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difficulty 8. 『開幕を告げる鐘の音』

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トントントントントン…カチッ、ジュワッ!シャッシャ…

 

キッチンにリズミカルな食欲をそそる音が響く、秋人はその音を奏でる人物―――西連寺春菜の後ろ姿をテーブルに顎をつき、ぼんやり眺めていた。

 

(…朝も早くからよく手の込んだモノを作るもんだ。冷凍食品でチーン!とか、パンを焼いてチーン!とかでも良いだろうに。)

 

回鍋肉、ほうれん草のおひたし、蒸し鶏のサラダ、ごはん、味噌汁…そして現在卵焼きを鋭意製作中。毎日、春菜は卵焼きを焼く

 

『出汁が効いていて美味しいな、優しい甘さも春菜みたいでいい感じだぞ』

 

と褒めたら毎回毎日作るようになった。

 

『そう?良かった。卵には必須アミノ酸がバランスよく含まれててね、免疫力が…うんぬんかんぬん』

『いやそういう事じゃない。卵焼きって甘いのがあるだろ?甘さ控えめで俺の好みに合ってるのが"家族"って感じで良いなって意味だったんだけど…、』

『そ、そう?やった!いや、えっと良かった!』

『…何をテンパッてるんだよ、おかわり。』

『うん!ごはん重くしてあるからね!』

『は?お前は民宿のおばちゃんか』

 

ココ最近の春菜はおかしい。妙に頑張っている。いや、頑張るのはいいことなのだがちょっと頑張りすぎだった。

 

(結城リトとのコレといった進展もないし、焦っているのだろうか?)

 

"焦り"

 

自身の浮かべた疑問の単語がピタリと当てはまる。春菜は何かを焦っている。どんな理由があるのだろうか、何を焦っているのだろうか。新しく登場するヒロインたちの事だろうか?詳しく教えてはいないが、前に「のんびり待ってるだけじゃホントに欲しいものは手に入んねーぞ」などと偉そうに言ったことがあるし、それかもしれない。

 

揺れる春菜の後ろ髪…一つ結びはララたちのように長めに作られておらず短い。結ぶ意味はあまりない気がする。前のアドバイスを実行しているようだ。律儀なヤツ…

 

――――春菜が俺をこの世界に呼んだのなら、願い、望んでやまないものは自身の"恋の成就"だろう。結城リトの大切な人、一番になる――――春菜が幸せになれるのであれば何でも良い。願いが叶い、俺がこの世界から消え去ってしまっても。もう二度とこうして共に食事をとって笑い合ったり、遅刻ギリギリに彩南高校まで文句を言い合いながら駆けたり、雑貨の買い物で彩南町をふたり仲良く周ることが出来なくなってもかまわない。

 

「んん~♪」

「…。」

 

もともとこの世界の人間ではない、元居た居場所へ戻るのは自然なことだ。この世界は春菜達のものなのだから…。その時が来たら未練なく消え去る事ができる、そう思えるような最高のエンディングシーンを作り、納得できるものにしてから俺は春菜達の前から消える。覚悟も、準備も、既に整えた。あと必要なのはタイミングだけだ

 

ジュワッ!ジューッ!

 

「ふんふんふふふ~ん♪」

「…。」

 

調理の音に春菜の鼻歌が重なる。俺の識らない鼻歌を唄う春菜は機嫌が良さそうだ。俺は頬杖をつき直しコップの水を口に含み飲み干した。よく冷えた水ははっきりと脳細胞に覚醒を催促し、同時に胃も動き出し元気に空腹を感じだす。―――春菜の卵焼きはまだ出来上がらない。

 

ふわぁあ

 

不意におそってきた、大きなあくび。

 

大口を開けて、んっと両手を挙げる。ピンっと伸ばされた背筋と、じわっと湧きあがってきた涙がやんわりと気分に変化を促した。涙で滲んだ視界には変わらず料理に励む春菜の姿。淡い空色のエプロンの結び目。頼りない狭い背中。華奢で細くしなやかな腰、小さく引き締まった臀部(でんぶ)

 

あくびとは違った涙が、瞳の中にじっくりと湧きあがってくる感覚。

目の前の春菜と時の流れが瞳の奥に映しだされる。妹の美しい女へ成長の時間、これまでも、これからも見れなかった事、見れなくなる事―――その光景がどうしようもない焦燥感を伴って心に悲しみの波紋を広げてゆく…………

 

「春菜、」

 

耐え切れなくなって思わず声をかけてしまった

 

「なに?お兄ちゃん」

 

手元を動かしながらこちらを見ずに答える春菜―――卵焼きは仕上げの段階のようだ。俺の声に含まれるかすかな震えは、せわしない朝の空気の中に溶け込んで春菜の耳には届かなかった。

 

俺は逆にそれが幸運だったと感謝した。幸せな未来へと羽ばたく春菜に影を落とすよう考えを、じっくりと自分の中にある春菜への想いに溶け込ませ交わらせていく。それはまるでコーヒーに落とされたミルクのようにぐるぐると回りながら俺の想いの色に混ざり、消えていった。

 

「…さっさと作れよ、また走るのは俺は嫌だからな」

 

口に出したその言葉に、先ほどの震えはもうなかった。

 

「はいはい、もう、ワガママ言わないでよ…こうでもしないとお兄ちゃんは野菜食べてくれないでしょ?」

 

フライパンを片手に振り向いて応える春菜。

 

「あん?ただの卵焼きじゃないのか?ソレ」

 

顎で卵焼きを指す、もはや切り分けるのを待つのみとなったふんわりとした黄色の卵焼き

 

「え”…あはは、も、もちろんただ(・・)の卵焼きだよっ?…じゃあ食べよう!」

 

春菜は焦った様子で玉子焼き専用フライパンを背中に隠した

 

「…またなんか入れたな?」

「はい、ご飯よそってあげるから茶碗とってね」

 

質問を遥か彼方へ蹴飛ばしテキパキと玉子焼きに包丁を入れ、盛り付けつつ指示を飛ばす華奢な背中

 

「無視すんじゃねぇ!何を入れたんだ!俺の卵ちゃんに!」

 

盛りつけた皿をテーブルに置きながらもこちらを見ようとしない春菜に文句を言う、卵はあれだ必死アニメさんがうんたらかんたらなのに、野菜を入れるなどと…せっかくの春菜の甘い味が乱れるではないか

 

「私が作ったんだからいいでしょ、いいから茶碗を渡してお兄ちゃん、それとも朝ご飯いらない?」

「…ほらよ、んで何を入れたんだ?この赤いのは何だ、人参とかなのか?」

 

俺専用マロンに似た絵が描かれた青い茶碗を手渡す。ちなみに春菜は同じデザインのピンクの茶碗。この間駅前で一緒に購入したのだ。

 

「…人参はとくに旬はないけど、秋から冬にかけていちばん味がよくなるんだよ?」

「知るかっ!まったく!いただきます!」

「はぁ、お兄ちゃんはホントに世話がかかるんだから…」

 

溜息をつきつつ困った顔をする春菜だが疲労の色はない。いただきます、と両手を合わせ箸を手に取りちらちらと上目遣いに俺を見る。それで隠してるつもりなのか?………解ってるっての

 

「…今日も美味いぞ、春菜はいいお嫁さんになるな」

 

ずずっと味噌汁をすすりながら一言。ちゃんと出汁からとっているらしい。凝り性な…

 

「…ありがとう、えへへへ」

 

だらしない笑みを浮かべ身をくねらせる我が妹。まったく、何を想像しているのやら、最初の感想を毎回リピートさせるなよ、

 

「…本当にそうなるだろうな」

「えへへへ…ん?なにか言ったお兄ちゃん?」

「なんでもねーよ、さっさと食えよ?走るのは嫌だってさっき言ったろ」

「あれはお兄ちゃんがおかわりするからでしょ、もう」

 

零した未来予想図は春菜に今度も届いていなかった。でもそんな未来へ導くことは出来そうな気がする。いや、俺がそうなるよう導くのだ。必ず。

未だに目の前でだらしない笑みを浮かべ頬を羞恥に染める春菜を見ながらそう、思った。

 

 

38

 

 

――――私もお兄ちゃんを好きになってもいいのかもしれない

 

九条先輩にお兄ちゃんの事を識らされた時、私が最初に思ったこと…不謹慎にも秋人お兄ちゃんの願いや望みといったものを一気に飛び越えそこに辿り着いた。

 

お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけど本当はお兄ちゃんじゃない。混乱する日本語だけどそういうこと…ううん、混乱してるのは日本語だけじゃなく私の心の方も。結城くんへの恋心と秋人お兄ちゃんへと傾く切ない気持ち、私、どうしたら…

 

「はーるなっ!コレおいしいねっ!」

「…うん、本当だねララさん」

 

公園のベンチに座りそれを頬張る笑顔の私達ふたり、学校の帰りに美柑ちゃんとヤミちゃんオススメのたいやき屋さんに寄った、屋台のおじさんがヤミちゃんのお友達かい!?コレも持っていきな!と言ってたくさんの種類のたい焼きをくれた。口にしたチョコ味は少し苦い気がする。カスタードクリームのほうが私は好きかな、

 

「うーん?」

 

ララさんがおでこを合わせてくる、私の視界には心配げなララさんが広がった。

 

「うーーん、熱はないみたいだねー、何か困ったことでもあった?私で良ければいつでも相談にのるよ?」

 

ねっ、と片目を瞑るララさん。女の私から見ても魅力的な仕草にドキッとする。きっとララさんのような元気で明るくて可愛い女の子が男の子の理想じゃないかと思う、お兄ちゃんはどうなのかな、

 

「…ララさんは結城くんの事が好きなんだよね、」

「うん!私はリトが大好き!」

 

チクリ、と胸が痛んだ。知っていたことだけど、こうして面と向かって言われるとやっぱり…痛い

 

「…お兄ちゃんの事…は、?」

 

息を飲んで尋ねる。躰が緊張に固まった。

 

「お兄ちゃんは大事なお兄ちゃんだよー?」

 

無邪気な笑顔のララさんを見て広がる安堵、一つ息をついた。身体の強張りがとける

 

「んー?もしかして春菜はお兄ちゃんとリトのことで悩んでるの?」

 

小首を傾げ尋ねるララさん

 

「あっ‥」

 

私は思わず声を漏らす。それは彼女の疑問にYESと答えを知らせるような声だった。

 

「いくら私でも分かるよー?」

 

苦笑いを浮かべるララさん。

 

――――ララさんは大切なお友達。今みたいに私を心から心配してくれている。なのに私は自分のことばかり…いつも自分の本当の気持ちを隠して、大切だって思っているのなら、本当のお友達なら、今だって…このままじゃ……ダメ…!!

 

「ララさん、聞いて」

 

ベンチから降り、ララさんの正面に立つ。

 

――――ララさんは大切なお友達、同じ人を兄と慕う妹同士、"姉妹"だから…!!

 

「私も、結城くんの事が………好き…!」

「え…」

 

胸の前で片手を握りしめララへ告白する春菜。ララはそんな春菜を呆けた顔で見上げる。一陣の風が春菜のスカートの裾と前髪を撫で上げる。白百合の髪留めに一粒水滴が空から舞い落ちその輝きを鈍らせた。

 

 

39

 

 

「なんじゃこりゃ」

 

靴箱の中に二通の手紙。やたら豪華な一通は天条院沙姫から、もう一通の簡素な手紙は差出人不明。とりあえず天条院の手紙を開ける。

 

『下僕 秋人へ

この間のクリスマスパーティーに(わたくし)が誘ったのにも関わらず参加しないとは大した根暗ですわね、さぞかし独りで寂しかったことと思いますわ、ですから仕切り直しの意味も兼ねて改めてパーティーを開きます。ですから来なさいな、いいこと?また断るなどとは許しませんわよ?貴方はもう既にこの私に捕獲されたのですからね、いつまでもウジウジと女々しく悩んでいないでたまには楽しんでみなさいな、食い意地の張った貴方の為にたくさんの料理を用意させておきますので必ず来なさい。断っても此方から迎えに行って差し上げますわ!

それでは今夜お会いしましょう

天条院沙姫』

 

「勝手な…」

 

相変わらずの高笑いが脳裏をよぎる。あれから天条院や凛、綾と四人でつるむことが多くなった。クラスでは執事が追加武装された、違うあれはペットだ、だの言われている。違うぞ、違うからな

 

「今夜か、まったく、服とかどうすりゃいいんだ?まぁテキトーでいいか天条院だし。春菜にメール送っておかないとな…あともう一通は…」

 

あやしい。なんか開けたらマズイ気がする。

 

「…捨てよ」

 

ビリビリと破いてゴミ箱へ。

 

「いや!読めよ!」

「……やっぱか」

 

靴箱の影からバッと姿を現すナナ・アスタ・デビルーク第二王女

 

「こんな怪しげな手紙読めっかよ」

 

指差すゴミ箱の中の手紙は最早ただの紙屑と化している。

 

「くっ!姉上の兄上(仮)はナカナカの慎重派だな!」

 

八重歯を見せつつ悔しそうな顔をするナナ

 

「なんだ?その"カッコかり"って、ヒドイなァ・・・嗚呼、おにいちゃん悲しいよナナ……よよよ」

 

天を仰いで大げさに泣き真似をして悲しむフリをする秋人

 

「気安く呼ぶな!おにいちゃんじゃねえし!まだ兄上として認めたワケじゃないぞ!だからカッコかりだ!」

 

ぷんすかと怒るナナのツインテールが揺れる。

 

「んじゃ認められるように頑張るかね、ナナ今夜ヒマか?」

「ハッ!あたしは招待状配るので忙しいんだよ!兄上(仮)のようにヒマじゃねェ!」

 

泣き真似をやめて向き直る俺に腰に手をやり薄い胸を張る妹。ナナ、お前たしか"ちっぱい"なのを気にしてたよな。その方面には需要あると思うぞ

 

「…美味い地球食を飲み放題食い放題だぞ?タダで」

 

ひらひらと指に挟んだ天条院の招待状を揺らしながらナナへニタリと笑顔を向ける。

 

「今夜はヒマになった!行こうぜ!兄上(仮)!」

「ヨッシャ!行こうぜ!魅惑のグルメツアーへ!」

 

肩を組んでガハハハと笑う二人。周りの帰路へつこうとする学生たちは怪訝な目でその光景を遠巻きに眺めていた。二人の意識の視線の先には既にほかほかと湯気を立てた多数の料理たちが広がっていたのでその視線に気づくはずもなかった。

 

 

40

 

 

『これは体感RPGです。クリアするまで外へ出られません』

 

手紙を見るとこんな文字が書いてあった。こんなことするのはララのやつしか居ない、ハァ、また変な発明アイテムのイタズラか…

 

「ララー!おーい!どこだー!イタズラはやめろー!・・ん?うわあああああ!!!」「きゃああああああ!」

 

空からお尻が降ってきて潰される、う”くるし…

 

「なななななんで男子が下にいるのよ!」

「ぷはっ!お前が降ってきたんだろ!」

 

柔らかいお尻がどいてようやく息ができる、降ってきたのは女のコみたいだ。キツイ目をしてるけど可愛い

 

「あなた誰よ!」

「そっちこそ誰だ!」

 

いきなり文句を言って尋ねてくる女のコ

 

「私は1-Bの古手川唯よ!」

「オレは1-Aの結城リトだ!」

 

睨みつけるコケガワさんに自己紹介をする

 

「あー…あなたがハレンチで非常識なA組の結城くんね…あ!これもあなたの仕業!?非常識な!」

「違う!違う!ララのイタズラで!コケガワさん!」

 

こちらを指して、犯人はお前だ!と言わんばかりのコケガワさんに慌てて真犯人を教えてあげる

 

「古手川よ!」

 

怒鳴ってますます睨みつける目を鋭くするコケガワさん、怖い、そんなに怒らなくても・・

 

「ごっごめん!」

「まったく、もういいわよ。それでココはどこなの?」

 

見渡す限り広がる草原に立つオレとコケガワさんの二人。

 

「わかんないけど、たぶんララの発明アイテムで…」

 

〚てきがあらわれた!〛

 

「空に文字が?・・結城くん!うしろ!」

「なんだ!?コイツ!?」

 

こうしてオレたち"勇者不在パーティー"の冒険が始まった。

 

 

41

 

 

「まったく…いつまで食べるんですの…」

「沙姫様…心中お察しします」

 

額に指を当てて溜息をつく天条院沙姫と藤崎綾の二人、視線の先には多数の料理に囲まれる中、笑顔、笑顔、両手に肉、両手にケーキ

 

「やべーぞこの肉!ハハハ!霜降りだー!溶けるぞ!超うめー!ナナも食ってみろよ!」

「マジで!?キャハハ!こっちのチョコの噴水のやつも超あめー!兄上も食ってみろよ!かっこかり!」

 

あせあせと秋人の後ろを皿に乗せた肉が追う、ナナの後ろを同じようにケーキが追う。大広間に置かれた多数のテーブルを走り回る秋人とナナの二人はまるで花を飛び回る蝶のようだ。ただし一方は肉食、一方は菓子食の…蝶のような愛らしさとは無縁であったが

 

「はぁ…凛がいると言うのに女連れ…しかも憎きララの妹…」

「沙姫様…お(いたわ)しい」

 

先ほどと同じ体勢のまま呟く沙姫と涙を拭う綾。視線の先の蝶二匹は全てのテーブルを周るまで止まることはなさそうだった。沙姫と綾は意識の時刻を少し遡らせる――――

 

 

「よく来ましたわ!さあ、このおもてなし女王(クイーン)の天条院沙姫主催の"新・下僕歓迎パーティー"を楽しむがいいですわ!」

 

と、迎えられた秋人とナナ。午後七時半。迎えに来た執事と黒塗りハイヤーに乗る、白亜の屋敷の門をくぐる、巨大で重厚な木製ドアを開くと広がる食の楽園。食べるお花畑。

 

ちなみに胸元を開いた大胆&豪華なドレスを身に纏い高貴に高笑いをキめる天条院沙姫を二人は一瞥もしていなかった。気づいていたのは凛と綾の二人だけ

 

「「ヒャッハー!」」

 

まるで野盗のような声を上げて楽園へと飛び込む二頭の獣。

その獣の一頭を少し緊張した面持ちで今まで迎えていた一人の見目麗しい令嬢。漆黒のキャミソールドレスを押し上げるたおやかな胸。華奢で頼りなさげな赤いピンヒール。慣れない衣装を身に纏う歳若い令嬢が落胆に肩を下げた事に気づいていたのは沙姫と綾の二人のだけ

 

意識を現在に戻し、二人はその女性を見つける。蝶の一匹を追うポニーテールは凛だった。額に汗を浮かべせっせと肉を盛り付けた皿を運び後を追う、片割れの蝶は燕尾服(えんびふく)を着た男の執事が追っていた。蝶を追うポニーテールは虫捕りに興じる少女を思わせた。

 

「本当に凛が惚れる程の男なのか甚だ疑問ですわ、いえ、むしろ疑問しか残りませんわね…はぁ、、」

 

腕を胸の前で組んで深々と溜息をつく沙姫。深い息には多大な疲労が混ざっていた。

 

「沙姫様…ですがご覧を」

「どうかしましたか?綾」

 

綾の伸ばす指の先には変わらずせかせかと足を動かす凛。秋人が手に持つ料理の解説や美味しい食べ方を声を上げて背にかけるその顔は満更でもなさそうだった。

 

「…人の幸せは人それぞれ違う、凛の幸せも凛が決めるもの、ですわね…」

「…はい」

 

柔らかな優しい視線を凛へ向ける二人。秋人を追う凛もそれに気づき視線を交え優しく微笑む。そこには沙姫と綾の二人でさえも見たことのない可憐なけぶるような美しい笑顔を浮かべる一人の令嬢がいた。

 

「…まぁそれで納得できる(わたくし)ではありませんわ…幸せに天井はありません、より高みを目指すべき、それがこの私の大切な友であるのならば尚更ですわ!」

「まったくです!沙姫様!」

 

ゴゴゴと背後に決意の炎を燃えがらせる天条院沙姫と付き従う藤崎綾の"恋する凛は美しい"をスローガンに掲げる"匿名武士娘の恋の応援団"はこうして今ココに結成されたのだった。

 

 

42

 

 

「…では確かめてみませんか?お姉様、西連寺春菜さん」

「!」「モモ!?どうしてココに?!」

 

向かい合うララと春菜の元へ現れるモモ・ベリア・デビルーク第三王女、ララと同じ桃色のくせっ毛が風に揺れる。

 

「特殊な状況に置かれれば、その人の本当の人柄が分かると言いますし…失礼とは思いましたがお姉様と春菜さんのお気持ちも知りましたから。それにもう用意は出来てますので」

 

ふわりと微笑みながら招待状を差し出すモモ

 

「これ、何?」

「どうして私の名前を…?」

「それは皆さんの前でお答えしますね、…ではまた後でお会いしましょう」

 

招待状の封を切る春菜とララの二人は光に包まれ転送される。その場にはモモが一人残った。甘く囁くように小さな花びらのような唇を開く

 

「さあ、舞台の幕を上げましょうか、お姉様方(・・・・)を幸せに出来るのは一体誰なのか…その気持ちが何処にあるのかを観衆へ知らしめる舞台の幕を…」

 

真冬の鉛色の空からはポツポツと小雨が降り始めていた。それは夜にはみぞれに変わり、やがて雪に変わるだろう。そう予感させるような冷たく凍えるような寒さだった。

その中に佇んでいる桃色の少女は場にそぐわない、地球では見ない薄手のドレスを身に纏い不敵に微笑む。それは男を惹きつける花のような笑顔だったが、デビルークの証である黒の尻尾が男を甘い夢の世界へと誘い命を奪う夢魔のようにも映らせた。

 

 

秋人も、春菜も、二人が今まで遠ざけていた決断を迫る鐘の音が鳴り響く。鐘の音はウエディングベルであった。この時よりそう遠くない未来に二人は知ることになる。それは、秋人も春菜もリトでさえも何処かで想像していた未来。ただし思い描いたその未来は三人が三人とも違うものであったと知るのは既に未来が過去へと移り変った瞬間だった。

 

結末の舞台となるヴァージンロードの赤い絨毯が敷かれた静謐(せいひつ)な教会内で、聖壇が幻想的で圧倒的な美しい蒼のステンドグラスの光を浴びながら役者たちが揃うのを待っている。

 

 

世界に一筋の(ひび)が生じた。

 




感想・評価をよろしくお願いします。


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【 Subtitle 】

37 涙に秘められた覚悟

38 ララに打ち明けた想い

39『姫』からの招待状

40 愉快なパーティー

41 終焉へのカウントダウン

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