IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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20 織斑家の『引越し』 前篇

 『モンドグロッソ』とは、後に世界中を沸かす事になるISを用いた対戦技術競技構想の事である。

 その発想はISが登場してから間もなくに存在していたが、近年になり日本で開発された秋桜を初めとする先進各国が独自に開発したISが多く出揃った事で、遂に実現と言う形に相成った。

 開催は10月末。

 後に世界有数の競技としてオリンピックに取って代わるほどの人気を見せる競技大会だが、現時点では次世代の抑止力としてその名がうたわれるISと、それを中心とした社会基盤の形成を目的にした民間に対するデモンストレーションの意味合いが強い。

 ――――言うなればまだ、“競技会”と言うよりも各国のIS技術の交換交流を目的にした“博覧会”に近い。

 故にISを用いた“試合”と言う要素は、現時点ではまだイベントの一つでしかなかった。

 

「――――開催場所は東京万博の跡地か」

 

 倉持技研IS開発研究室――。

 そこは初の国産ISである秋桜を開発した日本有数にして世界有数の技術研究機関だ。

 また数少ないIS搭乗資格を有する正規パイロット――織斑千冬を初めとする、これからのIS社会を牽引する人材が多く集う場所である。

 千冬は己が所属する日本のIS委員会から発布された、『第一回モンドグロッソ』に関する通達書類を読み、ホッと小さく息を吐いた。

 

「無駄に長距離移動せずに済んでよかった。と、言ったところかい? まぁ、確かに、弟君達を放って海外出張しろというのはオリムラには酷な話だからな」

「む……。別にそういうわけではないが――――」

 

 千冬は不意に脇に視線を移した。

 千冬の傍らに居たのは同じく技研の開発部に所属し、操縦者として千冬の同期となった篝火ヒカルノである。

 ヒカルノは千冬の表情を見て御見通しだと言う笑みを浮かべた。

 

「今更言葉にして説くまでも無い。織斑が“ブラコン”なのは周知の事実なんだ。いいじゃないか、ブラコンで。熱いブラコンなら上等よ」

「……その口を閉じるか、死ぬか選べ、篝火。後、いい加減周囲をうろつく(・・・・)ならもう少しマシな格好をしろ」

「おや、コイツは失敬」

 

 千冬は怒気を見せながら右手の五指をゴキリと鳴らす。

 対するヒカルノは終止飄々とした態度で片腕を挙げ、それを詫びた。

 ――――ヒカルノの出で立ちはISスーツの上に白衣とゴーグル着用と言う、実に奇怪な様子であった。

 

 千冬とヒカルノは、『その幼少から就職に至るまでの進路が同じ』という類を見ないほどの腐れ縁。

 だが実際に2人が交流をするようになったのは、意外に最近である。

 偶々一緒の高校を目指し、偶々同じ進路を選び、偶々同期としてIS業界に携わる事になった。ソレからなのだ。

 腐れ縁故に前代未聞のIS業界に進んだ両者。その関係は操縦者試験の合格者同士による助け合いが必要でなければ、もしかすれば今も始まってすらいなかったかもしれない。

 

「――――ところで、先程からオリムラは何をそんなに熱心に見ているんだ?」

 

 昼の休憩時間。技研の社員食堂で昼休憩を取る千冬の対面に座ったヒカルノがそう尋ねた。

 千冬は右手に箸を持ち、鮭の切り身を口に運びながら短く応える。

 

「不動産カタログだ」

「不動産? 引越しでもするのかい?」

「あぁ、秋斗にせっつかれてな……」

「秋斗というのは確か、この間オリムラがウチの部署に見学(・・)に連れて来た双子君の弟だったかい?」

「そうだ」

「人目をはばからずに『千冬姉、千冬姉!』と興奮して叫んでいた少年から視線を逸らして、他人の振り(・・・・・)をしていた方の?」

「………………あぁ、そうだ」

 

 ヒカルノの思い出すような言葉にそう短く肯定した千冬は、恥ずかしそうに苦悶の表情を浮かべた。

 ヒカルノが秋斗の事を知っているのは、以前千冬が話したが故。

 しかしそれ以上に、先日受け入れた小学生団体の“社会科見学”が、他ならぬ一夏と秋斗の属する小学校だった事に、その一端が在る。

 これからの未来を背負って立つ次世代の子供達に対し、早期にISについて理解を深めてもらおうという思惑で、倉持技研は秋斗達の小学校の社会科見学を受け入れた。そして訪れた学生らの相手をしたのが、他ならぬ千冬やヒカルノを初めとする操縦資格を持つ者達だったのだ。

 その時にヒカルノと千冬は、デモンストレーションという形で、小学生らの前で秋桜を使ったIS同士の模擬戦を披露。その際千冬の弟の一夏が、その様子に興奮気味な様子で『千冬姉、頑張れ!』と全力で応援し、そんな兄の様子を見て秋斗は恥ずかしそうに他人の振りを決め込んでいた。

 そんな千冬の微笑ましい双子の弟達の様子は、未だにヒカルノを初めとする倉持の職員一同の記憶に新しく、故に、ヒカルノは千冬の弟の名を聞いて、直ぐにその顔を思い出す事が出来たのだ。

 

「あのキュートなお尻達は良く覚えているよ。是非、何があったか聞きたいな。話してくれ」

「……なに?」

 

 淡々とした様子でとんでもない事を呟いたヒカルノに、千冬は摘み上げた鮭の切り身を思わずポトリと箸から取りこぼした。

 

「ブラコンと呼ばれるのが嫌ならそういう(・・・・)反応を一々見せないほうがいいぞ」

「おい、篝火……」

「そうカッカするなよ、オリムラ。ただの冗談さ。まぁ、確かに可愛いかったのは事実だが――――」

「おい、篝火!」

「席を立つな。食事中だぞ?」

「くっ!」

 

 声を荒げた事で社員食堂にある目が千冬に集中する。

 思わず立ち上がりかけた千冬はヒカルノの正論を受けて、渋々と言った様子で姿勢を元に戻した。

 

「ったく、私の幼馴染という奴はどいつもコイツも――――」

「心外だな。私は篠ノ之よりかは幾分か真面目だぞ?」

「……ならばさっさとその格好を改める事だな。馬鹿者」

「こりゃ失敬」

 

 ヒカルノの出で立ちは今も尚、ISスーツに白衣であった。

 後に千冬が身内ネタでからかわれるのを酷く嫌うと言う性分が形成されたのは、正にこの頃(・・・)。千冬はそんな風に当時の事を振り返る。

 閑話休題。

 千冬は小さく吐息をつくと、家を新調しようと決意した経緯をヒカルノに話した。

 

「流石に一夏も秋斗も5年生になったからな。いつまでも手狭なアパートで暮らすのも辛いらしい。まぁ、幸いにして以前に比べて蓄えも十分出来たからな。だからそろそろ引越ししてはどうかと先日切り出された。それ故だ」

「なるほど。確かにいつまでも男二人が相部屋というのも酷な話だ。それに男にはいかんともし難い生理現象(・・・・)があると聞く。……なるべく早いうちに個部屋を用意してやるのも、悪い話ではないだろう」

「……生理現象?」

「おや、保健体育の成績ではぶっちぎりのオリムラにしては察しが悪いな。判るだろう? ナニだよ。ナニ」

「っ!?」

 

 ヒカルノのあっけらかんとした言葉に、千冬は思わず赤面した。

 

 

 

 

 時は少し遡る――――。

 社会科見学で千冬の駆る秋桜の模擬戦闘の様子を観戦した織斑兄弟が、その後『10円ゲーセン』の筐体で凌ぎを削り合う少し前の事だ。

 その頃秋斗は、図らずも前代未聞にして『織斑家最大の危機』とも呼べる重要な局面に相対していた。

 事の発端はトレードマークの『懐中時計』を首から提げるようになって間もなくの――秋斗が珍しく家に一人だった時の事だ。

 千冬は例の如く仕事。一夏の方も友人達の遊びに出かけているので、その時の秋斗は久しぶりに“エロ同人サークル”での仕事とブログの更新作業に勤しんでいた。モンドグロッソの構想と、日本初のIS搭乗資格を有した千冬の存在によって『オリムラ日記』は既に“IS”に興味を抱いた数多くのファンを抱える10万人規模の人気ブログと化し、また一夏の料理ブログ、秋斗の模型ブログとしてもそれぞれ人気が伸びて、そろそろカテゴリーごとに分けて兄弟で別々にサイトを管理運営した方が良いかと悩んでいる正にその時。

 買い溜めした缶コーヒーを取りに台所に向った秋斗は、買った覚えのないUSBメモリが調理棚の直ぐ脇に置いてある小物入れに入っているのを見かけた。

 

「――――なんだ、こりゃ?」

 

 秋斗は基本的にUSBを使わない。なぜなら外に情報を保存しておく意味があまりないからだ。

 故にそんなモノが家にあるのを疑問に思った秋斗が、思わずそれを手に取ったのは必然と言える。

 秋斗は首を傾げながら机に戻るとそれまでの作業を一端止めて、缶コーヒーのプルタブを開けながらUSBメモリに保存されたファイルを開いた。

 

「…………一夏の、だな」

 

 保存されていたのは以前。社会科見学で見たISスーツを纏った姉――織斑千冬の写真の数々である。

 秋斗は直ぐに、そのUSBメモリの持ち主を一夏だと察した。

 一夏は去年の誕生日にデジカメを欲しがり、そして買って貰ったデジカメを社会科見学の際に持ち込んでいたからだ。

 故に秋斗は、写真がその時に撮られたモノであると推測した。

 写真は何れもピンボケしており手振れの所為で殆どまともに取れていないモノばかりだが、そもそもからして技研には機密情報も多くある為、撮影自体が許可を出された限定区画のみしか許されていない。

 故に、これら写真は言わば盗撮の証拠であった。

 秋斗は一夏にとってコレらが叱られる危険を冒してまで手に入れた、“悪戯の結晶”なのだと解釈した。

 そう思うと一夏の撮影した下手糞な写真の数々を微笑ましく思う。

 ――――しかしパパラッチ染みた隠し撮りの趣味は頂けない。幾らコミュ障のキモオタなカメラ小僧でも、レイヤーさんを撮影する際には必ず“面と向って許可を得る”のが避けられぬ仁義にして礼儀なのだ。古事記にもあるように“挨拶”を欠くと言うのはそれ程に失礼に当たる行為。例えそれが身内であってもだ。

 加えて個人で楽しむだけでネット拡散まではしていないものの、それでも撮影禁止の場所で国の重要機密の一端を撮影してのけるのは、流石に悪戯にしても過ぎると、秋斗は思った。

 

「さて、どうするか――――」

 

 気づいてしまった以上、秋斗は追求するか、放っておくかの二択を迫られた。

 下手に追及してその欲求を抑え、この後に一夏に盗撮趣味と言う性癖が芽生える可能性を考えると、見てみぬ振りをする情けを選ぶべき。つまりシグルイ的な情け深さを見せるところである。

 が、しかし逆に放った結果で悪化した場合、未来のヒロイン達に申し訳が立たない。

 

「……そもそも、なんでアイツ(一夏)は姉貴の写真なんか撮ったんだ?」

 

 ――――と、不意に秋斗の脳裏にそんな疑問が過ぎった。

 件の社会科見学には卒業アルバムの写真を撮影する学校所属のカメラマンも同行していたのだ。それに撮影場所が限定されていたとはいえ、普通に持ち込んだカメラで千冬の写真をとる機会も決してなかったわけではない。現に一夏も、許可を取った場所で堂々、千冬や秋桜の姿を撮影していたのだ。

 

「――――まさか、アイツ……」

 

 秋斗は不意に、考えたくもないある(・・)可能性が脳裏を過ぎるのを感じた。無論それは、一夏がISスーツを纏った千冬の姿を撮りたかったという可能性である。

 秋斗はたどり着いたそんな結論に、まさかという思いで思考を加速させた。

 

(確かに許可された場所での姉貴は上着を羽織ってた。ISスーツはその構造上レオタードに近いし、身体のラインが浮き彫りになってる。一夏は今年で俺と同じ11歳だから、まぁ……“女体に興味を抱く”にしては少々早すぎるにしても、決してありえない話じゃない。しかし実姉だぞ? ……アイツ、正気か?)

 

 そう言えば――。と、そこで秋斗は思い出した。

 最近秋斗が一家の洗濯をする機会が少なくなり、代わりに一夏が進んで肩代わりする様になった事だ。

 当時は篠ノ之道場が畳まれ、余った余暇を家事に費やそうとする手持ち無沙汰故の行動だと思った。が、逆に考えるとそこで何かの歯車が狂ったのでは? と秋斗は考えた。

 現に先日、こんなやり取りが兄弟の間であった――――。

 

『千冬姉ももう大人なんだから下着ぐらい自分で洗えばいいのにな。ちなみに秋斗、レースとか素材によってはただ洗濯機に放り込むだけじゃダメなんだぜ? 手洗いしないと破けるんだ』

『良く知ってるなそんな事。気にした事ねぇわ。って、いうかまさか一夏は姉貴の下着全部手洗いしてるのか?」

『……ん~まぁ、流石に全部はやってないぜ?』

 

 歯切れ悪く秋斗の質問に答える一夏は、その後風呂場の桶にお湯を溜めて千冬の靴下等の手洗いを始めた。――――その様子は贔屓目に見ても、どこか楽しそうに見えた。

 

「……ちょっと業が深すぎやしないか、ワンサマー?」

 

 今まで触れたエロゲージャンル(業の深さ)なら秋斗も大概だという自覚はあれど、決して現実(リアル)で理想を追い求めた事は一度として無い。

 仮にそんな奴が実際に存在するとすれば、例え秋斗でなくとも関わりを避けるのが普通だと言えるだろう。

 故に大抵は己に刻まれた業――例えばロリコンや熟女スキーであっても冗談のトーンで話すのが普通である。

 が、この時秋斗は、多分に大げさではあったが、今は女性に対する興味であっても、このままでは最悪、一夏()の初恋の相手がかなりの確率で千冬()になるという未来を想像して、結果織斑家が崩壊する未来を感じ戦慄を覚えた。

 色を知る年頃がどの程度の年齢なのかは人それぞれである。

 秋斗にしたってその前世の小学生くらいの頃には、一応だが淡い初恋の経験がある。

 故に一夏にもソレが訪れる事を別に歓迎しないわけではない。

 ――――が、しかし身内だけは流石にどうだろう?

 秋斗は老婆心ながらも、今生の兄(一夏)の将来を案じて、縋るような気持ちでネットの“知恵袋”に相談を持ちかけた。

 

 

質問 アーキトクテさん

 兄が姉に恋慕を抱いてるっぽいです。どうしたらいいですか?

 突然ですみません。身内の事で相談なのですが、僕には双子の兄が居ます。ウチの家庭は少し複雑で、両親が無く姉と双子の僕たち兄弟のみの家庭です。そして最近ふと気づいたのですが兄が姉に興味と言うか、どこか恋慕に近いモノを感じているっぽいです。

 決定的な証拠というわけではないのですが、姉のレオタードスーツを隠し撮りした兄の写真を発見しました。それと最近は兄弟で家事を分担しているのを兄が良く肩代わりしてくれるのですが、姉の下着を嬉しそうに手洗いしてました。

 流石に僕も変だと思うのですが、どうしたらいいでしょう?

 家族としての感情で兄と姉の事は尊敬していますが、流石に兄のコレが行過ぎると思うとちょっと……という感じです。

 何も知らずに放っておけばよいのでしょうか?

 それとも何かしらの形で忠告をした方がよいのでしょうか?

 なにぶん事情が事情なので周りにも相談できません。

 ちなみに僕と兄は小学生、姉は社会人です。

 よろしくお願いします。

 

回答 ゲッコウさん

 一時の気の迷い……捨て置け。

 

回答 バーテクスさん

 釣りではないという予測の下で真面目に返答させてもらうと、一般的な男子が最初に異性を意識する場合、その母親や身近な母性を持つ人間が対象になる事が多いそうだ。が、しかしキミの家庭は少々複雑な家庭のようなのでこの例からは少し漏れる事になるな。

 故に、まずは母親の代わりに母性を与えたキミの姉に、キミの兄が恋慕を抱いた結果を、ある意味で避けられぬ事だと理解する事だ。

 その上で、“環境が変われば多少は変化する”事を考え、最初は静観するべきだと私は考える。

 家族の間で話し合うのも重要だが、それ以前にまずは冷静且つ客観的な視点で状況を待つことも重要だ。

 例え話になるが、進級したその先で同年代の魅力ある別の女子や男子に巡り会う事もあるはず。

 それを待ってからでも行動は遅くはないだろう。

 が、逆にその上で状況が悪化した場合は、もう一度相談に乗ろう。

 健闘を祈る。

 

回答 アップルボーイさん

 初恋ですか。大丈夫です。僕にも似たような経験があります。なので心配せず見守ってあげてください。 

 

回答 吊るされた男さん

 で、それが何か問題? いいじゃん、仲が良くて楽しいじゃん! お前も混ざれよ!

 

 以下略―――。

 

 

 相談してから程なくして幾つかのレスが付いたのを確認した秋斗は、その中で参考になりそうなアドバイスを一つずつ拾い上げた。

 匿名のネットで相談したというだけあって、アドバイスは実に玉石混淆。だが、真面目に応えてくれた者もそれなりに多くあった。

 秋斗は返された意見を纏めあげて思案する。

 目下のところは二つの選択肢――。

 一つが何も知らぬ存ぜぬを通しきり、事態を傍観して時間の流れに身を任せる事。

 もう一つが環境の変化を自ら促す事だ。

 

「――――環境の変化、か」

 

 中でも一番具体的な形で応えてくれた意見の中には、引越ししろと言う言葉もあった。

 回答者は恐らく大げさな比喩としての意味で、生活環境に大きなショックを与えろと言ったのだが、秋斗は意外にそれも有りではないかと考え付いた。

 秋斗も一夏も既に高学年に差し掛かった。

 故にそろそろ、この狭いアパートでの3姉弟相部屋生活と言うのも問題がある。

 千冬にしても流石に着替えやらを見られるのは恥ずかしいだろうし、一夏にしても精通する頃には個室の一つも欲しがるだろう。

 ソレに関しては先人の“男”として確実に保障できる。

 故に、秋斗は思った。

 

(よし、引越ししよう……)

 

 そうと決まれば秋斗の行動は早いモノで、秋斗は直ぐに表裏合わせての預金の残高に眼を通し、近所でよさげな物件のリストをネットで調べ始めた。

 そしてその日の夜―――。

 

「――――おかえり、姉貴。さぁさぁさぁ、まずは座ってくれ」

「おい、どうした、秋斗? 何をそんなに――――」

「いいからいいから。とにかく姉貴は座ってくれ。後、一夏も」

「お、おう」

 

 夜。帰宅した千冬を秋斗は迎えた。無論、その席には一夏も同伴させた。

 家族3人が座るその日の夕餉は全て、珍しく秋斗が拵えた。

 机の上に並ぶのは何れも旬の食材を使ったモノである。

 一夏の作る料理とは味付けが多少異なるものの、秋斗も十分に料理上手の部類に属す腕前の持ち主。故にその完成された料理を見て、千冬は顔をほころばせた。

 

「……随分と豪華だな」

「だろ? 流石に一夏には勝てんがな」

「いやいや、普通に旨いぜ、コレ?」

 

 早速合掌して、一夏と千冬は秋斗の作った夕食に舌鼓を打つ。

 そして空気が程よく弛緩したところで、秋斗はついに本題を切り出した。

 

「姉貴と一夏にちょっと相談したいことがあるんだけど、そろそろ引っ越さないか?」

「…………は?」

「……引越し?」

 

 秋斗の言葉に千冬と一夏は思わず顔を上げた。

 特に千冬は眉を顰めた上で声を低くし、明らかに不審(・・)がっていた。

 

「……秋斗、今度は一体何を企んでる? またあの馬鹿の差し金か?」

「違う違う、別に博士は関係ねぇよ。ただ純粋に、そろそろこの家、狭くね? って思っただけさ」

 

 秋斗は肩を竦めながら、正攻法に引越しを提案した。


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