ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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うーん、久しぶりに書いたからやはり文章力が落ちた気がする。
アイニードモアパワー……!


番外編3:強者の壁 -5-

 冷気の突風が訓練所に吹き荒れ、肌を突き刺すような衝撃が顔面に襲い掛かり反射的に目蓋を閉じる。やがて冷風は止み、顔を守っていた両腕を降ろして再び開いた視界には巨大な氷塊が鎮座していた。

 バージルが佇んでいた場所には巨大な氷塊が存在するだけで、他に動く気配はない。それは即ち―――

 

「……終わった、んですか?」

 

 皆の代弁をするようにレフィーヤは呟き膝から崩れ落ちる。今までの緊張がどっと押し寄せてきたのか腰が抜けて力が入らない。正直ここまで戦略で追い込んでおきながら勝てたのが不思議な相手だった。

 

「イタタタ……もう無理、限界。これ以上一歩も動けないよ~」

「ティオナ、大丈夫?」

「……ていうか、あれ直撃して生きてるのかしら、バージル」

「ハッ! そ、そうでした!? つい無我夢中で、どどどどうしましょうッ!?」

 

 先ほどまでの死闘を区切るように穏やかな雰囲気が訓練所に流れていく。ボロボロに傷ついた彼らだが、その表情には笑みが浮かんでいる。場の雰囲気はすっかり試合終了を示している中、ベートだけは警戒を解かずただじっと氷塊を睨みつけていた。

 

「ベートさん?」

 

 その反応に訝しげにアイズが見つめるがベートは気付かない。彼はレフィーヤの魔法が直撃して砕けた具足から覗かせる凍傷した素足を庇いながら、忌々しげにポツリと溢した。

 

「クソッ、()()()()()()あの野郎……!」

 

 どういう意味、とアイズは尋ねる事が出来なかった。

 ビキッ―――という亀裂音と共に、氷塊の内側から外側に亀裂が駆け抜ける。それは、本来ならばあり得ない光景だった。

 

「――ッ! レフィーヤ!」

「ち、違います! 私は何もしてません!」

 

 本来、発動した魔法が効力を失うには二つの種類が存在する。

 一つは魔力切れ。込められた魔力が底を尽いた事によって存在することが出来なくなり消滅するパターン。

 もう一つは発動した魔法使いが自身の意思で魔法を解く場合。変身魔法などがこれに当たる。

 しかし、今回の場合はそのどちらでもない。『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリアの魔法がこんな短期間で魔力の効果が尽きるはずがなく、放ったレフィーヤもまだ魔法を解いてはいなかった。

 ならば何故氷塊は砕けようとしているのか。その理由など一つしか存在しない。

 魔法を解く一つの例外(イレギュラー)。即ち、

 

「なにボサッとしてやがる、とっとと構えやがれ!」

 

 ―――より強い力で破壊される場合である。

 

 氷塊が悲鳴を上げるようにひび割れが加速し、それに呼応するかのように空気が重く張り詰めていく。まるで迷宮の孤王(モンスターレックス)と対面するような、否、それ以上の威圧感が気の抜けた身体を締め付けるように全身を力ませる。

 それが示す真実はただ一つ。

 

「嘘、でしょ……」

 

 折れた脚や穴の開いた腹部の激痛さえも忘れ、ティオナはうつ伏せに倒れた身体を右腕を杖代わりに起き上がった状態で呆然と見る。

 

「……ッ! レフィーヤ下がりなさい!」

 

 比較的軽傷なティオネは冷静に対処しようと声を張り上げるが、その声音は震えていた。肌で感じ取った力に冷や汗を隠せない。

 

「そんな……」

 

 自身が知る限り最強の一撃、憧憬するリヴェリアの魔法だというのにそれを目前で打ち破られる光景にレフィーヤは傍で叫ぶティオネの声さえ聞こえずただ眺めるしかない。

 

「………ッ!」

 

 これから何が起こるのか、それを理解したからこそアイズは全身を駆け巡る激痛を喉で押し殺して再び剣を握り締めた。しかし立っているのも精一杯で、一歩でも踏み出せばそのまま倒れてしまうほど彼女の身体は限界だった。

 

「来るぞ……ッ!」

 

 感覚の無い凍傷した素足を引き摺りながらベートは氷塊に向けて声を張り上げる。

 それが合図だったのか、氷塊の亀裂は限界にまで広がり、跡形も無く砕け散った。

 刹那―――絶望が、顕現した。

 

 

 

「――この程度で倒せたつもりだったのか? 愚かな」

 

 

 

 そこにいたのは、蒼き悪魔だった。

 まるでその空間だけ歪んでしまったようにゆっくりと地面に着地する。視線を向けられる、ただそれだけで視線が刃と化して全身を硬直させる。異形の頭に、鱗のような全身を覆う皮膚。そして何より目を引いたのは右腕だった。

 

「無傷だと……!? ふざけやがって……ッ!」

 

 ベートはただ一人、彼の傍で攻撃を受ける瞬間を目撃していたからこそ、目前の現実に奥歯を噛み締める。ベートの放った渾身の一撃、それは直前でバージルの右腕で防がれた。

 ベート達が現状出せる最大威力を右腕一つで受け止めたのにも関わらず、その腕は僅かに氷結が張り付いているが、それだけだった。即ち、バージルにダメージを与える事は出来ていなかった。

 その事実が彼らの覚悟を揺さぶる。そしてその決定的な隙を悪魔が逃すはずがない。

 掌を上に向けたままバージルは右腕を突き出す。まるで掌の何かを握り潰すような行動にアイズ達は一瞬訝しげになるが、気付いた時には既に手遅れだった。

 視界を覆い尽くすは、蒼き幻影の剣。先ほどまでとは込められた魔力の密量が桁外れな幻影剣がまるで夜空を照らす星々のようにアイズ達を中心に半円の球体を形作るように隙間なく覆い囲んでいる。

 その数、視認できるだけでも数十以上。

 幻影剣奥義―――絶界。

 回避不可能な幻影の剣群が、捉えた贄に牙を剥く。

 

「安らかに眠れ―――」

 

 主の命に従うように、アイズ達を握り潰すようにバージルの右手の掌が握られ、それに呼応する形で幻影剣が唸りを上げて空を切り裂き彼女等を貫かんと迫る。

 回避不可能。迫り来る死の幻影に彼女達は為す術もなく―――

 

 

 

「そこまでだ、バージル」

 

 

 

 ピタッと、掛けられたフィンの言葉に幻影剣はアイズ達の喉元で静止した。

 バージルを咎めるように、いつの間に寄り立ったのかフィンが彼の突き出した右腕を掴んでいた。

 

「何の真似だ、フィン」

 

 ギリッ、と空間が悲鳴を上げる。余計な仲介、もしくだらない理由ならばその剣群は容赦無くフィンに向けられていただろう。

 極限の殺意を向けられながらもフィンは顔色一つ変える事無く告げる。

 

「僕は言ったはずだよ、【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】を使ったら敗北だって。それとも前言を撤回するつもりかい?」

「…………」

 

 バージルとフィンの視線が交差する。向けられていた殺気は、もはや効力を失っていた。

 

「この試合、君に引鉄を引かせた彼等の勝ちだ」

「……いいだろう、条件ならば確かに俺の敗北だ」

 

 バージルは【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】を解き、それと同時にアイズ達を囲んでいた幻影剣も影も形もなく消失する。少しの間だとはいえ喉元の死から解放された安堵感でアイズ達は喉に溜まった唾を飲み込みながら緊張が解れた勢いで膝が崩れ落ちた。

 冷や汗が大量に流れ荒々しく呼吸を繰り返すアイズ達を無視してバージルは訓練所の出入り口に向かう。

 

「貴様の言う親睦会とやらはこれで終わりだ。ならもはや俺がここにいる必要もあるまい」

「うん、付き合わせて悪かったねバージル。怪我の治療は……必要なさそうだね」

「無論だ。このような戯れ、二度と付き合わせるな。次は無いと思え」

「君には迷惑掛けたと思っている。なんなら今度奢ろうか?」

「いらん世話だ」

 

 苦笑するフィンを無視しバージルは己の得物である閻魔刀を受け取ると今度こそ話は終わりだと背中で告げるように荘厳な雰囲気を発しながら訓練所から去ろうとする。

 しかし、その後ろ姿を止めるように一人の狼の咆哮が轟いた。

 

「ふざけんな、ふざけんじゃねんぞバージルッッ!!」

 

 バージルの歩みが止まる。しかし振り返る事はない。その後ろ姿に満身創痍なベートは緊張が解ければ途切れてしまう意識をかき集め、射殺すような睥睨で睨み付ける。

 

「これが勝ちだと? こんなものが勝利だと? こんな無様な真似晒しておいて何を誇れってんだふざけんな!」

 

 分かっている。もしフィンの出した条件が無ければ今頃死んでいたのは自分達だということぐらい。

 分かっている。自分達とバージルではそれほどまでの差が存在していることぐらい。

 分かっている。全部謂われなくとも理解している。

 分かっている。分かっている、分かっている!

 ―――だけど、

 

「俺はこんな、恵んで貰ったような勝利で喜ぶような腰抜けじゃねえ! 試合に勝って勝負に負けてそれで満足するようなクソッタレなんかじゃ断じてねえんだよ!」

 

 叫ぶ内容は疲労のせいか滅茶苦茶で、だけどその分彼の想いを偽り無く告げていた。

 

「だから、俺は―――」

 

 自分の弱さに殺意が湧く。目前の男を振り返させられる力もない無様さに憤怒が込み上げてくる。

 その弱さをベート・ローガは受け入れる。強くなるために、バージルに真の意味で勝利するために。

 己が弱者であるとベートは屈辱に身を震わせながらも認めたのだった。

 

「俺、が―――!」

 

 それは誓約。

 他の誰でもない、己の魂に誓う約束。いずれ果たすと決めた祈り。

 

「俺が、テメェの全てを超えてやる! 今度は俺がテメェを追い抜いてやる! テメェを倒すのはこの俺だ! だから、次は俺が必ず勝つ! 首洗って待っていやがれ―――ッッッ!!」

 

 男の意地と見栄の篭った魂の咆哮。その宣誓に、熱が浸透していく。

 

「そう……だよね」

「全く、まさか駄犬に教わるハメになるとはね」

 

 両足が折れまともに立てないティオナに肩を貸すティオネ。二人の目にはもはや先ほどまでの死に怯えた恐怖の色は残ってなどいない。在るのはベートの熱がうつったように爛々と燃え上がる強い意志のみ。

 

「バージル、あたしもっと大双刃(ウルガ)を上手く使いこなしてみせるよ。もうステイタス任せになんてしない、完っ璧にバージルみたいに操ってみせる。もう、苦手なんて言い訳なんてしない。だから、」

「だから、次は私達が勝ってみせるわよ」

 

 アマゾネス姉妹に釣られるように、未熟な魔導士もまた擦り切れた精神を奮い立たせ起き上がる。未だ膝は震え、支え代わりとしている杖も震えているが、その瞳には最初の頃に宿っていた恐怖は微塵も感じなかった。

 

「私も、もう逃げません。未熟かもしれません、臆病者なのかもしれません。それでも、私はロキ・ファミリアの一員として、冒険者として! 私一人じゃ敵わない、でも次は皆さんと一緒に貴方に勝ちます!!」

「……私、は」

 レフィーヤの啖呵を訊いてアイズは佇む背中を見据える。たった数メイルの距離が、あまりにも遠く感じる。それが彼等の差なのだ。もしも今アイズがバージルの傍に駆け寄ったとしても何の意味もない。否、それをアイズは決して認めない。

 その背中に並び立つのは、彼の隣に相応しい強さを手にしてからと決めているが故に。

 

「もっと強くなる。だから次は……勝つよ、バージル」

 

 もう二度と、こんな無様な様子は見せない。

 次は必ず、真の意味で勝利してみせる。

 

「……そうか。ならば―――」

 

 訓練所にいる全員から向けられた熱い視線を背中で感じ取り、今まで一度も振り向く事の無かったバージルが顔のみ振り返り初めて視線が交わる。

 僅かに振り返った横顔から見える眼光、そのサファイアに似た紺色の瞳から放たれたのは、今までの殺気が遊戯としか感じ取れぬほどの極限の殺気だった。

 

「次は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――時間が死んだ。

 そう錯覚するほどの死の気配。先程までは全力などかけ離れていた事を有無を言わさず本能に刻み込ませる殺意。もしこの殺気を試合中に浴びていればとてもではないがまともに戦うことは不可能だっただろう。

 第一級冒険者であるフィンやリヴェリアですらそう感じるほどの殺気を真正面から浴びせられ、正気でなど居られるはずがない。

 

「く、はは……!」

「へへへ……!」

 

 しかし、予想とは裏腹に彼等は笑みを浮かべていた。

 極限の殺意を浴びて気が狂った訳ではない。バージルの先の発言、それはつまり認めたという事なのだから。

 即ち、有象無象の石ころではなく。

 道を阻むただの障害でもなく。

 

 彼等はバージルにとって、”敵”として認められたという事なのだから。

 

 彼等の目に、もはや恐怖など何処にも存在しなかった。

 

「フン……」

 

 それを見届けて、今度こそバージルは訓練所の扉を開けて退出した。コツコツと離れていく足音が聞こえなくなるまで遠ざかるのを待ち、

 

「ガァッ……!」

「ぐゥッ……!」

 

 瞬間、アイズ達はほぼ同時に地面に受け身も取れず屈伏した。

 

「あ~、死ぬかと思った~~」

「ったく、化物かよあいつ……」

 

 もう指一本動かせないと訴えるように大の字で寝転がって彼等は疲れた笑みを浮かべる。

 そもそも、アイズ達は既に限界を超えていた。迷宮の孤王(モンスターレックス)に挑むような緊張感と集中力、己が全てを駆使し力の限りを振り絞り、更にそこから限界を超えた技の数々。正直ランクアップしていたとしてもおかしくないほどの激戦だったのだ。

 それでもバージルの前で倒れなかったのは、彼等の意地だろう。次は勝つと決めた相手にこれ以上無様な様子を見せたくなかったからか。

 

「お疲れ様、素晴らしい試合だったよ」

「無茶させた者の発言とは思えんな」

 

 荒々しく呼吸を繰り返すアイズ達の下に、労いの言葉を掛けながらフィンが近づき、その隣では溜息を吐きながら救急箱を手にしたリヴェリアの姿が。

 バージルとの試合で必ず大惨事になると予測していたリヴェリアは案の定必要となった救急箱を倒れる彼等の傍に置き、適切な処置を行う。

 

「ティオナ、バージルの【ベオウルフ】は再生を無効化する。すまないがベオウルフの魔力が抜けきるまで魔法やポーションは無意味だ、痛むと思うが耐えてくれ」

「了―解っと。うぅー、穴の開いたお腹が痛むよ~~」

「ちょうどいいじゃねえか。腹が引っ込めばその分てめぇの絶壁にも膨らみが出来るだろうよ」

「誰が無乳だぁああああああああああああッ!!」

「あ、相変わらずですね……」

「団長~、私の活躍見てくれましたか!?」

「ハハハ、ちゃんと見ていたよ。見事な指揮だった、ティオネ」

 

 いつも通りの光景。胸が温かくなる日常を見てアイズはほっと安心するように息を吐いた。疲労感と集中の途切れで心地良い睡魔が押し寄せ彼女の意識を眠りの闇へと誘っていく。

 

「………?」

 

 その直前、朦朧とした意識の中でふと気になるモノを見つけた。

 点々と続く血痕。それ自体は珍しくはない。あれ程の激戦を繰り広げれば大量の血が流れるのは自然な事だ。しかし、彼女の意識が向いたのは別の訳。

 真新しい血痕は連続してある方向へと続いていた。血痕が続く先にあるのは訓練所の扉。そこを出入りしたのは試合が終了してからはただ一人のみ。

 

「……バージル?」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 早朝という事もあってか、明かりの灯っていない廊下をバージルは一人淡々と歩いていた。その歩みはつい先程激戦を繰り広げてきたのにも関わらず揺るぎなく、彼の意志を示すかのように重い。

 やがて廊下は終わり、反対側から光が差し込んでくる。その廊下の境目に一人佇む影が存在した。

 

「おっ、なんやもう終わったんか? お疲れやな、バージル」

 

 ニヤニヤと目を細めて笑うのは、道化師(トリックスター)の称号を与えられしロキ・ファミリアの主神。笑う目に隠された真意を明らかにしない神がそこにいた。

 

「何の用だ、ロキ」

「ん? いやフィンが親睦会という名の試合をするって言うやん? これはうちの好感度を上げる絶好のチャンスやん。せやから怪我しとる眷属(こども)の面倒を見ようと思ってなー」

 

「ついでに今ならアイズたんのあんな所やそんな所までグヘヘヘ……!」とニヤけながら危ない手付きをするロキの手には救急箱が。その様子に対しバージルは呆れるように目蓋を閉じる。

 

「なら疾く行け。リヴェリアが治療しているが、今なら間に合うだろう」

 

 端的に告げると話を切り上げるようにバージルはロキの隣を通りすぎようとして、

 

「待ちや」

 

 ふと、ロキに通り過ぎる刹那に左腕を掴まれ阻止された。

 

「……何の真似だ」

「言ったやろ? うちは()()()()()()()()()()()()()って。とぼけても無駄やで。神に嘘は通じん」

 

 なぁ? とロキは飄々と笑みを浮かべ、

 

「バージル、いい加減右腕の【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】を解いたらどうや?」

「――――」

 

 ロキの言葉に、一瞬バージルが沈黙する。その沈黙こそが何よりの証拠だった。

 振り返った仏頂面のバージルとニヤけ面のロキの視線が交差する。

 十秒、或いは十分か。とても長く感じもしたし、或いはすぐだったのかもしれない。どちらにせよ、先に折れたのはバージルの方だった。

 やれやれと、辟易するかのように嘆息を吐き、

 

 

 

 瞬間―――廊下が鮮血で染まった。

 

 

 

 ガシャッ、と金属が床に落ちる音が響く。それは粉々に砕け散った【ベオウルフ】の残骸だった。

 ロキに促されるがままにバージルは廊下の壁にもたれかかり、ロキはその悲惨となった右腕を見て珍しく顔を歪めた。

 バージルの右腕、それは見るも無残な姿へと変わっていた。骨は突き出し肉は潰れ、更に一部は凍結し関節はあらぬ方向へ歪んでしまっている。何より悲惨なのは、【ベオウルフ】の残骸が内部に潜り込み再生を不可能にさせてしまっていることだった。

 そもそも、迷宮の孤王(モンスターレックス)さえも打ち倒すLv.6級の攻撃魔法をまともに受けて無傷で済むなどあり得はしない。いくらバージルがLv.6の冒険者とはいえ、人間なのだ。

 今まで無事に見えたのはバージルの魔法である【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】のおかげ。自身の望む姿に変身したお陰である程度受け止める事が可能だったが、それでもベートの蹴撃にアイズの【エアリエル】、そしてレフィーヤの【フィンブルヴェトル】の全ての込められた一撃をまともに受けて耐え切れるはずがなかった。

 右腕のみ限定して普段通りの姿を【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】で模倣して誤魔化していたが、それが解かれた事によって真実が顕となった。

 ロキは救急箱からピンセットを取り出し体内の【ベオウルフ】を慎重に抜き取ると一度水で未だ残っている残骸を洗い流し、そこにポーションをぶっかける。完全に回復することは出来ないが、それでも表面はある程度再生していた。

 血だらけとなったバージルの腕に包帯を巻きながら、ロキは悲痛に顔を歪める。治療中、本来ならば泣き叫ぶほどの激痛が絶え間なく襲っているはずなのだ。否、それをいうならば現在進行形で痛みは持続している。膨大な魔力を受け止めた事でバージルの右腕では【ベオウルフ】以外にはアイズやレフィーヤの魔力が混ざり合い、異物が破裂寸前のように蠢いているのだ。

 それでもなお、バージルは決して顔を歪めることはなかった。まるでそんな痛みなど無いかのように。

 何も、感じていないように。

 

「……なぁバージル。痛みってのはな、我慢するもんやないんやで? 痛みは、訴えるもんなんや」

 

 包帯を巻きながら、知らず声が溢れていた。

 痛覚、感覚は人間が生きていく中で重要な感覚の一つだ。地面の反動を感じ、身体を動かす感覚を感じ取る。即ち現実を生きるにおいて最も必要なものだろう。

 それがなければ、夢となんら変わらない。痛みに慣れるとはそういうこと。我慢して我慢して我慢し続ければ、いつか痛みに慣れるかもしれない。

 だが、その成れの果ては怪物だ。何も感じないという事は、何も理解できないということ。ただ目的の為に部品をばら撒きながら動くゼンマイとなんら変わらない。

 

「―――だからな、バージル。いい加減認めんか? アイズたん達のこと。アイズたん達は、バージルが思っとるほど弱くなんかないで」

 

 そうならない為に、人は誰かに頼るのだ。耐えるのではなく、託すのだ。

 ロキは珍しく開いた目でバージルの瞳をはっきりと見て告げる。何もかも一人で抱え込んで何も言わない不器用でムッツリなこの男の芯に届かせるために。

 

「……貴様は何を勘違いしている」

 

 だがその覚悟は、別の意味で裏切られた。

 

「奴等は強くなる。いずれLv.6(ここ)にもたどり着くだろう。その覚悟と意志を、力を求める渇望もある。俺は奴等が弱者などと侮った事は一度もない」

「え?」

 

 驚愕するロキを差し置いてバージルは強引に包帯を奪い取ると巻き締め、地面に散らばった【ベオウルフ】の残骸をかき集めて廊下から出ようとする。

 バージルの予想外な返答に思わず呆然としていたロキはふと尋ねた。

 

「……なら、アイズたん達に負けるかもしれへんと思っとるんか?」

 

 その問に、僅かに振り返ったバージルの横顔にある瞳に宿るのは、強い決意。

 

「――勝つのは俺だ……!」

 

 もう二度と、敗北など許さない。

 強い覚悟と共に向けられた意志にロキは今度こそ何も言えなくなり、ただジッと立ち去るその背中を見送るしかなかった。

 しばらくして、ポツリと。

 

「ホント、うちの眷属(こども)達はどいつもこいつも負けず嫌いなんやからなぁ」

 

 背後を見送るロキの表情。それは誰が見ても出来の悪い息子を見送る母親の微笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ―――慢心していた。

 正直な話、心のどこかで満足していたのだろう。もう充分だと、本家より強くなったのではないかという傲りが確かに俺の中には存在していた。

 その結果があの様だ。情けなくて自分に殺意が湧く。こんなもので満足していたのか俺は? いったい何様だというのだ。本家ならきっと一撃も喰らうことなく一撃で倒していたに違いない。

 未熟、情けない、腹立たしい。俺はいったいどうしていたというのだ。こんなもので満足するなど、バージルロールプレイヤーの風上にも置けない……!

 ああ、今なら分かる。きっとフィンは俺にこう言いたかったに違いない。

 

”最近さー、調子乗ってねぇ? そんなんでバージル名乗れると思ってんの?”

 

 ああ、その通りだ……! 俺のせいでバージルの名を穢してしまった……! もっと強くならなければ! アイニードモアパワー!!

 そのためにもまず、ダンジョンでジャストガードの練習だ! 右腕が動かない? 身体が凍結して感覚がない? それがなんだ、それがどうした! 本家ならば例え魔力が底を付いて出血多量で満身創痍でもラスボスに挑むんだ。それに比べたら屁の河童だろうが!

 うおおおおお! とりあえずウダイオスで練習だ! 俺の冒険はまだまだこれからだァッッッ!!

 




椿「フフフ~ン。バージルの奴、新しい装備を喜んでくれただろうか……」

ばーじる「椿ー、渡してくれたその日で悪いけど壊れたから直してー」

椿「ファッ!?」

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