※ここで出てくる「不死者」はアインズ様のことではなく、ダークソウルでいうところのプレイヤーキャラクターです。
その不死者の振るった剣が、最期の一撃となった。
切り裂かれた巨大な狼はその身からソウルの輝きを発しつつ、大きくその身を仰け反らせる。
狼がくわえていた巨大な剣も、地面に突き立つと同時にその形を光に溶かして消えていく。
それはの狼の体も例外ではなく、山のような威圧感を与えていたものが光へと変わり、形を失っていった。地面に横倒しになるが、その感触もどこか遠い。
狼の意識もまた薄れていく中、自分を殺した相手を見やる。その不死者はなんの感慨もなく、狼が守っていものを拾うと、そのまま踵を返す。
何度も繰り返した定められた道筋をなぞっているだけのような、何の感情も感じられない様子だった。
そしてそれは事実だった。狼と男は何度も何度も、この光景を繰り返している。
狼は自分を七回殺した相手に、不思議な感情を抱いていた。
自分が守るものを求めて、その不死者は七回前にやってきた。
その時の不死者は全く強くなく、狼の一撃であっさりと光と消える程度の存在だった。そんな存在が狼の元を訪れるのは珍しいことではなく、その頃は狼もその不死者のことを特に気にもしていなかった。
自分の守るものを奪おうというのなら倒すし、そうでなければどうでもいい。狼はただ亡き友の誇りを守るために、友の墓の傍で戦い続けていたからだ。
そんな狼の前に、その不死者は何度も現れた。幾度となく剣を交え、ひたすらに戦い続けた。その不死者は回を追うごとに強くなり、徐々に狼の方が圧倒されることも増えた。足を引き摺りながら辛うじて勝利したこともある。
そして最初の最期が訪れたとき、狼が感じた感情は友の誇りを奪われたことによる怒りと憎しみ、そして少しの達成感だった。
命尽きるまで戦い続けた自分への賛辞を抱きつつ、狼は自身の体をソウルに溶かした。
だが、ふと気付けば狼は再び友の誇りを持って同じ場所に佇んでいた。
人間が見上げるほどの巨躯になっていたはずの体も小さくなっていて、友の墓の前に狼は立っていた。
奇妙な現象に混乱しているうちに、また友の誇りを奪取せんと様々なものが襲いかかってきて、狼は無我夢中でそれらを蹴散らした。
その際、妙に体が機微に動き、力が溢れているのを感じていた。いままでなら二度三度と斬りつけなければ倒しきらなかった重装備の侵入者も、一太刀で真っ二つに蹂躙する。
そうしているうちに一度倒されたことは夢であったのでないかと思うようになり、狼はただひたすら戦い続ける日々に戻った。
それが再び乱されたのは、かつて狼を一度殺した不死者が再び現れたからだ。
その頃には狼の記憶は曖昧になっており、初めて戦うつもりでその不死者に挑んだ。しかしその不死者は、まるで狼の立ち回りを覚えているがごとき対応で、狼を翻弄したのだ。
その不死者の立ち回りに戸惑いつつも、一度目よりも上昇していた狼の力についてこれなかった不死者を倒した。
光と消える不死者を、狼は不思議な気持ちで見送った。
だが、不死者はまた挑んできた。何度倒しても不死者は現れ、その度にどんどん強くなっていた。
狼はやがて再び倒され、二度目の死を迎え――
そして再び友の墓を守っていた。
果たしてこれは夢なのか。それとも世界が繰り返されているのか。
狼はわからないままで、また数百年間に渡って来訪者を蹴散らし続け、またその不死者に出会った。
三度目の不死者は狼の力を遥かに越えており、瞬時に倒された。体を光に溶かしながら、一体この不死者は何者なのか、狼は考えていた。
そして四度目の邂逅の時。
現れた不死者は、なぜか狼と戦うことを迷っているようだった。
狼は理由はわからなくとも、不死者が動かないうちが好機だと判断し、一気に不死者に襲い掛かった。後退しようとして足を取られたのか、尻餅をつく不死者を前足で押さえつけ、上半身をかみ砕いてやろうと顔を近づけた時――その不死者から懐かしい匂いを感じた。
思わず狼は動きを止める。
鼻を近づけ、よりよく匂いをかぎ取った。それは確かに亡き友の匂いだった。何百年――繰り返した時間も含めれば何千年――嗅いでいなくても狼の記憶には確かにその記憶が残っている。
嗅ぎ間違えることなどありえない。
それは狼が唯一絶対の友と認めた者の匂いだった。
なぜその不死者から男の匂いがするのか。不思議だった。不死者がその友であるというわけではない。匂いが不死者の体にこびりついているだけだ。
そして、狼はその不死者自身の匂いも、なぜかどこかで嗅いだことがあると感じていた。
遠い記憶。幼い頃の記憶だ。大事な大事な友と別れることになって、暗闇の中に取り残されていたときの記憶。その時、光が差し込むように、狼の目の前に現れ、救ってくれた存在と同じ匂い。
これまで不死者とは三回も戦って来た。なのに、いままでは一切感じなかったその匂いを、なぜ今回に限って不死者はさせているのか。なぜ自分はその不死者の匂いを懐かしいと思いだすのか。
不死者は押さえつけた前足をどけた狼に向け、手を伸ばしてくる。それは撫でようとしているかのようで、敵意は感じられない動きだった。
だが、その不死者の手を避けるように、狼は体を逸らして遠吠えをあげた。
どうして不死者が急に友の匂いを染みつかせてきたのか。
どうして不死者から幼い頃に自分を助けてくれた誰かの匂いがするのか。
疑問は尽きなかったが、それはそれだ。
例え懐かしい存在であろうと、亡き友と関わりがあろうと。
友の誇りを守るために、狼は戦う。
それは懐かしい匂いとの決別の遠吠えであり、迷いを抱いた自分への叱咤の咆哮でもあった。
狼は地面に突き刺していたままだった剣を引き抜くと、それを口に構えて不死者と向き合った。
不死者は狼に対して戦いを拒絶するように首を横に振ったが、戦わなければならない。不死者は自分の持っている友の誇りを求めてここに来ているはずだ。
これまでの三回とも、それを不死者は回収していったのだから。
狼は躊躇いを振り切るように、豪快に剣を振り回した。一度振り切った剣を、すばやく逆向きに咥え直し、さらに振る。
不死者は盾で狼の連撃を受けたが、堪えきれずに吹き飛んだ。
不死者には迷いがあったが、それでも技量は圧倒的だった。
狼はあっという間にボロボロにされ、足を引き摺って戦いを続ける。
不死者はそれでもなお狼が戦意を失うことを期待していたようだが、狼が決して剣を放さないことを知ると、静かに剣を構えた。
狼が跳躍し、不死者が迎え撃つ。
狼が四度目に斬り倒されたとき、不死者の目から涙が零れたように見えた。
その後も、五回目、六回目と何度も不死者とは剣を交え――狼はその度に倒された。
その都度、不死者は強くなり、七回目の戦いは一方的なものだった。狼の攻撃がかすりもしない。繰り返す度に狼の能力は向上し、戦法もその都度工夫していたというのに、不死者の成長はそれ以上だった。
躊躇うことのない不死者の連撃によってあっさり決着はついてしまった。
何度も狼を殺した不死者は、もはや何の感情も見せることなく、ただ作業をこなすように狼を殺し――そして去っていった。
意識を中空に溶かした狼は自身の役割が本当の意味で終わったことを感じる。
なんとなくではあったが、これ以上この現象が繰り返されることがないことを感じたのだ。
七回死んだ灰色の大狼はもはや消滅を待つのみだった。
これでようやく友のもとへ行ける。
狼は消え行く意識のなか、たしかに自分の名前を呼ぶ声を聞いた。
それは狼にとって一番大切で、大好きな、友の声だ。
だから、狼はその声のする方へ向かって走った。
手も、足も、体自体が消えていても、それでもひたすらにその方向へ向かって走る。
きっと、その先に狼の大好きな騎士が――アルトリウスが待っている。
確かに、彼が呼ぶ声が聞こえていた。
――おいで、シフ。
そして、世界は奇跡を起こす。