ウチの【西連寺春菜】が一番カワイイ!!   作:充電中/放電中

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difficulty 12. 『日常の祈り子』

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ピッ!ピッ!ピピピッ!ピピピッ・・・!

 

カチッ

 

「んー……ふぁあ……おはよ…」

 

夜が明けた。朝になった。

 

口を隠しながら伸びをして起きる。現在の時刻は午前5時。デジタル時計は正確で無情に夢の中に居た私を呼び起こした。マロンは既に起きていて、エサ箱を咥えてこっちにトコトコ歩いてくる…――――カワイイ。ナデナデしよう…動物って癒される、アニマルセラピーっていうものがあった気がするけど、わかるなぁ。ヤミちゃんと一緒に猫ちゃんにミルクを上げる時も指を舐めてきてカワイイ。ヤミちゃんも猫ちゃんに似てる気がする…言うとムスっと「…貴方も私をネコ扱いですか、似てますね」って怒るけど………あ、午前5時13分。いいかげん顔洗わないと…

 

起きて顔を洗って身支度を整えたら今度は食事の用意をする。

 

ふんふんふふふ~ん♪

 

不意にこぼれる鼻歌。いつもの朝の日常、毎朝作る卵焼きには、ほんの少しの出汁とすり潰した緑黄色野菜を隠して混ぜ込む、うん、出来あがり…あ、と気づく

 

「はぁ、また作りすぎちゃった」

 

テーブルの上には幾つもの料理たち、ぱっと見ても5品目はある。一人で食べるにはどう考えても作りすぎだ。

 

「……何やってるんだろ、私…」

 

もう一度溜息をついて頬を掻く、卵焼きのカロリーは高い。一人で食べると大変なことになっちゃう

 

「お弁当にいれよ…」

 

今日もまたお弁当に黄色の卵焼きが加わった。

 

マンションのエントランスを出ると、ゆらゆらと舞い落ちている雪、かざした手の上で溶ける

 

「また雪…」

 

見上げた空へはぁ、ともう今日何度目かの溜息、私は雪が好きじゃない。子どもの頃は好きだったけど、今は白くて好きじゃない。すぐ溶けて濡れてしまうのも好きじゃないし、白いところが何より好きじゃない、好きじゃない。好きじゃない。

 

「もう少し早くウチを出ればよかったな…」

 

傘をささずに通学路を走る、多すぎる朝ごはんをなんとか食べ終え、お弁当に詰めていたら遅くなった。お弁当二つは走るのに少し邪魔になった。

 

昼になった。

 

ララさんと机をくっつけてお弁当をつまむ

 

「わぁ!春菜のお弁当はいっつも美味しそーだよね!」

「ありがと、ララさん。食べる?」

 

鞄から青い弁当箱を取り出す。

 

「うん!…でもいいの?」

「もちろん。はい、」

「アリガトー!……えっと、春菜」

 

ララさんが手にしているそれはどう見ても男の人用の弁当箱だった。

 

「うん?」

「その…お兄ちゃんの事…思い出した?」

なぜかビクリと肩が震えた。

「…お兄ちゃん?ララさんの?」

「ううん、私達(・・)の」

「私は一人っ子だし……ララさんにはモモちゃんとナナちゃんって妹が居たんじゃなかった?」

「うん…そうなんだけど…、ゴメン。なんでもないよ!」

「そう?…ヘンなララさん」

ヘンだったのは私の方だったのかな、ララさんは悲しそうな顔をしていた。

 

夜になった。

 

私は寝る前に日記をつける。と言ってもまだ二週間しか経っていないけど…

 

「今日の朝ごはんは、揚げ出し豆腐と卵焼きと……」

 

日々の献立、私の部屋には料理の本がたくさんある。肉料理に付箋が張られていることからたぶん肉料理が好きだったんだと思う。……自分の事なのに知らないことみたい、ヘンなの。ヘンと言えば「野菜がニガテなお子様にダマして食べさせる24の方法」という本もあった。私は野菜が好きだし、おかしい。知り合いに野菜が嫌いな人でもいたのかな、よく読み込まれたその本はボロボロになっていた。

 

「えっと、最後に今週、結城くんに体を触られた回数は…お尻1…胸…3」

少し、いや、かなり恥ずかしいけど思い出して数える。それは"誰か"に報告するみたいに……わざとじゃない結城くんの転倒に巻き込まれてその……あんな事になってしまう、恥ずかしい。恥ずかしいよお兄ちゃん(・・・・・)

 

「うん?…私、いま"お兄ちゃん"って…?昼間のララさんの話にでてた人、かな…?」

 

なんだか怖くなってしまい、急いで書き終え日記を畳む。

 

「…。」

 

机の脇に置かれた鏡を眺める

 

「…わたし、なんでまた泣いてるんだろ」

 

パジャマの裾で涙を拭う。寝る前に必ずこうして泣いている気がする。広すぎるこの3LDKは親が私に彩南高校へ通うために借りてくれたもの。一部屋は両親が泊まりにきた時の為に用意されたもの、二部屋目は私の部屋、もう一部屋は物置。物置の筈のその部屋には私が読んだことのない漫画が置かれている。生活感があって怖いから入らない。でも入りたくなる、オバケが大のニガテな私がそんな事になるのはヘンだ。今までヘンな事ばかり起こっていた気がした、最近は日々平穏。ヘンなことなんて結城くんが転んで女のコたちがあんな事になるくらいしかないのに。

 

「……寝よう」

 

電気を消して、布団に入る。たぶん明日も、そのまた明日も。こうして日々が続いていく。何にもない平穏な日々を続けていく。季節はもうすぐ春になる。私の名前の一部にもなったその季節、出会いと別れの季節、春。個人的には秋の方が好き。夏の終わりは少し切なくて、それでも秋の紅葉は綺麗で…お月見やハロウィンなんかもある。半袖に飽きて洋服もオシャレなものが増えるのも楽しい。でもそれが春からは遠くて…、夏と冬に挟まれる秋はその二人に獲られれちゃったみたい…――――ね、おにいちゃん。。。

 

いつの間にか意識を手放した私はこうして眠りの海へ落ちていった。

 

 

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「沙姫様、少しお時間を宜しいでしょうか」

「ええ、構いませんわ」

「…申し訳ありません。失礼致します」

 

2-Aのドアを開けて出て行くポニーテールを見つめる沙姫と綾。行き先は告げなかったが二人にはその場所が分かっていた。

 

「このままでいいんでしょうか、沙姫様…」

「……良いワケがありませんわ、綾…まったくあの下僕。どこで何をしているのやら」

 

腕組みをしてギイっと背もたれにより掛かる天条院沙姫。せわしない朝のSHR前にこうしていつも凛は出て行く。それはまるで迎えにいくようで…――――

 

「はい、心配です…」

 

横に立つ綾は眼鏡をくいと上げた。

 

「下僕の事など、これっぽっちも心配ではありませんわ、心配なのは凛の方です」

「え"…沙姫様…それは少し酷いですよ…」

「心配してなどいませんが凛の為、仕方なく天条院グループが総力を上げて世界中をさがしています。そのうち見つかるでしょう」

「それって結局心配してるんじゃ…」

「…下僕とは言え私が捕獲したのですから、責任もって管理するのは当然ですわ」

 

沙姫は机に頬杖をつくと視線を外へと向けた。外では雪が舞い落ち続けている。こんなに寒いのに恋する武士娘には関係ないのだろうか、屋上でまた一人、今もぼうっと外を眺めている親友に思いを馳せる沙姫はやりきれない気持ちで唇をきつく噛んだ。

 

 

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「…。」

 

『雪の降る街。』『白く染まる街。』『春がまだ来ない街。』――――駄目だな、どれも似た同じ題名だ。

 

私は目の前の風景に題名を付けようと頭を働かせていた。沙姫様のようにセンスのある題名をつけることは難しい。

 

手に持つ竹刀を握りしめる。難しいのは剣の道も同じ、心技体。この3つのバランスで成り立っている。幼い頃から始めた剣道は心も、技も、体も、一人前にしてくれたように思う。まだまだ足りない部分も多いが、そういう足りない部分を見つけることが大切な事だと、師は言っていた。

 

「…。」

 

秋人は春菜を選ぶと思っていた。あの結婚式で結ばれる二人を黙って祝福するはずだった。この恋が敗れてもかまわない、と。秋人が幸せになれるのであれば、敗者は黙って去るのみだ。それに秋人がこちらへ来てから一番傍に居て支えたのは私だ。春菜もそうだったかもしれないが、真実、彼のことを識りその手をとって迎え入れたのは私だという自負がある。そういう意味では、この胸にある切ない気持ちは恋だけでなく、家族を思う愛情もあるのかもしれない。出来の悪い弟を心配する姉のような……そういう気持ちだと思う。そしてその絆は私だけしか紡げない私だけのものだ。だから、それでいい。それだけで充分だ。

 

「――。」

 

誰も居ない屋上で呟く。結局秋人は誰も選ばなかった。春菜があっさり踏み越えた壁を越えられずに、あろうことかあんな馬鹿な真似をして結城リトに託して消えた。私に何の相談もせずに……。格好つけていたようだったがまるで格好良くない。B級映画「キラーなまこ」並にシュールなシーンだった。

 

則天去私(そくてんきょし)。気分を変えるように竹刀を振るう。ビュッと空気を斬る音がする。二度、三度と振るうにつれて嫌な気持ちが剥がれ落ちていく、十度振るう時にはもう既に心の乱れは無くなっていた。

 

踵を返して屋上を後にする凛。その背はしっかり伸びていて本物の武士のようだった。

舞い落ち続ける雪だけが令嬢の呟きを聞いていた。

 

――私を選んで欲しかった

 

その本当の気持ちを

 

 

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「結城さん!僕と付き合って下さいッ!」

「…うん、いいよ」

「クソ!やっぱり駄目だったか・・・・・えええっっっ!???」

C組大好くんは酷く驚いて顎が外れたみたいに大口を開けている。そんなに驚かなくてもいいのに。イケメンが台無し

「ほほほほホント?」

「うん。」

「やったーーーーーッ!みんなー!やったぞ俺はーっっ!」

「「「……。」」」

 

後ろの応援に来た男子達は嫉妬した目でヒソヒソと滅殺だとか撲殺だとか呟いているみたい。美柑イヤーは地獄耳。なんだソレ

 

「それじゃまた明日。」

 

騒ぐ男子をおいて場を立ち去る。何もかもがどうでもいい。たぶんあたしは間違った。あの時モモさんに差し出された知恵の実を取るべきでなかった。結城美柑は柑橘系だ。果実が果実を収穫すべきじゃなかった。ちゃんとオレンジ色に熟して甘くなって、それから食べてもらうべきだったのに。未熟なままで他の果実と混ぜ合わさって100%じゃない蜜柑ジュースをあの人に飲ませようとした私への罰。秋人さんを試そうとした未熟(・・)な若妻への罰だ。

 

舞い落ちる雪を見上げ口へ含む。味なんてしない。美柑テイストは地獄味なのに。なんだソレ、あ、ジゴクの味ってコト?

口を開けて見上げることに飽きて次はリトへの罰を考える。やっぱり"ねりからし一本"だけじゃ駄目だ、"タバスコ"も使おう、美柑テイストは地獄味だから。

 

きっと秋人さんは還ってくる。良妻はその間、自分と関係者各位に罰を与え、そして愛する夫を優しく迎える。おかえりなさい、あなた、美柑はお待ちしておりました、と優しくハグ。そしてその夜は激しく燃え上がるように愛し合う、そう、ソレよ!ビシッと突き出したその指は乃際真美ちゃんの目に刺さった。「ぎゃああ!めがあああ!めがあああ!」と叫ぶ真美ちゃん。いつの間に居たのかな……不幸なコ。

 

ズボスッと刺さっている指をズブスッと引き抜く美柑。もう一度乃際真美は「ぎゃあ!めが(略」と叫んだ。木暮幸恵は「あ、コレもリトへの罰に追加しよう、美柑フィンガーは地獄指…フフッ」と呟き嘲笑う美柑に「ああ、こりゃ明日も多分雪ね、可愛いニーハイどこで売ってるんだろ?たまに美柑ちゃん履いてるのよねー」と関係ない感想を一人呟いた。

 

このように今日も美柑の周りは(おおむ)ね平和だった。

 

 

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「らっしゃいませー、あじゃじゃしたー」

「コラコラ、まだあたしゃ来たばっかだぞー、ユイっち♪」

「だーれがユイっちよ、ハレンチな」

「なんだかやさぐれてるねェー、おねぇーさんに話してみなよ?」

「ウルサイ。なんでもないわよ」

 

ファーストフード店のレジカウンターでやる気のない古手川唯。いつものようにハキハキと口うるさくない彼女はツンでもデレでもなくダレていた。彼女の無気力さのせいなのか、夕暮れの店内には籾岡里紗以外の客はまばらで、閑散としている。

 

「ふ~ん、失恋かぁ」

「んなっ!なんで分かったのよ!?」

 

バンッ!とカウンターに手をつき顔を近づける唯。そのおでこを人差し指

でつんと弾いた里紗は

 

「だってアタシの友達もそんなカンジだからサ、」

 

みんな同じよねぇー、と微笑った

 

「ハァ、こんな時どうすればいいのよ教えなさいよ」

 

深々と溜息をつき俯く店員

 

「あらやだ、上からだわこのコ」

 

カウンターに頬杖をつく里紗はトントン、と"チーズバーガーセット"と書かれたメニューを指で叩く

 

「――――ウルサイ。」

 

目の前の店員に仕事をする気はないようだ。

 

「そーねー、で?お相手はダーレだっ♪」

 

フッと気だるげに微笑う里紗は注文を諦め、目の前の赤い制服に身を包む強情っ娘と恋バナに興じることにする

 

「…言う必要があるわけ?」

「そりゃあるわよ~タダで相談乗ってあげるんだからサ♪」

 

チラと後ろの店員たちを見ると苦笑いをしながら手を合わせ里紗に謝っている。彼らも苦労しているようだ。里紗はそれに片手を上げて応じた。

 

「…A組の結城君よ」

 

ボソッと俯いたまま唯は呟いた。

 

「ふ~~ん、そりゃよかった」

「何が良かったのよ……なによ、やっぱり貴方、馬鹿にしに来たんじゃない…」

 

涙目でジロリと唯は目の前の里紗を睨む

 

「だって、おんなじ相手に失恋してたらいやジャン?」

「なによそれ」

「なんでもなーい」

 

里紗は後ろの店員たちにウインクすると、ぐすぐす泣き出した唯を指さし、その指を流れるように出口へと向けた。店員達はその意図を察し、指でOKとサインを送る。この日、古手川唯は籾岡里紗にこうしてテイクアウトされた。里紗は「これで貸し3だねー。オニイサン♪」と呟いたが持ち帰られている唯には何のことか分からなかった。翌朝、彩南高校の制服を店に忘れた唯が店に里紗と走ったのは余談である。

 

 

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眼下で眠るお兄様……を騙る男を見下げる。

 

(またが)っている私はこの男が嫌いだ。理由はいくつかある。

こうして婚約者候補ではなく家族になってデビルーク統治の一員となろうとする男は多かった。それは第一王女のお姉様を標的にするよりは私やナナと言った一番ではなれないけど二番目、三番目にはなれるといった確実な負けを選択して安定的な地位を望む。そういう狡猾(こうかつ)な男…山ほどいたそういう男は全員お父様が文字通りに叩き潰してきたけれど。

この男はそれをすり抜け私達ではなくお姉様に取り行ったよう。純粋無垢なお姉様に取り行った男…西連寺秋人を罰してやろうと思っていた。―――のに

 

「ああっお兄様♡んむっ…」

 

私は愛しのお兄様に首筋に舌を這わせ、耳たぶを口に含む。甘美な味。お兄様の躰はまるで全身が蜜でできているのではないかしら

 

「…。」

 

眠り続ける愛しのお兄様の躰が少し震えて官能を伝える。こういう舌の動きが良かったらしい。メモメモ

耳を舐めながら手は下へと向かう…ゆっくり、ゆっくり…

 

「…♡」

 

ちゃんとできているみたい♡やっぱり恋愛ゲームは偉大♡銀河ネットサーフィンで得た知識は無駄ではなかった!ウフフフッ♡といけない笑いが零れちゃう。このゲームは負けるわけにはいかない。私の楽園(ハーレム)計画実現への第一歩。ようやくその一歩を踏み出したのだから……え?なぜこんなことになってるかって?いいでしょう!それでは説明しましょう!

 

Session.1『はじまり』

 

「「お兄さまぁ?」」

[そうです。ララ様にお兄様にしたいお相手ができたと]

ザスティンさんとお父様の通信を盗み聞きする私はお父様、ギド・ルシオン・デビルークと同じ言葉で返事した。

「婚約者候補じゃねェのか?」

[ハイ。]

(ふむふむ)

「兄ねぇ……強ェのか?ソイツは?」

[いえ、婚約者候補の結城リト殿と同じく地球人ですので…]

「何だソリャ、じゃあ却下だ」

(却下です♡)

[しかし金色の闇と繋がりのある情報屋との報告もあります]

「……ヘェ」

[しかも金色の闇自身が護っているようです]

「そうか、まァ一応考えといてヤルよ」

[了解です。]

(あら、意外な展開…)

「じゃあな、また何かあったら通信よこせ」

[了解です。では]

…プツンッ

 

ふむふむ。私の方で調査しましょうか、ザスティンさんて抜けたところありますし♡

 

 

Session.2『結果報告』

 

調査結果は最悪。全く純粋・純情・真面目さがない。おまけにセクハラが好き、とあった。サイアク。お姉様の婚約者候補のリトさんの爪の垢を煎じて飲ませて差し上げたいくらい。だけどお姉様に気に入られていて、その他の女性も密かに想いを寄せているみたい。お姉様は第一王女。そのお姉様が押し切れば本当に家族になってしまう可能性がある。早めに排除しておきましょう。

 

Session.3『深みへ嵌まる』

 

セリーヌちゃんによればリトさんは植物にも優しい殿方らしい。植物と心を通わせる私と気が合う。今もこうして花へ水をやるリトさん……笑顔が可愛らしい。ああ、なんて調教しがいのありそうなお方…いけない、涎が…そうそう、ナナに今日の『王室の礼儀』という授業を代わってもらった。ナナったら最初に必ずチョキを出すんだから、お・み・と・お・し♡そして私は部屋をぬけだしてこうして地球へやってきた。だって報告書だけじゃ本当にどういうお方かわからないもの。調査対象はまだ家。だからリトさんを見物にやってきた。同じ植物を愛する者として気になったから、お姉様はまだ射止めていない。なら私にもチャンスがある…。ウフフ、いけない、そろそろ調査対象のところへ行かないと…

 

Session.4『さらに深みへ嵌まる』

 

遅い。せっかくこうして――――――

 

――――――…あ、

 

「んむっ…」

 

お兄様が寝返りをうってしまって、説明中断。そのまま抱きしめられてしまう。…し、し・あ・わ・せ♡

いけないですよ、お兄様…私はリトさんが好きなのに……リトさんだけのモノなのに…あ、硬いのが…ダメぇ…これではゲームオーバーになってしまいますよぅー…♡

 

「んー♡」

 

ぐりぐりとナナがやっていたように胸に頭を擦り付ける。ナナったら動物好きが高じて動物になってしまったのかしら、と思ってたけどこうしてみると案外心地いいのね

 

「…何をやってるんですか何を」

「きゃあ!あっ危ないでしょう!」

 

感じた殺気に跳ね起きる、ドスドスドスッ!と私が居た場所に鋭く突き刺さる金の刃。危ないでしょう!ともう一度叫んだ

 

「…食事の時間ですから」

「え?もうそんな時間ですか?」

 

では交代、と私はヒョイと掴まれポイッと放り捨てられる。

 

「も、もうチョットだけ…」

「…ダメです。」

「…い、いいじゃないですかぁ~ヤミさぁん」

「気持ちの悪い声を出さないでください。気持ちの悪い。食事の邪魔です」

 

たい焼きをお兄様の枕元に供え、手を合わせ祈るヤミさん。…それじゃ死んじゃってる人みたいじゃないですか…

 

ヤミとモモ、秋人の三人は未だに"とらぶるくえすと"の中に居た。ここは崩壊したはずの魔王城の一室。豪華な天井付きベッドに秋人は横たわっていた。ヤミはモモと同じく電脳世界に出入り自由になってしまい、こうしてモモの邪魔をしている。ヤミにとってはモモが邪魔をしているのでどちらも同じことだったが。崩壊したはずの電脳世界が何故このように無事だったのか、それは――――

 

「ハァ、ヤミさんをナナに任せてしまったのがそもそも計画が狂うはじまりだったのね…」

 

今は伝道師(ナナ曰く)の家で寝泊まりしている双子の姉を思う。え?どうしてこんな事になってるかって?いいでしょう!それでは説明しましょう!

 

「…無駄に長い説明は止めて下さい。貴方がアキトを独り占めしたくてこうして閉じ込めている。アキトは異次元へ落ちた影響で眠り続けている。記憶消去の発明品は失敗していた、西連寺春菜にだけは効果があった。でしょう」

「うっ…」

いそいそとホワイトボードを用意していた私は背で語るヤミさんに顔を引き攣らせた。手に持つペンがポトリと落ちた。

「…それで、いつ目が覚めるのですか?」

「…分かりません、」

 

お姉様ならなんとかできるかもしれませんけど…私はくせっ毛を指で絡ませながらそれに答える。ヤミさんは相変わらず祈り続けていた。

 

「…。」

 

表情は読めなかった。

 

「…ヤミさんはお兄様をどうしたいんですか?」

「……分かりません」

 

こうして二週間以上毎日祈るヤミさんについに尋ねる、なんとなく今まで聞けなかった

 

「起きて帰ってきて欲しいんじゃないんですか?」

「…アキト自身がそうしたいと思わないとダメな気がします。」

「分かるんですか?」

「…なんとなく、ですが」

「なんとなく、ですか…」

「…。」

 

そっと瞳を開くヤミは目の前のアキトへ想いを馳せる。同じ異邦人として、本当の家族が居ないものとして、ヤミは正しく見抜いていた。アキトは家族が欲しかったのだ。自身のことを何にも知らない西連寺春菜と本当の絆を繋ぎたかったんだろう。それが男女としてのソレなのか、兄妹としてのソレなのか、ソレはヤミには分からなかったが。

 

このまま眠るお兄様をお姉様方に会わせても良いことはないでしょう、とモモは言った。それはヤミも思うところであったので二人の利害は一致した。だからこうして眠るアキトは魔王城で優しく(?)保護されている。

 

もう一度瞳を閉じて祈る。ヤミの漆黒の戦闘衣(バトルドレス)はこの時ばかりはその表情も相まってのように神聖な修道女のようにモモには見えた。

 




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2016/04/25 文章構成改訂

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【 Subtitle 】


57 孤独な悲願の行く末

58-59 斬り捨てられない想い

60 空想を舞う地獄翼

61 踏み倒された貸し三つ

62 黒きマリアの祈りしは


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