ウチの【西連寺春菜】が一番カワイイ!!   作:充電中/放電中

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difficulty 5. 『重なる聖夜【後】』

28

 

 

身を切るような寒さの中を私は走る。

 

天条院先輩の別荘は市街地から離れた場所にあってここまで来るのに大きな黒いリムジンでやってきた。まるでどこかの国の貴族のような扱いを受ける私達パーティー参加者達、招かれた大きな屋敷の天井にはシャンデリアが綺羅びやかに優雅に輝き、今日一日だけは私もお姫様だった。

 

ちょっとだけパーティ仕様(・・・・・・・・・・・・)だったはずの私は

 

『ちょっとじゃねぇ、ばっちし気合入れたドレスにしとけっての、ララなんかド派手なんだろーからよ、対比の為に清楚なドレス系で!あんまり派手じゃなくてこう清楚!って感じの』

 

気合の入ったドレス仕様(・・・・・・・・・・・)に変わった。

 

ほんの少しだけ胸元の空いたシックなブルーのパーティードレス。チュールタイプのそれは今夜の私を特別な()に変えていた。

 

『西連寺のお兄さんて、なんかスゲーな』

『え?』

『あ、いや、この前さララを探しまわってる時に偶然会ったんだ』

『お兄ちゃんと?』

『うん。』

『お兄ちゃんが・・・どうかした?』

『いや、そうじゃなくてさ、俺も妹の美柑がいるから分かるんだけど、春菜ちゃ・・西連寺のこと大事に思ってるんだなぁと思ってさ』

『え?』

『「ウチの妹達を泣かせたらただじゃおかねぇぞ」って面と向かって俺なら言えないなー、流石は西連寺のお兄さんだよな!妹"達"ってララのこともだろ?ララのヤツも随分懐いてるみたいだし、やっぱ兄妹って似てるんだな!や、優しいところが西連寺と似てると思う、ぜ……』

『う、うん、ありがとう、結城くん…』

 

結城くんとの会話が凍てつく冬の夜空に浮かぶ。高いヒールに足を取られる。広大な屋敷の敷地を抜け一気に市街地へ。

 

――――やっぱり、やっぱりそうだった。

 

あの三人でお鍋を囲んだ夜に大好きなお肉もそこそこに食べて慌てたように出て行った秋人お兄ちゃん。

 

『なんでもねーっての、気にすんな、それより喉乾いた水くれ。暑いのか寒いのかよく分からん、ワンウォータープリーズ』

 

帰ってきた時に改めて何の用事だったか聞いたけど、乱暴に髪を乱されて誤魔化された。でもなんだかどこか寂しそうな瞳がずっと胸に引っかかっていた。

 

「っ…――秋人、お兄ちゃんっ!」

 

邪魔なパンプスを走りながら脱ぎ捨てる。冷たいアスファルトと小石が足を傷つけるのも構わず、ピンでとめられた髪が乱れるのも気にもしないで、ひた走る。走って、荒い息を吐いて、色とりどりのイルミネーションの光で彩られた街並みを駆ける私。それを見て騒ぐ街の人達を無視して速度を落とさず人混みを縫うように走る。丈の短いドレスはめくり上がり下着が露わになりそうになる。肩が人にぶつかり怒号が投げられるがそれでも速度は落とさない。バランスを崩し固い地に手をつくがすぐに体勢を整える。走って、急いで、とにかくもっと疾く――――

 

 

29

 

 

「ふぃー、売れた売れたー!はっーはっは!」

「やりましたー!ウハウハですよー!キャーッ!」

「ヤられたのは私の方よ!まったく!ハレンチな!」

 

ショーは大成功。ボッタクリのケーキは全て売れ、この場に残っているのは俺の買ったものだけ。ヒロインが一肌脱げ(・・・・)ばこんなもんだ。【古手川唯】にはもちろん一肌以上に脱いでもらったわけだが、

 

「んじゃコレ借りてくかんなー」

「くっ、ちゃんと返しなさいよ!あと覚えておきなさいよ!先輩!」

 

胸を抱きしめてこちらを睨む今夜の主役兼被害者、ツンデレミニスカサンタ

 

「山分けしなくてイイんですかー?」

「なんだ?くれんのか?」

「ありませんねー」

 

とぼけた態度で首を傾げるホクホク顔の司会のお姉さん

 

「ねーのかよこのヤロウ…」

「むしろ私の方が慰謝料を取りたいくらいよ!払いなさい!」

「このツンデレ…このクソ寒い中手伝いに来てやった心優しい先輩に向かってなんて言い草…また乳揉んだるぞ」

「ッ!!」

 

顔を赤くして、げしげしと蹴りを入れてくるツンデレミニスカサンタ。ふはは、効かぬわ!きぐるみの防御は厚いのだよ、【古手川唯】

 

「イヤラシー顔してましたよねー古手川さん、色っぽい表情に私もちょっとドキドキしちゃいました!もしかして感じちゃってました?キャーッ!ハレンチー!」

「ッ!!貴方も余計なことをいわないッ!!」

 

報復の矛先が司会のお姉さんにうつったのを尻目に抜け出すことにする、そろそろウチに帰ってイロイロ準備をしないと間に合わない。静かにその場をぬけ出す俺に二人は気づかず追いかけっこをしていた。

 

 

30

 

 

「おにいちゃんッッ!」

 

玄関のドアを蹴破るように開け放つ、自分でも信じられない速度でたどり着いた私。テニス部でのマラソンでもこんなタイムは出せないだろう。深夜に大声を出すなんて近所迷惑な行為は普段なら絶対しないけど今は気にしていられなかった。

 

暗く暖房の効いていない部屋はしんと静まり返っている。私と秋人お兄ちゃんが居た時の暖かさは無く、冷えた空間が広がっている。

 

素足のままリビングを抜け目的地の部屋の前へ向かう。冷たい静かな足音を奏でるフローリング、ドアノブに手をかける寸前、里紗の言っていたことが頭に浮かぶ。

 

瞳を閉じて乱れた呼吸を整える。秋人お兄ちゃんの部屋のドアをそっと開ける――――

 

リビング同様、肌寒い部屋。最近は漫画を買うようになり、昔はなかった生活感がある。私が小まめにこっそり掃除したかいがあって本は整理整頓されていた。季節感を示しているのは私が置いたクリスマスツリーだけ、机に置かれた小さなツリーはオーナメントと赤、青、緑にチカチカと瞬き輝いている。

 

「…?なんだろ、これ――――」

 

そんなツリーの光の隣。ふと机の上にある青いリボンの小さなプレゼントボックスが目に留まる。あの秋人お兄ちゃんがこんなものを持ってるなんて珍しい、誰かに貰ったものかも知れな――――

 

「これ…は、」

 

『春菜へ、Merry Christmas! たまには髪留め変えてみろ印象変わるぞ、あとキャラも。デビルーク姉妹はよく髪型変えてるし、お前も変えてみるといい。読者人気があがるぞ』

 

その箱は私へのクリスマスプレゼントだった。

クリスマスカードに乱雑な文字で相変わらずお兄ちゃんらしいヘンな言葉が綴られている。

 

――――デビルーク姉妹って誰の事?ララさんは一人だよ?読者って?…もうちょっとロマンチックなメッセージにすればいいのに。またよく分からないヘンな単語ばかり並べて…

 

『そうすれば結城リトとうまくいくし、そしたら俺も元のせ』

 

書いている途中だったのかな、続きのメッセージは読み取れない。

 

――――私の事ばかり気にして、自分の事は後回し。いつもそう、今夜だってそう。仲がいい九条先輩や、さり気ないフリして気にかけているララさんだってパーティー会場に居たというのに。私と結城くんの為に…、きっと自分がいたら結城くんが緊張するだろうからって、、

 

プレゼントの包みを開ける。箱の中にはツリーの光の中で白百合の髪留めが慎ましく輝いていた。

 

白百合の花言葉は「純潔・無垢」――――本当は里紗の言ってる事なんて無いって分かってた。意気地なしでダメな私には、きっと理由が、口実が必要だったんだと思う。私って面倒くさい(・・・・・)んだ、ごめん、ごめんね、秋人お兄ちゃん…

 

ここまで走ってくる中で乾き、止まっていたはずの涙が再び溢れだす。次から次へと溢れる涙は私の千切れてばらばらになりそうな心を余計に混乱の中へ落としこめる。

 

手の中の白百合の髪留めが体温をうつして熱を帯びる。私の体温がうつっただけなのに優しく温かい違う熱に感じた。

 

「秋人…お兄ちゃん、わたし、、わたしね、、もう、こんなに、、」

 

――――結城くんに恋をしている。

 

中学の頃から。高校に入って、大事な友だちもできた。ララさんは大切な友達、そして彼女も結城くんの事が好き。ララさんを応援したい気持ちもある。お兄ちゃんは私達二人を応援してくれている。ちょっとだけ私を贔屓してくれている気がするのは気のせいだろうか、それが嬉しくもあり…――――哀しい。

 

ツリーの瞬く光しかない冷たい部屋は静まり返りアンティークのアナログ時計だけがカチ…カチ…と時を刻んでいる。

 

――――世界が息を潜めて彼女の独白を待つ。大きく変わろうとする色の無い世界は嵐の前の静けさのように静寂で、秒針音さえかき消した。

 

「…秋人…、秋人お兄ちゃんのことが、、、」

 

――――届けたい想い、届かない想い。ふたつのはじまりとふたつのおわり。どっちを選べばいいのか。わたしには…ずっと選べなくて、

 

「お兄ちゃんのことが…、、」

 

――――それでもいつかは、選ばなくちゃいけない。時間は前に進んでる。私も前に進まないといけない、それがお兄ちゃんが望んでることだから…、それが望んでる方向じゃなかったとしても――――

 

「―――」

 

一途な想いを紡ぐ薄桃色の唇。パァンッ!と乾いた破裂音に愛の言葉は掻き消された。

 

「…きゃッ!な、なに?」

 

音の方を振り向くと部屋の入り口に立つサンタの格好をした大きなネコ…のきぐるみ

 

「お、お兄ちゃん?!な、なにその格好?!」

 

こんなヘンな事をするのは秋人お兄ちゃんしかいない。とっさに髪留めをポケットに隠す。

 

「…いろいろと台無しにしてくれたな、春菜。オマエ、覚悟はできてんだろうな?ああん?」

 

くぐもった声がきぐるみの中から響く。

 

さっきの破裂音の正体は手に持ってる大きなクラッカーだった。私達の間に紙吹雪がひらひらと舞っている、エナメル製のそれはをキラキラ輝き舞っていて――――涙で滲んだ瞳のせいでどんどんぼやけてゆく

 

「こんなに早く帰ってきやがって、しかもなんだよそのカッコは!髪もドレスも滅茶苦茶じゃねーか!ラッキースケベに巻き込まれたのか?!それでもそんなにはならねーだろ!次のシーンでは元通りになるはずだ!それよりこっちの準備も計画も全部台無しだ!ケーキくらいしか用意できなかったじゃねーか!しかも怪しげな味のやつ!ターキーとかも食いたかったのによ!食レポとかやってみたかったんだよ!」

 

次々とまくし立てて怒ってるようで心配を孕む声

 

「オイ!春菜!聞いてんのか?!それに勝手に部屋に入りやがって!ちゃんと【天条院沙姫】の別荘は崩壊させたか?アイツは俺に当たりが強いからな、ちょっとは懲らしめてもうちょい面倒見の良くて優しいところを前面に……」

 

乱れてずれたドレスの肩紐を整えようとする秋人お兄ちゃんの胸に思い切り飛び込む。柔らかくぬいぐるみのような感触が薄い布ごしに伝わる。私の勢いで秋人お兄ちゃんと一緒にフローリングに倒れこむけど秋人お兄ちゃんは私の背に腕をまわしてしっかりと抱きとめてくれた、さっきとは違う涙が次々溢れて秋人お兄ちゃんの胸を濡らした

 

「…何泣いてんだ馬鹿め、不遇ヒロインがいよいよ板についてきたか?」

「…ぅっ、ひっく、」

「ふん。心配すんな、お前が、【西連寺春菜】が捨てられる未来はない。不遇ヒロインだろうが"この世界"ではヒロイン全員が最後には幸せになるはずだ。最後には――――」

「…っく、ぅっ、」

 

――――…もしも私が幸せになれたら、秋人お兄ちゃんもしあわせになれるの?

 

嗚咽を零す私を優しく抱きしめ髪を撫で梳いてくれた秋人お兄ちゃん。きつくきつく抱きしめる。柔らかくって温かい。でもこれはきっときぐるみなんかのせいじゃない。

 

――――秋人お兄ちゃんは私に共犯者だと言った。私たちに迷惑をかけるって言っていた。でも迷惑なんて思ったことなんか一度もない。少なくとも私は。

 

「そんなにサービスシーンが嫌だったのか?明るいサービスカットなんだからいいじゃねーか、そういえば髪を下ろしてた方が人気があるらしいぞ、」

「…っく………――――知らないもん、そんなの…どうでもいい」

 

ごちゃごちゃとうるさいお兄ちゃんに不満を口にする。

 

「何言ってんだ、」

「…お兄ちゃんが悪い。私は悪く無い」

 

腕の中で甘えたように囁く私。綺麗なドレスの女の子を抱きしめておいて、もっと他に言う事あると、更にきつく抱きしめる。

 

突然"ネコさんサンタ"が私の髪をぐちゃぐちゃにする。さっきまで整えようとしてくれていたドレスに手をかけ半脱ぎにしてぐちゃぐちゃの皺だらけにする。そっと肩を押されて秋人お兄ちゃん(・・・・・・・)から離され起こされる。

 

"ネコさんサンタ"を見下ろす馬乗りに跨る私。ドレスも髪もここへたどり着いた時より更に滅茶苦茶で裸より恥ずかしい格好。ブラまでずらされて私の慎ましい(・・・・)胸が今にも見えそう。瞬間、自分の姿を両腕で隠す。

 

"ネコさんサンタ"はカシャカシャとカメラで写真を撮るジェスチャーをする。

 

――――こんな恥ずかしい格好にしておいて…っ!

 

そんな態度に腹が立った私は【西連寺秋人】の"ネコさんサンタ"の頭を引っこ抜く。予想通りニヤニヤと邪な笑みを浮かべる秋人(・・)お兄ちゃんが現れる。見なくてもそんな顔してるの分かってたけど、見ちゃうとやっぱり腹が立つ。

 

思いきり秋人お兄ちゃんのほっぺたを引っ張る私。

秋人お兄ちゃんは両手で私の頬を引っ張る

私も負けじと両手で思いきり引っ張る。

 

「ふぁふぁ、さくふぁ崩壊だな」

「ふぁにソレ、またふぇんなコトいってるふふ」

 

笑う私たち。もう、ちょっとは手加減してよ秋人お兄ちゃん。腫れちゃうよ、

 

紙吹雪は本当の雪のようにツリーの三色の光をキラキラと反射して部屋を舞いながら、私たちに降り積もる。幻想的でロマンチックな空間の中にいるのに私たちは全然ロマンチックな台詞を口にしない。秋人お兄ちゃんは頭以外きぐるみだし、私の方は綺麗なドレスも乱れてほとんど下着姿だし、これじゃ恋人たちにとっての特別な聖夜も台無しだ。

 

「いてーんだよ!引っ張りすぎだ!補正ねーんだぞ!俺!」

「補正?なにそれ、知らないもん!お兄ちゃんこそ引っ張りすぎ!」

「うるせえ!エロい格好してサービスシーンきどりか!」

「ッ!こんな格好にしたのはお兄ちゃんでしょ!」

 

前夜祭が終わり日付はとっくに降誕祭。恋人たちの特別な夜に部屋で言い合いしながら上になったり下になったり、転がり重なり合いながら頬を引っ張る私達。まだ、もう少しだけはこんな関係でもいいのかもしれない。私の秋人お兄ちゃんが本当に望むものを知るまでの間は――――

 

 

ふたりは折り重なり合いながら喧嘩を続ける。終わりの見えないじゃれ合いをツリーの光だけが優しく見守っていた。

 




感想・評価をよろしくお願い致します。

2015/11/15
台詞、モノローグ改訂

2016/05/16 一部改訂

2016/05/29 一部改定

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【 Subtitle 】

28 春菜、走る

29 唯、脱ぐ

30 兄妹、聖夜の和解



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