IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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31 イレギュラーの悩み

 救急車のサイレンが鳴り響く――――。

 傷を受けた生徒らはそのまま病院に行き、秋斗は取り押さえられて学校の会議室に隔離された。

 担任と学年主任を含めた多くの複数の教員が揃う中で、秋斗は事情の聞き取り。―――そして間もなく説教(正論)を受けた。

 どんな事情があれ、あまりに短絡的。

 暴力に訴えず、先ずは家族や友人、そして学校に相談するべきだ。

 それは余りにも当たり前で、欠伸が出るような台詞だった。

 だからこそ“聞く価値が無い”と、秋斗はそんな教師らの言葉を右から左へと聞き流した。

 秋斗は所属する中学の2学年ではトップを誇る成績優秀な生徒。そして現在は日本で最も有名な織斑千冬の弟。加えてその兄には成績優秀にして品行方正、また所属する剣道部では期待の星の一夏が存在する。故に学校側としてもこの問題をなるべく内々に処理したいという思惑が手に取るように分かったからだ。

 ――――もっともその思惑がある(・・)と期待したからこそ、秋斗は今回の行動に至っている。

 

「――――聞いているのか、織斑秋斗! 君がやった事はどんな理由でアレ」

「ご高説は結構。だがその前にアンタ(担任)さ。俺が連中から散々嫌がらせを受けてた事、知ってただろ? それで良くそんな偉そうな事をほざけるのな? ……恥ずかしくねェの?」

「っ!?」

 

 長々とした説教の中で秋斗は手持ちのカードを一枚切る。

 

「模型部の連中も、別のクラスのダチも全員、今日までの事を知ってるぜ? 間違いなくクラスの連中も。その上でさ。……担任(・・)のアンタが何も知りませんでした、なんてまずありえねェだろ? で、俺に説教垂れる前に、なんか俺に言う事あるんじゃねェの?」

 

 秋斗の言葉に担任の男性教諭は蒼白な顔で唇を開いた。

 

「……それについてはすまなかったと思っている。確かに“懸念”はあった。それに対応する機会もずっとうかがっていた。しかし織斑の様子に、まだそこまで深刻ではないという楽観もあったのも事実だ。もっと早くに気づけていたら――――」

「いや早くに気づいてたろ? 机を外に放り出される以前に、毎日スリッパ履いてただろうが? あんな面倒なこと好きでやってると本気で思ったのか?」

「それは――――」

「まぁ、今となっちゃ。どうでもいいけどさ。……と、言うわけで“謹慎”か“停学”か“退学”か。そのどれでも良いけど、そろそろ帰っていいッスか?」

「何を勝手な事を言ってるんだ!? まだ話は終っていないぞ!」

「いや、終わりだよ」

「っ!?」

 

 秋斗のまるで反省が見えない態度に、学年主任は声を荒げる。

 しかし秋斗はそんな学年主任をはじめ、その場に居る教師全員に対して、千冬譲りの鋭い眼光と束に良く似た冷たい色の視線を向けて言った。

 

「悪いが、俺は例え死んでもこの件で謝罪する気はねェ。そう、あのクソ共の親にも伝えとけ。裁判する気ならそれも上等。こっちも株の貯金を全額吐き出す覚悟で、出るところはしっかり出てやる。意地でも最高裁まで持ちこんでやるから覚悟しとけってな。……まぁその時は芋蔓式に配りまくったディベートの記録がゴロゴロ出てくるだろうけど」

「織斑!」

 

 秋斗は席を立った。

 そして静止を呼びかけ引き止める教員達の顎先に、寸止めで拳を打ち込んだ。

 教員達の目に明確な怯えが走るのを見て、秋斗はフッと苦笑をもらし、さっさとその場から離脱した。

 

 校内での流血沙汰。

 警察を呼ばれる可能性もあったが、秋斗はその可能性を限りなく低いと見積もっていた。

 仮に傷害で逮捕される事になっても、秋斗には今年で14歳と言う年齢がある。

 そしてなにより今日(こんにち)の“織斑”という名前の価値がソレを防ぐと思っていた。

 加えて逮捕されて実刑(・・)が付いたとしても、それはそれで秋斗にとっては旨味が有るのだ。

 命の危険があるこの直ぐ後の“第二回モンドグロッソ”に、秋斗のみが“同行出来ない”という正統な理由が出来るのだ。

 故に秋斗は、この事件の幕引きに“拳”を使って、保身の為に嫌がらせの加害者を利用する事を選んだ。

 地元市会議員の素行の悪い子供と、世界的に有名なIS搭乗者の弟にして学年で最優秀の成績保持者。

 その間に起こった対立と流血沙汰の原因が『いじめ』にあるなら、世論がどちらに傾くかは問うまでも無い。

 それは世の中が例え“女尊男卑”にあってもだ。

 故に、学校側は間違いなく“もみ消し”に動くと秋斗は推測した。

 

 

 世間に公表するとなると、確実に事件の全貌を明らかにする必要がある。

 そうすると学校側の杜撰な対応を含め、全て(・・)が明るみになる。

 加えて主犯連中の親は地元の市議会議員。故に間違いなく今後のイメージダウンにも繋がる。

 そしてこれは秋斗も多少“悪い”と反省している事だが、双子の一夏が剣道部のエースで学校期待の星であり、学校としても学校全体の不祥事で中体連の出場自体が危ぶまれるのも避けたい筈――――。

 同時に日本が有する最強のIS操縦者――織斑千冬を預かる政府やIS委員会にしても、間違いなく千冬の作った輝かしい英雄像に汚点(秋斗)を付けるのを嫌がる筈――――。

 全ては推測に過ぎないが、しかしそれでもこの事件が、『苛めの加害者家族』、『学校』、『政府』の三方向から、同時にもみ消し工作が入ると秋斗は考えた。

 

「――――良くて謹慎。悪くて少年院か。退学は義務教育だからあるかは知らんが、にしても……まぁ、“死ぬ”よりはマシか」

 

 通いなれた通学路には秋斗以外の学生の姿が無い。

 平日の、しかも時刻が11時を回った頃。

 それは例え遅刻者でも、この時間ならサボった方が良いくらいの時間である。

 そんな昼前の晴天の下を堂々歩く秋斗であったが、その心はそんな晴天の空とはまるで反対の、陰鬱とした“曇り”であった。

 ――――今年の“第二回のモンドグロッソ”で命の危険があると誰に言えるだろうか?

 ――――そしてソレを避ける意味でも今回の事件を起したと、誰が信じるだろうか?

 遅々として心に圧し掛かる未来への不安に、秋斗は大きな溜息を吐く。

 第二回“モンドグロッソ”の誘拐事件で、一夏の方は原作通りに無傷で助かる可能性がある。

 しかし秋斗には、原作には存在しない“イレギュラー”という理由によって、その“保障”が無い。

 そしてなにより、今までと違って件の事件で確実に助かると言える算段が、まるで思いつかなかった。唯一、確実に安全だと思いついたとすれば、それは先の傷害事件でも少し期待した“刑務所”に入る事である。

 思えばジークンドーを学んだのも、心のどこかにそんな自分の未来に起こる“最悪”を避けたかったからだろう。

 そんな胸中の不安を誰にも明かさず、誰にも明かせず、秋斗は傍から見れば世間の“クズ”と化した。

 そんな自分の有り様と現実に、秋斗は世界を呪いたくなった。

 

「――――死にたくねェな。どうでもいいから、何とかなりやがれよ」

 

 秋斗はもう一度憂鬱な吐息を吐き出した。

 家には誰も居ない。

 秋斗は真っ直ぐに自室に篭り、制服を脱ぎ捨ててベッドに身を投げた。

 心の中をかき乱す不快な感情と誰にも何も話す事の出来ないストレスと、話しても理解されないと判る上で発生する苛立ち。そして己の脆弱さからくる自己嫌悪が合わさり、唐突に強い喪失感と孤独が秋斗を襲った。

 不安の中。レトロな音を刻む『懐中時計』を握り締めた秋斗は、そのカチカチとしたリズムを聞いて何もせずに布団に突っ伏した。

 20分ほど経った頃、秋斗のスマホが震えた。相手は一夏だった。

 鬱陶しいと感じた秋斗は、そのまま通話を切り、そして部屋に鍵を掛けると同時にスマホの電源を切った。

 

 

 

 

 翌日に保護者として千冬が学校に呼び出された。

 秋斗が傷つけた生徒ら親族との、話し合いの席が設けられたのだ。

 第二回のモンドグロッソへの出場を控えた千冬にとって、その身内の“スキャンダル”と言うのは非常に大きな問題だった。また件の事件が明るみになると、嫌がらせを仕掛けた相手側の親も、自分達の社会的な立場からそれを公にはしたくなかった。

 加えて秋斗が傷害を起した原因が、完全に相手側(・・・)にあるという証言も多くの生徒から上がった為、事件はまさに秋斗が予想した通りに、学校内でもみ消される事になった。

 しかしネット上には一部の生徒が上げたツイートや、ブログ『オリムラ日記』への秋斗に対する批判的な書き込みが相次ぎ、事件の事は密かな形で少しずつだが“織斑秋斗”の名前と共に世間に浸透していった。

 

 事件から二日。

 秋斗と相手側の双方には、それぞれ一ヶ月という長い自宅謹慎の処分が下った。

 そんな処分を受けるまでの間。秋斗は殆ど部屋に篭っていた。

 

「……秋斗、いいか?」

 

 学校に呼び出され、事件に関する雑事の一切を終らせた後、千冬は秋斗の部屋を訪れた。

 事件の顛末を知った千冬は、秋斗の起した傷害事件に対して複雑な表情を浮かべていた。

 より深く、掘り下げて考えれば、千冬は自分の高まった名声にも原因があると思ってしまったからだ。

 秋斗は千冬を部屋に招きいれた。

 秋斗はベッドに腰を下し、千冬はPCデスクの椅子に座った。

 2人が事件後にまともに顔を合わせるのは初めての事である。

 故に、両者の間にはしばしの沈黙が続いた――――。

 

「なぜ、短慮に拳を使った?」

 

 千冬は口を開いた。

 

「その方が早いだろ?」

 

 秋斗は短く返した。

 

「……お前なら。お前ならもっと上手い解決法を思いついただろう? 違うか?」

「…………俺はそこまで天才じゃねェよ。期待しすぎだ。……それと言うの忘れてたけどよ」

「……なんだ?」

「…………悪かった」

「………………」

 

 千冬はそこで一度眼を閉じた。

 秋斗は昔から千冬の理解の外を歩く少年だったが、今日まで決して“馬鹿ではない”事を確信していた。

 だからこそ千冬は秋斗の言った理由(・・)と同じく、拳を固めた。

 

「――――っ!?」

 

 徐に立ち上がった千冬は、秋斗の頬を一発殴った。

 秋斗は壁に背中を打ちつけた。 

 

「お前の場合、長々とした説教よりもこっちの方が効くだろう? 後で、一夏にも謝っておけ。それと今度のモンドグロッソにお前(秋斗)は来るな。大人しく家で反省しろ」

「…………っ、あぁ。そうする」

「………………後、いい加減何か食べろ。この所まともに食事(・・)してないんだろう? これ以上世話を焼かすな。愚弟」

「あぁ、了解だ」

「………………」

 

 秋斗は頬を擦りながら短く応えた。

 千冬はそこで踵を返し、そして秋斗の部屋を出る際にもう一度秋斗の様子を不安そうにチラリと見た。 

 

 

 

 

「――――秋斗」

「よぅ、なんか飯くれ。腹減った」

「あ、あぁ」

 

 千冬が部屋を去って、もう一度仕事に出てからしばらく経った頃。

 秋斗は二日ぶりに部屋を出て、一夏の帰宅をリビングで待っていた。

 流石に秋斗の事件の影響を受けたのか、ここ数日は何時もに比べると一夏の帰宅は早かった。

 一夏は二日ぶりに見た秋斗の頬に痣がある事を見て驚き、動揺を抱いたまま、とりあえず慣れた様子でエプロンを身につけ冷蔵庫を開けた。

 

「……なぁ、その顔って――――」

「あぁ、姉貴にぶん殴られた。中々、気合が入ったぜ」

「……そっか」

 

 一夏は秋斗の食事を手早く用意した。

 残り物の有り合わせで作ったチャーハンである。

 一夏は出来上がったチャーハンを、リビングの机の前に座る秋斗に渡した。

 

「ほら。残りモンだけど」

「ありがと」

 

 秋斗は軽く手を合わせてから食事を開始した。

 一夏は手持ち無沙汰にエプロンを外して脇に置き、秋斗の対面に座った。

 

「……悪かったな。色々騒ぎになってるだろ?」

 

 秋斗はチャーハンを咀嚼しながら言った。

 一夏はその言葉に肩を竦めて溜息を返す。

 

「いいさ、別に。事情は鈴と数馬達から聞いた。お前、苛められてたんだろ? なんで相談しなかったんだよ?」

「……それについての”悪い”だ」

「ったく……」

 

 一夏も千冬と同じで秋斗と何をどう話せばいいのか悩んでいた。

 秋斗が傷害事件を起こしたと聞いた時は信じられなかったし、事情を鈴達から聞いた時は、秋斗への苛めの事を一切知らずに居た事を酷く情け無く思った。例え一夏に情報が回るのを周りが阻止していたとしてもだ。

 そんな兄として情けない姿で、弟とどう話せばいいのか?

 と、一夏はこの二日間自宅に篭った秋斗に対してずっと悩んでいた。

 だからこそ、こうして食事の片手間の世間話のように話を切り出してくれた秋斗に、一夏は内心で安堵した。

 

「千冬姉も心配してたんだぜ? もちろん俺や鈴達も」

「だからそれについては悪かった。っつってんだろ? だから世界最強の拳(姉貴)に一発殴らせたんだ。これで反省した事じゃだめかね?」

「ダメだな。最低でも鈴と数馬達にもちゃんと謝ってからだ。後、止めようとした森先生とか水原にも。特に鈴と数馬なんか、秋斗が謹慎になって喜んでた連中に、キレて殴りかかりそうになったんだからな? 弾と俺で必死こいて止めたんだぞ? ホント、勘弁してくれよ……」

「わぉ。そいつは大変だな?」

「他人事みたいに言ってんじゃねーよ」

 

 日常の一幕と同じ、兄弟の軽口が続く。

 そんなやり取りもこの二日まるで一切なかったのだ。

 たった二日の事だが、一夏にはそれがとても長く失われていた様な気がした。

 そしてそれは秋斗も同じである。

 会話を楽しむように薄く笑った秋斗は、チャーハンを平らげて言った。 

 

「……ま、謹慎解けたらな」

「一ヶ月だっけか?」

 

 と、チラリとそこで一夏はカレンダーを見た。

 今月の最後25、26、27、28、29、30の部分に『ドイツ旅行』という印が打たれていた。

 秋斗もそんな一夏の視線に釣られてカレンダーを見た。一夏が何を見ているのか察した秋斗は薄く笑みを浮かべて言った。

 

「ま、自宅謹慎(・・・・)だからな。御土産よろしく」

「お前な……」

 

 一夏は深々と溜息を吐いた。

 第二回のモンドグロッソはドイツで開催される。

 前回大会の覇者である千冬の身内は、揃ってファーストクラスでドイツにいける手筈となっていた。

 そんな初めての家族旅行――しかも海外旅行を心底楽しみにしていた一夏は、ソレを台無しにしてくれた秋斗に舌打ちした。

 

「ったく。千冬姉は俺から説得してみるよ。だから精々反省してろ」

「いやいやいや余計な事しなくていいから。一夏と姉貴で楽しんでこい」

「はぁ? なんだそりゃ?」

 

 折角、自宅謹慎できる状況をあえて台無しにしようとする一夏の家族愛を、秋斗は全力で拒否した。

 

「いいのかよ、秋斗? お前、ドイツ行かなくて? そりゃ謹慎を破るのはどうかと思うけど、この状況で1人取り残されるなんて――――」

「だから罰として効くんだよ。いいから、放っておけって」

「……秋斗!」

 

 そこで一夏は声を荒げた。

 唐突に声を荒げた一夏に、秋斗は思わず眼を丸くした。

 

「放っておけとかそういう言い方は止めろよ。今回の事件もそうやって黙ってたから、こんな大事になったんだろ!」

「………………」

 

 秋斗は思わず押し黙った。それは余りにも的確な言葉だったからだ。

 

「せめて俺だけでもいいからさ。いい加減、頼る事を覚えろよ」

「……あぁ」

 

 一夏の真っ直ぐな言葉に、秋斗は素直に頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 秋斗の鋭さと深い隈を携える特徴的な眼には、日に日に光を映さない暗さが宿った。

 対照的に一夏の眼は喜色に光る。

 ――――日は流れ、“第二回モンドグロッソ”に世間が湧く。

 そして“織斑家最後の事件”が幕を開けた。


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