IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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32 赤か、黒か……

 殆ど冷水に近い冷たいシャワーを頭から被る。

 秋斗は瞳は開けたまま、ジッと壁の一点を見つめ続けた。

 そして徐に、ガンッと額を壁に叩き付けた。

 “原作知識”。それから来る一種の未来予知に近い感覚は、もはや秋斗に架せられた“呪い”でしかなかった。

 未来で起こる“喜劇”、“悲劇”を先んじて想像できるからこそ、“それ”が常に頭に張り付いて(・・・・・・・)離れないからだ。

 身の危険を感じる“展開(未来)”を前にした時は、尚更。

 それは唐突にフラッシュバックする不愉快な記憶(イメージ)のように、秋斗の傍に常に纏わりついた。

 “前世の記憶”と“原作知識”に気づいてから10年弱――――。

 もはや原作の記憶は擦り切れたボロ布も同然である。

 が、しかしそんなボロボロの記憶が秋斗に警鐘を鳴らしている。

 

「ドイツでの第2回モンドグロッソで、一夏(主人公)がテロリストに誘拐されて、千冬に救出される。か……」

 

 言葉にすると余りに短く、それでいて状況を掘り下げて考えると、これ程“恐ろしい話”はそうはないだろう。

 なぜなら想像を働かせる余地が、あまりにも“多すぎる”からだ。

 秋斗は敵が世界大会のまさに当日に前回優勝者親族という警備上最重要に近い原作一夏を、会場の警備や警戒を掻い潜って五体満足に攫ってのける“手練”だと考えた。

 更に全世界のISという機密を扱う世界大会の会場警備を欺くならば、敵は事前に“相当入念”な下準備を進めているとも考えた。

 加えて会場警備を正面突破で突き破ったなら、同時にそれ相応の“戦力”と“組織力”を保持しているとも考えた――――。

 簡単に推測するだけでも敵の強大さが手に取るように判る。

 だからこそ、秋斗は憂鬱だった。

 

「………………どうする?」

 

 秋斗は独り、呟いた。

 楽観視すれば、件の事件は原作一夏がドジを踏んだとも考えられる。そしてドイツの警備が余りにもザル過ぎたとも。

 しかし命の危険がある状況でそんな楽観を持ち、座して待てるほど秋斗は悠長ではない。

 秋斗は誘拐犯やそのテロ組織の戦力、組織力を、高く見積もり過ぎる(・・・)くらいで丁度良いとさえ考えている。

 だからこそ――――不安と恐怖で吐き気が込み上げる。

 

「――――っ!」

 

 秋斗は思わずえずいた。

 吐き出される胃の内容物はほとんど無く、出てくるのは胃酸ばかりである。

 

「……“血”が混じってやがる」

 

 秋斗は喉が焼けるような感覚に思わず顔をしかめた。

 

 

 

 

 秋斗は風呂から上がると、直ぐに自室に戻った。

 階段を登る際に、ふと台所に置かれたカレンダーの日付が目に入った。――――織斑家のドイツ出発まで、残り一週間を切っていた。

 謹慎処分中の秋斗は千冬からドイツ旅行への同行を禁止と言い渡されたが、それを一夏が何とか撤回させようと連日のように千冬の説得に動いていた。故に秋斗が、日本に残るか、ドイツに行くかの可能性は、現在のところ5分5分と言った具合。

 それが余計に秋斗のストレスを加速させていた。

 

 秋斗は愛飲する缶コーヒーのプルタブを開き、自室のベッドに腰を下した。

 考えれば考える程、日本とドイツのどちらが安全かの優劣もつけられない。それは己というイレギュラー要素がどう動けば“マシ”になるのかまるで検討もつかないからだ。

 そうなってくると、どうしても“原作”という一つの基準(・・)に思考が傾いていく――――。

 原作の姉一人、弟一人の状況で起こった誘拐事件。千冬はその事件でモンドグロッソの連覇を失うが、一夏は五体満足で救出される事になった。その形が“最善”で有るのか、一つの“基準”で有るのかは不明だが、しかし命の危険を天秤に載せて考えると、限りなく状況を原作に近づけ、賭け(・・)に出るのをなるべくなら避けたいと思った。

 秋斗は、一夏に最低限(・・・)でも身の安全保障があった原作の形に、なるべく状況を近づけたいと思った。

 少なくともそれで一夏が“死ぬ事はない”という風に信じたかった。

 ――――しかしそうなってくると、今度は秋斗の身の安全が不安になる。

 一夏はまだ原作の状況に近づければ最低限の命の保障がある。が、対する秋斗はどうなるか?

 単身で日本に残るメリット、デメリット。

 家族についてドイツに行くメリット、デメリット。

 その2つに、秋斗の思考が揺れていた。

 原作とは違い、弟が二人存在する。その片割れが日本に単身で残っているなら、十分秋斗が“敵”に狙われる可能性もあった。

 しかしドイツに同行して秋斗がもし人質に取られた場合、一夏の性格からして芋蔓式に捕まる可能性もある。

 一夏は確実に、身内を見捨てて単身で逃げるような男じゃない。

 加えて敵の目的が千冬を引き摺り下ろしたいだけならば、わざわざ2人を同時に攫う必要も無い。

 故に最悪、どちらかを“捕獲”する為に、片方が見せしめ(・・・・)にされる可能性も十分に考えられた。

 

「……どっちだ」

 

 秋斗は膝の上に肘を立て、両手で組んだ指の上に額を乗せた。

 治安の差と土地柄を考えると、島国の日本よりも陸続きのドイツの方が敵の武装や戦力の持ち込みが容易だと思える。

 故に日本に居る方が敵は“動き難い”。

 しかしその代わりにドイツの会場に比べると、遥かに日本の警備状況は薄いだろう。

“赤”か、“黒”か。

“半”か、“丁”か。

死ぬか、生きるか(DEAD OR ALIVE)の2択――――。

 同行するにせよ、しないにせよ、どちらを選んでも一長一短という賭け。

 そして二つに一つを秋斗は確実に選ぶ(・・)事を強いられた。

 その気分はまさに、命を対価にした“賭け”のテーブルに座ると同じ。

 降りる事は決して許されない。

 生きる為には賭けに勝つしかない。

 そんな瀬戸際に秋斗は立っていた。

 

「…………っ」

 

 秋斗は縋るような思いで“懐中時計”を握り締めた。

 もしもこの状況をひっくり返してのけるワイルドカード(ジョーカー)が存在するならば、それは秋斗が師匠と呼ぶ“天災”――篠ノ之束くらいだろう。

 しかし縋るような思いでコンタクトを取ろうにも、束は3年ほど前から“音信不通”だった。

 最後に話したのは第一回目のモンドグロッソの前後。それ以来、秋斗の側から連絡を取ろうにも、束に通じた今までのあらゆる連絡回線は全て、閉じられていた。

 なにかを秘匿しているのか、それとも忙しいのかは分からない。

 兎も角、現時点で束の助力を得るのは不可能に近かった。 

 ――――しかし、秋斗は同時に思った。

 それは昔から束と良く話していた秋斗だからこそ、思う事だ。

 “勝手な都合で助けを一方的に求める”のは束が一番嫌う所。故に、この状況で連絡が通じようが通じまいが、都合よく束が何とかしてくれるのはただの楽観という思考だ。

 

「……決めるしか、ないか」

 

 色濃く沈着した深い隈に覆われた、正気を限界の所で保っている鋭い眼を見開き、秋斗はポケットから小銭を取り出した。

 実際の賭場の様に賭け終了のベルは鳴らない。

 ノるかソるかの二択に、これ以上の思考は不要だと遂に秋斗は腹を決める。

 運否天賦――――。

 秋斗は左拳に乗せた百円硬貨を親指で弾き、パシリっと、左手の甲に乗せた。

 

「表なら“ドイツ”、裏なら“日本”――――」

 

 秋斗は一度眼を閉じ、そしてゆっくりと、手の中のコインの結果を見た。

 

 

 

 

 海を一望できるとあるホテルの一室。

 そのテラスで日光浴を楽しむカップルが居た。

 

「――――で、だ。スコールよぉ。次の仕事は結局どっちなんだよ? 日本? ドイツ?」

「成田とフランクフルトの両面に配置した部隊の“報告結果”を見て、かしらねぇ」

「……かったりぃ仕事だぜまったく」

 

 カップルは何れも女性である。そしてそのどちらもが共通して豊かな肢体を持つ“美女”である。

 番いの片割れ――スコールと呼ばれたセレブ然とした金髪の美女は、顔につけたレイバンを外して幽雅に微笑む。

 

「そんなに気に入らないのオータム? 今回の仕事」

「あったりまえだろ。銃1丁持ち込むのも面倒くせぇ日本のガキ(・・)を攫って来いなんて面倒でアホらしい仕事、誰が好むか!」

「バカンスだと思えばいいじゃない?」

「お断りだね!」

 

 オータムと呼ばれた片割れは、そう柄の悪い口調を慎みもせずに、吐き捨てる様に言った。

 そんな恋人の様子にスコールは下唇を少し噛み、そして悪戯を思いついた笑みで囁くように言った。

 

「それじゃあ、やっぱり別行動(・・・)の方がいいかしら? 私が日本で、オータムはドイツ――――」

 

 そこまで言うと遮るようにオータムは言った。

 

「……誰も、仕事しないなんて言ってねぇだろ?」

 

 ふてくされた様な恋人(オータム)の台詞に、スコールは笑みを浮かべた。

 

「貴方のそういうところ本当に可愛いわ。好きよ。オータム」

「うっせ」

 

 スコールの言葉にオータムは照れくさそうに顔を赤らめる。

 そして話題を変える様に尋ねた。

 

「で、だ。その上の連中が欲しがってる“織斑秋斗”ってガキは一体どんな奴なんだ?」

「つい先日、通っていたジュニアハイスクールで傷害事件を起したそうよ。その結果、一ヶ月の自宅謹慎中の少年」

「へぇ、クソ真面目がとりえの御坊ちゃんかと思えば中々。(オータム)って名前に付いてるだけあるな?」

「そうね。だけどオータムが気に入るような子かどうかは判らないわよ? だって彼、模型部に属してるオタクらしいから?」

「模型部? なんだそりゃ?」

 

 スコールの言葉にオータムは顔をしかめた。

 

上の連中(スポンサー)は、一体なんでそんな奴を欲しがる?」

「……プロフェッサー篠ノ之。彼女を辿る、手掛かりとなる可能性があるからよ」

「なに?」

「IS学園がまだIS研究用のただの人工島だった頃。まだプロフェッサー(篠ノ之束)がそこの研究室に居た際に、幾度が親しげに口にしたある人間が居たのよ。情報によると“アックン”という人物」

「アックン? おい、まさか“秋斗”だから“あっくん”って言うんじゃねぇだろうな? なんだそのふざけた連想ゲームは? 馬鹿じゃねェのか上の連中は?」

 

 オータムは思わず吐き捨てた。 

 そんなオータムにスコールは苦笑を浮かべる。

 確かにスコールもこの任務と目的を説明された際に同じ感想を抱いた。

 しかし、本題はそこから先にあるのだ。

 

「まぁ、オータムの言う通り荒唐無稽な話よ。だから上の連中も当初はその“アックン”と“織斑秋斗”を結びつけはしなかった。当時の彼はまだ小学生だったしね。それに織斑千冬もまだブリュンヒルデですらなかったし。……だけどコレを見て?」

「ぁん?」

 

 スコールはタブレットを取り出し、一枚の画像をオータムに見せた。

 タブレットに写ったのはとある玩具会社が発売したIS“白騎士”のガレージキットである。

 それはIS模型という分野では“原点”と言われる傑作と呼ばれるキットであった。

 

「この白騎士の人形がどうした?」

「この人形が発売されたのは今から3年くらい前。発売当時は精巧な白騎士の模型として随分と話題になったらしいわ。そしてこの人形なんだけど、実はこれ、とあるアマチュアが動画サイト投稿した作業動画が発端になって販売されたらしいのよ。そして動画の投稿者にしてコレの原型師となった当時のアマチュアの名前が、HN(ハンドルネーム)“アーキトクテ”」

「アーキトクテ? あーきと……秋斗?」

 

 スコールはクスリと笑う。

 

「まぁ、ハンドルネームだから“偶然”とも考えられるわ。だけどそれから程なくして組織が運営する検索サイトの“知恵袋”に面白い投稿があったのよ。コレを見てちょうだい」

「はっ! なんだこりゃ!」

 

 オータムは投稿記事を読んで思わず笑う。

 それは双子の兄が実姉に恋をし、その奇怪さに悩む双子弟によって書かれた投稿であった。

 

「コレの記事の投稿者も“アーキトクテ”。丁度時期的に織斑千冬とその弟達の年齢と家庭状況にも見事合致する。そしてこの投稿にある“レオタードスーツの姉”が、もしも“織斑千冬のISスーツ姿”だと思えば、面白いとは思わない?」

「あぁ、面白ぇな。だけどまだ連想ゲームの域は出てねェぜ? で、次は何を見せてくれるんだ、スコール?」

「ふふ、慌てないの。コレ(・・)よ」

 

 スコールは最後に一枚の書類の画像データを見せた。

 それは一枚の“契約書”であった。

 日付は4年前。そこは、ある企業の代表者のサインと印。“織斑秋斗”と織斑の印。その代理保護者である“篠ノ之柳韻”と篠ノ之の印が押されていた。

 それは昔、秋斗が白騎士のガレージキットを企業を介して販売する際に作られた“販売契約書”であった。

 

「――――こんなもん、どっから?」

「ISの模型を売ってる玩具会社の内、唯一プロフェッサーの“監修”を受けられた企業があったのよ。そこでなにか良い情報でも無いかと忍ばせた諜報員がつい最近見つけてきたのよ」

「……へぇ」

 

 織斑千冬と篠ノ之束の関係。

 “アーキトクテ”の名から連想される秋斗の名前と、知恵袋に書かれた家族構成。

 そしてアマチュアにしては余りに精度が高く作られた“白騎士”の模型――――。

 今迄は怪しくとも、余りにも“若輩”という理由で、秋斗を“架空に作られたアバター”だと眉唾に考える意見も多かった。

 が、しかし発見された一枚の企業契約書がそれをひっくり返した。

 “天災”は身内以外を愛称で呼ぶ事はない。

 もしも織斑秋斗が懸念した“荒唐無稽さ”を体現する存在ならば、“天災”が愛称で呼ぶのも頷ける。

 嘘か真か……。

 それを一度確かめる価値(・・)があると、遂に彼女ら――亡国機業は思ったのだ。


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