IS原作にたどり着け! 『本編完結』   作:エネボル

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実は暇を見て過去の展開やら何やらとかちょこちょこ直したりしてます。



15 『いつか』に続く最善だと信じたい 前篇

「――――織斑の気持ちも分からなくはないんだ。ただ先生は、決断を焦りすぎていると思う」

「分かっています。ですが、もう決めたことですので」

「ふむ……」

 

 時間は少し遡る――――。それは冬休みが明けた半ばにして、春休みを前にした最後の進路相談の頃である。

 織斑千冬は個人面談として、高校の担任教師とマンツーマンで問答を繰り広げていた。

 千冬の学年は今年の春から高校3年となる。故にその先の進学、就職等の進路について、放課後に担任と1人1人個別に面談する機会が組まれていた。

 先の剣道大会で既に己の進路を見据えた千冬は、必要な書類を集めて、それに望んだ。

 担任は机の前に置かれた千冬の『IS適正診断の報告書』と、日本IS委員会が発布した『IS操縦者候補生試験の嘆願書』に視線を落とす。

 

「ISについては先生も詳しく知っているわけじゃないからなんとも言えないが、その候補生を目指すのは高校を卒業してからではダメなのかな? 織斑の成績なら奨学金が出る優秀な大学だって推薦してあげられるし、そちらに進学してからの方が、試験を受けるにせよ就職と言う形に落ち着くにせよ、先生は良いと思うんだが?」

 

 担任は難しい表情で千冬の意見にそう言葉を返す。

 しかし千冬はその言葉を重々承知した上で、首を横に振った。 

 

「申し訳ありませんが、大学に進学する気はありません。それに今回の応募試験を逃せば次がいつになるか分かりません。それに試験はコレが第一回目ですから、下手な基準がない分、十分に受かる可能性があると思います」

「しかしだね――――」

「それと適正調査を受けた段階で既に、政府の方から是非試験へとの推薦も受けています。先生から許可を頂ければ直ぐにそれに向えるよう、準備も進めています」

 

 千冬は適正診断書に書かれた、理論上の最大値に等しい『A+』の己の適正を示す。

 

「試験に受かって候補生となれば、国からの給金も出ます。安易に進学したり就職する以上に、私には都合が良いんです」

「…………利点だけを見れば確かにそうだが、それ以外の事もちゃんと考えているか? 仮に試験に受かれば良いが、落ちた時は? 要項には最終審査が出るのは半年先。夏には約一ヶ月間の研修――落ちれば当然、夏休みが無駄になるし、受かったとしても卒業するまで学校を続けられるか? それに試験の資格者は16歳~25歳。単純な数字で考えても、相当狭き門になると思うが?」

「無論、それは承知の上です」

「いいや、わかっていない。いいか、織斑。お前のやろうとしてるのは一種の“博打”だぞ? 確かにISって言葉は最近よく騒がれるようになったが、まだその分野は誰にも未来が見通せないベンチャー事業みたいなモンだ。お前はそれに挑戦しようとしてるんだぞ?」

「………………」

 

 織斑千冬は自他共に認める優秀な生徒である。同高校に特待生免除で通学できる数少ない学生の内の1人であり、生活態度は真面目そのもの。家庭の事情によって部活動に励む事は無いものの、もし高校剣道の公式試合に出る事が出来れば学校の顔役として、全国有数の有名選手として名を馳せていただろう。

 故にそんな千冬の将来について、千冬を預かる高校の担任は、なるべくならば最善の未来を約束してやりたいと思っていた。

 そうして始まった個人面談の席で、千冬は一種のベンチャーとも言える昨今に名を聞くようになったISの分野に進みたいと言った。

 

「家族の事を思うんだったら、もっと堅実に物事を見据えた方がいいと思う。少なくとも、先生はそう思う」

 

 決断を焦る理由は担任も重々承知の上だが、それでも厳しくそんな言葉を千冬に送る。

 ISについて現段階で明るい人物など今の民間に存在するとは思えないし、幾らその分野がこれから先を担う産業になるという様な意見があれ、それは政府のプロパガンダのようなもの。

 一生を左右する大事な若い時期に、そこへ人生を預けるような真似をするのは危険だと担任は思っていた。

 ――――しかし千冬はソレを聞いても尚、頑なに言葉を続けた。

 

「すみません。ですがお願いします。試験を受けさせて下さい!」

 

 真剣な様子で真っ直ぐに担任の眼を見据えた千冬は頑として引かず、正面から頭を下げつづけた。

 

「――――やれやれ、随分と長かったみたいだな? 廊下まで話が聞えてきたよ」

「あぁ、時間を掛けてすまなかった」

 

 結果的に千冬の進路相談は予定されていた時間を30分程オーバーした。加えて今日だけでは決着が付かず、話し合いは次の機会に持ち越された。

 教室を出ると次の面談者である篝火ヒカルノが退屈そうな様子で立っており、千冬はそれを見て一言ヒカルノに詫びる。が、ヒカルノはそれに対して首を横に振った。

 

「いやいや、織斑のお陰で話を通しやすくなったからな。もし私が先に面談をやっていたら、立場は逆になっていたかもしれないし」

「……そうなのか?」

「あぁ。私もISっていうベンチャーに、飛び込んでみようと思っているからな。この場合先にソレを言ったほうが、担任から強い引止めに合う。織斑が担任の体力を減らしてくれたお陰で、私の方はスムーズに話が進みそうだ。その点は感謝しておくよ」

 

 ヒカルノはそう言ってひらひらと手を振り、千冬の脇を通り過ぎるように面談に向った。

 篝火ヒカルノは千冬と同じく特待生で、意外な事にその縁は束に匹敵するほどに長い。しかし今の様に話をする機会はそう多くなかった。

 趣味を驀進する天災の束。過酷な経済状況に四苦八苦する千冬。そんな所謂一般的ではない2人に比べると、ヒカルノは確かに変人に類するが“まとも”な部類に入るからだ。故に馴れ合う機会が無かった為である。

 

「――――そういえば、まさかアイツも試験を受けるのか?」

 

 ふと、千冬は帰路の途中で、先のヒカルノの台詞を思い出した。

 ヒカルノの事はあまりよく知らないが、少なくとも先の言葉は同じ分野を目指そうとする者に対しての言葉だと思った。

 それに気づいた時、千冬の心に小さな感動が湧くのを感じた。

 意外な事に千冬は、同じ分野を目指す“仲間”が身近にいた事を知って心強さを感じていた。

 

 そしてそれから一週間ほど期間が置かれ、千冬の二回目の面談が開かれた。

 その際に開かれた話し合いは担任と生徒の個人面談ではなく、学年主任や校長を含めた教師数名と、千冬やヒカルノを初めとする操縦候補生を希望する2、3年生の女子生徒が一堂に会する形になった。

 その席で学校側の教師一同は、職員会議で急遽作り上げた試験を受けるにあたっての大まかな条件を幾つか生徒達に発表した。

・前代未聞の試験で有る以上、滑り止めをはじめとする予備の進路を確実に用意する事。

・書類選考後の本試験については学校での成績を鑑みて、受講可能か学校側が判断する事。

・試験にさしあたり試験に関する休学は一応の単位とする為、独断での退学はなるべく避ける事。

 それら3つを最低条件に、それ以外の細かい幾つかのルールを遵守させる事で、初めて候補生試験を受けさせると教師達は言った。

 

「どうした?」

「いや、まさか此処まで私の意見を汲んでくれるとは予想外でね」

 

 千冬は受験希望者として名簿に名を書く途中で、含み笑いを浮かべていたヒカルノに気づき、理由を尋ねた。

 

「前例が無いからしり込みするのが教師側の意見だ。なら幾つかの規約を作ってそれを遵守する形にすれば安心するだろうと思って、雛形を作ってこの間の面談で担任に伝えたんだが……まさか殆どそのまま使ってくるとは思わなかったよ」

「……お前が作った?」

「作ったと言われると語弊があるけどね。大まかな事は私が提案したよ。意外だったかい?」

 

 ヒカルノは悪戯っぽく笑う。

 そこで千冬は思い出した。そう言えば篝火ヒカルノは束に次ぐ才女だったと――――。

 

「まぁ、キミの親友(篠ノ之束)なら、こんな回りくどい真似なんてしないだろうがね」

「いや、あの馬鹿()のやり方は良くも悪くも直球過ぎる。寧ろ、今回の篝火の様な“社交的なやり方”を少しは見習わせたいくらいだ」

「おや、嬉しい事言ってくれるじゃないの? 褒めても何も出せないよ?」

「別に何もいらんさ」

 

 織斑千冬と篝火ヒカルノ。

 彼女らは後にブリュンヒルデとなり、そしてその剣となる傑作IS暮桜を生み出した世界有数の技術者となる。

 後の歴史にIS時代と記される時代の先駆けとして、2人の名前はIS学園計画のその第一期生として記される。

 その第一歩が踏み出されたのは、原作を7年遡った冬の終わり――春の初めの頃であった。

 

 

 

 

 四月になり、双子の織斑兄弟はそれぞれ小学校三年生へと進級した。

 低学年と言われた時期も終わり、少なからず大人びた意識が芽生え始める頃。

 世間では織斑の兄の方と呼ばれる一夏は、早起きすれば学校に行く前の短時間でも鍛錬は出来る事に気づき、それ以来毎朝学校に行く直前の早い時間にも自己鍛錬を行う様になった。

 きっかけとなったのは、去年の剣道大会での敗北である。

 あの時余計な事を考えずに真剣な気持ちで闘っていれば負けなかった――。

 一夏はそんな風にして当時の悔しさを未だ思い出す。妙に気負って千冬を真似るような行動の末に失敗した経験は、苦い思い出として少年一夏の胸に深く刻まれていた。

 故にその悔しさを噛み締めるような気持ちで、今日も一夏は、朝焼けの中を独り黙々と走っていた。

 懸賞で当てたMP3プレーヤーを身につけ、イヤホンから流れる軽快な音楽と共に町内を一周。一夏が鍛錬の中で流すその曲は、曲名こそ知らなくとも一発で使われた映画の名を思い出せる程に有名な一曲だ。

 『ロッキー』

 それがその映画のタイトルである。

 一夏が件の映画を見た切っ掛けは、試合で敗北し憔悴しきった一夏に秋斗が思いつきで見せたからだ。

 

「……勝利を諦めるな(ネバーギブアップ)! 次は絶対勝つ!」

 

 一夏は己が主人公であるような勇ましい気持ちを抱いて朝焼けの中を走り、家の前に着いたところでようやくその足を止めた。

 

「――――ただいま」

「お帰り」

 

 汗を拭きながら一夏が玄関の戸を開けると、目の下に薄っすらと隈を作った弟の秋斗が一夏を出迎えた。

 どう見ても寝ていないだろう秋斗の様子を見て、一夏は思わず眉を顰めた。

 

「ちゃんと寝ろって千冬姉にも怒られただろ? いい加減にしろよ、お前」

 

 一夏は思わず苦言を呈した。

 秋斗は毎晩のようにヘッドセットを嵌め、ノートPCに向ってなにかの作業を行なっている。詳しい内容を聞いても一夏には理解できなかったモノ事ばかりだが、明らかに秋斗の生活は不健康で不健全だと一夏は思った。故に一夏は兄として、何かに付けて小姑のように、秋斗の生活態度に小言を漏らすようになった。

 

「怒られたぐらいで人は死なねぇよ。それと文句なら博士に言ってくれ」

 

 秋斗は一夏の小言を右から左へと聞き流すように、手を振りながら返した。そして欠伸をかみ殺しながら、愛用のノートPCを立ち上げて再びなにかの作業を続けた。

 一夏から見て最近の秋斗の様子と態度は、千冬の友人である天災科学者――篠ノ之束を髣髴とさせた。なので一夏は、『奴に口で言っても聞きやしない』という束に対していつも姉が零す愚痴の意味を、段々と理解し始めていた。

 秋斗という弟を一夏は、正直な話“凄い”奴だと認識している。具体的にどう凄いのかを説明出来ないにせよ、ソレは間違いない。要するに一夏にとって秋斗とは自慢の弟なのだ。

 成績(理数系)は学校でもトップクラス且つ非常に物知りで、一夏には到底出せないような斜め上を行く発想を思いつく。加えてそんな奇抜な発想を容易く実行してのける妙な行動力がある。

 秋斗の思いつきの中で最も印象深いモノを上げろと言われたら、一夏は真っ先に〝懸賞はがき”の事を思い出すだろう。

 なぜならあの一件で一夏は、秋斗に対する今の尊敬の気持ちを確立させたからだ。

 故に一夏は、心の奥底で『いつか秋斗にも勝ちたい』と思っていた。もっとも『勝つ』と言っても既に武では一夏の方に軍配が上がる為、意味合いとしては秋斗以上の『頼りになる男』になると言ったところだ。

 ――――そんな秋斗という弟は、一夏にとって非常に頼りになると同時に、非常に『厄介な存在』にもなりつつあった。

 

「おい、秋斗! 湯煎だかなんだか知らないけど、パーツ鍋で茹でるの止めろって言ってるだろ! 後、風呂場で塗料吹いただろ!? シンナー臭いぞ!」

 

 一夏は浴室に向う途中の台所で、キッチンタオルの上に乾された無数のフィギュアのパーツを発見した。それだけならまだよかったが、その直後。シャワーを浴びようと浴室の戸を潜った瞬間、一夏は鼻を突いた不快な有機溶剤の匂いに思わず声を荒げた。

 風呂とキッチンは一夏の聖域である。それを間違いなく犯し汚した原因の秋斗に、一夏は全裸のまま歩みよって怒鳴った。

 

「ぁん? シンナーに臭いなんてあるわけないだろ? 後付された臭いはあるけど――――」

 

 シンナー等の危険性について学校でも習った為、一夏は雑多な管理で容易にソレを使う秋斗に対し怒りを顕にする。しかもソレを風呂場で使った事に強い怒りを覚えた。

 が、それに対する秋斗の返事は屁理屈交じりの上に、まるで反省の色がなかった。

 

「そう言う事を言ってんじゃねーよ! 学校で習っただろ! シンナーは歯とか骨を溶かすって!」

「希釈された市販のシンナー程度で骨が溶けるわけねぇだろ? あんなモン、大げさなふかしだ。んでもって臭いが気になるなら換気扇でも回しとけよ。っていうか、回してあるだろ?」

「それでも臭うんだよ! っていうか、模型弄るならベランダでやれって言ってるだろ!?」

「風の強い中でどうやってトップコート吹けと? それに経験上、夕方頃になればもう臭わねぇよ。っていうか第一、わざわざ朝に風呂入らなきゃ良いじゃん? それに前から思ってたけど、お前一日に何回風呂入るんだよ?」

「なっ!?」

「一日に3回とかちょっとありえねぇだろ? ガス代って地味にデカイんだぜ?」

「ぐっ――――」

 

 無駄に知識があって知恵が回る分、口では一切、一夏は秋斗に勝てる気がしなかった。

 確かに一夏が朝夜二回に加えて毎朝の鍛錬後にもう一度風呂に入るようになってから、織斑家のガス代が少し高くなった。

 ソレを思うと実に反論し辛い意見である。しかも秋斗は判った上でソレを指摘している。

 

「そ、ソレをいうなら秋斗だって毎日毎日たくさん電気使ってるじゃないか! アレとかアレとかアレとかだって無料じゃないんだぞ!」

 

 一夏は苦し紛れに秋斗の持つリューター、コンプレッサー、塗装ブース、ノートPC等を指差した。

 織斑家でマルチタップが全部埋まる程の電化製品を所有するのは秋斗である。その電気代を考えれば、入浴が一度増えるぐらいどうという事はないと一夏は言った。

 そこで初めて秋斗は、痛いところを突かれたという様子で舌打ちした。

 

「――――ただいま。……おい、何をやってるんだ、二人とも?」

 

 そこへ朝のバイトから帰ってきた千冬がやって来た。

 

「あぁ、千冬姉お帰り! ちょっと聞いてくれよ秋斗が――――」

「…………このタイミングで関羽が出るか」

「おい、コラ。誰が蜀の英雄だ?」

 

 一夏は味方を見つけたように顔をほころばせる。対する秋斗は鬱陶しそうに顔をしかめた。

 千冬は剣呑な雰囲気の弟達を見て溜息混じりに言った。

 

「とりあえず一夏、風呂に入るんでないならパンツぐらい履け。話は秋斗から聞いておく。――――おい、秋斗。誤魔化すなよ?」

 

 一夏はそこで全裸だった事に気づいた。一夏は慌てて股間を隠し、そそくさと浴室に戻った。

 その背後で『誤魔化しは無し』と釘を刺された秋斗が溜息混じりの様子で、「風呂でトップコートを吹いた」と千冬に打ち明けた。

 朝食の前に一度、千冬の雷が秋斗の脳天に落ちたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

「ねぇ、あっくんは何で剣道辞めたの?」

「あ~、ガラじゃないからかな?」

 

 秋斗は少し考え、隣に座る束にそんな言葉を返した。

 

「ガラじゃない? どういう事?」

「……なんていうか、技は身に付けたいけどルールに縛られたくないっていうの? 一文銭をぶった切った座頭市の居合いは覚えたいけど、姉貴とか一夏とか箒みたいに“クソ真面目”に武道に精進はしたくないみたいな? ……あと、剣よりも銃とかナイフの方が好きだからかな」

「へぇ、そうなんだ。初めて知ったよ。でもそれってちーちゃんに言わない方が良いかもね。たぶん呆れられるよ?」

「ンな事は百も承知よ。だから博士にしか言わんよ」

 

 目を丸くする束に秋斗は苦笑いを浮かべながら言った。

 剣を辞めた理由について千冬や一夏に散々聞かれたが、そのどれもが作った理由である。そして本当のところを言ったのは、今回の束に対してが初めてであった。

 そんな秋斗の言葉に束は少し声を弾ませる。

 

「……そうなんだ。じゃあ、銃とかナイフの何処が気に入ったのさ?」

「昔『荒野の七人』って映画を見てな。それに出て来るジェームズ・コバーンがスゲェ格好良かったから。後は『エイリアン2』に出てきたパルスライフルのSEが気に入った感じ」

「映画好きなの?」

「まぁ、それなりに。“サメ”から“トマト”から“ゴアい”のから“ホラー”までなんでも」

「……“なんでも”じゃないじゃん。あっくん、それ物凄い偏ってると思うよ?」

「頭使わなくていいのが好きなんだよ。爆発とか銃撃とか血飛沫とか。なるべく説教臭くてかったるい意識高い系のシーンが少ない奴が良い。っていうかウチの家族は全員そうだと思うぜ?」

 

 秋斗は顎で、目の前にいる千冬と一夏を指す。秋斗ほど変な偏りはないものの、一緒に暮らした結果3姉弟それぞれの映画趣味は意外に似ていると思っていた。

 秋斗はもう一度束に視線を移す。そしてふと、束の不思議の国のアリス的な出で立ちを見て思った。

 

「――――博士って『パンズラビリンス』だよな。もしくは『チャーリーとチョコレート工場』?」

「…………ねぇ、それどういう意味?」

「いや、別に深い意味はない」

「じゃあちーちゃんとか箒ちゃんとかを映画で喩えたらどうなるの?」

「姉貴は間違いなく『沈黙』――もしくは『エクスペンダブルズ』だろ? んで、箒は『伊丹』作品系? 一夏は……『マーブル』系のヒーロー物かな?」

「じゃあ、あっくんは?」

「俺? 俺は『ターミネーター1』か……『大脱走』、もしくは『アイアムレジェンド』? 『シェーン』とか『ダーティーハリー』って言いたいところだけど、多分そうはなれねぇと思う」

「…………幾ら束さんが天才でも、あっくんのその基準が良く分からないよ」

 

 それからしばらく束との映画トークに興じながら、秋斗は目の前で繰り広げられる二つの戦いが終るのを待った。

 

「――――ねぇ、あっくん。いつ聞こうか迷ったんだけどその“タンコブ”どうしたの?」

「ぁん? まぁ、ちょいとな……」

「ちーちゃんにやられた感じ?」

「まぁね」

 

 束は秋斗の脳天に作られたタンコブを撫でる様に擦った。

 秋斗は大人しくされるがまま、今朝の一件を束に話した。

 

「――――お風呂場でトップコートねェ。普通に塗装ブースの前じゃダメだったの?」

「いや、別に構わない。ただなんとなく“説得”の前に一度下らない事で怒られて評価下げといた方が良いかなと思ってさ」

「……どういう事?」

「“荒唐無稽”な事って、ある程度馬鹿なキャラじゃないと受け取ってもらえないじゃん? 実際博士もそうやってキャラ作ってんだろ?」

「………………」

 

 束は秋斗の言葉に無言で笑みを浮かべた。

 

 珍しくその日は束が日本に居た。秋斗と束は殆ど毎日のように連絡を取り合っている仲だが、意外に直接顔を合わせた回数は数えるほどしかない。

 そんな2人が本日、顔を合わせた場所は篠ノ之道場である。

 2人は仲良く座布団を並べ、道場の片隅で目の前で繰り広げられる二つの戦いを眺めながら、のんびりとこの後の会食の為に時間を潰していた。

 一夏対箒、柳韻対千冬の試合――――。

 それぞれの立ち合いは実に対極的だ。一夏と箒の方は隙在らば仕掛けると言う“動”の展開が多く見られ、対照的に千冬と柳韻の立ち合いは高度な読み合いを前提とするが故に、動きの数に比べて一つ一つの動作の質が非常に高い。

 普段ならそのどちらの試合にも同門の弟子達という観客がつくが、本日この道場にいるのは篠ノ之、織斑の両家族のみ。故に二つの試合を観戦する客は、秋斗と束の2人しかいない。

 

「――――何でそう思うのかな?」

 

 束はいまだ続く二つの試合から一切目を逸らさずに、秋斗に問う。

 秋斗はその質問に、同じく視線を向けずに返した。

 

「なんとなく、かな? 博士的な言い回しをすると凡人? 所謂パンピーみたいな連中に、普通じゃねェような手段でやらかしたあれこれを上手く説明しようと思ったら、博士みたいに(・・・・・・)やるのが一番だなって思ってさ。一々説明出来ないような“結果”だけど、それを無理やり見せ付けて、なんやかんやで強引に受け入れてもらうっていうの? それって道化キャラじゃないと無理だろ? 多分博士なら、それ判った上でやってる方が自然かなと思っただけさ」

 

 別に秋斗は束がキャラクターを演じている事に気づいていたわけではなかった。ただ、己がやった幾つもの資金策と、それによって生み出された結果を千冬達に説明する為の最善を考えた際に、もっとも身近に居た一番優秀な人物とその思考が偶然被っただけの事である。そしてこれまで積み上げた束との信頼と、間近で実感したその優秀さに、あえて理解した上で自ら演じていると解釈したほうが、より“らしい”と思ったからである。

 ――――そしてその秋斗の解釈は、正しかった。

 秋斗が言葉を切ると、束はまるで観念したかのような深い吐息を吐いた。その様は秋斗が今までに見たことが無い様子であった。

 

「はぁ、ばれちゃったかぁ~」

「あぁ、やっぱり演技してたんだ」

「そりゃあね。ああいうキャラの方が楽なんだもん。真面目なキャラだと相手が理解出来るまで説明してって言われるじゃん? そんなの真面目に相手してたらキリが無いし」

「そらそうだ」

 

 秋斗は束の漏らした本音を聞いて、苦笑混じりに同意した。

 

「に、してもあっくんは流石だね。本当に小学生なの?」

「まぁ、実際の所、俺には前世の記憶があるからな。だから頭脳は大人で身体は子供な感じのキャラなんだよ」

「…………え、本当?」

「え、信じるの?」

 

 秋斗の言葉に束は年相応の笑みを浮かべた。

 

「ごめん。今一瞬、信じかけたかも。なんかあっくんを見てると、私が今まで会ってきた人がどんな感想を抱いたか分かる気がしてきたよ」

「なに、胡散臭いって?」

「うん。って言うかあっくん本当に束さんの後継いでみる?」

 

 束は秋斗の眼を真っ直ぐに見据えて言った。

 それは今までの様な言葉遊びの延長ではなく、ある種本気の誘いであるように見えた。

 秋斗は一瞬、宙に視線を移して吐息を一つ吐いた。

 

「……悪くないけど、もうちょっと待ってもらえません? 今は少しやる事があるんで」

 

 秋斗は少し考え、そう言葉を返した。

 織斑家を立て直す為に積み上げたプランは既に最終段階にある。

 あと一つ――――このすぐ後に始まる“最後の試練”を無事乗り越えれば、それで一応の区切りがつくからだ。

 

「――――そう。じゃあ、気が向いたらいつでも言ってね」

 

 束はそう言って。そして再び表情に何時もの空笑いを貼り付けた。 


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