喫茶店経営している場合じゃねえ   作:気宇

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はじめに言おう。ギャグは少ない。

執筆途中にシリアスに変更した方が良さげだなー、と判断しギャグを抜きましたでござりまする。まあシメは綺麗に終わらせたいですからね。

どうでも良い話はここまでにして、一章の終わりです。それではどうぞー。


epilogue:私欲と救済

コツコツ、と鏡夜が歩を進める音が響く。慈愛の表情を浮かべる鏡夜は、膝をつき涙を流す白、黒、元帥を見ては、力強く頷く。

 

懺悔。それぞれの宗教における神、聖なる存在の前にて、罪の告白をし、悔い改める行為。今まさに彼女らが行っているそれは、懺悔その物。聞き届けるのは空白鏡夜。

 

 

 

「おお!ジャンヌ・ダルクよ!我々人は神の下に皆平等!大衆がお前達を悪と認定しようとも、神はお前達を、その諸行を善とするだろう!肯定するだろう!お前達はフランスを救った!私が生きる時代のフランスは平和だ!なればその土台を作ったのは誰だ?他でも無いお前達だ!故にお前は後悔する必要は無い、苦悩する必要は無い!歪曲した感情を捨て、自由となるが良い!そしてその中で、今ばかり犯した悪徳を償うが良い!お前達は間違ってなどいないのだから!そうする義務があるのだ‼︎」

 

 

今の鏡夜はまさに神父。本物の神父と見間違える程、彼の笑みは全てを受け入れる確固たる物を宿している。

 

 

「おお!ジル・ド・レェよ!お前は何をしている?お前の信仰心はその程度の事で悪に取り憑かれてしまうのか?狂気に縋ってしまうのか?違うだろうジル・ド・レェ!何故に狂う必要がある?何故に悪徳を肯定する必要がある!お前は聖女を信じた!青者を信じた!神を信じた!お前が狂う必要などどこにあるのか!確かに、お前は聖女の死後数多の罪に手を染めた。それは紛れも無い事実。だからこそお前は!それを償う為に清く生きる必要があるのではないのか!立ち上がれジル・ド・レェ!その信仰を取り戻す時が来たのだ!」

 

 

これ程の歓びがあろうか。聖女との再会が叶い、真なる記憶を取り戻し、そして盟友に己が罪を告白する。嗚呼、この穢れた身にこんな奇跡が舞い降りて良いのだろうか。これ程の歓喜を浴びても良いのだろうか。

否、これは報いなのだ。彼を忘却し、彼を裏切り、彼を冒涜した事に対する報い。なおそれでも、彼は優しい。故に彼はこの様な形の報いとしたのだ。ならばこの身は、私は、精一杯懺悔を続けよう。せめて最後は彼の意思に沿うのだ。

 

 

「ああ、空白鏡夜!どうか私の懺悔をお聞き下さい!」

 

 

白いジャンヌ・ダルクが溢れ出る涙を堪え、言葉を紡ぐ。彼女もまた元帥と同じ意思を持っている。彼を忘れた、その罪を告白したい。

今の鏡夜は全てを聞き届けるだろう。例え相手が嫌悪する魔術師であろうとも、実家の人間であろうとも、その罪を神に届ける役割を果たす。それ程までに今の鏡夜は聖人の域に達していた。

 

 

「白いジャンヌ・ダルクよ。汝罪ありき。さあ、告白したまえ」

 

「私はあろう事か、貴方様の存在を忘れてしまっていた!幼少の頃より苦楽を共にし、一娘が抱いた愚かな夢に付き添った貴方様を記憶の中より消失していた!どうか、どうか私に裁きを!」

 

 

ふむ、と思案する。これは多少困った。別段罪でも無さそうなのだが、懺悔された以上助言と裁きを与える義務が生じる。彼女の告白に、限り無く対等の裁きとは何だろうか。

 

 

「白いジャンヌ・ダルクよ。ならばこの身の下で労働を続けよ。それがお前に出来る唯一の方法だ」

 

 

頬を伝う雫が止まらない。真実を取り戻せた事が、彼に赦して貰えた事が、たまらなく嬉しい。たまらなく歓喜。

その隣で黒も、静かに涙を流す。今の黒には神は無い。啓示は無い。ただあるのは彼への特別な何か。そして我が身を庇って死んだ事に対する懺悔。国を救っても、国に裏切られても、彼だけは救えなかった。

 

 

「ああ我が盟友よ!私は数え切れない罪を犯した!それは然るべき場所で然るべき行いで償おう!その前に私は!我々から貴方を奪った全てに異を唱えたい!」

 

「ジル・ド・レェよ。ではお前は何をする?まさか、もう一度神を冒涜するのか?」

 

「とんでも無い!それは貴方に対する最大の侮蔑!私は神に捨てられ様とも貴方だけは裏切らない!そう私は、神の顔に拳を穿ちたい!一言文句を言い付けたい!」

 

 

この男の両極端な思考はなおも変わらずの物らしい。いやそれでも、その不変に安堵を抱く自分もいる。成る程、神を殴る……と。神を肯定し、崇拝し、賛歌するこの身からすればそれは蛮行。許されざる愚行。それでも今の彼はそれすら賞賛する。神とは万物万人、万事象を愛する至高のエンターテイナー。きっと笑って許すだろうに。

 

ならば盟友の決意を祝福で見送るのが新たなる役割だろう。今一度ジル・ド・レェに問う。お前はこの身に何を望むのか、と。

 

 

「盟友よ。私は貴方の手で還る事を欲します。私自身悪霊寄りの英霊。洗礼詠唱を用いればたちまちに浄化される」

 

「引き受けた。ジル・ド・レェ、我が盟友よ。ああ我が好敵手よ。お前の決意が実を結ぶ日を私は願おう。私は祈ろう。さあ始めるぞジル・ド・レェ。次に相見える時は晩酌を交わそう」

 

小さく息を吸う。左手で首より下げた十字架のネックレスを持ち、右手を高く掲げる。

洗礼詠唱。それは主の教えにより迷える魂を昇華し、還るべき座に送る簡易儀式。取り分け霊体に対する干渉力は絶大な物であり、呪いを解く効果も高い。

 

 

「では始めようか。

ーーー主の加護は万人の物。

お前は荒野を彷徨う迷い人。然る座標すら忘れし哀しき存在。

ーーー我が手はお前を導く物。我が詩はお前に一時の守護を与える物。

常闇すら祝福する主の光を見よ。彼の奇跡こそお前の至るべき地。

飢えた本能は救済で満たされ、摩耗した魂は主の手により輝きを取り戻す。

ーーー飾るるなかれ。骸を脱ぎ捨てし者は枷から放たれ、罪を認めぬ物は枷を負い続ける。

ーーー懺悔せし罪人に救いを。善を説く聖人に永久の光を。不義を悩む者には手を差し伸べよ。

対価は私が支払おう。罪人よ、汝は今こそ真の救いを受ける。

ーーーこの魂に救済を。訪れる者に多幸あれ(サルス・イントランティブス)

 

 

ジル・ド・レェの肉体が薄らぐ。それすなわち、彼の死を意味する。…否、これは死では無い。彼から与えられし、歓びの詩の対価なり。そして自身が望んだ事。

嗚呼、彼の手で救いを与えられるなど、まるで私は生涯を啓蒙な教徒で締めた生粋の信者の様では無いか。そう結局は、神は否定出来ぬ。

 

 

「ありがとうジル。私は何度も助けられた」

 

「………ふん。まあ、ありがとう」

 

最早最期の最期。兼ねてより欲した聖女との再会。そして渡された、感謝の言葉。嗚呼、これを幸福と呼ばずに何と形容するのか。白い彼女は目尻に雫を見せながらも笑い、黒い聖女は相も変わらずの取っ付き難い、小難しい表情でこちらを見送る。どちらとももう一度見たかった彼女その者。

ーーー報われた。

 

自分ばかりが良い思いをしても、と思考するが、それすら甘く溶かす様に意識が薄れて行く。魂が座に引っ張られる。せめて、こちらも笑顔を返そう。感謝の言葉を送ろう。そしてこの身には相応しく無い行為だが、彼らの幸せを神に祈ろう。

 

狂気に縋った元帥ジル・ド・レェ。相棒とも呼べる盟友を異国の地で失い、崇めた聖女を守り切る事が叶わず、双方の喪失により発狂した騎士。悪徳の限りを尽くした悪霊。彼は最期に、全てを取り戻して逝った。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「ーーーふう。じゃあ帰ろうか。みんなに挨拶してな」

 

「そうですね。ああ、後聖杯の回収も」

 

 

完全に聖杯の事を忘れていたなど言えない。実を言うと黒を倒した時点で全てが解決していた気になっていた。この特異点を形成しているのは聖杯。それを持ち帰ればこの座標は消滅し、全ての異変が解決し、歴史の流れに戻る。

 

黒から聖杯を手渡しで受け取る。冬木の物と変わらない聖なる光。万人を誘惑し、蕩けさせる万能の願望機。一度願いをかければ過程を省略し、結果(ねがい)をもたらす物。魔術師が渇望する根源への至り、に一番近いマジックアイテム。

 

 

任務(オーダー)完了って所だな。さて白、黒、帰るぞ」

 

「……へ?私?」

 

「何言ってんだお前。俺はお前の担い手、お前は俺の担われ者。連れて帰るのは当然だろ?」

 

 

きょとんとした白と黒の感情など尻目に、鏡夜は黒をその背に負ぶさる。殺す事など誰が出来ようか。置いて去るなど誰が出来ようか。これは道徳観念に当てはめたただの我儘。彼女にも生きていて欲しい、と言う論理から外れた感情。憎む悪と同義。何、この身は幾度と無く都合に利用されて来たのだ。少しぐらい我儘を通す権利は認められるだろう。

 

「でも私……、貴方を裏切ったじゃない……。それに……」

 

「はいはい、反省も懺悔もまた後で聞いてやるから。俺の我儘に付き合えってんだ。俺はお前に生きていて欲しい。でもお前は即刻死刑レベルの罪を犯した。なら俺がお前を管理して道徳ある人間に育て直せばいい話だ。主の前ではいかなる罪も浄化される」

 

 

客観的に見ればこれ程滅茶苦茶な理論もあるまい。ああいや、そう言えばそうだった。この男は昔から、支離滅裂な理論を振りかざして自分に付き合ってくれたでは無いか。

これ以上背中の彼女は何も言わない。ただもぞもぞと動くだけ。白い彼女は呆れた様に笑いつつも、この我儘を否定しない。

 

知っている。自分にそんな権利が無い事は知っている。逆説、彼女は甘えた。もう離れたくなかった。

 

 

「そう言えばお前ってどうやって生まれたんだ?」

 

「私ですか?"ジャンヌ・ダルクが魔女"と言う信仰により具現化した、ジャンヌ・ダルクが人間として当然持ち得る暗黒面の生命体です。要は副人格が分離した的なアレですよ」

 

「へえ。つまりはアサシンの読みが当たってたって訳か」

 

「うむむ……。そりゃあ私だって人間ですし、その感情はあって当然でしょうが……。いざ突き付けられるとかなり痛いです」

 

「まあ仕方無いだろそれは。俺だって似た様な物持ってるんだからさ」

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「っうお!キョーヤ!おーい!」

 

 

こちらに手を振るモードレッドの姿が見える。あの蛸は影も形も消失しており、戦場は斜陽が差し茜色に染まっていた。遠くで笑い合うフランス兵の声が聞こえる。

 

ふと鏡夜の全身から力と言う力が、削ぎ落とされる様に喪失する。もう歩く事すら怠惰に感じてしまう程、鏡夜は疲労をその体内に蓄積していた。魔力残量は残り四割。とうとうイエローゾーンに片足を踏み込んでいる。

 

 

「ああ良かった。無事だったようだなマスター」

 

「何とか。これぐらい身体を張った事は無い」

 

「お疲れ様。背中の彼女は……ああ、それが"君の答え"だね。どうやら君は僕の後輩じゃ無いらしい」

 

 

得意げな表情をアマデウスに返す。彼がいたからこそ、自分は最優の結末を手に握る事が出来たのだろう。それと同時に、彼とは違う道を歩む事になる。愛した女を救えなかった男と、全てを裏切り愛した女を救った男。対照的だが、どこか通じ合う物がある。

 

 

「おいキョーヤ、後でゆっくり話を聞かせて貰うからな」

 

「ーーー我が生涯に一片の悔い無し」

 

「弁解ぐらいしろよ⁉︎」

 

 

目を瞑り、まるで切腹を命じられた武士の様な潔さを遺憾無く発揮する鏡夜に、モードレッドは思わずツッコミを入れてしまった。白装束を着せればあの短刀で腹を十文字に掻っ捌きそうな、それぐらい威風堂々としている。

 

まあ、と一言置き、鏡夜は目を開き全員の顔を見渡す。思えば行動を共にしたのはたったの数日。それでも彼らとは長年築いたかの様な信頼がある。少なくとも鏡夜は、彼らを強く信頼して来た。実はそれは、彼らも同じだ。

いよいよ別れの時が来る。恐らくはもう二度と、会う事は叶わないだろう。この身が英霊の座に昇華しない場合の話だが。だから鏡夜は彼らの顔を、仕草を、脳裏に焼き付ける。

 

 

「ありがとう、名高い英霊達よ。あなた方の助力があってこそ、今回の任務は成功を迎えた。フランスの特異点は修正された。何も無いこの身だが、感謝をさせて欲しい」

 

 

ぺこり、と頭を下げる。続けて白いジャンヌとアサシンが、慌ててモードレッドがアサシンの後を追い感謝を述べる。

 

 

「頭を上げて下さい。フランスを救ったのは他でも無い貴方の勇気。私達はただ肩を並べて歩いただけです」

 

「そうですわ鏡夜さん。ありがとう、フランス王妃として感謝を」

 

「僕からも。マリアを助けてくれてありがとう」

 

「まあそこまで悪い旅じゃ無かったわ。色々手に入ったし、目的も達成出来たし」

 

「何はともあれ、一件落着ですね」

 

「マスター、貴方と共に戦えた事は永遠の誇りだ。願わくば貴方達のこれからに祝福と多幸を」

 

 

彼らの身体が粒子に溶ける。黒の召喚の反動として呼び出された彼らは、異変解決と同時にその役割を終える。すなわち、座に還る。鏡夜は少し無理をして、笑顔を作った。

 

 

「ーーーああ。それじゃあ、また今度」

 

目元を擦る。彼らが完全に帰還するまで鏡夜は目を閉じなかった。

 

 

ーー

 

 

ふと何かを思い出した様に、鏡夜は魔力を編み伝書鳩を作成した。悪戯を思い付いた子供の様に純粋に笑った後、白い彼女に耳打ちをする。白は合点がいき、ポンと手を叩いた。どうやら素敵なアイデアらしい。

 

伝書鳩は飛び立つ。兵達のいるあの向こうへ。一心不乱に、誰かを目指して。その身体の色が純白だったのは、鏡夜のちょっとした粋な心なのだろう。

伝書鳩はある男に音声を伝える。二人の男女の肉声、母国語で刻まれた短文。

ーーー遠くで、銀の甲冑を纏った彼らの元帥が、大粒の雫でその場を濡らした。

 

 

 

「うし、帰りますか」

 

「おいキョーヤ、腹減った」

 

「私も少しお腹すいた…」

 

「分かってる分かってる。晩飯は大盤振る舞いしてやるから」

 

「よっしゃぁぁ!流石キョーヤだぜ!いよっ!世界一の優男!」

 

「うん、店長さんがマスターで良かった…」

 

 

調子が良いなあ、と苦笑いを心の中で零す。英霊とは美食に飢えている生き物なのか。

瞬刻、鏡夜がもう一度ニヤリと笑った。パスを通し、アサシンに念話を投げる。

 

『なあアサシン、ちょっくら聖杯使って良いか?』

 

『…?何するの?』

 

『まあ、簡単な悪戯さ』

 

 

宝石剣で扉を開く。夕飯も良いが、実家の風呂に入るのもまた良し。ああ、まさかこれ程家に帰るのが楽しみだとは。ホームシックの気質でもあるのだろうか。

 

鏡夜達がフランスの地から足を離すと同刻。聖杯がその存在を主張する様に極光を放ち、持ち主であるジャンヌ・ダルクの為の願いを叶える。

 

果たして何が叶えられたのか。それは空白鏡夜のみが知る話。




お疲れ様でした。

何と無く店長の手でジルさんを浄化したかったので、急遽オリジナルの洗礼詠唱をこじつけました。洗礼詠唱も魔術の一環ですし、前世がカトリック、現世がウルトラ教徒なので使用可能なのです(無理矢理)
ジャンヌの詠唱の名前が「パクス・エクセウンティブス」。恐らくは「パークス・イントランティブス・サルース・エクセウンティブス」から取られている物だと判断し、店長には使われていない「イントランティブス・サルース」の部分を使用してもらった、と裏話を披露したり。

黒ジャンヌの設定を変更しています。じるのかんがえたさいきょうのじゃんぬ→もう一人のワタシ的なポジ。

黒ジャンヌは店長に赦されるまで彼の下で働き続けます。本来は死刑直葬コースなのですが、そこは店長の我儘。彼なりの答えです。暖かく見守ってやって下さい。
余談ですが、今回さりげなく生きている方のジルさんが得していたりします。ルーラーの適性を手に入れていたりいなかったり?

さて閑話を挟んだ後、次はローマです。あのエキサイティングでカオスな時代に店長達がやって来ます。レフは死ぬ。

それではまた次回にお会いしましょう。

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