IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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17 訪れた『転じ』の時……

 昔話をしよう。それはまだ織斑家が破滅に向っていたころの話だ。

 千冬はなんとか家族を救いたいと思っていた。だから身を粉にして働いた。

 だけど家族の中から“変わり者”が現れた。

 そいつは“秋斗”と呼ばれていた。何もかもを欺いて笑う『第二の天災』。

 故に千冬は困惑した。

 

「――――どういう事だか説明してくれるんだろうな、秋斗?」

「話すと長いが、まぁ、それでもいいなら少しずつ話そうか」

 

 織斑秋斗の戦い。

 転生してから約3年にも及ぶ長い織斑家救済の戦いは、この日一先ずの終わりを迎えた。

 一時期は如何にして己の荒唐無稽さを誤魔化そうかと必死に考えた秋斗だが、彼は最終的に、あえて隠さず己の異才っぷりを全力でひけらかす事を選んだ。

 その決断を出した日、秋斗は思えば随分と大きな回り道をしたもんだと、感傷に浸る。

 そして遂にその時がやって来た。

 秋斗は現金で用意した500万円を前に、千冬と、己に近い関係者一同に多くを明かした。懸賞品の景品転売から端を発した資金策から、その後の改造フィギュアのオークション販売、WEB広告を乗せたブログの開設、白騎士のフィギュアのフルスクラッチとその後の公式販売化、株式――。

 流石に同人界隈でのサークル活動やハッキングによる電子情報の改ざん等の部分は一切明かさなかったが、それでも一同はこの時初めて織斑秋斗と言う少年の異才をまざまざと見せ付けられ、そして圧倒された。

 

「――――どうして一言も言わなかったんだ?」

 

 千冬が声を震わせて尋ねた。

 

「目に見える形としての“結果”が無いと、誰もこんな話信じねェだろ? 姉貴にとっちゃ、俺はまだガキなんだから。……で、実際どう? 夢みたいで馬鹿みたいな話だろ?」

「……っ」

 

 千冬の目の前に重ねられた500万円分の札束。

 それを用意してのけたのがたった9歳の子供という現実。

 目の前に証拠となる現金がなければ、絶対に誰も秋斗の話を真実だとは思わない結果を前に、千冬は沈黙する。

 秋斗はそんな千冬に向って苦笑を浮かべた。

 この瞬間に至るまでには、様々な葛藤や試行錯誤が秋斗の中には生まれた。そうした中で手札を確認し、その末に選んだ答えが多くを明かす事だった。

 

(――――博士ならもう少しマシな答えが出せるのかねぇ)

 

 不意に秋斗は目の前に座る束を見た。束はなんとも言えぬ様子で静観に徹していた。

 そんな束に秋斗は内心詫びる。

 

(すまんが、師匠、後で一緒に怒られてくれ(・・・・・・)

 

 そして秋斗が半ば予想した通り、――――その瞬間、千冬が泣いた。

 秋斗はソレを見て、腹を決めた。

 

そのしかめツラはなんだよ?(Why so serious?) 笑え、喜べよ、ちーちゃん。泣いてる暇なんてないぜ? これで憂いはさっぱり消えたんだ。ISでも何でも好きに未来を掴みに行けばいい。それで今のクソみたいな貧乏生活を抜ける為に戦うつもりなんだろ? そんな顔してどうする? 顔上げて笑ってくれよ♪」

 

 泣いた千冬に秋斗は、己の好きな映画に登場した道化師(ジョーカー)と、師の言い回しを借りた台詞を贈った。

 以前千冬に泣かれた際に秋斗は、その涙を不器用にも受け止めにいった。が、今回はあえてソレを放棄して全力で道化に成った。

 放棄する事で己がイレギュラーである事を暗に訴えると同時に、今の世界に蔓延する『天災ならば仕方が無い』というある種の観念にも似た〝諦観”を、自身に根付かせようとしたのだ。

 秋斗は悪辣とした笑みと言葉の中に、そんな意を込めていた。

 

 

 

 

 ――――季節は移り変わり、半年後。

 秋斗はブラックの缶コーヒーを片手に夕刊を広げて、紙面を読んでいた。

 その一面には搭乗者の纏った“秋桜”の写真が、デカデカと映し出されていた。

 

「――――日本初のISの名前は“秋桜(コスモス)”か。中々良い名前じゃん」

 

 国産IS――秋桜。

 それは束の作った“白騎士”の設計理論を正統に継承した全身装甲タイプのISで、白を基調に四肢の先から友禅の様な薄紅色の彩色がグラデーションに施されるという実に日本的な印象が強い機体であった。

 原作に登場する第二、第三世代のISとは違い搭乗者の顔が大きく隠されるデザインの秋桜だが、その写真に写る搭乗者は、見る者が見れば直ぐに“織斑千冬”だと判断出来る。

 秋斗が現金で500万円を用意し、千冬がIS操縦者試験を受ける事を決意した日から半年が経った現在。千冬は日本初の民間から輩出された“IS操縦者”という立場に成り上がっていた。

 操縦者試験という狭き門を潜った千冬は、初の国産IS“秋桜”の専属の操縦者に選ばれ、結果、現在は高校を休学して時間の殆どを倉持技研での仕事に費やすようになった。

 今や所属する技研のテストパイロットという立場にある為、並みの会社員を遥かに凌ぐ高給取りだ。

 

「これで収まるところに収まったっていう、感じかな?」

 

 3年前の過労死寸前な草臥れきった様子からすると、今の千冬は大躍進した結果の様に見える。しかしこの先の未来で、更にその名が世界に広まるのだから末恐ろしい。

 そして千冬の躍進のお陰で間違いなく織斑家の生活は豊かになった。加えて秋斗の方でも、玩具会社と提携した『白騎士のガレージキット』の販売が来年の春に始まる。既にその原型は出来上がり納品済みなので、今後はよほどの事がなければ織斑家が傾く事はないといえる。

 つまり秋斗が3年前に決意した『織斑家救済』という願いは、現時点で果たされたと言えるのだ。

 後は自然と、時が原作の頃に移ろい行くのを待てば良い――――。

 故に秋斗は、深々と安堵の吐息を漏らして、訪れた『休息』を心から満喫する日々を送っていた。

 秋斗は箱単位で購入した缶コーヒーに舌鼓を打つ。前世から愛飲していた味を堪能した後、飲み終えた空き缶を部屋の隅に置いてある『空き缶専用のゴミ箱』に投げ入れる。そして左手で秋斗はもう一本、ダンボールから新しい缶を取り出した。

 

「少し前は缶コーヒーを買うのすらも贅沢だったんだがなぁ」

 

 秋斗は小さく笑った。

 今では『500万円事件』の影響で、一夏も千冬も秋斗が個人で持つ結構な額の預貯金の事は知っている。故に缶コーヒーを箱で買っても、無駄遣いするなという小言を貰う程度で済む。

 先の一件で失ったものは確かにあるが、代わりに秋斗は『異端』という正にあるがまま(・・・・・)の評価を得た。つまり家族の間でも、“普通”や“一般”と言う煩わしい枠を気にせず、より素の状態を晒せる様になったのだ。

 密かにストレスの原因だった他を欺く窮屈さ。それを家の中で感じる必要が無くなったある種の精神的な自由は、何物にも代えがたい安寧を秋斗に与えていた。

 

「――――おい、秋斗。お前コーヒー飲みすぎ。身体に悪いぞ?」

 

 プルタブに指を掛けた矢先。秋斗は脇からそんな小言を受けた。

 振り返ると右手に豚のしょうが焼きの皿を掲げた一夏が立っていた。

 

「ほら、飯出来たから、机の上を片付けろよ」

「お前は一々煩いねェ。小言言わないと死ぬのか? マグロか?」

「どうだっていいよ。ほら、早く動く動く!」

「はぁ〜あ。ったく」

 

 一夏の言葉に溜息を吐きながら、秋斗は食卓の上を片付け始めた。

 

「――――千冬姉は残業だって?」

「あぁ。さっき電話でそう言ってた。だから遅くなるってよ。まぁ、流石に朝帰りはないと思うぜ? もしそうだったら明日は赤飯でも焚いてやれ」

「赤飯? 何で赤飯なんか焚くんだ?」

「ま、そのうち分かるさ」

 

 兄弟2人で食卓を囲む。

 この家で秋斗と一夏の2人で囲む食卓はそう珍しいものではないが、逆にこの半年で食卓の彩りが大きく変わった。少なくとも肉が毎日テーブルに並ぶようになった。

 以前は電気やガスの料金に一喜一憂し、閉店間際のスーパーによって、わざわざ廃棄前の食材を数グラム単位でより多く得ようとしていた。

 ソレから考えると、随分と人並みの贅沢が許される様になったと秋斗は思う。 

 また大きく改善された食生活の影響からか、少しずつ一夏の身長が、同い年の男子の平均を上回りはじめていた。

 

「なぁ、最近、千冬姉の残業多くないか?」

「まぁ、ようやく仕事が軌道に乗り始めた頃だろうからな。これからたぶん、もっと忙しくなると思うぜ?」

「…………そっか。あんまり前と変わってないな」

「ぁん?」

 

 『500万円事件』を境に、すっぱりと全てのバイトを辞めた千冬であるが、かといって家に居る時間が長くなったわけではない。少し前は勉強と試験、そして最近は仕事。故に休日に家を空ける回数は、以前とそれほど変わっていないのだ。

 バイトを辞めた結果、家族の時間がもう少し増えると密かに期待していた一夏は、現状が少し寂しいようだ。

 と、一夏の吐息の中にそんな感情を感じた秋斗は、悪辣に笑いながら一夏に尋ねた。

 

「どうした、いっくん。ちーちゃんがいなくて寂しいのか?」

「違う! っていうか、お前、束さんの真似はやめろって千冬姉に散々怒られただろ? まだ懲りてねーのかよ」

「懲りるわけないだろ? 『男には、例え負けると分かっていても、戦わなければならない時がある……』って言葉を、俺はハーロックさんから学んだからな。容易く姉貴の思い通りにはならんよ。ノートPC(トチロー)の死を無駄にするわけにはいかんし」

「………………」

 

 『500万円事件』の際に千冬に見せた秋斗の振る舞いは、正に『第二の天災』と呼ぶに相応しい。故に千冬は秋斗に強い影響を与えた張本人として、束に真っ先にその怒りの矛先を向けた。また秋斗もその際に千冬の怒りの一端を受ける事になり、結果として苦楽を共にしたノートPC――通称『トチロー』という、かけがえの無い“相棒”を失った。

 秋斗はその際、前世でゲームをやり過ぎた友人が親にプレステ捨てられ、嘆いていた事件を思い出した。

 生まれ変わった今になって、そんな前世の友と悲しみを分かち合う事が出来る事を知った秋斗は、今でも件の事件を思い出して感慨深い吐息を吐く。

 

「――――今、思い出しても悲しい事件だな。良い相棒だったんだが」

「くっだらねぇ……」

 

 秋斗に向って、一夏は呆れた様子で深々と吐息を漏らした。

 

「千冬姉にパソコン取り上げられたのは、完全に秋斗の自業自得だろ? やり過ぎたんだよ、お前は」

 

 一夏は千冬を髣髴とさせる清廉な様子で、きっぱりとそう断言する。

 その調子を見て秋斗は少しばかりイラっとした。

 

「…………良い子ちゃん振りやがって」

「なんか言ったか?」

「何にも」

 

 一夏の難聴振りを確かめるようにボソリとそう零した秋斗は、次の瞬間にはあっけらかんとした調子を取り戻し、そしてその影で小さく息を吐いた。

 現在、秋斗の手元には束作のノートPC(トチロー)が無い。先の一件以来、千冬がどこかに隠してしまったからだ。幸いにしてパスワードがなければ中を開く事は出来ず、流石に千冬も破壊まではしなかったのでいつかは取り返すことが出来るだろうが、それでも失った事実は大きく、秋斗に凄まじい痛手を与えたのは事実である。

 とは言え、バックアップはクラウドの方にあり、そして同時に密かにだが、秋斗は別の形で失った力を取り戻していた。

 

「――――実は第二第三の“トチロー”が『既にある』と言ったら一夏はどうする?」

「頼むからもう、本当に懲りてくれよ! 秋斗!」

 

 悪辣と笑う秋斗の言葉に、一夏は心から叫ぶようにそう訴える。

 が、秋斗は小さく笑うばかりでその訴えを飄々と流した。

 

「まぁ、俺の事は一端置いておくとして、だ。一夏の方の準備はどうよ? そろそろだろ。例の剣道の大会は?」

「ん? あぁ、その話か」

 

 食事の途中で、秋斗は話題を変えるように、現在一夏の傾倒する修行について尋ねた。

 修行と言うと仰々しいが、今の一夏にはそんな言葉が相応しく思える。それ程までに、今年の大会に向ける意気込みは凄まじいのだ。

 無論それは箒の側にも同じ事が言える。

 

「もちろん抜かりないぜ。今年は絶対箒に勝つつもりだからな」

 

 一夏はニカリと、自信の溢れる笑みを浮かべる。

 

「そうか。ま、勝ち逃げされないように頑張れや」

「応とも!」

 

 一夏は気合を入れるようにその日は茶碗に三杯もお代わりをした。

 

 

 

 

 それから一週間ほどの時間が過ぎ、昨年千冬が己の人生を見定めたのと同じ秋の剣道大会が今年も開かれた。

 例年と違うのはエキシビジョンとして柳韻の居合いと剣舞が特別に披露された事である。

 去年と同様に観戦席に座る秋斗は、自前で買ったタブレット――“トチロー2号”を手に、その居合いと剣舞の模様を動画で撮影して、せっせとブログに上げた。

 また千冬は大会には参加しないものの、昨年の覇者としての言葉を求められ、同じ高校に通う剣道部のメンバーに叱咤激励を送っていた。

 織斑、篠ノ之の両家にとって一番のメインイベントである一夏対箒の試合が始まったのは、それからしばらく時間が経った後――それは図らずも決勝の舞台で行なわれる事になった。

 

「……去年の雪辱は果させてもらうぜ。勝ち逃げなんて、絶対させてやらねーからな!」

「望むところだ。貴様にはこれまで散々辛酸を舐めさせられたからな。今回も私が勝たせてもらう!」

 

 壇上に向う途中で一夏と箒はそう言葉を交わした。

 一夏は箒が引っ越す事を知って以来、この日の勝利を目指して修練に励んだ。

 また箒は引っ越す事に大きなショックを受けていたが、今日の為に厳しく自分を追い込む一夏の覇気に当てられ、その想いとライバルとして恥ずかしくないよう一層剣に励んでいた。

 御互いのそんな様子を近い位置で見ていた関係者一同は、そんなどちらもを強く応援する。

 ――――そして勝負が始まり、一進一退の攻防が続いた。

 一夏の踏み込みを箒は鋭く捌き、更に隙を見て果敢に返す。

 一夏の体格がやや大きくなった事で一目には箒の方が不利に見えるが、その程度は些細な事だと箒も気迫は微塵も一夏に引けを取らない。そして経験の差が出たのか、鋭い篭手が一夏を穿ち、箒が一本目を先取した。

 審判の旗が揚がると会場が湧いた。

 とても小学生とは思えぬ息を呑む攻防がそこにはあったからだ。

 

「ふぅ……」

 

 面の下で一夏は吐息を吐く。

 理解はしていたが、箒は強かった。それが改めて理解できて嬉しいという気持ちが一夏の胸に湧く。

 同時に、故に負けたく無いと言う憤りが湧いた。

 

「絶対勝つ……!」

 

 一夏の執念が届いた様に、2本目は一夏が取った。

 あえて肩に打ち込ませて密着したところを強引に腕力で弾き、その隙を突いて胴で薙ぎ払ったのだ。

 

 三本目――――。

 

 会場が静まり返る中で、一夏と箒は同時に動いた。

 御互いが隙を誘い巧みな連続技で翻弄する末に、箒と一夏の面が交錯した。

 そして白の一夏の側の旗が上がった――――。

 

「――――これで漸く引き分けになったな? いっその事、帰ってから決着つけるか?」

「流石に今日はもう勘弁してくれよ……」

 

 大会が終り、その帰路の途中で秋斗は一夏に尋ねる。

 一夏は首を横に振りながら勘弁してくれと吐息を吐いた。

 そんな一夏の様子を見て、箒が鼻息荒く告げる。

 

「私は一向にかまわんッ!」

「いや、だから勘弁してくれって、箒」

「軟弱な事を言う……負けるのが怖いのか?」

「お前だって、フラフラじゃねーか?」

「っ!? そんな事は――――」

「あるだろ?」

 

 一夏は呆れた様子で箒に言った。

 箒はどこか寂しそうで、焦りを抱えているようにも見える。

 

(――――時期的にそろそろか)

 

 秋斗は口に出さずに、内心で密かに思った。

 箒が転校する日は直ぐそこまで差し迫っている。冬を迎える頃にはこの日本のどこかに引っ越すという話が出ているものの、詳しい事は秘匿されている為、具体的な日取りは未定――。極端な言い方をすれば、大会の終った今日、もしくは明日の内にでも、どこかに引っ越しかねないのが今の篠ノ之家の状況だ。現時点でも篠ノ之道場にはかつて世話になった多くが挨拶に訪れており、また学校では送別会に近いお楽しみ会が一夏と箒のクラスで開かれたらしい。

 そして既に秋斗も一夏も箒にはそれぞれ餞別を贈っている。

 秋斗は懸賞で当たった『目覚し時計』。そして一夏の方はネタなのか本気なのかいまいち判断がつかないが。自家製の『食べるラー油』を贈っていた。

 流石にもう少し形に残るものにした方がいいのではと気を利かせた秋斗は、後日一夏にリボンを贈らせに走らせた。

 

「――――と、悪い。着信だ」

 

 秋斗は自前で買ったスマホに掛かってきた通話の知らせを受けて、一夏と箒から少し離れた。

 

「もしもし?」

『やぁ、やぁ、やぁ、元気にしてたかな? 貴方の束さんだよ♪ 今、あっくんの後ろにいるの』

「…………は?」

 

 秋斗は思わず電話の主――束の言葉に振り返った。

 すると先ほど通過した電柱の影に、見覚えのあるメカメカしいウサギ耳のカチューシャをつけた束がそこに――――居なかった。

 

『冗談だよ♪ まだまだ修行が足りぬようじゃな。もっと精進しなきゃダメだよ?』

「……ご忠告痛み入るぜ、お師匠。で、どうしたんです?」

 

 秋斗は溜息をひとつ吐き、電話を続けながら歩みを再会した。

 『500万円事件』の影響で束は織斑家に出禁となっている。加えてノートPC『トチロー1号』が千冬に没収されたので、実は秋斗と束がこうして話すのは意外に久しぶりの事であった。

 

『ん~まぁ、用件って程じゃないだけどね。ちょっと今から言う住所を覚えて欲しいのさ』

「住所?」

『そう。そこにあっくんに渡したいモノが置いてあるんだ。次の指示はそこに在るから、時間がある時にちゃんと自分で行って確かめるんだよ? ちなみに拒否はダメだからね♪ 拒否したら自動的にエッチな手段でお金を稼いだ事をちーちゃんにバラシマス。ソレが嫌ならちゃんと先生の指示に従いなさい。それでこの間の事は許してあげる』

 

 それは余りに唐突な提案だったが、秋斗に拒否権は無かった。

 ただでさえ『500万円事件』の時に、秋斗は束に大きな借りを作ったのだ。

 弟子の尻拭いは師匠の役目とは言え、盛大に千冬に対するアフターケアの大部分を束に分投げた身としては、例えエロ同人で稼いだ云々の言葉が無くとも、秋斗は束の頼みを了承するつもりだった。

 秋斗は吐息を一つ吐く。

 

「……別にそんなに釘刺さなくても。で、とりあえず俺は時間を見つけて早い内にその住所とやらに行けば良いんですかい? 良く分からんけど?」

『そう言うことだね。じゃ、今から言うからちゃんと覚えるんだよ~』

 

 秋斗は電話越しに聞かされる住所を脳裏に刻んだ。

 束の脈絡の無い申し出はコレが初めてでは無かったので、秋斗はこの時はそれ程大した案件ではないと高をくくっていた。

 しかしこの時の会話が、後の世に影響する難題を正に吹っ掛けられたその瞬間だと知るのはそれから間もなくの事だ。

 

 ――――そうして秋の終わりが近づく頃、束を含めた篠ノ之の一家は、織斑家の一同の前から姿を消した。

 織斑秋斗の原作にたどり着く為の物語は一応の終息を迎え、そして時の移ろいと同じく、次の段階へと進み始めた。




第一部完結!

本編の流れとしてはこれで一応の区切りです。
原作ヒロインの扱いの薄さとか、ちーちゃんの内面とか中途半端な終わりとか色々意見あると思いますが、それらについては追々思いついたら幕間という形で足して行こうと思ってます。
詳しくは活動報告へ






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