【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
その間、色々ありましたが、何とか年内に更新できてよかったです。
・ここまでのあらすじ
①縁君と綾瀬、渚の容赦ない発言のせいですれ違う
②縁君、第2章で園子に迷惑をかけたお礼としてデートする
③綾瀬、デート中の2人を見てしまい失恋(誤解)。縁君はみられたことに気づかず
④こじれる
こんな具合から始まる第6話です、よろしくお願いします!
茫然自失、今の俺たちを的確に言い表すならまさにそれだ。
部室に入ろうと扉を開けたら、先に中にいた綾瀬が目を見開いて俺たちを見て、そのまま脱兎の如く反対側の出口から走り去っていった。
誰かが何かをしたわけじゃない。だけど確実に何かがあった。でもその何かが全く分からないから、俺も渚も悠も園子も……みんな揃って馬鹿みたいに数秒間固まってしまった。
「追いかけなくていいの?」
そんな俺たちにとって鶴の一声である言葉を投げ掛けたのは、綾瀬と同じく先に部室に居たであろう咲夜だった。
瞬間、今自分が何をするべきか、今自分がどれだけ時間を無駄にしていたかを否応なしに理解させられる。
「──っ、あとで何あったか教えろよな!」
「知らないわよアタシだって」
それだけの言葉のやりとりをして、俺は遅ればせながら急いで綾瀬の後を追いかけ始めた。
走り去る時、荷物一式持ったままだからわざわざ教室には戻らないはず。であれば……!
まだ若干呆然としたままの脳細胞を叩き起こしてシナプスを働かせると、導き出した答えに従って足を動かす。
行き先はここ部室棟の昇降口。教室に戻る予定は無いし、あんな走り去り方したんじゃ後で部室に戻る気もないだろうから、家に帰るだろう。
そう判断したのだけど……。
「い、居ねえ……」
幾ら数秒間のタイムラグがあったとしても、せめて部室棟を出て行く後ろ姿くらいは見えたっていい。全く追いつけないほど綾瀬はズバ抜けて速いわけじゃないし、俺は鈍重じゃ無いのだから。
しかし、現実はこれ。綾瀬の姿はおろか、ここから出て行った形跡すら感じない。
「──ヨスガ!」
代わりに、悠の声が後ろからした。
長距離走は得意だが短距離走はあまり得意じゃ無い悠は、俺以上に肩で息をしながら追いつく。
「こっちじゃない、校舎の方だ!」
「……ああー! そうか!」
本日、綾小路家の人間に言われてハッとすること2回目。
どうやらまだ俺の脳は半分寝ていたらしい。
幾ら荷物一式持ってたって、綾瀬は上履きだ。部室棟と校舎は繋がってるから、たとえ急いで帰るとしたって一度校舎に戻るのは当然の話だった。
そして、校舎の昇降口と部室棟は方角的にま反対の位置にある。改めて追いかけようとしても、もう流石に追いつけるほど俺は俊足じゃ無いし、綾瀬はノロマじゃねえ。
「追いかけるのは、諦めた方が良い」
「だな……ああチクショー! 間抜けなことした!」
「落ち着いて。それより、何があったかを咲夜から聞こう。僕は断言するけど、絶対アイツ余計な事言った」
「だろうな!」
綾瀬の様子がおかしいのは今に始まった話では無かったが、今起きた事には絶対、咲夜の影響がある。
まずはそこを明らかにしてから、綾瀬と話をすることにしよう。
そう自分を納得させつつ、部室に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァ!? 帰った!??」
部室に戻ったら、なんと咲夜は帰ってしまっていた。
驚く俺に、渚と園子が申し訳なさそうにうなだれながら言う。
「……ごめんね、何度も引き留めたんだけど」
「聴く耳持たずに出て行っちゃいました」
「いやいや、2人が謝る事じゃ無いよ」
せめて何が起きたのかだけでもハッキリさせたかったのに、予定がいきなり頓挫した。
「……アイツさぁ」
隣で悠も頭を抱えている。怒りか呆れか諦観か。もしくはそのすべてかもしれない。
いずれにせよこれでもう、さっき部室で何が起きたのかを知るすべが途絶えてしまった。
となると後は綾瀬に何が起きたのかを推察するしかないわけだが……。
それで推察ができれば苦労はしないよ、決して口には出せない気持ちがぐるぐると全身に巻き付いてくる。
最近の綾瀬は本当に何を考えているのか分からない。じゃあ昔の綾瀬なら分かっていたのかといえば、そういうわけでもないのだけども。
それにしたって、今の綾瀬は本当におかしい。ヤンデレとは全く違う方向性が違う。ヤンデレCDの『河本綾瀬』、この世界を生きる彼女、そのどちらともつながらない行動ばかりだ。
綾瀬と出会ってから初めての姿を、今の綾瀬は見せている。これはもう、ヤンデレ的バッドエンドを回避するだとか、地雷を避けるだとか、余計な事を考えてる場合じゃないのかもしれない。
「ねえ縁、ちょっといいかな」
気を取り直したらしい悠が、指で俺の服の裾をちょいちょいと引っ張りながら言う。
「少し二人だけで話したいことがあるんだ、良いかな?」
ちらっと、隣の渚たちを見ながら話す悠に俺は頷く。
もうこんな状態で部活をするのは無理な状況だったので、解散する事になったついでに、素直に悠と話をしたいと渚を説得して先に帰ってもらった。
学園を出て──そういえば随分と久しぶりな気もするが──二人で繁華街の喫茶店に寄る。
俺が頼んだ抹茶カフェラテと、悠が頼んだ苺オレが来てから、まず悠が言った。
「さっきの河本さん、君から見てどうかな」
「……正直、よくわかんない」
「その心は?」
「言葉通りっていうか……本当、情けない話なんだけどさ」
「うん」
「普通、何年も一緒にいればさ、全部とは言わなくても何となく『相手は今こう思ってるんじゃないかな』とか、『こういう事したら相手はこう思うだろうな』って言うのが分かって来るはずじゃないか」
「そうだね。僕も君と話す時はそうだし」
「まあ、それがすれ違ってこの前みたいなことになったんだけどな」
「講堂で喧嘩した件を今ぶり返さないで」
「ん、すまん」
話の腰を折ってしまったことを反省しつつ、抹茶カフェラテをずずいっと飲み込んでから、話を続けた。
「だけど、今は綾瀬に対してそれが無くって。何を言えば喜ぶのか、怒るのか、そもそも今綾瀬は何を考えてるのか、そういうのが全然掴めないんだ」
「……」
話していくうちに、心の中で栓をしていたもの──ここしばらくずっと抱いていた綾瀬への不安感がどんどん零れていく。
そうしてついに、俺は一番認めたくなくて、でも一番口に出したかった言葉を吐き出した。
「なんというか……綾瀬が俺の知ってる綾瀬じゃなくなったような、別人にすり替わったような感じがするんだよ」
抱き続けていた違和感。心の底からふっと顔を覗かせては、その度に摘み取っていたが、ついに限界を迎えてしまった。
嫌な話だけど、口にしたら急にほんのちょっぴり心が軽くような感じすらしてしまう。
そんな俺の言葉を、悠は静かに聞いて、苺オレを一口飲み、そこからやや間をあけてから、ゆっくりと言った。
「今の河本さんが、君のよく知る河本さんと違う。別人みたい、か……別人」
「ああ」
「それだから、今の縁には河本さんが何をどう考えてるか分からない。確かに、赤の他人が何考えてるのかは分からないよね。今の君にとって彼女はそうなりつつあるのか」
「そこまではっきりとは、言いたくないな」
たとえ今の綾瀬の心が分からなくても、赤の他人と同じだなんて考え方だけはしたくない。
「でも、最近の彼女からは
「っ!」
「露骨に君を避けてたじゃないか、彼女。君を。一見自然な風を装ってるけど、みんなそれは何となく察してると思うよ」
「やっぱ、俺の事避けてるよな、綾瀬」
ずっと思っていたことだが、こうして第三者に指摘されると、とうとうその通りだと認めざるをえない。
「きっと、彼女が君を避けるようになったのと、今日の行動は繋がってるはずだよ。いつから河本さんは君を避けるようになったんだい? 切っ掛けに心当たりはある?」
「ま、待って、そう急に色々質問しないでくれ」
一気にギアが入ったような悠の勢いに若干吞まれそうになりつつ、一呼吸置く。
抹茶ラテが心なしかさっきより苦くなった気がした。
「いつからって言えば、たぶん、お前と講堂で殴り合った日の後からだと思う」
「えっ」
「また話をぶり返してるとか、そういうんじゃないぜ。本当にその日以降なんだ。たぶんだけど、切っ掛けも分かってる」
「……詳しく話せるかい?」
言いたくない、特に悠に対してだと本当言いづらい話ではあったが、腹を決める。
悠との殴り合いの後、保健室で綾瀬に怪我の手当をしてもらった時のこと。
『アタシだけ、何も出来なかった。あなたに心配されて、それで喜んで……あなたが苦しんでいた時に、何も』
綾瀬が咲夜と査問委員会の行動に何もできず、俺の力になれなかった事を悔いていたこと。
『幼なじみと言ってもただの他人だって、綾瀬さんも分かりましたよね? だって、昔から一緒に居て教室も同じなのに、今回お兄ちゃんのために何も出来なかったじゃないですか』
『お兄ちゃんを理解出来るのは、同じ家族で妹の私だけです』
『お兄ちゃんが楽しい学生生活を過ごすためには、綾瀬さんが必要だと思いますから──これからも『幼なじみ』として、分を弁えてお兄ちゃんと一緒に居てください。よろしくお願いしますね?』
そんな綾瀬に対して、渚が容赦ない言葉を掛けたこと。
そして──、
『良いの……渚ちゃんの言葉は、間違ってないから』
それを、他ならぬ綾瀬自身が認めて、受け入れてしまったこと。
全部話し終える頃には抹茶ラテはすっかり冷めてしまった。
「……なんでそうなっちゃうのさ」
聞き終えた悠も、すっかり苦い顔になって頭を抱えていた。
事の顛末には綾小路家の存在もかかわっているため、悠としても当事者の一人という責任感があるのかもしれない。
実際のところは悠だって咲夜から被害を受けていた人のひとりなのだから、そんな事感じなくても良いし、実際そう言ってはみたが、
「そもそもの話、最初に僕が咲夜側の企みを止められていれば、君と河本さんのすれ違いは起きなかったワケだろう?」
逆効果にしかならなかった。
「……とにかく」
ひとしきり凹んで、苺オレも飲み干した悠は、スイッチを切り替えるようにこめかみを指で軽くたたきつつ言った。
「君と河本さんの間に亀裂が生じた切っ掛けは分かった。でも、それだけじゃ今の状況を説明しきれない」
「まあ、だよな」
「咲夜が園芸部に加入するようになった直後から君達の関係はギクシャクしてたけど、でも一緒に帰ったり君達だけで会話する場面は何度かあったよね」
その通り。綾瀬との関係を持ちなおそうと俺から動いたし、綾瀬も徐々にではあるが、渚に言われた言葉を引きずらないようになりつつあった。
「でも、それが先日から急に、君と二人っきりになるのを避けるようになった」
「……うん」
話が戻るが、そこが今綾瀬を理解できなくなっている最大の要因になっている。
途中まではうまく関係回復に持って行けてたのに、記憶してる限りじゃ綾瀬の前で地雷を踏むような行為はしてなかったはずなのに。
手のひらを反すように、それでいながら俺を嫌うとかじゃなく、憎むでもなく、ましてやヤンデレ化するわけでもなく、
分からなくなった。
「たぶんだけど、これはまた別の理由があるんじゃないかな。いや、絶対にあるよ。じゃなきゃ河本さんが君を完全に避けるなんてマネするわけない」
「別の理由……でも、それが何なのか、全然俺には思い浮かばなくて」
「河本さんに直接聞いたことはある?」
「直接?」
我ながら間抜けな声色が出てしまったと思う。
そのぐらい、悠の問いかけは、俺の頭には無かった発想だったに違いない。
「直接って、綾瀬に? なんで俺を避けるようになったのかって?」
「それ以外ないじゃないか」
「いや、いやいやいやいや……」
それができるなら最初から悩んだりしないよ。
「それができるなら最初から悩んだりしないよ」
心と口で一言一句同じ言葉が出てしまった。
「なんで?」
それに対する悠の返しもまた、限りなくシンプルなものだった。
「いや何でって、さっきも言ったじゃんか。今の綾瀬は俺を避けてるし」
「うん」
「綾瀬がなんか他人みたいで、聞こうったってどう言えば良いか分からないから」
「でも、河本さんは君にとって他人じゃないよね? どんなに“赤の他人”の
「……それは、うん」
「だったら、聞いちゃえばよかったじゃないか。今の彼女の気持ちを、彼女の都合や態度なんて完全に無視して、はっきりさ。それができない関係では無い事を、二人を見てきた僕は知ってるよ」
「──っ」
だから、
それができるなら最初から、
「それができない理由を、突き付けてあげようか?」
俺が反論の言葉を口に出す余地もなく、問いかけの体をしながら悠はお構いなしに続けた。
「君、最後にちゃんと彼女と話をしたのはいつだい? 面と向かって二人きりで」
「それは……」
最後に渚と三人で下校した時を最後に綾瀬とちゃんと話すことはしなくなった。
綾瀬が翌週から俺を避けるようになった事も理由だけど、じゃあ対面が厳しいなら電話やSNSで……なんて間接的な手段を使う事だって、俺はしていない。
「確かに面と向かって会話するのが難しくても、今の時代、君がズボンの右ポケットにしまってるスマートフォンを使えばいつだって会話を仕掛けることはできたはずだ。それを君はしなかった。無意識に避けてたんだろうね」
心臓をぎゅっと掴まれてる感じで、なんで悠が俺のスマートフォンをしまうポケットを正確に言い当ててるのか疑問に抱く余裕もないまま、親友の独壇場となった場の空気は進んでいく。
「実のところ。最初に君に河本さんの様子を尋ねた時からずっと思ってたんだ」
「なに、を?」
「君さ、河本さんを
「そんな──っ」
“そんな事ない”そう声を大にして言いたかったハズの俺の口は、他ならぬ俺自身の意思によってさえぎられた。
だって、それは今年の4月に俺が頸城縁の──前世の記憶を思い出して、この世界が『ヤンデレCD』の世界と同じ(酷似した)世界だと知ってから、最初に止めるようにした
つまり、ヤンデレCDに登場する“野々原渚”とこの世界に生きる野々原渚は同じではないという考え方を持つように、俺はしている。していたハズだ。
当初、頸城縁が記憶していたヤンデレCDの内容をもとに行動すれば、絶対に渚達との衝突は起きないと考えていた。でも俺の一挙手一投足で、渚は俺の予想とは違う病み方をして、それで夏休み前に一度命の危機に陥った。
その経験や、改めてみんなと過ごすうちに、あくまでも創作世界の登場人物と、今俺が生身で接している人間は=ではないのだという考え方に代わっていった。
そう──思っていたのに。
「漫画やゲームって言うのはあくまで例えさ。分かりやすく聞いてもらうための素材でしかないよ。事の本質は最後に言った“杓子定規”って所でさ。これは別に珍しい事でもないんだ。仕事や習慣、人がずっと長い間何かに相対してたらいつの間にか陥ってる思考回路なんだよ」
つまり僕の言いたいことは、そう間に一呼吸挟んで悠は続ける。
「今の君は河本さんの全てを知った気になっていたのさ。だから君の知らない河本さんの姿や言動を見て、こう思っている『こんな事綾瀬はしない、こんなの綾瀬じゃない』ってね」
待て。
待ってくれ。
それじゃあ、まるで。
「もちろん、君の中にそんな意識は無かったと思う。この考え方はきっと、関係が深ければ深い程陥りやすい物だろうから。だからこそ、君は自覚できなかったし、指摘されて初めて自覚できたんだ」
「…………」
端的に、言うと。
「死にたくなってきた」
「それはいけない」
なんだこれ、つまり俺は、昔の渚と同じ頭で綾瀬を見ていたって事じゃないか?
渚は頸城縁の人格が混じって、言動が変わった俺を一度、真っ向から否定した。“お前はお兄ちゃんじゃない”と、自分の判断基準から外れた俺を『野々原縁ではない』と言い放ったんだ。俺はそれに対して怒ったし、そんな考え方を絶対にしないと心に誓った。ハズなのに。
なのに、俺はそのまんま同じことを綾瀬にしていたって事じゃないか。
最悪だ。最低だ。自分が
本当に死んでしまいたい、そんな思考でいっぱいになりそうな俺に、悠は地獄に垂れた蜘蛛の糸のような言葉を掛けた。
「自己嫌悪に浸かって精神的リストカットに耽るより先に、君はしなくちゃいけない事があるんじゃない?」
「お前って結構容赦ないところあるよな!」
チクチク言葉はいけないんだぞ、なんて小言は心の中だけに収めるとして。
「君が河本さんに思ってる違和感を、以前彼女や僕も抱いてた。その時、彼女がどういう行動をとったか、忘れる君じゃないよね」
もちろん。綾瀬は俺が今の俺になってから最初に俺の変化を指摘した人間だ。
俺の言動の些細な違い、本来メリットのない園子を助けようとする行為への疑問、果ては俺が前世の記憶を思い出した事への言及──全部、綾瀬から俺に尋ねてきた事だ。
つまり、綾瀬は俺が『綾瀬にとっての野々原縁』から逸脱した言動をした時、いつも必ず、ちゃんと正面から向き合って、俺に聞いてきた。
俺と違って、相手が
だったら、悠の言う『俺がしなくちゃいけない事』が何かなんて、もう決まっている。これすら聞かなくや分からないくらいなら、もう今の俺にヤンデレヒロインに殺されるだけの価値すらない。伊藤誠以下だ。
右ポケットからスマートフォンを取り出して、そのまま綾瀬に電話を掛ける。
俺の行動を見て、悠は『正解だよ』なんて言いそうな笑顔を見せてから、そっと苺オレの入っていた容器を持って席を立ち、店を出て行った。
一人になった事なんてお構いなしに、向こうが出てこないかも、なんて事も考えず綾瀬が出てくるのを待つ。耳に響くコールは10回目を越えて11回も終わりに差し掛かろうというときに、ようやく止まった。
『……っ』
無音だが、わずかに漏れる息の音。
綾瀬が出たのだと、安堵しつつ、いつ切られるかもわからない緊張感のまま、俺は単刀直入に用件を伝えることにした。
「綾瀬、今日の夜。10時、公園に来てくれないか」
『……どうして?』
「話がしたい」
駆け引きも後先の事も何も考えない言い回し。普段の俺ならたぶん……いや、案外やるかもな。
とにかく、今の俺がやるべき事はたった一つ。かつて綾瀬が俺にそうしてくれたように、綾瀬に俺の気持ちをストレートに伝える事。
「嫌なら電話越しでもいい。とにかく、綾瀬と二人で話がしたいんだ」
『……』
相手の心を動かせるような言い回しなんて皆無な、青臭いセリフしかない。
だからこそ、数秒間の沈黙のあと綾瀬から返ってきた言葉に、俺はまるで愛の告白が成功した中学生男児のような躍動と安堵を覚えた。
『……分かった。公園は、
「うん」
『10時ね、分かった』
「ありがとう」
『……いつも急なんだから』
「ごめん」
簡単な、本当に簡単な会話で電話は終わった。
だけど、久しぶりに──しかも、さっきあんな事があったばかりにも関わらず、ちゃんと会う予定を組めたことに、大きな達成感を抱いた。
「やった、やったやった、よっしゃ……よかったぁ……っ!」
声をかみ殺して内から込みあがる喜びをかみしめて、じゃあ次に自分がするべき事は何かを考えてみると、もうこんな場所で呑気に残り少ない抹茶ラテのんびり飲んでる暇なんかないと思い至って、ささっとスマートフォンを右……じゃなく、左ポットにしまう。
「……ん?」
意識を外に向けたら途端に、なんか周囲の目線がちらほら自分に向かっていることに気づいた。
しかもそれは何というか、こう、青春してるやつを眺める気ぶりな奴って感じのもので……。
「っ!!」
そりゃそうだ。男子高校生がスマートフォンで女の子に電話して、『今夜会えないか?』なんてしゃべってんの見たら、誰だって告白しようとしてるんだって思っちゃうじゃないか。
実態は告白なんてあったかい物とは真逆の物だとしても、はたから見りゃ分かりっこない。
「──ったくもう!」
周囲から晒されている視線の内容を理解して居たたまれなくなった俺は、出来損ないのポーカーフェイスもそこそこに、急いで店を離れたのであった。
最後に急いで喉に流した抹茶ラテは、今まで飲んだ中で一番苦い後味がした。
もう2度と抹茶ラテなんて飲むもんか──そう固く心に誓った晩秋の夕暮れであった。
モチベに響くので良ければ感想お待ちしてます。