【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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前回更新が1週間止まった分をここで補填。普段より短めですがよろしくお願いします。
感想お待ちしております。


第8病 来ちゃった♡

 その後、事態は否応なく、そして容赦なしに流れた。

 校内で殺人事件が発生した事で学園は一時的に閉鎖。

 有事の際にオンライン授業が可能なのを売りにしてたタブレット端末の全生徒配布も、流石に人死の前では形なし。

 俺達はみんな、自宅待機を余儀なくされた。

 

『最悪よ』

 

 綾瀬が夢見と共に消息を絶った日。パニックに陥る生徒達の悲鳴を背景に、咲夜は言った。

 

『アタシが通う学園で、アタシのSPが殺された。お爺様がこれを知るのなんてすぐ。知れば明日にでもここを離れろって言うわね。……そうなったら今回はもう、無視できない』

『……そうだろうな』

 

 咲夜の命が著しく脅かされた現状、咲夜を溺愛してる──いや、溺愛していようとなかろうと、この状況で自分の子や孫を離したいと思うのは当然だ。

 

『咲夜、ノノ達はどうなるの?』

『ナナ達はここに残るのかしら』

 

 そう尋ねるナナとノノは心なしか声が浮ついている。俺と咲夜が最悪な気分に染まってるのとは対照的に、往来の人殺しであるサイコな双子は、この状況に面白みを感じているらしい。

 

『アンタ達もアタシと一緒よ。当然でしょ』

『えー! せっかく面白そうな事が起きたのに、咲夜は大人の人たくさんいるから良いじゃないか!』

『その大人が殺されてるのよ、アンタ達は確かに“犯人”──いいえ、小鳥遊夢見対策で雇ったけどあくまでもアタシの護衛なの。分かった?』

『……ちぇ、つまんないの』

 

 本当に不満そうなノノを見て、本来なら俺は怒りを覚えるべきだった。あまりにも不謹慎過ぎる発言に、度が過ぎるだろと。

 でもそうはならずにただ淡々と聞き流すだけに留まったのは、歴然過ぎる力の差からか、心にそんな余力がもう残ってないからか。

 

『お兄ちゃんともサヨナラなのね。今起きてる事もだけど、お兄ちゃんも不思議な人だから離れるのは残念だわ』

 

 咲夜に絡んでるノノとは違い、不満気ながらも何処か納得してる様子のナナが、てくてくと俺の前に寄って来た。

 

『ねぇお兄ちゃん、意気消沈してる所申し訳ないのだけど、聞いてもいいかしら? いいわよね?』

『質問じゃなくて詰問だろそれ』

『まあ、面白い言葉を知ってるのね。それでなのだけど……お兄ちゃん、どうしてナナ達のこと知ってたの? やっぱり前にどこかで会ってたかしら』

 

 マイペースに話を進めるナナ。もはや何も思うまい。『会っていたか』と聞かれれば“そうだ”と言えるけど、そう言ったら最後、非常に面倒な事にしかならないのは明らかだ。

 かと言って俺が2人の名前を先に発言したのは事実だし……どう答えたモノかと悩んだ結果。

 

『どうだと思う?』

『え?』

『会ってたかもしれないし、会ってないかもしれない。君の好きな方を選べばいいよ』

 

 茶化す事にした。

 後から思えば、曲がりなりにも自分を殺した存在相手にそんな態度を取るなんて頭がどうかしてる。半ば自暴自棄にもなっていたと思う。

 

『むぅ、意外と意地悪なのね、拗ねちゃうんだから』

『……』

 

 もっと狂気的な反応をしてくるのかと思ったが、頬を膨らまして不満げに俺を見上げるナナ。

 それがあの『2回目』で見せた姿とはかけ離れていて、こっちの調子が崩されそうだよ。

 まるで狩りみたいに楽しみながら人を殺すのと、こうやって年相応の子供じみた反応と、どちらがこの子の素の姿なんだろう。……いいや違うか、どっちもナナとノノ(この子達)にとっては素なんだ。無邪気に拗ねて、無邪気に殺しを楽しむ。小さい頃に虫を楽しんで殺す子供の様に、人を殺すんだろうな。

 

『次……』

『え?』

『次にまた会う事があったら、その時は教えるよ。どうして俺が君達を知ってるか』

 

 何でそんな事を言ってしまったのか。この時の自分の思考回路はよく分からない。

 ただ、血も涙も無い殺人鬼だと思ってた相手が子供らしい一面をのぞかせて、更にそもそも敵では無かったという事実に感覚がおかしくなってたのかも。

 下手に関わりを持って目を付けられたら、今はともかくこの先どうなるかなんて分かったモンじゃないのにな。もっとも、ここしばらくは『この先』ってのがろくなビジョンばかりなのだが。

 そんな俺の考えてる事なんて知らないナナは、膨れっ面をパッと輝かせて言った。

 

『本当? “やっぱり嘘”なんて言ったら許さないんだから』

『約束するよ。まぁ、君達はここから離れるんだから、もう会うことはないだろうけどね』

『……やっぱり意地悪な事言うのね』

 

 また表情を曇らせるナナ。気が付けばそのコロコロ変わる表情を面白がってる自分が居た。

 まあ。これは純粋に可愛がってるんじゃなくて、『2回目』に殺された事の仕返しだったりするんだが。

 

『そうだ、こうしましょう!』

『ん?』

 

 何かを思いついたナナが、自分の髪に付けているゴスロリカチューシャをスッと外し、左右に結ばれている赤いリボンを1つ解いた。

 

『はい、お兄ちゃん。こちらを受け取ってくださる?』

『え?』

『これをお兄ちゃんが持ってたら、いつか会いに行くときに目印になるわ。そしたらすぐに見つかるでしょう?』

『なるほど……ただ、男の俺がリボンってのはなぁ』

『ただ持ってるだけでも大丈夫よ。それに』

『それに?』

『きっと、お兄ちゃんのお守りにもなってくれるわよ? フフフ……』

 

 最後の笑い方だけは、どこか含みを持った怪しいものに感じたのは、きっと気のせいでは無い。

 

 

 そんなワケで、現状、俺は何もできないまま部屋でナナがくれたリボンを眺めてるばかりだった。

 はじめは是が非でも綾瀬を見つけ出そうとして、渚の反対も無視して夢見の部屋を調べたり、街を出回ったりした。でも夢見の部屋には綾瀬の行方につながりそうなものは何も無かったし、街を歩いてると学園が閉鎖されてる事を知ってる警察に補導されかけたりで、何も成果が得られないまま終わった。

 

 咲夜は祖父に厳重に匿われているらしく、表立って夢見を探すために行動する事は難しいと、学園閉鎖がされて以降に初めて来た電話で言っていた。

 それでも末端にこの街を隅々まで調べさせていたが、痕跡1つ見つからず、それすらバレて咎められた今は『完全に手詰まりだ』とも。

 頼みの綱とも言えた咲夜は動けず、この街には夢見が綾瀬を連れて行動した痕跡はない。それなら夢見はきっと、既にこの街から去っているんだろう。そこに綾瀬も一緒なのかは分からない。居るなら最悪だが、居なければつまり殺されているかもしれないのでもっと最悪だ。

 どうにかして、夢見が今いる場所を突き止めて、綾瀬を助けなきゃいけない。

 そのためには、この街以外で夢見の痕跡が突き止められそうな場所に行かなくちゃならない。

 

 だけどそんな場所、どこにも無い──ワケではなかった。

 俺の思い着く限り1つだけ、候補がある。それは夢見がこちらに引っ越す前まで生活していた家だ。

 今はもう空き家になっているだろうが、この街から離れた場所で、更に夢見が地理に明るい地域と言えば、以前住んでいた場所にほかならない。

 空き家だからもう誰かが新しく住んでいる可能性も考えたが、もし空いたままだったら夢見の隠れ場所や拠点には打ってつけ。調べる価値は十分にある。

 

 当然、それは思いついた直後に咲夜へ伝えた。夢見の行方が見つかる可能性に掛けて、一緒に確認しようと話も持ち掛けた。

 しかし結果はダメ。既に言った通り本家によって半分軟禁状態にされ、監視の目が強化。もはや木っ端の部下1人すらも動かせないという。

 “あと少し、事態が動かなかったらお爺様の態度も軟化するの。それまで我慢しなさい”と咲夜は言った。そんな猶予は無いって言うのに。

 

 ならば、と警察にも話した。この街で1番大きな学園で起きた殺人事件は当たり前のことだけど警察沙汰になり、調査が行われている。俺が補導されかけたのも、巡回パトロールが増えたからだ。

 もちろん行方不明になった綾瀬と夢見の捜索も行われている。だから話せば動いてくれると期待したのに、警察は俺を恋人とイトコが居なくなった男子高校生として同情こそしても、その言葉に信憑性を感じてくれる事は無かった。

 夢見を“犯人”だと見ているのは俺達だけであり、公的には夢見も被害者の1人として扱われている。容疑者なら昔住んでた家を調べる事もしただろうけど、被害者を相手にそうはならない。

 何より彼らにとって、俺みたいな“被害者側”の発言は、焦りや怒りなどの個人的感情に則った参考にならない意見にしかならない様だ。

 その考え方は分からなくも無いが、今の俺にとってはこの上なく残酷なものでしか無い。

 

 結果、今動けるのは俺しかいないって事を、否が応でも理解したし、もっと言えば思い知らされたよ。

 

「……あぁクソ、でも恐ぇよ」

 

 机に突っ伏して限り無く本音に近い言葉を漏らす。外に吐き出さないと、それに全部呑まれてしまいそうだ。

 夢見が悠を殺して、綾瀬や園子、渚を手に掛けたのは間違いないだろう。確かな証拠がないままではあるが、現状を振り返れば疑いようが無い。

 もし、俺の推察通り前の家に夢見が隠れ潜んでたとして、俺が行くのは人殺しの巣だ。そんな場所に1人で行くのがどれだけ無謀な行為か、分からないほど馬鹿じゃない。

 ナナとノノの様な非日常の世界に生きる殺人鬼とは違い、夢見はあくまでも一般人。その分一方的に殺される可能性は低くなったけど、忘れてはならない、彼女もまた『ヤンデレCD』の登場人物。

 理由やヤンデレ化する経緯は全く分からないが、その事実だけで本来ならもう、どうしようも無く恐ろしい。

 

「それでも……やらなきゃダメだ」

 

 自分自身に言い聞かせるように、俺は言う。

 咲夜は動けない、警察は動かない。夢見の行方を突き止めるために、綾瀬を助けるために動けるのは俺だけ。

 調べに行ったら、俺も殺されるかもしれない。それを百も承知の上で、恐くても行動するべきなんだ。

 

 それに……本当に、こんな事馬鹿だと思うけど。

 ほんの少しだけ、未だに夢見を信じたいと思う部分が、俺の中に残っていた。

 証拠が無いから、では無い。

 この繰り返される“最悪”の中で見た、彼女の姿がそうさせている。

 

『──お、にいちゃん?」

『──けが、してない?』

『そっか……よかったぁ』

『……えへへ』

 

 よそ見運転で信号を無視して突っ込んでくる車から、俺助けてくれたのは夢見だった。

 

『いや、おにいちゃん、死なないで! お願いだから!』

 

 ナナとノノの武器が刺さって死ぬ寸前の俺を抱きかかえて、泣きながらそう言ったのも夢見だった。

 

 俺だけが見てきた過去において、夢見が俺自身に危害を加えた事は無く、むしろ身を呈して助けてくれるまである。

 俺が知ってる『ヤンデレCD』に出てきた3人のうち、主人公を殺さないのは『河本綾瀬』だけ。それでも殺さないだけで五寸釘で磔にするなど、危害は加えている。それを踏まえて夢見の行動を振り返ると、CDに登場する『小鳥遊夢見』は元から主人公に危害を加えないタイプである可能性が高い。

 つまり、この世界の夢見と『ヤンデレCDの小鳥遊夢見』がどこまでパーソナルを一緒にしてるかは分からないが、彼女は俺を殺すつもりがそもそも無いかもしれない。

 

 そうだとしたら、夢見にはまだ説得できる余地がある。

 俺の中で僅かに残ってる、夢見を信じている部分とはそれだ。『夢見は誰も殺してない』と信じてるんじゃ無い、『言葉を交わせば凶行をやめてくれる』と信じてるんだ。

 今までだって、渚や綾瀬、園子と真剣に向き合って言葉を交わし続けたから、俺は死なずに生きてこれた。

 もっとも、咲夜に対しては追い詰められた反動もあってかなり酷い事をしてしまったし、悠を殺された恨みが夢見に無いと言えば嘘にもなるから、夢見を説き伏せるだけの自信なんて、まるで無い。

 けど、それでも言葉が通じるかもしれないなら……。

 

「……よし」

 

 頬をパチン、と軽く叩いて気合を入れた。

 部屋の時計は夜の9時をさしている。この時間から動けばまたパトロール中の警察に見つかっても、声を掛けられる事はないだろう。やるなら、行くなら今からだ。

 夕飯を食べ終えて、渚と俺はそれぞれの部屋にいる。音を立てたら渚に俺がやろうとしてる事を察知されるかもしれない。渚にバレたら流石に俺も動けないので、静かに部屋着から着替えて、ゆっくりとドアノブに手をかけ扉を開ける。そして、

 

「どこに行こうとしてるの、お兄ちゃん」

 

 部屋の前で腕を組みながら立っていた渚に出くわした。

 

「!?!!!?!」

 

 声にならない声をあげてビックリする俺と、そんな俺を見て呆れた顔の渚。

 

「やっぱり……今日辺りでお兄ちゃんは我慢出来なくなると思ってた」

「なんでそんなピンポイントで的中できるのさ!」

 

 俺が行動しようと決意するより先に、俺がそうする事を察知していた渚。

 俺を理解してくれてるったって、ここまで完全に見透かされてると、むしろ俺がそれだけ分かりやすいだけな気もしてきましたよ。

 

「夢見ちゃんの住んでた家に行こうとしてるんだよね、お兄ちゃん。警察にも怪しいって言ってたし」

 

 俺が警察に掛け合ってる所は渚も知ってる、だから俺がどこに行こうとしてるのかを予想してるのは問題無いのだが。

 

「そうだけど、渚、お前その格好はまさか」

 

 渚はただ突っ立ってたんじゃない。俺と同じ様に外に出られる格好をしていた。

 

「もちろん、私も行くから」

「バカ言うな! どれだけ危険なのか分かってるだろ!? お前はここで待ってるんだ」

「危ないのはお兄ちゃんだってそうでしょ!?」

「──ッ」

 

 強い口調で反対すると、それ以上の気迫で渚に言い返され、たじろいでしまった。

 

「お兄ちゃんが何を考えてるかなんて分かる。お兄ちゃんは優しいから、まだ夢見ちゃんを止められるかもって思ってるんでしょう?」

「──無謀な事だってのは分かってるよ、でも俺はまだ、夢見が本当にただの殺人鬼だって思いたく無いんだ!」

「私だって、同じだよ。だから一緒に行くの」

「ダメだ、もし夢見が本当にただの殺人鬼だったらどうする」

「それを言うなら、夢見ちゃんがもしお兄ちゃんをたまたま最後に殺そうとしてただけなら、どうするの?」

「……俺が戻って来なかったら、夢見が犯人だと確定するだろ。そしたら警察も咲夜も、今度こそ動いてくれる」

「その後は? お兄ちゃんが夢見ちゃんに殺されて、その後1人残った私はどうなるの?」

「それは──」

 

 俺が死ねば、渚はひとりぼっちになる。

 答えるまでもなく分かりきった事に、言葉が詰まった。

 そんな俺にたたみかけるように、渚は言う。

 

「お兄ちゃんが殺されたら、私も死ぬから。後で夢見ちゃんが捕まったって関係ない。夢見ちゃんをぶっ殺して私も死ぬ」

「ば──滅多な事を言うな! お前まで死んじゃったら父さんと母さんがどうなるんだよ」

「そんなの関係無い、お兄ちゃんが居ない世界で生きたって死んでるのと同じなの!」

 

 そう言い切って、渚が俺の胸元にしだれかかる様に抱きつく。肩に手を添えると、僅かに震えているのが分かった。

 

「本当はお兄ちゃんを行かせたくない。死なせに行く様なものだもん。でもお兄ちゃんは何を言っても絶対に行くから……だから私も行きたいの。お兄ちゃんを死なせたくないから」

「……渚」

「お願い、お兄ちゃん。私を1人にしないで……っ!」

 

 ……無理だ。

 

 断れる、わけがない。

 渚を死なせたくないからって突き放しても、俺が死んだら渚まで後を追うんじゃ意味がない。

 それに何より、こんな風にただ純粋に思いのたけをぶつけられて、突っぱねる事は出来ない。

 

「……2人で行った方が、綾瀬が動かなくても引っ張って連れて行けるもんな」

「お兄ちゃん──っ!」

 

 渚の顔がパッと明るくなる。

 

「ただし、2つ約束してくれ」

「2つって、なに?」

「1つ、俺が逃げろって言ったら絶対に何があっても逃げること」

「……あとは?」

「俺が死んでも、絶対自殺しないこと」

「お兄ちゃん……」

「これは絶対守れ。じゃなきゃ連れて行かない。お前を縛って自殺できないようにしてから家を出る」

 

 先ほどまでとは違って静かな声で。だけど絶対に譲らないという意思を込めた。

 

「…………うん、分かった。お兄ちゃんの言う通りにする」

「……ありがとう」

 

 みじかい時間の中でたっぷり間を置いてから納得してくれた渚。わずかな間にたくさんの葛藤があっただろうに、最後は俺の言葉を飲み込んでくれた事に礼を言いながら、頭を撫でる。

 抵抗せずに受け入れている渚の髪の感触を指に受けながら、これが最後の触れ合いになるかもしれない事実で背中に冷たい汗が流れた。

 その一瞬だけ、『やっぱり咲夜が動けるようになるまで待った方が良いんじゃないか』と日和る自分が顔を覗かせて、それを意識の奥底までしまい込み。

 

「よし、行こうか」

「うん、行こう」

 

 泣顔のような笑顔を見せあいながら、最後にもう一回、互いに強く抱きしめ合った。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「──それ、持ってくのか?」

 

 玄関で靴を履きつつ、俺は渚が出掛け用のカバンにしまおうとしてる物──渚が料理当番の時に愛用している包丁を指して言った。

 

「うん。夢見ちゃんが何か危ない事をしてきた時の対策。お兄ちゃんは何も用意してないの?」

「警察に声掛けられたら困るから、何も用意してないよ、防犯ブザーしか」

「それだけ? もう、お兄ちゃんは不用心なんだから」

 

 平然と武器を所持する選択を選ぶ渚もどうかと思ったが、今から命の危険が伴う場所に向かうにあたり、渚の主張の方が正しい事は明白だよな。

 

「じゃあ確認、警察にもし声をかけられたら、俺達は隣の県に暮らしてる親戚の家に行く事にしたって言う事。良いな」

「うん。分かってる」

「間違っても、夢見の事は口に出さない。包丁が入ってるのバレたら一巻の終わりだからな」

「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「そんなに警察のパトロールが気になるなら、駅までタクシー使えば良いんじゃないかな」

「……それもそうだな」

「……お兄ちゃん」

 

 やめろ、本当の本当に呆れる時の目つきで俺を見るな。

 

「と、とにかく行くぞ!」

「はーい……ふふっ」

「もう笑うなよ……」

「ううん、違うの。なんか私たち、今から本当に危ない所に行くのにいつも通りだなって思って」

 

 そう言って小さく笑う渚。

 自然と、俺の頬も弛んでしまう。

 

「かもな。なんていうか、良くも悪くも緊張感が続かない」

「……夢見ちゃんを説得できるか、分からないけど。きっと私たちなら大丈夫だよ、お兄ちゃん。綾瀬さんを助けよう」

「──おうっ!」

 

 まるで戦場の一番槍を担う猛き武将のように、渚の言葉を発破にして俺は左手で玄関を開けた。次にこのドアノブを手に掛ける時は、俺と渚、そして、綾瀬の姿も一緒なのだと心に固く誓って。

 そして──、

 

 

 

 

 

「こんばんは、おにいちゃん!」

 

 ──玄関の外灯に照らされた夢見に、底抜けて明るい声色でそう声をかけられた。

 

「……は?」

「──お兄ちゃん、避けて!」

 

 なんでここに居るのか、いつから居たのか、困惑も驚愕も追いつかず、現実を認識できないでいる俺に、背後の渚が必死な声をあげる。

 しかし、もはや遅かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何かが──いや夢見の手が、何かを持って勢いよく顔のそばを走ったのが、首を冷たくなぞる風の感触で分かった。

 “やられた”と思った。渚のように包丁のような刃物で刺されたのだと。

 

「……?」

 

 しかし、『2回目』の時にナナの斧とノノのナイフに刺された時感じた様な熱く、冷たくむせ返る様な吐き気と痛みがいつまでも来ない。

 

「……渚ちゃん、ちょっと五月蠅い」

 

 そう夢見が呟いてようやく、夢見の狙ったのが俺ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おに……ちゃ……」

 

 掠れた渚の声が背後から耳朶に届く。その声色から、俺の背後で最悪の事態が起きて、完了してしまったのだと否が応でも理解してしまう。

 ゆっくりと振り返り、渚の姿を視界に映すと──、

 

 ほんの十数秒まで笑みを浮かべていた顔は苦悶に染まり、夢見の手から伸びた()()()()()()()()()()()()()()()()

 ぷしゅ、と渚の首から血が噴き出る音が鳴って、

 

「──死んじゃえ」

 

 夢見の鋏が引き抜かれ、塞き止められていた渚の血が玄関に、俺の全身に、噴きかかる。

 渚は虚ろに眼球を躍らせながら、力なく後ろに倒れていった。

 

「────ッッ!!」

「大声出すのはだめだよ、おにいちゃん」

 

 絶望と、遅れてやってきた恐怖が思考の全てを染めてしまう寸前、強烈な音が短く鳴り響き、俺の意識が強制的にブラックアウトされる。

 悲鳴すらあげる間もなく玄関の床に倒れ、何もかもが分からなくなっていく中、最後に脳が拾ったのは。

 

 

「驚かせてごめんね、おにいちゃん。でも会いたくなっちゃって──来ちゃった♡」

 

 心の底から嬉しそうに、楽しそうに話す、夢見の声だった。

 

 

 

 

 ──to be continued





来るなって言っても、来ちゃうんだから

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