ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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アイズたんマジカワイイ(挨拶)
作者はチンピラが大好きです。


英雄譚の起源 -prologue of Titanomachy-

 いやー、新種のモンスターは強敵でしたね!

 現在俺達はトラブルも在った為かダンジョンの『遠征』を中止して、地上へと帰還すべく階層を昇っていた。ティオナが不満そうに口を尖らせて文句を言っていたが、正直俺としては大変ありがたかったです。

 何故ならと言いますと、

 

「アイズ? どうして僕の命令を無視して勝手に行ったのかな? 怒ってないから正直に言ってごらん?」

「……そ、それは、その……」

 

 ―――滅茶苦茶フィン団長が怖いんです、はい。

 

 表情はにこやかに笑っているが目はピクリとも笑みを浮かべていない。過去の経験であれは本気で怒っている時のフィンが浮かべるものだと知っていた。何処かで笑顔の起源は威嚇だと聞いた覚えがあるが正にその通りだった。

 

「…………!」

 

 ふと、助けを求めるようにアイズが小動物を連想させるような上目遣いでこちらを見てくる。アイズが援護に来てくれたのは嬉しかったが、やった事は命令違反だ。ちなみに俺はちゃんと命令を守ったから何も怒られず悠々と歩いている。

 正直、アイズには助けられた恩があるから何とかして助けてあげたいという気持ちはある。だが、

 

「…………」(スッ)

「!」(ガァーン!)

 

 それを無視する形で目を逸らした。アイズが背景に雷が奔って見えるほどショックを受けているようだが今回は勘弁して下さい。ぶっちゃけ今のフィンには近づきたくないんです、何だか飛び火しそうな勢いなので。

 

「バージル」

「なん――――」

 

 声を掛けられた方に振り向くと、突然ロキ・ファミリアのオカンであるリヴェリアに太くて硬い大きな棒を口内にねじ込まれた。

 我々の業界ではご褒美です! と言っても与えられたのは精神回復薬(マジック・ポーション)なんですけどねー。それを一息で飲み込むと空のポーションを吐き出しリヴェリアに問いかける。

 

「……何の真似だ」

「【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】を使ったな? 普段のお前ならば簡単に避けられたはずだというのに、何の反応も出来なかったのがその証拠だ。ほぼ精神疲弊(マインドダウン)の状態でよくそこまで動ける。左半身もほとんど感覚がないのだろう?」

「え―――?」

 

 リヴェリアの嘆息混じりの言葉が聞こえてしまったのか、周囲の団員達が驚愕した表情でこちらを見る。俺はその視線に気恥ずかしくなりそっと視線を逸らした。

 リヴェリアの言った事は間違いではない。先ほど使った変身魔法【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】は俺が望む最強の姿に変身することが出来る。この魔法が無ければあの必殺技『次元斬・絶』の再現も不可能だっただろう。

 だがこの魔法、かなりの欠点が存在した。

 

 この魔法、【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】は―――ものすっっっっっごく! 疲れるのである。

 

 身体そのものを変身させているので常時よりも強力且つ高速に移動する事が出来るが、代わりに魔力を尋常ではない勢いで消費する。どうやら時間と運動量によって消費量が増大するらしく、途中で解除することも出来るが強制解除された場合はほぼ魔力が尽きたと思って良い。

 ぶっちゃけあの数のモンスターを倒すなら『次元斬・絶』を一発放つより『次元斬』を十発放つ方が断然効率が良い。その方が後でも楽々魔力が残っていただろうし。まああの場合はアイズがいたから速攻で終わらせる必要があったのでそっちを選んだ訳なのだが。

 実際先ほどから眠気と怠さと疲労感が限界突破して正直このままぶっ倒れたい所存だし、左半身に至っては感覚が無くてほとんど機械的に動かしているも同然だった。だが、それでも倒れる訳にはいかなかった。何故なら、

 

―――バージル鬼いちゃんのそんな情けない姿見せれるはずがないだろう!

 

 それはもはや見栄。ここまでバージルロールプレイを続けてきた身としてはそんな情けない理由でやめる訳にはいかなかったのだ。だからこそ気合いと根性だけでここまで何ともない顔で歩いてきたのだ。

 しかし、長年続けてきた俺のバージルポーカーフェイスを見破るとは……流石はリヴェリア、ロキ・ファミリアのオカンだぜ!

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 そんな事を考えているとミノタウロスの群れが集団で行く手を阻むように現れた。本来ならば下の団員に【経験値】を稼がせる為に第一級冒険者達は戦わないのが基本だが、今回は数が非常に多く俺達第一級冒険者も参戦することになった。

 

 やせいの ミノタウロスたちが とびだしてきた!

 

 アイズたちの こうげき! ミノタウロスたちの 7わりが ぜつめつした!

 

 やせいの ミノタウロスたちは にげだした!

 

『なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいィィ―――!?』

 

 まさかの事態に驚嘆の声を上げる冒険者一同。モンスターから逃亡する冒険者は居れど、逆の冒険者からモンスターが逃亡するとは夢にも思っていなかった。俺も声には出さなかったが驚きのあまり目を見開いていたし。

 

「マズい、あのまま逃げられたら中層で尋常ではない被害が出る! 追え、お前達!」

「クソッたれがァッ!」

「遠征の帰りだっていうのにさぁ……っ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

「あ、あの私白兵戦は苦手なんですけど……っ!?」

「杖で殴れば問題ない」

(あれ? これひょっとして俺もそれに含まれてる? 俺、精神疲弊(マインドダウン)状態なんですけど!?)

 

 各々が文句を口にしながら、上層の方へ逃亡していくミノタウロスを追うべく疾走を開始する。

 今ここに、冒険者とミノタウロスとの命を掛けた追いかけっこが勃発した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ―――ベート・ローガにとってバージル・クラネルは気に食わない存在だった。

 

 初めて会ったのは四年前、ベートが第二級冒険者となって風格を持ち始めた頃にその男はロキ・ファミリアへの入団を希望してきた。

 所属不明、無名の新人(ルーキー)。そういった輩は数多く、迷宮都市最大派閥(ロキ・ファミリア)に入りたいという者は多いので基本何か特別なモノが無ければ門前払いされるのが当たり前だった。

 だが、その時は何かがロキの心を動かしたのか、その男に対しある条件を出した。

 

『ほなそこにおるベートに一発でも当てれたら考えてもええで?』

 

 それは明らかな無理難題だった。

 当時のベートはLv.3で、ただでさえLv.3とLv.1との間には画然とした差があるという言うのに、恩恵無しで戦うなど自殺行為に等しい。

 面倒事に巻き込まれたと察したベートは、愉快そうに笑うロキを視界におさめて思わず舌打ちをしながら、そこで初めてその入団希望者に焦点を合わせた。

 初めに抱いたのは、まるで力に飢える餓狼のようだ、という感情。

 普通冒険者を目指す者は瞳に強い希望や夢を宿しているモノだ。物語に出てくる英雄のように、神の恩恵を受けられれば自分もその一人になれると勘違いした愚か者の眼。だがその男の眼は違った。

 鋭く睨み付けてくる眼光は獣そのもの。この男は初めから英雄(そんなもの)になど憧れを持っていなければ、目指してもいないのだろう。ただひたすらに力を求め、そのために『神の恩恵(ファルナ)』を受けに来ただけ。ロキ・ファミリアというブランドを得るためではなく、純粋に強くなるためには強いファミリアに入団した方が近道になるぐらいにしか思っていないだろうことがその瞳からは感じ取れた。

 そして、対峙して構えてはいるが、その瞳がこちらをまるで眼中に置いていないことに気づく。その眼はどこまでも力を渇望し、自分が強くなる事にしか関心が向いていない飢えた獣の如き眼光。

 

 ―――気に入らねえ。

 

 それがベートの感想であり、故に一刻も早く終わらせるべく、身の程を知らせてやろうと言わんばかりに男の胸板を強烈に蹴り抜いた。

 殺すつもりはなかった。だがLv.1なら骨に罅が奔るほど、恩恵無しならば数本骨が折れる威力だった。良くて気絶、悪ければ激痛に気を失う事も出来ず悶え苦しむであろう攻撃を放ってベートは終わりを確信しその場を後にせんと振り返った。

 その返答が、背後から迫る拳だった。

 

『――――』

 

 背後から迫る風を感じベートが咄嗟に躱すと、そこには口端から垂れる血を拭いながらなお顕然とこちらを睨む男の姿があった。

 決して手加減をしたのではない。確かに肋骨を数本折った感触がそれを告げている。だというのに、男は未だやる気だった。先の動きから両者には隔絶とした差があると理解したのにも関わらず。

 その態度が、雑魚の分際で―――ベートの癇に深く障った。

 そこから先はリンチと呼べるほど悲惨な戦いとは到底呼べない代物だった。

 より強く、より深くベートの蹴撃が男に突き刺さる。崩れなければ更なる強撃を、倒れなければ更なる攻撃を。最後の方では周りの制止すら聞こえず本気の蹴撃をぶつけていた。

 だが、それでもその男は倒れなかった。腕が折れたならば鞭のように振るいリーチを伸ばし、脚が折れようものなら筋肉でそれを強引に突き動かし反撃する。どれほど攻撃を受けようと呻き声一つ零さず鋭い眼光は未だ顕然であった。

 その姿が、雑魚のくせにどこまでも抗うその姿に―――

 

『………あ、当たった……』

 

 見ていた観客の誰かが呟いたように、既に意識を失いそれでも立ち、触れた程度の威力しかない弱々しい拳がベートの胸板に置かれていた。

 避けようと思えば避けれたはずの拳をベートは避けれなかった。いや、そんなものは所詮言い訳でしかない。

 

 ベート・ローガ自身がその男―――バージル・クラネルに心の何処かで敗北を認めてしまっていたからだ。

 

 それがベートとバージルの最初の邂逅。以来ベートはバージルに突っ掛かるようになった。だというのにバージルはベートに見向きもしない。どこまでもひたすら真っ直ぐに、ただ己が強くなるために何もかも置き去りにして突き進む。

 その歩みは早く、雑魚だと見下していた男は気付けば隣に立つようになりいつの間にかその背中を追い掛ける立場(Lv.6)となっていた。

 それは今も変わらず―――

 

「チィ―――!」

 

 苛立ちを隠さずベートは舌打ちをしながら疾走する。その舌打ちは誰かに向けられたモノではなく、自分自身に向けられたモノだった。

 ミノタウロスを追いかけて上部階層へと昇っていく。既にほとんどの団員達は各々散らばった各層のミノタウロスを討伐せんと別れており、現在ここにはベートとアイズ、そしてバージルしかいない。

 だからこそ、ベートを苛立たせている原因はただ一つ。自分の目前にいる男だった。

 

「ハァッ!」

 

 まるで流星の如き軌道を描きながらバージルの飛び膝蹴りが前方に逃げていたミノタウロスの背中に突き刺さりそのまま貫き速度を落とさず更に前へと疾走する。その速度に、狼人(ウェアウルフ)である己が追いつけないことに奥歯を噛み締める。

 

(遠い……っっ!)

 

 距離の話ではなく、その実力が。

 最初バージルは刀を振るって殲滅していたが、何か問題でも起こったのか顰めっ面になると刀を仕舞い、以降蹴撃のみでミノタウロスを撃破している。つまり戦闘スタイルはベートと同じである。

 だというのに、追い付けない。ステイタスが違うからと言い訳すればそれまでだが、現在バージルは精神疲労(マインドダウン)の状態だとリヴェリアから聞いている。

 精神疲労(マインドダウン)―――

 それは即ち精神力の限界を表している。ベートは魔法を使わないのでその状態を経験した事がないが、それは極度の眠気と倦怠感、そして疲労感に襲われ酷い時には感覚麻痺にも近い症状が出るのだと聞く。冒険者で例えるならば限りなく集中力の切れた限界状態で動けと言っているようなものだ。

 普通ならば無理だ。だというのに、この男は一切そんな苦痛を顔に出さず前へ前へとひたすら突き進んでいる。足捌きに重心移動のタイミング、緩急の付け方など幾ら疲労しているとはいえ目前の男と比べればほぼ完全の状態であるのにも関わらず、自分以上の技術。

 

 ―――足りない。

 

 何もかも足りなさ過ぎる。実力も技術も、そして何より―――覚悟が。ベート・ローガがバージル・クラネルより劣っている。

 

「クソがァッ!」

 

 激情のままに迫っていたミノタウロスの内の一体を蹴り殺して前進する。その間にも既にバージルは二体目を葬っている。その背中に、一瞬、ほんの僅かに―――憧憬の念を抱いた自分を心底憎悪する。

 認めない。認めてなるものか。一度でも認めてしまったら―――俺は、二度とアイツに追い付けなくなっちまう。

 憧憬は理解から最もかけ離れた感情だ。だからこそ認めない。飢えた餓狼の如く、今度は己が噛み付く番だ。

 湧き上がってくる感情を力に変えて、ベートは後ろを振り向かずただ前へ突き進む背中を追い掛ける。

 その感情は男ならば誰しもが持つ物。しかし女には到底理解できない衝動。

 

(コイツだけには……負けたくねえっ!!)

 

 それは男の意地という、信念だった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 そして、バージルはその光景を見た。

 最後のミノタウロスがアイズの剣によって断ち切られ、危機一髪間に合った冒険者の身体に鮮血が降り注ぐ。白髪だった髪は血によって赤く染まり、もはや元の色が判別できまい。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 その少年に対し、アイズはスッと手を差し伸べた。少年はその手に目もくれずただ時が止まったようにアイズの顔を見つめていた。

 その光景を目の当たりにして―――理解した。

 

(ああ、そうなのか―――)

 

 これが始まりなのだ。彼の英雄譚の起源。この出会いを境に彼の物語の幕が上がる。その始まりをこうして見ているのだと。

 

「だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 少年―――ベル・クラネルは兄であるバージルの姿に気づくこともなく全速力で雄叫びを上げながら逃亡した。

 その後ろ姿。今はまだ頼りない新米冒険者だが、いずれ多くの試練を乗り越えて成長していくのを知っている。だからこそ彼は誰にも聞こえぬよう心で祝福する。

 

(頑張れよ、ベル)

 

 その口端は、僅かにつり上がっていた。

 

 

 

 ……ちなみに。

 

(バージルにも、笑われた……!)

 

 その光景を見ていた腹抱えて呼吸困難になるほど爆笑している狼人の隣で僅かに笑う青年の表情に勘違いしていた金髪の剣姫がいたとか。

 




バージル鬼ぃちゃんの人気に戦慄している作者です。
文字を打つ指が震えるぜ……!

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