IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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24話を参照の末、どうぞ。


25 移ろい行く『時代』

『――――先程入った情報によりますと、欧州鉄道のイギリス東部“アッシュフォード”とフランス北西部“カレー”間を繋ぐ英仏海底トンネル内部で亀裂が発生し、流入した海水によって走行中の列車が脱線するという事故が発生しました』

 

 番組を中断して報道機関のアナウンサーが、事の顛末を説明した。

 鬼気迫る様子の報道の機関の話によると、ドーバー海峡の海底に通された鉄道用海底トンネルの内部で突如、亀裂が発生し、トンネル内部に海水が流入。それにより走行中の列車が脱線、緊急停止を起した。そして停止した列車内部の乗客達は自力での脱出を図ろうとするも、流入した海水によってトンネル内が漏電している為にそれも不可能と判断。故に列車内部に取り残される事になったと言う。

 浸水の影響でトンネル内部が水没するのも時間の問題であるが、同時に現場に救助部隊を派遣するのも困難という状況に、英仏の両政府は共同で“IS”を用いた作戦部隊を編成し、共同で救助作戦を敢行した。

 ――――しかしこれらの懸命な救出活動も空しく、乗客の半数は水没する列車と共に命を落とした。そしてこの事件が後に、欧州最悪の列車事故として歴史の教科書に残る事になる。

 また同時にこれ程の災害で半数の命を救って見せたISの“可能性”に、英仏両国――ひいては欧州圏全体が、これからの『IS社会』に対する先進的な高い意識を持ち始めた。

 

「――――ひでぇ事件だな」

 

 織斑秋斗は株式市場を見て、先の英仏海底トンネル事件の爪痕を思い知った。

 列車の乗客には欧州経済界でも有力な人材も多く搭乗し、同時に邦人も搭乗して居た為、結果として事件後はその犠牲の影響が直接市場に反映されたのだ。

 秋斗が欧州圏で持つ株式はフランスのデュノア社がもっとも多い。しかし決してそれだけではない。秋斗が持つ日本株――特に欧州圏に支社を持つ日本企業株も間接的なダメージを受けたのだ。

 秋斗は損切りという形で他の投資家達の動きに合わせ、潰れそうな保有株を売り飛ばし、そして同時に再度、この事件後に隆盛するであろう企業に再投資した。

 また秋斗は、この“列車事故”というキーワードで原作のある“キャラクター”の存在を思い出した。

 名前はセシリア・オルコット。イギリスの貴族令嬢である。作品に登場した段階では高飛車で高慢。日本人を“文化的に後進な、極東の猿”と吐き捨て、紆余曲折を経て一夏ラブになったヒロインだ。

 秋斗は思い出したそんなヒロイン――セシリア・オルコットの最初の性格に、思わず苦笑を漏らした。

 確かに“自動車”も“戦艦”も“学校”のチャイムのキンコンカンコンの音も、全てイギリス発。今でこそ日本車、そして戦艦大和が世界有数となったが、その起源はイギリスにあると言える。そう考えると、日本は確かにそれを後から“習った”形になるからだ。

 ――――もっとも、改良する事に掛けては世界有数の変態的国家である日本に教えた所為で、そのルーツとしての影が薄くなった事まではフォローできない。

 そう考えると、秋斗はセシリアが日本を文化的に後進と言うのも、それ程に的外れな意見じゃないと思った。

 

 今回の列車事故で既に英国政府は事故の再発防止と同時に、ISを用いた特殊作戦チームの設立に重きを置いている。そんなイギリスの動きに他のEU参加国が大人しくしているだろうか? ――――否。それは確実に無いと言える。

 秋斗は間違いなくイギリスを発端として、欧州圏のIS開発競争は激化するだろうと思った。更に西側のそんな動きにアメリカとロシアの2大強国が黙って居る筈も無いと。そしてアメリカとロシアが動けば、当然日本を初めとする国々もそんな動きに倣っていくと思った。

 そもそもイギリスがもう少し大人しければ(・・・・・・)そんな未来は無い。

 が、しかし現時点では“女性にしか搭乗出来ない”ISを、世界で唯一“女王”を有するあの先進国(イギリス)が軽視する筈が無い。

 それを証明する様に英国政府は、列車事故の後に自国の10代女性(ティーン)を対象として、積極的な形でIS適性検査に登録参加させ、今まで以上に国一丸とした形で、IS搭乗者の教育を推進する旨を発表した。

 そんな欧州のうねりを起点に、結果としてコレからのIS社会と、それに付随して生まれる淀み――『女尊男卑』の激化が始まると思うと、秋斗は憂鬱な気分になった。

 

「世間って奴はホントに面倒くせぇよな。もうちょっと気楽に生き易くならんもんかね?」

 

 秋斗は懐中時計(501)を握りこみ、どんどん男に面倒くさくなるであろう社会の動きに、陰鬱とした溜息を吐いた。

 ――――陰鬱と言えば、秋斗の胸にはもう一つ“陰鬱な懸念”がある。

 

「第二回モンドグロッソ、か……。どうしようか――――」

 

 秋斗は深々と、もう一度溜息を吐いた。

 それはセシリア・オルコットの名前を思い出したと同時に思い出した“織斑家最悪の事件”である。

 ドイツでの大会決勝で一夏が誘拐され、千冬が大会を放り出すという事件だ。

 一夏を誘拐したのは亡国(なにがし)――秋斗も詳しい名前を覚えていないテロリスト集団である。

 そしてその目的は不明だ。

 少なくとも現時点で秋斗に分かるのは、物語で言うところの“悪役集団”である事のみ。

 

「……これ絶対、俺も巻き込まれるよな?」

 

 秋斗はそうぼやきながら自室のベッドに四肢を放り投げた。

 テロ集団が原作で一夏を誘拐したのは恐らく、千冬の“唯一の親族”であるからこそ。

 ならば織斑家のイレギュラー要素である秋斗も、それ(・・)に眼をつけられない筈がない。

 更にいえば、原作に不要なイレギュラー要素として、この事件が原因で秋斗の存在が消える可能性も無きにしも非ずだ。

 ――――どうしよう。と、秋斗は何時に無く真剣な形相で天井を睨んだ。 

 

(……流石に今更、素直にくたばってやる気はねぇ。パッと思いつく限りだが、姉貴の応援にドイツに行かない(・・・・)っていう手があるな。まぁ、一夏はゴネるだろうが、最悪出発前にセガールよろしく手足を軽く折ってやるしかねぇ。……いや、ちょっと待て。確か誘拐事件の後で、姉貴はドイツに出向するんだよな? ドイツに行って軍の教官をするんだっけか? それって原作で確か――――)

 

 秋斗はうろ覚えの原作知識を、記憶の底から無理やり搾り出した。

 そしてラウラ・ボーデヴィッヒという一夏の5番目のヒロインの存在を思い出した。

 そして、ラウラ・ボーデヴィッヒがドイツで千冬の指導を受ける事自体が、原作の中ではかなり重要な要素の一つである事に気づいた。

 

「…………つまり一夏がドイツで誘拐されてくれないと、ラウラの未来やその他云々が大きく破綻する可能性があるってことか?」

 

 秋斗はそこまで考えて、一夏のヒロインの多さと状況の面倒くささに思わず舌打ちした。

 

「本当に面倒くせぇな。ヒロイン多すぎだろ? なんだよ“5人目”って。ふざけてるのか?」

 

 己の身の安全と一夏の安全を取るなら“ドイツに行かない”という選択肢一択。だがヒロインの未来を護るのであれば、一夏もろとも秋斗もテロリストに誘拐されろという選択が必要になる。

 百歩譲って秋斗自身のヒロインであるなら良し。それなら多少は命を張ってやる事もやぶさかではないからだ。

 しかし何が悲しくて他の男の――しかも“5人目”のヒロインの為に命を張らなければならないのか?

 ソレを考えると、秋斗は心の底から一夏を腹立たしく思った。

 

「――――アイツ(一夏)いっぺん、マジで死ねば良いのにな。何で俺がこんな目に……」

 

 どこぞのニューヨーク市警の禿げた不死身男ではないが、秋斗は思わずそんな吐息を漏らした。

 

「もう、いい加減にしろよ! 千冬姉ェ! コレで何回目だよ! 部屋のゴミ箱が一杯になったら下に下ろせっていつも言ってるだろ!?」

 

 その時、階下から一夏の声が響いた。

 新居に引っ越してから一ヶ月に一度は聞くようになった声である。

 その原因は案の定だが、新居に越してから千冬のずぼらさ加減が更に悪化したからだ。

 個室と言うプライベート空間が生まれたお陰で、千冬は一人静かに杯を傾ける楽しみを知ったのだ。その所為か、リビングで飲む回数と同じくらいに自室で飲む回数が増え、その結果、織斑家の掃除洗濯を司る一夏は日に日にゴミが溜まる千冬の部屋と、置き去りにされた容器にたかる“蟲”を見て遂に何かが振り切れたらしい。

 丁度今日がその日か、と、何時ものアキトなら軽く流す所。だが今日は秋斗も虫の居所が悪かった。――――主に未来の一夏の所為で。

 故に、何時にも増して響く一夏の怒号に連鎖するようにして、秋斗も舌打ちした。

 

「後、カップ麺食べるのも良いけど、食べ終わった容器を部屋に置きっぱなしは止めろよ! 後、洗濯物も――――」

「うるせぇな、シスコン! 偉そうにほざくな、アホ! 後、でけぇ声で喚くなこのヤロウ!」

 

 秋斗は苛立ちを吐き出すように、思わず階下に向って叫び返した。

 

 

 

 

 蛍の光なんたらかんたら、仰げば尊しどうたらこうたら――――。

 桜舞う季節の晴天の空の下で行なわれる卒業式。

 秋斗と一夏は6年通った小学校を卒業した。その日ばかりは普段授業参観にも顔を出せない千冬も、他の父兄と一緒に参列した。

 千冬は第一回目のモンドグロッソで世界的な有名人と化した為、他の父兄の千冬を見る視線は非常に多かった。

 そしてそれに付随してか、その弟である秋斗、一夏に向かう視線も、何処と無く“有名人”を見るような奇異の視線が多くあった。

 ――――やっとランドセルからもオサラバ。秋斗はそんな清々しい気持ちで、卒業証書を肩に担いで桜並木を歩く。

 そして今度は学ランに袖を通して、専用の通学鞄を持つ日々が始まると溜息を吐いた。

 中学生――それは人生で最も人間が“お馬鹿”になる年代であり、同時に過去を振り返ると最も恥ずかしい思い出が誕生し、そして最も楽しい思い出が生まれるとされる時期だ。

 秋斗は前世の経験でソレをよく理解していた。

 故に、今生では流石に同じ轍は踏むまいと固く決意する。

 

「――――ブッカブカだな? 本当にこんなにデカイ制服買う意味あるのかよ?」

「あるよ。一番背が伸びる時期だからな。特に姉貴が長身なんだから、俺やお前(一夏)がちんちくりんのままなんて、そうありえないだろ?」

「そうかなぁ」

 

 購入した真新しい学生服に袖を通した一夏は、姿見でその具合を不安そうに確かめる。

 秋斗も一夏も、世間でいう“萌袖”のように指先ほどしか出ないサイズの、ブカブカの学ランに身を包んでいる。故に、その“着られている感”を不安に思う気持ちは秋斗にはよく分かった。

 

「あ、そうだ。一夏」

「なんだよ?」

「今の内に“ボタン”大量に買っとけよ? 卒業する頃にはたぶん、全部配る事になるからよ」

「え? そうなのか?」

「……一夏の場合は多分そうなるんじゃねェかな?」

 

 秋斗はふと、思いついて一夏に忠告した。

 後にヒロインが5人も出来る男なのだ。ソレを考えるとこの中学時代にどれだけの女を引っ掛けるのか想像もつかない。

 加えて、今生の一夏は中学の部活で本格的に剣道をやろうとしている。背が高くなり、顔も良しで、性格も良し。勉強も秋斗程ではないが出来る上に、無類の剣才があるので部活動での大活躍は容易に想像出来る。そんな男がモテない筈がない。

 要素を上げてみると“女にモテる為に生まれて来た”ような男である。そこまで来ると嫉妬は疎か、呆れすらも通り越して秋斗は笑えてきた。

 

「まぁ、騙されたと思ってチビチビ買い集めとけ」

「ん~よくわかんねーけど、分かったぜ」

「おい2人とも、着替え終わったか? 終わったら写真を撮るからそのまま庭に並べ」

「はいよ、千冬姉! んじゃ、行こうぜ秋斗」

「はいはい。……ったく、本当に写真撮るのが好きな一家だな」

 

 一夏は気合を入れるよう真っ直ぐ背筋を伸ばし、秋斗はポケットに手を突っ込んだダラダラとした足取りで庭先に下りた。

 

「秋斗、もうちょっと背筋を伸ばせ。一夏、もっと顎を引け」

 

 デジカメを構えた千冬の指示に従い、秋斗と一夏は織斑家の新しい庭先に並び、学ラン姿の写真を撮った。

 

「どんな感じに撮れた?」

「ざっとこんな感じだ」

「……なんか、かっこわりぃ」

 

 デジカメのメニューで先程撮影した一枚を確かめる一夏は、写真の具合に顔をしかめた。

 だぼだぼの学ランに身を包んだ姿はお世辞にも決まっているとはいい難い。

 多少はかっこよさを意識したい年頃にとっては、余り残したくない写真であった。

 

「まぁ、いいじゃないか。人生、そう良いことばかりじゃない。コレも思い出だ」

「なんだよ、じゃあ千冬姉の中学の写真見せてくれよ?」

「……そうだな。俺達の写真は見ておいて姉貴のだけ見せないってのはズルイよな?」

「あ、いや私のは――――」

 

 秋斗は一夏の言葉に便乗して悪辣に笑った。

 千冬は珍しく露骨に狼狽していた。

 

「生憎だが、私の写真はない。その頃はカメラも家になかったからな」

「……本当かよ、それ?」

「あぁ、間違いない。だから撮ってない」

「ふ~ん」

 

 堂々と腕を組んで視線を逸らす千冬。その様子を見て流石に何もなかったと流すほど、秋斗は鈍感ではない。

 故に、秋斗はポケットからスマホを取り出した。

 

「じゃあ、博士に聞いてみるか……」

「っ!? 待て! 早まるな秋斗!」

 

 秋斗の“殺し文句”に、千冬は遂に悲鳴を上げた。その様子に一夏と秋斗は思わず笑みを浮かべた。

 

「…………この様子だと“有る”みたいだな?」

「あぁ。みたいだな。ついでに束さんが持ってるらしい。秋斗、もし手に入ったら俺にも見せてくれよ?」

「あぁ、良いぜ。折角だから若かりしブリュンヒルデって事でファンに公開しよう」

「頼む! 頼むからそれだけは頼むから勘弁してくれ!」

「じゃあ、千冬姉。これからは部屋にゴミ溜め込むのを止めろよな? 洗濯物もちゃんと脱いだら籠に入れてくれよ?」

「わかった。わかったから!」

 

 桜舞う季節に、千冬の悲鳴がこだました。




セッシーの設定を掘り下げてこんな感じに纏めました。
列車事故の細かい描写は知らないのでオリジナルです。
この列車事故でイングランドのIS研究開発が活発化して、それに追従して欧州圏のIS開発競争が激化する。そして世界がその動きに続く。結果セシリアがエリートコースに乗れる道が開けた、と言う感じです。
 ついでにこの二世代機の開発競争の世界の先陣を走ったのがイギリスなので、原作セシリアは後追いの日本を後進と言ったみたいな。

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