「と言う訳で、聖人捜索と行きましょうか」
聞いた話だと、ジークフリートには複数の呪いが同時にかけられているらしい。解呪するには洗礼詠唱が必要。しかしジャンヌ一人では解けきれぬ程の代物だとか。
そこで思いついたのは聖人の捜索。黒ジャンヌと白ジャンヌが並んだのは偶然だろうが、黒ジャンヌ側に聖マルタがいるとなると、マルタに対する反動兼抑止で聖人が召還されていてもおかしくは無い。いやむしろ、高確率で聖人が呼び出されているだろう。
早速アマデウスにくじを作って貰おうとしたが、ジャンヌがどうにも鏡夜から離れようとしなかった。折れた彼らは鏡夜、ジャンヌペアにマリーを同行させる事で解決。向こうのペアにはモードレッド、カリスマC持ちがいるから安全だろうと踏んでの判断だ。それにいざとなれば常識人のジークフリートが何か言ってくれるはずだ。
「あー…少し良いか?」
「どうかした?」
「すまない…。意気込んでいる所悪いのだが、ワイバーンが見えた。空気の読めない男で本当にすまない……」
大変申し訳無さそうにしているジークフリートを見て、何だかこちらも彼に対して罪悪感を抱いた。こんな風に小さな汚れ役を買って出る姿もある意味、英雄なのかも知れない。
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「あのー、ジャンヌ?」
「はい、どうかしましたか?」
「何で俺の事縄で縛ってるの?」
これでもかとがんじがらめ。手には手錠、足には重り。何かベストの様な物を着せられ、事情を知らぬ現代人が見れば囚人の連行風景と見て取れる。よく見たら腰縄もあった。
異議あり。まだ何も罪は犯していない。少なくとも家出してからは軽犯罪の一つにも引っかからない程の善人として生きて来たつもりだ。流石に蚊などは潰したが。だから鏡夜にはこの姿が非常に不服だった。
「こうでもしないと鏡夜君は無茶をして死にかけるからです。私が徹底的に管理します」
「せめて足の重りは外して。いやマジで足痛い」
「むー…、仕方ありませんね」
とりあえず今の自分の装備を確認しようか。
まず腰縄を結ぶベスト、手錠。店で買った安物の服に、通称店長の短刀。サイドにマリーと背後にジャンヌ。整理すればする程、訳の分からなさが上昇する。
「助けてマリーさん」
「私は斬新なファッションだと思いますよ」
「うん、とりあえずその冷たい目をやめて頂きたいです王妃」
味方はいないらしい。後悔した。ここにジークフリートがいればジャンヌを諭し、この格好を抜け出せる手助けをしてくれたに違い無い。しかしこの場で神に誓って無茶はしない、と言う事も出来無い。何故ならこれからも無茶をし続けるから。これでも神は信じている身。主を裏切る真似はしたくは無い。
ーーー街が見える。
僥倖。遠目だが被害がそこまで出ていない様に見受けられる。やはりこの絶望的な状況下でも生存者の存在は純粋に嬉しい。それにもしかするという、探している聖人がいるかも知れない。
「街だ。外してくれジャンヌ」
「嫌です。絶対に嫌です」
「あのなあ……。俺このままじゃ羞恥心で死ぬから」
「人間はそんな脆くありませんよ」
変な所で聖女の頑固さを残している。マズい、このままではこの格好で街に入る事になる。そんなのは嫌だ。絶対に避けてやる。
「あのやたらめったら材料費のかかるスペシャルパフェ作ってやるから」
「ぐぬぬ……、鏡夜君の卑怯者…!そんな事言われたら外すしか無いじゃ無いですか…っ!」
「(チョロい)」
いつもらしいと言えばそうなのだが、やはり如何な物か。しかもその決断に、鏡夜個人への配慮が一切無いのが泣けて来る。先程のままなら管理の名目であの格好を続けさせられていただろう。スペシャルパフェと言う切り札を隠し持っていて本当に助かった。
しかし現実は思い通りにいかず。腰縄だけは外れなかった。
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ーーー居た。
確信を持てる。銅色の鎧に身を包み、住民に何かを促している高身長の男。敵性無し。間違い無い、彼こそが探していた聖人だろう。
だとすると彼の行動は避難誘導か何かだろう。それを決定付ける具体的な確証は無いが、三人には確信していた。強いて証拠を出すなら、聖女ジャンヌ・ダルクや聖マルタと似た様な雰囲気を醸し出している事だろうか。比喩でも何でも無く、聖人は高潔なオーラを纏っているのだ。
「失礼、サーヴァントとお見受けする」
「おや?貴殿達は?」
「失礼。俺は彼女、ルーラーのマスター・空白鏡夜。そして彼女は仮契約下にあるライダー。真名はマリー・アントワネット。当然だが狂化は無い。よろしければお名前をお聞きしたい」
物怖じは無し。今更相手が聖人だろうが神霊だろうが、崇拝と畏れ故に膠着するなどありはしない。伊達に聖女を餌付けした事は無い。喫茶店の店長パワーを舐めてもらっては困る…!
「ルーラー…。なるほど、名は伏せましょう。私はゲオルギオスと呼ばれる者です」
「ゲオルギウス……、聖ジョージ…!」
間違い無い。三世紀のキリスト教の聖人、英語園ではジョージの名で呼ばれている聖ゲオルギウスその人だろう。
巷では鬼畜聖人だの絶対改宗させるマンだの色々言われているが、功績は本物。実際この様にジャンヌに対して配慮をした現実から人格者だとも伺える。
「聖ゲオルギウス、貴方に頼みがある。現在俺達の保護下に竜殺しのサーヴァントが一名いる。しかし実態は竜殺しは多重の呪いをかけられており、解呪はルーラー一人では不可能な状態だ。聖人の貴方なら洗礼詠唱の心得があるはず。力をお借りしたい」
「なるほど、竜殺し…。分かりました。私でよろしければ、是非」
「感謝します!」
ーーーぴくり、とジャンヌの身体が跳ねる。
ここ最近よく見せる鋭い目付きを露わにし、彼女は北の方を睨んだ。その方に気配を感じる。数はニ、おまけに片方は並々ならぬドス黒い"殺気"を撒き散らしている。間違い無い、間違うはずが無い。"竜の魔女"直々の出撃。
マズい。現在の戦力はジャンヌ、マリー、ゲオルギウスの三人。各々が優秀過ぎる能力を有しているが、黒い彼女の能力が不明な以上、三人だけで挑むのは無謀過ぎる。それに今ここで聖人を失う訳にはいかない。ならば避難を。
しかしそれも上手くはいかず。ゲオルギウスはこの街の住人の避難を担当している。今ここで彼が逃げ出せばこの街が彼女の手によって焼けるのは自明の理。つまりゲオルギウスはこの街を離れられない。
ならばどうするか。街を守りつつ、ゲオルギウスとジャンヌを砦まで退避させる方法。…いや、可能性の域を出ないが、もう一組の鏡なら。
魔力はまだある。内蔵している聖杯は絶えず地脈から魔力を吸い上げる為、先刻のモードレッドの様な無駄な真名解放にも充分対応出来る。それに鏡夜自身が保有する魔力には手をつけていない。あの鏡は一番燃費が悪いが、攻撃型宝具を一度吸収する程度は耐えられるだろう。
「行ってくださいな」
マリーが呟く。その顔は最早、自身の死を覚悟した悟りの物。きっと彼女は、その身を犠牲に時間を稼ぐのだろう。そんな事は認められない。
「マリー!何を言って…⁉︎」
「駄目よジャンヌ。貴女とゲオルギウスさんは必要なの。…うん、ようやく私が召喚された意味が分かったわ。きっとこの時の為なの。民を守るのは王妃の務め。いつだって
声が出ない。今ここで駄々をこね、マリーと共同する道を選べば即バッドエンド、最悪の未来が到来するだろう。それは避けるべき物。その為に自分達は来たのだから。だが果たして、彼女だけを置いて自分達は安全な場所に逃げようとなど、誰が出来ようか。
それはゲオルギウスも同じ。いくら王妃とは言え、人である限りは彼の守るべき"もの"の一人。ここでより勝率を上げる為に民を一人見捨てるなど、彼には出来ない。
それでも彼らは何も言わなかった。言えなかった。彼女から放たれる強固たる意志が、彼らを黙らせる。ああそうだ、きっと彼女はこの瞬間を迎える為に呼び出されたのだろう。
「……分かった。マリーさん、後で」
「マリー、待ってますから」
「王妃よ。感謝の言葉は後ほど伝えさせて頂きます」
敢えて、"後で"と言った。その運命を理解していても、最後まで足掻き続けたい。彼女も助かる可能性を、掬い上げる。
「ありがとうジャンヌ。貴女と友達になれて良かったわ。それじゃあ、また後で」
その後でが来る事を願って。
やめて!ジャンヌ・オルタの宝具で、マリー・アントワネットを焼き払われたら、謎のパスでマリーと繋がってるサンソンとアマデウスの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでマリー!あんたが今ここで倒れたら、ジャンヌとの約束はどうなっちゃうの? 魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、ジャンヌ・オルタに勝てるんだから!
次回「店長死す」。デュエルスタンバイ!
※誰も死にません。