【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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番外編その1
第三章最終話からすぐの話です。

よろしくお願いします。


番外編 Ⅲ
Love's Only You


 拝啓。父さん、母さん、いかがお過ごしでしょうか。

 そちらは今頃ヴェネツィアで商談中かと思われますが、西洋の風が運ぶ香りは日本と違うものなのか、気になるので今度教えてください。

 こちらは夏休み以降、いろんな事がありました。

 

 親友のいとこが学園にきて、大ピンチになりました。

 親友と講堂で殴り合いのけんかをして、負けました。

 渚と綾瀬が喧嘩して、大ピンチになりました。

 

 なんか大ピンチになってばっかりだって思うかもしれませんが、その通りです。

 ですが、悪い事ばっかりじゃありません。

 驚くかもしれませんが、俺に彼女ができました。綾瀬です。

 知ってた。とか思わないでください、こうなるまでにも小説一作分くらいは書けるくらいの紆余曲折があったんです。

 

 ここ最近は学園でも休みの日でも、ずっと彼女と一緒です。

 幼なじみとして長い間一緒にいたけど、恋人同士になってからは今まで見えなかった新しい一面をたくさん見るようになりました。

 

 のろけ話は要らないって? まあそう言わずに聞いてください。

 

 綾瀬は、凄く心配性なところがあります。

 俺が授業の班活動とかで、班の女子と会話する事があるんですが、その授業が終わった後にいつも綾瀬は俺に何を話しているか尋ねます。

 俺が変な事をくっちゃべってないか心配みたいです、かわいいでしょ。

 

 他にも綾瀬は、けっこう寂しがりな部分もあります。

 夜、綾瀬とはベッドで横になりながらスマートフォンで通話する事が多いんですが(寝落ち通話って言うんです、父さんの頃はありましたか?)、日付が変わる頃にはたいていどっちも眠くなって自然に寝るんですが、たまに俺が疲れてて22時くらいに寝落ちちゃうと、翌朝物凄く暗い顔になって「アタシと話すの嫌だった?」って聞いてきます。

 自分との会話で退屈にさせたんじゃないかって心配になるみたいです。チャーミングでしょ。

 

 それとそれと、綾瀬はああ見えて意外と知りたがりなんです。

 休みの日、何となく朝から自転車で街をサイクリングしたくなってペダルをこいでたら『今どこにいるの?』ってメッセージや電話が来るし、俺がSNSとかクラスメイトとの会話で得た情報や知識を話すと『誰に教えてもらったの』と必ず聞いてきます。

 俺と色んなものを共有したいんでしょう。インテリな面も素敵です。

 

 拝啓。父さん、母さん。

 これはのろけ話じゃないんです。

 じゃあなんだ、と聞かれたらこう答えます。

 

 親友のいとこが学園にきて、大ピンチになりました。

 親友と講堂で殴り合いのけんかをして、負けました。

 渚と綾瀬が喧嘩して、大ピンチになりました。

 

 そして──

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「あ、綾瀬……」

「なに、してるの……?」

 

 地面に尻もちをつく俺を見下ろしながら、綾瀬は手に持っているシャベルを振り上げる。

 

「ま、待て綾瀬、これは……」

 

 弁明をしようとする俺の事なんてまるで意に介さず。

 

「また──そうやって……っ!」

「あや──」

 

 勢いよくシャベルを振り下ろす。

 体力を消耗していた俺には、もうその刃先から逃れる術など無かった。

 

 親友のいとこが学園にきて、大ピンチになりました。

 親友と講堂で殴り合いのけんかをして、負けました。

 渚と綾瀬が喧嘩して、大ピンチになりました。

 

 そして──今度は、彼女ができて大ピンチになっています。

 

 

番外編『Love's Only You

 

 

 

 

「想いが、重いんじゃ!!!」

 

 魂の叫びが、カラオケルーム内に響いた。

 

「うーん、2点」

「駄洒落じゃないし採点もするな!」

 

 テキトーなノリで返してきた悠にすかさずつっこむ。

 今日は事前に綾瀬に伝えたうえで、悠と2人、カラオケに来ていた。

 どうしてかって? それは──

 

「まぁまぁ、ちゃんと相談に乗るからさ」

 

 とまぁ悠の言う通り、今日は俺の悩みの相談相手になってもらいたくて、悠を誘った。

 最初はもう、ものすごく──初めて出会った頃見たようなクッソ渋い表情になって断られたが、俺が真剣(マジ)トーンでお願いしたら事の異様さを察してくれた。

 

「──それで? 君は晴れて綾瀬さんと恋人同士になれたっていうのに、まだ1週間もしないうちから何が不満なんだい。えぇ?」

「不満って言い方は語弊あるからやめてくれ」

「語弊も三郎もないよ。早いんだよそういうの。そりゃ僕だってそのうち恋人関係に悩む君に対して気ぶりして相談相手になろうかなって心づもりはあったけどさ。まだ1週間前だよ?」

「う……チクチク言葉良くない」

「正論だよ」

「正論で救われる奴なんていないんだ!」

 

 いつもの何倍も辛辣な悠に早くも心が折れかけてるが、確かにあんな大変な事があってから5日後に相談を持ち掛ける俺にも非がめっちゃあるので、あまり強く言えない。

 ぐぬぬってなってる俺を見て多少すっきりしたのか、ちょうどよく店員さんが俺たちの注文したドリンクを運んできたので、それからは責めるのは止めてくれた。

 

「改めて、現状に何の問題が? 想いが重いって言うのを説明してほしい」

「俺がどっか一人で行こうとすると何処にいるか聞いてくる。俺が女子と会話してるとすぐに不満になる。俺が綾瀬の目の届かない場所で知った事を話すと誰に聞いたか尋ねるし、それが女子からだったら機嫌悪くなる……って感じなんだ」

「……君って結構綾瀬さんと一緒にいる時間増えてるよね?」

「そうだよ」

 

 付き合ってからは朝の登校時間以外──綾瀬なりに気を使ってるのか、そこだけは渚に譲っているらしい──のほとんど、俺と綾瀬は一緒にいる。別に公表してないのに、あっという間に俺たちが付き合い始めたってクラス全員が分かってしまうほど。

 クラスメイトの男子からはちょっとからかわれたけども、おおむね『やっとか』『もともとくっつく寸前みたいな距離感だったし』みたいな反応で問題は無かったが、女子は綾瀬に気を使って以前より俺に話しかけてくる事が無くなっていた。

 それなのに、ほんと学生生活を過ごすうえで必要最低限な会話すら危ういって言うのはかなりやり辛い。

 

「綾瀬さん……本人の前じゃ言えないけど、そっか……そういうタイプだったんだね」

「そういうタイプって?」

「ヤンデレ気質」

「……だよねぇ」

 

 初めて、ヤンデレCDの知識を持つ俺以外の人間が綾瀬をヤンデレ属性だと認識した瞬間である。

 よく分かんない感慨深さを感じたが、それ以上に『ああやっぱりかぁ』という諦観じみた気持ちも生まれる。

 ……あれだけの過程を経て付き合っても、結局、綾瀬がヤンデレになる可能性は消えなかったのだから。

 

 ただし、これについては最初から俺にも覚悟はあった。

 もとより、ヤンデレCDの中で『河本綾瀬』しかり『柏木園子』しかり、ヤンデレを発動したのは主人公と交際し始めてからだ。

 それまでが果たしてまともだったのかは分からないが、こうして明確に綾瀬と付き合い始めたなら、俺は今まで以上に綾瀬がヤンデレ状態にならない事を考えて行動しなきゃいけない。

 

「事前に話すりゃ悠ともこうして時間作れるし、話せば分かってくれるんだよ。だから漫画やゲームみたいに理不尽なヤンデレとは違うんだ」

「うん、さすがにそこは分かってるよ。それに君だって、綾瀬さんと一緒に過ごすこと自体は全く嫌じゃなさそうだしね」

「当然。だからまぁ一番思うのは」

 

 綾瀬がヤンデレ気質なのはこの際構わない。俺が言いたいのは──、

 

「──俺、そんなに信用されないんだなって情けなくなっちゃてさ」

 

 ヤンデレCDの主人公はデリカシー皆無で浮気性なところが所々に見えた。

 CDでは猟奇的な行動をする彼女らだが、言ってしまえば根本的な原因は彼女らを不安にさせて、病ませた主人公が悪い(渚編は違う、アレは以前にも言ったが理不尽だから)。

 俺自身、前世の人格やら記憶やらを思い出さなきゃ、たぶん同じように軽率な言動で綾瀬や渚の怒りの琴線に触れまくっていたに違いない。

 いいや、今だって俺は『前よりはまともになった』と思ってるだけで、ひょっとしたら綾瀬から見てかなり、いい加減な男に見えてしまってるのでは? そう思うと、やるせなくなる。

 

「あんなに綾瀬が色々聞いたりするのは、俺がそれだけ浮気しそうな男に見えるからなんじゃないか。綾瀬に対して好きだって気持ちを伝えられてないんじゃないか……って思ってさ」

「……」

「俺がこんなんじゃ、きっと来年の今頃にはもう綾瀬に愛想尽かれてるんじゃないかとか、そのうち綾瀬を悲しませる事すんじゃないかとか、だったらもう今のうちに綾瀬と交際するのは止めた方がむしろ綾瀬のために良いんじゃないかとか……そういう事考えるようになっちゃって」

「……」

「なあ、悠から見て俺はどう映ってる? ちゃんと綾瀬の彼氏としてやっていけてるかな?」

「…………」

「悠? どした?」

 

 メロンソーダの入ったグラスに刺したストローを口にくわえて、悠は何とも言えない目で俺を見ている。

 

「えっと……割と真剣な悩みなので、何か言ってほしいんだが」

 

 そう言うと、悠は返事代わりなのか知らないが瞬く間にグラスのメロンソーダをストローで飲み干し、小さくげっぷしてから、ようやく答えた。

 

「……まだ1週間経ってないよね?」

「え、あ……そうだけど?」

「だから早いんだって」

「早いのは分かる、だからこそ」

「そうじゃなくて、君の悩みはまだ1週間もしない彼氏が抱くものじゃないってコト」

 

 俺の言葉をさえぎって、悠がぴしゃりと言う。

 

「想いが重いのは君もだよ」

「マジ……か」

「ま、もっとも君が綾瀬さんの事になったらゲキ重感情爆発させるのは前からだったけどさ」

 

 そういってカラカラ笑って見せた悠。俺は過去の行いを思い返して、それが誇張表現でもなんでもない事を自覚する。

 確かに、俺は付き合う前から綾瀬の事になったら行動も気持ちも前のめりになる所があった。渚には『女神様扱いしてる』とか言われたっけ。

 崇拝型ヤンデレ──は違う、俺はそういうのじゃない。

 

「ふふ──その様子だと過去の行いに思い当たる節がたくさんあるようだね」

 

 ひとしきり笑うと声のトーンを落とし、真剣な口調で続けた。

 

「綾瀬さんは君が信用できないわけではないと思うな」

「不安じゃないなら、どうして」

「怖いのさ。君と別れる未来が」

「別れるって、なんでそんな事」

「君が綾瀬さんを好きな時間、綾瀬さんが君を好きな時間、どっちも年月は同じくらいだと思う」

「……まぁ、そうだな」

「そうやってようやく結ばれた2人だ。君が思うよりもずっと、綾瀬さんはこの時間を愛おしく感じてるに違いない。そしてそれ以上に失う可能性を恐れている」

「……失う、可能性」

「君もさっき『これなら分かれた方が綾瀬のために』なんて言ったろう? 別れる可能性っていうのは簡単には消せない。だから綾瀬さんは失う事を極端に恐れてるんだ。君が浮気性のチャラ男だからじゃない……きっとね」

 

 そこは断言してほしかったところだが、まあいいや。

 とにかく、悠の言葉は物凄く俺の心にストンと落ち着いた。

 

「綾瀬が安心できるものがあれば、良いんだな」

「そうだけど、これは心の問題だろうし、ものですぐ解決できるものでもない気がするなぁ」

「……うん、でも、1つ心当たりはある」

「あるのかい? それならさっそくそれを綾瀬さんに──」

「いや、問題があるんだ」

「問題?」

 

 悠とこの話をしたからこそ、思い出したものがあった。

 アレさえ綾瀬に渡せば、完璧とは言わないまでも今の綾瀬が抱えている不安だけは解消できるかもしれない。

 正直……正直、アレを綾瀬に渡すのはこの上なく恥ずかしいし、過去の自分に対して何やってんだお前って言いたくなるし、そもそもアレの事を忘れている所に俺のいい加減な性格の片鱗が見えてしまったのだが──いや、まあそれは今更良いとして! 

 

「問題は──何処にやったのか、全然覚えてないんだよなー……ははは」

「えぇ……」

 

 アレは小学生時代のモノだから、探せば家にあるかもしれない。だけど、毎年年末に大掃除をする際、アレを見た記憶が一回も無い。

 ほとんど毎年俺達兄妹で家の掃除や整理整頓をしてる上で、一回も見た事が無いのなら、現状家にある可能性はゼロだと思える。

 

「渚ちゃんがどっかに片づけたとかは?」

「いや、その可能性は絶対にない」

「絶対に? 断言するね、理由は?」

「アレを渚が見たら、間違いなく焼却して捨てる」

「……ほう。そういうモノか」

 

 やや引き気味に頷く悠。

 

「で、いったい何なんだいそれは。モノを教えてくれたら、どこに置いたか想像もできるじゃないか」

「えー……言わないと駄目?」

「まさか君、僕に何か言わないまま探すのを手伝わせる気かい?」

「それは……まぁ」

 

 そもそも言っても無い内から一緒に探してくれる気だった事にありがたみを感じるが、アレについて説明するのは俺にとってかなり……うーん。

 

「なんだよー。親友の僕にも話せないなら最初からいうなよー。君のためにG・D・AYC(バイク)だって駆り出したのに」

「う……分かったよ、言う。言うから……その詰るような眼で見るのは止めてくれ」

 

 あの違法バイクの件は色々思うところがあるが、結局間に合ったのは悠のおかげである事に変わりはない。

 それに思わせぶりに発言しちゃった俺も悪いし……ここは恥を忍んで話す事にしよう。

 

「──他言無用で頼むな?」

「もちろん」

「……これは、俺が小学校4年生の頃なんだが──」

 

 

 

「──というわけでさ」

 

 説明を終えた頃には、俺は羞恥心で顔が赤くなっていた。

 

「……はぁ」

 

 聞き終えた悠も、何故か頬を赤くしながら頭を抱えていた。

 

「ど、どうだろ……何か俺が置きそうな場所に心当たりは」

「その前にさ」

「ん?」

「忘れるなよ君、そんな大事な物」

「ちくちく正論いくない!!」

 

 結局この後、置いた場所の考察より説教が始まり、カラオケの時間を1時間延長した(延長分の料金は俺が払った、理不尽)。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──アタシ、重すぎるのかな……」

 

 偶然にも縁が悠に相談しているのと同じくらいの時間に、綾瀬は縁と似たような悩みを相談していた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「──え、これ私も聞かなきゃいけないんですか?」

 

 今日は彼氏の縁が親友の悠とカラオケなので、部活も終わった放課後に綾瀬は園子と──何故かどういうわけか、本人もよく分からないうちに同行するハメになった──渚の3人でファミレスに集まり、プチ女子会となった。

 女三人寄れば姦しいと言う諺があるが、ふとした話の流れで綾瀬の最近の恋愛事情に話が移ってしまった時点で渚はもうハヤテの如くその場から立ち去りたくなったが、もはやこれまで。手遅れである。

 

「自分でも分かってるんだけど、彼が他の女の子とはなしてたり、アタシの知らないところで知った話を楽し気に話されたりすると、凄く寂しくなるの……」

「そうなんですか……」

「ヴォエ」

「そうなるとどうしても辛く当たっちゃったり、誰から聞いたの? とかついつい聞いちゃって……」

「え、私の反応聴いてて平気で話続けるんですか綾瀬さん?」

「彼がやさしいって分かってるから、毎回そうやって優しさに甘えちゃって──でも、やっぱりこういうのって良くないわよね……どうしたら良いんだろう」

「あっそうなんだ、そういうスタンスでいるんですね綾瀬さん」

 

 ぶっちゃけた悩みを明け透けに話す綾瀬に対して、我が事のように話を聞く園子と殺意を静かに迸らせる渚。全くもって話を聞く態度は違うが、綾瀬が色ボケモード全開であった事、ここが3人以外にも大勢人がいるファミレスだった事が幸いし、血みどろの修羅場になる事だけは絶対に起きない空気感であった。

 それゆえに、渚は呆れ果ててウンザリしてむしろ殺してくれという気持ちであったが、縁の幸福を何より願っている園子は、真剣に綾瀬の相談(の体裁をした実質ノロケ)に耳を傾け、率直な意見を述べた。

 

「綾瀬さんは、昔から縁君を好きだった分、想いが通じた今の状況に不安があるんですね」

「……うん。ふとした瞬間に、ぽろっと無くなってしまうんじゃないかって考える時があって、そんなハズないって分かってるんだけどね」

 

 本当に無くしてやろうか、なんて内心思いつつ、渚も話の流れに乗る事を決める。

 

「お兄ちゃんが綾瀬さんと別れようと思う事は絶対にないですよ、家に居ても前より楽しそうな顔ですから」

「そ、そうなの? 良かったぁ……」

 

 渚からお墨付きを貰った綾瀬の顔がパッと綻ぶ。だが、渚が素直に綾瀬に都合のいい発言をするハズもなく。

 

「だから、別れるとしたら綾瀬さんがお兄ちゃんを信じられなくなって別れを切り出す以外ないでしょうね」

「な、渚ちゃん──」

 

 急な火の玉ストレート発言に固まる綾瀬と、冷や汗をかく園子。

 園子の控えめな制止には頓着せず、渚は言葉を続ける。

 

「聞いてくださいよ園子さん、お兄ちゃんと綾瀬さん、最近いつも夜に通話しながら寝てるんですよ? どっちかが寝落ちするまで」

「……凄いですね、それは」

「凄いなんて話じゃ収まりませんよ。夜中にいつまでもボソボソ会話してる声が部屋から漏れ聞こえて、段々イライラするんですから」

「ご──ごめんなさい」

 

 思わぬタイミングでクレームを突き付けられた綾瀬は、さりげなく恋人同士のふれあいを暴露された恥ずかしさや怒りより先に、申し訳なさで思考が埋まってしまった。

 園子も毎日寝落ち通話するレベルだとは流石に思ってなかったようで、先ほどまで渚を止めようとしていた気持ちもすっかり消えてしまった。

 

 ──と、ここで終わってしまえば小姑の嫌がらせで終わってしまう話だったが、あいにく渚は意地の悪い小姑で終わる人間ではなかった。

 

「──綾瀬さん、私の言いたい事分かります?」

「え……?」

 

 責める口調から一転、問いかける口調に変わった渚に面食らう。

 ここまでの会話は、一貫して渚にとってある意図があったようだが、果たしてそれが何なのか、すぐには綾瀬に思い浮かばなかった。

 うんうん考えて、やや間を置いた後、綾瀬はダメ元で答える。

 

「幾ら相思相愛の幼なじみカップルだからって、いちゃらぶし過ぎってこと……?」

「全然違いますよ煽ってんですか、綾瀬さんのそれはいちゃらぶ通り越して常時発情でしょ」

 

 猛烈に切れ気味な返しをされ、綾瀬はいよいよ何を伝えたいのか分からなくなる。

 一方、園子は何となく察したのか、しかし何もいう事はしないといった表情で2人の会話を聴くだけ。

 これ以上時間を作ってもまともな答えは来ないと思った渚は、ため息を吐きつつ、人差し指でビっと綾瀬を指しつつ言った。

 

「綾瀬さんはお兄ちゃんに気持ち悪い程発情して、お兄ちゃんだって綾瀬さんの想いに応えて時間も作ってるのに、なんで最後の最後に信頼してあげないのって事──です」

「信頼……」

「そうよ、お兄ちゃんは今まで私や友達に割いてた時間も、綾瀬さんに使ってるのよ? それって、お兄ちゃんも綾瀬さんとの時間を大事にしたい、無くしたくないって事でしょう?」

「──っ、そう……そうね」

「お互い同じ事考えてるんだったら、少しはお兄ちゃんを信じなさいよ。付き合う前からウジウジしてたのに、付き合って更にめんどくさくなってどうするんですか」

 

 容赦のない言葉ばかりが襲い掛かるが、不思議とすんなり胸に入っていくのを、綾瀬は感じた。

 

(──やっぱり、この子はちゃんと見てるんだ)

 

 本来、恋敵を通り越して想い人を奪った女の恋愛相談なんて耳にしたくもないはず。

 それでもなお、こうしてこの場に留まり、綾瀬に辛辣ながらも忠告をするのはどうしてか。決まっている、愛する兄の幸せのためである。

 渚は今でも変わらず兄の縁を好きでいる。それは告白してフラれても変わらない。恋人として縁を幸せにする道は無くなったが、唯一無二の妹として、兄の幸せのため生きている。

 そんな渚にとって、兄の幸せを苛む要素になりかねない今の綾瀬の体たらくは、到底見過ごせないのだ。

 

 だからこそ、こうして聞きたくもない話に耳を預け。

 言いたくもない言葉を、綾瀬に発している。

 

「──うん、ありがとう渚ちゃん。アタシももっと、彼の事信じてみる」

「……綾瀬さん」

 

 綾瀬の言葉を聞いて、まるで自分の事みたいに喜ぶ園子。

 園子にしたって、縁に恐らく恋愛感情を抱いていたハズであり、それでも親身になってくれてる事にも、綾瀬は内心感謝する。

 

「この位、言われなくても自分で気づいてくれませんか? ……まぁ、もっとも」

 

 最後まで小言を絶やさず、しかし言葉終わりにはそれまでと違う雰囲気の口調を漏らす渚。

 

「──()()()()()()()()()()()()点については、お兄ちゃんもあまり違わないかもだけど」

「渚ちゃん、それってどういう──」

 

 渚の意味深な発言の意味を訪ねようとした矢先、綾瀬と渚、そして園子のスマートフォンにそれぞれ通知のベルが鳴った。

 3人同時に鳴るという珍しい状況に、つい全員直前までの会話も忘れて画面を確認する。

 

「──ん?」

「あれ……?」

「これって……?」

 

 画面を見て、3人は互いに来たメッセージを確認し合う。

 それぞれが持つ端末の液晶には、それぞれこのように書かれていた。

 

『綾瀬、本当に悪いけど、今日夜通話できないかも……すまない!』

『渚、今日帰り遅くなります。夜ご飯は先に食べててください、ごめんね』

『部長、縁と一緒にやりたい事があって、部室のスコップとシャベル借ります。理由は後日話すのでご容赦ください』

 

 何かを始めようとしている縁達。

 不穏な空気が立ちこみ始め、唯一違う人物からのメッセージだった園子だけがあわあわするのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──っし、メッセージ送った。そっちは?」

「うん、僕も送ったよ」

「じゃあ行くか」

「あぁ、こうなったらとことんだ」

 

 スマートフォンをしまって、俺達はさっそく学園に戻る。

 時間は16時50分。日が短くなってるから空は既に薄暗いが、まだ走れば、生徒が入れる時間内に学園に戻ってシャベルとスコップを確保するのは可能だ。

 途中何度か休みを挟みつつ、難なく得物を確保した俺達は、次の目的地へと向かう。すなわち──。

 

止雨(やまあめ)公園。ここ俺は『アレ』を埋めたんだ」

 

 俺と綾瀬が出会った公園や、前に園子と夜語り合った公園とも違う、街のはずれにある公園。それが止雨公園だ。

 一年中雨の降る町に生まれ育った前世の俺が聞けば、笑いたくなるような名前の公園だが、敷地面積は街どころか県内でもトップクラスの広さを誇り、山に面した西エリアは軽いウォーキングに使える登山道があって、入口周辺の東エリアには立派なアスレチックなんかもある、休日の家族団らんに最適な場所。

 

 そんな止雨公園に、既に時刻も17時を越えてすっかり暗くなった今こうして来た理由は以下の通り。

 

 

 カラオケでの説教後、ようやく真面目に俺が『アレ』を保管しそうな場所について考えた結果──、

 

 ①家に無いのなら誰かに預けたのではないか

 ②いや他人に見られて良い物じゃない

 ③なら自分だけが分かる場所に置いたのでは

 ④でも何年経っても変わらず置きっぱなしにできる場所は思い浮かばないし、外に置きっぱなしでは雨風で駄目になってる可能性がある

 ⑤長時間保管しても環境の影響を受けにくく、他人の目が入らない保管場所、土に埋めたのではないか

 

 という所まで考えが進み、ふと思い出したのが、当時担任の先生が道徳の授業で行った『タイムカプセル』だった。

 他に思いつく手がかりもないし、当たって砕けろの勢いでこのままタイムカプセル探しを決行したのである。

 タイムカプセルを埋める場所は子どもたちに一任されており、殆どの子が自宅の庭やマンション近くに埋めたが、俺は当時だだっ広いこの公園に埋めた事を覚えている。

 

「で、問題は……この広い公園のどこに埋めたのか、肝心の場所をハッキリ覚えてない事だな、うん」

「はは──はぁ!? ホントに言ってるのか君!」

「……すまん」

 

 タイムカプセルを思い出してすっかり気分がノッてたせいで、肝心な事を忘れていた。

 悠も事の重大さは十分理解してるから、今日何度目かのため息をこぼす。

 

「なんて見切り発車……君ってたまにそういう所あるよなぁ」

「流されやすい所があるって渚にも言われた……ホントごめん、俺だけで探すから悠は帰ってだい──」

「馬鹿言うなよ。ここまで来たらもう僕だって腹をくくるさ」

「悠……っ!」

「貸し1、だからね」

 

 そういってウインクする親友。

 ホントなら今頃貸し600くらいあるのに、こいつには一生頭が上がらない。

 

「うっすらでも記憶は残ってないかな?」

「えっとな……近くに電灯が立ってて、木の下に埋めたってのはギリ覚えてる。木登りができる、結構高い木だった」

「電灯が近くにある大きな木……少しは絞れそうだ」

「俺は西エリアから調べてみる。悠はこの辺りから頼めるか?」

「うん、わかった、見つけたらスマホで連絡するね」

「よろしくな!」

 

 それを皮切りに、俺達はそれぞれ別行動を取った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……ふう、ここでもない、か」

 

 それから約50分後、汗が首筋を流れる程度には目ぼしい場所を掘っては埋め、掘っては埋めを繰り返していた悠は、いったんベンチに腰を付けて一呼吸入れていた。

 スマホを見ると、縁もまだ見つけてはいないようだ。

 こちらの進捗を伝えると、体調や寒さに気を付けてという旨の返事が来た。

()()()()()で身体能力には密かに自信があった悠は、『君の方こそ汗で風邪ひくなよ』と内心クスっと笑いつつ、改めて現状を確認する。

 既に東エリアの9割でそれらしい場所を掘ったが、当たりは無かった。

 

「ノンストップで動いてるけど、中々見つからないなぁ……」

 

 東エリアにはないのかもしれない。こうなればさっさとこちらは終わらせて、自分も西エリアに行こうかな。

 そう考えついた時、ふと声がした。

 

「何が見つからないの?」

「何がってそれはもちろん、縁の──って、え?」

 

 つい返事してしまったが、今は18時を過ぎた夜の公園。

 こんな場所には、自分以外誰もいない。

 なのに返事が来た事に、遅ればせながら悠は事の異常さを察知する。

 

 ──誰かが、ベンチの後ろに立っている。

 それが分かった悠は、恐る恐る、ゆっくりと振り返り──。

 

「君は──っ!」

 

 驚きに顔を染める悠。

 

 近くの木に止まっていたカラスの群れが、一斉に飛び立った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「あー、疲れた……」

 

 いったい過去の俺はどこに埋めたんだろう。

 なぜもっとこう、分かりやすい場所に埋めなかったのだろうか。

 いや当然か、当時の俺は『アレ』を絶対見つからない場所に埋めたい一心で埋める場所を決めてた。だから簡単に見つからないのは当時の本願である。

 

「だけど自分も忘れちゃ意味ねえよなぁ」

 

 ぼやきながら今さっき掘った場所を埋め直す。

 単純に掘るって言っても、ある程度の深さで木の周囲を掘らなきゃいけないわけだから、中々の重労働だ。

 日頃園芸部で土掘りに慣れてなきゃ、今頃嫌になってたに違いない。

 

「うし、じゃあ次は……」

 

 埋め終えたので道具を持ち、次の場所を見つける。

 山に面してる分、こっちは東エリアよりもこの時間は暗い。安全のために電灯は多いが、それが逆に候補地を絞るのに足を引っ張っているんだ。

 初めてからもう50分以上は経ってるが、事ここに至って、是が非でも思い出す必要があると思い知る。

 仕方ないので一旦足を止めて、俺はたまたま目に映ったベンチに腰掛ける。思い出しタイムの始まりだ。

 

「あ、その前に一旦悠に連絡っと……」

 

 “まだ見つかってない”とメッセージを送る。するとすぐに返事が来て、やはり向こうも苦戦中らしい。

 季節が季節なので、夜は急に冷え込む。“風邪ひかないように気をつけてくれ”と再度送って、俺は改めて当時を振り返る事にした。

 

 あの時、電灯が側にあった。埋めたのは大きな木の周りで、当時小4だった俺でも木登りができる形をしてた。

 その他に、何か……特徴があったハズなんだ。当時の俺が『ここにしよう!』と決めるだけの何かが。

 それを思い出したいのだけど……。

 

「うーだめ! 思いつかん!」

 

 東西エリアどこを思い返しても、俺が決めようとする特徴げある木なんて思いつかない。

 

 それでもあるハズなんだ、この公園に。絶対に見つけないと……、

 

「あっ」

 

 ほんのちょっとだけの発想、ふとした気づきだった。

 そもそも、どうして俺は埋める場所にここを選んだ? 

 

 そう、そうだ。そこにヒントがあるハズ。

 当時の俺にとって、『アレ』は人に見られたくない、けど大事なものだった。それを埋めるなら、大事な物を埋めるに足る要素をこの公園のどこかに見出してたって事になる。

 当時ワンパク少年だった縁君の気持ちになって、再度当時を振り返る。

 すると、天啓と言っても過言じゃない、確信的な思い出を掘り起こせた。

 

「──山のてっぺん!」

 

 山岳コースのゴールには、当時俺や友達の間で『マチュピチュ』と呼んでた、普通の公園よりちょっと狭いけど展望台や遊具のある場所があった。以前俺が咲夜を連れて行った山ほどじゃないが、そことは違う角度で街を見渡せる場所で、当然公園の敷地内だから電灯があって……そうだ大きな木もあった! 

 あの頃、俺は友達と探検とか競争とか言いながら、頻繁に『マチュピチュ』で遊んでいた。実際は違ったけど、当時は街で1番高い場所だと思ってて、そんな『マチュピチュ』にはどこか特別な思いがあった。

 

 もう絶対そこしかない。俺は急いでスマホを出して、悠に『マチュピチュ』に向かう事を伝える。

 悠は『マチュピチュ』を知らないから具体的に何処を指すかも説明して、返信は確認せずそのまますぐに『マチュピチュ』に向かう事にする。

 

「今からプチ登山か……本当よくやるよ俺も」

 

 とても平日の夕夜にやる事じゃない。

 でも、綾瀬を安心させられるなら──、

 

「うし、行くかっ!」

 

 頬を軽く叩いて気合いを入れた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 正直、ここまでの事になるならもっと防寒着とかも着てけば良かったと思いつつ、俺は軽い斜面を登っていく。

 何度も言うように、子どもでも楽々に歩ける山道だ。明かりは随所に用意されてるし、熊なんて居ない静かな道は、歩く上では問題ない。

 ただ制服で出歩くにはちょっと、肌寒さを感じる。さっきまで穴掘りして流れた汗も冷えて背中がつめたいし……悠に言う前に、俺自身が風邪ひかないように気をつけなきゃな。

 

 帰ったら即、シャワー浴びて、そこからご飯だな。そう思っていると、遂に目的地の『マチュピチュ』広場に到着する。

 

「──すぐに見つけちゃった」

 

 おそらく俺が埋めたであろう木は、ものの数秒で視界に入った。

 展望台のすぐ側。電灯に照らされた枝葉の茂る、立派な木だった。

 間違いない、俺はここに『アレ』を埋めた。

 

「よし、じゃあやるか!」

 

 もう一度、頬を叩いて気合い入魂。俺はシャベルを持って意気揚々と木の周りを掘り始めた。

 山の土は平たい公園の土よりも少しだけ硬く感じる。成分が違うんだろうか。

 冷え始めていた体も、再び熱が入って寒さも感じなくなって来る。手応えはまだ無いが、掘り進めれば進めるほど、絶対見つかるって予感がひしひしと感じられた。

 

「──あ、そう言えば悠から返事来てるかな」

 

 掘り進めて10分程度だった頃、一息つく理由としてはちょうどよく、悠の事が頭に浮かんだ。

 あれからこっちに向かってるだろうし、そろそろ着くとかの連絡があってもおかしくない。あるいは、もしかしたら迷ってるかもしれない。

 俺は一旦手を止めてシャベルを土に刺し、ポケットからスマホを取り出す。

 自動で画面を明るくしたスマホの画面には、やはり悠からの返信が来た事を告げる通知があった。さっそくSNSを開いて内容を確認する。

 そこに書かれてあったのは──、

 

『ごめん、よすが』

 

 ──という、ひらがなだけの不穏極まりない文章だった。

 

「え、何これは……」

 

 今までアイツがこんな文を送って来た事なんて一度もない。

 性格的にもふざけて送ったとは思えない。

 であれば、考えられるのは悠の身に何か起こったと言う事だ。

 男子高校生とは言えアイツは化粧すりゃあ余裕で女装もイケるレベルの中性的(よりも女寄り?)な顔立ちだ。今の時代、女子でも男子と同じ制服着てる奴はうちの学園にもチラホラいるし、この暗さだ。

 不審者からすりゃあ初見で悠を女の子と誤認する事は十分にあり得る。

 だとしても、悠はああ見えて実は何故か腕っぷしが強い。この前の講堂の殴り合いだって俺が負けたし。悠と喧嘩はアイツが来たばかりの頃やったが、その時だって負けたのは俺。

 俺が喧嘩慣れしてないのもあるが、悠はそこらのチンピラ相手になら負けないくらい強いんだ。

 

 そんな悠が『ごめん』なんてメッセージ送るハメになるとは思えないし……て言うかそもそもこのごめんは、何に掛かってるごめんだ? 

 もしかしたら、これはアイツに何か起きたんじゃなく、今から俺に何かが起こる事について謝ってるんじゃ──、そんな背筋がゾゾっとする可能性に思考が辿り着いた瞬間、

 

「──居た」

 

 幽鬼すら裸足で逃げ出す様な低い重い声が、俺の背後から聴こえた。

 

「うぉっ!?」

 

 余りにも唐突に、しかもまるで耳元で囁かれた様な錯覚すら覚える声色だったから、スマホを手から転げ落として、情けなくも尻もちをついてしまった。

 そこから後ろを振り返ると、そこには何と──いやほんと、何でいる!? 綾瀬の姿があった! 

 

「あ、綾瀬……」

「なに、してるの……?」

 

 地面に尻もちをつく俺を見下ろしながら、綾瀬は俺のそばに刺さってあるシャベルを手に取り、振り上げる。

 ヤバい、何故綾瀬がここにいるのかって疑問よりも、綾瀬が怒っている事の方が遥かにヤバい! 

 怒ったのだろうか、俺が今日綾瀬と通話できないと言った事を。

 あるいは、俺が悠とカラオケ行くと言っておきながら、今公園にいる事が。

 ──まずい、思い付く節がいくつかあるけど、どれが理由か分からない! 

 

 かと言って何もしないわけにもいかないので、とにかく今の行動は浮気とかとまるで関係ない事だけは言おう! じゃなきゃ死ぬ! 

 

「ま、待て綾瀬、これは……」

 

 弁明をしようとする俺の事なんてまるで意に介さず、綾瀬は冷たい目でじっと俺を見る。

 その視線が、俺の口を無慈悲に止めた。

 

「また──そうやって……っ!」

「あや──」

 

 勢いよくシャベルを振り下ろす。

 体力を消耗していた俺には、もうその刃先から逃れる術など無かった。

 

 嘘だろこんなとこで死ぬのか!? 

 しかも五寸釘で壁に磔にされるんじゃなく、いきなりシャベルで刺し貫かれるって、ヤンデレCDの主人公より酷い最期じゃないか! CDじゃ唯一死んでないストーリーなだけ、俺の方が更に悪い! 

 あまりにも予想外過ぎる事に、『ああでも、死体を埋める穴はこっちで用意できたな、まさしく墓穴を掘るか』などと間抜けな事を考えてしまう。

 

 そうして、綾瀬は躊躇いなくシャベルの切っ先を、俺に──ではなく、俺の掘っている穴に突き刺す。

 

「──えっ?」

 

 土でもぶっかけて来るのか? なんて事も一瞬考えたがそんな事もなく、綾瀬は何と俺がさっきまでやってた様に穴掘りをし始めた。

 

「あのー、綾瀬さん……一体何を」

「見て、分かるでしょ……手伝ってるの!」

「え? なんで?」

 

 素で聞いてしまった。

 それには答えず、むすっとした具合でシャベルを動かし続ける綾瀬。

 だって本当に分からない。怒ってるのかと思ったら……いや雰囲気や口調は明らかに怒ってるんだけど、怒ってる割には俺に対する態度が何かこう……違う! ヤンデレCDでよく聴いたあの雰囲気とはかけ離れている。

 前世の知識がまるで役に立ちやしない現状に困惑するが、目の前で彼女がせっせと動くのに何もしてない自分、と言う図式に遅まきながら気づき、慌てて俺もスコップを取って穴掘りを再開する。

 理由は分からないが、まずは綾瀬が話したくなるまで俺も動こう。

 

「……ふぅ、大体掘り終えたな。あと少しだけ」

「慣れてるつもりだけど、制服でやると結構疲れるのね」

 

 今まで、軽い作業ならまだしもこのレベルの作業を学園でやる時はジャージに運動靴って組み合わせだった。今は制服にローファー、やりにくさってのはどうしても出てくる。

 綾瀬についてはスカートだから、暗くてもチラチラ脚が見えて……っていや今はそんなの考える時じゃないから。

 作業をするうちに、自然と綾瀬の雰囲気も柔らかくなっている。

 改めて、俺は綾瀬に尋ねる事にした。

 

「綾瀬、どうしてここに俺がいるって分かったんだ?」

「……あなたはどうしてだと思う?」

 

 まさかの質問返し。

 答えが分からないから教えて、と急かすのもできるが、これは綾瀬なりのコミュニケーションの取り方だ。俺もちゃんと考えてみるべきだろう。

 

「俺が送ったのを見て、変な感じがしたから? いやでもそれじゃここが分かる理由にはならないもんな……」

「少しだけ合ってる……あなたから連絡きた時、アタシ渚ちゃんと園子と一緒に居たのよ」

「うわ、マジで……知らなかったよ。あちゃ〜」

 

 そりゃ即怪しむに決まってる。

 

「悠君も絡んでるってなると、絶対今から何かやろうとしてるって思ったから、急いで学園に戻ったの。そしたら」

「道具持ってここまで向かう俺らを見つけた、と」

「そういうこと。一体何するのかと思って後ついたらここでしょ、最初は宝探しでも始めたのかって思っちゃった」

 

 まあ、あながち間違いでもない。

 

「途中休んでる悠君に声をかけて何をしてるか聞いたけど、彼、あなたのために『何も言えない。本人に聞いてくれ』の1点張りで」

「もしかして、その時俺がどこに行くかを?」

 

 そう言うと、こくんと頷く綾瀬。

 色々と納得した。ごめんって言うのも『バレちゃった』って意味ね。ならそう書けばいいものを。

 

「それで? あなたの質問には答えたけど。あなたはここで、アタシに隠れて何しようとしたの?」

「……探し物」

「それは分かってるわよ。何を探してるのかって聞いてるの」

「それは……見つけたら話す。見つからなかったら、帰りながら話すよ」

 

 綾瀬に内緒で事を進めようとしたが、決して後ろめたい事をしているつもりはない。俺は綾瀬の目をまっすぐ見て答える。

 

「……分かったわよ。もう」

 

 不誠実な事はしていない、という気持ちが伝わったのか、綾瀬は折れてくれた。

 

「見つかっても見つからなくても、渚ちゃんと園子にもちゃんと説明するのよ? 特に渚ちゃんはご飯作らなきゃだから帰ったけど、心配してたんだから」

「うん、分かった。でもきっと渚からはもっと怒られるんだろうな」

「その時は一緒に怒られてあげるから」

「お母さんかよ」

「お姉さんよ」

「なんだそりゃ」

 

 少し先の未来に苦笑いしつつ、俺達は作業を再開した。

 

「──おっ、おお!」

 

 すると、今までが嘘のようにあっさりと、まるで神様が『もういいだろ』と先延ばしていた結果を明け渡したかのように、今までと明らかに違う手ごたえをスコップから感じた。

 

「あった? あったの?」

「うん、たぶん」

 

 やや興奮気味に答えながら、俺は手ごたえがあった場所を中心に掘り進める。

 すると出てきた、ちょっと高いクッキーなんかに使われてるような、四角い缶の──いわゆる『カンカンの箱』! 

 

「間違いない、これだ」

 

 掘り出して箱にかかってる土を払うと、うっすらと『10年後の自分へ』とマジックで書かれた俺の文字が読めた。

 

「やったぜ、タイムカプセルだ! やっと見つけた!」

「探してたのってこれの事だったの?」

「そう! 綾瀬もやっただろ? 10年後の自分にタイムカプセルを送るって道徳で! これだよ! まだ10年経ってないけどやったぁ!」

「確かにやったけど……それが、わざわざこの時間まで探す必要あったモノなんだ……」

 

 困惑してる綾瀬の言葉をバックミュージックにしながら、俺は恐る恐る箱のふたを開けて中身を確認する。

 すると中には封筒が2つ。そのうち1つには『10年後の自分へ』と書かれてあり、もう1つには──、

 

「……うし」

 

 腹を、くくる。

 

「綾瀬、これを君に渡したくて、今日俺はここまで来たんだ」

 

 そういって、もう1つの封筒を渡す。

 

「あなたのタイムカプセルなのに、アタシ?」

 

 驚きながらも受け取り、封筒に書かれてある文字を見る。そこには『10年後の綾瀬へ』と書かれてあった。

 

「アタシに?」

「当時の俺は綾瀬にも渡したい物があって、いっしょに埋めてたんだ」

 

 そしてそれこそが、悠との会話で思い出した、綾瀬を安心させるに足る物だ。

 

「中、見てくれるか?」

「……うん」

 

 息を吞みながら、綾瀬はゆっくりと封筒から中に入ってある1枚の紙を取り出す。

 丁寧に4つ折りにされた紙を開いて、そこに書かれてある物を見る。

 そこにあったのは──、

 

「え……そんな……これって」

「──はい」

「『こん約届』って……アナタの名前書いてるの、これ、あなたがアタシにって事?」

 

 そう、綾瀬に過去の俺が渡したかったのは、手書きで書かれたお手製の婚姻届けだった。

 漢字が分からなくて『こん約届』なんて拙く間違ったものになっているが、そこには結婚式で神父さんが詠むような文と、俺の名前、そしてもう1人分の名前が書ける空欄があった。

 当時、今の俺よりもっと素直で、面倒な事なにも考えてなかった思春期入る直前の俺が、今よりもっと素直に綾瀬への好意を形にしたものが、これだった。

 

「まぁ、そのなんだ、若気の至り極まれりだけどさ、あの頃の俺は綾瀬と結婚したいって本気で思ってたのな」

「──っ!」

「だから、こうして付き合えて、綾瀬にはこれから不安な思いとかして欲しくなくて、『俺はあの頃からお前が好きだったんだ!』って証明になればなー……とか、思って探そうと思ったんですよ」

「……そう、だったんだ」

「色々、不安とか掛けるかもしれないけど、こっからもよろしくな。うん、やっぱ恥ずかしいわこれ! あはは!」

 

 真剣な想いを口にするが、最後の最後に羞恥心に負けてしまい、照れ笑いで誤魔化してしまった。

 でもいいだろ、これで想いは伝わったはずだから。

 

「じゃあ、土埋めて帰ろうぜ、綾瀬」

「……ねえ、縁」

「ん──っ!」

 

 手首をくいっと引き寄せられて、気が付いたら綾瀬からキスしてきた。

 

「……あはっ、今日やっとキスできた」

 

 意地悪そうに唇に指を当ててなぞりつつ、綾瀬は言う。

 俺はもう何度目かのキスではあるが、不意打ちだったのもあって、真っ白になってしまった。

 

「ね、片づける前に、ぎゅってして?」

「お、おう!」

 

 甘えるような声に抗えず、汗のにおいとか気にせず要望通り強く抱きしめる。

 

「~~!」

 

 綾瀬は声にならない歓喜の声をあげつつ俺の背中に腕を回して、胸元に顔を埋めて小さく左右にこすらせる。

 なんか犬みたいだな、とか思ってると、

 

「ねぇ、アタシ嬉しい。今とっても幸せ」

 

 少し涙ぐんだ声で、綾瀬が言う。

 

「アタシ、あなたの言う通り不安だったの。今この幸せな時間が、消えちゃうんじゃないかって」

「綾瀬……そっか、やっぱり」

「渚ちゃんに言われた。もっとあなたを信じろって」

 

 渚がそんな事を綾瀬に言うなんて。

 さりげなく、俺の知らない場所で行われていたやり取りに驚いた。

 

「アタシ、これからはもう暗い事なんて考えないから。もう、不安であなたに迷惑かけないように頑張るね。今までごめんなさい」

「そんな事、迷惑なんて一回も思っちゃいない。俺も悠に言われたんだ『重く考えすぎてる』って」

「……一緒だね、アタシたち」

「だから恋人になれたんだろ?」

「うん。……ねぇ」

「なに?」

「アタシが──ううん、アタシたちがいつか、ちゃんと大人になって、2人でちゃんと生きていけるようになったらさ……」

 

 そういって一度言葉を止めて、綾瀬は俺から名残惜しそうに少し離れ、『こん約届』を見せつつ言った。

 

「その時は、アタシがここに名前書いて、あなたに返すね!」

 

 そういってはにかむ彼女の顔は、儚い電灯しかない公園の中でも、1等星より眩しく、俺の瞳には映った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──1つだけ、お願いがあるけど、きいてくれる?」

 

 全部の片づけが済んだ帰り道、2人並んで手を繋ぎながら歩く途中、綾瀬は言った。

 

「今日は仕方ないけど、これからは──何か大きなことをするって時、アタシにも相談して」

「綾瀬……」

「ずっと不安だったのには、あなたがいつも、何か問題に直面すると、危ない事を平気にしてきたからって事もあったの」

 

 園子のいじめを解決しようと決意した時

 咲夜から園芸部を守ろうと行動した時

 

 確かに、過去に俺が綱渡りみたいな行動をとった時、そこに綾瀬の判断や意思が介入する余地はなかった。

 それはやっぱり、俺が渚の指摘通り『女神様』扱いしてたのが理由であって。

 でも、今綾瀬は女神様じゃなく、俺の恋人だ。

 崇めるんじゃなく、同じ立場に立つ、平等な関係にある。

 

 ──最後のピースがはまった。そっか、綾瀬は一人ぼっちにされるような感覚になっていたんだ。

 

「分かった。これからは、まず何より先に綾瀬に頼るよ」

「うん……うんっ!」

 

 俺の返答に、嬉しさを隠すことなく、腕を絡めて喜びを伝えてくる綾瀬。

 幸福感が際限ないなぁ、ホント。

 

「……課題分からない時も、真っ先に頼ろうかな」

「だめよ、そこはまず自分だけで頑張って」

「あちゃ、ダメか」

「ダメ」

 

 そんな会話を交わして、俺達は2人だけのかえりみちをゆっくり歩く。

 綾瀬の左手には、俺の『こん約届』が優しく握られていた。

 

 

 

 

「で? 2人いちゃつきながらダラダラ帰って、アタシは1人夜ご飯作って待ってたわけですか」

 

『はい……』

 

 本当の地獄は、帰ってからが始まりだった。

 

「そっかー、綾瀬さんお兄ちゃんからプロポーズされたんだー、あたしお兄ちゃんがそんなの作ってたの知らなかったよ……それは良かったねぇ! 

 

 ドンガラガッシャーン! という幻聴が脳裏にガンガン響く。幸いにも渚は怒ってはいるがモノには当たらず、2人仲良く正座している俺達の前で血管を浮き立たせているに過ぎない。いやコレもうヤバいって! 

 

「ごめん、渚……償いはなんでもするから」

「なんでも? なんでもするって言ったの今?」

「あ、あぁ……でも! 綾瀬と別れろってのだけは無しで頼──お願い……します」

「……チッ。やだなぁ、お兄ちゃん、今更そんな事言わないよ。でもぉ、それならぁ……」

 

 最高にかわいく、恐ろしい笑顔で渚が提案したものは──、

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

『……もしもし?』

「ああ、聞こえてるよ綾瀬」

『あはっ、良かった』

 

 翌日。いつも通り夜の通話時間だ。

 ただし、1つだけ違うのは──。

 

「はい、私も聞こえてますよ~綾瀬さんこんばんは」

『……渚ちゃん、こんばんは』

 

 違うのは、渚が俺の隣でピッタリくっついている事。

 

「ん~お兄ちゃんあったかい」

『ちょ、ちょっと渚ちゃん!? 何してるの?』

「何って、兄妹のいたって健全なスキンシップですよ? ねぇお兄ちゃん?」

「……はは」

 

 これこそが、渚の提示した条件。『夜、渚が俺と一緒に寝るのを黙認する』というもの。

 ──まさに、悪魔のような提案だ。綾瀬にとっては。

 

『ちょっと縁、あなたも何受け入れてるの?』

「お兄ちゃんは妹に当然の対応をしてるだけですよ? 私たち兄妹ですから。恋人とは言えまだ他人の綾瀬さんができなくても仕方ないですよね?」

『あなたもちゃんと止めなきゃダメでしょ? 近親相姦は犯罪だって言ってるじゃない!』

「たかだか抱き着いてるだけで近親相姦なら、綾瀬さんはとっくにわいせつ物陳列罪で極刑ですよ? っていうか前から思ってましたけど、近親相姦は犯罪じゃありませんから」

『~~もう、縁!』

「んふふ、お兄ちゃ~~ん!」

「~~っ、あぁ、ったく……」

 

 

 

 ──あれ。なんかこれデジャヴ? 

 ──こんな、ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて俺は、もうこの言葉を呟かずには居られなくなってしまった。

 

「死にたく──いや、やっぱ死にたくないなコレ」

 

 拝啓。父さん、母さん、いかがお過ごしでしょうか。

 やっぱり、今回の話は、ただののろけ話だったかもしれません。

 

 

 END




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