モモンガ様は自称美少女天才魔導師と出会ったようです 作:shinano
「何もないな……」
ゲームのキャラクターとして、異世界に飛ばされる。
モモンガがそんな理不尽極まりない状況に遭遇してから、はや半日近くが過ぎていた。
彼は本拠地の最深部に位置する玉座から、周囲の様子を魔法で用心深く窺う。
幸いと言って良いことに、モモンガは裸一貫で異世界に飛んだわけではなかった。
かつて仲間とともに作り上げた、今では自らの意志すら持つ精強なNPCたち。
千五百人もの大軍を弾き返したことすらある、金城湯池の本拠地ナザリック大地下墳墓。
膨大な時間と金をかけ、文字通り山となるほどに蓄えこんだ各種アイテム。
絶大な人気を誇ったDMMORPG『ユグドラシル』内でも、有数の実力を誇ったギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のほぼすべてが、彼の手元にあった。
当分の間、生活するうえでの不安や問題はない。
唯一、足りないのは――共に戦った仲間たちだけだ。
「おッ!」
遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>。
このアイテムの俯瞰の高さを、モモンガは操作すること数時間目にして、ようやく変更することが出来た。
良く知らない機械を適当に触っていたら、なんだかうまく出来ましたと言った具合だ。
自在に画面を動かせるようになった彼は、疲れたため息もそこそこに、広い範囲を見渡そうとする。
「村……いや、町か?」
モモンガの目に留まったのは、村なのか町なのか評価の分かれる規模の集落だった。
二十二世紀で生まれ育ったモモンガの目からすれば、見紛う事無き村だ。
しかし、石造りの家々がそれなりに密集して並ぶ様子は、ファンタジー的には町と言えなくもない。
通りは石で舗装されているし、家々の屋根にはスレートのようなものが葺かれている。
この世界のことが良くわからない以上、正確には判断のしようがないのだが、モモンガは一応この場所を「町」としておくことにした。
「……ん? なんだ、今の影は」
町を拡大してみようとした瞬間、何かがモモンガの視界を横切った。
慌ててそれを追いかけていくと、黒々とした巨大な生物の姿が映る。
陽光の元、怪しく輝く黒鉄の鱗。
大きく裂けた口元に、乱れた杭のように伸びる白い牙。
翼は大きく、天を覆わんばかりに広げられている。
ドラゴン――ユグドラシルの世界でもお馴染みのファンタジー生物だ。
「ちッ!」
町の建物に向かって、炎を吐きかけるドラゴン。
その大きさは圧倒的で、怪獣映画さながらに町を破壊していく。
家々は炎上し、焼け出された人々が路頭に溢れた。
煤けた服を纏い、逃げ回る彼らの姿にモモンガの顔が歪む。
モモンガはアンデッド系モンスターの最上位、オーバーロードだ。
使っていた異形種のアバターが、そのまま今の彼となっている。
その容姿は「巨人の骨格標本」とでも形容するのが相応しく、およそ人間とはかけ離れたものだ。
だが、その心にはまだ人間の部分が少なからず残っていた。
少なくとも、人が苦しむ様子を見て喜びを感じるようなことは「今のところ」はない。
「……しかし、ドラゴンだもんな」
助けに行きたいと思わないでもない。
しかし、初戦の相手にしてはあのドラゴンは強すぎるように思えた。
彼のレベルは100、ユグドラシルではカンストしている。
課金アイテムもふんだんに所持しているし、ゲーム内のモンスターが相手ならば大体は何とかなるはずだ。
だが――その実力は、この世界ではどこまで通用するのか。
出て行って大丈夫と判断するには、モモンガはこの世界のことを知らなさ過ぎた。
今見ているドラゴンが、ユグドラシルではレベル1000に相当するなんてことがないと、断言はできないのだ。
「このうえ山賊まで出て来たか……!」
手をこまねいていると、ドラゴンに続いて武装した集団までもが姿を現した。
装備が不揃いな上に、あまり質が良くなさそうなところを見ると、山賊か何かであろう。
連中はドラゴンが町を襲っている隙に、火事場泥棒のようにして金品を強奪していく。
蹴り飛ばされた住民が、石畳の上を転がって血を吐いた。
更にそれを、後から来た山賊が邪魔だと言わんばかりに近くの壁際へと足で寄せる。
ゴミをどかすようにぞんざいな扱いで移動させられた住民は、さらに血を吐いた。
「行ってみるか。ナザリックが狙われんとも限らないしな」
ナザリックには膨大な量の財宝が眠っている。
欲に敏い山賊が、どこからか情報を得てそれに目を付けない保証はどこにもない。
この世界で生きるならば、ああいう手合いともそのうち事を構えなければならないだろう。
ならば、早い方がいい。
少しでも早く情報を得た方が、対策も打ちやすくなると言うものだ。
モモンガは自身を納得させるように何度も首を振ると、正体隠蔽用の仮面をかぶる。
嫉妬マスクなんてネタアイテムが、こんなところで役に立つとは。
流石の彼も想像だにしなかった。
「上位転移<グレーター・テレポーテーション>」
一瞬の意識の遠のき。
それが終わると、モモンガは山賊たちの目の前にいた。
突然現れた謎の存在。
それも、黒いローブを纏った見るからに怪しげな謎の仮面男だ。
さしもの山賊たちも、思わず目を剥く。
「心臓掌握<グラスプ・ハート>」
モモンガの手が宙を掴んだ途端、山賊の一人が倒れた。
彼が放った即死魔法に、抵抗できなかったのだ。
突然倒れた仲間に、山賊たちは顔を引きつらせる。
「てめえ、まさかあのリナ=インバースの仲間か!?」
「リナ=インバース? 知らんな」
「そうか。だが、俺たちの仲間をやったことには違いねえ! 頭ッ!」
「おう! 来い、黒竜ッ!!」
山賊の頭の呼びかけに応じて、ドラゴンが接近してくる。
周りの家々より何倍も大きいその姿に、さしものモモンガも身構える。
良くは分からないが、山賊の頭はドラゴンをコントロールする力を持っているようだ。
サモナー系の上位職に就いているのかもしれない。
彼が思っていた以上に、こいつらは厄介な連中のようだった。
「仕方あるまい、力試しといくか。火球<ファイアーボール>!」
放たれた火球は、ドラゴンの頭に直撃した。
たちまち、黒光りするからだが炎に包まれる。
だが数秒後、ドラゴンはケロッとした顔で唸り声を上げた。
爬虫類然とした黄色の眼には、怒りが宿っている。
ただただ怒らせてしまっただけのようだ。
「第三階位程度では、通らないか。ならば――」
「ちょっと待ったァ!!」
モモンガが次なる魔法を放とうとしたところで、甲高い声が響き渡った。
振り返れば、紅い髪をした少女が颯爽と瓦礫の上に立っている。
低めの身長に、どんぐりのような丸く大きな瞳。
顔立ちは相当に愛らしく、全体として美少女と形容しても良いぐらいだ。
自信満々に張られた胸は、絶望的なほどに平らだったが。
「そのドラゴンは私の獲物よ! あんたに倒されちゃ、私の金貨三百枚がパアになっちゃうわ!」
「リナ=インバース! とうとう現れたな!」
「せっかく半殺しで勘弁しておいてあげたのに、あんたたちも懲りないわね!」
「財産を根こそぎ持っていかれたら、また稼ぐしかねえじゃねえか! この鬼が!」
「うるさい! 悪人には人権も財産権もないのよッ!! 爆裂陣<メガ・ブランド>ッ!!」
リナが叫ぶと同時に、山賊たちの足元が吹き飛んだ。
土煙と共に、数人の山賊が天高く舞い上がっていく。
まったく見たことのない魔法。
モモンガはリナの方を見やると、目を細める。
「やりやがったな! おい、黒竜! 反撃だッ!」
「ギャオッ!!」
「ち、ホントにドラゴンを自在に操れるみたいね。こうなったら、一撃で決めるわ! ガウリイ、ちょっと時間を稼いで! 浮遊<レビテーション>ッ!!」
「ちょ、ちょっと待て!?」
リナの背後から、金髪の男が浮かび上がる。
手足をばたつかせて抵抗するガウリイを、見えない力は容赦なく持ち上げて行った。
やがてドラゴンの頭上で解き放たれた彼は、ドラゴンの額に剣を突き刺すとどうにか振り落とされまいと踏ん張る。
「おお! うおおおッ!?」
「いけー! ガウリイッ!! さてと、私は――あ、あんたまだ居たのね」
「ああ……」
未知の魔法を二度も見せられ、やや呆然としていたモモンガ。
そんな彼に、リナは早口でまくしたてるように言う。
「いまからデカいの撃つから、あんたも逃げた方がいいわよ! 巻き込まれたら、命の保証はできないわ!」
「街中でそんなものを撃つのか?」
「それぐらいしないと、あんなの倒せないって! わかったら、とっとと逃げるか身を守るッ!」
リナの強い口調に、モモンガはしぶしぶながらもうなずいた。
彼は瓦礫の影に身を隠すと、無限障壁<インフィニティ・ウォール>を発動する。
これで、大体の攻撃であれば防げるはずだった。
「よしッ! 黄昏よりも暗き存在、血の流れよりも赤き存在、時間の流れに埋もれし偉大なる汝の名において――」
思わず聞きほれてしまうような、神秘的な詠唱。
ユグドラシルでは存在しなかったそれに、モモンガはほうっとため息を漏らす。
そして――
「我ここに闇に誓わん! 我らが前に立ち塞がりし、全ての愚かなるものに。我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを!! 竜破斬<ドラグ・スレイブ>ッ!!!!」
放たれる閃光。
紅の線条がドラゴンに達すると同時に、壮絶な爆発が周囲を吹き飛ばした――!
オバロSSで、全然違う世界に飛ばされる話が無かったので書いてみました。
竜破斬はその時々によって威力の描写がかなり違うのですが……階位的にはどれぐらいになるのでしょう。
オバロ世界の魔法は見た目の威力=階位ではないので若干難しいところです。