IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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交錯する人々 束編

「――さてさて、自己紹介も終ったところで少し説明しようか。とりあえず前提として、授業では凡人どもの書いた下らない教科書の反芻や、君達に無駄に時間を使わせるレポートみたいな無駄に時間の掛かる宿題の提出は要求しない」

 

 大教室の教壇の上に立った篠ノ之束は集まったその場の全員――IS学園一年生の一同と、その場に待機する教職員達に向けて宣言した。

 その言い回しは篠ノ之束の人物像が事前の説明で知らされた通りの性格であると多くの者は強く実感したが、同時にその歯に衣を着せぬ意見が、一部の教職員や少し斜に構えた一部の生徒の感心を買う事にも繋がった。

 静寂の中で自らの言葉に対するリアクションを受け取った束は、心なしか満足げな笑みを顔に貼り付ける。そして同時に、空間に展開させた情報ウィンドウから、事前に用意した資料を生徒全員の卓上ディスプレイと教師陣の持つタブレットに一斉送信した。

 資料には『ISの運用における操縦者の心得』という表題がつけられていた。

 

「あの篠ノ之先生。こちらの資料は――」

「その口を開く前にまず挙手と名前と出席番号を言ってもらえるかな?」

「あ、あの、すいません! 一年一組担任 山田真耶です……」

「あぁ、そう。で、質問をするからにはもう資料の中身にはもう眼を通したのかな? 見たところまだの様だけど、それとも一々言われなきゃ内容の確認も出来ないのかい?」

「す、すいません――」

 

 束の配布した資料に対する大まかな疑問を尋ねる真耶の言葉を遮り、束は心なしか冷たい声で言い放った。

 そうした束の言葉に真耶は涙目になり、あわてて資料を読む。

 そしてその動きに、生徒らも慌てて続いた。

 

「――さて、中身を読んでもらっているところで悪いんだけど、正直この段階では、まだ君たちに中身の本当の意味を理解してもらうのは難しいと思っている。だからまずそれを説明しようか。あぁ、読みながら聞いてもらってかまわないよ。ついでに質問はその時にまとめて受け付けるから」

 

 束は生徒らが資料を読み解く最中にそう口を開いた。

 

「それじゃあまず前提として、束さんが思うにISに対する現代人の認識が、本来意図したものとはすこぶる違う事を理解して欲しい。その勘違いが生まれたのは恐らく一番最初の段階――白騎士事件でその戦闘力の一端を見せてしまったことが原因だと思うんだ。それについては今になって心底後悔しているよ」

 

 その台詞に、「10年越しにしてようやく反省したか――」と、当時の関係者である織斑千冬は、教室の壁際で小さく溜息を吐く。

 そんな千冬の反応を意図的に無視してか、束は言葉を続けた。

 

「確かにISはマルチプラットフォームスーツとして開発したし、その汎用性の高さはある意味戦闘力にも特化出来るから、多くの意見の様に兵器として扱う事も可能と言えば可能だ。だけど正直言ってISをそれだけの存在に終らせるつもりは私には無いし、これから先、そんな兵器を作った人間とだけ言われるつもりも到底無い。――ましてやISは女だけの代物みたいな気持ちで作ったモノでもなければ、ISから生まれてしまった権威を笠に着て横暴に振舞うゴミ共を量産する象徴(イコン)でも無い。世間で束さんが失踪した理由とかについていろいろ囁かれているみたいけど、実際のところはそれなのさ。――そして肝心のISコアを500しか作らなかった理由もその内の一つ。代替の利かない総数500の兵器なんて、とてもじゃないけど兵器とは呼べないからからね。精々、競技用の玩具が関の山だ。だけどまぁ、そっちのほうが束さん的にはありがたいと思っているよ。まだ夢を作ってる側だからね。つまり何が言いたいか、と言うとだね――」

 

 100名以上が揃う大教室には束の言葉のみが響いた。

 生徒らは資料を読み解きと拝聴に同時に意識を割く事を要求された。この時点で多くの生徒が。この先の授業で要求される最低限の予習や、技能として要求されるハードルが聊かに高い事をすぐに悟った。

 しかしそんな生徒らを尻目に束は独白の様に言葉を続けた。

 そして言葉の中には、未だ嘗て正確に聞く事のなかった失踪の原因や、永きに渡って議論の的となったコアを500しか作らなかった意図の真意が秘められていた。

 いつしか、資料に落とされた生徒達の視線は全て束の方を向いていた。

 束はそれらの視線を受け止めつつ言った。

 

「今後、私はISで夢を作る側の人間を増やしていきたい。表舞台に立ったのはそれが理由だよ。そしてこの授業の根本にあるテーマがそれだ。皆にはISの持つ夢やその可能性を様々な方面から探ってもらいたい。否、常に考えるようにして貰う人材に最低限進化してもらう。その為の用意は既に終えているし、こちらの準備は既に整っている。後は君達の意識のみだね。――――さてここまで何か質問があるなら聞こうか。大概の事には答えるつもりだけど、下らない話がしたいなら今すぐ消えてもらって構わないよ。私は無理強いはしない。だけどついて来るつもりがあるなら、それなりに厳しい事は要求すると最初に警告しておくよ」

 

 束は笑みを浮かべて最後通牒のような恫喝染みた提案を生徒らに送った。

 それは今後も束の授業を受けるつもりがあるなら浮ついた学生としての意識をここで捨てろという警告であった。

 それは非常に挑発な言葉であった。学園では厳しいと評判の千冬をも、ある意味で凌駕する暴君の誕生を予期させる台詞であった。――しかしその言葉に深く感銘を受けた人間も存在した。

 

「質問、宜しいでしょうか?」

 

 一人の生徒の挙手が上がった。

 

「一年一組、出席番号7 イギリス代表候補生、セシリア オルコットです」

 

 セシリアは心なしか緊張した面持ちでゆったりとした礼をとりながら起立し、口を開いた。

 

「――何かな?」

「篠ノ之博士のお言葉には大変な感銘を受けましたわ。確かに現状、戦闘能力の発掘以外でのISの可能性については、現時点では欠けている要素だと思います。実際、わたくしも代表候補生となって幾許か経ちましたが現状のISの活躍の場としてもっとも華々しい舞台は未だモンド・グロッソですし、最終的にその舞台を目指して勉強する者が殆どでしょう。ですが実際、わたくしもそれ以外でのISの活躍できる可能性の場――というモノをいくつか知っておりますわ。例えば過酷な――海底や森林火災等の現場。資料にあるように先の博士の行ったダイオウイカの発見という未開地の探査等。過酷な現場ほど実際にISを持ち込むことが出来ればその場で何が出来るか、どのように対処できるかの考察は非常に有意義なモノであると思います。――しかしながら現時点で資料にある様な革新的な試みが可能なのでしょうか? 資料にある『自由なISの可能性の探求』というテーマを実行するためには正直な所、やはり実機による実地訓練などが望ましいことが多いと思います。しかし現状はISの訓練機の台数は少なく、この授業で得られた何かしらを実際に実地、もしくは復習するには余りに難しいと思います。なのでその点についての御考えがいただければと思いますわ。今後、わたくし達はどのような形での学習が必要になってくるのでしょうか?」

 

 セシリアは内心で挑発的に捉えられないだろうかという緊張を心に秘めながら言葉を口にした。己には代表候補生という立場もあり、相手は世界的なISの権威であり第一人者である。そしてセシリアの発言をまとめると、具体的に授業で何をするのか? そして本当に出来るのか? という点に尽きるのだ。

 そしてその意図を正確につかんだ一部の生徒はセシリアの発言に同じような緊張を顔に浮かべると同時に、どのようなリアクションが束から返って来るのかを恐々と見守った。そうした緊張のやり取りが沈黙の中で行われた後、束は「ほぅ」と、嘲笑とも賛美とも取れぬ笑みを浮かべて口を開く。

 

「――ふむ。中々の良い質問だね。いや、まったくもって良い質問だ。確かに配布した資料には“具体的に何をするのか”についてを書かなかった。書かなかったのは今日ここで実際に体験してもらったほうが早いと思ったのと、始まりにして、基本にして、究極の“意図”だけを精確に察して欲しいからなのだよ」

「はぁ、と、言いますと?」

「大前提としてこちらから要求する内容が『可能性の探求』というひどく曖昧なものなんだ。だからそれ以外の点での疑問を最初に作ると、余計な事で悩ませると思ってね――」

 

 束は心なしか上機嫌に見える言葉を口にした。そして同時に手元の空間ウィンドウを操作し、大教室の中央にあるプロジェクターに一枚の画像を表示させた。

 それはカメラの画像であった。

 場所は学園の地下施設の一部であり、中には医療用のメンテナンスベッドに似た機材が、数十機という単位で並べられている見慣れない施設であった。

 

「この場所は学園の地下施設で昔研究実験場として使っていた一角で、今日の日の為に束さんが手塩にかけて一週間で改築した場所だね。今後の名称は仮想訓練室(ワンダーランド)とでも呼んでくれたまえよ。まぁ、名前なんてどうでもいいんだけどね。で、今後の授業はこっちの場所の使用が非常に重要になる。なぜならこの機材を使って君達にはよりISという存在と密接に関わってもらう事になるからね。まぁ、一言で言ってしまうとヴァーチャル空間で擬似的にISに乗るための施設さ」

「っ!?」

 

 擬似的にISに乗れる仮想訓練施設。束の言うその言葉に多くの生徒が息を呑んだ。

 一年生が学園に入学して一ヶ月程経つ頃。そこで先ず初めに入学生らが実感したのは、ISの実機に乗るための過酷な抽選競争であった。訓練をしようにもいかんせん訓練機の台数が少なく、それに対して生徒数が圧倒的に多いという状況により、学園は以前から放課後の生徒の手慰みに大会にすら出る事の無い部活動に勤しむ事もやむなしだったのだ。そして束の作り出した仮想訓練室はある意味でそうした学園の問題を一挙に解決しうる荒唐無稽な代物ですらあるのだ。

 現に、束は言った。

 

「――この仮想訓練機の凄い所は仮想空間内での情報処理速度だね。実際には30分しか経ってないけど、体感では2時間ぐらいの訓練をする事が出来る。まぁ、健康状態の管理やらなにやらという理由で使用には学園から配布されるIDの登録と、一日の使用限度は一回という制約があるけど。まぁ、訓練機に乗る事すら困難っていう子は、こっちの部屋で自由に使うといいよ。幸い一度に50人は収容できるし。後、実機に乗る感覚も大事だからそこらへんの匙加減は各自で自由に決めてね。それともう一つ。この仮想訓練機は現在までに開発されたあらゆるIS――まぁ、ラファールまでの第二世代機までを全て扱える。つまり『白騎士』も使おうと思えば使える――」

「全てのISを!?」

 

 セシリアが驚愕して束の言葉を遮るように口を開いた。

 ISコアに限りがある為、古くに作られた機体の一部には廃棄されてしまったモノすら存在していたからだ。

 

「それどころか、開発中止になった機体もいくつか使えるよ」

 

 セシリアの驚愕を見てさらに気分が乗ったのか、束は殊更楽しげに言った。

 

「後々この技術をIS委員会を介して各国に配布する予定だからね。代わりに各国には既存のISのデータを提供してもらったのさ♪ ただ一つだけ、君の使ってるブルーティアーズだっけ? 流石にああいう最新の試作機なんかについてはデータは入ってないから注意してね。もしこの仮想空間内でその機体を使いたいなら、その交渉は自分で自分の所の政府とやる事。仔細なデータがある程度必要になるからね。一応警告するけど特殊な専用機持ちっていう自覚がある子は、仮想訓練でそれを運用した場合についての問題については基本的に学園と相談する様にね。束さんは知りません――っと、話が逸れたね」

 

 束はそこまで言って一度言葉を切った。

 

「後はこの中で出来る状況設定だけど、いろいろ細かく調整が出来る。例えば天候なら晴天から雨に変わるとか、景観も市街地から、砂漠、凍土、樹海、湾口、深海、成層圏(ストラトス)爆心地(グラウンド・ゼロ)――とか、まぁ格ゲーのフィールド設定みたいな感覚だ。この辺の調整は後で詳しく説明するよ」

「IS/VSかよ……」

 

 束の説明の中で唯一最後の点だけを大まかに理解した一夏は、思わず小声で感想をぽそりと言った。

 近年、家庭用ゲーム機でモンド・グロッソに登場したISを操作して戦う対戦ゲームが登場したが、それがまさに束の説明したISの仮想訓練機の発展系に近い代物であったからだ。

 

「そう、まさにいっくんの言う通りIS/VSに近いね。だけど出来る事は戦い以外にもかなり幅広いよ♪」

「っ!?」

 

 そして驚愕する事に束は一夏の独り言のような小さな呟きを精確に聞き取ってみせ、その視線を頬杖を突いていた一夏のほうに向けて言った。束の超反応によって急に大教室に居る全員の視線が一夏の方に向けられた為、一夏は慌てて姿勢を正し、恥ずかしそうに顔を下に向けた。

 しかし束は一夏の態度にもその後の教室中のリアクションにも一切反応せず、淡々と言葉を続けた。

 

「仮想訓練って大層な名前だけど実際はゲームと同じだと思って間違いないね。だけどゲームだと侮る事無かれだよ。実際に旅客機のパイロットなんかは実機の操縦時間よりも仮想訓練時間のほうが長いんだ。そして逆に言えば、今迄ISという代物はその性能に比べて操縦者の訓練の時間が余りにも少なかった。それはISコアの数が根本の原因何だけど、その点を解消するにはまだ時期尚早だと束さんは思うのだよ。だけど裾野が狭いままだと真の理解者を増やすには時間がかかりすぎる――」

 

 束は教卓の上に手を乗せ身を乗り出すようにして言った。

 

「ISの可能性を狭めているのが他ならぬIS操縦者の持つ発想の貧困具合にあるのは明白だ。だけど今はISコアの量産をするつもりはない。だけどISに触れる機会を増やしてあげたい。だからISを擬似的に理解できるコレをつくり、私はコレをIS学園に導入させた。なぜならこの場には一応だけど選りすぐりの学生が揃ってるんだよね? だったらその可能性に期待させてもらおうかと思ってね。それに――」

「っ!?」

 

 束がそこで、にんまりと悪辣に笑って見せた。不思議と一夏には、その笑みが良く知る弟の笑みに似ているように思えた。

 

「――着任の挨拶の時に言わなかったっけ? 今後3年以内にISコアは男にも適合する様にするって。そしてこの仮想訓練機は設計上、男にも使うことが出来、同時に技術協力として簡易版だけど各国に同じ様なシミュレーターが作られる事になるってさ♪ IS学園に用意したモノほど高度な仮想訓練設備は他には生まれないだろうけど、後々オンラインゲームのネットワーク対戦みたいに、今後は仮想空間上のモンド・グロッソが誕生するかもね♪ だけどそれ以外にも星の数ほど玉石混淆な発想が生まれてくるだろうね。もしそうなった時に将来的に君達が持つ事になる『IS学園の生徒だった』という価値に、どれほどの意味が生まれてくるのだろうね――」

 

 束の意味深な台詞に多くの者が呆気に取られた。

 そして次の瞬間、目が覚めるような衝撃が彼女らの――特にプライドが高い事で有名な生徒らの心を刺激した。

 

「さて、とりあえず質問に対する返答はこれでいいかい? この授業では仮想訓練機で想像できるあらゆる状況を自分で試してもらって、それについて思ったこと、感じた事、そう言った点について皆で考察、議論をする会議の場だよ。ぶっちゃけ成績なんてつける気はないし、付ける意味が無い。そして言っておくけど、前提として私は指導者でもなければ先導者でもない。一介の研究者だよ。だからこそ、未だ実験して、考察して、というISに関わる者にとっての最高の環境を求めている。そしてその研究の一端に君達にも触れさせてあげる。だから今日から自分で考えて自分で努力する事を考えないと、この場に来ても無為に過ごすだけになるよ? 目的はISの持つ可能性の探求だ。お分かりかな?」

 

 最後に束の言い放った台詞に生徒一同はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 緊張感の漂う空気の中で、千冬は何時もと変わらぬ様子で小さく溜息を吐き、そして小さく笑みを浮かべていた。

 束という天災の与える環境の中で、生徒らはどのように立ち振舞うか? それを自分で、あるいは仲間で考えさせる事がこの授業の本質である。そしてそれは間違いなく生徒らに強い自立を促すと千冬は思った。

 

「ISの持つ可能性、ですか――」

 

 千冬の隣では山田真耶が他の一年生の生徒らと同じく緊張した面持ちで束の授業に参加していた。

 お前は教師の側だろう――と、千冬は内心で真耶の様子に溜息を吐いたが、ある意味でそれも仕方が無い事かと思う事にした。

 山田真耶の実力は国家代表に届きうるほどだったと界隈では有名な話である。が、いかんせん本人の性格が戦闘競技向きでは無く、故に彼女は候補生止まりであったと度々自嘲する。

 しかしISを心から愛しており、また同時に失礼な物言いかもだが、束と同様にISの闘争以外での利用方法を真剣に考えている人物でもあった。つまりある意味で彼女こそが、この場では一番束の授業に期待している人物の一人なのかもしれない――と、千冬は密かに思った。

 

「――ったく、言わんこっちゃない。やっぱり無理だよ。お前には」

 

 千冬は束にお前に教師等無理だと再三告げたが、まさにその通りになったと笑みを浮かべた。

 見てのとおり、教えることが教師というならば束は完全に失格である。それにそもそもからして教師をやるような人格者ではないのだ。

 そしてその点は千冬にも言える事であり、千冬は少なくともそれを自覚しているからこそ一夏が入学するまでは学園で“技術指導教官”という役職についていたのだ。

 しかしある意味それほど悪い事では無いのかも――と、千冬は束を見てほんの少しだけ感じた。彼女がこの場に来て、どこか同胞を求めている様に思えたからだ。

 ――しかし本人にその点を指摘するとへそを曲げかねないので、千冬はそんな想いを胸の内に秘める。

 

「みせてくれよ。お前達の可能性を――」

 

 千冬は腕を組んだまま壁に背を押し付け、緊張の面持ちの生徒らを見守るように、束の進める授業を観察した。




束と書いてカンフル剤と読む。

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