喫茶店経営している場合じゃねえ   作:気宇

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ハサシン先生強過ぎです。セリフも渋ければモーションもふつくしい。特に「石榴と散れ」は痺れました。


青碧の月

ーーー破綻に直面した。

 

人の身に余る夢、ジャンヌ・ダルクの救済。物心ついた時から内に秘めた、実現性0の理想。

彼女との邂逅の後、そんな事は不可能だと心のどこかで理解(わか)ってはいたが、それでも貫こうとし続けた。彼女が俗世に浸かるのも、自身の幸せを見つけた事の表れだと思い、小言を言いつつも微笑ましい視線を向けて来た。

 

そして対峙した黒き聖女。彼女もまた、ジャンヌ・ダルク。根源を同じくし、魂を作る要素を同じくし、それでも白とはかけ離れた"本物"。破壊と殺戮をもたらし、フランスの地を一掃する竜の魔女。

 

 

善悪概念、道徳的思考、一般教養の観点から見れば、彼女を救う行為は悪だろう。

鏡夜の理想、ジャンヌ・ダルクの救済。つまらない正義感や義務感から来るものでは無く、本当に自己満足で掲げた物だ。今まさに、それが試されている。

 

 

実を言うと、鏡夜は彼女…黒いジャンヌ・ダルクにそれほど義憤を抱いていなかった。別に彼女の行為を肯定する訳では無いが。初めて彼女を見、彼女の言葉を聞いた時、抱いた感覚は哀しみだった。理解されず、裏切られ世を去ったジャンヌ・ダルク。あのサーヴァントは人間が持つ聖女も例外に漏れない、深層心理の悪意が自我を持った存在なのだろう。故に街を焼く。彼女の発言を汲み取れば、自身は神の代行者として過ちを絶っている積りらしいが、どうにもその背景には燃え滾る復讐心が見える。

 

 

彼女に手を差し伸べるか、否か。本心からすれば彼女にも光を。だが誰よりも人間になりたかった鏡夜の中の善悪の判断の秤にかければ、その行いは悪。

 

新鮮な空気を吸えば落ち着けるかとは思ったが、それすら上手く行かないらしい。

 

 

どうすれば良いか分からなかった。黒いジャンヌ・ダルクを倒す事に躍起になっている自陣。その中に自身の理想を打ち明ける程、鏡夜は空気が読めない訳でも、肝が据わっている訳でも無い。

分からない。彼女に手を差し伸べるか、否か。彼女を救う言葉は知っている。それでなお彼女の憎悪が途切れないのならば、足掻き続けてでも光を見せる覚悟はある。実行する力も、微々ながら持ち合わせる。

 

 

ーーーそれで良いのか。

 

彼女を救うとは、彼女の罪を無かった事にするのと同義。いや確かに、この時代の国民は司祭達に踊らされ、自身らを救ったジャンヌ・ダルクを魔女と罵った冷血漢共の集いではある。正直鏡夜もざまあみろの感情は捨てられ無い。けれども人は死んだ。彼女が殺した、その手で。それを見過ごす悪の勇気は、無い。

確かに聖杯さえ破壊すれば、燃えた街も、死した人々も、全ては元の歴史の流れに乗り、あるべき姿を取り戻す。さすれば相殺されるのだろうか。その解はそれこそ神のみぞ知る。

 

 

だからこそ破綻に直面した。その身が悪を纏わなければ、彼女は救えない。けれども悪を見過ごす事は出来ない。だがそれでも、彼女は救いたい。義務感では無い、己が意思で。己が理性がそう唸る。出処の分からない私欲が溢れ出る。

 

 

「憂鬱のメロディだね。どうかしたかかい?」

 

「アマデウスさん…。いや、ちょっと困ったと言うか、破綻したと言うか。ぶっちゃけ滅茶苦茶苦しいです」

 

「ふむ……。どれ、話してみる気は無いかい?同じ性別だし、少しは君に理解を示せるかもよ?」

 

 

アマデウスの優しさが身に染みる。あって数時間の人間にぶちまけるには重過ぎると理解しているが、彼の優しさに甘えた。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「あー……なるほどねえ。確かにそれは苦しむのも理解出来る」

 

「何かすみません、こんな重たい話をして…」

 

「まあまあ、そう暗くならない。ふむ、ジャンヌ・ダルクの救済…か。なるほど、彼女は国を救ったが自身は救われなかった。そこを補完したいと」

 

「そんな感じ……ですかね。欲を言えば普通の女の子として生きて欲しい。だからあの黒いあいつも、また別のあいつとして助けてやりたい。黒だけ見放す事も俺には出来ない」

 

 

ーーーでも仮に、彼女を救えたならば、その罪を無かった事にしてしまう

 

彼の悩みはアマデウスの想定よりも遥かに重い物だった。確かに早急な対処を要する。

 

アマデウスとはマリー曰く、中々の屑だ。それは自分も認めている。彼がもし平均的な俗理感を有しているのならば、おそらくは彼女の救済への努力を絶てと助言していただろう。彼もそれを一瞬だけ考えたが、どうにも口にする事は叶わなかった。ここで彼が黒の救済を諦めれば、過去の自分と同じ後悔を背負う様な気がしたのだ。

 

彼はマリーを救えなかった。マリー・アントワネットがギロチンに処され世を去る前に、彼は世を去っていた。自分が生きていたならば、生きていたならばと座において彼は常々後悔と自責の念を宿している。この青年には自身と同じになって欲しくはない。経歴や事象の差異こそあるものの、辿り着くバッドエンドは類似している。

 

 

「まあ、マリアを救えなかった者として、後輩になりかけの君にアドバイスを与えよう」

 

「なりかけ…ですか?」

 

「そう。僕から言えるのは、後悔しない結末を取れだね」

 

 

アマデウスはゆっくりと立ち上がり、召喚サークルの方へ身体の全てを向ける。

 

 

「僕は後悔している。僕が病床に伏せる程の軟弱者でなかったら、マリアは普通の死を迎えていたのでは無いかと。わざわざギロチンにかけられる苦痛を味わう事なんて無かったんじゃ無いかと。体を鍛えておけばと思ってるよ。大丈夫、君のサーヴァントは君に好意的な旋律を醸し出している。何を言っても結局は、君について行くさ。だからと言って道具の様に使うのは禁止だけど」

 

「それは大丈夫です。あいつらは道具(奴隷)じゃなくて被雇用者(バイト)ですから」

 

「うん、それは何より。だからやりたい様にやりなよ。君は聖人では無いしなるつもりも無い。僕みたいに欲望に忠実になってみても良いんじゃないかな」

 

 

そう言ったアマデウスはおやすみと告げ、召喚サークルへ帰った。月明かりの下に残されたのは鏡夜のみ。不気味な程美しくその光が、彼女を助けろと急かしている様な感覚に陥る。

 

…いや待て。

 

なんだ、あの時と同じじゃないか。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

同刻。召還サークル付近。

 

 

「あら?ジャンヌ?」

 

 

目が覚めたマリーが気分転換も兼ねて星を見ようと外に出ると、そこには焚き火の前で憂鬱そうな顔をしているジャンヌがいた。

 

 

「マリー?どうしました?」

 

「気分転換にお散歩でもと思ったの。そうしたら貴女がいた……ってちょうど良いわね。お話ししましょう」

 

「私で良ければ。何をお話しします?」

 

 

雑草の柔らかさが心地良い。こんな風に夜空を見上げながら誰かと話すのはいつ以来だろうかとジャンヌはふと思った。

次の瞬間、マリーから爆弾が投下される。

 

「ジャンヌは恋をした事は?」

 

「ふぇ?恋…ですか?私はそんな経験は……」

 

「あら?読み違えたかしら。鏡夜さんが意中の相手と思っていたのだけれど」

 

 

空気が器官に入った。少しばかりむせた後、全力で手を振りそれを否定する。その反応を見たマリーは一段と表情を楽しそうな物へと変え、少しからかいを加えてみようと考えた。

 

 

「違いますよマリー!マスターはその、恩人と言うかリアル聖人と言うか……リアリスト的な。あ、そうです!兄か父親です!」

 

「あらら。ジャンヌ、必死に否定するのは肯定と同義よ?」

 

「えぇ⁉︎知らないですよそんな事実!聖杯からの知識にも入ってませんし!ともかく‼︎マスターは違いますからね!絶対ですからね‼︎」

 

 

顔が紅潮している状態では、いくら否定されても頷けない。からかい半分で言ってみたが、思わぬ発見へと繋がったのをマリーは確信した。もしかすると脈アリかも知れない。

それはさておき、ジャンヌの感情も理解出来る。出会って数時間の人間が言う事では無いが、マリーは鏡夜の"白さ"を感じ取る事が出来た。あれ程心が鏡の様に美しい人間もそういない。滅びが確定した未来、その状況下で一般人+α程度の立場の鏡夜が、あの様に最前線に立ち、臆する事なくサーヴァントと立ち向かう。その強かさと、言葉が纏う妙な美しさは長期間付き添った者を墜とすのには十分過ぎるだろう。

 

「ええ、ええ!分かるわよジャンヌ!鏡夜さんは心が綺麗ですからね。会って間もない私が感じ取れる程に」

 

「それがマスターの良い所と言うか、あの方一般人相手なら遺憾無く助けますからね。魔術師絶対ぶっ殺すボーイですけど」

 

「うん、うん。そうね、恋愛の先輩から助言をするわ。押してダメなら引いてみろ、その道に命を懸けてごらんなさい。そうすればきっと意中の彼はイチコロ、よジャンヌ!」

 

「だ、だから!違いますからぁ‼︎」

 

 




以上、ジャンヌとマリーの会話をお送り致しました。



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