【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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第9病 センチメンタルハートボーイ

「俺、綾瀬に告白するから」

「…………は?」

 

 朝の教室、まだ人の少ない空間に、俺の宣言と悠の困惑が溶け込んだ。

 

「……マジで言ってるのかい」

「大マジよ」

「告白って、つまり告るヤツかい? アオハルって意味の?」

「そうそう、その意味の」

「……はぁー!?」

「うわっちょ、声デカいって!」

 

 時間差攻撃みたいな反応でビックリした悠の声で、チラホラ居るクラスメイトが驚いた顔してこっちを見る。

 やばいやばい、まだこの事はクラスじゃ悠にしか知られたく無いのに。

 苦笑いとごめん、のジェスチャーをすると、幸いな事に誰も追求してくる事なく各々のグループでの会話に戻ってくれた。安堵の息を吐いてから、改めて悠との会話に戻る。

 

「マジで頼むよ、リアクション芸人目指してるんじゃないんだから」

「ごめん、あまりにも昨日までとの展開から急変し過ぎて……って言うか、本気で告白するつもりなんだ」

「だから大マジってさっき言ったろ」

「昨日の今日で、一体何があったのさ」

「それは──」

 

 詳細を話そうとした矢先、綾瀬と仲のいい女子グループが登校して来た。

 万が一でもあの子たちの誰かが俺たちの会話を小耳に挟んだら──、告白失敗のフラグを感じた。

 

「すまん、お昼……ああいや、放課後部活始まる前に話す、あんま他の人に聞かれたくないから」

「えー、それ生殺しじゃないか」

「後生だ、そのかわりちゃんと話すから」

「そこまで言うなら、約束だよ」

 

 何とか悠を宥めて、取り敢えずこの話は一旦終わりにする。

 すると、タイミングを図ったように女子グループの1人が俺たちの方に来た。

 

「おはよー野々原くん、悠くん」

「おはよう」

「牧野さんおはよう、今日もよろしく」

「悠くん挨拶固いって、よろしく」

 

 気さくな挨拶を交わすが、牧野さんが俺らに話しかけてくるのはあまりない。何かあったのだろうか。

 

「あのさ、今日実はアタシらと綾ちゃんで放課後『なでにこ』に行く約束してたんだけど」

「お、おう。初耳だ」

 

 牧野さんが言う『なでにこ』ってのは、正しくは『なでぽとにこぽ』と言う二等身キャラのアニメの略称だ。

 猫ともたぬきともつかない架空のゆるキャラ達が活躍する、女子ウケのいい作品だと、渚が話してたのを覚えてる。

 そのアニメを取り扱ってる専門グッズ店が、この前俺と園子も行ったショッピングモールにあるらしい。

 

 そこに、今日綾瀬は行く予定だったのか……まぁ、昨日の部室から逃げた件があれば、行きにくいのも無理はない。

 でもそれを知れて良かった。素直に部室で待ってるんじゃ、永遠に今日告白するのは無理だったろうから。

 

「どうしてそれを俺たちに話すんだ?」

「うん、それがさ、さっき急に『今日休むからごめん』て連絡来ちゃって」

「──え」

 

 今日綾瀬休むの!??!!!? 

 

「それで、最近ちょっと野々原くん達と色々あったっぽいし、何かあったのかなーって気になって……あれ、野々原くん?」

「──」

「あー、多分それ、僕たちも初耳かな。確かに心配だけど、ちょっと答えられる物が無さそうだ。ごめんね」

「うー、やっぱり? 風邪とかじゃなきゃいいけど……分かった、ごめんね変なこと聞いて、じゃ!」

 

 茫然としかけた俺のフォローをしてくれた悠のおかげで、何とか変な空気にならずに済んだ。

 

「いや露骨におかしくなってたよ今の君」

 

 ならずに済んだ。

 ならずに済んだんだよ。

 黙ってろ、うっさい馬鹿。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……はぁ」

 

 一大決心が無駄になるような時間を過ごし、あっという間に放課後を迎えることになった。

 今日は年末のクリスマスパーティーに関する打ち合わせがあるとかで、高等部は5時間授業。渚達より授業1つ分早く終わったので、早速俺と悠と園子は部室に集まっていた。

 ……本当は集まる前に園子にも声をかけて、空き教室で昨日の事を説明しようと考えてたんだけど、それも綾瀬の休みで必要なくなったから、こうして素直に部室に集まることになったのだった。

 

「あ、あの……縁君のこの憔悴具合はいったい何が」

「ん、あー……本人の口から話すのを待ちたいんだけど、でもなあ」

「…………はぁ」

 

 隣で何か話してる2人も気にならないくらい、めっきり気が滅入っている。

 告白のチャンスが途絶えた事、それも今日こうして休みをとったなら、明日以降も綾瀬は休んだりして、永遠に告白する事なんかできないんじゃ……そう思うと、だんだんネガティブな気持ちばかり心にたまっていって、気づけば何も手につかない状況になっていた。

 昨日、渚に綾瀬が絡むとポンコツになると言われて、その言葉の意味が本当の意味で分かってきた。

 

「……はぁ」

「どうしようもないな縁は」

「ここまで素直に落ち込むのは初めて見たかもしれません」

「もうこうなったら、僕の方から話すけど、いいかい縁?」

「ああ……好きにしろよもう」

「ああそうかい、修羅場になる責任は取らないよ」

「良いよ……ん、なんのことだ?」

「ああそうかい、なら遠慮なく。──部長、こいつ今日ようやく河本さんに告白するんですよ」

「──っ、え?」

「そうそう、そのつもりだったけど──っておぉぉぉいサラッと言うなよお前!!」

「うるさいなあ、君が言って良いと言ったんだろ」

「言った……? 言ったかも」

 

 だとしても、そんなあっさりと言わなくたっていいじゃないか。

 しかも、園子を前にしてまるで大したことじゃない風に言わなくたって……なんて逆恨みっぽい事を考えたって仕方ないのは分かってるが、

 

「……」

 

 唐突に言われた方の園子は、半ば呆然としている。

 その表情からはどんな気持ちを持っているかは伺えず、完全に次の園子の反応しだいって状況になってる。

 

 ……園子には、最初から悠と一緒に話すつもりではあったから、結局は結果オーライと言えるかもしれないが。

 この前一緒に買い物に行ったばかりなのもあるから、こうして明け透けに告白するとかなんとかって話を持ち出すのも、気まずいところがある。

 とは言っても、園子がヤンデレCDのような狂気に走る事は無いと確信しているし、朝にヤンデレ化なんてもう気にしないと心に決めたばかり。

 今更、こんな事でおっかなびっくりしていられないのは確かだ。

 

「告白……するんですか。綾瀬さんに」

 

 園子が平坦な声色で聞いてくる。

 俺は躊躇なく答えた。

 

「うん。する」

「そう、ですか……」

 

 果たして、この後どういう反応を返すのだろうか。一度だけ、つばを飲み込んで続く言葉を待つ。

 すると、園子は両の手をぱちんと鳴らして、平坦だったさっきまでと一転、

 

「──おめでとうございます! やっと決意したんですね!」

 

 底抜けに明るい声で、まるで『それを待っていた人』みたいな風に言った。

 

「だよね、本当。ようやくって所だ」

「はい。縁君このままずっと高校生の間は告白しないのかって心配になりましたから……安心です」

「いや、ノリ軽いなお前ら!? ここまで来るのに俺結構大変な葛藤とかあったんだよ?」

「縁、他人の告白までの葛藤なんて物が好きなのは、青春ラブコメを読んでありもしない共感を感じたりする人だけなんだ」

「え、私は結構好きですよ、物語から人生で得られない経験を感じるって楽しいですから」

「部長がこう言ってるんだ、朝話しそびれた告白を決意するまでの経緯を話そうか?」

「お前なんか今日やけに辛辣じゃない? 泣くよ、チクチク言葉に負けるよ?」

 

 最初から放課後に話すって言ったから良いけどさ……。と不満をたれつつ、俺は今日までに起こった俺と綾瀬についてのすれ違いについて、なるべく簡潔かつ丁寧に説明を始めた。

 昨日、先に悠にも説明した殴り合いの後の保健室であった渚の発言から生じた不和。

 園子との買い物を綾瀬に見られていた事を端に発する綾瀬の思い違い。

 そして、昨夜の公園で交わされた俺と綾瀬と、渚の会話。

 

「──とまあ、そういうわけです」

 

 渚の事は言わなかったが、合間合間で園子はともかく、興味薄そうな反応してたはずの悠がいちいち何かしら質問を挟み込むものだったから、全部話し終える頃には6個目の授業が終わり、掃除も終わりに差し掛かりそうな午後3時半を過ぎていた。

 全て聞き終えた二人は、それぞれ何か思うところがあるのか、暗いとまではいかないが、どこか重苦しい色の顔になっていた。

 

「……展開が、展開が早すぎる」

「まあ、な。でもいずれにせよ昨日の出来事は時間の問題だったから、気にするなって」

「僕はついていけないよ、君と河本さんの居る世界のスピードに」

「大げさだな……園子も言ってくれよ考えすぎだって」

「……私があんなお願いごとしなきじゃ2人の関係が悪化するなんて事無かったのに……」

「ああうん、もう良い俺が言うわ、園子は何も悪くない、悪くないよ」

 

 俺の一大決心とそれに至るいばらの道を話し、2人から応援してもらおうなんて考えてたのが馬鹿になるほど、本当に各々の理由で凹ませてしまった。

 

「──なんか、罪悪感か焦燥感か分からない理由でお腹痛くなってきた、いったんトイレ行くね」

 

 そう言って、悠はトボトボと部室を出て行った。

 後に残るのは俺と園子だけ。時刻は45分を指しており、渚達がここにくるまでもうほんの少し間がある。

 

「改めて、おめでとうございます、縁君」

「いや、まだ告白すらしてないし。というか、今後も告白できるかどうかすら」

「どういう事ですか?」

「今日、綾瀬休みだったから……明日からもずる休みされて永遠に告白のタイミングないんじゃって思うと……」

「じ、重体ですね……」

「我ながら、情けないけどね……」

「……あはは」

 

 やや困り顔で、園子は笑う。

 

「……でも、少しだけ、意外でした」

「ん? 何が」

「縁君は、誰かに恋をするとそんな風になるんですね」

「……」

 

 確かに初めて会った時も、咲夜とバチバチだった頃も、俺は園子の前では前向きな姿しか見せなかった気がする。

 だから、今こうして告白できるかどうかでうじうじしてる俺の姿に、違和感があるのかもしれない。

 

「すまん、情けない姿見せちゃったな。気を取り直さないと」

 

 そう言って、喝を入れるつもりで軽く両頬を叩くと、園子は慌てて言った。

 

「ああいえ、その、何というか……違うんです。情けないって事ではなくて、むしろ」

「むしろ?」

「羨ましい……って言う方が、正しいかもしれません」

「羨ましい? どうしてさ」

 

 少なくとも、朝からの俺に、他人が見て羨ましがる要素なんて何もありゃしないと思うんだが。

 

「だって、普段あれだけしっかりしてる縁君をそんな風に

 させるなんて、それだけ綾瀬さんが縁君に想われてるって事ですから」

「……」

 

 思いもよらない言葉に、声が詰まりそうになった。

 

「私じゃ、縁君をそんな風に悩ます事はできません。きっと渚ちゃんでも。綾瀬さんだから、綾瀬さんにしか、それができないんです。だから、羨ましい……綾瀬さんが羨ましいって、思っちゃいました」

「園子……」

 

 自分の言葉の意味をちゃんと理解してるのだろうか。

 自惚れではなく、鈍感主人公でも絶対に気づくほど真っ直ぐな──、

 

「──うおっ、なんだ、着信?」

 

 俺と園子の間に生まれた沈黙を許さないかのように、スマートフォンの着信音が唐突に鳴り響く。

 画面を確認すると、『15:52』と時刻を示す数字の他に、電話の発信者の名前が表示される。

 こんな中途半端な時間に電話してきたのは──、

 

「え? 渚? 何で?」

 

 表示されてる名前は『渚』。

 もうそろそろ授業も掃除も帰りのHRも終わり、ここに顔を見せるはずの渚だった。

 

「渚ちゃん、ですか? 渚ちゃんから電話が来てるんです?」

「あぁ。なんだ、どうしたんだ」

 

 ──何故か、本当の本当に、嫌な予感が一気に胸の中を占拠し始めた。

 何かもう、なにもかもが手遅れになってると、そう感じてしまう何かを、俺は渚の送る電波を受信したスマートフォンから感じ取る。

 

「ごめん、ちょっと出るね」

「──はい」

 

 同じように異変を察知したのか、少し険しい表情で頷く園子。

 頼むから、全てが杞憂であってほしいと願いつつ、俺は通話を選んだ。

 

「──もしもし、どうした渚、お前まだ教室に」

『ごめんね、お兄ちゃん』

 

 こちらの質問を無視して、聞こえた渚の声は、どこかフワフワとした、それでいて確固たる決意を含ませる、そんな不思議な声色だった。

 それがますます、俺の中に焦りを生ませる。

 

『私、お兄ちゃんに嘘ついちゃった』

「嘘って……どうした?」

『今日ね、私……家にいるの』

「家⁉︎学園にいないのかお前!」

『うん。それにきっと、綾瀬さんもでしょ?』

「──っ!」

 

 パズルの様に、瞬く間に点と点が繋がる。

 渚は今日、俺に嘘ついて学園を休んだ。

 綾瀬は今日、朝急に休む事を牧野さんに伝えた。

 渚と綾瀬は、今どちらも家にいる。

 ──隣同士の、家に。

 

「渚お前……」

『……もし、間に合えば、止められるかもね』

「渚!」

『……待ってる』

 

 そう言って、渚は一方的に電話を切った。

 

「渚ちゃんが、今家にいるんですか」

 

 断片的なワードだけで、事態を察したらしい園子が、俺以上に焦った様子で言う。

 それに頷いてから、俺は荷物を持って行くか一瞬だけ考えて、すぐに捨て置く事に決めてから、

 

「ごめん園子、今すぐ帰る、じゃないと2人が──」

 

 そう言って、急いで部室を出ようとした、その時。

 

「──待って、ください」

 

 弱々しい声で、心底申し訳なさそうに、それでもしっかりと、園子が俺の腕を掴む。

 振り返ると、やはり罰が悪そうにしながら、目に涙を溜めつつある園子の顔があった。

 それだけで、もう今から彼女が言うであろう言葉が、想いが何か、雄弁に伝わってくる。

 

「こんな時に、本当にすぐ急いで帰る必要がある時に、ごめんなさい」

「……っ」

 

 逸る気持ちを必死に宥めつつ、一度だけ、踵を返して園子と向き合う。

 

「でも、それでも──今ここで言わないと、言えないと──2度と、言えなくなるから……」

 

 自分勝手な行為だと、誰よりも分かった上で、それでも園子は言う。

 

「──好き、です。好きなんです、あなたの事が。私を助けてくれたあなたが」

「……うん」

「だから……付き合ってください、お願い……しますっ」

 

 顔を真っ赤にして、崩れそうな体を抑えつつ、精一杯に告白する園子。そこには、初めて会った時に見た弱々しさなどまるで無かった。

 

 きっとこれは、あの日の続きだったのだろう。

 本来、あの場で聞くべき言葉であり、そしてあの場で、決着をつけなきゃいけない想いだった。

 園子は想いを告げる勇気が足りず、俺は園子に恋愛感情は無いと思う事にした、

 互いに踏み込まず、止まった時間が再び動き出せる最後のチャンスが、今だったのだ。

 なら、俺には園子の行為を責める資格は無く。彼女は自身の行いが自分勝手だと反省する必要もない。

 先送りにしていたツケを、今支払うという、それだけの当然な話だった。

 なら、後は俺が責任を取るだけ。

 

「──ごめん!」

 

 頭を下げて、俺は正面から園子の想いを拒絶した。

 

「俺は綾瀬が好きだ。だから、園子とは付き合えない」

 

 言うべき言葉はそれだけ。それだけのシンプルな言葉で、理由で、俺は園子を振る。

 

「──はい……わかり、ました」

 

 震える声で、園子は答える。

 その声を聞いて思わず顔を見ようとしたら、それより早く園子は言った。

 

「ふりかえって、そのまま行ってください」

「園子……」

「大丈夫です、大丈夫ですから」

「……分かった」

 

 大丈夫なはずが無い。

 でも、俺はそんな園子の言葉を甘んじて受ける事を選ぶ。

 自分のわがままにこれ以上付き合わせたく無い。そんな彼女の気持ちを無視すれば、それはもう告白を受け入れない事よりずっと、彼女を傷付けて侮辱する行為になる。

 それが分かってるから、俺はもう何も言わずに、もう一度踵を返して、改めて出口を見た。

 

「──ありがとうございました、告白、聞いてくれて」

「俺の方こそ」

 

 俺なんかを好きになってくれてありがとう──傲慢極まりない言葉を殺す。

 

「頑張ってくださいね、きっと縁君なら、間に合いますから」

「──あぁ!」

 

 誰よりも心強い応援を背に、俺は全速力で部室を後にした、

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──良かったわけ?」

 

 縁君が走り去ってからすぐに、反対側の入り口からひょこっと顔だけ覗かせながら、咲夜さんが言いました。

 どうやら、途中から見ていたようですが……発言の意図が心配なのか、呆れなのかまでは、よく分かりません、

 ですが、私の答えは明白です。

 

「──はい、良いんです、これで」

 

 あの日、言えなかった彼への想いを……そこからずっと心の中で眠らせていた気持ちを、こうして言葉に出して伝えて、終わらせる事が出来ました。

 口に出すタイミングが最悪だったにも関わらず、彼は誠実に、正面から想いを受け止めて、その上で容赦なく否定してきました。

 

「分かってたんです、私。彼の瞳の奥にあるヒトが誰なのか」

 

 始めは、誰かまでは分からなかった。

 渚ちゃんか綾瀬さんか、はたまた全く違う誰かなのか。

 でも、園芸部で彼と共に過ごし始めたら割とすぐに気づいたんです。

 “ああ、この人は本当に綾瀬さんが大切なんだな”と。

 それがわかったから、尚更この想いが表に出る事は無かったけど。

 

「それでも、いざ2度と伝えるチャンスがなくなると分かったら、伝えずにいられませんでした。あのまま宙ぶらりんで終わってしまう事だけは、耐えられなかったみたいです」

「──あっそ」

 

 たいした興味もなさそうに、咲夜さんはテクテクと部室に入り、自分がよく使うパイプ椅子に腰を落とします。

 その容赦ないマイペースさが、今だけは、不思議と心地よくて、ちょっとだけクスリと笑えました。

 

「強がりじゃ、ないんですよ?」

「そうやって聞いてもない事自分から言う方が、強がってるように見えるわよ」

「……かも、しれませんね」

 

 だって、仕方ないじゃないですか。

 

「──初恋ですよ? 振られたら、誰だって辛いです」

「え、ちょっと……泣かないでよ?」

「泣きません、泣いてる暇なんてありませんから」

「どうしてよ」

「私、前から決めてる事があったんです」

「決めてることって? 振られたら廃部するとか?」

「違いますよ」

「なら何よ」

 

 急かしてくる咲夜さんに、もう一度クスッと笑いながら、私はちょっと濡れかけてた右目の端を指で拭いて、“決めた”の事を思い出す。

 

『お願いしますね、彼の想い人さん。 どうか縁君を、幸せにしてあげてくださいよ? さもないと、私──』

 

「縁君に思われて、それなのに縁君を傷付けるような事をしたなら──私、絶対に河本さんを殺してしまうくらい許せないので」

 

 きっと、()()()()()()()だと思います。だから──、

 

「……こわ」

「そうでしょうか?」

「怖いわよ」

「咲夜さんも恋をしたら、そのうち分かりますよ」

「何よそれ、ちょっとウザいわね」

「ふふっ」

「……はぁ、それよりも」

「はい、どうしました」

「また今日も部活は休みなわけ? 私せっかく来てるのに」

「そうですね……それじゃあ」

 

 せっかくですから、

 

「来年に備えて球根を植えていきましょうか。ちょうどチューリップの植え時ですから。人ひとり埋められるくらい、たくさん土に穴を掘りましょう?」

「含み持たせる言い方するんじゃないわよ! やる時は1人でやりなさい!」

「咲夜さん、これは部活ですよ、一緒に頑張らないと」

「絶対共犯になんかならないから!」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──はぁ、はぁ、はぁ……クソ絶対間に合わねえ!」

 

 学園から身体一つで家まで走ってるが、多少運動できる程度の俺はアスリートではない。

 当然、長時間走り続ける持久力なんて持ち合わせてるはずもなく、まだ家と学園の距離から見て三分の一程度進んだ辺りで息が上がってしまった。

 

「どだい……無理な話かもしれないけどさっ」

 

 今家に戻っても渚か綾瀬、もしかしたらその両方が死んでるかもしれない。スマートフォンを見れば時刻は15:56。さっきからもうカップラーメン一個できて食べてるくらいの時間が経った。

 今頃、とっくに家には綾瀬が来てるだろうし、前の晩にアレだけの言い合いをした2人が、ただ会話だけして終わるわけがない。

 

「畜生……渚にまんまと騙された、騙されたぁ!!」

 

 渚が家にいると分かって、もしその場に誰も居なかったら、俺はホラー映画で最初に死ぬ奴みたいな絶叫をあげていた。

 それが無かったのは、園子がいてくれて真剣に告白までしてくれたからで、お陰で冷静さを取り戻せたけれど、しかし家には間に合わない! 

 

「もう信じたよー! 絶対大丈夫だって、なのに結局CDと同じ結末なのかよー! クソー!」

 

 歩道に面したブロック塀に右手を付けて、肩で息をする。

 ヘロヘロになりながらも走り続ける中で、体力気力のタンクとは別に沸々と怒りが湧いてくる。ただしそれは渚相手にでは無く、渚を無条件に信じた自分自身に対するものだ。

 こうやって自分の行動に怒りや反省の必要を感じた事が何回あっただろうか。その度に良くなっていくはずが、結局今こうして絶望的距離を走る様になっている。

 

「いや分かるかぁ! 渚とあれだけ会話してわかり合って、それでまた嘘つかれるなんて思うわけねえだろ!」

 

 もう一つの視点で物事を見た自分が、それはそれで真っ当な反論を出す。実際その通りで、アレだけ昨日会話した渚を更に疑う様では、そもそも俺は今日まで生き残ってはいない。

 俺は成長して、渚も成長した。その2人が進んだ結果、今この状況が生まれた。

 つまり、避けようのない未来だったわけで。どうしようもないから“しょうがないだろ”とため息つきながらベットに横なって眠るのが妥当なわけだ。

 

 あぁ、そう思えば、こうして必死に走るのも虚しく────、

 なるわけ、無いわな。

 

 渚は言ったんだ、電話を切る前に。

 

『……もし、間に合えば、止められるかもね』

『……待ってる』

 

 俺の信じた渚のままだとすれば、あの発言が意味するのは一つだ。

 “止めて欲しい”。

 渚は俺が来るのを待ってる。俺が間に合って、渚のやろうとしてる事、綾瀬がやるかもしれない事を止めてくれるのを信じてる。

 なら、“しょうがない”なんて腑抜けた考え、間違っても肯定するワケにはいかないよな。

 

「──で、結局このまま走るのか、諦めるのか、結論は出たのかい?」

「五月蝿いなぁ、もう言わなくても分かるだろ。是が非でも走ってやる。『走れメロス』を書く前の太宰治が見たら、自分の人生経験じゃ無く俺をモデルにしたがる走りをしてやるよ」

「それをするには、些か体力が足らないんじゃないかな」

「分かってるっての、だからもう五月蝿いなぁさっきから。心の声のくせにしつこ──」

 

 ──あれ、俺、そんな事考えてない。

 さっきから語りかける声が、自分の心の声じゃ無いと分かった。

 ふっと声のする方、右側はブロック塀だから、自分の左側を向く。

 

「──やっとこっち見た。独り言が凄いなぁキミ」

 

 ニコニコしながら、悠が俺を見ていた。

 ──見た事もない馬鹿に厳ついバイクに跨りながら。

 

「……え、何それ」

「これかい、僕の愛車」

「愛車」

「ゴールドウィングA・Y・CUSTOM(綾小路悠家出仕様)、長時間・長距離を爆走する鉄の神獣さ。カッコいいだろう? 僕の位置を探知して自動的に来る様にしてある」

「あー頼むから、この情緒乱れやすいタイミングで謎のオーバーテクノロジーを見せないでくれ」

 

 ちょっと分からない話が続きそうだったので遮る。

 

「間に合いたいんだろ。さっき涙目の部長から話を聞いて急いで駆けつけたんだ。乗りなよ」

「……はは、すげえや」

 

 ヘルメットを被りつつ、俺にも予備の分を渡す悠。

 それを受け取り、改めて親友のスペックの高さに打ち震えつつ、“持つべきものは友”という格言のありがたみを思い知る。

 いそいそと後部座席に座り、悠の腹に手を回すと、それを合図に悠がエンジンを掛けてギアを上げていく。

 

「しかし、やっぱ凄えな、お前。こんな高そうなバイク……しかも色々手を加えてるんだろ」

「税込350万くらいだったかな、カスタム代の方が高かったよ。でもその分乗り甲斐がある奴でさ、排気量も1800超えてるから気持ちよくて」

「うぇ、凄えな1800ccもすんのか。そりゃ高いワケ──ん?」

 

 あれ、日本で17歳の高校生が取れる免許って何ccまでだっけ。

 細かい数字は覚えてないけど、確か原付クラスが上限だったと思う。そして原付は125ccだったから、つまり……。

 

「──ねぇ、悠。君、これ乗りこなしていい免許持ってないよね?」

「──はぁ、縁。君、間に合いたいのか間に合いたく無いのかどっちだい?」

「やっぱ無免許運転かよお前! さては今まであの馬鹿でかくて広い敷地の中で乗り回してやがったな!!!」

「そうだが何か⁉︎ 運転スキルに問題はないよ!」

「捕まるだろ警察が見たら! 間に合うけどその前に法に罰せられるわ!」

「法? 免許? そんな道理──お金の力で押し通す! (お金で買えない物は無い!)

「最低だコイツ!」

「ああそうだ、そして君の親友だ! 噛みしめろ、これが、男の、驀進だ!!」

 

 もはや開き直りの極地に至った男の運転は、それはそれは物凄い物だった。

 風を切る音、アスファルトを薙ぐ衝撃、鳴り響くパトカーのサイレン。

 仮に間に合ったとして、その代償の大きさが窺い知れない、そんな刹那の時間に。

 

 ふと、俺達はこんな会話を交わした。

 

「──しかし、縁は罪作りな男だよ、24時間以内に2人に告白されて、しかも振るなんて」

「言うなよ……結構胸にくるんだぞ、コレ。こんな立て続けに2人の想いを壊すなんてさ」

「3人だよ」

「え?」

「さあ、着いたよ!」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「マジでありがとう親友!」

 

 違法バイクから降りてすぐにスマートフォンを見ると、時刻は16:01。信じられない速さで家に着いた事で、希望が見えてきた。

 

「しっかり決めてこいよ! 親友」

 

 後ろから聞こえるエールに、拳を突き付けて、俺は玄関の鍵を──空いてあった。

 

 急ぎ扉を開けて、靴を脱ぎ、リビングまで走る。

 

「渚、綾瀬、待て──っ!」

 

 リビングに入ったその瞬間、俺が目にしたのは。

 床に倒れてる渚と、その上に馬乗りになる綾瀬と。

 

 綾瀬が手にした包丁を、思い切り振り下ろす姿だった。

 

 

「やめろぉぉーーーーー!!!」

 

 綾瀬の腕は迷いなく、降り下ろされた。


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