広大なフィールドを駆け巡るMMOの世界を、秋斗は中学で知り合った友人――御手洗数馬と共に走り回る。
数馬は妖精を基礎にした女性体でキャラを作り、大剣を得物にする。
秋斗は
受注したクエストを請け負った2人は、必要なモンスターの素材を集めて経験値と資金を得る。
――――そしてその足でNPCの構える武器屋に向かった。
「……なぁ、数馬」
『なんや?』
「…………これ、ほんっとうに“クソゲー”だな?」
『評価が早いわ!』
「いや、だってさ――――」
ボイスチャットで数馬と話しながら、秋斗は武器屋で愛銃のカスタムを行なった。
改造にはゲーム内の敵がドロップする通貨と、改造専用の素材が必要になる。
秋斗は当初は50万はあったはずのゲーム内
【――――ふむ、失敗じゃないかな? また来たまえw】
そして詫びを入れる様子も無く“ねっとり”とした煽り口調でまたの来店を持ちかけるNPCの言葉には、このゲームの多くの
秋斗ももちろん、その内の1人だった。
「…………
『それは全ての“アークス”が思っとる事やと思うで? で、秋斗君は結局どこまで武器、改造できたん?』
「一回だけ+7まで行ったけど、最終的に+4になった。コレを“改造”と言ってのけるドゥドゥ殺したい……」
『うわぁ。ご愁傷様……。そんなら次は“モニカ”に頼んだらどう?』
「無理。そもそも“可愛いから許される”とかいう考えが、この世で一番許せん。失敗した時“ドゥドゥ”より腹立つから却下。アイツこそ死ねば良いのに』
『――――秋斗君、そうとう苛立っとるな。……気持ちは分かるけど』
秋斗がこのオンラインゲーム――“幻想惑星”に誘われたのは入学して間もなくの頃だ。
それは中間テストが終ると同時の頃。
そのきっかけは秋斗が半ば数合わせとして所属する“模型部”の、その部長――“青峰清十郎”の放ったある一言にある。
「――――コラボするらしいでござる」
「は?」
「“コラボ”って何がっすか、部長?」
「オンラインゲーム“幻想惑星”の女性キャスト専用の装備に、日本製IS“秋桜”と、アメリカ製IS“スターエンジェル”と、ドイツ製ISの“デアメテオール”を模したアバターが出るらしいでござる。コレは由々しき事態でござるよ……。早速、模型部の総力を上げて、そのアバターのクオリティーを確認する必要があるでござる」
秋斗の通う中学の模型部。
その部の存続すらも危ぶまれる一種の同好会とも呼べる小さな部だ。
設立当初はそれなりの人数が在籍していたらしいが、今ではまともに活動するのは3年生の部長“青峰”ただ1人。
顧問も美術部と兼任されて居るような弱小文化部だ。
そこに今年、新入生として入部したのが、関西眼鏡こと“御手洗数馬”、微笑みデブこと“若原”、ガリガリノッポの“山口”、そして不健康な方の織斑こと“織斑秋斗”である。
青峰は油っぽい髪を後ろで縛り、そして油分のついた眼鏡を光らせながら言った。
「わからない、という顔をしてるでござるな? まぁいいでござる。一から説明するので良く聞いて欲しいでござるよ」
青峰は特徴的なござる口調を使い、新入生達に今回の目的を話した。
事の発端はオンラインゲーム“幻想惑星”の大型アップデートの情報が解禁された事にある。その大型アップデートで、前回のモンドグロッソで人気となった第一世代の“IS”を模した多くの武装やアバターが、ゲーム内のプレイヤー装備として配布される事になったのだ。
そのコラボは一種の“話題集め”である。が、しかし逆に考えれば今まで機密情報が多くて深く観察する事が困難だったISの情報が手に入るに等しい。
しかも3カ国のISの機体の外見データを、一同に収集するまたとない機会だ。
故に模型部として、今回の“幻想惑星”のアップデートは重大な事件だと青峰は言った。
「模型部として収集したISアバターの概観のデータを下に、ISのフルスクラッチするでござる。そして今年の夏の7月24日のワンフェスでソレを展示するでござる!」
と、青峰は夏休みに先立ち、今後の部の方針を発表した。
その勢いは青峰の背景に爆発エフェクトが見える程。
そう青峰は力強く宣言した。
青峰清十郎――彼は同中学で『最もキモい』という女子の熱い支持を受ける模型部の首領である。
その出で立ちは何処までも不潔で、同時に常人には計れぬ凄まじい情熱に満ち溢れていた。
「――――でもよ、部長。ワンフェスに出るって言っても、そう簡単に出られる場所じゃねェぞ? 事前に申請しとかねェと……」
「その心配は要らないでござるよ、同志“秋斗”。毎年拙者は、自腹でワンフェスの申請を出しているでござる。だからもう、今年の夏に出る事は決まっているでござるよ。それにISの模型はアニメ作品とは違うでござる。拙者独自の調べによるとISの模型は事前の審査等も必要ないらしいでござるよ」
秋斗の指摘に青峰はドヤ顔で言った。
その言葉に秋斗は思わず尋ね返した。
「……え、マジっすか?」
「マジでござる。だから秋斗殿が昔作った“白騎士”のキットも普通に売れるでござるよ、ただし、その場合は身バレを覚悟する事になるでござるが――――」
「っ!?」
青峰は秋斗の肩を掴むと、顔を寄せてそう小声で言った。
模型部で唯一、青峰だけが秋斗の“造形師”としての顔を知っている。
身バレという言葉に秋斗がほんの少し苦渋の色を見せると、青峰はそこで顔を離した。
「こほんっ! と、いうわけで諸君には早速今日から、“幻想惑星”をやってもらうでござる。……既にアカウントを持っている者は?」
「あ、俺持ってます」
そこで数馬が挙手をした。
その名乗りに青峰は深々と頷いた。
「よろしい。では若原君と山口君と秋斗殿は、御手洗君と同じサーバーで新規のアカウントを制作して、早速今日から“幻想惑星”にログインして欲しいでござる。作るキャラクターは女性体のキャストで統一。丁度3人居るから、山口君はデアメテオールの装備を、若原君は秋桜装備、秋斗殿はスターエンジェルの装備を、それぞれ集めて欲しいでござる。御手洗君は3人のキャラのパワーレべリングと、メセタの回収。同時にアップデート直後に拙者と一緒に“武装”のドロップマラソンをお願いするでござる」
「……ドロップマラソンか。それは中々に過酷やなぁ」
テキパキとした青峰の指示に、数馬は苦笑混じりに溜息を吐いた。
有能か無能かでいえば青峰は間違いなく有能な側の人間である。しかしその能力の使い方がそこはかとなく間違っているのと、その濃いキャラクターが故に、女子からの人気が著しく低い。
もう少し
「部長、どうせオンゲをやるなら、部のギルドハウス的なモノがあった方がいいのでは? “幻想惑星”の仕様にそれがあるかは分かりませんが――――」
ガリガリノッポ――山口が挙手をした。
幸か不幸かこの場にはオンラインゲーム初心者が1人も居ないので、青峰の話を理解するのに戸惑う者は居ない。
山口の発言に青峰はまたしてもそこで、短く頷いた。
「良いところに気がつくね、山口君。ギルドハウスに関しては拙者が代表して作るでござる。その部屋を“第二の部室”とするでござる。それと今の内に支度金として部費を渡すでござる。これをスタートダッシュ課金に使って欲しいでござるよ」
そう言って青峰は懐から一万円の入った封筒を部員全員に渡した。
弱小文化部の模型部にまともな部費などあるわけが無いので、それは青峰の“ポケットマネー”であった。
流石は近所の大病院――青峰医院の息子。その実家の経済力は相当だと、秋斗は思わず苦笑を漏らした。
「――――部活でオンゲをマジにやるなんて話。初めて聞いたぜ」
「安心しろ、俺もだよ」
秋斗のぼやきに、
「この部費でキャラのステータスや、プレイ環境の改善に課金をするのは自由でござる。だけど必ず“フリーショップ”のパスだけは買って欲しいでござる。特に武装は自力でドロップか他のプレーヤーから買うしかないので、とにかく拙者達には
「了解だ。とりあえず、その“幻想惑星”ってゲームにログインすれば良いわけね。ゲームに長く時間が取れるかはわからねェけど」
秋斗は溜息混じりに言った。
「ログインの頻度はそれぞれの生活を鑑みてお願いするでござる。出来ればINする時間帯は合わせて欲しい。それとサーバーアップデートは6月でござる。まぁ、でも気負う必要はないでござるよ。恐らくネットにもスクショや動画も上がるでござるからな。とにかく本番の7月のワンフェスに間に合うように、“模型”を作り上げる方が重要でござる」
「……なぁ、ちょっと待て部長。まさか一ヶ月弱で3体分のISをフルスクラッチさせる気か?」
アップデートが6月。そしてワンフェス当日が7月24日。その余りに滅茶苦茶なスケジュールを聞いて、秋斗は思わず眉間に皺を寄せた。
はっきり言ってそれは無謀な試みである。
1体ならまだしも3体分ともなると、夏休みをフルに使っても怪しいレベルである。
そんな秋斗の指摘に数馬も若原も山口も、同様の不安を表情に顕にした。
すると青峰はブラインドカーテンの方をクルリと向き、少しばかり肩を竦めて悲痛な様子で言った。
「…………確かに、無茶なスケジュールである事は承知の上でござる。そもそも夏のワンフェスに出るだけなら、例年通りに拙者が作った朝潮型駆逐艦のフィギュアだけでも良いでござる。だけど今の5人でワンフェスに出られるのは、コレが最初で最後でござる」
「そうか!? 冬のワンフェスは2月――――」
と、
青峰はその声に対し、静かに後姿で頷いた。
「そう。ワンフェスは年に二回しかないでござる。そして夏を逃せば、次の冬のワンフェスは2月。その頃には3年の拙者は既に部を引退しているでござる。だから新入生の皆と、こうして一丸となって
「部長……」
そこで青峰はクルリと振り返った。
その顔には死に場所を見出した戦士のような笑みが浮かんでいた。
「この中学生活で、拙者はずっと孤独だったでござる。だから最後ぐらいは模型部に情熱を費やしたと誇りたいでござる。――――例え、原型が未完成だったとしても」
「「「「………………」」」」
青峰の眼は、真剣だった。
キモイと蔑まれ、オタクと罵られ、そして仲間も集まらないたった一人の模型部で、孤独で長い戦いを貫いた”男”の眼だった。
その姿が一同の心の琴線に触れた。
生まれた時間も、場所も違う。しかし集ったそれぞれの心には、熱いサブカルへの情熱が宿っている。
だからこそ後輩として、そんな人生の先輩の姿を放ってはおけなかった。
「――――“模型部”最初で最後の戦いか……胸が熱くなるな」
山口が笑みを浮かべた。
「あぁ、部長にだけ良い思いはさせませんよ。俺も手伝います」
若原がフッと小さく微笑んだ。
「せやな。此処で逃げたら男が廃るわ。せやろ、秋斗君?」
数馬がニヤリと笑みを浮かべて、傍らの秋斗に視線を送った。
「……そうだな」
そして秋斗は青峰と、それに付き従う
「ひとつきで3体分の模型か。まぁ道具と素材を一切ケチらずに、現地で原型の展示をするだけってなら、何とかなるかもな。……手を貸してやるよ。以前の“ノウハウ”を活かせば何とかなるだろう」
「秋斗殿……皆……」
青峰は直角に腰を曲げて、深く礼をした。
「ありがとう!」
青峰の眼からは一滴の涙がこぼれていた。
そして秋斗を含めた模型部一同は、オンラインゲーム“幻想惑星”に
☆
秋斗が模型部に属した理由はその趣味も多分にある。
しかし真の理由はソレでは無く、真相は嘗て秋斗が“白騎士”のフルスクラッチを製作した伝説の“造形師”である事がバレたが故。
そのきっかけは入学当初の入部案内便りを手に、模型部の部室である“第2美術室”と、その準備室を訪れた際に起こった。
その部屋には秋斗が会社を介して売った白騎士のガレージキットの完成見本と、同時期にネットオークションで密かに売った“改造模型”が飾られていた。
ソレらを見て秋斗が思わず、「なんで、コレが此処にあるんだよ……」と呟いたのは仕方の無い話であった。
そして部の案内をしていた青峰が、耳ざとくその言葉を聞いたのがきっかけだった。
そこからはじまった青峰の鋭い指摘によって、秋斗はやむなく織斑と篠ノ之が幼馴染の関係で、秋斗はその縁で古くに束と知り合った事を明かした。
ソレを聞いた青峰は驚くと同時に、納得と言った様子を浮かべた。
――――そして真剣な表情で土下座をした。
「秋斗君! いや、秋斗殿! 謹んでお願い申し上げる次第にござる!」
「ちょ、先輩何やってんスか!?」
「模型部に入って欲しいでござる! 秋斗殿が最後の希望でござる!」
「……はぁ?」
聞けば、ショーケースに展示された白騎士のガレージキットと改造模型は、これまで部の“宝”として、今までに在籍した多くの模型部学生の教本として崇められていたそうだ。故に、ソレを作った本人が目の前にいると知った青峰が、秋斗に敬服する態度をとったのはある意味で仕方の無い話と言える。
そこからの1時間にも及ぶ強い説得と、青峰の模型や趣味にかける熱い思いを聞かされた秋斗は、ついに模型部に入部する事になったのだ。
入部に関して青峰と交わした契約は、3つ。
・決して白騎士のガレキを作った“伝説の原型師”である事を明かさない事。
・そしてそれに関する一切の口外を禁じる事。
・最後に補欠部員として入部し、積極的な活動が無くても文句を言わない事。
それらを条件に、秋斗は模型部に籍を置いたのだ。
ギルドマスター:部長がログインしました。
部長:『――――コンコン。お待たせしたでござるよ!』
カズマックス:『お、部長や。部長が来よったで! コンコン』
アーキトクテ:『コンコン。今日はゆっくりッスね』
部長:『ちょっとした用事があったでござるよ。他の2人はどうしたでござるか?』
カズマックス:『先に落ちよりました。今は俺らだけっす』
アーキトクテ:『とりあえずちゃっとめんどくさ。ボイス繋ぐからはいって』
部長:『おk』
“幻想惑星”のギルドチャットに“青峰”のログインが表示された。
ボイスチャットで通話していた秋斗と数馬はチャットを使って部長に語りかける。
ついでなので、秋斗はその裏でボイスチャットを部長にも繋いだ。
「っと、コレで聞こえるかな? どうっすか部長?」
『――――感度良好でござるよ。いやはや、遅くなってすまんでござる。それより朗報でござるよ。拙者の友人が今度の計画に手を貸してくれるでござる』
ボイスを繋いで早々に、青峰は何時ものござる口調で挨拶した。
『へぇ。そうなんや。どんな人なん?』
『ドイツ人の学生でござるよ』
「ドイツ人?」
『昔、艦コレのイベントで知り合った友人でござる。部の皆で今年のワンフェスに出ると言う云々の話をしたら、協力してくれると言ってくれたでござる。今からちょっと呼んでくるので少し待ってて欲しいでござるよ』
「了解。……ドイツ人ね」
青峰はそういい残すとギルドハウスを出て件の“友達”との合流に向った。
『どんな人なんやろうね? 俺、ドイツ語とか出来へんで?』
「俺も無理。“ジークハイル”と“ハーケンクロイツ”と“シュマイザー”しか分からん。あ、あと“ビスマルク”」
『流石にそれは俺も知っとるけど、それは言わんほうがええで?』
「せやな」
『――――合流出来たでござる。そのままロビーに集合して欲しいでござるよ』
『ほい』
「了解」
青峰の合図を受けて、秋斗と数馬はギルドハウスからクエスト出発地点のロビーに向った。
青峰の示すアイコンを探してその方に行くと、そこには“クラリス”という名前の、ロリ萌えな女キャラが立っていた。
クラリス:『はじめましてクラリスです。ドイツ人です。よろしくです。話は聞かせてもらった! 地球が滅ぶ前に、是非協力させてください!』
青峰がクラリスをギルドに登録し、ギルドチャット欄にそんなログが流れた。
青峰が連れてくるだけあって中々“濃い”、と秋斗は思った。