モモンガ様は自称美少女天才魔導師と出会ったようです   作:shinano

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第七話 賢者の石

「骨のある人……ですか」

 

 モモンの声が、にわかに低くなる。

 骨のある人――傍から聞いていれば何の変哲もないフレーズだが、彼にとっては驚嘆すべきものだった。

 比喩的な意味で言っているだけの可能性はあるが、この雰囲気でそれはまずないだろう。

 正体を見破られていると考えるべきだ。

 彼は周囲に気取られないように注意しつつも、身構える。

 

「我々に、何か御用でしょうか?」

「これはこれは、『卵顔のきれいな人』だ。そんなに怖い顔をしないでいただきたい、何も私は喧嘩を売りに来たわけではないのです」

「……ッ! やはり只の下等生物ではありませんね」

 

 ナーベの種族はドッペルゲンガーである。

 その本来の姿は卵型の顔をした人型とでも呼ぶべきものだ。

 普段の人間の姿は、あくまでも仮の物でしかない。

 しかし、種族の特性ゆえ変化については完璧で、本来ならばばれるようなものではなかった。

 化けている本人ですら、化けていることをほとんど意識していないほどなのである。

 それを見破るとは、恐ろしいほどの眼力――いや、この場合は超感覚とでもいうべきだろうか。

 

「おやおや、さらに目つきが険しくなってしまいましたね。美しい顔が台無しですよ」

「……怪しい者に警戒するのは、モモン様の僕として当然です」

「これでも、それなりに有名なつもりなのですがね」

 

 そういうと、おやおやとばかりに両手を上げるレゾ。

 するとここで、事態をイマイチ理解できないガウリイが呑気な顔で質問をする。

 

「……なあリナ、あいつってそんなに有名なのか?」

「あんた、あのレゾを知らないの!?」

「全然。冷蔵庫の親戚か?」

「んなわけあるかッ!! 赤法師レゾって言ったらね、現代の五賢者の一人にも数えられる超大物! ある意味、魔法界のトップに限りなく近いような人間なのよ!」

 

 リナの言葉に、ガウリイだけでなくモモンやナーベまでもが驚きを露わにする。

 その今さら過ぎる反応に、リナはその場でずっこけてしまった。

 彼女は額に手を当てると、肩をプルプルと震わせながら言う。

 

「あ、あんたたちねえ……どんだけ常識が無いのよ! 三人揃って頭の中は豆腐か何かなわけ!?」

「……モモン様への侮辱は万死に値します! 取り消しなさい!」

「ふん! あんたみたいなのがそーやって過保護だから、世間知らずなボンボンが出来るのよ! 優しくしてればいいってもんじゃない、ダメなものはダメってきつく言ってやらなきゃ!」

「貴様、下等生物のくせに何と恐れ多いことを! 私ごときがモモン様に注意をするなど……!」

「今注意したのは私でしょうが!」

「……虫けらの割には正論を言いますね。おや、私はいったい……?」

 

 リナに上手く言いくるめられて、結局自分が何を言いたかったのか分からなくなってしまったナーベ。

 実力はともかく、口喧嘩ではリナの方が一枚も二枚も上手を行くようだ。

 モモンは頼りないメイドの姿にふうっと息をつきつつも、改めてレゾの方を睨む。

 その視線に続いて、今度はリナが彼のひょうひょうとした顔を睨みつけた。

 

「しっかし、本当に赤法師レゾ? さすがにちょっと信じられないわね」

「どう証明すればよいのか分かりませんが……先ほどの戦いで只者ではないとは分かったでしょう?」

「ええ。それにあんたがもし本当にレゾだとしたら、真っ当な人間でもなさそうだわ」

「ほう、それはどうして?」

 

 問い返して来たレゾに、リナは得意げな顔で指を振った。

 得意な科目の質問に、嬉々として答える子どものようである。

 

「これでも、昔の文献とかは結構読んでる方でね。赤法師レゾの名前は、五十年前の資料にはすでに登場しているの。つまり、あんたの年齢は最低でも五十過ぎ。当時活躍していたことを考えれば、七十ぐらいにはなってないとおかしいわ。それなのにその見た目、明らかにおかしいじゃない」

「白魔術を究めれば、出来ることは多いのですよ」

「どうだか。ろくでもない禁術とかに手を出してそうな気配がするわ」

 

 リナの率直な物言いに、レゾは興味深そうにうなずいた。

 閉じられたままの目が、どこか楽しげに歪む。

 

「なるほど、疑うのも当然でしょう。ですが、私があなた方を救ったのは間違いのない事実だ。ならば、私が何者であれ少しぐらい付き合ってくれても良いのでは?」

「そりゃそうね、ごもっとも」

「では、私と一緒に町へ向かいましょう。いろいろと話したいことがあるのですが、ここでは落ち着きませんので」

 

 そういうと、歩き始めるレゾ。

 彼の後に続いて、四人もまた町へと向かったのだった――。

 

 

 

「ふがふがふがッ!! うんまいわね、ここの料理! あ、ガウリイ! その肉は私のよ!」

「何言ってんだよ! この肉はな、俺がさっきから目を付けてたんだ!」

「あたしはもっともっと前から目を付けてたの! とにかく、よこしなさい!」

「こらッ! 人の肉にフォークを刺すな!」

「ガウリイこそ、私の肉を持って行こうとしないで!」

 

 一かけらのステーキを巡って、壮絶な奪い合いを開始するリナとガウリイ。

 二つのフォークを激しくぶつけ合い、無駄にハイレベルな剣戟を展開する。

 カキンカキンッと快音が響き、火花が散った。

 テーブルが揺れて、二人の周りに山と積み上げられた皿がぐわんぐわんと今にも倒れそうになる。

 二人で、ざっと三十人前ぐらいは料理を食べたのではないだろうか。

 

「……お前たち、もしかしてホムンクルスなのか?」

「はあ? 何言ってんのよ。あ、ガウリイ! ずるいわよッ!」

「リナが油断するのが悪いんだ」

「くぅッ!! レゾ、もう一皿頼んでも良い? 良いわよね、好きなだけ食べていいって言ったんだから?」

 

 ズイッと身を乗り出すと、トーンの低い声で凄むリナ。

 顔は満面の笑みだが、瞳のハイライトが消えていた。

 レゾは彼女の勢いに圧倒されたのか、弱弱しい様子でうなずく。

 

「よっしゃァ!! おっちゃん、お肉もう三人前!」

「……いま、一皿と言いませんでしたか?」

「三人前ぐらいなら、一皿に乗るでしょ?」

「一応、ここの食事代は私が持つことになってるんですけどねえ……。もう少しえ――」

 

 レゾが何事か口にしかけたところで、リナはやれやれと両手を上げた。

 そして彼が言葉を発する前に、マシンガントークで一気に畳み掛ける。

 

「現代の五賢者が、けち臭いこと言ってるんじゃないわよ! お金ならたくさん持ってるんでしょ? 持ってないわけないわよね?」

「ま、まあ人並み以上には」

「だったらいいじゃない! たまにはパーッとやりましょ。パーッと! おっちゃん、お肉さらに三人前追加よ! 皿は前のとひとつにまとめてね!」

「ははは、あんたも災難だったな。まあ、ドラゴンにでも噛まれたと思ってあきらめてくれや」

「誰がドラゴンよ!!」

 

 ガウリイに掴みかかるリナ。

 放っておいたら、いつまでたっても収まらなさそうな雰囲気だ。

 モモンはふうと息を吐くと、パンパンと手を叩く。

 

「二人とも、いい加減に落ち着いてください。レゾさんも、話があって我々をここに連れて来たんでしょう?」

「おっと、すっかり忘れていましたね。それでは、そろそろ本題に入らせていただきましょうか」

 

 レゾの身体から、何やら得体の知れないオーラのようなものが放たれた。

 その冷え冷えとした気配に、リナとガウリイはたまらず喧嘩をやめる。

 二人は互いの顔を一瞥したのち、ゆっくりと席に戻った。

 そして、真剣な顔でレゾの顔を見やる。

 

「……いいわよ、話して」

「はい。実は私は、この眼を治すためにとあるアイテムを長年にわたって捜しておりましてね。それを私より先に、偶然手に入れたのがリナさんたちなのです」

「なんなんだ、そのアイテムって?」

「そうですねえ……ズバリ言いますと、賢者の石です」

「そりゃまたずいぶんと……物騒なものね!」

 

 そういうと、思わずむせこんでしまうリナ。

 すかさずガウリイが彼女の背中を擦る。

 喧嘩をしていた割には、仲が良い二人である。

 モモンは一瞬、微笑ましい気分になるがすぐさま気を引き締めなおす。

 

「賢者の石とは? 教えてほしいのですが」

「……もう、流石に突っ込まないわよ! 賢者の石っていうのはそうね、究極の魔法増幅装置ってとこかしら。それさえあれば、己の魔力を無限に増幅することができるの。この世界を支えている、神様の杖の欠片ともいわれているわね」

「世界を支えている……杖?」

「おいおい、杖なんかが世界を支えられるわけないだろ?」

「ああ、もう! あんたらはそのレベルから知らないのかいッ!!」

 

 テーブルを叩き、苛立ちを露わにするリナ。

 頭を掻きむしる彼女に代わって、レゾが三人に説明をする。

 

「この世界はそもそも、混沌の海に突き立てられた杖の上に存在していると言われているのです。例えるならばそう、このお肉みたいな感じに」

 

 レゾは新しくやってきたお肉にフォークを突き刺すと、高く掲げた。

 薄いステーキ肉が、ぺらぺらと揺れる。

 ユグドラシルとはまったく異なったその説明に、モモンとナーベはそれぞれに顔を険しくする。

 ユグドラシルの世界観は、北欧神話の考え方に則っていた。

 まず世界樹と呼ばれる途方もなく巨大な樹があり、各世界はその枝に支えられた葉の一枚だとするものである。

 それがこうまで違うとなると、世界樹に存在していたどこかの世界というよりは、まったく系統の異なる世界に入り込んでしまったようだった。

 

「このお肉を支えるフォークこそが、神の杖。そして、その欠片が賢者の石というわけです」

「なるほど。それは凄まじい」

「よくわからんが、何か凄そうだな」

「ええ。使うべきものが使えば、世界を滅ぼすようなことだって出来るでしょうねえ。実際に、我々の敵はそれをしようとしているようだ」

「ゼルガディスたちのこと? あなた、やっぱり連中について何か知ってるの?」

 

 リナが尋ねると、レゾは不意に顔を下に向けた。

 そして、先ほどまでとは比べ物にならないほど、険しい顔をする。

 眉間に深いしわが寄り、握りしめられた拳が震えていた。

 丸まった背中からは、微かな恐怖すらうかがえる。

 

「はい。連中は……あろうことか、石の力を用いて魔王シャブラニグドゥを復活させようとしているのです!」

 

 レゾの鬼気迫る声が、平和な酒場に響き渡った――。

 




ナーベが、ドンドンポンコツになって行っているような……?
やっぱりリナは強敵です。

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