【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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実はヤンデレCDのキャラクター達の誕生日が、つい先日決まったって知ってましたか?

詳しくは⤵︎のURLで紹介されてます。URLの先は平気ですがサイト自体にはR18の情報も見れちゃうので、17歳未満の方は見ない様にしてくださいね。
頭のhだけ外してるので、ご自分で加えて検索してみてください。

ttps://ci-en.dlsite.com/creator/4401/article/659122


終章 小鳥ハ遊ブ夢ヲ見ル 第二幕
第9病 小鳥は遊ぶ夢を見る


 例えば、これが全部夢だったらどんなに良いだろう。

 

 妹は、やきもち焼きだけど、危なっかしい所のない、素直な良い子。

 幼なじみの彼女は、独占欲が強めだけど、愛情の深い、料理上手。

 同級生は、虐められてた過去なんて嘘の様に学校生活を楽しむ、園芸部の部長。

 親友は、大金持ちな家庭に育ち時折ズレた感覚を持つけど、機転と地頭の良さを活かして、庶民ライフを満喫する男子学生。

 そんな親友の従妹は、高飛車で気性難ながらも、ノリが良くて可愛らしい、可愛らしいお嬢様。

 そして──最近戻ってきた俺の従妹は、複雑な家族関係に苦しむ事がありつつも、そんな過去にもめげずに笑顔を浮かべる、強い心の持ち主。

 

 そんな人達に囲まれながら、高校2年生の終わりが近づく中、曖昧な進路を少しずつ固めていく。

 命の危険なんて微塵も感じずに、毎日をありのままに享受する。

 

 そうやって、俺を悩ませる事なんかと無縁な日々が、本当の人生だったならば、どんなに良かった事だろうか。

 

 現実は──

 

 

「あ、おにいちゃんやっと起きた」

 

 薄く開かれた右のまぶたの向こう側から、屈託のない笑顔を浮かべてそう語る夢見が居る。

 夢見の顔……そして衣服は、おびただしい程の赤黒い何かで汚れていた。

 いいや。それが何なのかを、俺は知っている。

 その赤黒いのが──誰の血なのかを、俺は理解している。

 

 玄関ドアを開いた、すぐ先に立っていた夢見。

 呆気にとられる間もなく首元を横切る、大きな鋏の切先。

 その刃先に喉を切り裂かれて、糸が切れた人形みたいに死ぬ渚。

 

 あぁ……やっぱり、これが現実なんだ。こんなのが、現実か。

 目から涙がこぼれ落ちるが、もはやそれが精一杯。

 

 渚が、死んだ。

 余りにも唐突に、呆気なく、夢見に殺された

 

「……っ」

 

 声にならない声で、辛うじて嗚咽まがいの音を口から零す。

 怒りたい。殴りたい。本当なら今すぐ夢見を殴り殺すだけの行動を取るべきだろう。

 だが、それは出来なかった。

 俺の手足は、椅子にキツく縛られていて、身じろぎすらろくに出来ない状態だった。

 

 でも、たとえ俺が何一つ拘束を受けて無かったとしても、何もできない事には変わりない。

 渚を殺し、綾瀬を誘拐し、悠を殺した夢見に立ち向かうのが恐ろしいから……では無い。

 もっと単純な話。

 

 これまで重ねて来た多くの絶望と恐怖、それらに立ち向かいつつも確かに疲弊し続けた俺の心が、手の届く範囲──守れる距離に居たはずの妹を目の前で失ったという事実を前にして、もはや嘆き悲しみ泣き叫ぶだけの気力を持ち合わせて居なかった。

 

 詰まるところ、目を覚ましたこの瞬間に、俺の心はもう折れていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ごめんね、本当はあたしの部屋に連れて行きたかったんだけど……もう無理みたいだから、あたしの秘密基地に招待しちゃった、えへへ」

 

 タオルで顔の()()を拭き取りながら、夢見は恥ずかしそうにそう言った。

 夢見にここまで運ばれたから何日経ったのかは知らないが、目覚めたばかりでモヤがかかってる意識に加えて、照明らしい照明も無いから全貌は把握出来ないが、どうやらここはだいぶ前から使われなくなった廃屋の一室らしい。

 なるほど確かに。ややカビ臭さはあるが、重苦しそうな扉一つと古びたコンクリートの壁で囲われてるこの部屋は、秘密基地と呼称するのにピッタリだろう。

 肝心なのは、ここが何処に建てられた建物の部屋なのかだが、皆目検討は付かない。

 前述の通り部屋に文明的な照明機器は一切無く、部屋の天井部分にある小さな小窓から月光が差し込むだけの部屋に、位置情報を特定できるヒントなんてあるわけも無く。

 部屋の奥はカーテンで敷居がされているので何があるのかは分からないけど、きっと外が良く見える窓なんてのは無いんだろう。

 

「ちょっと寂しいお部屋だけど、これから綺麗にするから、ちょっとだけ我慢してね」

 

 そう言いつつ、部屋中に積まれてある段ボール箱の中をゴソゴソする夢見。

 

「どこかなどこかなぁ……あ、これだ!」

 

 

 探していたものを見つけたらしい夢見が取り出したのは、一冊の大き目な本。開いて中身を見ながら何やら恍惚の笑みを浮かべると、それを手に持ったままこちらに向かってきた。

 

「みてみて、あたしのお気に入りなの」

 

 そう言って見せてきた中身は写真、夢見が持っていたのはフォトブックだった。夢見が今まで撮影してきた写真の中でも特にお気に入りの作品を収めているのだろう。

 それ自体は特に問題ない。スマートフォンが普及して、端末内に幾らでも写真を保存できる現代ではやや珍しいかもしれないが、ありふれた趣味の範囲。

 ……ただし、その被写体がどれも全て一様に、俺を撮影したものでさえなければ。

 

「……っ」

 

 疲弊しきったメンタルでさえなければ、もっと大きな反応をしたんだろうが、今の自分にはこれが最大の反応だ。

 それでも背中から全身に掛けて鳥肌が立ったが、それも当然の話。夢見が見せた写真はそのどれもが、俺が撮ってもらった覚えのないモノばかり……つまり、完全に盗撮写真ばかりだったんだから。

 いつのまに、こんな写真を撮っていたのか。中にはつい最近の……つまり、夢見は綾瀬を誘拐して失踪してからの俺だと思われる物まである。

 一方、戦慄している俺とは真逆にご自慢のコレクションをようやく紹介できるとばかりに、夢見は底抜けに明るい普段通りの口調のまま頼んでもいない説明を始めた。

 

「これが昨日の写真、これが一昨日のお昼にあたしを探してた時の写真。やっぱりどれもカッコいいよね!」

「どうやって、どこから撮影できたんだよ、これ……」

「それは秘密~。恋する乙女には秘密がたくさんあるんだから。……あ、見てみて懐かしいなぁこれ。おにいちゃんが中学生の時にテストで赤点取った時の帰りだよ。おにいちゃん凄く落ち込んでて……背中から漂う哀愁が、もうたまらなかったなぁ!」

「そんな昔から……!?」

 

 つい最近の話じゃない……夢見がかつて一緒に居た頃から既に、この盗撮行為は行われていた。

 気持ち悪い。怖い。意味が分からない。つま先から頭のてっぺんまで夢見の行動が理解できない。正直、今すぐにでも吐いてしまいたい程の怖気が走ったが、その衝動のままに行動すればどんな未来が訪れるか考えもつかないほどの馬鹿ではない。逆流したがってる胃を根気だけで抑えて、喉元まで登ってきたモノを無理やり飲み込む。それでも湧き上がってくる恐怖をひたすらにこらえて、ただ夢見が嬉々として説明する写真の紹介を聞くに徹する。

 そんな時間がどれくらい経っただろう。体感では何時間も聞いてるような気分になりながらも、実際は数分間の出来事だったかもしれない。ともかく、ここで目が覚めた時には天窓からまっすぐ差し込んでいた月光がやや傾き始めた頃、ようやく夢見は自分が一方的にしゃべり続けていた事に気が付いた。

 

「あ、いっけない。あたしばっかりはしゃいじゃって。おにいちゃんも急にここにきて何が何だかって感じだよね」

 

 それは本当にその通りだったが、言葉にする気も失せてるので頷くだけで返す。

 

「そうだよね、ごめんね。おにいちゃんとこうして一緒に居られるのが嬉しくて、つい本題から話すの忘れちゃった」

 

 こういう所がだめなんだよねぇあたし。そうはにかみつつ話す夢見は、近くに置いてあった椅子を引っ張って俺の前に座ると、おもむろにようやく俺が聞きたかった内容の話を始めた。

 

「ここはさっきも言ったけどあたしの秘密基地。いつかこうしておにいちゃんと一緒に暮らせるようになった時、住む場所の候補として見繕ってた場所の一つなの」

「ってことは、もう俺達の住んでた街とは」

「うん、そう。具体的な場所はまだ言えないけど、あんな街とはとっくにおさらばしてるよ。嬉しいでしょ?」

「嬉しいって、何でさ」

「だっておにいちゃん、もうあんな頭のおかしい女ばかりの場所で苦しまないで済むんだよ?」

「……は?」

「だって渚ちゃんは妹なのに、おにいちゃんを異性として見てて異常じゃない? 綾瀬ちゃんは綾瀬ちゃんで彼女なのにおにいちゃんに対してすぐに嫉妬するし、自分のことばっかり優先で全然お兄ちゃんの事考えてる様に思えない。おにいちゃんはいつもそんな2人が怒って喧嘩しないように気を張ってたでしょ? あたしちゃんと知ってるよ。それと柏木さん、普段は大人しいけどあの人も何かあったら簡単に人殺しちゃいそうだし、なんかいる世間知らずのお嬢様は何でもかんでもお金で解決できると思ってる所がふざけてるし……おにいちゃんの周り、変な女ばっかりだったじゃない。だからみんな殺してあげたの! ……まぁ、今回はまだちゃんと殺せたのは渚ちゃんだけだけど、こうしておにいちゃんを解放できたから結果オーライね!」

「お前……いつもそんなこと考えながら、みんなと一緒に居たのか」

「いつも? そんな事ないよ。でもおにいちゃんの事はいつも考えてるかなー……なんて、きゃっ言っちゃった!」

「…………」

 

 こいつの脳みそはどうなってんだ。

 夢見の口からとめどなくあふれ出た真っ黒で悪意に満ちた言葉の一つ一つが、同じ人間の口から発せられるものだとは思えない。

 

 分かっていたハズだった、思い知らされたハズだった。夢見はヤンデレCDのキャラクターに居て、この世界の夢見も殺人を厭わない危険なヤンデレなんだと。頭では十分に理解していた。

 だけど、現実の夢見はそんな理解を鼻で笑うような、あまりにも悪辣な精神を持っていた。

 俺が今まで経験してきた繰り返しの中でも、きっと夢見は今俺に話したのと同じ事を考えて、渚や綾瀬達を手に掛けていたんだろう。園子を何かあったら簡単に人殺しちゃいそうだって? 今まさに殺人鬼をしてる人間が何を言ってる。

 しかも、それら殺人行為の理由が俺を解放して一緒に暮らすためだと言う。到底受け入れられない理屈。殺人の供述と自分への愛を同時に聞かされた際のマニュアルでもあるなら今すぐ欲しい。

 

「そうやって、そういう理由で、お前は悠も殺したのか」

「うぇ? ……うん、そうだよおにいちゃん。それに、あいつは誰よりも早く殺すって決めてたの。どうしてか分かる?」

「お前を一番止められる人間だったから」

「ブッブー、ハズレー。正解はね、アイツが一番おにいちゃんに要らない人間だったから!」

 

 駄目だ、この先の言葉を俺は聞いちゃいけない。本能がそう察知して警告するけど、耳をふさぐ手段は無い。

 

「だってアイツ、男なのにおにいちゃんの事好きだったの、恋愛対象として見てたって信じられない、気持ち悪いったら無いわホント。それに何よりも……」

 

 そこで一度言葉を止めて顔を俯かせる。

 ペラペラと語り続けていた夢見が生み出した、沈黙の時間。しかしそれはそう長く続くものでは無く、嵐の前の静けさと同じ物だと理解するのに時間はかからなかった。

 それを証明するように夢見の身体がにわかに震えだし、次に顔を上げた瞬間には、直前までの笑顔が嘘のように怒りに満ちた面持ちになっていた。

 

「あたしとおにいちゃんを引き裂いた奴なんて生かしておけるワケ無いじゃない!!!」

 

 呼吸を、ともすれば心臓すら止まってしまうほどの威圧感。今まで一度だって俺に見せた事のない本気の怒りを、夢見は今露呈している。

 

「あのカマホモ野郎、あたしがおにいちゃんコレクションを集めてる事を突き止めて脅して、あまつさえあたしをおにいちゃんの住む街から追い払いやがって! そのせいでおにいちゃんとの時間は失うし、あたしの人生めちゃくちゃにされたんだから!!」

 

 一度噴き出した怒りは留まる事を知らず、目の前に俺が居るのも忘れたかのように夢見は言葉を続けた。

 

「それだけじゃないわ、渚はあたしの事理解したつもりで接してくるのが最悪だった。あたしを理解(わか)ってくれるのはおにいちゃんだけなのに、勝手に理解した気になってんじゃないわよ!」

「もういい、止めろ、聞きたくない」

「だから今回は一番最初に殺してやる事にしたの! おにいちゃんと一緒に呑気に外に出て来て、あっさり殺されて、ホントバカみたい!」

「それ以上話すな……」

「おにいちゃんはちゃんと見た? 渚の死に際の顔。……もう、思い返すだけで軽く絶頂()ッちゃう位マヌケな顔だったんだから、おにいちゃん以外の写真は死んでも撮りたくないけど、あの顔だけは残しておきたかったわ!」

「黙れって言ってんだろ!!!!」

 

 気が付けば、夢見の声を搔き消すような怒声が自分の口から出ていた。

 この状況で夢見にたてつくような事を言えばどうなるかなんて事、完全に頭から消えている。

 折れ切っていた心は燃え滾る怒りで接合され、今俺の中にあるのはただひたすらに目の前の悪魔じみた女を殺したいという激情のみ。『たとえ敵わなくても』なんて投げやりな思考すら無い、是が非でもコイツの喉元を引き裂いて、二度と何も発する事の出来ないままに殺してやりたい。

 椅子に縛り付けられた手足を、死にかけたセミの様にジタバタと動かす。縛り付けている椅子がバランスを崩し、俺は前のめりに倒れてしまう。

 反抗するどころかひれ伏す様なザマだが、それで少しでも拘束が解けるなら、どんなに惨めに見えても構わない。

 顔だけは無理やり夢見の方を向け、怨嗟の声を漏らしていく。

 

「許さない、絶対お前は許さない……お前なんかにみんなが殺されたなんて、あっていいワケねぇんだ、お前なんかにぃぃぃ!」

 

 夢見がそうだったように、俺もまた今日まで積み重ねられた負の感情を露出する。

 今年の4月、渚と大喧嘩したあの時以上の怒り。

 しかしそれを真正面から受け止めた夢見は、またしても信じられない言葉を返してきた。

 

 

「────嬉しい♡」

「────は?」

 

 一瞬で、先ほどまで自分を迸らせていた感情の一切が冷却された。

 なに、何を言ってる? 自分は何を言われた? 

 

「……あ、だめっ、無理」

 

 そう小さく呻きながら、夢見は両足をガクガクと震わせて、両手で自分を抱きしめる。

 月明かりの乏しい光源しかない部屋の中でもはっきりと分かるように、その顔は──紅潮している。

 ぴちゅん、と何かがしたたり落ちる音が聴こえた。

 

「おにいちゃんが──おにいちゃんがあたしを見てる♡ あたしだけを見て、あたしだけを想ってくれてる♡♡ 誰でもないあたしだけに、誰にも向けた事が無い殺意(想い)を向けてくれてる♡♡♡ ……ああもう、さいっこう……!!!」

 

 悶えながら、ドス黒い瞳を大きく見開かせて、夢見は快感に打ちひしがれていく。

 “本物”だ。この小鳥遊夢見という少女は、本当に……正真正銘のヤンデレだ。

 想い人に見てもらえる事が、思いを向けられる事が、何よりも至上の喜びとなる。たとえそれが好意と対極に位置する感情だとしても、自分に向けてくれるものならばすべてが快楽に変わる。下手な純愛よりも純度の高い狂気に満ちた、正気とは程遠い(病みきった)愛。

 

「……死にたくなってきた」

 

 思わず、そう呟いてしまった言葉。

 

「ダメだよ、おにいちゃん」

 

 それを聞いた夢見は、まるでスイッチを切り替えたように急に真顔となり、膝立ちになってから倒れている俺の顔を両手で掴んで、自分の眼前まで引き寄せる。

 

「うぐっ……」

 

 顔から無理やり起こされ首に痛みが走るのを我慢しつつ、夢見から視線だけは離さないようにする。

 夢見は生気の感じられないドス黒い瞳で至近距離のまま、命令とかじゃなく既に決まり切った事を宣言するかの如く言う。

 

「おにいちゃんは死なせない。おにいちゃんはこれからあたしと一緒に暮らすの。一生ここから出られないの。そのためにあたしは今日までずっと我慢して来たんだから。死んでおしまい、なんて絶対にさせないんだから」

「……ッ!」

 

 生殺与奪を超えた、存在そのものを奪おうとする夢見の剣幕に呑まれそうになりつつも、決して視線は逸らさない。

 夢見に屈してはいけない。夢見の望む通りに全てを受け入れてしまったら、俺はコイツに殺された悠と渚にあの世で合わせる顔が無い。このままここで夢見と暮らす事、それだけは断固として拒否しなきゃダメだ。

 そうなると、今ここで俺が自ら命を失う行為は夢見に対する最大の反逆になるのでは無いか、そう思い始めてきた。今までと違い、自殺となったら繰り返しが起きないかもしれない、それでも夢見が今日まで積み重ねてきた時間と努力と行動を全て台無しに出来るのなら、俺には躊躇う理由が無い。

 

「今、ここで死ねばあたしから逃げられるって思ってる?」

 

 ──見透かしたように、いやまさに、夢見は俺の思考を見透かした。

 

 何なんだコイツは、人の心を読む力でもあるのか? 

 

「別に特別な事なんて、何もしてないよ。好きな人が何を考えてるかなんて、分かって当然でしょ?」

「……何が、当然だ」

「ふふ、確かに今ここでおにいちゃんに死なれちゃったら、あたしの頑張りもぜぇーんぶパァになっちゃうね」

「それを直接聞けて良かったよ、だったら──」

 

 舌を歯の間に差し込む。このまま噛みちぎって目の前で死んでやる、そう意を決した直後。

 

「でも、ここまで頑張ってきたあたしがその対策を取って無いと思ってる?」

「──え?」

「あはは! もうおにいちゃん、あたしだって馬鹿じゃないもん。()()()()()()()()()()んだから」

「……?」

 

 本来なら、夢見の言葉なんて耳に入れずにさっさと噛みちぎるべき。それは理解している。

 だけど、この状況でまだ余裕を保っている夢見の態度と──何より、言葉の端々から感じる違和感に気づいてしまい、それが夢見の思う壺だと分かっていても何をしようとしてるのか気に掛かった。

 

「ねぇおにいちゃん、あっち向いて」

 

 そう言って掴んだままの俺の顔を、部屋の奥へと向ける。

 視線の先には、変わらず敷居代わりに天井から敷かれたカーテンのみ。その先に何があるのかなんて、何も分からな──っ!? 

 

 いいや、待て。

 気に掛かる理由として挙げた、夢見の言葉から感じる違和感。それを覚える箇所は複数あったが、最初に違和感を覚えたのはどの発言についてだった? 

 

『まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こうしておにいちゃんを解放できたから結果オーライね!』

 

 そう、ここだ。

 夢見は悠以外でちゃんと殺せたのは渚だけだと言っていた。本来は無関係な咲夜のSPを除いて、殺す対象の中で殺したのは、渚だけだと。

 

 ……それなら、既に誘拐してた綾瀬は、どうなった? 

 

「──まさか……まさかお前!」

 

 思い浮かんでしまう最悪の想定。震える声で問いかける俺に、夢見は満面の笑みで答えた。

 

「ピンポーン、今度はマルだね、さすがおにいちゃん」

 

 そう言って、俺を椅子ごと起き上がらせて無理やり部屋の奥を直視する様にしてから、夢見はスタスタとカーテンに向かい。

 

「はい、ご開帳でーす!」

 

 勢いよく開き、隠していたものを見せつける。

 そこにあった──いや、居たのは。

 

「──うぁああああああ!!!!」

「アハハハハハ!!」

 

 絶叫する俺と、そんな俺を見て高笑いする夢見。

 カーテンで遮られた先に居たのは、俺が想定した最悪そのもの。即ち、誘拐された綾瀬のあられも無い姿だった。

 見たくないのに、皮肉にも月光の傾きは静かに部屋奥の綾瀬を照らす。だからハッキリ見えてしまった。

 衣服はズタボロにされ、体の至る所が傷と打撲で赤黒く、内出血で青黒い肌もある。顔だけは傷ひとつ無いが、血色は悪くその瞳は廃人のソレだ。最早それだけで俺を絶望させるのに事足りるが、夢見の所業はまたしても俺の想像をゆうに超えていった。

 

 綾瀬は俺と同じように椅子に縛り付けられている。ただし拘束部位は胴体と両腕だけ。

 両足は──切断されて、真っ白な包帯に巻かれた太腿が僅かに残るのみだった。

 

「ぐ──うぇ……ぐぅぅぅう!」

 

 吐き気が込み上げて──それを全部再度飲み込む。

 夢見が吐いていいんだよ、とのたまうが絶対にしない、するものか。

 綾瀬を見て、綾瀬に関わる事について、ゲロなんて吐いてたまるか!! 

 涙をこぼして、気持ち悪さに必死に抗いつつ全て飲み干す。すると夢見は感心するような声色で言った。

 

「凄いおにいちゃん、本当に綾瀬の事好きなんだね……本当は気持ち悪くてこの上無いのに」

「どこまで……どこまで酷い事が出来るんだお前」

「どこまでもだよ。おにいちゃんと、だいすきなおにいちゃんと一緒に暮らすためなら何処までも」

「これも好きだって理由だけでやるのかよ、お前は……こんな最悪な事も!?」

「当たり前でしょ? おにいちゃんだって愛のためならさっき命を捨てようとしたじゃない。本当に最初はビックリしたんだから……あたしも同じ。おにいちゃんの愛を手に入れるためなら、どんなに時間がかかってもあたしはやるの。だって……それがあたしの望んでる事だから」

「……」

 

 また、違和感があった。

 そうだ、夢見はずっと言葉の端々からこの状況になるのは初めてでは無い様な事を口にしていた。

 “最初は、”“今回は”……いずれもまるで何度も繰り返して来たような口ぶりだ。

 ……いいや、ようなじゃ無いんだろう。もう今更、不思議じゃ無い。

 

「あ、もしかして……やっとおにいちゃん気づいた?」

「夢見……お前も繰り返してるのか?」

「うん、そうだよ。おにいちゃん」

 

 ニコッと目を細めて、夢見はアッサリと肯定する。

 

「だから、こうして綾瀬を生かしてここに連れて来たの。本当はあたしとおにいちゃんの空間にこんな糞虫を入れたく無いけど、おにいちゃんって強情だから、すぐに死のうとするんだもん」

「だから……綾瀬を半殺しにして人質にしようってのか!」

「またまたピンポーン! あたしはここに綾瀬を連れて来てから、傷口の処置はしたけど何にも食べさせて無いの。この女にご飯を食べさせるのは、おにいちゃんの役割」

「……つまり、俺がここで死んだら」

「そうだよ。綾瀬はご飯がもらえなくて餓死しちゃう。綾瀬を死なせないためには、おにいちゃんは生きてここで暮らしてく必要があるのです」

「……もう、人じゃねえよ、その発想」

「えへへ、照れちゃう」

 

 そう言いながら、綾瀬の顔をツンツンと突っつく夢見。

 僅かにびくんと反応する以外に何もしない綾瀬。

 言葉通り確かにまだ生きている。ここで俺が自殺なんてしたら、それは綾瀬を見殺しにするのにも等しい行為になる。

 

「……畜生っ」

 

 悔しいけど、もはや何も出来ない。

 人の心を持ってないのに、俺の心を完全に把握している夢見の対策は完璧だ。たとえ人の尊厳を極限まで凌辱された状態であろうと、俺が綾瀬を見捨てるなんて、絶対に有り得ない。

 もう、目の前で死なれるのは嫌だ。

 

「分かった……ここで、暮らす」

「──本当!? やったぁー! ありがとうおにいちゃん!!」

 

 幼子がそうするように、夢見は体全体で喜びを表現する。そしてそのままの勢いで俺に抱きついたあと、『解いてあげるね!』と俺の体を縛っていたロープを解き始める。

 その無邪気な仕草に今日何度目かの悍ましさを感じるが、同時に全く別の疑問が頭をよぎった。

 

「……待てよ」

 

 夢見は俺が前にも今回と同じ状況になって、その時は躊躇いなく自殺したと言っていた。だけどそれはおかしい。

 

「俺は、今までお前の前で自殺した事は無いはずだ」

「覚えてないだけじゃ無いかな? あたしは全部覚えてるよ、と言うよりも、分かっちゃうの方が正しいのかも」

「は?」

「んー、今まで何回か言わなかったっけ?」

 

 解く手を止めて、夢見はまた俺の目をじっと見つめる。

 

「あたし、おにいちゃんが好き。好きです」

「……それと、この話がどう関係してるんだ」

「好きだから、おにいちゃんを知りたくてね。いつからかおにいちゃんをいつでも感じたくて、写真に撮る事にしたの。それがおにいちゃんコレクションの始まりなんだけど」

「……?」

「だんだん、レンズ越しに映るおにいちゃんが、どんな気持ちなのか理解しようって思うようになったの。今日は機嫌良いんだなとか、逆に落ち込んでるなぁ、とか」

「……っ」

「そしたらね、いつからかな。おにいちゃんの目を見るだけで、気持ちがわかるようになったんだ。愛の成せる技かな。ふふっ……それでね、おにいちゃん達の所に帰ってきたある日、おにいちゃんとお話して、いつも通り目を見た時に、おにいちゃんの気持ち以外にあたしの中に流れ込んでくるものがあったの」

「流れ込んでくるもの……? それ、もしかして」

「ピンポーン……繰り返してるあたしの記憶。始めはただの強い感情だけだったの、悔しいとか悲しいとか、おにいちゃんを手に入れられないまま終わったあたしの執念。それが段々ハッキリと具体的になって来て、今まで何回繰り返してきて、おにいちゃんがどう死んだのかとか、あたしの失敗した理由とかが、おにいちゃんの瞳からあたしに流れ込んでくるようになった」

「じゃあ、つまり……俺と同じように繰り返してるんじゃなくて」

「そう。おにいちゃんが忘れても、繰り返しの中でおにいちゃんの無意識に刻まれた、たくさんの失敗したあたしの執念……違うかな。おにいちゃんへの情念が、あたしの中に入って来てるの」

 

 そんな馬鹿な話があり得るのか。あまりにも都合の良すぎる夢見の論調だが、しかし夢見は間髪入れず言った。

 

「おにいちゃん、死んでも意識だけ時間が巻き戻るのだって、充分過ぎるほど馬鹿みたいで都合の良すぎる話なんだよ?」

「──それは、そうだけど」

「あたしはね、おにいちゃんが繰り返す理由も、無数のあたしの想いがそれについてくるのも、理由は分からないけど、でもこれだけは分かるよ?」

 

 そう言って、俺の胸元に顔を寄せる夢見。

 そのまま上目遣いになって俺を見上げながら、確固たる意志を持って断言する。

 

「これはね、愛なの」

 

「愛に不可能は無い。どんなに挫けたって、失敗したって、邪魔があったって、最後に勝つのは──愛なんだから。ね?」

 

 

 

 ──to be continued




9月は最低でもあと一回は更新できるので、お待ちください。

感想お待ちしてます、ではではー

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