モモンガ様は自称美少女天才魔導師と出会ったようです   作:shinano

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第四話 傭兵モモンの旅立ち

「分かっているな、ナーベ?」

「はい、モモンガ様」

「……分かっていないではないか。もっと普通に、軽く呼ぶのだ。モモンさんでいい」

 

 ナザリック大地下墳墓第九層。

 そこに設けられた自室で、鎧姿のアインズは一人のメイドと向き合っていた。

 照明を反射し、煌めく黒髪のポニーテール。

 冷たく鋭利な印象を与えつつも、絶世と形容するのが相応しい美貌の横顔。

 マントを羽織っていても凹凸が分かってしまうほどの、完璧な体型。

 人間だった頃のアインズならば、確実に顔が真っ赤になっていたであろう美女である。

 

 彼女の名はナーベラル・ガンマ。

 ナザリックが誇る戦闘メイドチーム『プレアデス』の一員だ。

 

「モ、モモンさ――ん!」

「変に語尾を上げるな。そんなことでは、周りの人間たちに怪しまれるだろう」

「人間のことなど、気になさる必要はございません! 逆らうならば踏み潰してしまえばよいのです」

 

 さらりととてつもないことを言ってのけるナーベラル。

 アインズは軽く肩を落とすと、やれやれと両手を持ち上げる。

 

「何回も説明しているだろう。ここに住む人間たちは、何をしてくるかわからない存在だと」

「ですが所詮は――」

「態度を改めぬようであれば、お前をこの任から外すことも考えるぞ?」

「……申し訳ございません。精一杯『演技』するよう、努力いたします」

 

 ナーベラルが頭を下げたところで、アインズはふうっと息をついた。

 彼は近くの椅子に腰を下ろすと、これで何度目かになる説明を改めてナーベラルにする。

 

「我々の任務は、旅をしながら広くこの地の情報――特に魔法についてを集めることだ。その過程で、目立つことは極力避けねばならん。正体がばれてしまうこともだ。お前にも、理屈は分かるだろう」

「……はい、理解はできます」

「今回の任務で、お前を私のパートナーに選んだのはお前が『ナザリックでも屈指』のスペルキャスターだからだ。レベルこそ低いが、魔法に特化したお前の能力を私は『高く買っている』ぞ。失望させないでくれ」

「は、はい!? この身のすべてをかけて、全力でやらせていただきますッ!!!!」

 

 風切音がするほどの勢いで、深々と頭を下げたナーベラル。

 その声の大きさに、アインズは思わず耳を押えたくなった。

 普段は、どちらかと言えば物静かで感情をあまり顔に出さないようなタイプであるのに。

 よほど『ナザリックでも屈指』と『高く買っている』というワードが効いた様であった。

 

「では、しばらく席をはずしてくれ。三十分経ったら出発だ」

「はい!」

 

 部屋を出て行くナーベラル。

 その背中と入れ替わるように、セバスが姿を見せた。

 敷居をまたぐ前にいったん足を止めた彼を、アインズはすぐに招き入れる。

 

「アインズ様は、相変わらず人の使い方が素晴らしいですな」

「……本当のことを言ったら、自殺しかねんからな。ただそれだけだ」

 

 ナーベラルが優秀なスペルキャスターだから従者にするというのは、間違ってはいない。

 種族レベルを1に留める代りに職業レベルを上げた彼女は、プレアデスの中では一番の魔法の使い手だろう。

 だが、彼女が従者に選ばれた理由はそれだけではない。

 人間蔑視の感情があまりにも強く、プレアデスの他のメンバーのようにメイドとして人間社会に潜入するが出来なかったのだ。

 いや、正確には――潜入しようとしたいいがすぐに戻ってきたというべきか。

 その美貌を活かして商家に雇われるところまでは上手くいったが、すぐにボロが出てしまい、セバスが慌てて連れ戻したのである。

 

 このままナザリックに置いておいても良かったのだが――それではもったいない。

 家事スキルを持たないプレアデスの彼女では、ほとんど遊んでいるような状態になってしまうだろう。

 警備要員とも考えられるが、それにしては能力が弱すぎるところがある。

 アインズの従者という役目を与えるには、手が空いているという意味でも都合が良かったのだ。

 

「あの言動も、私が付いていれば恐らく何とかなるだろう。もともと冷たい印象の顔をしているから、注意していれば性格がきついのだとぐらいにしか思われまい」

「……配下の教育不足で迷惑をかけ、誠に申し訳ございません」

「よい、セバスの謝ることではない。それよりも、お前自身の『就職』は上手くいきそうか?」

「はい。偶然ですが、さる王族とコネクションを持つことが出来ました。まもなく良いご報告が出来るかと」

「王族か、それは驚いたな!」

 

 アインズが方針決定をして、ナザリックの面々が本格的に行動を始めてからまだ一週間である。

 たったそれだけの期間で王族とコネクションを築いてくるとは、流石のアインズも予想外だった。

 彼が呆気にとられたように言葉を失っていると、セバスは謙遜するように笑う。

 

「運が良かったのでございます。ごろつきに灸を据えていたところ、たまたま王子と遭遇いたしまして。拳で正義を語る者同士、そのまま意気投合したのです」

「……王子って、そのようなところに現れるものなのか?」

「世界平和を目指して、忍びで各地の悪を倒しておるそうです」

「……とにかく良かった。王族と親しくなることが出来れば、得るものは大きいだろう」

 

 いったい、セバスと王子の間に何が起きたのか。

 理解しようとするだけ無駄だと察したアインズは、ひとまずその話を流すことにした。

 非常に生き生きとした表情をしているので、少なくとも悪いことではないのだろう。

 彼は軽く咳払いをすると、さっさと次の話題に移る。

 

「それで、かねてからの懸念であったこの地の住人の戦闘力はどうなのだ。少しは判明してきたのか?」

「はい、少なくとも一般市民については脅威ではないでしょう。傭兵などの職業についている者も、大半は低いレベルの者です。平均してレベル10~15といったところですな。ただ、上限については……やはり不明でございます。私が遭遇した王子も、相当なレベルの達人でございました。やり合うとするならば――私も本気を出さないと、危ないかと思われます」

「そうか、それは厄介だな。けれど少なくとも……皆が皆、我々を脅かす可能性があるわけではなさそうだと?」

「恐らくは」

 

 セバスの報告に、うんうんと頷くアインズ。

 外に出た途端、驚異的な強さを持つ市民に追いつめられるといったことはなさそうだ。

 強さの上限がまだまだ不明というのが気になるところであるが、最初の竜破斬の印象が強烈すぎただけに、少し安堵する。

 これがもし、一般市民があのクラスの魔法を使えるのだとしたら絶望しかなかっただろう。

 

「ならば予定通り、旅は始められそうだ」

「恐れながら、本当に行かれるおつもりですか?」

「当たり前だ。そのために準備してきたのだからな」

「それにしても、その装備は……」

 

 アインズの体を覆う漆黒のフルプレートアーマー。

 それを見たセバスは、いぶかしげに眼を細める。

 この漆黒の鎧は、アインズの能力を著しく制限するものであった。

 本来ならば718も用いることができる魔法をたった5種類にまで減らし、さらに武器も魔法で作り上げたものしか持てないようにしてしまうのだ。

 推定して、レベル30相当の強さ。

 本来のアインズからは考えがたいほどの弱体ぶりである。

 

「全く未知の魔法を多用するわけにも行かないだろう。そうなると戦士に化けるのが都合が良いのだ。完全なる戦士<パーフェクトウォリアー>という手もあるが、あれは完全に魔法が使えなくなる。万が一の時、魔法で逃げられなくなるのはあまりに危険だ」

「なるほど」

「それにナーベラルも連れていく。もちろん彼女にも、普段は魔法をあまり使わないように制限させるつもりだ。が、いざというときは別だ。私が逃げる時間の確保ぐらいは、確実にしてくれるであろう」

「完璧な僕の使い方でございます。主の盾となって死ぬのであらば、ナーベラルも本望でしょう」

 

 パチパチと拍手をするセバス。

 使用人の使い方として、これは本当に正しいのだろうか?

 アインズは内心疑問に思いつつも、適当に返事をしておく。

 

「では、そろそろ行くとしよう」

「見送りに皆を集めますか?」

「良い。それをしては、いつまでたっても出発できなくなりそうだ」

「確かに。アルベド様やシャルティアが、御身にすがりつくことでしょうな」

 

 セバスの言葉に草臥れた様子でうなずくと、アインズは扉を開けた。

 そもそも、この度の目的の半分くらいは『息抜き』なのだ。

 常に支配者として振る舞うのは、もともと小市民だった彼にとってかなりの負担なのである。

 特に、アルベドをはじめとする女性陣の愛は重すぎた。

 

 早速部屋を出ると、すぐ扉の脇にナーベラルが直立不動の姿勢で居た。

 さきほどからずっと、ここで待機していたようだ。

 アインズは一瞬、話を聞かれたのではないかと動揺したが、すぐに部屋の防音は完璧であったことを思い出す。

 

「行くぞ」

「はい! お供させていただきます!」

 

 頬を紅潮させながら、マントの埃を払うナーベラル。

 彼女の準備が整ったところで、部屋に入ったアインズは魔法を発動する。

 

「異界門<ゲート>!!」

 

 こうして流浪の傭兵モモンとナーベの冒険が始まった――!

 

 

 

 一方その頃。

 とある町の宿屋で、リナは真っ赤な顔をしながらガウリイに説教をしていた。

 いつも切れ気味のリナであるが、今回はいつにもまして語気が強い。

 かなり繊細な部分を無造作に扱われたようだった。

 

「あんたねえ! 何で普段は頓珍漢なことしか言わないこんにゃく頭なのに、そういうことは知ってるのよ! ひょっとして変態!?」

「違うさ!! ただガキの頃に、近所に女の呪い師が住んでてな。その人が月に一回、必ず休みを取るから何かなと思って聞いてみたんだ。そしたら『女の子の日』だって言うから」

「だからってねえ! 普通、花も恥じらう乙女に『そっか、女の子の日だからか』とか言うかあ!? デリカシーってもんがないの?」

「しょうがないだろ! というか、『女の子の日』ってそもそもなんなんだ?」

 

 そこがそもそも分かっていなかったのか。

 リナはガウリイの無知ぶりに、付き合ってられないとばかりに額を抑える。

 まともに恥ずかしがっていた自身が、バカらしいったらなかった。

 

「……あんたは知らなくていいことよ。とにかく、私はしばらく魔法がまともに使えないわ。その間は、ガウリイだけが頼り。ま、せいぜい頑張ってね」

「そう言われてもな。ミイラ男とかはともかく、あのゼルガディスって奴はかなり強そうだぜ? リナの魔法が無いとなると、かなり不安だぞ」

 

 二人は現在、奪った山賊の宝が原因で謎の集団に狙われていた。

 その首領と思しき謎の男――ゼルガディス。

 ローブで全身を覆い、マスクで顔を隠していたため容姿を伺い知ることはできなかったが、かなりの凄腕であるように思われた。

 立ち振る舞いだけで、強者であることが二人にははっきりと理解できたのだ。

 リナの魔法があるならばともかく、ガウリイの剣だけで対抗できるかどうかは怪しい。

 

「そうね。あいつは確かにヤバそうだわ。何か良い対抗策を考えないと」

「いっそ酒場にでも行って、俺みたいな旅の剣士を雇うか? 手が余ってるやつの一人や二人、居ると思うぜ。まあ、よっぽど腕が立つ奴じゃないと足手まといになるだけだろうけどな」

「うーん……事が事だけにあんまり人を巻き込みたくはないんだけど……仕方ないか。私の魔力が戻るまでってことで!」

 

 そういうと、手を叩いて自分で自分を納得させるリナ。

 彼女は飯の勘定を済ませると、意気揚々と酒場に向かおうとした。

 だがここで、ガウリイが慌てて彼女を呼び止める。

 

「おいおい、ちょっと待て」

「何よ、急に」

「傭兵って、結構金を取るものだぜ。なんてったって、命を張ってるからな。お前……金あるのか? 正直、俺はほとんど持ってないぞ!!」

「堂々と胸を張るな! 平気よ、これでも結構セレブなんだから」

「ホントかよ。その割には、昨日めちゃくちゃぼったくろうとしてたじゃないか」

「…………あれは本気で金を取ろうとしてたわけじゃないって、何度言えば理解するのよ。あんたの頭はこんにゃくじゃない、クラゲよクラゲ!」

 

 バシーンッとガウリイの頭をひっぱたくリナ。

 彼女はそのまま彼の体を引きずり、手の空いている傭兵を求めて酒場へ直行するのだった――。

 




セバスと意気投合した某王子についてはお察しください。
ただ、彼の登場はしばらく後になりそうです。
次回はいよいよ、リナとモモンガ様の本格的な遭遇回……のはず!

いろいろと考えましたが、装備はやはりあの鎧に収まりました。
ナーベラルは出したかったのですが、モモンガ様が万全の状態だと、息抜きするのに彼女を連れていく理由があんまり……

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