喫茶店経営している場合じゃねえ   作:気宇

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何も言う事は無い。だが、強いて言うなら

ーーーすまない、待たせたな

お待たせ致しました。竜殺し(満身創痍)の登場です。ズタボロです。拍手でお迎え下さい。


竜殺しを探せ

昔々、とある村に一人の少女と少年が住んでいました。彼らはとても仲が良く、毎日の様に野原を駆け巡り、牛や羊と遊んでいました。

 

そんなある日、少女が神の声を聞いたと言いました。少年は誰よりも先に少女の言葉を信じ、少女の手助けを誓いました。その日以来少年は武芸に打ち込み、魔術を学び、少女と共に愛する国を守ろうと立ち上がりました。

 

少女が信頼を勝ち取って以降、少年は少女の前を切り戦場を駆けました。やがて優秀な元帥とそのお抱えの魔術師も味方になり、少年と少女は名実共にフランスの救世主となりました。

 

しかし現実は違いました。彼らの快進撃も止まってしまいます。彼が彼女、どちらかのみしか助からない状況。その中で彼はある決断を下します。

 

彼は咄嗟に自身と彼女に魔術をかけ、お互いの外見をお互いの物に一時的な変質をさせました。彼女となった彼は兵に呼びかけ彼となった彼女を逃し、自身は捕まりました。

 

その後彼は彼女として異端審査と裁判を受け、あらゆる罵倒を受けて火に焼かれました。彼は死に際にとても満足そうな笑みを浮かべていました。これで彼女が苦しむ未来は無いと。ーー主よ、この身を委ねますーーと呟き、彼の魂は地獄に堕ちました。

 

彼女は絶望しました。自分の所為で、自分の所為で彼が死んでしまった。しかも自分の罪を代わりに被って。彼女は彼に謝る為に自らその生涯に幕を下ろしました。

 

すると星の意思は困りました。聖女ともあろう者が自殺してしまうとは、信仰を得る事が困難になるからです。そこで星の意思は彼に関する記憶、記録を全ての人間において封印し、彼女に彼の記憶を組み込みました。こうして彼女と、彼女達の元帥と、全ての人間が彼の事を忘れてしまいました。ただ一人、蠅の王を除いては。

 

さて、報われぬ彼の魂は今どこで、何をしているのでしょうか。それは星の意思すら知りません。

 

ーーーーーー

 

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「ライダーが命令無視で敗北……。やはり聖女とは役立たずですね。とは言え、彼女を倒した彼らも無視出来ません…か。次は私が出ましょうか。ジル、バーサーク・アサシンに連絡を」

 

 

忌々しげに呟いた黒は、腹心の元帥に指示を下した。手に旗を持ち、軽く振る。未だに愚かな過去の自分の戦闘経験は残っているとなると、サーヴァントの身も捨てた物では無いだろう。これが村娘当時のスペックしか無いのならば、相当いたたまれ無い。

 

 

「かしこまりました。ジャンヌ、完璧な存在となった貴女には武運すら不要でしょう。どうぞ、ご自由に蹂躙を」

 

 

黒は顎に手を当てた後、ぽつりと言葉を漏らした。たった一つの疑問である。それを彼に投げたと言う事は彼への信頼の裏返しだろう。

 

「ジル。貴方はどちらが本物かと思います?私と、白い彼女と」

 

「もちろん貴女です」

 

 

ジルは即答した。そこに悩む理由も時間も無い。少なくとも今の彼には、黒いジャンヌ・ダルクこそが真のジャンヌ・ダルクだと判断していた。聖女よりも復讐を誓う彼女の方が、人間らしい。

 

 

「よろしいかジャンヌ。貴女は火刑に処された。あまつさえ誰も彼もに裏切られた!あのシャルル七世ですら賠償金惜しさに貴女を見殺しにした!勇敢にも貴女を救う為に立ち上がろうとした者は誰一人として現れなかった!理不尽なこの所業は?神だ!神こそが全ての元凶!だから私達は神を否定するのでしょう?」

 

「そう……そうよね。私は間違えていた。いえ、全てが間違いだった。間違えならば私が修正しなくては。私の救国の成果も間違えならば、私自身で無かった事にする。行きますよバーサーカー、アサシン。…ああもう、ややこしい。ランスロット、シャルル=アンリ・サンソン。先にワイバーンに乗っておいてください」

 

 

ふと意識を思考回路に向ける。先日対峙した向こうの陣営のマスターの男の顔が、何故か妙に気にかかる。こう、上手くは言い表せ無いが、どこかで見覚えがある様な無いような。そんな奇妙な感覚を敵のマスターに抱いていた。

 

 

「妙ですね。少々魔力の多い魔術師かと思っていましたが……この感覚は気持ちが悪い。一体彼は何者?私の生前の関係者……と言う訳でも無さそうですし。まあ、捕まえたら分かりますか」

 

 

 

 

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ーー

 

 

鏡夜一行はリヨンの街に辿り着いていた。しかし、やはり、人の気配は無い。おそらくは黒に襲撃された後なのだろう。

それでも僅かな希望を持ち、そこに足を踏み入れる。虱潰しだが、手がかりは無い以上はおとずれた街一つ一つを捜索するしかあるまいだろう。

 

ジャンヌと鏡夜曰く、とても美しい街だったらしいが、今はその面影すら残さない。家々は焼け落ち、死の気配が濃厚に漂っているゴーストタウン。所々に残る焦げた木材や、店に並べられていただろう花の形をした炭。燃えた生活の跡が痛みを訴えている。それでも鏡夜は、それらに目を向けない。向けてはそちらに集中してしまうだろう。そう、それが彼なのだ。

 

 

湯水の如く沸き立つ怪物。それら一つ一つを丁寧に駆除して行く。中には生ける屍(リビング・デッド)…つまりこの街の人々であったであろう化け物さえも存在していたが、鏡夜は一切の後悔無く魔弾を飛ばす。こうなってはもう元に戻す事は叶わない。ならばせめて、正当な鎮魂を。

 

 

 

半ばで君の悪い両腕をしたサーヴァントと遭遇したが、いよいよ余裕が無い為にアサシンに一任した。予め霊体化させておいたアサシンを背後に回らせ、妄想心音(ザバーニーヤ)で刈り取ると言う算段だ。現実上手く行き、ファントムと名乗ったサーヴァントは間も無くその魂を聖杯に宿す事となった。

 

ふとジャンヌが何かを感じ取ったのか、身体を約75°右に回し、そこまで遠く無い城を凝視した。ルーラーが所有するサーヴァント感知能力が発動したのだろう。曰く微弱だが生きていると。とうとう竜殺しに近づいて来た。

それと同時に三騎、サーヴァントの反応を遠くで感知した。適性あり、おそらくは黒陣営のサーヴァントだろう。より一層、竜殺しとの邂逅を求められる。

 

「早く行こうぜキョーヤ。今ぶつかったら竜殺しを捨てるハメになっちまう」

 

「そうだな。誰か異論は?」

 

 

特に無い。全員が竜殺しにの保護を要求している様だ。ジャンヌの指差す方向へ身体を向け、勢い良く駆け出した。

 

 

 

 

「いた…。店長さん、私に任せて欲しい…」

 

「悪いが頼んだ。いきなりこの数で押しかけたら敵と判断されちまうかも知れないからな」

 

 

ローブのフードを取り、素顔を晒す。確かに彼女だけでもかなり怪しいが、そこは彼女の話術に賭けるしか無いのだろう。

刹那、アサシンから念話が入った。どうやら向こうに座り込んでいる男はサーヴァントらしい。となると、ますます竜殺しの可能性が高まって来た。

 

するとアサシンがこちらへ手招きをした。どうやら男は相当な傷を受けているらしく、こうして実態を維持する事で限界らしい。急いで男に駆け寄った鏡夜は彼に肩を貸す。

 

 

「すまない……、名も知らぬ青年よ…」

 

「気にするなよ。困った時はお互い様だ。ところで悪いが、真名を教えてくれないか。貴方が俺達を信用してくれてからで構わないが」

 

いや、と男は訂正する。言うにはアサシンとの問答でこちらを信用するに値すると判断してくれた様だ。

 

 

「ジークフリート、しがない竜殺し…とも名乗るべきか。この通り満身創痍の情け無い英霊さ…」

 

 

ーーーー

 

ーー

 

「急いで下さい鏡夜さん!私ですら感知出来る位置まで来ています!」

 

 

鏡夜の中の本能が警告する。11時の方角、とてつも無いナニカがこちらへ、獰猛な殺気を撒き散らしながら。その姿形がはっきりと視認出来たのは、殺気への戦慄と恐怖を確実に認識した数秒後の事だった。

 

ーーーデカい。

 

一目で理解する。アレはワイバーンの比では無い。アレこそがワイバーンを統率する竜種の最上位。形容するなら邪竜だろう。野生の本能を黒に支配され、思うがままの殺戮と破壊をもたらす生物兵器。欠片の理性も無い本能の怪物。獰猛と言う言葉では甘過ぎる程の威圧感を放つソレは、確実にこちらを狩るべき獲物として見据えていた。




次回とうとう店長が本気を出す。と言う訳でなんちゃって次回予告です。

ーーー諸共焼き尽くせ、ファブニール!
ーーーマズい……、このままでは…っ!
ーーーならば守り尽くせ、鏡!
ーーー私が戦慄した?あの取るに足らない魔術師如きに?

次回。鏡の極意、反射の巻

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