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「アキト、今夜はスキヤキ…だそうです、美柑に誘われました。貴方もどうせ暇でしょうし、共に来てはいかがですか」
突然開け放たれる2-Aのドアに固まる時間。生徒一同。たぶん感想はみんな同じだろう
「えー…であるからしてぇー…」
現在骨川センセの古典の
「ここはでしゅねぇ…」
「…聞いているのですか?アキト、それとは別に情報が欲しいのでこちらの本をお願いします。報酬はいつもの通りお支払いしますので。」
気づいてないのかそのまま授業を続ける骨川センセ。眉を潜め落ち着いた声色の金色の闇。ツカツカと我が物顔で教室に侵入し近寄ってくる。
繰り返す
「…。」
「今日はこちらをお願いします。」
席に座り、ノートをとっている俺にスッと絵本を差し出す金色の闇。
「…。」
視界の隅へ本を追いやり黒板に注目する、骨川センセの板書は綺麗だな、でも勉強嫌だな、でもしないと春菜がうるさいしな。晩飯を人質に勉学に励むことを強いる。どうして俺の小テストの成績などが筒抜けなのか………ともかく最近は勉強している俺。ちゃんと小テストで良い点や板書をきっちりとると春菜はおかずを一品多くしてくれる、これが惣菜なのではなく随分手のこんだもので…――――って思いだして腹が減ってきた。なんかうまく操られてる気がするけど気のせいだろう、うん。いやいやそんな馬鹿な、ウチの春菜に限って俺を尻にしこうなどと…
「…聞いているのですか?なぜ毎回そのような態度をとるのか疑問です、こちらは客です。今回はこの情報を」
余計に突き出す金色の闇。俺の視界がオニの表紙絵で埋まる。何が情報だよ、読み聞かせじゃねーか。二度目に俺を探して訪れた金色の闇に絵本を読み聞かせてやった。呆れられると思ったのだ。ところがハマったのか絵柄や内容が気に入った絵本をこうして持ってきて読んでくれとせがむ金色の闇。曰く演技がいい、声の感情表現がいい流石は情報屋うんぬんかんぬん。
「…おい、金色の闇…放課後にしろって何度言えば分かる…」
骨川センセのありがたい授業を邪魔しないように声を抑えて、怒気は抑えない。
「…情報は早いほうが良いに決まっています。それに貴方は暇でしょう…コレは先払い、焼きたてです」
少しも気にした様子もなく、絵本と共にたい焼きの紙袋を差し出すヤミ、そんなに毎回食えるかよ。どんだけ大食漢なのか俺は、それに大体毎回この目の前の殺し屋の胃袋に消えるのだ。
「では行きましょうか、ここは少々騒がしいですし」
視線は周りを捉えておらず、俺を変わらず補足している。クイと髪を
【結城リト】と無事出会いララに名前と地球での生活意義を貰って彩南町に留まる【金色の闇】
その際、美柑にも出会って親交をもったらしい。前もって美柑にも伝えておいたからすんなり仲良くなったようで、俺の識っているよりも早く友達関係になっている。もともと似ている二人だし、こうなるのは当然だ。
入るときはドアから、帰りは窓から。羽を出現させてふわりと浮かび飛び降りる金色の闇と俺。毎回死ぬかもしれないと恐怖なんですけど?一度断固として断りを入れた俺をムリヤリ連れ出したときは
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「ここは静かでいいですね、…ではお願いします」
中庭のベンチにちょこんと座り、期待した表情のヤミ。
あのな、お前には何度授業中だと言えば分かるんだよ、もう通算40回以上は言っているぞ…脳内で。言ったらまた放り投げられそうだから口にしないだけだからな?人を恐怖で従えさせるとは恐ろしいヤツだ。初めは大人しく放課後まで待っていたのに最近では待ちきれないのか、暇になったのか、頻繁に訪れる金色の闇。今時期の病み。本読み病だな
「はァー…むかしむかしあるところに…」
「…真面目にお願いします。私は客です」
冷たい視線と声のヤミ。
地に項垂れる、毎回毎回好き勝手やっておいてこの態度。好き放題やりたいのはこっちの方だっての、まったく何が客だよ好き勝手言いやがって!俺が読んでやらないとと困るのはお前の方じゃねーのか!なら少しは
「…スイマセンでした。金色の闇サマ」
言えるかっての。
「…もしかして疲れていたのですか?冷めてしまいますし、食べてからにしましょうか」
「…ハイ」
二人でベンチに座り、たい焼きを頬張る。昔ながらのシンプルなたい焼き。手にとったその中身は小豆餡。砂糖の量が多く一番甘い。美柑はアイス、ヤミはたい焼きを会うたびくれる。こうして並んで食べるのも何度目か、どっちの二人も甘いものが好きだよな。もうちょっと二人共俺への態度をこの小豆餡の10分の1でも甘くして欲しいもんだ、お、美味いこといった。上手いことイイましたよワタクシ
「はむ、こっちの生活は慣れたのか?」
「…そうですね、悪くありません」
「ふーん」
「
思い出したのか頬を赤らめて律儀に報告するヤミ、もう既に3つ目を手にとっている。
「へー、お、こっちはカスタードか、」
「…聞いておいてその態度ですか、最初の約束がなければ斬っているところです」
オマエだって人の話聞かないだろ…お互い様だ。口にたい焼きを含みながらヤミに不満の視線を投げかける。カスタードのまろやかな甘みが口の中に広がる、尻尾のクリームを含まない部分を齧ると調度良い塩梅になるのだ。
「それより貴方の妹…西連寺春菜はお節介ですね」
「‥そか?まぁそうだな」
3個目に手を伸ばす。今度は何味だろうか
「…地球人はお節介な人間が多いのですか?」
「さあ、どうだか、でもこの街じゃ多いのかもな」
「そうですか、"妹"というものはお節介な人間が多いのかもしれませんね、美柑も結城リトの"妹"ですし…」
妹…最近、春菜の様子がどこかおかしいんだが。出会った時は陰日向らしく甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれていたのだが(犬か俺は)、近頃はグイグイと前に出てくる。例えばこんなことがあった
『はい、お兄ちゃん』
『ん?なんだ?コレ?』
『みそら堂のシュークリームだよ』
『おやつか!サンキュー!』
『あ、待って!お兄ちゃんにあげるんじゃないの』
『は?』
『えっと、天上院先輩と・・・あと九条先輩にあげてくれない?』
『?なんで?』
『えっと…いきなりクリスマスパーティー抜けだしちゃったし、迷惑かけちゃったかなぁ……っと…』
『いいんじゃねーの気にしなくて?むしろあの後別荘崩壊して大変だったんだから逃げ出されても文句ないんじゃね?っていうより凛にはなんで?』
『えっと、牽制…じゃなくて、天上院先輩だけにあげるんじゃヘンかなって…アハハ・・』
『ふーん、そか、ん?藤崎綾にはないのか?』
『あ"』
『…ないのか。ん?そっちの包みも同じじゃねーか、それやればいいんじゃねーの?』
『こ、コレはダメ!』
『なんでよ?』
『だってお兄ちゃんのぶんだし…』
『…はぁ、また買ってくればいいじゃねーか、それに藤崎綾のぶんがなかったら天条院沙姫はむしろ怒ると思うぞ?』
『特別な限定品で一緒に食べたかったのに…』
『…ん?なんだ?聞こえなかったぞ』
『あ、えーっと、やっぱりあげるのやめにしようかな~、アハハ…』
『だからまた買ってくればいいじゃねーか、俺が買ってきてやるから、とりあえずそっち寄越せ、んじゃ行ってくる』
『あ、待ってお兄ちゃん!一緒に行く!』
とか朝の玄関先であったり
『こんばんはお兄さん、今日も夕飯の買い出しですか?』
『おう、こんばんは美柑、醤油切らしたらしくてな、買いに来た』
『ナルホド、醤油ならコレが美味しいですよ』
『マジか、じゃあこっちにしようかな、頼まれたのはこっちだけど』
『はい、これでウチと同じ味になりますね、…味覚の掌握は今のうちからした方がいいと思うし…』
『ん?なんか言ったか?』
『いえ何も。それよりまた帰りにアイス食べませんか?』
『いいぞ、ちょっと寒いけど』
『くっついていれば大丈夫ですよ、お兄さん』
『暖房きいてるけど?』
『…私が寒いんです、分かってて聞いてますね?』
『はは、バレたかアイス好きだもんな、冬は食べないとか言ってた気がするけど、美柑らしくていいかもな』
『コドモっぽいですか?』
『いや、可愛らしくていいと思うぞ?』
『ホッ、ありがとうございます、では行きましょう』
『私も行く!…こんばんは美柑ちゃん、ウチの秋人お兄ちゃんがお世話になってます』
『春菜さん…いつから居たんですか…こんばんは』
『春菜…オマエ俺に"手が離せないから買い出しに行ってきて"って言っておきながら…』
『えっと別の調味量も切れちゃってたから、はい、お醤油はこっちだよお兄ちゃん』
『どうせならこっち試してみないか?美柑がおいしいっていって『ダメです。お醤油は家庭の味を支える大事な調味料です』…分かったよ怒ることねーだろ、こっちでいいんだなこっちで』
『はい、じゃあ行きましょうか秋人お兄ちゃん、私もアイスを食べたいですし』
『・・・何?なんなのその口調、美柑を真似てんのか?』
『私の真似ですか?春菜さん…』
『オホン、違うよ?アイスが食べたくなって急いできたからちょっと言葉遣いがおかしくなっちゃったのかな?』
『…別の調味料が切れたから来たんじゃ・・?』
『え、えーっと、』
『…まぁいいですけど、行きましょうかお兄さん…――――あと春菜さんも』
あの時の美柑は怖かった。
「…家族、とはどのようなものですか?」
春菜とのここ最近の出来事を思い返す秋人はヤミの声に引き戻される。その声にどこか羨望が含まれていたのを秋人は見逃さなかった。
「んー、うるさい、うっとおしい、邪魔、だな」
「…酷い言い草ですね…
「でも居るのと居ないのじゃ違うのは確かだな」
「…どう違うのですか?」
「何もかも倍以上に感じられる。楽しいことや嬉しいことなんかが特に」
――――あの聖夜が脳裏によぎる。
「…そうですか、私にはあまり"楽しい"と思えることはありませんが…、」
「美柑と居ても楽しくないのか?」
「勿論楽しいです。ですが美柑は私と居て楽しいのでしょうか…?"家族"の結城リトと居たほうが楽しいのでは…?」
「家族と友達は似てるようで違うんだよ、ちょっと役割が違うだけだ」
「…どう違うのですか?」
「お前が誰かと家族になって、その時もまだ美柑と友達だったら分かるよ」
「…"家族"に、なる…」
呟き思案するヤミに微笑みを向ける。ヤミは此方を見ているが違う何処かを見ているような気がした。
ヤミの言葉に向こうの家族を思い浮かべる。こちらの世界の出来事より鮮明に思い浮かべられない、まるで空想の世界のように感じる。家族や友達の顔や声、匂い、感触…今まで当たり前だった"現実"がどんどん遠のいて行っている。俺を置き去りにして
ちょっと行って帰ってこれるような感覚だった。すぐに現実にもどり友達に自慢して、また今度は手軽な同じ世界にに入って遊んでまた戻って…
この世界が消えようとも構わない、そう思っていた。夢なのか、そうではないのか。それすら忘れてただ楽しんでいた。識っているこの"ToLOVEる"の世界。でもどこか違う、変えているのは自分【西連寺秋人】というキャラクターの存在なのか、"俺"なのか、
春菜の兄になった俺。春菜はもう俺のかけがえない"家族"、、、大事な存在だ。あの聖夜にはっきりとそうなった。もしも夢から醒めて"現実"に戻ったらこの世界の春菜は、ララや凛、美柑、古手川、ヤミ、結城リト、他の知り合った奴らはどうなる?
帰りたいのか、帰りたくないのか、自分の気持ちすら秋人は掴めていなかった。
「まぁお前にもできるよ、ヤミ」
「…そうでしょうか…ですが、アキトがそう言うのならそんな気がしますね…」
三個目はチョコ味。カカオが強すぎてやや苦い。先ほどまでの甘さが消えてしまった。一口齧ってヤミに手渡し、ヤミの口にしていたものを奪う。奪った4個目はまた一番甘い小豆餡、それでもなかなか甘さは感じられなかった。
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「いらっしゃい、お兄さん春菜さん」
「いらっしゃい!西連寺!西連寺のお兄さん!」
「こんばんは、お邪魔します。結城くん、美柑ちゃん」
「よ!こんばんは、
「え?は、初めまして西連寺のお兄さん…あれ?」
「リト、初対面でヘンな顔しない、ほら、こっちで準備手伝って」
「あ、おお、分かったよ美柑」
俺たちをテーブルへつかせるとキッチンの方へ消えていく結城兄妹。結城リトの家は一戸建てだ、庭にはセリーヌがそびえ立っていた。近くで見ると凄い迫力だった。ララに言ったらくれねーかな…ウチにも欲しい。たしかラーメンとか食ったり本まで読むんだよな、ダンシングフラワーごっこさせたい!マロンとの絡みを見てみたい!植物にテンションが上ってしまうとは、ヤバイ、欲しい。欲しいぞ!といよいよ春菜に言おうとしたら春菜は無言で首を横に振っていた。その表情は笑顔、天使の微笑み。まだ何も言ってないだろ、え?声に出してた?結城家の前で騒ぐなってことか、まぁ想い人の家の前で家族がはしゃいでたら嫌だしな、仕方ない。あとでこっそりララにねだろう…ってなんだよ春菜睨むことねーだろ、え?言わなくても分かる?チッ…だんだん面倒な妹になってきやがって…そんなやり取りをした後で同時にチャイムに指を伸ばし結城家へ招かれたのだ。
ここまで春菜と歩いてきた。スキヤキの材料を二人で持ちつつ白い息を吐きながら。
首に巻いた星柄の刺繍が施された赤色マフラーが温かい。出掛けに春菜が巻いてくれたのだ。クリスマスプレゼントらしい。春菜の前髪に白く光る白百合の髪留め、いつの間に"勝手に"プレゼントされていたのか、俺は渡した覚えがないのだが…
「ただいまー美柑ー!連れてきたよー!」
「ありがとララさん、こんばんはヤミさん」
「…こんばんは美柑、お邪魔します」
「あ、お兄ちゃん!春菜ー!ようこそー!私のウチに!」
任務を終えたララがリビングへ顔を出す。ララが居ないと思ったらヤミを呼びに行っていたのか
「こんばんはララさん、ヤミちゃんも、ヤミちゃんは久し振り、だね」
「お前んちじゃないだろ!オレんちだ!」
「えー!?私とリトと美柑のウチだよ!」
「お前んちはデビルーク星だろ!」
「ココだってウチだよー!」
「こんばんは西連寺春菜。ここは騒がしいですね…美柑、これがスキヤキですか?」
「うん、そうだよヤミさん」
グツグツと煮える鍋の面倒をみている美柑と春菜、そんな二人をぼーっと眺める俺。騒ぐ結城リトとララの二人。
席には結城リトと俺は向かい合わせに座り、ララと春菜、ヤミと美柑が組み合わせで四角いテーブルを挟むように座っている。俺も結城リトもお互いサンドイッチ状態とはならなかったがこの方がいい、平和一番。
「はい、どうぞお兄さん」
「サンキュー、美柑」
美柑が艶のある流し目をおくり微笑む。肉、豆腐、椎茸と野菜をバランスよくもられた小皿を手渡される。なるほど、これをララと春菜にやらせたいのか、結城リトは喜ぶだろうな
結城リトを鍋の湯気ごしに見ると驚いている様子。ん?なんかおかしい事があんのか?
「美柑が鍋よそうの初めて見た…」
「…なに言ってるのリト、いつもしてあげてるでしょ、リトのバカ」
「いや、いつもは自分でとってるけど?」
「それよりリトはララさんか春菜さんにとってもらいなよ」
サラッと話を変える美柑。
「なっ!なに言ってんだよ!そんな嬉しいことさせられるわけないだろ!?」
視線を春菜に向ける俺と結城リト。春菜の手には肉が山盛りになった小皿があった。野菜ナシナシ。ご飯に載せて牛丼にでもしましょうか、春菜さん。一分クッキング。でもみんなのぶんを考えなきゃダメですよ、鍋のお肉が滅んでしまっています。
「…はい、ヤミさん」
「ありがとうございます、美柑。美味しそうですね」
なんとか滅びる前の肉と野菜を確保した美柑が空気を読んで場の沈黙が途切れる。
「えっと、ハイ!結城くん」
「あ、ありがとう西連寺、いいのかな?鍋にほとんど肉残ってないけど…」
「だ、大丈夫!お肉ならたくさん持ってきたから気にしないで、」
ララ、お前の出番だぞ。春菜はもうダメだ。引きつった笑顔を浮かべて見るからに落ち込んでいる。どんよりした暗い空気を纏ってる、雨でも降りそうだな
「うん、春菜の持ってきたお肉はおいしーね!はいお兄ちゃんのぶん!」
俺にカヨ、野菜しかねーじゃねーか、こういうの結城リトにやってくれよ、お肉ラブの俺になんたる仕打ち――――あ、雨降ってきた
「地球の食べ物はおいしいですね…こういうふうによそい合うのがスキヤキのマナーなのですか?美柑」
「うーん…えっと、好きな相手にはとってあげたくなるのカモね」
イタズラな笑みを浮かべウインクする美柑。
「好きな相手…なるほど。では私は美柑によそいますね、…これぐらいでしょうか、どうぞ美柑」
能力を使わず自らの手で恐る恐るおたまを使うヤミ、春菜が名誉挽回に鍋に加えた肉が野菜鍋を正常な状態に戻していた。
「ありがとうヤミさん!うん、上手だよ」
美柑同様バランスよくもられた小皿を手渡すヤミは褒められて得意げだ。
「…ついでに貴方にも、どうぞアキト、」
頬を染めつつ俺にも同様の皿を差し出すヤミ、
「いや俺まだ食って……アリガトウゴザイマス。金色の闇サマ」
「…貴方には一応世話になっていますので…」
「…。」
ぴくりと眉を上げるジト目の美柑――――ただの顧客と売人ですよ?
「ハイ!リトー!バランスよく食べなきゃダメだよ!」
「!?多すぎだろ!」
春菜がよそったときの真逆の皿を渡すララ、鍋の中が今度は肉だけになってしまう。よくそんな量つげたよな、俺じゃなくてよかった、大食いチャレンジがんばってくれ、結城リト。正常に食えてるのヤミとララだけなんじゃないの?春菜は責任感から額に汗してせっせと鍋を正常な状態にしようと奮戦してるし、美柑はヤミと俺のぶんの具材を確保しようと頑張ってるけどララが次々場を乱すからなかなかうまくいかない。
――――まったく、春菜も結城リトの前で張り切るのは分かるけど、少しは自分も食えっての。
「ほらよ、春菜」
春菜が好きな豆腐を少し多めに、あとは肉と白滝、春菊をよそって渡す
「あ、ありがとうお兄ちゃん」
「いいっての、美味いぞ」
"ちょっとは落ち着け"と美柑と同じく目で合図を送る。春菜は頬を朱に染めコクコクと頷いた。朱くなる理由は謎だが言いたいことは伝わったようだ。
「…お兄さん、私にもお願いします」
「おー!アタシにもー!」
「…。」
突き出される小皿3枚。おい、結城リト…はまだチャレンジ続行中だった。
おたまを手に取りながら、もぐもぐとよく噛んで食べる春菜を見つめる。――――家族、か。今日ヤミに話した自身の言葉が脳裏によぎる。春菜はどちらの方を家族だと思っているのだろうか。【西連寺秋人】の方なのか、"俺"の方なのか…
『お兄ちゃんはいつも明るくて、優しくて、面倒見がよくて…』
『…。』
『それで、いつも大事な時に私に勇気をくれるの…そんな自慢のお兄ちゃん、だよ、』
『…。』
出会った時に聞かされた言葉。"俺"でない俺を慕う言葉が。"家族"にならなきゃよかったな、面倒な感情が胸を渦巻く。
見つめる先の春菜がチラと大食いチャレンジに励む結城リトを一瞥したと思ったら俺に微笑みかけ、声を出さずに薄紅色の唇を動かす。
< お い し い ね >
――――お前が作ったんだろーが
< あ っ た か い ね >
――――できたてだし、鍋だしな
< ち が う よ >
――――何が?
周りを見渡した後、もう一度俺を見つめる春菜が優しく微笑む。
< み ん な が い て>
< お に い ち ゃ ん が い て く れ て >
「…わかりづらいぞ、いい加減声出せ」
柔らかく微笑む美柑とララ、ヤミもどこか柔らかい表情をしている。結城リトも食べるのに夢中だったのに春菜を見つめ顔を赤くして見とれている。
「私、今しあわせだよ、お兄ちゃんがいて、みんなとこうして鍋を囲めて、間違いなく今まで生きてて一番しあわせ…秋人お兄ちゃんも…幸せ?」
春菜の優しい労るような声が鼓膜に響く、でも。俺は、
「…どうだかな、まぁもうちょっと味は濃い目の方が好みだったが、まだまだ俺の好みを把握してないな春菜、結城リトは大食いチャレンジ頑張れよ、まだまだ食材はあるぞ。菓子も買ってきたからな、これが終わったら今度はスイーツ大食いチャレンジだ。チャレンジが失敗したら金色の闇さんが制裁を加えることにしよう。うん、それはスリル満点だな、手に汗握る展開だな、」
「俺がやるんですか!?西連寺のお兄さんが言い出したんだから自分でチャレンジしてくださいよ!」
「頑張ってね!リトーッ!」
「殺されないでね、リト」
「…面白い催しですね、私も依頼を達成できますし、是非やりましょう」
「マジ!?マジでやるのか!?」
「ほい、チャレンジスタート!制限時間は15分!」
「おわーっ!」
奇声を上げながら頬張る結城リトを皆で笑いながら見つめる。俺もニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら次々口に放り込む結城リトを見つめる。
そんな楽しげな笑顔の空間のなかで春菜だけが哀しげな表情で秋人を見つめていたことを、この場の誰もが気づかなかった。
この世界の、誰も。
感想・評価をよろしくお願い致します。
2016/07/17 改訂
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【 Subtitle 】
31 傍若無人な依頼人
32 秋人の家族、【秋人】の家族
33 小皿に載せた想い