喫茶店経営している場合じゃねえ   作:気宇

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黄金劇場は蕩う

カエサルの服が裂け、二つの黄金の剣により刻まれた傷から血が流れる。その顔は苦痛に。致命傷にも匹敵する裂傷は初めてカエサルに焦燥と敗北の危機を抱かせた。

 

対するアルトリアとネロも疲弊している。彼女達にもダメージはあるが、それはカエサルの物程では無い。しかし、一点に立ち迎撃するカエサルとは違い、挟み撃ちなどで縦横にこの場を駆けた二人には疲れがある。

 

アルトリアもカエサルも考える。これ以上の長期戦は避けるべきだと。総合的判断では、戦況はほぼ五分五分。この先は疲労度は傷の大きさ、運が勝負に絡む。女神の子孫であるカエサルはその運を味方に出来る自信があるが、傷は別だ。既に付けられた傷は魔術的な処置を施さなければ塞がることは無い。しかし、カエサルに魔術の心得は殆ど無い。

アルトリアは騎士王であり、竜の因子を埋め込まれた人造の救国主である。そして最優の名に恥じぬ能力を持っている。しかし、どうにもこの先の延長戦を制する自身は無かった。

 

では、どうするか。しかしアルトリアにはこれ以上隠している得物は無い。結界で誤魔化している剣のリーチも、その大体は既に悟られているだろう。おそらくもう挟み撃ちは通用しない。

 

ならば。解放するしかない。この聖剣を。星の威光を。

 

「ネロ、今から私は宝具を解放します」

「うむ……うむ?宝具、とは?」

「簡単に言えば必殺技の様な物です。私の場合剣からビームが出ます」

 

真面目に説明しているはずなのに、どこか違和感を感じる。掻い摘むと言うのも都合の良いばかりでは無い。

 

(彼の宝具が何なのか……それだけが問題ですね。ジャンヌが居てくれれば…)

 

アルトリアは思考する。仮にカエサルの方が自身の物と同じ、魔力の増幅・解放型の場合。ビーム同士が拮抗すれば、ネロや近くで雑兵を相手にしている士郎達にも被害が及ぶ。それに下手をしたら連合兵を殺してしまうかも知れない。そればかりは、アルトリアは避けたかった。

 

「ふむ、ふむ…。どうやら互いの宝具を解放する時が来たな、セイバーよ」

「……ええ。これ以上の戦闘はお互いリスクがある。決着を付けましょう、カエサル」

 

互いが、誇りである黄金の剣を構え直す。睥睨するは眼前のセイバー。

 

だがそこへ、待ったをかける者が一人。

 

「待てい!アルトリア。その役目、余が務めよう!」

「……はい?」

「ほう」

 

アルトリアを遮り、ネロがその前に躍り出た。その様子をカエサルは興味深く見つめる。

呆気に取られたアルトリアだが、どうにかネロの肩を掴む事に成功した。待て、彼女は人間。確かにネロの身体能力には目を見張る物があるが、それでも生身の人間が宝具を捌けるはずは無い。

 

「すまぬアルトリア。やはり皇帝としての職務だ。反逆者はこの手で断つ」

「しかしネロ。貴女は人間だ。宝具に立ち向かえるなんて…」

「うむ。その宝具とやらの原理はよく分からんが、余も必殺技は持っておるぞ」

「……え?」

 

意味が、理解出来ない。

 

「ある日突然な。こう、ピカってしてズバッとなる凄い技なのだ。だから安心して余に任せるが良い」

 

自信満々に言い切ったネロは一度瞳を閉じ、深く息を吸った。その姿はとても美しく。まるで一枚の絵の様。

ある種の瞑想とも取れるその動作の直後。ネロの周りのマナが弾け、小さな火花となって、原初の火に収束し始めた。轟音を立て刀身が燃え、酸素を吸って盛る。

 

「悪いがもう少し待って貰うぞ、統治者よ。この決着にふさわしい場所を用意しよう」

「ふさわし場所、とな」

「その通り。…よく分からぬがこれの展開には台詞が必要でな。では───」

 

剣を持たない左手でハンドスナップ。

 

「我が才を見よ!万雷の喝采を聞け!座して称えるが良い!黄金の劇場を‼︎」

 

 

ーーーー

 

「ん……?」

骨と魔獣の残骸で築いた屍山の上に座していた鏡夜は、遠くの方で何か強い力と違和感を感じた。言葉にするなら、あってはいけない物が降臨した様な。

ともかく、休憩している場合では無かった。まずは鏡を展開。それを先行させ偵察を行う。こうした都合の良い応用が利くから、鏡夜は祖母から貰ったこれを未だ使い続けていた。本当、便利過ぎる。

 

「どうかしました?」

「ああ。ちょっと向こうの方でな。……陛下がやらかしてなければ良いが…」

 

脳裏にはあの皇帝の笑顔が浮かぶ。何やらこの違和感の元凶が彼女である気がしてたまらなくなった鏡夜は、ひたすらそうで無い事を祈った。実際はそうなのだが。

 

「と、そろそろ行こうか。ジャンヌとアサシン、ブーディカさんやスパルタクスさん回収してな」

「えー、私疲れてるのだけれど。後三十分は休みましょう。主もそれを推奨しています」

「嘘吐くな。お前の啓示スキル死んでるだろうが。ともかく急ぐぞ」

「おんぶ」

「言うと思ったよ非常に。よ…っと!」

「むふー」

 

何だかんだでクロには甘い鏡夜であった。

 

 

ーー

 

カエサルの宝具は、不可視に近い無数の連撃。黄金剣クロケアモルスと自身の真価を最大にまで解放する物。アルトリアとネロは知る由も無いが、それか発動された後に剣戟の間合いにまでカエサルを入れてしまうと、もう防ぐ手段は無い。

対するネロの必殺技とは、そう。この黄金劇場の後押しを受け、神速の域で敵を一刀両断すると言う物。至ってシンプルだが、上手くいけばカエサルの宝具すら無効化する事が出来るだろう。その全てはネロにかかっている。

 

両者は構える。今、この場に名は必要無い。かつての統治者か、いまの皇帝か。

支配者は二人も要らぬ。暴君であろうと名君であろうと、国を統べる役目を担うのは一人。故に、その器たる者が揃うこの状況は異端であり、どちらかの死を以て修正せねばならない案件だった。

 

クロケアモルスは鋭い輝きを、原初の炎はまるでネロの魂の奮起と同調するかの如く燃えている。

 

「行くぞ統治者」

「来い、皇帝よ」

 

先に踏み出したのは、ネロだった。

 

右足で加速。左足で踏み切り、床の上を水平移動。そしてネロがカエサルに距離を詰める毎秒ごとに、黄金劇場の壁は脈動する。

 

それを迎撃するのはカエサル。彼もまた床を蹴って速度を得、クロケアモルスを縦に振り被って業を成さんとする。

 

黄の死(クロケア・モース)…!」

 

僅かにカエサルは跳躍した。刹那刹那に、二人の距離が消滅する。そしてカエサルの剣が、その切先が、ネロを獲物として捉えた。

 

童女謳う(ラウス・セント)…」

 

だがそれすら、今のネロには見えていた。二段階目の解放をワンテンポ遅らせたのもその為。奴に勝ちを確信させ、油断と隙作る───

 

華の帝政(クラウディウス)‼︎」

 

ネロは今の皇帝。カエサルはかつての統治者。そしてカエサルは今、まさに反逆者であり、ネロは過去を継いだ者。彼女がローマの皇帝として、その役割から逃げぬ限りは。

 

「が…、っ!」

 

ネロに敗北は訪れない。

 

ーー

 

 

「ネロ!」

「おお!アルトリア!余の活躍、しかとその目に刻み付けたか?」

「色々衝撃的過ぎて度肝を抜かれましたが、はい。確かに貴女の勝利を私は知っている」

 

アルトリアとネロは握手を交わした。カエサルの敗北は、即ちガリアの奪還と同義。この瞬間、ネロは欠けた本来のローマを一部再生させたのだ。

 

「さて、カエサル。一つ聞きたい事があります」

「…良いだろう。手短にな。長くはない」

 

今にも、彼は消えかかっている。その様子はネロの見せた必殺技と言う奴の威力を物語っていた。

 

「聖杯の在り方は?」

「やはりそう来るか…。連合ローマの宮廷魔術師が持っている」

「その魔術師の名はレフ・ライノールで間違い無いな?」

 

空の方から声が聞こえた。見上げると、そこにはいくつかの飛行物体。

そこから鏡夜が飛び降りる。成る程、この飛行物体は彼の鏡だったのか。そう言えばフランスの時に飛ばしまくっていたな、とアルトリアは回想した。こんな風に人を運んだり、幻想種の魔力を反射したり、サーヴァントの宝具を吸い取ったりするのだから、あの鏡の正体に興味が尽きない。

 

「…⁉︎知っているのか、男」

「これても情報収集には自信があってね」

 

(まあ、頑張るのは大師父の爺さんだけど)

 

「聖杯、か。今回は諦めるとしよう」

「欲しかったのか?聖杯」

「少しな……。いや、もう何も言うまい。次の機会を眈々と狙うだけだ」

 

そう言い残し、カエサルの身は風に溶けた。また一人英霊が散る。しかし英霊の死が人理の救済に繋がるのだから、これ以上皮肉な事は無いだろう。

背後の方より気配がする。視界をそこへ映せば、士郎達の姿が確定出来た。どうやらあの兵の山を越えた様だ。少しばかり外傷が認められる。鏡夜は術式を展開し、士郎達の治療を開始した。

 

 

 

「ところで鏡夜君」

「ん?どうした?」

「レフ・ライノールとは?」

「あ……完全に説明するの忘れてた」

 

まあ、そうなるだろう。




お久しぶりです。約一ヶ月振りの投稿。お待たせ致しました。

難産でした。何回目だよと言う突っ込みは出来ればご遠慮下さいませ……。
元々今回のカエサル突破はアルトリアが謎補正でロンゴミ持ち出して───となる予定でした。しかし投稿直前に「そう言えばアルトリアってセイバーだよね」と根本的な事を思い出し急遽変更。本家読み直している時にネロの魔力云々と言う点を発見し再構成。そんな感じです。

赤ちゃまの黄金劇場につきましては、ぶっちゃけると孔明状態です。細かい事は後々店長とエミヤんが言及するのでそれまでお待ち下さい。

次回はvsステンノ様(ステンノが戦うとは言っていない)
それではまたお会いしましょう


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