IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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33 ファッキン・ジャップ

 織斑一夏は初めての海外旅行に興奮の色を隠し切れなかった。

 修学旅行での移動は新幹線を使った。なので今回、飛行機に乗るのも初めてだったからだ。

 加えて一夏がはじめて乗った飛行機の客席はファーストクラス。

 洗練された客室常務員(キャビンアテンダント)の丁重な扱いや、豪華な椅子、そして振る舞われる料理に、一夏は眼を輝かせた。

 

「すげぇ……」

「一夏、あんまりはしゃぐな。恥ずかしい……」

「いや、だって千冬姉! 映画見れて、音楽聴けて、ゲーム出来て……って痛って!?」

「…………落ち着け」

「……はい」

 

 千冬は一夏の興奮した様子に人目を気にしてか、恥ずかしそうにその頭を引っ叩いた。

 そんな織斑姉弟の様子に周囲の日本人クルーはクスクスと笑った。

 

「お気に召していただけたようでなによりです。なんでしたら今度はケーキでもお持ちしましょうか?」

 

 そこへ柔和な笑みを携えた若いキャビンアテンダントが、流暢な日本語で話しかけた。

 

「え? ケーキまで出るんっすか?」

「えぇ、もちろんです。こちらのメニューにあるモノは全て、ご利用いただけますわ。織斑千冬様にもワインでもいかが?」

「いや、結構。流石に泥酔状態でドイツに降りては、日本の面汚しと言われてしまうからな」

 

 千冬は片手を軽く振って拒否した。

 

「さようでございますか? では、そちらの……弟さんには?」

「飛行機のケーキとか初めてなんで食べてはみたいですけど……本当に無料なんですか?」

「えぇ。ご利用いただけるモノは全て、搭乗料金に含まれておりますから」

 

 貧乏生活が長かった影響か、後で変に金を請求されないかと一夏は密かに不安だった。

 しかしキャビンアテンダントの言葉を聞いて、少し安堵した表情を浮かべる。

 そんな一夏の様子に千冬は苦笑混じりに言った。

 

「貴重な経験なんだ。好きに頼んでみるといい」

「いいのか、千冬姉?」

「あぁ」

「ん~、なんか秋斗(・・)に悪い気がするけど――――」

 

 一夏は少し悩む。

 と、その瞬間キャビンアテンダントの瞳が、スッと細くなる。

 

「いかがなされました?」

「いや、ちょっと弟が直前で具合悪くして留守番してるんですよ。ホントなら一緒にドイツ行く予定だったんですけどね。だから、俺ばっかり良い思いするのも悪いなぁって」

 

 一夏は思わず、日本に独り残った秋斗に対する申し訳なさを口にした。

 千冬を説得してドイツに来る筈が、出発の前日に具合を悪くして結局日本に残る事になったのだ。

 

「そういうことですか。でしたら帰りの便で搭乗員にお申し付けくださいませ。弟さんの分もお持ち帰りできるよう手配させていただきますわ」

「本当ですか? ならお願いします」

「かしこまりました」

 

 一夏は表情を明るくし、ケーキを注文した。

 そんな一夏の様子に千冬もフッと笑みを浮かべる。

 そしてキャビンアテンダントは優雅に一礼して、その場を去った。

 

 

 

 

 ISの活躍の場は“戦い”の中にある。

 しかしあくまでもそれは競技用――即ち、夢を与える側にある。

 本来の“宇宙開発”からはその運用は外れているが、現代は秋斗のイメージする原作世界のように過剰にISが持ち上げられて過度な女尊男卑に至り、男から立場の全てを奪う存在ではなかった。

 確かに軍にはISの運用を目的にした特殊部隊が存在する。

 しかしその規模は中隊よりも小さいのが殆ど。

 未だに戦闘機や空母、イージス艦と言った兵器と、ソレを運用する男の職場は根強く存在する。

 故に、世間のISに対する印象は男女共に良好だった。

 またそうで無ければ各国のピットに男性スタッフの姿はないだろうし、スタジアムの観客も仲良く男女入り混じってはいないだろう。

 ――――そしてそれは社会の裏側に潜む者達も同じである。

 ISが登場したからとて、彼ら男の仕事が無くなるわけではなかった。

 『モノクローム・アバター』

 表向きはある国に本拠地を置くPMCであり、秘密結社“亡国機業”の実質的な実働部隊である。

 無論、その兵士の多くは男性で構成されている。

 唯一、その部隊を率いるリーダーと、側近が女性であるくらいだろう。

 その女性リーダー“スコール・ミューゼル”は、移動中の車内で状況を確認した。

 

「――――今、情報が入ったわ。どうやら“アーキトクテ”は、体調不良で単身寝込んでいるみたい」

「って、事はつまりだ。奴を守ってるのはこの国の腑抜けたポリ公だけってことか?」

「そう言うことね」

「はぁ」

 

 スコールの傍らに座るオータムは、小さく溜息を吐いて肩を竦める。

 それは仕事に先立ち、事前にあれこれと準備したのがアホらしいと言う様子だ。

 

「コレなら準備(・・)の方が忙しかったんじゃねェか?」

 

 モンドグロッソ開催期間という事もあり、世界の目はドイツに向かう。

 しかし日本という島国はそのパスポートの価値(・・)が示すように、数ある先進国の中でも最も後ろ暗い世界の住人が動き辛い土地であった。

 特に海外を根城にして“武装”の扱いが当たり前と思考する存在には、だ。

 そして“オータム”もその一人であった。

 

「……バカンスなら兎も角、仕事に来るには最低(・・)の国だぜ」

 

 オータムはスコールに向けて溜息を吐いた。

 

 先行して日本に忍ばせた諜報員と、成田、旅客機内、そしてフランクフルト国際空港に配置した部下の報告から、スコールとオータムは『“織斑秋斗”が日本に単身で残っているのが確実』という報告を受けた。

 そしてモノクローム・アバターの面々は、それぞれ独自のルートで日本に集結する様に動いた。

 部隊は来日直後に、組織の息がかかる日本のとある高層ホテルの一室に作戦本部を置いた。

 そして来日から間もなく、織斑家が存在する住宅地周辺と、その付近を巡回する公安の動きの観察に動く。

 またスコールとオータムも、現場の下見に動いた。

 二人は通りすがりのOLや保険勧誘員。または新興宗教関係者を装い、一日掛けて織斑家周辺の地図と特徴を頭に叩き込む。

 そんな中で幾度か織斑家を確認した二人は、微かに感じる違和感に首をかしげた。

 ――――体調不良の子供が独りだと聞いたが、本当に居るのか? で、ある。

 織斑家は雨戸とカーテンが常に閉め切られ、郵便受けには新聞とチラシが受け取られずに溜まっている。

 交代で見張りを続けるが、ターゲットの織斑秋斗自身も一切、その家からまるで出る気配がない。

 

「――――どうするよ?」

「そうねぇ……」

 

 スコールは諜報活動用に準備した車の助手席に座り、少し考え込む。

 事前の予定では少なからず、外から家の中の様子が伺えると思っていた。

 その上で最低限、ターゲットの顔と所在の有無を確認(・・)してから、その確保に乗り出すつもりだった。 

 が、しかし丸一日の調査を経ても織斑秋斗は一切、その姿を外に見せない。

 情報の通り“謹慎中”の身の上とはいえ、多少は外の空気を吸いに出るくらいはあるだろう。少なくとも、郵便を受け取るぐらいの事はしていると思っていた。

 

「外に出た形跡は無い。というのは、確かなのよね?」

「そう聞いてるぜ? 男共が“無能”で無けりゃあな。で、どうするよ? 試しにアタック(突撃)しかけてみるかい?」

「そうねぇ……。だけどその前に、一度お願いできる?」

「あいよ」

 

 主語を省いても通じ合う恋人(スコール)の言葉を受けて、オータムは車内のルームミラーを頼りに少し髪型を弄ると、保険販売担当員“巻紙礼子”の名札を胸につけて車を降りた。

 そして足早に、織斑家の玄関門を潜った。

 

「っと……」

 

 オータムが玄関の下まで行くとそこでセンサーが働き、織斑家の軒下のライトが点った。

 オータムはそのライトの照明時間を計るように呼吸を置いてから、徐に呼び鈴を押した。

 そして耳を澄ませた。

 呼び鈴の音に微かにだが、何者かが反応するような物音が聞えた。

 

「――――居留守、ね」

 

 二度ほど呼び鈴を押してもまるで返ってこない反応とその様子に、オータムは踵を返してスコールの待つ車に戻った。

 

「どうだった?」

「確実に居る。まぁ、()だけどな。情報通り寝込んでるんだろうぜ?」

「そう。じゃあ今夜、仕掛けましょうか」

 

 タイムリミットはモンドグロッソ終了時まで。

 それが過ぎると“織斑”周辺の警戒が再び高まってしまう。

 手間取った時間を取り戻す為に、遂に亡国機業の実働部隊――モノクローム・アバターによる織斑秋斗捕獲作戦が開始された。

 

 

 

 

 ドイツ――ベルリン・オリンピアシュタディオン。

 第2回モンドグロッソの開会式は、そんな歴史と伝統あるスタジアムで開催された。

 今大会では第1回大会よりも更に5つの国が参加する。

 加えて各国が更なる発展系のISを揃って繰り出すという前情報もあり、その興奮は第1回大会を大きく凌いでいた。

 無論。この日の為に日本も“切り札”を大会に送り出した。

 純国産の新型IS――第2世代型『打鉄(ウチガネ)』である。

 また、今回の大会では『高機動戦闘部門』という新しい出場枠が設定された。

 それはアメリカで誕生し、人気を博したISを使った高速レース――『キャノンボールファスト』である。

 その部門において、イタリアとフランスがそれぞれ性能を特化させた新型ISを披露した。

 第1回モンドグロッソから、各国はそれぞれ独自にISの発展先を見定め、その国独自の特徴とも言える得手不得手を、より強く明確にしていった。

 格闘特化、射撃特化、機動特化。

 そんな独特なISが数多く誕生した第2世代機。それらが初めて世間にその姿を現した事もあり、大会は第1回目を大きく凌ぐほどの熱狂の渦に包まれた。

 そして花形である無差別級――機体制限一切なしの『総合戦闘部門』の選手入場が始まると、その興奮は一気に最高潮と化す。

 第1世代型IS『秋桜-改』。――通称、織斑千冬専用機『暮桜(くれざくら)』。

 そんな前大会覇者――織斑千冬の専用機として改良されたIS“暮桜”が登場したからだ。

 

 ――――そしてそんなモンドグロッソの大会の模様は、時差の影響で日本の夕方6時から中継される。

 世間の多くがその中継を見るように、織斑秋斗は独り静かに(・・・・・)その大会の模様をタブレットを使って見ていた。

 雨戸を閉じ、カーテンを閉め、部屋の明かりの一切を消した薄暗い部屋の中。

 そこには、タブレットの明かりと、ノートPC(トチロー1号)の明かりのみが灯る。

 そんな暗い家の中に篭る秋斗の眼には、研磨された日本刀のような、精悍な鋭さだけが残っていた。

 腹を決めると肝が据わったのか、それとも吹っ切れたのか――――。

 血を吐くほどに悩み続けた日々が嘘のような冷静さがそこにはあった。

 

「……走り出したら、止まるな(・・・・)

 

 秋斗は自分に言い聞かせるように呟き、深く息を吐く。

 そして拳を固く握り締めた。

 暗く、静寂に満ちた家の中には、カチカチと一定のリズムを刻むレトロな音が響く。

 その中にたった一人。

 秋斗は檻の中に閉じ込められた獣のように、ジッと息を殺して時を待っていた。

 

 

 

 

「――――こちらα(アルファ)。コレより作戦に移る。オーヴァー」

『了解。ココはアメリカとは違うんだから丁重に。ターゲットは大切なゲスト。傷一つ負わせないように、迎えなさい。オーヴァー』

「了解、交信終了。さて―――はじめようか……」

 

 深夜11時。

 ホテルで待機中のスコールの号令によって、作戦は開始された。

 裏口1、表2、控え1に人員を割き、織斑秋斗の捕獲に乗り出す兵士は4人居た。

 そして用意した車は二台。一台はシルビア。もう一台は“4WD”である。

 スコールの合図に、捕獲に向う“チームα”は、装備を確認して目出し帽を被った。

 別働隊が織斑家周辺を巡回する公安に対して、浮浪者や酔っ払いを演じて止めている。

 準備は万全である。

 しかし()まではそうでもなかった。

 ――――病弱なガキ一人を捕まえるのに、大げさなこった。

 と、それが現場に赴いたαチームの偽らざる本音である。

 仕事を直ぐに片付けて、上役(スコール)にターゲットを受け渡して、スシでも食いたいと彼らは思っていた。

 

 事前の報告で、織斑家の玄関には赤外線センサーの外灯がある事を知っていたαチームは、落ち着いて玄関の開錠作業を始めた。

 道具で手早く錠を開き、そしてゆっくりと扉を押す(・・)――――。

 しかし扉はビクともせず、動かない事に兵士の一人が思わず首を傾げた。

 

「おい、ココは日本だ。扉は引く(・・)んだよ」

「あ、そうか。ワリィ……」

「しっかりしてくれよ」

 

 相方のドジに呆れた吐息を漏らしながら、もう一人が前に出る。

 そして扉を引くと、すんなりと織斑家への入り口は開かれた。

 ――――ロックチェーンも仕掛けてないのかよ。

 錠を開けば、すんなりと抵抗無く開いた扉に、正面入り口班の二人は日本人の防犯意識の低さを嘲笑う。

 そして玄関から突入する一人と、待機のもう一人に分かれて、ブリーフィングの通りに行動を開始した。

 

 ペンライトで照らしながら恫喝目的の拳銃を構えつつ、αチームの兵士が単独で足を踏み入れる。

 夜という時間帯もあるが織斑家の中には一切の明かりがついていなかった。

 それを男は少し不思議に思った。

 玄関を潜って直ぐ脇にある階段を見る。

 子供部屋というのは大抵が二階にあるという経験から、男は直ぐに階段を登って、折り返す様に二階の廊下に立った。

 扉が4つあった。

 一先ず、男は身近な扉に手を伸ばした。

 ――――その瞬間、男の足がワイヤー(・・・・)を引っ掛けた。

 

「あぐぁ?!」

 

 激痛が足に走った。

 男は悲鳴を上げて、派手な音を立てながら廊下にすっ転がった。

 その物音と悲鳴に玄関で待機する男の仲間は、『捕獲に手間取っているのだ』と思った。

 ――――そんな楽観が命運を分けた。

 

「足が……足が――――」

 

 負傷した男は本気で撃たれた(・・・・)と感じた。

 しかしそれはほんの少しだけ違う。

 突如男の右足を貫通するように深々と貫いたそれは、BBQ用の鉄串(・・・・・・・)である。

 それはこの家のある住人が、二階廊下に上がって直ぐの足元に仕掛けたワイヤートラップだった。

 踏むと起動するように仕掛けられた、自作ボウガン(・・・・)によるモノである。

 

「……ファッキンジャップ!」

 

 なんてモノを家に仕掛けてやがるんだと、男は痛みに呻きながら思わず口走った。

 と、そこに()が掛かった。

 

「“ファッキンジャップ”ぐらい解るよ、バカヤロウ」

「っ!?」

 

 その瞬間、男の顔に黒い布袋が被せられた。

 そして同時に電源コードのようなワイヤーで、男は首を締め上げられた。

 足の負傷、視界の封鎖、呼吸器への直接攻撃、背後から強襲に耐え切れず、男はそのまま何者(・・)かによって、引き摺られるように二階のある部屋(・・)に連れ込まれた。


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