机の上に転がる無数のエナジー飲料の空き缶。
3枚ある21インチのディスプレイの明かりがその部屋の唯一の明かりである。
そんな部屋の主である織斑秋斗は、左手デバイスとゲームマウスを駆使して、ひたすら同業の
頭に装着したヘッドセットは常にギルドメンバーと繋がっている。
そして今日もひたすら実装された新マップを、目的を同じとする20人ほどの集団と一緒にグルグルと走り回る。
レアエネミーからドロップする最後のコラボ武器――
「出たか?」
『まだや』
『出ないでござる』
『出ないです……』
秋斗の疲れた声での問いに、数馬、青峰、そしてドイツの新メンバー“クラリス”が溜息交じりで返事をした。
アップデート直後の一同のテンションは既に風前の灯である。
特にそろそろこの連続マラソンで30時間が過ぎようとしている秋斗、青峰、数馬の声には覇気が無い。
アップデート直後は新メンバー“クラリス”がボイスチャットに初めて参加したこともあり、一同のテンションもそれなりに高かった。銀髪幼女アバターという99パーセントが“ネカマ”だと思うキャラクリのクラリスが、リアル女性だったからだ。
しかしもはやそんな事などどうでも良い。早くこの“苦行”から解放されたいと、一同は思っていた。
レア度8という微妙なレアリティであるが故に、マラソンの途中で一同の脳裏には幾度となくある考えが過ぎった。
ISコラボ規格の大型アップデートから、今日で3日。そして今日はアップデート直後の休日。そして時刻は朝の4時を迎えた――――。
それは金曜の夜からログインして、土曜日をフルに使い、そして日を跨いで訪れた日曜の朝の4時という表記である。
ネットに上がるISのコラボ武装のスクショはどれも解像度が低い上に、角度が固定されてしまっている。故に模型を作るためには、やはり現物を手に入れるしかなかった。
だが実装されたISのパーツは、武装を込みで全部で15個。その15個のアイテムの内、アップデート直後の
それでキャラクターに装備させる武装以外のパーツは全て揃った。
その時は“意外に早くコンプ出来る”と思っていた。
――――しかし思えば、この時既に予感はあったのだ。
肝心の武装だけが、まだ市場には流れていなかった。そして見つけても例外なく手の届かない法外な値段に設定されていた。
故に、ならばとドロップを求めて探し始めたのは必然だったと言える。
――――そしてそこから地獄の耐久レアドロップマラソンが始まったのだ。
クラリスを含めてギルドメンバーは計6名。一度にマップに出撃するのは4人として、残り2人は常にフリーマーケットを開いて資金集めと市場の調査。
そうした役割分担で新武装堀りは6人で交代で行い、休憩を挟みつつ人海戦術で行こうと画策した模型部+
なぜか?
それは想像以上に回線が不安定だったからだ。
アップデートが終ったのは金曜の夜。そこから土日に掛けて、速攻で実装された新マップで、レア堀マラソンを行なおうとする
それ故に自宅のネット回線に難がある山口、若原と、ドイツからネットを繋いでいるクラリスの新マップへの出撃が困難になり、その“しわ寄せ”が秋斗、数馬、青峰の3人に降りかかった。
最初の作戦が早々に破綻した事で、急遽一同は作戦を練り直した。
市場に流れたIS武器を買う為の資金集めに、山口、若原、クラリスが通常マップへと動き、そしてドロップ武器を求めて青峰、数馬、秋斗が新マップを担当する。そんな作戦である。
これを一同は皮肉を込めて
そんな出たとこ勝負という“気合”に他ならない正面からの耐久マラソンの末に、数馬が8時間程で、残る3つのIS装備の内の一つ、“秋桜”装備の大剣『
その最後の一つを求めて秋斗、青峰、数馬の3人は眠気をエナジードリンクで誤魔化しつつ、掘りを続けた。
――――そして今に至る。
途中で幾度か回線が安定し、その際に若原、山口、クラリスがそれぞれ可能なタイミングで応援に駆けつけるが、それでも出なかった。
秋斗、数馬、青峰の3人は途中で仮眠を挟むべきかと悩んだが、時間をフルにネトゲに使えるのは
若原と山口とクラリスは資金集め担当である為、幾度か抜ける事は出来た。
しかし秋斗達はレア泥マラソンの円滑な遂行の為に、トイレや食事の暇を惜しんで走り続けた。
そして30時間。
『……ねぇ、3人とも大丈夫?』
「………………ぁん? ごめん、聞いてなかった。なんか言ったか?」
『大丈夫やで……。なんか偏頭痛が痛いけど』
『……右に同じでござるよ』
クラリスは不安そうに3人に問うた。
リアルの生活と時差で連続してのログインは難しくとも、クラリスは精一杯、時間の許す限りを使って模型部と共に戦った。
初めは女性だから、外国人だからというちょっとした垣根もあったが、今や模型部全員がクラリスを6番目の部員だと認識している。
そしてクラリスも模型部のメンバーを掛け替えの無い“戦友”だと思っていた。
そこには男女の垣根を越えた友情があった。
だからこそ、クラリスは言った。
「……次で最後にしよう。これ以上は、皆死ぬです」
「……っ」
クラリスの言葉を受けて、3人の脳裏に諦めが過ぎった。
アップデートからまだ三日なのだ。
日を改めて時間を置けば、市場に適正価格できっと溢れかえる。それを買えば良い。そして幸いな事に第一世代のISはドイツ製を除き“ほぼ全身装甲”なので、機械的なパーツは殆どレジンで複製して組み合わせれば良い。
それに日本製のIS秋桜は、その形状が最も『白騎士』に似ている。故に市販の白騎士のキットを買って、フルスクラッチでは無く“改造”と言う処理を施すのもありだ。
そんな考えが一同の脳裏を過ぎった。
「…………確かにそうだな。一度に全部集めるよりも、集める作業と製作を同時進行した方が賢明か。だがよ……“2ヵ月”切ってんだよ、ワンフェスまで」
『っ!?』
秋斗の言葉にクラリスは悲痛な様子で言葉を飲み込んだ。
そして秋斗の台詞に続けるようにして、数馬と青峰は言った。
『せや。単純な確率で言っても、人数が揃って時間がある時にやらな“レア堀り”は成功する確率は薄いんや。明日頑張るんやない。今を今この瞬間を頑張るんや! 今を頑張ったモンだけが、明日をつかめるんや!』
『……クラリス殿の不安は分かるでござるよ。だけど意地があるんでござるよ。此処まで貫き通した意地が!』
続々と“続行”の意思を見せる男達――――。
その決意の固さにクラリスは悲痛な吐息を漏らすが、同時にハッと気づいた。
『皆……そうか。コレが――コレが“サムライスピリッツ”』
クラリスは秋斗達の意地を間近で感じ、そんな風に評す。
その言葉に男達は笑った。
「あぁ。そうだ。そして此処が……この戦場が――――」
『『「俺達の魂の場所だ(や)」』』
睡眠不足と極限の疲労の中、男達は慟哭した。
その言葉にクラリスは感銘を受けて息を呑む。
『――――わかった。なら、もう何もいわない。私も戦う! 人間として、
「上等、それでこそレイヴン。歓迎しよう盛大にな!」
『そうや。1人1人は小さな火でも、2人揃って炎になる。炎になったガンバスターは無敵なんやで?』
『天使とダンスでござる!』
全員が全員。もはや自分が何を口走っているのかまるで把握していないと言うカオスな状況の中――――
そしてそれから程なくして窓の外から明かりが射し込んだ。
――――連続耐久マラソンもついに32時間目に突入する。
しかしそれでも、『ストームイーグル』がドロップする事は無かった。
「クソ……ここまでか……」
途切れそうになる意識を限界で繋いでいたのは執念だった。しかしそれすらも引きちぎる様な強烈な眠気が秋斗を襲った。
『……もう、いっぱいでち』
『朝潮……拙者に勇気を――――』
『……そろそろタイムリミットです。ごめんなさい』
リアルの事情、そして極限の疲労と睡眠不足―――ー。
全員の心が折れかけた。
――――しかし、その時だった。
『こちら山口! 市場にて『ストームイーグル』発見! 繰り返す! ストームイーグル発見!』
『直ぐに全員の資金を集めて、エントランスに集合してくれ! この値段なら買えるぞ! 90万だ!』
『『『「――っ!?」』』』』
ボイスチャットに山口と若原の声が飛び込んだ。
2人は裏で、懸命にサーバー内の全てのチャンネルのフリーマーケットを巡回していたのだ。
回線の都合で新マップに突入できない分を、山口と若原はそれぞれの行動で埋め合わせていた。
その思いが奇跡を呼んだ。
『緊急離脱! 全員ギルドホームに撤退でござる!』
青峰の言葉に掘りを続けた一同は一斉にマップから離脱する。
そして今まで貯めたゴミに等しい武器や防具、素材を全て売りはらい資金を結集した。
――――そして遂に、秋斗は手にした。
「これで……これでようやく揃った!」
アメリカ製IS『スターエンジェル』。
その防具、武器をコンプした己のアバターを見て、秋斗は万感の思いで吐息を吐く。
それはこの場に集った模型部全員も同じであった。
『……本当に奇跡は起こるのですね。タカヤノリコの言葉は本物だった!』
「あぁ。俺達全員の勝利だ」
『長かったわぁ』
『部長も数馬も秋斗も御疲れさん』
『いやぁ、よかった。本当に良かったっすわ』
ギルドハウスにて御互いの健闘を労う一同。
その中心に立ち部長――青峰清十郎は言った。
『皆、本当に良く頑張ったでござる。秋斗殿も数馬殿もクラリス殿も……そして若原殿も山口殿も。此処に作戦の成功を宣言するでござる!』
全員が勝鬨を上げた。
それは長く険しいワンフェス出場への、ほんの小さな始まりの一歩。しかし彼らは、その一歩を踏み出す事が出来たのだ。
『皆。本当に良く戦った。本国の軍人にも、これ程のガッツを感じさせる男はそうは居ないと思う。それは私が保証する。貴方達こそ、本物のヒーローです!』
「ありがとよ。クラリスも遠いところから態々済まなかったな」
『そんな他人行儀な事、言わんといてぇな。クラリスさんやって、十分根性有る。それは俺ら全員が保障するわ。なぁ?』
『あぁ、もちろん』
『あたりまだな』
『拙者も同じである』
そんな模型部一同の言葉に、クラリスはボイスチャットの向こうで嬉しそうに笑った。
『クラリッサです。私だけハンドルで名乗るのも変だし、覚えといてください』
去り際にクラリスは本名を明かした。
ボイスチャットで模型部一同はハンドルネームを使わず呼び合っていたので、コレで全員が互いの名前を知った。
「クラリッサか。どっかで聞いたこと有る名前だけど何だったか忘れたな」
『秋斗君、それ多分装備の事やと思うで?』
「あぁ、なるほど」
思考能力が極限まで低下していた結果、秋斗は原作に登場したドイツ女性軍人――クラリッサ・ハルフォーフの事を思い出せなかった。
『では皆さん。そろそろ落ちますです。ワンフェス頑張ってください。その前に寝ましょう!』
「うぃ」
『了解。言われんでも流石にもう寝るわ……限界……』
『それでは諸君、おやすみでござる』
“ノシ”とチャットに書き残し、一同は競う様に解散する。
そして戦いを終えた秋斗は、一目散にベッドに身を投げた。
フリマで最後のレア武器を発見した直後の模型部一同。(ロビーにて)
カズマックス:『ヒャッハー! 遂に見つけたぜぇ! ストームイーグルぁ!』(ジャンプボタン連打)
部長:『輪形陣、用意! 囲むでござる!』(高速回転中)
クラリス:『ハリーハリーハリーハリーハリーデース!』(踊りだす)
アーキトクテ:『おい、新武器出せ! 新武器、持ってんだろ! 持ってんだろ? 早く出せ!』(販売リスト高速スクロール中)
マイトカンザシ『ひぃぃいぃぃっ!?』(ショップ主)
ドイツ人さんはきっと有給使ったんだよ……。