62
「やっぱこのままじゃ良くないよな」
唇を真っ赤に腫れ上がらせているリトはララに言った。心なしか体全体も赤い…すこしふっくらとしている。
「うん…。」
「なんとかしなきゃ、」とララはペケを抱きしめてそれに答える。リトの様子にあまり違和感がないらしい。
あの崩壊した電脳世界から一ヶ月以上が経った。
彩南高校も春休みに突入し、新学期が始まるまであと数日と迫った昼下がり……結城家でいつものように『激辛
ちなみにララも一口食べたがなんともなかった。そして美柑とララは豪華に毎日すし(出前)をとっていた。―――リトの小遣いで
「何か方法は無いのかよ?」
[難しいですね、異次元とは別の可能性の世界も含んでいますし、その中へ落ちたら普通見つかりませんよ]
ペケは生み出したララの代わりに答える。ララも同じ意見だった。まさか見つけ出され妹と同衾しているなどとは夢にも思わない。
「でもなんとかしないと…」
ソファで向かい合っているララは足を崩した。短いスカートから覗く薄緑色の下着に瞳を泳がせ頬を赤らめるリトだったが、もとから赤かった為にララにはバレなかった。
「こんな時にえっちな事考えるってどうなの?リト…」
[やっぱりララ様、一から関係をもう一度考え直しませんか?]
美柑とペケにはバレていたようで侮蔑の目で見られるリト。ジトッとした目の美柑には昨日うっかり洗顔クリームを風呂場に持って行った時に着替えを見てしまい、そりゃあもうひどい目にあったのだった。
―――でもまさか買ったばっかの洗顔クリームが全部顔に塗りこまれて、
『アンタ目ついてんの?また美柑フィンガー喰らいたいの?それともそれは飾りなの?ペンで書いてるんじゃないの?汚れは落としてあげるゴシゴシっとねゴシゴシゴシゴシ…』
と洗顔されるとは思わなかった。
おかげで顔の脂がごっそりとれた、イタイ…そこまでしなくても……西連寺のお兄さんのことは悪かったと思ってるよ…はぁ、昔は…子供の頃は一緒にお風呂に入ってた美柑が成長してから別々になって、大人っぽくなっていって、下着もクマとかアニメのプリントじゃなくなって、そんな美柑があんな…あんな紐みたいなパンツ…
「…。」
なに思い出してんのよ、とジトッと睨みつける美柑。その頬は紅潮している。おそらくリトが考えている事をしっかり見抜いたのだろう。リトはぶるりと震え「うぅ…胃がイタイ。」と、このところの食生活を振り返り呟いた。
が
ララは
「じゃあ特製の
と更に胃を混沌へと陥れる兵器を投下させるようだった。もしかしたら内心怒っているのかもしれない。「オレの安息はどこへ……」と黄昏るリトだったが、今は昼下がりで黄昏れ時にはまだまだ時間があった。
こうして今まで"記憶を失っている"春菜に気遣い水面下で動いていた秋人捜索&救出が公に浮上した。
63
そんな昼下がり、"記憶を失っている"春菜は――――
「春菜、君は本当に覚えていないのか?」
「何をですか?」
テニスコートの隅、ベンチに座った凛は練習に打ち込む春菜に問いかける。空は青く澄み渡り雲一つない快晴。吸い込まれそうな程の群青だった。
「兄…西連寺秋人の事をだ」
「…私にお兄ちゃんなんて居ませんよ、西連寺、秋人って誰ですか?」
「…そうか、ならそれでもいいんだが…いや、実のところ覚えてる、覚えていないは何方でも構わないんだ。」
「なら、どうして聞いたんです…かッ…!」
バコォンッ!!―――テニスボールがコートに叩きつけられ快音を響かせる。
春菜と凛しか居ないテニスコート。春菜は黙々とサーブをコートに叩きつけていた。薄緑色のハードコートには無数の黄色いテニスボールが散らばっていた。それもそのはず、この日は練習が漸く休みとなっていて、部員は一人もいない。早朝から独りで練習に打ち込む春菜は長い時間をコート上で過ごし汗を流していた。
「…その髪留めをいつもしているな」
「…。」
トンットッ…トンットッ…とバウンドさせ春菜は次のサーブを打つ準備に入る。繰り返しのルーティンは意識を集中させ、迷いを閉めださせる為のもの。
「…私が嫌いになったかな?」
「…何の事ですか」
次のサーブへの準備へうつる春菜。積まれたボールを手に選び取ると同じルーティンを繰り返す。腰を低くし、ボールをバウンドさせる。繰り返しのルーティンは確かに春菜から"ある人"を締め出していた。
「無駄な希望を抱かせてしまったからだ」
バコォンッ!!!――――サーブはコートに正確に吸い込まれる。
"対戦相手"は先ほどから春菜のサーブに対応できていない。容赦なく春菜は同じ行為を繰り返す。
「…そんな希望なんて持ってません」
先ほどから春菜は凛を一瞥もしていない。
コート脇に置かれたベンチに座る凛は春菜の横顔を今までずっと見つめて話しかけているのにも関わらずに、だ。
「…そうか、ならば仕合で決着をつけないか?」
「…仕合?…剣道で、ですか?」
トンットッ…トンットッ……――――春菜はボールを跳ねさせる繰り返される
春菜の汗がコートへ落ちて弾ける。春初には冬の寒さがまだ残っていた。
陽気は安定していない、温かい日差しに冷えた空気。春菜と凛が居る屋外は心地の良い肌寒さがあった。それは身体を絶えず動かしている春菜にとっては、だったが。
「まさか、ここはテニスコートだ。それに初心者相手に私が遅れをとるはずがないだろう…勝負にすらならない」
「…それはテニスでも同じことです…ッ!」
バコォンッ!!!!――――サーブは硬いコートに狙い通り叩きつけられる。またも"対戦相手"は対応できていなかった。
「こう見えても沙姫様のテニスのお相手も務めることもある。武道やガードマンにだけ通じているわけではないよ…それで?受けてもらえるかな?」
「…。」
春菜の意識にいた"対戦相手"がコートに立ちその姿を現す。羽織っていた黒のトレンチコートを脱いだ凛がラケットを手にネットの向こう側へ立つ――――それは先ほどから居た"対戦相手"と同じ場所。同じ人物だった。
「…いいですけど、手加減できませんよ」
春菜はルーティンを止めようやくリストバンドで汗を拭う。それでも額の汗は拭えないほどだった。またコートに雫が落ち、弾けた。
「構わない、負けた時の言い訳にでもされたくないからな」
ラケットを手でポン、ポンと弾ませ不敵な笑みを浮かべる凛。それは春菜が締め出していた"あの人"が浮かべるそれによく似ていた。
「…随分と余裕ですね、もう勝った気ですか?」
腰を低くし、繰り返していたルーティンに戻る春菜。もう一度"あの人"を締め出すことにうつる。弾むボールは正確に春菜の手に返り、またコートへと、を繰り返し、
「勝負はイメージが大切だ。負けると思っていたら本当に負けてしまう、佐清コーチに教わらなかった……か、なッ!」
「……――――!」
パキャアッン!!!…――――春菜の真横に叩きつけられるボール。
打ち込まれたサーブはバウンドして、まっすぐ伸びた。キレのいいフラットサーブはよく伸び、バウンドしてからの推進力で重く、返すのが厳しい。春菜は思わずルーティンを止められてしまう。
「ただ仕合うのはつまらないな……勝者には商品を用意しようか、秋人でいいかな?」
凛は次のサーブに使うボールをラケットで拾い集める。
「…お兄ちゃんをモノ扱いしないでくれませんか?」
その様子を厳しい目で見ていた春菜は手で弾ませていたボールをポケットへと収めた。
「…心配せずとも九条家は豊かだし、肉料理も毎日用意できるから秋人もその方が幸せだろう」
望む言葉を引き出せた凛は少しだけ微笑んだ。
「野菜も食べさせないと栄養偏りますよ、それに九条先輩は卵焼き、作れるんですか?」
先ほどとは逆に、今度は動かない春菜がコート上を動く凛を眺めていた。
「ああ、和食全般は得意だ」
対する凛は薄緑色のコート上に散らばる黄色いボールを選び、隅へと放る。
「どうやってお兄ちゃんに野菜を食べさせる気ですか?」
凛の揺れる長い一つ結びを眺めながら問う春菜。自身も料理の時に
「ジュースにでもすればいいのではないか?」
一つ一つ流れるような動きでボールを片付ける凛。天条院家に仕える九条家の一員としてあらゆる事に通じている凛はこのような雑事はお手のものだった。
「…そんなことしてもお兄ちゃんは飲んでくれませんよ」
それは春菜にとっても同じ事、兄の世話はずっと春菜がしてきたのだから
じっと見つめ続ける凛の麗しい横顔やスキニーデニムで輪郭がはっきりとした長い脚。"あの人"は脚フェチだということを妹たる春菜は密かに知っていた。
「そうか、ではどうすればいいか教えてくれないか?」
コートに散らばっていたボールを片付けた凛はようやく対戦相手に目を向ける。
「…九条先輩には教えません。」
真っ直ぐ顔を見つめ、宣言する春菜。
「では私が勝てばそれを教えて貰う。春菜、君が勝てば私は秋人を差し出そう」
同じく静かに見つめ返す凛。
「…お兄ちゃんはもう九条先輩のものだって言いたいんですか?」
「ああ、そうだと良いと思っているよ」
厳しい目のまま春菜は黙って腰を低くしラケットを構えた。サーブを凛に譲るらしい。その真剣な様子は狩りをする女豹のようにも見えたが、凛には春菜の愛らしい容姿に相まって可愛らしいネコにしか映っていなかった。逆に春菜にとって凛は大切な兄を奪い捕ろうとする獰猛な虎に見えていた。
――――熾烈さを極める3セットマッチが幕を開けた。ゆらゆらと立ちのぼる初春の陽炎の中で
64
ウチで作戦会議をしたあと、皆で散らばりそれぞれ策をねることになった。美柑はヤミのところへ「最近ずっと悩んでるみたいだから、アイスでも一緒する」と、リトは「もう限界だからトイレにいく!4時間は出てこない!」と。
「うーん、でも春菜に"もどもどメモリーくん"使っても効果なかったからなー」
そしてララは一人、街を歩く。
腕組みをしながらノーテンキにうーん、うーんと唸っているがララは真剣だった。それは自身の発明アイテムで、大切な親友兼家族が記憶を失っているのだから当然といえた。あらゆる発明品を生み出してきた銀河屈指の天才発明家でもあるララだったが、自身の大切な兄が使った"失敗を忘れさせる"為のアイテムが春菜にとっての"大切な記憶"を奪うとは思ってもいなかった。
「うーん…」
一定の歩幅で歩くララ。
リズムよく足を踏み出しつま先で跳ねる。尻尾と桃色の髪が弾んで揺れる、同じく揺れるはずの豊かな膨らみは残念ながら両腕で押さえつけられていた。周囲の歩行者たる男たちはそっと残念がっていた。
「うーん…」
歩みと共に思考が整ってゆく。整理されていくそれは、ララに新しいアイディアを授ける。思い浮かぶアイディアは本当に突然、天からのプレゼントのようで、ララにとってはいきなり差し出される"お好み焼き"と同じ事。
「うーん…お兄ちゃん…」
そしてそれと同時にできた兄も同じく天から舞い降りた贈り物だった。ララの部屋の"たからものいれ"にはリトから貰ったぬいぐるみの横に制服の上着がきちんと畳まれ置かれている。寂しい時や悩んだ時、立ち止まった時、"自由"になりたい時に、ララはその匂いをそっと嗅ぐ。その匂いはララの背中をしっかり抱きしめ、それでいいんだと包んでくれる。まるでおひさまのように……母は政務多忙で父は自由奔放。家族の愛情は知っていたが、それも幼い日々までのこと。ララが何か"事件"を起こさないと父母は構ってくれない。いつも本当に見守ってくれる"誰か"が、ララはずっと欲しかった。
――――その"誰か"が異世界からの使者だからなに?関係ないよ!お兄ちゃんと私には!
グッと両腕を抱きしめる。既に皆は事情を識っていた、それはモモにもたらされた情報。春菜からリトが好きだったと聞いた時、あのベンチで私は最愛のお兄ちゃんの事情を一足先に知った。「なら、逃がさないように春菜と私で捕まえてなきゃ!」と背中を押して共に大きな一歩を踏み出した。…結局お兄ちゃんには逃げられちゃったけど…
「うーん…と、えー…と」
どんどん整理されていく思考。頭の中を小さなララ達が走り回り、余分なキーワードを廃棄処分して、必要なキーワードを運んで積み上げていく
『異世界』『呼び出し』『捕まえる』……
「うーん…あたっ!」「イタッ!…ちょっと貴方はどこを…」
「「あ!!」」
同時に呟く桃色の二人。
「モモ!?」「お、お姉様!?」
ララは腕をさすりながら、モモは額を抑えながら驚き指をさす。
「あれ、ナナと一緒にデビルークに帰ったんじゃなかったの?」
「え…ええ、実は…そうなのですけれど…」
モモは視線を合わせず、しどろもどろになりながら答える。
「ん?くんくん…この匂い…」
「な、なんですかお姉様…」
ララは目を閉じてモモの服の匂いを嗅ぐ。モモの正装から微かに香る、ララにとっての"おひさまの匂い"。秋人とララのふたりを
『繋ぐ』
「あ―――っ!!!思いついたーっ!」
瞳を輝かせ空へ両手を上げるララに新しいアイディアが舞い降りた。ララにとっての太陽を取り戻すアイディアが。
65
「ねぇ、ヤミさん。何かあたしに隠し事してない…?」
「…どうでしょうか」
二人ならんで川沿いの公園に備え付けられたベンチでアイスを食べているヤミさんと私。こうして外でアイスを食べても違和感がなくなる程に暖かくなってきた。秋の深い時期に私と秋人さんは出会った。夕暮れ時のスーパーの帰り道で。あの時履いていたプリーツのスカートは実は春用で少しだけ脚が寒かった。それは気温が
「…なんですか?」
未だに隠し通せていると思っている親友兼恋敵を見る。ヤミさんは白々しくプイッと横を向いた。
「まァ、イイケドさ…たまには友達頼ってよね」
「美柑…」
――――"みかん"…冬は蜜柑が美味しい季節。炬燵で黄色い蜜柑を食べる。秋人さんのウチは洋風みたいだし、ウチは炬燵の用意がある。だから冬になったら私が蜜柑を食べさせる。そして
はぁ、と深々と溜息をつく。するとそれをヤミさんへの落胆だと勘違いしたのか
「…では力を貸してください。美柑」
向き直り、じっと私を見つめるヤミさん
「もちろんだよ、ヤミさん」
大きく頷き返す。
「想いだけでは、祈りだけでは、舞い降りてはくれないようです…」
「……うん。そうだね…」
少しだけ寂しそうなヤミさん。最近少しずつ表情が豊かになってきた。まだ私にだけわかる程度のものだけど…こうして親友になって二人でアイスやたい焼きを食べるのも数えきれない程。ヤミさんも私も甘党だ。でもお互い辛口でもある。リトにだけは、だけど…
翼を
「そのお話って素敵っ♡」
「…誰ですか?」「え?」
私達の座るベンチの前で無邪気に笑う赤髪おさげの女のコ。
「私、黒咲芽亜!この春から彩南高校に通うんだ♪」
「そ、そうなんだ…。」「…。」
ニコニコと笑うおさげの女のコ…メアさんはヤミさんと私を交互に見るとうんうん、と一人で納得したように頷いてる
「…貴方は何者ですか?」
憂いの雰囲気を霧散させたヤミさんの声に感情は無かった。
「え?私、メア!さっき言ったよ?」
「…。」
「…ヤミさん?このコがどうかした?」
目の前のメアさんを静かに見つめるヤミさんは、さっきまでの天使と違って確かに"金色の闇"だった。
「…行きましょう美柑。ここでは落ち着いて話が続けられません」
翼を生み出し、私の腰に手を回すヤミさん。ふわりと空へ舞い上がる……
「その想いを私が
見下ろした公園で微笑む赤髪おさげのメアさんは、彩南高校に通い始める年齢に見えないくらい幼くて、無邪気な少女に見えた。
「…。」
隣のヤミさんの横顔を盗み見たけど、親友にも関わらずその顔からは何を考えているのか分からなかった。
66
「はぁっ…はぁっ……」
肩で荒い息をする。立つのもやっとで、コートに手をつき、仰向けに倒れこんだ。冷たい地面が心地良い。
「……良い仕合いだったな」
見上げる九条先輩はとても先程まで縦横無尽にコートを激しく動きまわっていたとは思えない程に、息の乱れもなく、爽やかな汗しかかいていない……悔しい。
「まだ…負けたわけじゃ、ないです……から」
「…そうだな」
茜色を背負い微笑む九条先輩は綺麗…大和撫子ってたぶん今、目の前に居るその人だと思う。……悔しい。
「そら、」
ぼふっと顔にスポーツタオルがかぶせられる。こんなふうにさり気なく涙を隠してくれる九条先輩は私より気遣いができて、女らしい……悔しい。
「…そう落ち込むな、まだ負けたわけじゃないんだろう?」
「…………はい、」
仕合いは本当に熾烈なもので、タイブレークが昼間からこんな夕暮れになるまで続いた。最後の最後で追いつけなかった。…乱暴に顔をゴシゴシと拭き額にのせる。見上げる九条先輩にだけは涙を見せたくなかった。そして隠していたくもなかった。
「それに私はずっと春菜の動きを見ていたからな、対応できるようになって当然だろう?」
「…そう、ですね…」
勝ったというのにこうして私を励ましてくれる大人な九条先輩。……こういう人がお兄ちゃんは好きなのかな、好きだったのかな、だから私を独りにしていなくなっちゃったのかな、…私に気を使うのが面倒になったから…瞳が潤まないようにバシッと閉じて溜まる雫を弾く
「まだ…負けたわけじゃないです……」
口をついたその言葉はさっきまでの仕合いのことなんかじゃなくて、―――
「…ああ、私も負けたわけじゃないぞ?」
恋する女同士の、
「そら、立てるか?」
「はい、ありがとうございます…」
差し出される手をとって身を起こす。私よりずっと高い身長、160センチの私に比べて凛さんは7センチは高い。目の前のTシャツを押し上げてる膨らみ……大きい、私よりも…くやしい。日々の"すくすくおっぱい体操"の
「ん?どうかしたか?」
「いえ、なんでもないですから、アハハ…」
ずっと九条先輩の胸を見ていて気づいたら自分の胸をペタペタと触っていたらしい。笑って誤魔化したけど、相変わらず凛さんは背筋が伸びていてシュッとしていてよく分かっていないみたいだった。ずるい、私は牛乳飲んだり腕立ても追加してるのに…
「さっきからどうしたんだ、春菜?」
「あ、いえ!なんでもないんですから!アハハ…」
ララさんも大きいけど、九条先輩も大きい。どうして私の周りにはこう、胸の大きい女のコばっかり…里紗だって私よりちょっと大きい気もするし…ずるい、いいなぁ…こんなに大きかったらお兄ちゃんが前に言ってた"おっぱいまくら"とか"おっぱい✗✗✗✗✗"とか…いや、それはダメ…恥ずかしい、恥ずかしすぎて死んじゃう。ダメダメダメ!出来ないよ、そんなのムリだよ!でも……そ、そこまでお願いするなら…その、してあげても…い…いい…
「ところで春菜、」
「…よひゃい!」
思わず身体をピンっと伸ばした。九条先輩も驚いたみたいにビクッと身体を仰け反らせた。
「どうしたんだ?」
「いえいえ!なんでもないんです!なんでも!」
ぶんぶんと首を横に振る。危なくお兄ちゃんに胸であんな、あんな…
「…その、どうやって秋人に野菜を食べさせればいい…んだ?」
またも意識の"はるなの秘密の花園"でお兄ちゃんと行為にひたろうとする私だったけど…目の前で視線を彷徨わせそわそわする九条先輩にさっきまでの凛とした雰囲気はなかった。顔の熱が瞬時にさがり、氷点下へ。
「教えられません」
即座に答える私。我ながらバッサリと武士娘さんを切り捨てられたと思う。お兄ちゃん、私やったよ、勝ったよ
「なっ!勝ったのは私の方だぞ?!」
さっきまで勝ったとか、一言も言ってなかったのに。もしかして心が読めるのかな…?格好良かった大人な九条先輩は私と同じく少女みたいに怒ってる
「……負けてませんし、それに教えるなんて一言も言ってません」
肩を捕まれてもプイッとそっぽを向く私、九条先輩は顔を近づけてそんなの
それはララさんたちが私達を呼びに来るまで続いて、私にとっては希望の陽の出の知らせだった。こっちの世界ではもうお日様は沈んじゃうけど、ずっと続いていた夜が、冬が明ける。――――鐘の音が聞こえた気がした。
67
――――夢を見ていた。
「初めまして、オマエが"さいれんじはるな"か」
「ウン、はじめましてギリのおにいちゃん」
「おうおうおーう!ちっこくってカワイイのぉう!ロリっ子はるなだな!」
「ろりっこ?」
――――首を傾げる幼女、春菜。四歳
「ちっちゃい女のコのことをいうのだよ、"ろりな"くん。しかしかわええのぅ!・・・あ、そうだ!おれは今日から兄になった秋人、"西連寺秋人"だ!ヨロシクな!」
くしゃりと短い髪を撫でてやる
「ウン、よろしくギリのおにいちゃん!」
花咲く満面の笑み。
「おうおうおーう!かわええのぅ!めんこいのぅ!"ろりな"は!ハッハッハ!ほら、たかいたかーい」
きゃっきゃっと無邪気に笑うろりな。
「ギリのおにいちゃんはおっきいね!」
「ふっふっ……そうだろそうだろ、しかし、ちょっと重いな"ろりな"は」
そうは言うけどあまり身長の差はない気がする。そりゃそうだ歳なんてさほど変わらないわけだし
「ギリのおにいちゃんは"かみのけ"があたしとおんなじだね」
「そうだろそうだろ…」
さっきからギリギリうるさいな、おにいちゃんと素直に呼べないのか
「ギリのおにいちゃんはカッコイイね!」
「もういいか、"ろりな"そろそろ重……い…!」
まーだ!と笑う"ろりな"はずっと俺の特徴をしゃべっていた。
――――"ろりな"はすくすくと成長し、小学生になった。
「…おにいちゃん、やさいもたべないとダメだよ」
「ウルサイぞ"ろりな"、野菜なんてのはきゅうりとかでいいんだよ、あとはレタスとか」
赤いランドセルを背負って、てこてことことこ…とついてくる短めショートカットの"ろりな"。
「にんじんとかピーマンもたべなきゃだよ」
「ヤダ。苦いし」
朝に出された野菜炒め…のようなもの。卵焼き…のようなもの。漬物…のようなもの。ごはん…のようなもの。味噌汁…のようなもの。ウチの母親は料理がニガテだ。
「まったく、おにいちゃんは…はぁー」
「…なんだその溜息と馬鹿にした目は」
走って俺を追い越して、腰に手を当て深々と溜息をつく"ろりな"小学二年生。そこまでして俺を馬鹿にしたかったのか
「まぁ、わたしがなんとかしますか」
「なんだ生意気な、妹のクセに」
小学生らしいナマイキさをだし、わざと台詞じみた言い方をする"ろり
な"。
「ほら、"ろりな"イイモノやるぞ」
ぐっと拳を差し出す
「いいもの!」
"ろりな"は目を輝かせ、口をあける。ポイッと投げ込む
「…イチゴあじ!」
ころころと右頬左頬を交互にふくらませる"ろりな"
「ふん、おこちゃまめ」
わざとらしくニヤリと微笑う。この頃から俺のポケットに飴が必需品になった。
――――"ろりな"は随分成長し中学生になった。
「お兄ちゃん、私、好きな人が…できた…かも、なんて…」
「へぇー」
母親に代わって朝食の準備をするセーラー服の春菜。ショートカット
「相手はだれだ?」
「えっと…同じクラスの男子…」
目玉焼きにトースト、トマトのサラダ、コーンスープ。まだ簡単なものしか作れないが、母親よりはずっといい。料理の最後に"…のようなもの"がつかなくなったからな
「そっか、ガンバレよ?」
邪魔なトマトをフォークに刺し、春菜の皿に盛り付けてやる。我ながらいい兄だな、俺は。
「ウン、……ありがと」
微笑む恋する"ろりな"中学二年生はカワイイ。ん?ちょっと寂しそうか?…そりゃまぁうまくいくか不安だよな?お兄ちゃんがなんとかしてやるか。おい、お礼にトマトはいらないぞ、それは今俺がお前にあげたやつだろーが
――――"ろりな"は更に成長し、高校生になった。
「結城くんと付き合えることになったんだ」
「…そっか、良かったな春菜」
「…ウン」
瞳をうるませる春菜はカワイイ。少し長めのショートカットを揺らしている。感極まってるみたいだ。良かったな
"ろりな"と高校の想い出はこれだけだった。
――――"ろりな"は立派に成長し、美しい花嫁となった。ララほどに長く美しい黒髪。もちろん隣にいるのは同じく成長した結城リトだ。
「結婚するね、お兄ちゃん。」
「ああ、幸せになれよ、春菜」
「…ウン、今までありがとう、お兄ちゃん」
「世話になったのは俺の方だぞ?」
「ウン、それもそうだね」
微笑む春菜は俺にとっては"ろりな"のままだった。
「それじゃ、行くね…」
「ああ、じゃあな」
元気で、と春菜の白い背中に投げるフラワーシャワー。暗い闇へ消えていく。それぞれ……これで想い出は最期。
――――夢、か。これは"俺"の望みだ。
共に成長し、春菜の幸せを"俺"は望む。それを形にした夢――――いきなりやってきて、それからいつ消えてしまうか分からない"俺"よりもいつまでも共にいられる者のほうが良いに決まってる。凛が写真から【西連寺秋人】が消えたと言っていたときから考えていた事だ。春菜が"俺"が異世界人だと知ったら春菜の中の兄のホンモノの西連寺秋人が消えてしまう。"俺"はそのキャラクターを知らないし、完璧に想い出をなぞるなんて無理だ。
それに春菜にとっては大事な彼との想い出を消したくない。だから気付かれないまま消え去るか、春菜にとっては異物である"俺"の記憶を消して、消えるか。無理にでも想い出をなぞってキャラクターを、
――――…ちゃん、○△✕★!
それでも、凛や天条院、それに綾なんかと写真とってときはこのままの"俺"でもいいか、やっていこうと思ったのだ。
でも、怖かった。割り切れなかった。
また出会った時のように「やっぱり違う、お兄ちゃんじゃない人みたい、」と悲しげに言われるのが。凛たちは友達。春菜は家族、家族の春菜は誰より記憶との違和感を見抜くだろう……
――――…い…ちゃん、……お…て!
だから、モモを利用して……それで、遠くなった故郷に還ろうと思ったんだ。春菜と"異物である俺"の記憶を消して……オープニングで使われる筈のそれはエンディングに使われたんだけど…
最期のつぶやきも春菜には分からなかったと思う。ま、わかりづらいし、無理も無いか――――出来れば…
――――…おねが…ちゃん、……お…て!
うるさいな、ひとが折角物思いに浸っているというのに。帰ってきたのか……もう少し寝かせろ、学校だりーんだよ
――――お願いだから目を覚まして!お兄ちゃん!
「…ん、濡れて…」
目を開くと春菜の顔があった。瞳から大粒の涙を零している。
「…おお、スゲー本物か」
あの時と同じ感想
「…ちがう、よ、わたしは、きっと、ニセモノ…だ、よ…うっ、ひっく……」
あの時と違う反応をする春菜。
胸に泣きつかれ、肩は離さないとばかりに力強く掴まれる。ゆっくり頭を撫でてやり半身を起こし春菜の腰を抱きしめる。やっぱあれは夢だったか、春菜の髪は見慣れたショートヘアだし…見渡すと学校の教室のようだった。見慣れたこの景色は2-Aの教室。机の一つもないのはおかしいけど…――――納得した。
ララやリト、美柑とヤミ、天条院に凛、綾、籾岡里紗、御門涼子、古手川唯。司会のお姉さん…新井紗弥香が俺と春菜を囲んでいる。
確かにこれだけ居たら机たちは邪魔だな。彼女たちはそれぞれ『制服の上着』『豆腐』『根性の棍棒』『鬼の表紙絵の絵本』『記念写真』『アイスティーのカップ(空)』『薬』『ネコサンタのきぐるみ』を手に持っている。それは俺と彼女たちの想い出だな…ん?どうしてだ…?
「みんなの想いを私が
「…メアか」
彼女のおさげが
「あれっ?わたしを知ってるの?…マスターの言ったとおりだね♪」
抱き合う俺と春菜にゆっくり近づいてくるメア。ほんの少し遠ざけて囲んでいた皆の中から舌打ちが聞こえた気がした。誰だ?…美柑か、美柑だな。
「デダイヤルに繋いでお兄ちゃんを呼び出したんだよ?」
ひょこっとララがメアの後ろから顔を出す。少し瞳が潤んでいる。手もうずうずしているし、落ち着きが無い。まったく、キャラクターにあってないぞ
「…ほら」
片手を差し出すとララはその手をとって頬へと当てた。浮かべる微笑は愛らしい、流石は銀河のプリンセスといった人を惹きつける笑顔だ。
「じゃあ、みんなは解散ーっ!」
「…は?」
ぞろぞろと黙って教室からでていく皆。またも聞こえる舌打ち3つ。今度は誰だ?また美柑か、美柑だけじゃないな、ヤミもか。あとは……まさか凛。お前は違うよな?…しかしなんだか随分と素直に全員従ったな。
…――――秋人が知る良しもなかったが”凄絶すぎるじゃんけん大会"があったのだ。ララは発明アイテムで相手の手がグーしか出せないようにしようとする、美柑は「あたし、チョキだすからね、チョキしかださないから」とカワイイ心理作戦、ヤミは髪を
広くなった教室内にはララと春菜だけが残った。なんだ?なんかする気か?
「しっかりこっちの世界に繋いでおかないとね!」
「は?」
「帰りたくなったら今度は言ってよ、お兄ちゃん!その時はソーベツカイしてあげる!」
「は?」
帰る?まさかララ、お前…知って…
頷くララは手を抱きしめ胸に押し付ける。柔らかく包まれる感触。それは手から感じるだけじゃなくて…
ちゅっ
「ん?」
頬に触れた柔らかな唇。ララのキスから親愛の気持ちが流れこむ…温かなお日様の陽…か、それはとても身近な、まるで自分の事のように感じられて……ララの後ろにいるメアが精神を繋いでいるようだった。ララと俺は線で繋がっている。まったく、分かってないな
「おい、メアこれ取れ」
「えー?せっかくキモチイイのにー」
頬に両手をあてゆらゆら揺れているメア。なんか妄想に浸るモモに似てるな。まぁ俺にモモがデレるわけもないけど。アイツはリトのヤツが命みたいだし。初めて会った時から俺にはどこまでも上辺で外面全開だしな
「いいから取れっての」
「ぶー、はぁーい」
スッと額から抜かれる髪の線。不思議と痛くも痒くもない。さすが第二世代、旧世代の遺物たる
「はーるなっ!次は春菜の番だよ?」
「…」
春菜は抱きついたまま何も言わない。もうすっかり泣き止んでるのに肩を掴んでいた両手はしっかり俺の背にまわし、ホールドをキめている。今まで言わなかったけどちょっと痛いくらいだ。サバ折りする気か、春菜。お兄ちゃんは前にも言いましたけど補正ないんですからね?直ぐに元通りとはいかないんですよ?
「…………ララ、メア悪いけど二人っきりにしてくれ」
「うん!…じゃあ、また後でね!お兄ちゃん!はるなっ!」
「ぶー、はぁーい」
夕暮れの教室を出て行く二人。
これで本当に春菜とふたりっきりになる。
「おい、春菜。痛いっての」
「…」
春菜は抱きついたまま何も言わない。ぎゅっと更に抱きつかれる、背中を掴んでる手も強く握られていた。
「お前、宇宙人ぶっ飛ばすくらい強いんだぞ?地球人なんかあっという間に…」
嗜めるように黒髪を撫で梳くサラリとした髪は俺の指に絡みつかず滑らかな感触を伝える
「ばか」
「んあ?」
ぴたっと撫でていた手が止まる
「ばか」
「は?」
春菜はそれが不満だったのかバシバシと背を叩いた
「お兄ちゃんのばか。きらい」
「…ふん。俺もお前は嫌いだ。泣き虫不遇ヒロインめ」
叩く手に促され撫で梳くのを再開する。叩かれるのを止められ、それでいいよと背は撫でられた。
「わたしもきらい。お兄ちゃんは手が掛かるし、野菜たべないし、お肉ばっかり食べるし、えっちだし、ヘンなコトばっかりさせるし、きらい」
「男とはそういうものだよ、春菜くん」
髪を撫でつつぽんぽんと叩く
「…一般化しないでください、ばかきらい」
背中を抓られた。痛いぞ
「分かったから、いい加減離れろよ」
「きらいだからイヤ」
意味分かんねーぞ、ソレ…春菜にバレないようにこっそり息をつく
「…溜息つかないでください」
なんだよ、バレてたのかよ。またも背中を抓られた、痛い…。春菜、お前な…同じ所を…
「ほら、春菜、イイモノやるぞ」
「………いいもの――って?」
やっと顔を上げる春菜。目元には涙の跡がしっかり残っていた。夢だったはずなのにポケットにはよく知る感触がある。小さく丸いそれは春菜の態度を甘くするものだ。だけど、それを今は春菜の口に放り込まない。あの結婚式で答えなかったそれに、今、応じることにする。最期に見たのが泣き顔で、今もこうして泣いていた春菜を見るのが辛いから、俺自身の力で春菜を笑顔にしたいから
「飴、くれるの?おにいちゃ……んっ――!」
ほんの僅かな瞬間、触れる、重なる唇。直ぐに離す
「……コホン」
わざとらしく咳をする。――――仕方ないだろ、初めてだったんだ。…乙女かよ俺は。
バッと素早く身体を離す春菜。淡い色の唇を両手で隠して瞳を潤ませ髪を揺らす。白百合の髪留めが茜色を反射し煌めく、それは瞳の光とシンクロしているような強い一瞬の煌めき―――
「き、キス…した?」
「…してないな」
ウソ。
「…うそ」
「してないぞ」
ウソだ。
「うそ…」
ウソなのだ。
「した…でしょ、お兄ちゃん」
「してないな、」
したのだ。
あの時と違って誰も居ないし、清純キャラたる春菜には丁度いいだろ。…危なくこっちは意識が飛びそうだった。甘く痺れるような感触は…これでは、マズイ。甘いがマズイ。…それに公衆の面前でキスなんかできるかっての。胸は触れるけど……ん?なんかおかしいか?内なるツンデレさんがのたうち回って「おかしいに決まってるでしょ!非常識な!」と叫んでいる気がするがムシだ。ムシムシ
春菜の顔をみれないのでプイッとそっぽを向く。仕方ないだろ、初めてだったんだ――――乙女か俺は。
「―――なら、もういっかい…」
「んむっ」
今度は春菜に唇を塞がれる。再びホールドされた身体は甘く痺れ、身動き一つとれなかった。たぶん唇から流れてくる春菜の愛は、きっと猛毒で二度と二人は離れることなど出来なくなる……そんなとろけるようなキスだった。逃がさない、と優しく頬を挟む春菜の手は確かに俺を逃さなかったし、俺も逃げなかった。今度は俺も春菜を逃さないと細い腰を抱き寄せる。「んんっ!」と零す春菜と更に密着した。痺れさせる甘い電気の流れが身体全身に広がっていく――――それは信じられない速度で甘い毒を蔓延させる。身体全身から力が抜けていく……、それを辛うじて意識が抵抗し春菜の腰を更に抱きしめた。それは春菜も同じだったのか頬から首にまわされた手は俺の髪を優しく掴んだ。
――――長い長い時間のような、煌めく一瞬のような、そんな時間が流れる。世界から音が消え失せ時間さえも止まっているような気がした。春菜の手はもう握る力は込められておらず、俺の頭に添えているだけ、俺も同じように腰を優しく抱くだけ……それでも唇は、ずっと重なり続けていた。
「「…………ぷはっ」」
俺たち二人とも息を吸い込む、すぅーはー、すぅーはーと深く息を吸わなければ酸欠で死にそうだった。まさか痺れてたのは酸欠のせいだったのか?なんてリアルな…
「…。」
「―――。」
顔を見合わせる俺と春菜の顔を夕焼けが朱色に染める。春菜は恥ずかしいからだろ、トマトかお前は…ってなくらい赤い。――――俺は……わからない。頬と身体が熱いような気がするだけだ。
「……ほんもの?」
確かめるように呟く春菜。――――何言ってんだ、今更、たぶんお前はもう識ってるんだろ?春菜、
「…ニセモノだ、悪かった。」
微笑う、今度は分かる、きっと泣きそうだ俺
「ううん、そっちのほうがいい、その方がずっといい。私もニセモノ、だから…」
微笑む春菜にもう一度、頭を抱きしめられる。柔らかい胸に押し付けられる――――心から安心する…優しい、日の匂いがした。
目を閉じ髪を撫でられる俺は…少し情けないような気がする。ま、いいか、春菜だし。普段面倒見てやってるし。ここまで魅力溢れるヒロインに、ウチの西連寺春菜を育てたのはこの俺だ。俺だからいいのだ。
抱きしめながら髪を撫でる春菜は優しく微笑み、秋人の旋毛に口づけた。その微笑みは女神のように美しい。終わる世界は茜色に染まり、優しさと愛しさが世界を満たしてゆく――――そんな世界の中心、女神の微笑みを秋人は確かに見たことがある気がした。
もう一度、と春菜。今度は秋人の唇にキスをしようと抱きしめた頭を上げさせようとし――――
グー、と腹の音。しんと静まり返る教室にやけに響いた。
ピタリと撫でられていた手が止まる。おい、止めるな。せっかく顔に感じる柔らかさといい心地よかったのに
「…はぁ、お腹すいちゃったの?」
頭の上から響く落胆の声
「なんだその溜息は、仕方ないだろ、腹は減るもんだぞ」
「まぁ、私がなんとかしますか」
――――夢に居た"ろりな"と重なる。たぶん同じ自慢気な、得意げな顔をしてるんだろう
「……生意気な…妹のくせに」
「ハイハイ」
ぽん、と春菜に頭を叩かれる。俺は微笑った、意地悪い笑みで、たぶん。
――――私の
「…その顔、悪者キャラみたいだよ。お兄ちゃん」
「…見えんのかよ、コエーな春菜…」
くくっと喉の奥で鳴らしたその音は、確かにお兄ちゃんみたいに意地悪くだせたけど、私は目を線にして笑ってた。お兄ちゃんも同じく目を線にして笑った。
暖かく寒さがなくなり眩しい光あふれる春に訪れた、涼しく暑さの和らぎ紅葉の切なさを感じさせる秋は、こうして女神に優しく包まれた。
あたらしい、ふたりの季節が、この場所から始まる。
おわり
感想・評価をお願いします。
2015/10/31 続編「貴方にキスの花束を―――」の連載開始
2015/11/05 一部シーン演出改訂
2015/11/28 文章構成改訂
2016/04/10 文章改訂
2016/06/01 文章改訂
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【 Subtitle 】
62 雨のち激辛、時々ダークマター
63 威風凛然、春愁秋思
64 天啓は兄のぬくもりと共に
65 終幕へといざなう春の薫風
66 威風凛然、春愁秋思 弐
67 「私の